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(七)集う者達1


 古い石柱に挟まれた教会の通路を、モノクルをかけた神父がカツカツと足早に進み行く。年の頃は二十代半ばだろうか。眼光鋭く、神父というよりはどこぞの筋もののような雰囲気を漂わせている。


 一般に公開される礼拝堂とは別に存在する、教会最奥の礼拝堂の扉を開けると、祭壇の前で跪いて祈りを捧げる目的の人物がいた。彼の姿を認めると青年は音を立てずに歩み寄り、同じように跪いた。


「ルカか」

「お呼びでしょうか」


 ああ、と答える年配の司教は静かに立ち上がると、祭壇の奥に鎮座する彼らの神、ソリタルア神像を見上げた。

 その前には、神よりもたらされたという神火『原初の火』が、賜ってから幾久しく変わらず不思議な揺らめきをもって灯り続けている。


「聖女の件は聞き及んでいるか」

 教会の執行機関セスパーダの統括官ガルシアが尋ねると、ルカと呼ばれた青年は静かに頷く。


「カルデラントで発見されたそうですね」

「取り逃がしたと連絡があった」


 端的に返された答えにルカは眉をひそめた。

 聖女捜索・保護にはセスパーダでも専門の部署が対応しており、つい先日念願かなって聖女を発見し、教皇庁で受け入れ準備を進めていた筈だ。


「どういうことでしょうか」

「今世の聖女は冒険者ということだ。束縛を嫌う。使命より己の自由を優先しているのだろう」


 嘆かわしい、と吐き捨てるように言い捨てると頭を振った。

 神より賜りし聖女の力を顕現させたのであれば、それは神の教えを広め、慈悲を知らしめるために使うべきものであり、個人で無闇に使用するなど許されない。ましてや、冒険者としてそれを切り売りするなど、もってのほかである。

 聖女の力は神の力。すべて教会で管理すべきものだというのが、教会の考えだ。彼らからすれば、リタの所業は到底許されることではない。


「聖女には神の御許で聖女としての自覚と役目を指導すればよい。教皇さまもそれでこれまでのことは不問に処すと仰せだ」


 ガルシアの言葉にルカは無言で頷いた。


「――だが、もっと問題なことがある。神殿も聖女の存在を嗅ぎつけたらしい」

「神殿」


 ぴくりとルカが表情を険しくした。

 ソリタルア神を唯一神として奉る教会と、複数の神を奉る神殿は昔から犬猿の仲だ。教義もあり方も異なる彼らを、ルカも受け入れることはできない。

 皮肉なことに、聖女の力は彼らが巫女と崇める娘達と同じ力を持つという。

 神の声を聞き、瘴気を浄化する唯一の存在。

 魔法とは異なる治癒力を持ち、人の魂を読むことも出来るという。

 だが、教会からすればそれらはすべてソリタルア神よりもたらされた力で、すべて等しく「聖女」である。神殿が勝手に取り込み、「巫女」と称しているだけだというのが教会の主張だ。


「身の程知らずな連中よ。ソリタルア神の聖女を巫女にしようなどとは」


 忌々しげに吐き捨てられた言葉には、普段ならば決して見せないガルシアの感情の発露が見て取れた。

 ガルシアは胸元に提げた火を象ったにペンダントトップ、フランメを握りしめ、ふ、と息を吐きながら神火を見つめてから静かに目を閉じる。


「――教皇さまも深くお嘆きだ」


 その言葉にルカが深々と頭を垂れた。


「拝命しました」

「うむ」


 もう一度深々と頭を垂れ、神に祈りを捧げてからルカは立ち上がり、出てきた時と同じように足早に礼拝堂を後にした。



 * * *



 カツカツと通路を進み行くと、柱の陰から大きな鞄を手にしたシスターが現れ、鞄をルカに差し出した。それを受け取りながら、短く問う。


「ランチェスは来たか」

「お部屋に」


 ルカは軽く頷くとそのまま教会の自室がある二階に向かった。

 セスパーダの影――コルテリオに属するルカは、常に指令を受けて世界中を飛び回っているので、あまり部屋を利用することはない。自室と言っても荷物置き場のような扱いだ。仕事に必要な道具は、その都度伝令から鞄に詰めて渡されるので、ルカにとってはガラクタ置き場に等しい。


 聖女の噂はもちろんルカの耳にも入っていた。

 セスパーダの聖女捜索部署——フィルディスタの連中が、ようやく見つかったと騒いでいたのが半年ほど前だ。今度こそ本物だと声高に叫んでいたくせに逃げられていたとは笑わせる。


 ちっ、とルカは舌打ちした。


 聖女など、本当はどうでも良い。それが教会に利をもたらすならば正しく使ってやるべきだが、害になるならば消し去った方がマシだとルカは思っている。


 数年前にフィルディスタの連中が見つけてきた聖女もどきは、「自分は神に選ばれたのだ」と自国の教会内でわがまま尽くしだったようだが、実のところただの治癒魔法が得意なだけの貴族令嬢で、どこぞの国の王族に嫁ぐための権威づけが目的だったという。()()()()()()()()()()()()()()


 聖女はただの道具だ。道具の分際で教会を我が物扱いするとは笑わせる。

 本当にソリタルア神が遣わしたのか疑わしい聖女になど、教会が振り回されるべきではないとルカは考えている。まして、逃げ回る者など言語道断だ。

 だが、それが神殿に渡るとなると話は別だ。

 聖女はそもそも教会のもので、それを必要とするかしないかも教会が判断し、例えそれを不要だと教会が判断したとしても、神殿にくれてやるものでもない。


 ——忌々しい狐どもめ。 


 部屋を開けると、坊主頭で修道士姿の大柄な男が、跪いて部屋の中に設えられた祭壇に祈りを捧げていた。


「ランチェス」


 ルカが声をかけると、祈りを終え立ち上がった。


「――おお。ルカ!聞いたか。なんと嘆かわしいことだ!!聖女が自らの本分を理解せず、教会に帰属しないという!不届きな!こんなことがあっていいのか!? 神はもちろん、教皇さまもさぞお嘆きだろう。――ああ、それともこれは、ソリタルア神の下された試練なのか!」

「五月蠅い。準備は?」


 シスターから手渡された鞄を開け、中に入っている物を確認しながら、一人興奮して大声を上げるランチェスに短く言い放つ。

 修道士という身分ではあるが、ランチェスはルカの荒事専門の相棒だ。ルカは魔法士で後衛、ランチェスが前衛の武闘士でこれまでも秘密裏にセスパーダからの数々の指令をこなしてきた。


「いつでも可能だ。フィルディスタの連中が逃した聖女を保護すればよいのだろう?」

「神殿も動き出したらしい。急ぐぞ」


 神殿、と聞いてランチェスが、がんっ、とベッドの鉄パイプ部を殴り飛ばした。固い鉄パイプがぐにゃりと曲がる。


「なんと憎らしい異教徒め!」

「壊すな。お前は修道院で修行を積んでいる筈なのに、いつまでたっても感情が制御できないな。修行が足りていない」


 このランチェスは腕は確かなのだが、粗雑で脳筋なところがある。

 大きくため息をつきながら呆れたように言うルカに、ランチェスは大きく頭を振った。


「この世には嘆き怒り悲しむことが多すぎる!異教徒はすべからく改宗させてやるべきだ!不届き者どもめが!」


 ああ!と頭をかきむしりながら騒ぐランチェスに目もくれず、ルカは情報部署——ノトアディスタから記された聖女の情報を頭に叩き込む。ぐしゃりと握りしめると、手の平で炎を出して書類を消し去った。


 ——忌々しいが、指令であるなら仕方ない。


 ルカは鞄を閉め立ち上がると、ランチェスに一蹴り入れ、短く言い放った。


「出るぞ。聖女はミルデスタだ」  




本当は次話も入れて一話にしていたのですが、次話が思いのほか長くなってしまったため、

短いですが、ここで区切りました。

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