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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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(三十五)新たな火種

ちょっと変な文章や、てにをは系を修正しました。



「やっと終わった……」


 ゼノ達に新たにあてがわれた部屋のソファに沈み込むように座りながら、アーシェが深々と息を吐いた。

 正直、もう眠ってしまいたいぐらい疲れている。リタの癒しがあったとはいえ、クタクタだ。

 サラはゼノの膝の上に座りゼノにべったりと張り付いて甘えていて、ウトウトしている様子が見えた。

 今回のように強い魔族と戦った後やサラの恐怖が臨界点を超えた時は、これまでもこうやってゼノにべったりと引っ付いて甘える事はあった。サラにとってゼノの懐が一番安心出来る場所なのだろう。


 ――ちょっとうっかり、はあるけどお父さんが最強だもんね


 あそこにいれば安心は安心だ。


「……」


 安心ではあるけれど。

 アーシェは一度目を閉じて二人の姿を視線から追い出し、ソファの背もたれに身を任せた。そのままだとサラ同様眠ってしまいそうでそっと目を開くと、今度は天井が見えた。王宮らしい豪奢な天井を見るともなしに見つめる。 


「それにしても、すべてが上手く片付いたようで良かったわ」


 リタの明るい声が室内に響いた。

 きっととてもいい笑顔を浮かべているに違いない。


 あの後、謁見の間の皆が目覚めを待つ時間が惜しいと、「癒しをかければ目覚めるだろ」というゼノの言葉に従って、リタが再び聖女の力を振るって皆を目覚めさせ、報告会は後日改めて行うこととなった。

 マリノア女王やルイーシャリア達にも休息が必要だったのだ。

 盟主と対峙するのは、数を重ねたアーシェ達でも未だに慣れないのだ。あのように殺気を向けられて感じる恐ろしさは想像に難くない。

 その後用意された食堂で食事をとり、今はゆっくりとしているところだ。

 部屋にはアーシェ達家族とリタ、シュリー、リーリアがいた。

 テーブルの上には、城の侍女が用意してくれたお茶と茶菓子がセッティングされ、リタとシュリー、リーリアが食後のお茶を楽しんでいた。

 アーシェは今これ以上何かを食べる気にはなれなかった。


「どこにお嫁に行かされるかがまだわからないけど、結果としては最善なんでしょう?」 

「そうですね。王女の体質を考えたら第四盟主の庇護を受けられるのは良いことかと。それに、結婚相手もそこまで酷くないと思います」

「面喰いだからな」


 シュリーの言葉にゼノが同意を返し、アーシェも顔ぶれの変わらない第四盟主の側近の顔を思い返しながら、相手は線が細めの綺麗系の男性に違いないと内心で頷いた。


「お姉様には顔だけで選ぶ安っぽさはないでしょう」

「だからなんなんだよ、そのお姉様ってのは」

「だってそんな雰囲気じゃない。様づけで呼ばわりたくなったのよ」

「女王様気質なのは間違いねえ」


 どこかうんざりしたように返すゼノに、わかってないわねえ、とリタが呆れたように告げる。


「まあ、生き様が美しくないと判断されたら、顔が良くても気に入らねえ筈だから、人物的にも酷い奴じゃねえとは思うぜ。アイツに目をつけられてんのは気の毒だがな」


 盟主相手に拒否権なぞない。王太子だと言っていたので、そのあたりはルイーシャリア同様覚悟もできているだろうか。

 ゼノが見知らぬ王太子に同情しつつも、妃となるルイーシャリアもいい子だし、採算はあうだろ、と興味なさそうに続けて膝の上のサラを抱え直した。


 確かに、ルイーシャリアは綺麗で優しい。他の側近に複雑な感情を向けられそうなのが今のところの心配事項だが、側に居るチェシャがなんとかするだろう。

 チェシャも父同様、ちょっとうっかりなところがあるので、罠には簡単にはまりそうなところが少し心配だ。

 アーシェはゼノ達の話を聞くともなしに聞きながら、ぼんやりと天井を見つめていたが、ふと、何かを思い出したようにソファから身体を起こしリタを見やった。


「そう言えば、どうしてリタさんがこの国にいるんですか? ええと、用事は終わったんでしょうか」


 アルトはリタの家に箱庭との直通転移陣を設置しに来たのだ。慌ただしくリンデス王国に来たので、その後どうなったのかが気になった。


 アルトの名をここで出して良いのかわからなくて、言葉を濁して問えば「帰ってからになるはずよ」と返された。


「だったら、まだ皇国に?」


 黒い鳥――アルトは一人(一羽)で皇国で留守番をしているのだろうか。


 アーシェの質問に、今度はリタが首を傾げた。


「どうかしら。本当は私達、魔塔に行く予定だったの。外からでいいから魔塔を一目見たいって言われて。本当は私もそっちについて行く予定だったんだけれど、御使いとしての最初の仕事がこの国だったから、ゼノがいるうちに行ってしまえってことになって」


 魔塔、の単語にリーリアの肩が揺れる。

 なるほど。それでゼノ達を追いかけるように王国にやってきたのかと、アーシェは納得した。


「……じゃあ、あいつらは今魔塔にいるのか」


 ゼノがチラリとシュリーを窺えば、シュリーは少し躊躇ったあと、無言で頷き返した。


「道理で魔塔への対応が素早い訳だ」

「いいことじゃない。そういえばクライツ達はまだ戻らないのね」

「少し時間がかかっているようです」


 どこで何をやっているのかわからないが、ヘスの引き渡しにそれほど時間がかかるのか。


 アーシェは、恐ろしい程ノアによく似たクライツを思い出す。

 ルイーシャリアと第四盟主は色はもとより髪や雰囲気がまったく異なるので、別人だと一目でわかる。そもそも魔族と人間だ。

 だがノアとクライツは違う。言われなければ別人だとわからないほどそっくりだ。雰囲気も言葉遣いも、ノクトアドゥクスの構成員であるというところも。ノアもゼノ同様時が止まったと説明された方が頷けた。


 違うところがあるとすれば、目か。

 こちらに向けられる視線が違う。


 ゼノやアーシェ達を探るような見定めるような、ノアであれば当に過ぎ去った段階の視線だ。

 アーシェが初めてノアと出会った時には、ノアと父は既に仲が良い状態だった。アーシェを見る視線にも、友人の娘に対する温もりがあった。――そう、ハインリヒのように。

 ハインリヒは曲者であり強者であり、決して一筋縄ではいかない人物だと一目でわかるにも関わらず、絶対に味方だと信じられるほど、アーシェ達に向けられる視線には優しさがあった。

 かつてのノアやギルベルトにあったものと同じものだ。彼らはゼノの信頼もあつかった。クライツはどうなのだろう。


「そんな事より、ゼノこそなんで神殿の地下牢なんかに飛ばされてたの?おまけに神殿長があそこに捕まってるという事もどうして知ってたの?」


 何やら声に険がある。


「お父さん、神殿の地下牢に飛ばされたんだ」

「あれ、ひっでえ転移陣だったぜ? 二度と使いたくねえな。お前さん達も使う時は心した方がいい」


 ゼノが思い出したように使い心地――好きで使ったわけではないが――を顔をしかめてシュリーに伝えた。

 青い森で、脱出用に開発中だと言ってルーリィに使用したのをゼノも見ている。


「開発者に伝えておきます」


 シュリーは苦笑しながらそう返すにとどまった。


「ニダの件は単なる嫌がらせだ。俺が地下牢に飛ばされた時、周囲を探ってたカグヅチがニダを見つけてきたんだよ。囚われてるなら神殿の――俺を捕まえた連中にやられたはずだから、一緒に逃げちまえば連中が慌てるだろってな。深い意味はねえよ」


 たまたま五十年前に会ったことのある奴だっただけだと軽く返したゼノに、リタは「へえ」と笑顔で返した。

 目が笑ってないうえに、心なしか怒っているように見える。


「……なんで怒ってんだよ?」

「別に?怒ってなんかないわよ? 神殿長を助けるために前日から色々探し回って、いざ乗り込めばゼノが連れ出した後だったなんて、これっぽっちも根に持ってないわよ?」

「持ってるじゃねーか! 思い切り!!」

「あの後? 私達も神殿を後にしてゼノの後を追ったんだけど、真っ直ぐ王城に向かうでもなく王都を色々動き回ってくれたのよね?王都を駆けずり回る羽目になったんだけど?」 


 怒ってる。とても怒ってる。


 あの王女の部屋で機嫌が悪そうだったのはどうやら気のせいではなかったらしい。


「んなこと言われても、あれはニダが王都での魔族の襲撃を無視できずにだな……俺も剣がなかったから、こう、色々とまあ……」


 釈明するゼノの声が段々小さく尻すぼみになっているのは、リタの笑顔がどんどんと圧力を増してきたからだ。


 ――これはかなり引っ張り回されたのかも。


 アーシェは苦笑しながら、ソファから身を起こしてリタに向き直った。


「お父さんとリタさんはどこで合流出来たんですか? 二人は一緒に王城に辿り着いたんでしょう?」 


 このままではリタの機嫌が悪くなる一方だと見てとって、ゼノに助け船をだすようにアーシェからリタに質問すれば、リタはゼノに向けていた機嫌の悪さを脱ぎ去って、柔らかい笑顔をアーシェに向けてくれた。


 こういう変わり身の早さは凄い。


「私達がゼノを捕まえることが出来たのは、レーヴェンシェルツギルドの前よ。あそこで神殿長では治療しきれない怪我人がでていたの」


 

 * * *



 リタ達が王都民の聞き取りや魔族の出現した場所を確認するようにゼノの足取りを辿って、ようやく見つけることが出来たのは、ギルド前だった。

 ギルド前の広場には魔族の姿はすでになく、人だかりが出来ていた。


「ここも出た後なんてことはないでしょうね」

「ちゃんとまだいる」


 うんざりとした表情でリタが言えば、先行していたデルがすぐ側に降り立ち告げた。こちらもやや疲れた様子なのは仕方ない。

 人だかりに近づけば人々が口々に神殿長に対して声をかけているのがわかった。


「神殿長さま、ご無事だったんですか!?」

「お身体はどうなんですか?」

「助けていただきありがとうございます!」


 どうやらこの広場に現れた魔族をゼノ達神殿長が倒したらしい。

 神殿長は動けないほど弱っていると聞いていたが、違ったのか。

 人が多くてゼノの姿も神殿長の姿もここからでは見えない。


「うるせえ!まだ怪我人がいるんだ!離れて静かにしてろ!!」


 突然聞き覚えのあるゼノの怒鳴り声があがり、ああ、今度こそちゃんといるわ、という気持ちとそんなに怒鳴ればただでさえ悪い印象がさらに悪くなるでしょ、と額を押さえた。


「他に治癒魔法士はいねえのか!いねえなら、治療薬でもいい、持ってこい!でないと死んじまうぞ!」


 だが、ゼノの声には焦りが混じり、ただならぬ事態であることが伝わってくる。

 周囲の人だかりも、怒鳴られたことよりその内容に顔色を変えた者が多かったようで、皆が顔を見合わせて騒ぎ出した。


「儂が、まだ頑張れますからの……!すまぬが、彼の元に儂を……」

「馬鹿か、お前は!そんな状態でこれ以上魔法なんざ使ってみろ!お前がおっ死ぬぞ!」


 ゼノの怒鳴り声の合間に聞こえるのが神殿長の声か。無理を押して治癒魔法を使おうとしているようで、リタは身体強化をかけて群衆を飛び越えるように輪の中心部に降り立った。


「治癒なら私に任せてちょうだい!」

「リタ!? なんで、お前さんがここに――いや、今はいい!すぐに癒しを頼む!」


 突然現れたリタにゼノが目を瞠ったが、今は疑問よりも治療を優先させるように叫んだ。

 よく見れば、あのリタ達に文句をつけた若い男性ギルド職員が血塗れで倒れている。側にも何人か怪我をした冒険者や王都民がいて、ここが襲撃されたことが窺えた。


「状況は?」

「ニダが治癒魔法を使ったんで、市民や冒険者達で怪我の酷くない者はある程度治療できてる。一番酷いコイツは、今のニダの力じゃ命までは助けられねえ。すぐに頼む」

「儂がもう少し……」

「お前にはもうその力が残ってねえだろうが!」


 荒い息をしながらギルド職員の側に這いよろうとする神殿長を、ゼノが止める。リタから見ても神殿長も癒しが必要な状態だ。こんな状況で治癒魔法を使うなどあり得ない。


「儂よりも若者の命を――」

「任せて」


 今にも倒れそうな神殿長に強く頷き、後はゼノに任せて、リタは男性職員の側に座り込むと直接体に触れて癒しを発動させた。これほど深い傷ならきちんと向き合わねばならない。

 ふわりと黄金(きん)色の力が男性職員を包み込む。


 ――深い


 四肢の欠損や胴を二つにされるほどではないが、腹部分の傷は抉られたように深い傷だ。これでは内臓(なか)も絶望的だ。


 ――でも、フィリシア様なら治せた。今の私なら治せるはずよ


 ぎゅっと唇を噛み締めて目を閉じ、かつてのフィリシアの治癒を思い出す。ずっと側で見てきたその力の使い方。


 ――大丈夫。私にもできるわ。


 思い描いた通りに、力を振るう。


「ああ、御使い様!」


 リタが集中して治療を行なっている所へ、ギルドでリタ達に細々とした気遣いをしてくれた女性職員が駆けつけて、縋るように跪いた。


「お願いです!彼をお助けください!ここが襲撃された時、彼は私達受付職員を逃すために怪我を!」

「あなた達を庇ったの!?」

「はい!」


 リタ達に嫌味を言い足止めを行った嫌なやつ、との認識しかなかったが、腐ってもレーヴェンシェルツギルド職員。体を張ってでも弱き者を守ったのか。

 俄然、リタのヤル気に火がついた!


「任せておいて!」


 この職員が命を落とせば、庇われた彼女達が苦しむ。そんな事はさせられない!と癒しの力が強まり、男性職員の傷がみるみる塞がってゆく。


「おお……! さすがは奇跡のお力じゃ……!」


 神殿長が感嘆の声を上げ、周囲も息をのんで様子を見守った。

 やがて完全に傷が塞がり、土気色だった男性の顔色に赤味が戻ってくる。


 ――もう少し。


 丁寧に丁寧に、男性の傷を治し、完全にその身体に命の力が戻ったことを確認してリタは治療を終えた。

 呼吸も整ったので問題ないだろう。

 ほっと肩の力を抜いて胸を撫で下ろす。


「これで彼はもう大丈夫よ」

「ああ……!ありがとうございます!御使い様!」

「あなたも心配いらないわ」


 涙を流しながら跪いてリタに礼を述べる女性職員の肩を優しく叩き、安心させるように微笑した。


「助かった、リタ」

「いいのよ。それより、他に治療が必要な人は?」

「ニダを頼む。へろへろの状態で大きな治癒魔法を連発しやがった。今にも死にそうだ」

「いやいや、儂は……」

「癒しを受けろ。でないと城には連れていかねえ」


 ゼノに言われて、むぅ、と神殿長が低く唸った。


「じゃが儂よりもここにはまだ重症者がおりますゆえ」

「わかったわ。だったら、みんなまとめてやりましょう」


 言い争うだけ時間の無駄だ。

 幸いリタは、魔族と戦った訳でもなく走り回っただけなので、力なら有り余っている。

 ここにいる人たちに癒しを行うぐらいは問題ない。


「じゃあ――」


 立ち上がり怪我人を集めようとして、悲鳴があがった。見れば、一区画先にまたも魔族が現れているのが確認できる。


「いかん……!」

「俺が行く」


 動けないくせに向かおうとする神殿長の首根っこを掴み、リタの足元に下ろすゼノの視線は、魔族に固定されたままだ。


「しかしゼノ殿は先ほど拾った剣が折れてしまい、丸腰であろう」

「途中で拾う」

「待って!ゼノの剣ならここにあるわ!」


 今にも駆け出そうとするゼノを慌てて引き留めながら、腰のポーチからあの時神殿で取り返したゼノの剣を取り出した。


「お?それ神殿に取り上げられた俺のじゃねえか! 取り返してくれたのか」

「高くつくわよ?」


 にやり、と笑って手渡せば、ゼノが大仰に顔を顰めてみせた。


「こんな時にちゃっかりしてら」

「当たり前よ。ほら、ここは私に任せてさっさと片付けてきて」


 わあったよ、と一声言い捨てると、ゼノは飛ぶような勢いで地を蹴った。

 魔族はゼノに任せておけば大丈夫だ。

 後はこっちね、と命に別状はないが動けない怪我人を見渡す。

 神殿長がある程度は治癒をしたようだが、肝心の神殿長自身がこんな状態では魔法の効果も低かったのだろう。

 それでもまだ人々を癒そうとしている。


 慕われている訳だわ。


 噂に踊らされたとはいえ、この神殿長のために怒ったのなら仕方ない。

 見知らぬ剣聖よりも、神殿長を大事に思う人々の気持ちは理解出来る。


「よし!」


 リタは右手を上に突き上げた。


 ――みんなの怪我を治して元気にするわ!


 そう願って癒しの力を解き放つ。

 範囲よりも密度を優先して、この周囲にいる人達に向けた癒し。

 たちまち周囲に広がった黄金(きん)の力が、この場にいる人々を癒し、活力を与える。


「おお……!」

「凄い……」

「……!」


 驚き目を瞠る人たちを見遣り、苦しそうに倒れている人たちがいなくなったのを確認して、力をおさめた。


 ――こんなものかしら


 リタが力の放出をやめた後も、黄金(きん)色の光が残滓のように周囲に漂う。

 それを人々がほう、とため息をつきながら見上げていた。


「さすがですのう。これが奇跡のお力ですかの」


 神殿長が自身の手や身体を見ながら、感心したように呟き、リタも微笑を返した。


「使うべき時に使わないと、この力を持ってる意味がないもの。今は必要な時、でしょ?」


 奇跡の力、と言われてそう返した。

 神殿とギルドが協力して治療を行う体制が整っているから、勝手な治療をするなと言われたが、この状況では使うべきだ。


「聖女……御使い殿?のご負担にならぬのであれば、助かりますのう。我々治癒魔法士では出来ぬことも多いですからのう」


 にこにこと笑いながら答えてくれる神殿長は、あのギルド職員よりも頭は固くなさそうだ。


「このような襲撃時には、治癒が出来る者が多ければ多いほど、助かる人もそれだけ増えますからの。本当にありがたいことじゃ」


 深々と神殿長に頭を下げられ、リタも慌てた。


「いいえ! 私の役目はこの襲撃で傷ついた人を治療することでしたから。神殿長のお手伝いが出来たのなら良かったです!」


 その二人の会話と、先程の癒やしの力を目の当たりにした王都民に、キラキラとした感謝の視線を向けられ、なんだか落ち着かなくなる。


「とにかく後は城の――」


 その時、ぞくりと恐ろしい存在を感じた。

 神殿長も同時に気配の元へと視線を飛ばす。

 ギルド建物の屋根の上、そこに佇む高位魔族。

 王都に現れた魔族とは比ぶべくもないほどの強大な力。

 蒼い髪の大きな体躯の魔族。その冷ややかな視線がリタを射貫く。

 ごくりと息をのみ、その無言の圧力に屈しないよう両足を踏ん張って睨み返した。


「間違いなく黄金(きん)の聖女だな。忌まわしい色を纏う」


 眉をひそめて告げられた言葉からは、忌々しげな響きが感じられた。


 ――私を狙いにきた?


 魔族は元々聖女を嫌う。

 あれほどの高位魔族であれば、リタの力を忌々しくは思いながらも恐れる事はないだろう。

 戦うとなれば、覚悟がいる。

 ぎゅっと拳を握りしめて一歩前に出ようとした時、リタの前に神殿長が進み出た。


「かなりな高位の魔族の方とお見受けしますが、何用ですかのう?ご覧の通り、ここは先程まで魔族の襲撃を受けて取り込み中なんですがのう」


 口調は軽く、だが油断なき視線で魔族を睨みつけながら、神殿長は瞬時に防御結界魔法を展開した。

 それは、魔族の恐ろしさに足がすくみ逃げることも叶わず、この場に固まり、あるいは腰が抜けたようにその場に座り込む者達を包み込んだ。その中にはリタも含まれる。


「ほう。なかなかに強力で広範囲な結界だ。其方もなかなかの術者だな」


 神殿長を興味深く観察しながら、緊張した面持ちでこちらを睨みつけるリタを見て嗤う。


「心配せずとも、貴様らに用はない。俺は――」


 言いおき、振り下ろされた剣を左腕で受け止めた。

 いつの間にそこにいたのか、ゼノが屋根の上、魔族のすぐ側にあった。


「ゼノに用があっただけだからな」

「なら、紛らわしい現れ方をするんじゃねえよ」

「ゼノ……!」


 その姿にリタは大きく安堵の息をついた。

 そうだった。今この場にはゼノがいたのだ。

 蒼の魔族――ベルガントは腕を振ってゼノを押し返すと、ゼノから距離を取ってそちらに向き直る。


「久しぶりの邂逅ではあったが、腕は落ちておらぬようだ」


 満足そうに口の端に笑みを浮かべるベルガントに、ゼノは剣を引き片眉を上げて睨み返した。


「この国を襲う野良を放置しておいて、今更何の用だ」

「ああ、このような取るに足らぬ魔族共など、我が主の目に止まらぬのも仕方あるまい。この程度で滅びるなら国に力がなさすぎるというものだ――だがまあ、貴様を誘き寄せる餌になったのならば存在の価値もあったか」


 くくく、と低く嗤って言い放つ。


「まあ良い。城以外のゴミは俺が掃除しておこう。貴様への話はその後が良さそうだ」


 ――城以外。


 その言葉の意味にゼノも顔色を変えた。やはり城も襲撃を受けているのだ。

 ばっと城に目をやったゼノに、ベルガントが低く嗤う。


「貴様の娘達がいたな。ようやく目覚めた者達が、死に戻らねばいいがな」

「てめえっ……!!」


 語気荒く一歩前に進み出たゼノから距離を取るように、ベルガントは空中に身を滑らせた。


「いいのか?ここでゆるりとしていて。城には主犯とその配下の魔族が溢れているぞ」


 ベルガントの言葉にゼノは盛大な舌打ちを返し、屋根から軒を伝って飛び降りると、リタに向かって叫んだ。


「お前も一緒に来い!蹴散らすのに数がいる!」

「もちろんよ!アーシェ達が危ないと聞いてじっとなんかしていられないわ!!」


 すぐさまゼノに続いて駆け出そうとしたリタの背を見ながら、神殿長はギルド職員を振り返った。


「ここはお任せしますのじゃ! 第一と第二騎士団がこちらに出ているので、王都の魔族対策を終えたらすぐさま第一騎士団は城に戻るように伝えてくだされ!」

「は、はい!わかりました!!」

「我々もここで対応いたしましょう!」


 ようやくゼノ達を見つけてここへやって来たのはルクシリア皇国からリタの護衛としてやって来たベルンハルト達だ。


「――ああ!イリア達! ここはお願いね!私もゼノについて城に行くから!!」

「まっかせてください!!御使い様!」

「リタ殿もお気をつけて!」


 ロベルトが威勢よく答え、イリアが心配そうに告げるのに右腕を上げて答えると、すぐさまゼノの後を追う。

 その横を神殿長も跳ねるように駆け出した。


「あなたさっきまでへろへろだったんだから、無理しないで!」

「なんのなんの! まだまだ若い者には負けませぬ!」

「無茶すんな!」


 すぐさま追いついてきた二人を振り返り、ゼノはニダを抱え上げた。


「これから魔族がいる場所に突っ込むんだ。お前さんは力を温存してろ」

「ぬぬっ!しかし、これではゼノ殿が走りにくかろう」


 それもそうだとゼノは一旦立ち止まり、先程までそうしていたように、ニダを背に負い直して駆け出した。


「――さっきの魔族の言葉、信用していいの?」


 リタが駆け出した時には、その姿は最早屋根の上にはなかった。城以外のゴミ――魔族は始末すると言っていた。


「ああ、アイツはベルガント。第一盟主の側近だ。第一の配下でもない魔族は目障りなだけだから、片付けるのは嘘じゃねえだろ」

「王都民に被害は出ぬかのう……」


 心配そうに告げる神殿長の言葉ももっともだ。同じ魔族をゴミ扱いしたのだ。人の扱いなどもっと酷いに違いない。


「直接攻撃はしねえだろう。巻き添えを食わねえとは言い切れないがな。 だが」

 ゼノは一旦言葉を切って見えてきた城門を険しい顔で睨みつけた。

「だが、俺に話があるみてえだったから、話す前に喧嘩を売る真似はしねえだろうさ」


 その程度の信は置けるということか。

 リタと神殿長は顔を見合わせて頷きあい、三人は城門から中へと突撃して行った。



 * * *



「ベルガントはやはりお父さんの元にも現れたのね」


 そのアーシェの言葉から、ここにも姿を現したことが知れて、ゼノは眉をひそめた。


「何もされなかったか?」

「お父さんを探しに来てただけだったから。いないとわかるとさっさと出て行ったの。……でもそれじゃあ、用事ってわからないね」


 心配そうに呟くアーシェに、リタも肩をすくめて見せた。


「あの場であれっきりだったもの。第一盟主の側近ということだったけど……盟主には側近がいるものなの?」


 先程会った第四盟主の側に侍る者達やチェシャが側近だったのだろう。ベルガントが第一盟主の側近だというならば、第三盟主にも側近がいるはずだが、リタはこれまでに出会った事はない。


「あ~……そうだな。盟主の性格にもよると思うが、第二以外はいるぜ。いつも侍ってる訳じゃねえけどな」

「第三盟主のところのオルタナさんは苦労性です」


 ゼノが顎を擦りながら言えば、どこか遠い目をしたアーシェがしみじみと呟いた。その声にはどこか同情が含まれていて、仲は悪くないのかもしれない。

 ちょっとリタとしても意外だった。


「盟主はそこまで人に対して攻撃的じゃないのね?」

「――場合に、よるだろ」


 先程問答無用でルイーシャリアが出会い頭に攻撃されたことなど記憶から消し去っているのか、魔族でも女性だと扱いが別なのかはゼノにもわからない。だがリタの中では第四盟主への忌避感はなさそうだ。


「ああ、でも第四の前で第三を貶すのはやめとけよ? 第四は第三のこと大好きだからな」

「ええ!? お姉さまがあんなゼノを追いかけ回す変人を!? 顔はいいかもしれないけど、趣味悪いでしょ、あの男!」


 その「趣味の悪い」はどっちにかかってるんだろう、とアーシェが苦笑しながら首を傾げたが、そこは追及しない方が良さそうだ。


「強い力を持つ者ほど、人には寛大っつーか、わざわざ手を下したりはしねえかな。理不尽は理不尽だけどな」

「それは仕方ないわね。生物としてのカテゴリが違ってる気がするもの」


 カテゴリが違う――なるほど、確かに言えてるなとゼノはガシガシと頭をかいた。


「第三盟主もそうだけど、出会えば必ず殺されるという訳でもないなら、仲良くもなれるのかしら?」


 お姉さまとは仲良くしたいわ、と両手を組んで楽しげに呟いたリタに、ゼノが鋭い気を放った。

 その鋭さにリタがびくりと思わず身構える。


「――魔族は魔族だ。心から信頼するんじゃねえぞ。お前さんが言った通り、『カテゴリ』が違うってことは、根本から考え方が違うということを忘れんな」


 見たことのない程の鋭い言葉に、リタは息をのみ、それから神妙に頷いた。


「……ごめんなさい。軽率な発言だったわ」


 そうだ。盟主は魔族だ。聖女であるリタを本来なら嫌っている。たまたま見逃されただけなのだ。


 アインスやトレがここに居たら、絶対怒られてるわね……


 気をつけないと、と項垂れたリタを見て、ゼノも息を吐き頭をガシガシとかいた。


「わかってるならいい。常に油断はするな。裏切られるのは当たり前だと考えておけ」


 その言葉に、何故かぐっと胸が締め付けられ思わず胸を押さえた。


 ――ゼノからその台詞を聞くのが、狂おしいほど、哀しい……


 何故だろう。これは前世の記憶から呼び起こされる感情だろうか。

 ゼノの事を考えると、たまにこういった悲しみに襲われる。

 ゼノの家族のこと。そして今回の台詞。

 それらが何を意味しているかを知りたいような、知るのが怖いようなふたつの気持ちの間で揺れ動く。


 ――そういえば、私はゼノがフィリシア様を()()()()護りぬいた事を知っている。思い出せてはいないけれど、前世のゼノがどうして死んだのかを知っているはずなんだわ。


 自分はその後どれほど生きたのだろう。

 ぞくり、と背筋が凍った。

 怖い、と初めて思った。


 忘れたくないと魂にまで刻み込んだ記憶には、哀しく恐ろしい事実や感情があるのかもしれない。

 それを思うと、身体の芯から震えがおこった。

 突然黙り込んで身を震わせたリタに、ゼノがぎょっとして狼狽えた。


「お、おい。何もそんな怯えなくてもいいだろうよ。別に、お前さんが理解すればそれ以上は俺だって……」

「あ、いえ、違うの。そうじゃないの。なんだか……ゼノの台詞から色々連想して、怖くなっただけで……」


 アーシェに咎めるように睨まれたゼノが、慌てて取り繕うように言えば、リタは力なく否定する。


「怖い?」

「今更ながらに、前世の記憶の中には思い出したくないこともあるのかも、と思い至っただけよ」


 前世の話を持ち出されると、ゼノは閉口するしかない。

 まったく覚えてはいないし――思い出してはいけないと、何故か強く思うからだ。

 それが、思い出したくない事のせいかどうかは判断出来なかったのだが。


「そのような話ならぜひ聞いてみたいものよ」


 突然その場に落ちた言葉は、リタの態度に狼狽えて反応の遅れたゼノの背後から聞こえた。

 ちっと短く舌打ちをして、腕の中のサラを抱えたまま剣を抜き、すぐさまベルガントを牽制するも、ベルガンドは腕を組んで窓際に立ったまま微動だにしなかった。


「娘達は無事だったのか。間抜けにも城外にいたのに、腕のたつ娘で幸いしたな」


 皮肉混じりの言葉にゼノは舌打ちを返し、アーシェは「許可をいただきましたから」と冷ややかに返した。


「ごちゃごちゃうるせえよ。今更お前さんが俺になんの用があるってんだ」


 吐き捨てるように言ったゼノに、ベルガントは薄い笑みを浮かべて一同を見渡した。


「ハンタースに――ああ、今はハンタースではなくなったんだったか。 そこに、剣聖がいるのは知っているか」


 意外な話題が出てきたと、シュリーは眉をひそめてベルガントを見つめた。

 ゼノも問われた意味を理解できず、ちらりとリタを見やる。

 リタも小首を傾げてベルガントを見返した。


「聞いたことはあるわ。ハンタースには剣聖がいるって。――もっとも、ゼノを知った後だと『剣聖』と呼ぶに相応しい人物かどうかは甚だ疑問だけど」


 リタの返答に、シュリーが微かに頷く。

 色々規格外のゼノを見た後だと他に『剣聖』と呼ばれる者がいると言われても、実力に疑問を持つのは仕方ない。

 ゼノはそもそも自ら剣聖と名乗った訳でもないし、『剣聖』という称号に興味はない。他にその称号で呼ばれる者がいると言われても、正直どうでもいいのだ。

 リタの返答に頷き、ベルガントはシュリーに視線を飛ばした。それにびくりと肩を震わせ――シュリーがノクトアドゥクスであると知られていることに一瞬詰まった。


「……います。ハンタースがギルドを運営していく上で『剣聖』には重要な役割がありますので」

「……あったか?」


 はて?と首を傾げるゼノに、リタが残念なものを見るように眉根を寄せ、シュリーはこくりと頷いた。


「裁定者、という役割です。ゼノ殿にはそういう名称ではなく、『間違っていると思ったら叩き潰してくれ』という約束だったかもしれません」


 シュリーの説明に、ああ、とゼノは頷いた。


「そういう約束ならライオネルとしたな。本部をネーヴェから移したり、ギルドが酷い有様でライオネルのハンタースギルドじゃないと俺が認めたら、いつでも叩き潰してくれってな」


 そういう約束を、した。

 時を置いてきた者に託された役目だ。


「ハンタースギルドの裁定者は、本来は『剣聖』ではなく、ゼノ殿を指していましたが、今の新興勢力が正当性を主張するために、新たに『剣聖』を作りました」

「なるほど。本当は『剣聖=ゼノ』なのに、剣聖という称号持ちなら誰でもいいようにしたわけね」


 シュゼントの宿屋での、ハインリヒのいい笑顔の意味がわかった気がする。


 身分証の規格の切り替えだけでなく、裁定者であるゼノをことごとく切り離そうとするハンタースギルドの行動に、きっと長い間静かに怒りを溜めていたに違いない。

 それが先日爆発して、解体にまで追い込んだのだ。


 ストーカーを怒らせると怖いってこと、わかっていないのかしら、ハンタースギルドは。


 リタの中で話が繋がり、もやが晴れてすっきりした気持ちになったものの、怖いもの知らずなハンタースギルドにぶるりと体を震わせた。


 あんなの怒らせるなんて正気じゃないわ。


「で? そいつがなんだってんだ?」


 ハンタースのことはゼノの中ですっかり終わったことになっていたので、今更裁定者どうのというのはどうでもいい。ネーヴェに本部を置くギルドがまだ残っているとハインリヒに聞いて、それならいつかは覗いてみたいと思った程度だ。

 だが、そんな者を第一盟主のベルガントが気にする意図が掴めない。


「その者は、我が主の試練を越えし者なのだ」


 その言葉に、部屋の中に沈黙が落ちた。


 第一盟主の試練を越えし者――それは、ゼノの魂にも刻まれた言葉だ。

 ハンタースの剣聖にも、ゼノと同じようにその言葉が刻まれているのだろうか。


「それは……その人はつまり、本当に強いということ……?」


 戸惑うように呟きながら、リタはゼノを見たが、ゼノは苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。


「剣聖って呼ばれたからって、試練に放り込んだんじゃないだろうな」

「その者は自ら望んで試練に挑み、越えたのだ——汚い手を使ってな」


 低く怒りを孕んだ声に室内の空気がびりびりと震え、リタもシュリーもアーシェも息をのんだ。リーリアはテーブルの上で手を組んでぶるぶると震えて俯く。


「試練の内容は記憶を消されてるんで知らねえが、抜け道があるのか?」


 ベルガントの怒りには興味なさそうにゼノが問えば、ベルガントは怒りのまま「ない」と短く答えた。


「本来であれば、ない。だが、そいつは特殊な力を持っていた。故に、我が主の試練を難なく越えたのだ」

「特殊な力?」

「詳しくは俺も聞いておらぬ。ただ、正当な方法で越えずに力のみを得たのだ!これは、許せることではない!」


 語気荒く言い放つ言葉に合わせて怒気が叩き付けられ、その度に攻撃を受けたかのようにダメージを受ける。

 ベルガントは色を纏う高位魔族。その力は盟主に匹敵するのだ。


「お前さんの怒りは理解したよ」


 怒気を払うように、ゼノもベルガントに気をぶつけて静かに告げれば、少し冷静さを取り戻したのか、すう、と怒気が引いた。

 ベルガントがゼノに無言のまま視線を寄越す。


「それで?俺にどうしろってんだ? 何かあるからここに来てんだろ?」


 試練を越えた者に、第一盟主とそれに類する者は手を出すことは出来ない。その制約があるからこそ、第一盟主はこの試練で強大な力を振るえるのだ。


「殺せ」


 告げられた言葉にやはりか、と内心でため息をつく。


「そのような者、存在することは許せぬ」


 冷ややかな目で告げるベルガントを睨み返しながら、ゼノは鼻で笑った。


「——そういう話を、もう一人の剣聖にもしてんのか? 俺を殺せと」


 え!? と驚いてリタとシュリーがゼノを見た。アーシェもごくりと息をのんでベルガントを睨み付ける。

 無表情でしばらくゼノを見ていたベルガントは、ついで、()()()と笑った。


「ふ、ふふふ、はははははっ! 意外に頭が回るでないか!!」

「お前らの考えそうなことはわかるさ」


 愉快そうに声をたてて嗤うベルガントに、ゼノはガシガシと頭をかきながら、馬鹿馬鹿しい、と吐き捨ててソファの背もたれに身を沈める。リタはぎゅっと唇を引き結んでベルガントを睨み付けた。


「だが、そやつが卑怯な手を使ったのは本当だ。()()()()()()


 笑いをすっと収め、無表情で冷たく言い置き空間を開いた。


「私の用事はそれだけだ。——せいぜい楽しませてくれ」


 それだけを告げると用は済んだとばかりに、空間に身を滑らせて姿を消した。

 後に残されたリタ達は、なんとも言えない表情でゼノを見つめた。


「……ハンタースの剣聖って、実力はあるのかしら」

「強いとは聞いています」


 静かにシュリーが告げる。けれど、と眉宇を僅かにひそめて続けた。


「人物的には少々問題があるとも聞いています」

「それ一番最悪ね。じゃあゼノを敵認定しているかしら」

「ハンタースギルドの関係で、すでにゼノ殿は新興勢力側には敵認定されていますので、それは今更かと」

「違いねえ」


 はは、と気にするでもなく軽く笑って応えたゼノには、どうってことない事なのかもしれない。

 だがリタの胸には不安が広がった。

 ゼノは強い。だが、卑怯な手段を取られてもその強さが活かせるだろうか。

 そういった漠然とした不安だ。

 不安に視線を彷徨わせ、シュリーと目が合うと、シュリーも同じような不安を感じていることが見て取れた。


 私が少しでも手助け出来るといいのだけれど。


 ふ、と息を吐いて目を閉じた。




 ——余談だが、やってきたベルガントにもその怒気にも気付かず眠ったままだったサラは、意外と肝が据わってる、と後でアーシェとリタにからかわれた。 


 



カタカナ名は、名前を間違えていないか、ハラハラします……

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