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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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(三十四)紅玉の君



 まだどこかしんみりとした空気が流れる中、マリノア女王がひとつ息を吐き背筋を伸ばした。


「さぁ、では被害報告の続きを行いましょう」

「陛下、ルイーシャリアは直接の襲撃を受けて疲れているでしょう。下がらせてはいかがでしょうか」


 王太子でもある兄が、身なりは整えたとはいえ心身共に疲れているだろう妹を気遣い告げたが、女王は静かに頭を振った。

 クストーディオより恐ろしい第四盟主がどう動くのか予測が出来ない今、しばらくは王女から目を離すわけにはいかないのだ。

 実際のところ、リタの癒やしを受けたルイーシャリアは広間にいる面々よりも元気ではあったのだが。


(わたくし)は大丈夫ですわ、お兄様。それよりも皆様のお疲れの方が尋常ではないでしょう」


 ニダに治癒されたため怪我を負っている者はなさそうだが、治癒魔法は疲れまではとれないのだ。


「もしよろしければ、私が癒やしを行ってもよいでしょうか」


 リタがすいと前に進み出て、女王に願い出る。勝手にやってしまうことはもちろん出来るのだが、ニダが築き上げて来た神殿と王国との信頼を安易に壊す真似はしたくない。


「ああ、いいんじゃねえか。せっかくお前さんがここに来てるんだ。普段ならいざ知らず、今日みたいな襲撃を受けた日はリタの——あ~……、御使いの浄化と癒しを受けた方がいい」


 表向きの理由としてそう述べたが、態勢を整えておくのは重要なことだ。

 それに、女王の顔色が悪すぎる。女性第一主義のリタとしてはそれがまず見過ごせないのだろう。すぐにでも癒しを行いたそうなリタを横目に、ゼノはリタを後押しするように告げた。

 女王はゼノの言葉に頷き、リタに向き直った。


「お願いしても良いかしら、御使い殿」

「もちろんです! 私はこの襲撃の後始末のために来ているのですから」


 快諾し、微笑しながらその場で右手をすいと前に出す。


 ——チェシャは避けるように……出来るかしら


 チラリと視線を投げれば、チェシャは察してそれと知られないように、自分の周囲に結界を張った。

 チェシャの視線でそれを感じ取ってから、力を発動する。

 ふわりと、黄金色の光がリタを中心に巻き起こり、ゆるりと謁見の間を包み込むように広がると、広間にいる者に黄金の光の雨が降り注いだ。

 心地よい黄金の癒し。


 ——へえ……


 ゼノは両手の平でそれを受け止めるように手を広げ、それから静かに目を閉じる。

 聖女の癒しは、ゼノにも効く。

 魔法とは異なるその力は、治癒魔法も含めたすべての魔法を無効化するゼノを回復させることができる、唯一の力だ。

 ゼノは過去の聖女から癒しを受けたことがあり、そのことを知った。だが、リタの癒しはその時に受けたものよりも格段に力が強いとわかる。


 ——リタの力が強いってのは本当みてえだな。それに……


 そう。そしてもうひとつゼノは理解した。

 ゼノも受けたミルデスタの街での癒しは、リタではない。あれはフィリシアの力だった。()()()()()()()()()あの時は何も感じなかった癒しの力だ。

 だが今、リタの癒しをその身に受けてはっきりと感じた違い。

 リタとフィリシアの癒しは違う。

 それと同時に感じた、ここまでになったんだなぁという感慨深さ。

 それは、本来なら知らないはずのリタの成長への実感。


 ——俺が前世とやらでリタと一緒にいたってのは、嘘じゃねえってことか。


 そうでなければ説明のつかない、この成長への喜び。


 ——ゼノは意地悪だわ。わたしがフィリシア様みたいに、まだ上手に力を使えないことを知ってるくせに!


 不意に脳裏に、知るはずのない、ぷくりと頬を膨らませた幼少期のリタの姿が浮かぶ。

 ゼノはぎゅっと目を閉じたまま拳を握り締めて、形容し難い感情を押し殺した。

 前世のことなど、考えるな。


 そんな記憶は俺に()()()()()()()()


「おお……」

「きれい……」


 感嘆の声が漣のように謁見の間に広がり、喜びと驚きの空気に包まれる。

 胸の内に広がった懐かしさと焦燥を切り捨てて、そっと目を開いた。

 満足げなリタの横顔が膨れっ面の少女と重なったが、ゼノは気付かなかった事にして拳を開き、何食わぬ顔で周囲を見回した。

 黄金の雫が完全に消え去り、この場に残っていた瘴気も完全に浄化される。

 疲れた表情だったマリノア女王の顔色もすっかりよくなっていた。


「凄い力ね……ふふ。確かに、これほどの癒やしを受ければ神殿長様も身軽に動けてしまうでしょうね」


 総神殿長が断る訳だわ、と可笑しそうに笑う女王にリタも微笑みかえした。

 ——と、()()を感じ取って、ゼノは女王や王女を庇うように動いた。


 ——来る


 同時にチェシャも気付いて、ルイーシャリアを押すように女王の隣に追いやると、ゼノの横に並び立つ。

 それを受けてアーシェがルイーシャリアの隣、サラの前に立ち位置を変えた。サラもびくりと肩を跳ねさせてアーシェの背後に張り付く。

 騎士団長と副騎士団長もゼノの動きに合わせて警戒態勢を取った。


「え?なに?」


 突然の動きにリタが戸惑いの声を上げた時、ふわりと花の香りがどこからか漂ってきた。

 花の甘く芳しい芳香が謁見の間にゆるりと広がり、うっとりとどこか夢見心地になった人々は、自然とその場に跪く。

 騎士団長の横で警戒にあたっていた副騎士団長のデリトミオも、がしゃりと剣を置きその場に跪いた。


「なんだ!?」


 突然のデリトミオの態度に騎士団長や女王が驚いたが、ルイーシャリアは背後にいたリーリアも同様に跪いた時に気付いた。

 今この場で跪いていない王国関係者は、ゼノから精華石をもらった者達――女王、王太子、騎士団長、宰相、そしてルイーシャリアだけだ。

 それの意味することにごくりと息を呑む。

 チェシャの背を見ながら、来たのだ、とルイーシャリアは胸の前で手を握りしめ、目を閉じて深く息を吸った。


「——まぁ、立っている人数の多いこと。これだからゼノが居るところは不快なのよ」


 艶めきうっとりと聞き惚れる美声で紡がれた不服そうな言葉が広間に広がり、跪く人々が深々と頭を垂れる。

 こつり、と紅い魔力を纏ってこの場に現れた麗人は、左右に美しい男性魔族、背後に女性魔族を一人伴い、扇を手に腕を組んで優雅に佇む。

 背後の者達を庇うように立つゼノに眉宇をひそめて、小さく息を吐いた。

 ゆるやかなウェーブを描く紅い髪をなびかせ、黒曜石を思わせる黒い瞳。顔の造作はルイーシャリアと酷似しながら、明らかに人とは異なる美貌を持つ第四盟主。


 その圧倒的な魔力と美しさにリタも息を呑み、理解した。

 第三盟主は、あれでも力を抑えていたのだと。

 目の前の麗人に対して感じ抱く魂の畏れ。

 人ではない存在——生物としての圧倒的な存在感の違い。身体の芯からおこる震えに、跪きたい欲求が湧き起こる。

 それを堪えられているのは、ひとえに凛と立つゼノの背を見ているからだ。

 彼女は膝をつく相手ではない、と。


「相変わらず、隠そうともしねえな」


 第四盟主固有の魅了の力に呆れたように告げれば、彼女は目を細めただけだ。

 その声を、姿を感じただけで彼女の前に進んで膝をつき、彼女の寵を請うための傀儡となる魅了の力。意識しなくても瞬時に場を支配する、人間からすれば恐ろしい力だ。


「私が居る場に目障りな者は不要よ。一番不要なのはお前だけどね」


 美しいもの以外は目に入れたくないというのが信条の第四盟主は、こうやって跪かせることで余計なものを視界に入れずに済むのだ。


「こっちだってお前さんに会いたくねえっつーの」


 軽く舌打ちしながら告げられた言葉に、ゼノも頬を引き攣らせながら言い返し——眉をひそめた。


 感じた違和感に、なんだ?と目を凝らして第四盟主を見つめる。

 ゼノの言動に、左に立つ黒髪に左目の赤い魔族が一歩前に踏み出て、ゼノの不躾な視線から主を隠すように立ち位置を変えた。

 奇しくもそれがゼノに違和感の正体を気付かせる結果となった。


「お前さん、それ……は」


 目を見開き驚くゼノの様子に、第四盟主が目を閉じ小さく息を吐く。

 不本意だがこの男にはやはり隠せないか。

 存在感の増した核。

 擬似核と核の見分けがつく者など、本来であれば盟主以上でなければあり得ない。なのに気付いた。


 ——魔王の加護がある


 それは本当のことらしい。

 不快さに眉をひそめて、それ以上の言葉を封じるように睨み付ければ、ゼノも悟って口を噤んだ。


「私がここに来たのはチェシャの様子を見るためよ。この二百年、擬態を解くことのなかった子が、第一の領域で擬態を解くなど、何かあった証拠。——だというのに」


 閉じた扇を口許に寄せ小首を傾げてチェシャを見る。

 背後の者達を第四盟主から庇うように、ゼノの横に並び立つ姿はこれまでのチェシャにはあり得ない。


「チェシャがゼノとも上手く付き合っているのは知っているけれど……まさか、第一の手の者がチェシャに何かした訳では、ないわよね?」


 第一盟主の配下は非常に統率されている。主の意向を外れた行動は絶対に起こさない。おまけに盟主同士で争わないという約定を作ったのは第一盟主だ。その彼の配下が第四盟主の側近であるチェシャに手を出すとは考えにくい。

 だがそれも、チェシャから何かしなければ、との条件はつく。

 チェシャ単独でそのようなことはあり得ないが、隣に並び立つ男がゼノであれば話は別だ。

 第一盟主とそれに連なる者達は、ゼノ自身には手を出せないが、ゼノの娘達や庇護する者は関係ない。よもやその者達の関係で第一盟主の配下とトラブルでも生じたか。


「主さま。第一盟主とはまったく関係ないにゃ」


 どこか緊張を孕んだ口調で、チェシャが否定する。

 チェシャが次の句を継ぐ前に、()()が目に入った。


 瞬間。


 ぎぃん、と何かが弾かれた音が響く。

 チェシャも、第四盟主の側に控える側近達もまったくわからなかった。

 ゼノによって弾かれた、第四盟主の攻撃。


「いっ……きなりかよ、おい」

「その不快なものはなに」


 底冷えするような低い声に、側近達が固まる。

 第四盟主がこれほどまでに不機嫌さを露わにしたことはない。

 その怒気に耐えられず、跪いていた人々が次々に倒れ伏す。


「……っ!!」


 精華石を持っているが故に魅了に抗えていた者達も、その怒気に当てられ女王や王太子、宰相は膝から力が抜けるようにその場にくずおれた。

 シュリーもともすれば悲鳴を上げそうになる口許を押さえて、なんとか意地で立っていた。

 サラはぶるぶると震えてアーシェの背にしがみついていたが、アーシェは怯えも見せずに拳を握りしめて踏ん張っていた。

 リタや騎士団長は両足を踏ん張り、第四盟主を睨み付けることで正気を保つ。

 その盟主の怒りを一身に受けたルイーシャリアは、目を逸らすことも倒れることも出来ないまま、身体の奥底から湧き上がる畏れにぶるぶると震え、浅い息を繰り返すしか出来なかった。


「あ、あるじ、さま……」


 これまでにない怒りにぶるぶると震える声でチェシャが呼びかけるも、第四盟主はルイーシャリアから視線を逸らさない。


「落ち着けよ」

「その不快なものはなに」

「人間だよ。この国の王女だ」

「人間。――人間ですって」

「ああ、そうだ。ただの人間だ――だから落ち着けよ」


 ずいと第四盟主の前に進み出て、その視線からルイーシャリアを隠せば、表情の抜け落ちた顔で第四盟主はゼノを睨み付けた。


「消す」

「消すなや」

「不快」

「落ち着けって」


 ゼノが第四盟主と問答にもならない言い争いをしている間に、左右にいた側近が動いた。

 チェシャが左目の赤いシニストロを、アーシェが右目の赤いデストロを瞬時に止めた。


「邪魔をするな」

「そうはいきません」

「チェシャ、貴様、主さまのご意向を無視するか」

「待って欲しいにゃ!」


 突然の事に状況がまったく掴めないリタは、一瞬躊躇ったものの、ルイーシャリアとサラの前に立ちもう一人の女性魔族を警戒した。

 リタには経緯も何もわからないが、顔の造作が似ていることが気に食わない第四盟主が、ルイーシャリアを消そうとしていることは間違いないようだ。

 付き従う側近達は第四盟主の意向に従おうとし、アーシェとチェシャはそれを防ごうとしているといったところか。

 確かに纏う雰囲気がまるで正反対だが、髪型と色が異なるだけで二人は酷似している。

 サラがぶるぶる震えながら、ポーチから魔法陣を取り出し、ルイーシャリアを中心に防御魔法を展開したのが背中越しにわかった。

 騎士団長は女王を庇うようにその前に立っていた。


「人間の分際で私と同じ姿形をとっているなど、これほど侮辱的なことはないわ。この世から消し去らなくては」

「人間の方が数が多いんだ。そういうことだってあるだろうよ。別にお前さんを侮辱しているわけじゃねえ」

「力も持たない人間風情が、主さまのお姿を写しているだけでも許しがたい!」


 女性魔族が声をあげ、チェシャやアーシェに向かって魔力を叩き付けた。


「うにゃっ」

「くうっ」


 盟主の側近だ。クストーディオなんかとは比べものにならない程の力がアーシェ達を襲う。サラの防御魔法がかかっているとはいえ、その力を完全に防ぐことはかなわない。おまけにデストロの圧力もキツい。


「——おい、」


 ゼノが凶暴な殺気をデストロとシニストロに叩き付け、二人の動きを一瞬止めると、すぐさま剣の柄で二人を叩きのめした。二人はうう、と呻いてその場に膝をつく。

 その隙を縫うように第四盟主がルイーシャリアに攻撃を仕掛けるのを、チェシャが前に躍り出て身体を張って止めた。


「にゃっ……!!!」


 人間に向けた力なので全力ではないが、盟主の攻撃だ。チェシャはまともに食らって吹き飛ばされそうになるのを、なんとか踏ん張って堪えた。

 自分が今ここで倒れれば、ルイーシャリアの命はない。例え後ろにリタやサラがいたとしても、チェシャの本気が第四盟主やその他の側近達に伝わらない。それでは意味がない。


「——悪い子ね、チェシャ。そこをどきなさい」


 第四盟主自体は最初に現れた場所から一歩たりとも動いてはいない。


「ま、待ってくださいにゃ、主さま……!」

「落ち着けって言ってんだろ」


 シニストロとデストロを叩きのめしたゼノが、剣を水平に構えて第四盟主の前に再び立ちはだかる。


「邪魔をするな」


 ぴくりとも表情を動かさずに冷ややかに告げる第四盟主の怒気で、謁見の間の空気がびりびりと震え、壁には幾筋もの亀裂が入った。

 ごくりと息を呑みながら、リタはどう動くべきか思考を巡らせる。

 ゼノが剣で斬るのではなく叩きのめしたことで、側近を傷つける気がないことを見れば、リタが攻撃を加える訳にもいかない。

 話が見えない以上は、ルイーシャリアやアーシェ達が怪我をしないように気を配るぐらいしか今は出来なかった。


「ああああ、まったく!」


 話が通じない第四盟主に、ゼノがイライラしたように叫んだ。


「——姿形(ナリ)は同じでもっ、お前の方がイイ女なんだから、ちったぁ落ち着けよ!!!」


 ぴたりと。


 ヤケクソ気味に叫んだゼノの言葉に、信じられないぐらいにぴたりと怒気がやんだ。かわりに訪れたのは沈黙だ。


 しん……、と恐ろしいほどの静寂が謁見の間を包んだ。

 沈黙に耐えきれず、ごくり、と息を呑んだのは誰だったのか。

 誰もが身じろぎひとつしない中、この空気に耐えかねたようにゼノがわざとらしく咳払いをこぼす。


「んん……あ~……、だからよ……」


 自らが招いたこの空気に、どこか気まずそうに視線を彷徨わせながら、ゼノが何かを言いかけたとき、ぽつりと第四盟主が呟いた。


「……わ」

「——あ?」


 その言葉が聞こえなくて、ゼノが聞き返す。

 第四盟主が、すいと扇を持った右腕を見せつけるように上にあげた。


「鳥肌がたったわ」


 心底嫌そうに告げられて、ゼノもひくりと頬を引き攣らせた。


「褒めてやったのに失礼な女だな」

「欠片も思っていないくせに、どの口が言うのかしら」

「欠片ぐらいは思ってるけどな」


 ゼノが美醜にこだわらないようになったのは、正直なところ第四盟主を見てからだ。この突き抜けた美貌を知った後では、美醜など意味がないと感じるようになってしまった。

 これより美しい顔はない。

 最上がこれなら、他はそれ以外、としか言いようがない。


「その顔ももちろん極上だが、それに恥じない気品と揺るがねえ信念を持ちあわせてて、側近も大事にする。魔族ながらイイ女だとは認識してらあよ——関わり合いたくねえけどな」


 性格もソリも何もかもがゼノとは合わないので、関わりたくないのは本音だが、いい女であることには違いない。


 本当に関わりたくはないのだが。


 その態度から、言葉に嘘はないらしいことを悟った第四盟主が微妙な表情を浮かべる。ゼノに褒められても嬉しくない、といったところか。

 だが、気勢を削ぐのは成功したらしい。

 第四盟主は扇で口許を隠すと、大きくため息をついた。


「……興が削がれたわ」

「そいつぁ良かった。チェシャの言い分も聞いてやれよ。お前さんの側近だろ」


 ゼノも疲れたように言い置くと、剣を鞘に収めて背後のチェシャに顎で示す。ゼノの発言に気を抜かれた表情をしていたチェシャも、促されて我に返り、慌てて第四盟主の前に進み出た。


「主さまお願いにゃ! ルイを見逃して欲しいにゃ!! ルイは、確かに人間で主さまのお怒りもごもっともにゃ! でも、あたしは主さまと同じ顔をしたルイが幸せになるのを見たいのにゃ!」


 懇願するように第四盟主の前に跪き、両手を胸の前で組んで頼み込むチェシャを、第四盟主は無言で見下ろした。


「巫山戯るな、チェシャ!」

「主さまと同じお姿を人間ごときが持つなど許されぬ!」

「でもでも! ルイが故意にお姿を真似たわけじゃないにゃ! まったくの偶然なのにゃ! 人間の命なんてせいぜいが八十年程度にゃ、それまで——ルイが死ぬまででいいのにゃ! ルイがルイとして生きることを許して欲しいのにゃ!!」


 お願いしますにゃ!とがばりと頭を下げるチェシャに、よろよろと立ち上がったシニストロとデストロも非難を浴びせる。


「このご尊顔は主だけのもの! 人が持つべきものではない!」

「姿が移ろいゆく人間など許せぬ!」

「何より」


 側近達の言葉に、感情を消し去った声で第四盟主が静かに続ける。

 その声は広間によく通った。


「私と同じ顔をしたモノが、私の与り知らぬ所で私の良しとせぬ表情や態度で人の世に存在している事が気に食わぬ」


 冷ややかに言い捨てられた言葉にチェシャがうっと呻いて跪いたまま数歩下がった。

 床に付いた手をぎゅっと握りしめ、肩を落として項垂れる。


 まあ、嫌がるわな、とゼノは独りごちた。


 人間は年を重ねて老いてゆく。それを自分達の主と同じ姿で見せられるなど、老いとは無関係の彼らからすれば許されぬことだろう。

 それは男であるゼノにもなんとなく理解できる。

 そして、第四盟主とルイーシャリアは別の人物だから当然性格も違えば考え方も態度も違う。そこが許せないと言われれば、最早打つ手がない。


 ——だから、()()()()はどこだっつったんだよ


 内心でそう呟いて、ゼノはガシガシと頭をかいた。



 * * *



 老いさらばえることが許せない——との側近の言葉は、魔族にとっては当然のことかもしれなかった。そして、同じ顔で別の者として存在することが許せないと言われれば、それがいかに理不尽だとしても、相手が盟主である以上、ルイーシャリアに異を唱える事が出来ない。


 第四盟主の怒気から解放されて、ようやく深く息をすることが出来るようになったルイーシャリアは、唇を噛みしめて項垂れるチェシャを見てから、覚悟を決めて顔をあげた。


「発言をお許しいただけますか、第四盟主さま」


 庇うように前に立つリタやアーシェの横を通り抜けて、震える足を叱咤してゼノの隣まで進み出た。

 ルイーシャリアを見据える第四盟主の目を見るだけで、そのまま倒れてしまいそうなほど恐ろしい。

 一度目を閉じて息を整え、お腹の前で両手を握りしめる。


 幼いながらに、どのような事態になっても冷静に動くアーシェ。

 ラロブラッドであるルイーシャリアのことを、この国になくてはならないと言ってくれたデリトミオ。

 ラロブラッドであると知りながら、ずっと大事に守ってくれた母や兄たち家族と、騎士団長に宰相。

 そしてルイーシャリアの幸せを願ってくれた神殿長。

 ルイーシャリアも守られているばかりではいられない。


 覚悟を決めたように静かに目を開き、毅然とした態度を崩さずににこりと微笑してみせた。


「ルイ……」


 困ったような目でルイーシャリアを見上げるチェシャに視線を投げる余裕はなかった。

 震える両手を必死で握りしめ笑顔を崩さないルイーシャリアに、第四盟主が扇を口許に当て、目を細めた。


「——良いわ。聞きましょう」

「ありがとうございます」


 第四盟主の諾の返事に静かに頭を下げ、それから、ゆっくりと面をあげると第四盟主を真摯に見つめた。


(わたくし)は、この国の王女として生まれ、これまでここにいる陛下をはじめとする方々に助けられ、またこの国の民により生かされて参りました。その(わたくし)には、国のために動き、生きる義務がございます」

「ルイーシャリア……」


 先程の第四盟主の怒気に当てられ、未だ床に座り込んだままだった女王が、バルドメロの手を借りながらよろよろと立ち上がるのが目の端に映った。


(わたくし)はここで命を落とすわけには参りません。この顔が気に入らぬのであれば、如何様に変えていただいても構いません。ですが、どうか命だけはお許し下さい。(わたくし)はこの国のために命を使いたいのです」

「ルイ! 何を言うにゃ!」


 チェシャが慌てたように名を呼んでルイーシャリアにしがみついたが、ルイーシャリアは静かに頭を振った。


(わたくし)にとって大事なのは、王女として国のために生きる事よ。顔が変わることでチェシャの興味が失われたとしても、(わたくし)は構わないわ……寂しいけれどね」


 わかってちょうだい、と笑いながら告げるルイーシャリアの腕を掴んだまま、チェシャは悲壮な顔をして第四盟主を振り返った。

 第四盟主は扇を口許にあてたまま、ルイーシャリアを見つめている。その表情からは何も読み取れない。


「お前の言う国のために生きるとは、どういうこと?」


 やや呆れを滲ませて冷ややかに尋ねる第四盟主に、ルイーシャリアは拳と両足に力を込めて、強ばりそうになる顔に無理矢理笑顔を浮かべる。


「許されるのであれば、この国の利となる婚姻を結ぶことです。本来の王女の役割は国と国との結びつきを強める政略結婚にございます。それがかなわなければ、この国で奉仕事業など、直接的に国民に還元できる活動を行いたいと考えます」


 静かな決意の元に告げられた言葉に、母でもある女王は何かを呑み込むようにぎゅっと目を閉じ、それから顔をあげてルイーシャリアの元に歩み寄ると、第四盟主に向き直った。


(わたくし)からもお願い申し上げます、第四盟主さま」


 第四盟主はその形の良い眉をひそめて、女王を見遣った。


「我が国に可能なことであれば、できうる限りの事はさせていただきます。どうか、王女の……娘の命だけはお助けください」


 深々と頭を下げる女王と王女の姿に、段々と第四盟主の不機嫌さが増していくのを見て取ったゼノが、大きく息を吐きながらガシガシと頭をかいた。


「お前さんが嫌がる気持ちもわかるがよ。命ぐらいは助けてやれよ。——もしも、俺の娘達が同じ状況になってんなら、俺ぁ、相手が誰だろうと徹底抗戦するぜ?」


 人の親ってのはそういうもんだからよ、と続けたゼノに、ますます第四盟主の表情が険しくなる。

 第四盟主としても、ゼノと完全に敵対することは望まない。

 特に、擬似核でなくなった今は、斬られれば本当に命が減る。簡単にやられるつもりはないが、ゼノを相手に無傷ではすまされない。おまけに、ゼノと敵対すれば第三盟主とも敵対する形になる。

 それは本当に第四盟主の望むところではない。


 だが、この王女が存在すること自体が気持ち悪い。

 受け容れがたい。

 顔を変えようがどうしようが、これまで存在してきたという理由だけで、すぐさま消し去ってしまいたい。


 ——それをすれば、ゼノが黙っていないでしょうね


 主の葛藤を正確に読み取ったチェシャが、それでも縋るように第四盟主を見上げた。


「主さまと同じ顔になってきたのはここ数年のことで、ルイの今の姿は絵姿も出回っていないのにゃ」

「……見たところ、この娘はラロブラッド。精華石を得ているようだけれど——他の魔族に狙われる可能性もある。それも気に食わないわ」


 第四盟主の言葉に、チェシャがうう、と呻いて「他の魔族からは、あたしがちゃんと守ります!!」と叫ぶが、それを冷ややかに見下ろすと、ちらりとゼノに視線を寄越した。

 ゼノはその視線の意味することを読み取って、顔をしかめながらも大きく息を吐いた。


「……そこの王女が困ったことになったら……あ~……俺も手え貸すさ」

「必ず?」


 しぶしぶ、と言った体で口添えるゼノに、扇で口許を隠したまま即座に尋ねる。


「——ああ、必ず」

「絶対に」

「絶対に」

「——言質は取ったわよ、ゼノ」


 その目が得意そうに笑っているのを見て、うぐ……と口の中で呻きながらも、ゼノはこくりと頷いた。

 この場合はもう仕方ない。不本意だがそうでもしなければ収まらない。

 ゼノに約束させたことでいくらか機嫌を良くしたか、第四盟主は二人に面を上げるように告げた。


「なら、お前の顔を変えようかしら」

「それは待って」


 すいと扇をルイーシャリアに向けた第四盟主を止めたのは、今まで黙って事の成り行きを見ていたリタだ。リタは第四盟主を刺激しないよう、ゆっくりとした足取りで女王や王女の前に立つと、第四盟主を正面から見据えた。


「いかに姿形が似ていようとも、二人は別人。王女の存在が、第四盟主の尊厳を傷つけることなどあり得ないわ。いえ、むしろ——第四盟主の美しさを引き立てるものにはなりませんか」


 また何か不思議なことを言い出したリタに、ゼノは胡乱げに視線を投げた。

 確かに王女の件はリタからすれば許しがたい暴挙にうつったに違いない。

 何を言われたのか理解出来なかったか、はたまたリタの真意を探っているのか、第四盟主は目を細めてリタを見つめるのみで、反応したのは両脇に侍る側近達だった。


「何を分からぬ事を言うか、貴様!」

「王女の美しさは、人が持ち得る最上位のものですが、だからこそ、人から見れば、同じ造作でも王女よりも第四盟主は美しいと正確に伝わるじゃないですか! 王女は私が見る限り、非常に気品溢れる方です。第四盟主の評判をあげるこそすれ、間違っても落とすようなことはあり得ません!例え年齢を重ねても、その真の美しさは損なわれないと、母である女王を見ればわかるじゃありませんか。だからどうか、このもう一人の美しい人が存在することをお許しください」


 リタの言葉に、何を言うかこの女は、と二人の魔族が眉をひそめた。

 だが、第四盟主はマジマジとリタを見つめた。

 美しい金の髪に紫とも蒼とも取れる瞳。加えて、この空間に足を踏み入れる前に目にした黄金の力を纏った癒し。魂から感じる黄金色も他には見ない色だ。

 彼女こそが黄金の聖女に違いない。

 その姿も力も、眩いばかりの黄金色(きんいろ)で、第四盟主は心をかき乱される。


 ——想像以上に、黄金の君に似通った黄金色(きんいろ)だわ。


 欲しい、と思った。

 この黄金色(きんいろ)を側におきたいと切に思った。

 だが、それこそ第三盟主に禁じられている。


 無言でコツリとリタの方に歩み寄れば、ゼノの足がぴくりと動いたのが見て取れた。

 手を出せば、ゼノも動く。

 チラリとゼノに視線をやって害意はないことを示し、そのままリタの側まで歩み寄った。

 リタは臆することなく真っ直ぐに第四盟主を見つめ返す。その頬が上気して朱が差すのも美しい。

 すいと手を伸ばし、焦がれる黄金色(きんいろ)に触れれば、金糸はさらさらと手の平を流れてゆく。


「——美しい金糸ね」

「お姉様も本当にお美しいわ」


 ほう、とため息をつくように紡がれた言葉に、第四盟主の聞き慣れない単語が含まれていて、小首を傾げた。


「おい、リタ」


 呆れたようなゼノの声が飛ぶ。


「今、なんと?」

「お姉様がお美しいと」


 ——お姉様。


 言われたことのない言葉だ。


「——なんと不敬な!」


 叱責は、第四盟主の背後を守る側近から放たれた。

 その言葉に他の三人も我に返って咎めるようにリタに叫ぶ。


「人がなんと恐れ多い!」

「ふざけるでない!」

「そんな言葉で主さまを呼ぶにゃにゃ!」

「——ほ、ほほほほ」


 扇で口許を隠したまま、可笑しそうに第四盟主が笑った。

 その魅惑的な笑い声に側近達が固まる。


黄金(きん)の聖女は、なかなか剛毅なのね」


 未だ笑いをかみ殺しながらゼノに目配せする第四盟主は、先程までの怒りが嘘のように機嫌が良さそうだ。

 するりとリタの髪を再度いじってから、閉じた扇でくいとリタの顎を取った。


「面白いことを言うのね。お前は黄金(きん)の聖女でしょう?盟主である私に何を言っているのかわかっていて?」


 瞳を覗き込むように告げれば、「もちろんです」と力強く返ってくる。


「目上の美しく敬える女性は、私にとっては皆お姉様ですから」

「魔族なのに?」

「ゼノが褒めるぐらいなら、女性に理不尽な事をなさる方ではないと信じます」


 先程のゼノの揶揄のような言葉を引き合いに出すリタに、第四盟主が目を瞬かせた。

 次いで、笑う。


「ほほほ。面白い()だわ、ゼノ。お前の言葉を信じているのね」


 この二人には前世で繋がりがあると耳にしている。

 あながち間違いではなさそうだ。

 第四盟主は目を細めてリタを見つめた。

 取り込むことは禁じられているが、関わる事までは止められていない。

 側に置いて愛でられないまでも、ゼノに対する牽制の駒にはなる。

 何より、この美しい黄金(きん)色に触れられる機会を失うのは惜しい。

 第四盟主はリタの顎から扇をのけると、すぐ背後で様子を見守っているルイーシャリアを見つめた。


 先程まで怯えて震えていたのに、今は凛とした佇まいで第四盟主を見つめている。——いや、腹の前で組んだ手には震えが見える。だがそれを感じさせない毅然とした態度だ。自分を前にしてみっともなく取り乱さないのは評価出来る。


 だが、造作がこの上なく自分に似ているのは、やはり面白くない。

 せめてもの救いは、黄金(きん)の君である第三盟主の色を欠片も持っていなかったことか。

 青みを帯びた銀色の髪に深い翠の瞳。第四盟主の紅や第三盟主の金色や蒼はどこにもない。

 人間はその頼りない存在で多様な色を纏う。

 黄金(きん)の君ほどの見事な金髪はそうそう見かけないが、ルイーシャリアが万が一金髪であれば、誰がなんと言おうとも存在を許せなかっただろう。

 それほど第四盟主にとって黄金(きん)色は特別だ。


 ——この存在を、許容出来るかしら


「お姉様の美しさと、王女の美しさは別物です。でも、どちらも奇跡のような美しさではないですか。それが失われるなんて世界の損失です」


 第四盟主が迷っている空気を敏感に感じ取ったか、リタが後押しするように告げる。


 世界の損失とは面白い事を言う。


 くすりと第四盟主が笑った。

 だが、自分の与り知らぬ所でルイーシャリアが誰かと婚姻を結び、あるいは衆目にさらされ、動いているのはやはり気持ち悪い。


 リタの金糸が再び目に入った時、ふとあの美しい声の王太子を思い出した。


 そうだ。ちょうど探していた。


 今第四盟主が一番気にかけている国。その国の王太子に誰を妻合わせれば良いかを。この黄金(きん)の聖女を合わせようとして第三盟主に咎められた。

 だが、あの美しい金の髪と声を持つ王太子に、この王女を合わせるのであればどうだろうか。かの国は自分の庇護下にある国。ラロブラッドであっても問題はない。

 あの王家にこの顔が入ることで、人間は元より盟主達にも、あの国が第四盟主のお気に入りであると分からせることが出来る。

 自分と同じ顔を嫁がせるというのは少々気にかかるところはあるが、それも気に入りのあの王太子であれば嫌悪感もない。

 何より、どこか諦めたようでありながら、頑なに第四盟主に心を許さないあの王太子が、どのような表情をするのか見物ではないか。


 それに——あの美しい声で愛を囁く相手がこの顔であれば、どちらの意味でも許容できる。


 自然と浮かんだ笑みに、側近達は元よりリタや女王、アーシェ達もその美しさに息をのんだ。……ただゼノだけが、また趣味の悪いこと考えてやがるな、と呟いて腕をさすったのを第四盟主は見逃さなかった。


 やはり自分を褒めた言葉に、心は欠片もこもっていなかったに違いない。


「——いいわ、ルイーシャリア? お前にはそのままの姿で、この国の王女としての役割を全うさせてあげる」

「さすがお姉様!!英断です!」

「主さま!」

「お前には私の示す国に王太子妃として嫁いで貰うわ。それがこの国にとって利になるかどうかなんて知らないけれど、お前に拒否権はないわ」


 ぱあっと笑顔を見せたチェシャと、まさか!と驚いたように第四盟主を振り返る側近達に目もくれず、第四盟主は女王に向き直った。


「私に人の都合など無意味。近々その国に使いを出させるから、それに従いルイーシャリアを嫁にだしなさい」


 第四盟主の命令に、女王は一度王女と宰相に目をやって、彼らが頷いたのを見て心を決めた。

 人外の盟主にこれ以上の譲歩はないだろう。

 最初を思えば、ルイーシャリアを傷つけることなく、生きる事を許されたことはありがたい。

 どの国に嫁がせることになるのかは想像もつかないが、この命令に拒否権はない。断って機嫌を損ねようものなら、それこそ国が滅ぼされる。 


「心得ました。寛大なご対応、痛み入ります」

「チェシャ」


 礼を述べる女王に一瞥だけ返して、第四盟主は自らの側近の名を呼んだ。


「はい!」


 名を呼ばれて嬉しそうに返事を返すチェシャに微笑し、第四盟主はルイーシャリアも手招きした。

 チェシャはルイーシャリアの腕を取ると、一緒に第四盟主の側までやって来る。

 第四盟主は少し考えて、するりとルイーシャリアの長く真っ直ぐな髪を一房手に取った。すると、その一房が赤色に変わる。

 周囲にいた側近達に動揺が走った。

 主の色を纏う——それが許されるのは側近の証。ルイーシャリアは人でありながら、第四盟主の側近扱いになったのだ。


 じり、と嫉妬が胸に拡がり目に剣呑な光が宿ったが、それを主の前で表す訳にはいかない。


「これで、愚かな魔族がお前に手出しすることもないでしょう。チェシャ。あなたはコレに付き従って」

「ありがとうございますにゃ! ルイはあたしが、ちゃんと守ります!!」

「ありがとうございます、第四盟主さま」

「いいのよ。お前には今後楽しませて貰うことにするから」


 ふいと二人に背を向け、用事は済んだとばかりに空間を開く。

 赤い闇が広がる中、第四盟主はリタを振り返った。


「お前はなかなか面白いわ。また会いましょう」

「はい! 王女様のこと、ありがとうございます」


 美しい黄金(きん)色を持ち、聖女でありながら魅了にかかった訳でもないのに、自分を敵視するどころか好意を示すリタを好ましく思いながら、第四盟主はゼノにも視線を寄越す。

 魔王の加護がゼノにあるなら、盟主達が探す魔王の手がかりはゼノにあると言っていい。本当は色々とつついてやりたいところだが、それは第三盟主が許さないだろう。

 だが、ルイーシャリアの件で言質をとった。彼女関連で表だって巻き込むことが出来る。おまけにゼノが庇護するリタは第四盟主に好意的だ。

 ゼノへの道が出来た。これはルイーシャリアを我慢するデメリットを差し引いてもお釣りが来る。

 ゼノの方にも思う所があるのか、何か言いたげな表情だったが、今はそれも無視しておく。


 ふ、と口許に微笑を浮かべてからするりと赤い闇に身を滑らせた。

 三人の側近達も、ルイーシャリア達を睨み付けてから後に続いた。


 最上位魔族の一人、第四盟主と側近達が完全にいなくなって、ようやく皆が安堵の息をついた。先程まで周囲に立ち込めていた花の香りも完全に消え去っている。

 魅了と怒気に当てられた者達は未だ目覚めないままであったが、脅威は去ったのだ。


「これで……ルイーシャリアは助かったのね……」


 娘の髪にチェシャと同じ一房の赤色を認めて複雑な気持ちになりながら、それでも女王はひとまず深く、深く息を吐いた。



 

「お姉様」は、リタから自然に口を突いて出た言葉。

フィリシア様とお姉様ではもちろん断然、フィリシア様が上ですが、リタは綺麗なお姉さんは大好きです。

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