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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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(三十一)魔術師達の処遇



 一発で終わっちまうんだよな。


 ヘスを床に叩き付けたゼノは、右手をぶらぶら払いながら肩をすくめた。

 剣士なので格闘技が得意なわけでもないが、大剣を自在に扱う分力も強い。体力自慢の相手ならともかく、魔術の使えない魔術師など物理攻撃への耐性がないに等しい。

 ゼノだったからこそヘスが自滅する形になったが、展開された魔法はどれもこれも相当強力だった。リタから聞いた「当代きっての魔術師」というのに間違いはない。


 こんな相手とアーシェやサラを戦わせてしまうとは。


 まんまと罠にはまった自分に怒りを覚える。

 倒れ伏すアーシェやサラを見た時、血の気が引いた。

 ようやく眠りから目覚めた娘達。

 その娘達をこの国に連れてきたのはゼノだ。

 そのせいでまた失う事になっていたら、ゼノは悔やんでも悔やみきれない。

 本来であればここに居ないはずの男。

 地下牢で見せた態度から碌な人物でないこともわかっている。箱庭にも攻撃を仕掛けるこの男を、このまま放置するなどあり得ない。

 さてどうしてやるか――と考えて、思い出す。


「そういや回復しやがったな、こいつ」


 リタに殴られて変わっていた顔の形が瞬時に治っていたのだ。間違いない。

 こういう奴らは色んな所に魔術系の道具を隠し持ってんだよな

 自身も短剣を複数箇所に隠し持っているからこその見解だ。

 頭をガシガシとかきながら、魔石がはまった手首のブレスレットに触れれば、それもぱんっと割れた。


「……」


 あんまりにも周囲に優しくない状況になっている自身の様子に、ゼノは空を仰いだ。比喩でなく空も見える。


 ここまで酷かったっけか……?


 考えてみれば、完全にデュティの魔法陣を切ったのは数十年――いや、下手をすると百数十年ぶりかもしれない。


 ―― てめえ、なんなんだ!? おかしいだろう!


 そんな事を言われてもゼノにだってよくわからない。

 ただのラロブラッドでないのは間違いないが、魔法無効化だけでは説明できないこの魔術具破壊効果。恩恵と言うにはゼノにとっても不便すぎるので、これは呪いのなせる技か。


「まあいいか」


 これまでわからなくても問題なかったのだ。何かあればデュティに頼めば大概のことは何とかなる。

 ハインリヒが聞いたら「だから君は考えが足りないのだ」と嫌味を言われること間違いなしだが、ハインリヒも今はもう諦めているかも知れない。


 コイツも、回復系魔術具と杖を壊せばこれ以上の悪さも出来ねえだろ。


「ん?」


 そう結論づけて何か縛る物を、と周囲を見回した時にポーチに何かが投入された感覚。

 デュティが何かを寄越したならば、今この状況に必要なものか。あいつは俺の場所だけじゃなく状況まで把握してんのか?と首を傾げつつ、ごそごそとポーチを漁って新しく追加された物を取り出した。


「なんだ……? 首輪?腕輪じゃ……ねえよな」


 中央に魔石が嵌められ周囲に魔法陣らしきものが刻まれた、指の第一関節ぐらいの幅の輪っか――リング。腕に嵌めるには大きい。だがこういった物は自動伸縮したりするので嵌めてみなければわからない。

 とりあえずゼノが潰していない左腕を持ち上げ嵌めてみるが、ぶかぶかで何も起きないのでやはり腕用ではないらしい。

 じゃあ首か、と思いながらもこのサイズでは頭を通らない。どうやって嵌めるんだ?とリングを外から内から眺めて見るも、別にどこかが外れるようにはなっていない。

 だがデュティの寄越した物だ。

 試しにヘスの頭の上に乗せてみても変化はなかった。

 首に直接か??と、首に触れさせれば、しゅん、と首に収まり魔石が一瞬光って魔法陣に光が走った。なんらかの魔術が起動したのだ。


「……やっぱ首輪か」

「そんなの飼うなんて趣味が悪いわ。捨てるとまた悪さをしそうだから確実に始末しないと。存在することをこの世に泣いて許しを請うほど痛めつけてから消し去ってやりたいわ」


 背後から口調だけでなく内容まで剣呑なリタの声が降ってきて、振り返れば仏頂面のリタが見下ろしていた。その背後の奥にアーシェやサラが抱き合う姿や、チェシャや王女の姿も見える。どうやら無事だったようでゼノも安堵の息をついた。この状況で治癒が使えるリタが居てくれて助かった。


「俺も気持ちは同じだが、コイツは腐っても魔塔の魔術師だ。勝手に()ってみろ、ハインリヒにどんな目に遭わされるかわかったもんじゃねえぞ」


 ゼノの経験則だ。どう考えても()()利用出来そうな男を勝手に()れば、絶対に後で厄介な事になる。それこそ、こちらが生まれてきたことを後悔するほどの仕打ちをされかねない。ハインリヒ=ロスフェルトとはそういう男である。


「……あり得るわ」


 ゼノの言葉にぐ、と詰まってげんなりとした表情になったリタにも、どうやら経験があるらしい。ゼノの留守中に二人の間に色々あったことが窺えた。


「それにしたって、どうして首輪? ――まさかゼノの趣味なの?」


 ものっすごく蔑んだ目で問われて「そんな訳あるか!」と荒々しく否定したゼノは悪くない。


「だってゼノが持ってたんでしょう?その首輪」

「デュティだよ、デュティ! あいつがっ、今、俺のポーチに放り込んだんだよ!」


 必死に否定してポーチを叩くゼノに、かえって胡散臭そうな視線を寄越しながら、転がるヘスの頭を一蹴りして器用にゴーグルを外す。


「これも魔道具だってクライツが言ってたわ」

「ああ、仕組みは知らねえがそれでラロを見分けていたな」


 転がったゴーグルもひょいとゼノが掴めば、またしてもぱんっと音がして壊れた事がわかる。


「……今何をやったの?」


 先程までのゼノとヘスの戦闘――と呼ぶにはヘスが一人で盛り上がっていただけだったが――を見ていても、ゼノは色々おかしい。魔法無効化とはああいったものだったか。リタもお目にかかったことはないので詳しくはないが、何故だかゼノが使っているという時点で普通とは異なる気がした。 


「持っただけだ」

「何か壊れたような音がしたけど」

「完全な魔法無効化状態だと、魔道具は……壊れるんだよ。俺が触っただけで」


 ここまでとはゼノの記憶にもなかったのだが。

 すいと視線を外して決まり悪そうなゼノに、リタが鼻の頭にシワを寄せながら胡乱な視線を投げる。


「その状態、解除できるんでしょ? 迂闊に触れられたくない感じなんだけど」

「人をバイ菌みたいに言うなや。 戻しとく」


 右手グローブを外したゼノの手の甲に刻まれた魔法陣を覗き込んだリタは、その中央にあちらの世界の文字でゼノの名が記されているのを見つけた。複雑な魔法陣の中に二つの円と文字があり、それぞれ魔法記号が描かれており、ゼノは「動く」ことを示す魔法記号の部分を左手の親指で擦っていた。魔法陣が一瞬光ったことで起動したことがわかる。


「ゼノに施されているのはあちらの世界の魔術ということね。こちらの世界の魔法が効かないのかしら?」

「さてな。――ああ、だが、特定の場合を除けば盟主の魔法も効かないぜ?」

「デュティは盟主以上の力を持っているということ?」

「ああ。あいつは強い」


 躊躇いもなく断言したゼノに、あの塔や箱庭を管理しているのだから当然だという気持ちと、得体の知れない畏れを感じた。


「彼が魔王なんてことはないわよね?」


 あの巫山戯た被り物で()()とは思うが――ゼノに加護を与えた魔王はどこかには存在したのだ。いや、フィリシアが生きていることを思えば、現在進行形で存在しているのかもしれない。ならば、その者はやはり箱庭にいるのではないか。


「それはわからねえよ」


 てっきり否定されると思っていたリタは、ゼノの言葉に目を瞠った。


「俺は魔族ならわかるし、魔核も見える。だからデュティは魔族じゃねえとずっと思ってきたけどな。瘴気も見えねえし。だがデュティの魔法は俺に通る。あいつのが格上ってことだ。なら、擬態に気付かねえ可能性もあるわな」


 ゼノだって魔王がどんなものか知らないのだ。

 盟主よりも力が強いのは確かだ。

 だが。


「前にも言ったが、あいつは箱庭で生まれ育ったって言ってた。魂が読めるなら聖女寄りかと思うけどな。どっちにしろ俺に加護を与えた魔王ってことはねえだろ。――それに」


 非常に真面目な顔でゼノはリタを振り返った。


「あんなピンクの被り物をつける魔王は嫌だ」


 至言だ。


 リタの頭の中で笑顔の黒ウサギがぴょんぴょん跳び回り、黒い鳥に突かれてピンクの怒り顔のクマにすり替わった。


 どちらも魔王という言葉で連想されるイメージからはほど遠い。

 リタもすぐさま頭の中からデュティ=魔王、という図式を消し去った。

 ゼノはヘスをその場に放置して、少し離れた所に落ちていたアーシェの剣を拾い上げた。

 剣には剣戟でついたものとは明らかに異なる激しい傷がある。普段のアーシェなら、こんなに剣が傷つくことはない。

 かなり傷んでいることから、戦闘の激しさが窺えた。

 ちっ、やはりもっと痛めつけてやればよかった。

 剣を掲げたまま、舌打ちして忌々しそうにヘスを睨み付けた。


「お父さん!」


 アーシェとサラがこちらに駆け寄ってくる姿は、服はぼろぼろで髪や顔も薄汚れていて、見ていて痛々しい。


「アーシェ、サラ!怪我はどうなんだ?」

「大丈夫。リタさんが癒やしてくれたから」

「平気。どこも痛くないよ」


 二人は笑ってそう言うが、見た目信じられずにリタを見れば、リタが腰に手を当て「私が女の子の治療に手を抜くとでも?髪の毛一筋ほどの傷だって見落とさないわよ」と(のたま)った。


 違いない。


 リタが問題ないというなら、こと女性に関しては本気で心配はいらないだろう。ゼノは大きく安堵の息をついて微笑した。


「そうか……すまん。お前さんがいてくれて本当に助かった。礼を言う」


 柔らかい笑顔を浮かべたゼノの言葉に、どこか虚をつかれたように目を見開き――次いでリタも微笑み返した。


「兄貴分のフォローをするのは、妹分の役目でしょ」

「違いねえ」


 頷き返して立ち上がったゼノは、くしゃりとリタの頭を撫でてからアーシェとサラを抱きしめた。


「こんなのの相手をさせて悪かった。無事でいてくれて本当に良かった……!」

「仕方ないよ。魔族以外の相手なんて誰も考えてなかったし」

「お父さんは悪くない。悪いのは神殿。全部神殿」


 二人に言われてうんうん頷きながらも、ゼノは自分の見解の甘さに打ちのめされる。

 間に合ったから良かったものの、あと一歩遅かったらとぞっとする。

 完全にゼノの落ち度だ。


「クストーディオはどうなりましたか」


 チェシャやリーリアを伴いこちらに歩み寄ってきたルイーシャリアの問いに、ああ、とゼノは頷いた。


「そこいらに魔石が転がってる筈だ」


 ぴょん、とチェシャが跳ねるように移動して、床に転がっている魔石を三つ拾い上げた。


「相変わらずの質にゃ」


 チェシャがどこか呆れたように呟き、アーシェはがくりと項垂れた。


「お父さんがもう倒しちゃったんだ……」

「魔術師叩くのに邪魔だったんでな」


 進行方向上にいたので邪魔だった、それだけだ。

 アーシェはため息をつきながらゼノの手から自身の剣を取り、鞘に収めた。


「それ研ぎに出さねえといけねえな。傷みが酷え」

「そうだね……」


 どこか落ち込んだ様子のアーシェに、ゼノが眉尻を下げながら「どうした?」と心配そうに尋ねるも、アーシェは緩く頭を振っただけだった。

 サラはそんな二人の様子を交互に見ながら「あの人の邪魔がなければ、お姉ちゃんが倒せてたのよ」と口添える。


「余裕だったにゃ」


 チェシャも頷きながら同意する。


「そうか。アーシェは強いからな」


 頭をくしゃりと撫でてやりながら褒めるように告げたが、アーシェの表情は変わらない。


「それで、ソイツをどうするにゃ。——あたしはルイを傷つけたソイツを切り裂きたいんだけど」

「その前に、説明してくれる? そこの彼女、魔族よね。それも高位の」


 リタの言葉に、そういや説明をまったくしていない事を思い出した。

 ゼノはガシガシと頭をかきながら、チェシャとルイーシャリアを交互に見遣った。


「あ〜……チェシャは敵じゃねえ。そこの王女の侍女だ」

「魔族なのに侍女なの?」

「そういうキミは噂の聖女にゃ? アーシェにかけてた癒やしは治癒魔法とは異なってたし……酷い目にあったにゃ」


 リタの癒やしで痛い目にあったチェシャがジト目でリタを睨み付けながら言えば、魔族とはいえ女の子に睨まれたとあって、リタは目に見えて狼狽えた。


「さっき癒やしの力が当たったことね? ごめんなさい。あなたを傷つけちゃったのかしら。まさか、味方の魔族がいるなんて思ってなくて……」

「魔族からすれば聖属性の力は攻撃にゃ。聖属性の攻撃で傷ついた傷を治療するには非常に手間がかかるのにゃ。そんな言葉で許されると思ったら大間違いにゃ」


 毛を逆立ててリタを睨んでくるチェシャにリタがおろおろと戸惑うのを見て、アーシェが鞘に収めた状態で剣をチェシャに突きつけた。


「さっき、魔石をあげましたよね? すでに回復したのにリタさんに難癖つけるなら、私が相手しますけど?」


 未だ不機嫌な状態で睨み付けてくるアーシェの殺気が本物で、ちょっと脅かすつもりだっただけのチェシャはぴっと背筋を伸ばして頭をぶんぶん振った。


「嘘にゃ!酷い目に遭ったのは本当だけど、怒ってるのは嘘にゃ!!」


 なんかアーシェが機嫌悪いにゃ!とチェシャは助けを求めるようにサラを見たが、サラも難しい顔をしてアーシェを見ていて気付いてくれない。

 こういう時はゼノは役立たず!ということを良く知っているチェシャは、すぐさま狙いをリタに変えて、慌ててリタの両手を掴むと、ぶんぶんと振り回した。


「聖属性を持つ人間はあたし達には要注意だから、ちょっと脅かしただけにゃ!謝ってくれたし、ルイを癒やしてくれたから本当に怒ってるわけじゃないにゃ! ね!仲良し、仲良しにゃ!!」


 仲良しと言って!と懇願するようなチェシャの圧に、リタもこくこくと頷き返しながら「もちろんよ!」と慌てて返した。

 魔族とは言え女の子で敵でないならリタにとっては大事にする対象だ。嫌われたかと思ったので仲良くするのはむしろ大歓迎だ。

 握られる手をそっと離して、逆にチェシャの手を包み込むように握りしめた。


「本当にごめんなさい。あなたみたいな子がいるなんて思ってなくて……私はリタというの。チェシャさんというの?仲良くしてね」

「黄金色で聖女っていうのはちょっと思うところはあるけど、主さまの敵にならないなら仲良くするにゃ」


 主さま?とチェシャの言葉に首を傾げたが、それ以上を説明する気はないのか、チェシャはアーシェに向かって「ほら、仲直りして仲良しにゃ!」と一生懸命アピールしている。どうやらアーシェの事は本気で怖いらしい。

 アーシェは不機嫌な表情のまま、すいと剣を下ろした。


「それで、そこにいるのは魔塔の魔術師の片割れだろ?」


 リタ達のやりとりを大人しく見ていたゼノは、地下牢で見かけたリーリアに視線を投げて問えば、リーリアが「ひっ」と短い悲鳴をあげてがくがくと震えだした。


「ちょっとゼノ! 女の子怖がらせてどうするのよ!」

「いや、別に怖がらせてる訳じゃ……」

「ガタイのいい男が怖い顔で睨み付ければ、怖がらせるのは当たり前でしょ!?」

「いや別に睨んだ訳じゃ……」

「大丈夫よ、リーリア。あなたを傷つけたりなどさせないから」


 ゼノの弁解など聞いちゃいない。

 決して優しい顔ではないと自覚がある分、ゼノもこれ以上は諦めた。単にリーリアの立場を確認したかっただけなのだが。

 安心させるようにリタに肩を抱かれたリーリアは、だが一向に震えが収まる気配はなく、しまいにはリタの背後に隠れてゼノから距離を取った。

 リーリアからすれば、あのヘスが為す術なくやられた相手だ。魔法が一切効かない上に、杖まで壊したゼノが恐ろしくてたまらない。

 敵か味方かなどの問題ではない。魔術師の端くれとしてゼノの存在に本能的に畏れを抱いたのだ。


「ルイーシャリア!」


 微妙な空気が流れたところに、王女の名を呼ぶ声が響き渡り、マリノア女王が騎士団長と近衛を引き連れて部屋の中――と言っても壁はすでになくなっていたが――に飛び込んできた。

 だが、足を踏み入れて部屋の惨状に息を呑んで立ち止まる。


「ルイーシャリア……ルイ……無事なの……?」


 青褪めた顔で室内を見渡し、リタ達の側に立つルイーシャリアの姿を認めると、足場が悪いのも気にせずに駆けるようにやって来る。


「お母様――」


 ルイーシャリアも母の姿にホッと胸をなでおろし、微笑を浮かべた。


「ああ、ルイ。怪我はないの?」


 埃まみれで所々破れたドレスの様子に顔色をなくしたまま、震える手でルイーシャリアの肩を抱く女王に、王女は安心させるように頷き返した。


「はい。(わたくし)は無事です。アーシェやサラ、チェシャはもちろん、デリトミオと剣聖さま、こちらのリーリアさんも守って下さいました。軽い怪我はこちらの女性が癒やして下さったの」


 ルイーシャリアの言葉に、この場にいる一同を見渡し、深く、深く頭を下げた。


「本当にありがとう……!なんとお礼を言っていいのか……」

「あ! 大変!おじさん落ちたままだった!」


 ルイーシャリアの言葉でデリトミオの存在を思い出したサラが、真っ青な顔をして叫んだ。

 おじさん?と首を傾げたゼノに「副騎士団長です」とアーシェが答える。


「お父さん!おじさんは許してあげて。わたしの事、助けてくれたの!」


 ぐいぐいとゼノの手を引くサラに「許すって?」とよくわからずに首を傾げるゼノに、ルイーシャリアが困ったように苦笑した。


「剣聖さまを転移させたのは、副騎士団長のデリトミオなのです」

「ああ」


 そう言う事な、と頷き返すゼノにマリノア女王が頭を下げる。


「ごめんなさい。あなたに達にご迷惑をかけてしまったわ。騎士団を掌握できていなかったのは(わたくし)の落ち度です」


 申し訳無さそうな女王に、ゼノもガシガシと頭をかいて「いや」と返すに留まった。元はと言えばゼノと神殿の確執のせいでもある。それに巻き込まれたのはどちらかといえば王国の方だ。


「そういう可能性も視野に入れていなかったゼノの落ち度です。そもそも、()()()()していれば魔術の罠になんか引っかからなかったんですから、王国側が気に病む必要はありません。ゼノが悪いんです、ええ、すべて」


 リタの言葉はいちいち最もなのでゼノが反論できる事はない。反論できる事はないしする気もないが、言葉以上にトゲを感じるのは何故だろうか。

 アーシェもリタの言葉に小首を傾げて、不機嫌だったことも忘れてゼノを振り返る。

 他に何かしたの? と視線で問われて、ゼノが緩く頭を振った。

 重ねて言うが、リタは男には容赦ない。

 そこに神殿の地下で余計な手間をとらされ、王都内を駆け回った私怨も混じっているのでアタリはキツくなる。ゼノ本人の与り知らぬ事であっても、リタが考慮してくれる事は一切ないのだ。――女性絡みでない限り。

 非常にゼノに厳しい意見を吐くリタに、女王は苦笑しながら緩く頭を振って再度ゼノを含めて皆に頭を下げた。


「ルイーシャリアの為に剣聖さまのお力を借りると決めたのは(わたくし)です。そのことを納得させられなかったのは(わたくし)の落ち度。そのせいで魔塔の魔術師を招きいれる結果となり、このような事態になったのもすべて(わたくし)の責任です。どなたにも大きな怪我がなくて本当に安堵しております」


 そう言って、リタに正面から向き直った。


「あなたが、女神フィリシアの御使い、リタ=シグレン嬢ですね。此度は王都民やこの場にいる方々を助けて下さってありがとう。あなたのお陰で、(わたくし)達は取り返しの付かない事態になることを防げました。心からお礼申し上げます」


 深々と頭を下げられ、リタは慌てたように女王を制止した。


「頭を上げてください! 私は、私のやりたいようにやっただけですから!」


 王都民に浄化も兼ねた癒やしを行ったのは、神殿長を癒やすついでだ。神殿長が自分よりも王都民を優先させたので、一度に片付けるために広範囲に渡って浄化と癒やしを行った。

 この部屋で癒やしを行ったのも、女性が傷ついていれば何があろうと癒やすというリタの信条にのっとったもので、王国のためを思ってとかそういった感情は、申し訳ないが一切ない。

 だからそのことで礼を述べられても困るのだ。


「もういいじゃねえか、その事は。クストーディオはもういねえ。魔石はチェシャが持ってるから、王国側で使ってくれ。換金すりゃあ、修理代ぐらいは賄えるんじゃねえか」


 女のこういったやりとりは中々終わらない、と考えているゼノはさっさと話を進めることにして、チェシャに顎をしゃくれば、チェシャが先程拾った魔石を女王に手渡した。


「……これは、また……」


 魔石として恐ろしく質の高いそれにごくりと息を呑む女王に、「被害がでかいから使っとけよ」と重ねて言い置く。

 後はコイツをどうするかだな、と少し離れた所に未だ倒れ伏すヘスを見遣った。


「それで、コイツの処遇だが——」

「それはこちらで引き受けましょう」


 そう言ってサラが「胡散臭い」と評した笑顔で現れたのはクライツだ。

 背後にはシュリーとデルもいる。


「魔塔と話はついていましてね。彼を欲する所に、引き渡すことが決まっています」


 クライツの言葉に動揺を示したのはリーリアだ。

 今「魔塔と話はついている」と言った。早すぎる。事が起こったのはつい先程なのだ。

 クライツを呆然と見つめていたリーリアは、シュリーが手にしている魔道具に気付いた。通信の魔道具。それも映像も送れる仕様のものだ。

 ひょっとして、ここで起こった事はすべて知られているのか。

 魔塔や、そのヘスを欲する誰かに。

 ならば、自分がヘスを裏切ったことも知られている。

 魔塔において自分の味方は義父である魔塔長だけである事を、リーリアはよく理解している。長老達の中にはヘスを毛嫌いする者もいるが、リーリアとヘスなら間違いなくヘスの味方だ。ヘスを裏切った自分を、今度こそ許さないだろう。

 背筋に冷たい汗が流れて、震える拳を握りしめた。


「だが、コイツは」


 ゼノが困惑を見せたのは、デュティによる首輪の件だ。

 わざわざこのタイミングで渡されたのだ。意味があるに違いない。デュティの作った首輪をつけた状態で、その誰かに渡してしまって問題はないのか。


「ご心配なく。()()()()()の上のことですから」


 にっこりと笑って告げるクライツの言葉に、ゼノもそれ以上を言えず無言で頷いた。


「——アーシェ達にやった事を考えたらもっと痛い目みせてやりたいんだけど」


 不満そうに告げるリタに、クライツはそれ以上何も言わずに笑顔で押し通した。

 彼らがこういう態度を取るときは、非常に怖い。

 ヘスに待っているのは、それこそゼノがハインリヒに対して恐れる「生まれてきた事を後悔するほどの事」に違いない。

 クライツの笑顔に剣呑なものを感じ取って、流石のリタも口を噤んだ。

 クライツの後ろにいるのがハインリヒなら、想像するのがちょっと怖い——とリタも気付いたのだ。


「それから、リーリア嬢もこちらで引き取ります」

「え!?」


 びくりと肩を震わせて怯えるリーリアに一度目をやり、それからクライツを睨み付けた。


「リーリアは関係ないでしょ? ソイツが勝手に暴れただけなんだから」

「そうです。リーリアさんは、私達を助けてくださいました」


 リタの様子からクライツに任せることは、リーリアにとって良くない事だと判断したルイーシャリアも援護するように告げた。ルイーシャリア達を守ってくれたのも、ヘスを止めようとしたのもリーリアだ。


「ああ、誤解しないで下さい。彼とは別口ですよ。リーリア嬢の身柄をノクトアドゥクスで預かることは、我らを裏切った魔塔への制裁措置ですから」


 裏切りの制裁措置、と聞いてリーリアはハッと思い出した。

 シモンの研究していた転移魔石——そういえばあれはどこかの組織と共同開発中のものだと耳にした覚えがある。

 その組織がノクトアドゥクスだとするならば、制裁措置、というのも頷ける。それが自分の身柄とどういう関係があるのかわからないが、その場にいながら止められなかった責任か。


 ——魔塔に戻るのと、制裁措置で身柄を拘束されるのとどちらがマシだろう……


 そんな考えが頭をよぎるほど、今のリーリアは魔塔へ戻るのが恐ろしかった。


「リーリアをどうするつもり?」


 冷ややかな口調で問いただすリタに、クライツは苦笑を返す。


「女性はすべからく守り慈しむべきものだという御使いリタ殿に誓って、酷い事はいたしません」


 その言い方が気に食わなかったか、ジト目で睨み付けるリタに、すいとシュリーが前に進み出た。


「リーリア殿のことは私が責任持って預かりますので、どうかご安心を」

「シュリーが言うのなら信じるわ」


 この差である。

 手厳しい、と苦笑するクライツを無視してリタはリーリアに向き直るとその手を握った。


「クライツは胡散臭いけど、シュリーなら大丈夫。安心していいわ。あなたが酷い事されないよう私も注意を払っておくから、何かあれば連絡をちょうだい」


 にこりと笑って言われて、リーリアは真っ赤になって狼狽えた。

 先日も綺麗で優しいと思ったが、リタはやっぱり綺麗で優しい。


「え、あ、あの……」

「大丈夫。私はあなたの味方よ」


 断言されて、心がほわほわと温かくなる。じわりと涙が滲んできて、握られていない方の手でごしごしと目元を拭った。


「辛かったわね、あんな奴の下についてるのは。もう大丈夫よ。——あいつはいずれ私がきっちり引導を渡してやるから」

「こらこら、勝手に決めんなよ」


 きらりと目を光らせて断言したリタに、一応ゼノがツッコミを入れておく。

 ハインリヒが絡むならこちらが手出し出来る可能性は低い。

 でも一応、後でデュティにも話しておかなきゃなんねえな、とゼノはガシガシと頭をかいた。




ここでの宣うは尊敬語ではなく、現代の意味として使われる「大きな態度で言う」とか「もっともらしく言う」方の意味です。


今週の木曜更新はお休みいたします。

行くのです!日本シリーズ観戦!!

27日の試合開催が確定したのは嬉しいのですが……くぅっ!勝ってたのに……!!

今週は気持ちが野球、なので潔く更新を諦めます。

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