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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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(三十)聖女と剣聖の静かな怒り



 城内は大混乱だった。

 ボスのクストーディオの他にも、ランクAをはじめとする複数体の魔族や魔物の襲撃を受けていた。

 第一、第二騎士団は王都の襲撃に備えて出払っていたため、城内に残っているのは第三騎士団のみだ。近衛や衛兵をいれても高ランクの魔族を複数体相手にする力はない。

 おまけに建物内は動きにくく、王国側は苦戦を強いられていた。

 だが、普段から訓練されていたのか、一方的な殺戮には至っていない。文官とおぼしき者達が複数人で固まって使用出来る魔法を駆使して防御をかため、衛兵達も必ず複数人で一体の魔物を相手取るなど、多対一になるように動き侍女達もその手助けをするように動いている。

 そんな中に突撃してきたのがゼノ達だ。

 城内の惨状をみるや、リタはすぐさま矢をつがえて目に付く魔物を次々と屠っていった。

 ゼノはそれらを無視して王女の部屋を目指す。


「ちょっと待ちなさいよ! ここを放置する気!?」


 王城に勤める文官や侍女達が奮闘する中、それらを無視して突き進んでいくゼノを追いながら叫べば


「道を塞ぐやつぁ片っ端から斬り捨てる! 足は止めねえよ! 一番の魔族は王女のとこだぞ!」

「それはそうだけど――」

「ほっほっほっほ。ここは儂や騎士団長殿に任せて、御使い殿も先に進まれるがよいぞ」


 神殿長のニダが朗らかに笑って目の前の魔物を殴り飛ばしながら、躊躇うリタを促した。

 その年齢と立場からは考えられない身軽な動きで、次々と魔物を殴り飛ばしていく姿にリタは呆れた視線を投げた。


「さっきまでゼノに背負われていた人とは思えないわね」

「年寄りの冷や水ですからのう。長くは持たぬが、これだけ身体が動けば重畳、重畳。第一騎士団もすぐに戻りますからのう、心配には及びませんぞ」


 ほれほれ、神官パーンチ!と不思議なかけ声と共に今まさに侍女に襲いかかろうとしていた魔物を殴り飛ばす。

 助けられた侍女の方が「神殿長さま!?」と魔物への恐れよりも驚きの方が勝る状態で、周囲の文官や衛兵たちも「神殿長さま!? (まこと)に!?」「おお、神殿長さまだ!」「助けに来て下さったのか!」「助かったぞ!」と方々から歓喜の声があがり、場の雰囲気ががらりと変わったのを見てリタも驚いた。


 神殿長って、攻撃力として信頼されてる!?


 臆する事なく魔族を数発殴り飛ばして魔石に変えていく姿は、確かに神殿長というよりは熟練の冒険者だ。ちゃんと登録すれば実力はリタと同程度のクラスになるのかもしれない。

 神官服姿の小柄な老人が、軽快に飛び跳ね魔物を屠っていく姿はなかなか不思議だ。

 絵面はなかなかシュールなんだけど……


「ここはお任せしても大丈夫なようね」


 苦笑しつつも城内の雰囲気を見ればそれが良さそうだ。


「ほっほっほ、王女の方を頼みましたぞ」


 今もまた文官達が苦戦していた魔物を魔石に変えた神殿長が、ぐっと親指を立てて告げるのに「任せといて!」とリタも親指をたてて応えた。


 なかなかお茶目なおじいちゃんね。


 彼が神殿長なら、確かに慕われているのも頷ける。

 何がどうなっているのかリタにはさっぱりだが、ゼノと神殿長は仲が良さそうだったし、神殿長が元気になればゼノの変な噂も完全に消えて心配もなくなるだろう。

 そんなことより今はアーシェ達だ。

 リタは大慌てでゼノの後を追った。


 幸いにもゼノの道行きに魔族が複数いたらしく、瞬殺しながらも多少の足止めにはなっていたらしい。リタはすぐにゼノに追いついた。


「ゼノの後ろを行くのが一番早そうね」

「ああ!? 遅れるなら置いてくぞ!」


 リタを振り返りもせずに剣を振り回すゼノは珍しく焦っているようだ。

 その理由はリタもわかる。

 ランクSの魔族も心配だが、何より心配なのはあのヘスとかいう魔術師だろう。ハインリヒやクライツから聞いた話ではまともな人間ではない。ラロブラッドのサラや王女の身が心配だ。


「魔族を相手にしないならゼノより速いわよ!」


 ああ、お前さん速かったな――といつかの森でのことを思い出しながら、ゼノは魔物を斬り捨てて瘴気の一番濃い、そして一番強い魔力が生じている場所を目指して走り続けた。

 階段を飛ぶような勢いで駆け上がった二人は、廊下の異様な状況に思わず足が止まる。廊下には倒れ伏す近衛と壁が半壊状態の部屋。


「これは……」


 ごくりと息を呑んだ時、部屋の中から一際(ひときわ)強い魔法攻撃の衝撃が発せられて、リタとゼノはその衝撃をやり過ごし――すぐに駆け出した。

 部屋に駆け込み一番最初に目に飛び込んで来たのは、奥の壁際にぐったりと倒れ伏すアーシェと侍女。

 次いで中央で薬瓶を煽り床に叩き付けるヘス。

 右手奥には折り重なるように倒れるドレス姿の女性とその下に見えているのはサラの足か。

 そしてそこから少し離れた所にリーリアが倒れている。


 すう、と怒りで血の気が引いた。


 隣に立つゼノが瞬時に動いて、行きがけに床に倒れている魔族の核を斬り捨て、次いでヘスに斬りかかる。


 ――かつん、かん、かつん……


 ゼノの斬撃に遅れて、床に転がる魔石の音がやけに響き渡ったが、その音を耳にした時には、リタは既に拳を振り上げていた。

 リタの拳よりも先に届いたゼノの剣が、ヘスの防御魔法を斬り捨て、その隙を縫ってリタの拳がヘスの右頬を殴り飛ばした!


 ――許さない!


 床に倒れ込むヘスの腹を、腰を落として思い切り蹴り上げる。神官長を蹴り上げた時とは威力が違う。


 ――許さない!!


 浮き上がり、落ちてきたヘスの今度は右頬を、身体強化をかけた拳で先程よりも勢いよく殴り飛ばした。

 壁に激突して倒れ込んだヘスを一瞥し、だんっと着地と同時に床を踏み鳴らす。


「――てめえ」


 ゼノが静かに唸る。


「貴様――」


 リタも怒りに声が震える。


「アーシェとサラに」

「か弱き女性に」

「「なにしてくれるの!!」てんだ!!」


 ゼノとリタの怒号が綺麗に重なり部屋中に響き渡った。

 三発殴り飛ばしたとは言え、まだまだ足りない。

 部屋の惨状を見れば彼女達がどれほど酷い目にあったのかが窺える。

 ああ!四肢を引きちぎって脳天をかち割ってやりたいところだけど!


「まだまだ殴り足りないけど、こんなのより治療が先ね! ゼノ、絶対にソイツ逃がさないでよ! あと殺さないで!まだ殴るから!!」


 リタは、ゼノに向かってそう宣言してから、すぐにぐったりと床に倒れたままのアーシェに駆け寄った。


「アーシェ、しっかりして!」


 頭を揺らさないよう注意しながら、アーシェの上半身をそっと抱き起こせば、額から血が流れていてリタは息を呑んだ。


 ああ、なんて酷い……! でも生きてるわ……!良かった、間に合ったのね。


 苦しくないように上半身を支えた状態ですぐさま治癒を発動すれば、周囲は黄金色の光に包まれ、苦しそうだったアーシェの呼吸が穏やかになり、徐々に顔色も良くなってきた。

 ほっと胸を撫で下ろした時、すぐ近くに倒れていたチェシャが、リタの聖女の力に当てられて「うにゃあぁっ……!!」と叫び声を上げた。


 女の子の悲鳴に驚いて目を向ければ、そこには確かに女の子だけれども魔族が倒れていて、これどういう状況? と判断がつかないまでも治癒の光がアーシェにのみかかるように調整してやれば、チェシャの悲鳴はおさまった。それと同時にうう、とアーシェが身動(みじろ)ぎした。


「アーシェ! 大丈夫? どこか痛いところはない?」


 額から流れていた血や埃を拭ってやりながら優しく問えば、目を開いたアーシェがリタの顔をぼんやりと見つめる。


「リタさん……? どうしてここに……」


 まだどこかぼんやりとした表情のアーシェを安心させるように、にこりとリタは微笑んでみせた。


「詳しい話は後にしましょう。ゼノもいるからもう心配いらないわ」

「お父さん……、っ!」


 リタの言葉に、ゼノの姿を探すように視線を巡らせる仕草を見せていたアーシェは、突然ハッとしたように身体を起こした。


「急に起き上がったら危ないわ!」

「サラは……サラは無事ですか!?」

「今から見てくるわ。でもアーシェの治療を終わらせるまでもうちょっと待って」


 言われて初めて、アーシェは自分の体が黄金色の光に包まれている事に気づいた。


「これは……」


 これが、聖女の癒しの力。


 黄金色に包まれる自らの体を見下ろしながら、初めての感覚に目を見開く。

 リタの癒やしは治癒魔法とは異なり、怪我だけでなく生命力そのものに力を与える。病気の原因には作用しないが、身体の生命力を上げることが出来るのだ。

 リタの力で癒やされたアーシェも、怪我はもちろん衝撃でぼろぼろだった身体の疲れが芯から癒やされ、力を取り戻す感覚に、ほう、と感嘆のため息を吐いた。


 これは本当に凄い……!


「ありがとうございます。あの、私はもう大丈夫です。サラを……サラや王女様をお願いします」


 そう言いながら立ち上がり、途端にふらついたアーシェをリタがそっと抱きとめ、そのままゆっくりと壁際に移動しようとするのに手を貸した。


「まだ無理をしてはダメよ」

「……はい。私はここにじっとしているので、サラ達をお願いします」

「わかったわ」


 まだ大丈夫そうには見えなかったが、アーシェがサラ達の方を心配そうに見ているし、確かにリタも気にもなったので、ここは素直に頷き返し――倒れているチェシャの存在が気になって視線でアーシェに問えば、アーシェもそれに気づいて「味方です」と端的に答えた。

 魔族が味方?と疑問には思ったが、ゼノと第三盟主もはっきりと敵対している訳ではなかった。この子とも何かあるのだろうと頷き返し、そのままサラ達のいる方に駆けだした。


 折り重なるように倒れる王女とサラの元までゆけば、こちらは防御魔法がまだ生きている。衝撃までは殺せなかったために倒れているのか、アーシェよりはダメージは軽そうだ。

 そのことに安堵しながら、まずは王女をそっと抱き起こした。


 ——きれい


 埃で頬やドレスも薄汚れてしまっているが、そんなものがあっても王女の美しさが損なわれることはない。女性のリタでもハッと息を呑む美しさだ。


 オリヴィエ皇女は可愛かったけど……こちらの王女さまは本当に美しいわ……!こんなに綺麗な人がこの世に存在するなんて……!


 思わずほう……とため息をついてルイーシャリアを見つめていたリタは、リーリアの呻き声に現実に引き戻された。


 いけない! うっとりと見つめている場合じゃないわ!


 ぴしゃりと自分の頬を片手で叩いて、改めて三人を窺う。

 王女は衝撃で気を失っているだけか。サラは服だけでなく手足に細かな傷がみえる。少し離れたところに倒れているリーリアの顔には、明らかに怪我のあとが見られて、わなわなとリタの拳が震えた。


 ――あいつ、絶対に許さない……!!


 ふつふつとヘスへの怒りがぶり返したが、まずは治療!と三人に向けて手を伸ばせば、ふわりと黄金色を纏った光が優しく三人を包み込んだ。



 * * *



 何が起こったのか、ヘスにはわからなかった。

 ただ防御結界魔法は機能せずに、殴られた。

 わかったのは、それだけだ。


「ぐ、ぐぅ……」


 殴られた腹と両頬が熱い。


「—— あと殺さないで!まだ殴るから!!」

「お前、俺より先に殴り飛ばしておきながら……」


 勝手な事を、とぶつぶつと女の声に文句を言っているのは、捕まえた筈の剣聖の声だ。

 何故コイツがここに、と考えたときに、神殿が裏切ったか!とヘスはぎりりと奥歯を噛みしめた。あるいは、副魔塔長が逃がした可能性もある。どっちにしろヘスにとっては楽しくない状況だ。


 どいつもこいつも、と左手首に嵌めた魔石のブレスレットから瞬時に治癒を行うと、すぐさま詠唱破棄で目の前にしゃがみ込む剣聖に雷撃を見舞う。


 ——剣聖は小娘よりも強い筈だ


 地下牢ではリーリアの防御結界に阻まれはしたが、目に見えない剣さばきはヘスのような魔術師が相手にするには分が悪い。

 雷撃は、ダメージを与えられずとも距離は取れると考えたヘスの予想を裏切り、剣聖に直撃したと同時にふっと消えた。

 防御結界魔法で防いだ時とは異なる反応だ。

 魔法そのものが、まるで一瞬で分解されたかのように()()()()()


「……はっ……?」

 ――なんだ?この反応は。


 初めて見る反応に一瞬目を瞠り、何が起こったのかわからずに間抜け顔でゼノを見つめる。

 ゼノは眉ひとつ動かさずにヘスを見下ろしている。

 なにかで防がれたか?と再び無詠唱で火球をぶつけてみるも、同様に消えてなくなった。


「なんだ? 防御結界でも、ねえ……?」


 状況も忘れて、研究者らしく目の前の事象を理解しようと、今度は風刃を飛ばすも、これもまったく同じように消えてなくなる。次は水属性の魔法を、と起動しようとした右手を掴まれ、その力の強さに思わず顔をしかめた。


「なあ」


 いっそ穏やかとも取れる声で静かに呼びかけられ、ヘスは何故だか背筋がぞくりと凍った。


 杖――杖はどこだ


 殴られた時に一緒に吹っ飛んだはずの杖を、視線だけで探し回る。


 ――あった。ヘスの右横数歩の距離に転がっている。


「俺あ、訳あって娘達とは気が遠くなるほどの長い時間、ちゃんと会えなくてな」


 この場にまったく関係なさそうなことを静かに語る、目の前の剣聖の表情は落ち着いている。揺らぎひとつ見えない。感情の読めないその表情に何故か空恐ろしさを感じて、ヘスはしゃがみ込んだ状態で知らず後ずさった。

 捕まれた右手を振り解こうともがいてみても、その手はピクリとも動かない。


 杖は捕まれた腕側だ――届かない


「長い間ずっと待ち望み、ようやく会えた娘達なんだよ。――その娘達に」


 静かに、静かに怒りを滲ませるゼノの存在に、ごくりと息を呑んだ。


「お前なにしてくれてんだ?」


 言い捨て、ゼノは掴んだヘスの手首をごきりと握りつぶした。


「ぐああっ……!!」


 痛みに手を引き抜こうともがくが、ゼノの力が緩む気配はない。


「て、てめえ……! 離せ、このっ……!」


 無詠唱で四属性の攻撃魔法を瞬時にゼノにぶつけるも、すべてが一瞬で消えてなくなる。


「なんっ……」

「何度やったって無駄だ」


 驚愕に目を瞠るヘスに、ゼノが畳み掛けるように断じる。


「俺に魔法は効かねえよ」


 その台詞にカッと頭に血が上り、


「――ふざけんなっ!」


 叫び、次々に思いつく限りの魔法を詠唱してゼノにぶつけるヘスを、ゼノは手首を掴んだまま黙って見下ろす。

 だが、それらの魔法もゼノに当たる前に、すべて――すべて消え去るばかりだ。

 

 そんな訳がねえ、一体どんなカラクリがあるってんだ!


 一向に効果をみせない魔法にイライラと混乱しかけては、ぎりぎりと捻るように力を込められる右手首の痛みで、その度に正気に戻される。


 杖だ、杖がいる――


 だがこの場から動く事は叶わない。

 詠唱魔法に意味がないならば、と左手でポーチを漁り攻撃魔法陣の描かれた魔紙を取り出して、強力な魔法を次々と繰り出す。周囲を吹き飛ばした魔法も、起動の一瞬後には掻き消えるようにあっけなく消失した。


「馬鹿なっ……!これほどの威力の魔法が、消えてなくなる訳がねえ!」


 そんな訳ねえ、と魔法陣に魔力を流して何度も魔法を展開してゼノに攻撃をぶつけるが、起動しても、ゼノに当たる時にはどれほど大きな魔法でも、ふっ、とすべて掻き消える。


「……っ」


 魔法が消えるなどありえない。この場に特殊な結界も、ゼノに特殊な魔法がかかっている気配も見えない。

 なのに、消える。

 ヘスの魔術が効かないなど——そんな馬鹿なことがあっていいわけがない。


 発動した魔法の魔術的な質量はどこへ消える?


 これほど強大な力が跡形もなく消えるなど、魔法法則的にありえない。

 何が、どうなってやがる!? と、ぎりぎりと奥歯を噛みしめても状況が理解出来ない。だがこの剣聖から逃れるためには、ヘスは魔法攻撃しか手がないのだ。

 手当たり次第に魔法攻撃を行ううちに、くらっと目眩がして、ゼノに掴まれていない左手を床について身体を支えた。


 魔力切れだ。

 ぜえぜえと肩で息をして、痛みと疲れでだらだらと流れ落ちる汗が、床についた左手と魔紙の上に黒い染みを作る。馬鹿な、とぶつぶつ呟きながら手の下にある魔紙をぐしゃりと握りしめるヘスを、無言で見下ろしていたゼノが静かに息を吐いた。


 それにヘスの肩がびくりと跳ねた。

 そしてその事実に驚愕する。


 ――俺様は今、この男に怯えたのか?

 この俺が?

 目の前のこの男に――?

 ――そんな事、認めるか!


 わなわなと拳を震わせ、だんっ、と拳で床を叩き魔紙をゼノの顔に向かって叩きつけると、捕まれた右腕の下をくぐるように身体を滑らせ、肩に負荷がかかるのも厭わず左手を大きく伸ばした。


 ――あと少し。


 あと少しで杖に手が届く!


「っ……!」


 右肩が悲鳴を上げ、ごきりと嫌な音がしたが今はそれに構っている暇はない。怪我など後で治癒をかければいいのだ。


 杖、とにかく杖を――


 その時、ふっと捕まれていた右手が緩み、ヘスは這うように杖を掴んだ!

 ぎゅっと力強く握り締め、魔力の流れを感じる。


 いける! まだ戦える!


「ふ……ざけ、んな……ふざけんな、ふざけんな! てめえ、ふざけんじゃねえ!!」


 癇癪を起こしたように叫び、掴んだ杖で殴る勢いで特大の闇魔法を放った。

 禁忌とされる、精神を潰し空間に閉じ込める闇魔法――未だかつて誰にも使用したことのない、ヘスがいざという時のために杖に仕込んで置いた、とっておきの切り札。

 闇魔法が杖から発せられ、遠くで誰かが驚愕の声をあげたのも聞こえたが、そんな事はどうだっていい。


 とにかく、目の前のこの巫山戯た男を倒さねば。


 魔法は、確実に発動した。

 間違いない。


 ——だが。


「気が済んだかよ?」


 上から降ってくる、非情な声。

 ヘスのとっておきも、ゼノに当たった筈のその瞬間に跡形もなく消え去った。

 これまでの魔法と同じように。

 そしてゼノから感じる、膨大な魔力。


 彼は剣聖だ。

 剣の達人なのだ。

 なのに——なぜ、こんなにも——自分よりも魔力が多い?

 ヘスは自分が、がたがたと恐怖で震えていることに気づかなかった。


「馬鹿な……馬鹿な、そんなバカな! てめえ、なんなんだ!? おかしいだろう! どうなってやがる!! こんな——こんなバカな事があってたまるか!!」


 恐怖から狂ったように叫び、殴りかかるようにゼノに向けたその杖を、ゼノがぱしりと受け止めた瞬間。


 ——ぱんっ


 と、杖が粉々に砕け散った。


「は……」


 何が、と。

 手の中にあった筈の杖が、先端部分から砕け散りバラバラと足下に欠片が落ちるのを、呆然と目で追う。

 魔術師が魔法を行使しやすいように、自分に合うよう魔術的に改造し作り上げてきた象徴ともいえる杖。

 それが、砕けるなど。


「――なら、もういいな」


 と、ゼノの冷めた声が落ちたのを最後に、後頭部に強い衝撃を受けてヘスは意識を失った。





いつも読んでくださりありがとうございます。

治癒の使い手なのに殴り飛ばすのが得意な人が多いですね、この話には。

あんまり物理的には痛い目見てないな、ヘス。


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