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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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(二十八)vs 魔塔の魔術師(前)



 状況を見て、ヘスは内心で大きく舌打ちした。


 ちっ、何が誘導しますだ。こんな状況になっても、俺様が空間をぶち破るまで、魔族がいる場所に近づけもしなかったくせに。


 もはやボロボロの状態で空中にいる魔族に、コイツもランクSっていうのは嘘なんじゃねえだろうな、と侮蔑を込めた視線を送る。


「な、何をやってる、ヘス!!魔族はあっちだ!」


 リーリアが慌てたように叫ぶが、そんな事はリーリアなんぞに言われなくともわかっている。あえて狙って魔法を放ったのだから。

 部屋の中にいる連中をぐるりと見渡せば、気になる反応ばかりだ。

 ゴーグルの横をカチカチと回して表示される内容を切り替えながら、笑みが浮かぶのを止められない。


 ――そういう理由ですぐには俺様をここへ案内しなかったか?


 背後から追いかけてくる副騎士団長にちらりと一瞥をくれながら、低く笑った。

 すべて手に入れるためにはどうすべきか。ヘスは考えを巡らせながら杖をくるくると回した。


 * * *


 サラは未だ意識のないアーシェの上半身を震える腕で抱えながら、安全な――影響を受けにくい場所を探して周囲を見回す。

 だが、クストーディオとの戦闘で室内はすでにぐちゃぐちゃだ。

 仕方なくすぐ側の柱の陰にもたれかけるようにアーシェの身体を慎重に移動させた。

 サラの力ではアーシェを持ち上げることは出来ないのでどうしても足を引きずってしまう。

 そんな状況でもアーシェが目覚める気配はない。


 ――大丈夫。息はしてる。


 アーシェが傷ついたことに恐怖で身体を震わせながら、これ以上傷つけないように、と人差し指の魔石で防御結界を丁寧に丁寧に重ねがけすると、こぼれ落ちる涙を拭ってアーシェを傷つけた張本人を睨み付けた。


 ――大丈夫。お父さんがすぐに来てくれる


 ぎゅっと拳を握りしめ、大丈夫、大丈夫と心の中で唱え続ける。


「だってあの小娘が、俺様の獲物を横取りしようとしてたんだぜ?邪魔だろ?」 


 信じられない理屈を述べる男――ヘスに、ローブ姿の女性――リーリアが「何を言うか!」と怒っているが、ヘスが意に介する様子もない。


「待て、貴様! 許可なく城内を動き回った挙げ句に何をしている!」


 次に現れたのは、ゼノを罠に嵌めた副騎士団長だ。真っ青な顔をして近衛を引き連れてやってきてヘスに怒鳴っているが、ヘスは鬱陶しそうに一瞥をくれただけだ。


「貴様の相手はあの魔族だ!それ以外の者に危害を加えるというならば、我が王国への敵対と見なす!」


 ヘスは肩を掴んでそう叫んだ副騎士団長の手を払いのけ、ぶん、と杖を振るった。

 その瞬間、アーシェを襲ったのと同じ風魔法が炸裂し、副騎士団長や近衛の身体が吹き飛び、壁や床にたたきつけられた。


「ぐうぅっ……!」

「何を考えてるんだ、お前は!!」


 真っ青な顔をしたリーリアがヘスを止めるべくその右腕に掴みかかるが、こちらも鬱陶しそうに睨まれた挙げ句に、杖で床に叩き付けられた。


「うるせえんだよ、お前ら。いちいち俺様の邪魔をするんじゃねえ」

「――ぐっ、ヘス……!!」

「心配しなくてもあの魔族はちゃんと倒してやるさ。魔法の余波で周囲が傷つくのはしゃあねえよなあ」


 ヘスは背後で呻く連中など気にも留めずにずかずかと部屋の中に進み行くと、空中で様子を窺うクストーディオをにたにた笑いながら見上げた。


「小娘にやられるなんざ、お前本当にランクSの魔族か?お~お~、核まで見えちゃって。なっさけねえなあ」


 突然の出来事に、空中で呆然と様子を窺っていたクストーディオは、ヘスのその屈辱的な言葉に無言のまま魔力礫をとばしたが、ヘスを守る防御結界に難なく阻まれた。


「攻撃力も大したことねえなぁ。剣聖のおっさんの短剣の方が威力上じゃね?ま~、でもランクCに比べりゃマシか。お前が貴重な魔石の素ってことに変わりはねえ」


 ヘスは杖をくるくる回しながら、ポーチから取りだした魔紙を前後に投げ捨て、杖でとんとん、と叩いて瞬時に魔法陣を展開した。

 途端に、がくん、と魔力が抜け落ちたように身体の自由を奪われ、クストーディオは真っ逆さまに床に激突した。


「っ!?」


 彼にも何が起こったのかわからない。

 身体を動かすことも、魔力を振るう事も出来ない。指一本動かせない状況に、視線だけを目の前の男に向ける。

 この男が先程何か魔術を使ったのだ。

 何を、と睨み付けるが、男はにやにやと笑うのみだ。


「どうよ? 俺様の拘束の魔術は。もうちょっとお前が万全だったら、高位魔族にも確実に効くってわかるんだけどよぉ、そんな瀕死じゃ正しい効果は測れねえなあ」


 余計な事してくれるぜ、と未だ倒れ伏すアーシェを忌々しそうに睨み付けるヘスの視線を遮るように、サラはアーシェの前に移動した。


「ふ~ん。核は四つか。っとと、ここに一個落ちてるな。お?結構いい質してるじゃねえか。ほ~。お前の核に力があるのか小娘の腕がいいのかどっちだろうな? 小娘の腕がいいなら、魔族にトドメさす役として使えそうだよなあ」


 使えるなら持って帰るのもありだな、とけらけら笑いながら勝手な事を言いつつ動けないクストーディオの左足を踏みつけ、杖で左足の核に向かって風魔法を叩き付けた。


「ぐあああああああああ!」


 核を破壊されたクストーディオの叫び声が響き渡るのを鼻歌を歌いながら聞き流し、ころんと転がった魔石をつまみ上げてその品質を確認する。


「ん~~……俺様が作る魔石としちゃあ質はいいな。やっぱ動けなくしておくのは重要だな」


 そう言って先程拾い上げた魔石を手の平の中で比較すれば、アーシェによって作られた魔石の方が断然質が良かった。


「魔法より、物理攻撃の方がいい魔石が取れるのか?いや、冒険者の魔石も大した質じゃなかったな。だとすると、攻撃者の実力ってことか? ふ~ん?」


 喚くだけのクストーディオからはいつでも魔石が取れると興味をなくしたか、ちらりと一瞥を投げた後、にやりと笑って壁際のアーシェとサラに目を向けた。

 その獰猛な視線にサラがびくりと肩を震わせ、ぎゅうっとアーシェの手を握りしめた。


 ――怖い。……怖い


 サラの苦手な成人男性であるうえに、こちらを値踏みするヘスの視線に身体の震えが止まらない。


「ちょっとそこの小娘貸せよ。魔石を取るのに使えそうなら俺様が使ってやるからよ」


 使ってやる……?


 にたにたと嫌な笑顔を浮かべながら、アーシェを物のように扱う言い方にぴたりと身体の震えが止まった。


 わたしの、おねえちゃんを。

 使ってやる……?


 ぎゅっとアーシェの手を一度握りしめてから、サラはすっくと立ち上がりきっ、とヘスを睨み返した。


「お前なんかに、おねえちゃんは好きにさせない」


 そう言い捨て、サラはポーチから魔紙と魔石を取りだした。


「へ~え?そいつで何をしようってんだ?」


 くるくる杖を振り回しながらこちらに近寄ってくるヘスを睨み付けたまま、サラは魔法陣に魔石を走らせた。


「うおっ!?」


 瞬時にヘスの足下に特大の雷撃が落ち、その威力にヘスも思わず飛び退く。

 雷撃そのものはヘスに当たる前に防御結界に阻まれたのだが、想定していたよりも随分と速い起動とその威力に驚きに目を瞠る。

 それすなわち、魔紙に描かれた魔法陣のレベルが高いということと、それを起動させる魔力があるということだ。例え魔石だとしても。

 詠唱魔法は、本人の魔力量や練度と詠唱の正確さで威力が決まる。

 魔法陣は発動出来る魔力があれば、特殊なものでない限り発動が可能だ。


「は~!! まさか、魔紙に攻撃魔法陣とはな! そいつ(攻撃魔法陣)は魔塔にしか残ってねえと思ってたぜ! それをどうやって手に入れたのか、俄然興味が湧いてきたな! おいおい、ここは本当に掘り出し物ばかりだなあ!」

「おやめなさい!」


 アーシェどころかサラまで物扱いするヘスに、ルイーシャリアがたまらず声を上げた。

 うん?とヘスが立ち止まる。


「あなたは何者ですか。誰の許可を得てここまで立ち入ったのです」


 怒りを滲ませた王女の言葉に、肝を冷やしたのは床に倒されたリーリアだ。慌てて起き上がると、ルイーシャリアの前に走り出た。


「も、申し訳ございません!我々は魔塔からきた魔術師で、神殿からの依頼をうけ、魔族討伐に参りました」

「魔族討伐? ならば何故彼女や副騎士団長に攻撃を仕掛けたのです。魔塔はこのような道理の通らぬことを平気で行う組織だということですか。ならば魔塔に正式に抗議致します」


 アーシェや副騎士団長達への行いに怒りを滲ませるルイーシャリアに、リーリアはひたすら謝罪するしかない。

 リーリアから見ても言い訳が立たない振る舞いだ。

 だからヘスがここに来るのは反対だったのだ。

 こんな事が起きないようにと自分と副魔塔長のバートレイがここに来ているのに、既に騒ぎが起きている。――もっとも、バートレイはヘスを苦手とし、リーリアに押し付けて王城にはついて来なかったのだが。

 謝るリーリアをよそに、ヘスは肩をすくめて、はっ、と鼻で笑った。


「抗議ねえ。好きにすればいいんじゃねえか?俺様が困るわけでもないしな」

「ヘス!」

「それに、今の状況を理解してんのか?王女さまとやらはよ」


 両手を広げて笑いながら、周囲を指し示す。


「どういう意味です」


 眉を潜めて問いただすルーシャリアに、くくくと笑う。


「役立たずの騎士、動けねえ小娘、そして、拘束された魔族が()()」 

「え? 魔族が他にも?」


 他に魔族がいることに驚くリーリアと、拘束されたとの言葉に驚くサラとルイーシャリア。二人は思わずチェシャを見た。


「へ~え? そいつが魔族だって知ってんのか。 そいつはおかしな話だよなあ? 一国の王女が、高位の魔族を侍女として側に置いてんのか?」

「――チェシャは私の侍女です。この国に害をもたらすことはありません」

()()()()()()()王女サマを国民はどう思うかな?」


 その言葉に虚をつかれたようにルイーシャリアが押し黙る。

 そんなルイーシャリアに畳みかけるように、杖をぐるぐると回しながらヘスはサラ達の前からゆっくりとリーリア達の方に向かって歩き出した。


「この国に魔族がやって来たのは、王女目当てだ。王女が目を付けられたのは何も容姿のせいじゃねえ――魔族のエサとしちゃ最高のラロブラッドだからだろうが」

「っ!」

「えっ……」


 ――見抜かれている


 チェシャが魔族だと見抜いたように、ルイーシャリアがラロブラッドだということを、ヘスに見抜かれている。そのことに恐れ慄き息を呑んだが、呼吸を整えながら静かに目を閉じ、それからきっ、とヘスを睨み付けた。


「今回の魔族を撃退したって、次の魔族がやって来る。王女のせいで襲撃は止まらねえ。王女がいる限り、魔族に襲われ続ける――国民はどう思うかなあ?」


 どうなんだよ? と楽しそうに問われ、返す言葉が見つからない。

 確かにそうだ。ゼノに精華石をもらったため、ランクの低い魔物や魔族には見つからないとは言われたが、チェシャのように平気な魔族だって存在する筈だ。

 何より、自身が第四盟主と瓜二つだという事実がどう影響するのかルイーシャリアにはわからない。


「なんなら大々的に公表してやったっていいんだぜ? お前らが今魔族の襲撃を受けているのは、王女がラロブラッドだからだ。王女がいなくならない限り、この襲撃騒ぎはいつまでも続くってな。そんな王女なら、政略結婚だって難しいよなあ? お前を欲しがる国があるかなあ? この国の貴族と婚姻したって魔族被害も続くとあれば、嫌がる国民も多いんじゃねえか? ああ?どうなんだよ、おら」

「……っ」


 杖を突きつけられ、ぎゅ、と唇を引き結ぶ。


「――なあ? ここにいたってお前は災いをもたらすだけで、役に立つ事ってねえよなあ?」


 返す言葉が見つからないのは、いちいちもっともだからだ。

 それを恐れて、母である女王はルイーシャリアがラロブラッドである事を、信頼できるごく一部の者にしか伝えていないのだ。


「てめえの立場を理解したか? だったら俺様にエラそうに物申すんじゃねえよ。お前の相手は後でちゃんとしてやるから大人しくしてな」


 一言も返せないルイーシャリアを鼻で笑ってそう告げると、ヘスは杖を回しながら再びサラ達の方へ足を向けた。


「……っ」


 その背中を、リーリアが拳を握りしめながら睨み付ける。

 ルイーシャリアは唇を引き結んだまま、すぐ横に立つチェシャを窺った。


「チェシャ」

「……ごめん。ちょっと油断してたにゃ。いきなりクストーディオと同時に魔術攻撃されると考えてなかったにゃ。初めて見る魔術で解除に時間がかかるにゃ」


 不甲斐なさを嘆くような落ち込んだ様子のチェシャに、ルイーシャリアは力なく微笑した。


「チェシャが今苦しくないならいいのよ」

「魔法陣を少しでも消す事が出来れば効果は解除されます」


 ぼそりとリーリアが呟く。


「あ~……それは難しいにゃ。発動中の魔法陣はシロウトにはいじれないにゃ」

「効果解除の魔法が使えればいいのですが、私は防御専門で使えないのです」


 申し訳なさそうに謝るリーリアに、ルイーシャリアは小さく頭を振った。


「いいえ。教えてくださってありがとうございます」


 チェシャの事は、あの男から絶対に助けてあげたい。

 だが、自身はどうだろう――あの男の言う通り、クストーディオがいなくなっても脅威は続くのではないか。自分のせいで母である女王の治世に影響がでるようなことがあれば……

 役に立つ事がない

 まさしく、その通りなのではないか。

 お腹の前で手を握りしめ、ルイーシャリアは俯いた。


 * * *


 一方のサラもごくりと息を呑みそのやりとりを見つめていた。

 ルイーシャリアがラロブラッドだとわかっているなら、サラの事もわかっているに違いない。

 自分を厄介者だと罵り、魔族の玩具として差し出した実の父や村人達を思い出し、足が震える。


 ――ダメ、考えちゃダメ。今はわたしがおねえちゃんを守らなきゃ


「お~う、待たせたな。じゃあ続きといこうか。お前さんがラロだって事もわかってる。ちゃんと姉妹まとめて俺様が使ってやるから安心しな」


 にやにや笑いながら杖をぐるぐる回すヘスの嘲り蔑み嬲るような目が、自分を虐げた魔族や実の父のそれと重なる。


「お、おねえちゃんには近づけないんだから!」


 がたがたと身体を震わせながら、威勢がいいとはお世辞にも言えない態度でサラが叫ぶのを、ヘスは喉奥でくくくと笑いながら見返した。

 アーシェとゼノ、アザレアはサラにとってこの世で一番大事な人達だ。

 相手が例えどんなに恐ろしくても、傷つけることは許さない。


 ――大丈夫、出来る!わたしが、おねえちゃんを守るの!!


 ぎゅうっと拳を握りしめ、先程の攻撃を振り返る。

 雷撃が弾かれたことから、ヘスは防御魔法を展開している。まずはなんとかしてそれを剥がさねば!と防御を壊すための魔法陣を探してポーチを漁っていたが、「おら、仕掛けてこないならこっちから行くぜ!」というヘスの楽しそうな声にびくりと肩が跳ねた。

 とにかく遠くに行っちゃえ!とサラが展開したのはすぐ手元にあった風魔法で、展開された風魔法は竜巻となりヘスに襲いかかった。

 だがヘスは笑ったまま杖を一振りすることで同じ竜巻魔法を展開し、二つの竜巻が両者の間で激突した。


「きゃあっ!」

「っ!」


 部屋中の様々な家具をはじめ天井も竜巻の威力で吹き飛ばされ、防御結界の中にいたルイーシャリアも思わず頭を覆った。   

 リーリアも慌てて自身と王女に防御結界を展開する。


「効かねえなあ。風魔法は俺様が最も得意とする魔法だぜ~?」


 まだまだ余裕のありそうなヘスが竜巻の威力をどんどん強め、サラの展開した竜巻がぐいぐいと押し戻されていく。

 魔紙の魔法陣は起動した後は威力を変更したりなど出来ないし、威力は最初から決まっているのだ。

 押し負けるのがわかって、サラは慌てて防御結界を重ねがけした。


「きゃっ!」


 ついに竜巻が弾き飛ばされ、ヘスの竜巻が結界を直撃した。

 多少の威力は削がれたため結界はなんとか残ったが、三重にかけた結界が二つも飛び散った。


「風魔法じゃあ俺様に押し負けたなあ。おらおら、もっと攻撃しねえとオネエチャンごと攻撃しちまうぜ~?」


 にやにや笑いながらゆっくりと一歩ずつ近づいてくるヘスに、サラが喉奥で短い悲鳴をあげ、一歩後ずさった。ヘスの目を見る度に身体が竦む。


 ――こ、怖がってちゃだめ! わたしが頑張らなきゃ!いつも守ってもらってるんだから、おねえちゃんが動けない時はわたしが守るんだ!


 震える身体を叱咤して、これ以上ヘスを近づけないように手元の攻撃魔法陣を手当たり次第に展開していく。サラに出来ることはそれしかないのだ。


「おらおら、どうした? こいつも届かねえぞ?」


 だがどのような攻撃をしても、ヘスが杖を一振りするだけで風魔法の時と同様、サラの防御結界を一つだけ残す威力で同じ魔法がぶつけられるだけで、こちらの攻撃がヘスに届くことはない。


 ――あの人、あの人の防御結界を、まず解除しないと!


「サラ! 落ち着くにゃ!!」


 一対一で敵と対峙などしたことがないサラは、全然ぶつからない魔法に焦り周囲の状況など目もくれずに、相手にぶつけられる魔法を!と手の中の魔法陣をがさがさ漁りまわる。チェシャの声も耳に入らない。

 近づいてくるヘスを牽制する雷撃を落としながらポーチを漁り続け、サラはようやく目的の魔法効果解除の魔法陣を見つけた。


 ――これ! これだったら、防御結界も身体強化もすべて解除されるはず!


 今度こそ! 


 魔法効果解除の魔法陣を放ち、立て続けに雷撃の魔法陣を展開しようとして――ぱしんっと、周囲で何かが弾けた。


「えっ……」


 自分とアーシェにかけた防御結界が解除された音だ。

 次いで手元の魔紙が燃え上がる。


「きゃっ……え、なに――」

「あーはっはっはっはっはっ、ひっひ、ばっかじゃねえの!! てめえでてめえの防御結界解除してやがんの!! 気づかねえとか、マジで馬鹿だよな~!!」


 ひ~っ、腹痛えわ!と大笑いするヘスの姿を見ても、何が起こったのかサラには理解できなかった。

 手元にあった魔法陣の魔紙もすべて燃えてなくなり、防御結界も機能していない。無防備な状態で、ただ呆然と笑い転げるヘスを見る。

 その奥に、心配そうな顔をしたチェシャとルイーシャリアの姿が見えた。


「ぅぐっ――!」


 突然がっと顎を掴まれ目の前にヘスの顔が迫り、その痛みに意識を無理矢理ヘスに向かされる。


「俺様が放ったのは最初の竜巻だけだ。あとは全部、お前の魔法をリフレクト(反射魔術)してやっただけさ。目の前で反射魔術が展開されてても全然気づかねえんだもんな。笑っちまうぜ」


 防御結界に阻まれたんじゃなく、反射されてた……


 効果解除の魔法が反射され防御結界がなくなったから、ヘスの炎の魔法が通ってしまったのだ。


 わたし、自滅した……?


 不意に、ゼノの言葉が蘇る。

 アーシェに稽古をつけていた時の。


 ——相手とやり合う時は常に冷静でいろ。でないと正しい状況判断が出来ずに足下を掬われるぞ


 わたし、怖くて……怖がって、正しい判断、出来なかった……!


「ゔゔっ……!」


 容赦ない力で掴まれる痛みに加えて、悔しさと情けなさでぽろぽろと涙がこぼれてくる。


「マヌケは使えねえけどよ——てめえは魔力バッテリー以外にも色々と使い道はありそうだよなあ?」


 ヘスの手を引き剥がそうと手首を掴んで暴れてみるが、力ではかなうわけもない。さらに強い力でぐいと顔を寄せられる。


「安心しろよ。お前のオネエチャン共々俺様が有効に活用してやるからよ」


 凶暴な笑みを浮かべて、いっそ優しいと思えるような声で囁かれた言葉は死刑宣告に近い。


 わたしが役立たずだから、おねえちゃんまで危険な目に……!


「う゛う゛~!」


 なにか、なにかないの……!?


 アーシェを危険にあわせる訳にはいかない、と腰元のポーチに伸ばした手を杖で叩き落とされた。


「いっ……!」

「往生際が悪い「あぅっ」うおっ!?」


 ばしん!と派手な音と共にヘスの体に横合いから強烈な力が襲いかかり、結界で直接的な負傷はないものの、攻撃の圧でその場から吹き飛ばされた。


「あぅっ」


 サラもそれに巻き込まれ倒れ込む羽目になったが、ヘスの手からは逃れる事が出来た。

 目の前には甲冑をつけた足。

 見上げれば、副騎士団長のデリトミオが剣を構えてサラ達を庇うようにヘスの前に立ちはだかっていた。


「言った筈だ。魔族以外を害するならば、王国への敵対と見做す、と」

「ヘス!もう手を引け! お前の獲物はそこの魔族だろう!」


 青褪めたリーリアもヘスに向かって叫ぶ。

 リーリアとしてもこれ以上ヘスに暴れられて、魔塔の信用を失墜させる訳にはいかないのだ。

 嫌な汗を流しながら、リーリアは二人の少女を見た。

 このままヘスに捕まってしまえば、リーリアには助けられない。なんとかここで助けねば終わりだ。


「俺様は正当防衛だろ? そこの小娘が俺様に攻撃を加えているのを見てないのか?」

「貴様が先に姉である少女を攻撃したのだろう!」

「あれは手が滑ったんだよ。ほら、ランクSの魔族相手にぶるっちまってな?」


 悪びれもせず厚顔無恥な嘘を並べ立てるヘスに、いつ貴様が怯えたか!とリーリアもデリトミオも内心で叫んだが、どのみち何を言ってもこの男には通用しないと知れた。

 デリトミオがぎり、と奥歯を噛み締めすいと剣を構えるのを、ヘスは馬鹿にしたように鼻で笑う。


「お前さっきの話は聞いてなかったのか? 王女はラロブラッドだぜ? それが知れたらどうなるかわかってんのか?」

「それがどうした」


 ヘスの言葉にびくりと肩を震わせたルイーシャリアは、デリトミオの迷いのない言葉に目を瞠った。


「ああ?」


 ヘスも片眉を上げて睨み返す。

 デリトミオはチラリとルイーシャリアやサラを一瞥し、ヘスを睨みつけた。


「それがどうした。ラロブラッドの何が悪い。それは単なる体質だ」


 キッパリと言い切り、剣先をヘスに向けて叫ぶ。


「魔族はラロブラッドがいようがいまいが、関係なしに襲って来る。それを撃退するのが我々騎士団の役目だ。魔族を恐れてラロブラッドを追い出そうという臆病者は、我が騎士団には存在しない! 王女はこの国になくてはならない方だ。何も知らぬ貴様が勝手に断じるな!」

「デリトミオ……」


 その言葉に、サラも驚いて顔を上げた。


 お父さんと、同じ事を言う——


 床に倒れ臥したまま、ぎゅっと拳を握りしめた。


 わたしも、倒れていちゃダメ。


「その事実を知らされていなかったのは少々残念ですが、判断を誤りこのような者を招き入れたのは私の落ち度です。私に知らせるにはまだ危ういとお考えになった、騎士団長と女王様の判断は正解だと自分でも思います。——それに、神殿長はラロブラッドを差別されない。ならば、この男を招き入れたのは神殿長ではないということでしょう」


 私はまんまと利用されたようだ。


 そう呟き、忌々しそうにヘスを睨みつけた。

 よろよろと立ち上がったサラに、睨みつけてくるデリトミオ。デリトミオの言葉に勇気づけられたルイーシャリア。

 ヘスはこの場の空気に鼻白んだように、はああ〜と、大きなため息をついた。


「めでてえ奴らだぜ」


 言い捨て、杖を構えて攻撃の姿勢に入る。


「やめろ、ヘス! これ以上暴れるというなら、貴様の防御結界を解除するからな!」


 最後の切り札とばかりに叫んだリーリアの言葉に、ヘスがぴくりと片眉を上げた。

 反応があった事に注意を引けたとリーリアは拳を握りしめた。


 リーリアは複数の防御結界を操ることが出来る、防御結界のエキスパートだ。

 膨大な魔力とこの防御結界の才能を買われて、今の魔塔長の養女として孤児院から引き取られた。

 通常、防御結界と言えば対象を中心に円球に展開されるもので、使い手のレベルによって強度や防ぐ攻撃の種類にばらつきが生じる。だがリーリアは均一な強度で円球は元より、対象からわずか十数センチという単位まで狭めたり、逆に数十メートルの範囲で展開することも可能だ。

 もちろん重ねがけで強度を強めることも出来る。

 また、相手に魔法陣と連動させた魔石を持たせておく事で、魔石の魔力から常時起動も可能だ。このあたりはサラの魔法陣と少し似ていた。

 魔塔を護る防御結界に、魔法や物理に対応する結界、魔族に対するもののみの結界など、種類もかけ方も自由自在に操れるのは、ヘスにも出来ない芸当だ。


「——お前、それを誰に向かって言ってんのかわかってるんだろうな」


 殺気を漲らせぞっとするような低い声音で告げられた言葉に、リーリアは怯えて一歩後ずさった。


「お前わかってんのか? 俺様とお前は魔塔に属する者。()()()()()()だ。それがわかってて、俺様にそう言ってんだろうなあ?」


 鋭い眼差しでゆるりとこちらを振り返ったヘスに、リーリアは息を呑んで後ずさる。

 過去にラロブラッドを逃した時、激しく殴り飛ばされたことをまざまざと思い出す。それは防御結界の上からで、直接的に怪我はしていない。だが、身体から十数センチの結界は、衝撃は殺さないのだ。先程ヘスがデリトミオの剣圧に飛ばされたように。

 ぶるぶると身体を震わせながら、ヘスから少しでも距離を取ろうと後退り続けるが、飛ぶようにやって来たヘスが手を伸ばしてリーリアの頭を掴む方が早かった。


「躾が足りなかったか? この駄犬が!」

「——あぐっ!」


 ガン!とそのまま床に倒され、頭を踏みつけられた。


「何を! ——やめなさい!」

「うるせえよ」


 すぐ横にいたルイーシャリアが止めようとして伸ばした手を、ヘスに乱暴に捻りあげられ、短く呻いた。


「うっ!」

「——貴様、その汚らわしい手を放せ」


 途端に横にいたチェシャから凄まじい殺気が溢れ出し、リーリアもデリトミオもサラも恐ろしさに動けなくなった。

 動けなくとも、殺気を叩き付ける事は出来る。

 ヘスを射殺すかのように、真っ直ぐに叩き付けられたその殺気に、ヘスは背筋がぞくぞくとして自然と笑みが零れた。彼がこれまで会った中で、一番の。


「——へえ。こりゃ相当高位な魔族じゃねえか」


 嬉しそうに笑うヘスは、さらに王女を痛めつけようと腕に力を入れ—— 吹き飛ばされた。


「ぐおっ!?」


 目の前の魔族ではない。 誰だ!?と振り返れば、そこには剣先をヘスに向けたアーシェが殺気を漲らせて立っていた。


「——やってくれましたね、外道。今度は私が相手です。サラを傷つけたこと、泣き喚いたって許してあげません」




八時には間に合わなかった……!

昨夜になって「やっぱり構成変えよう!」と書き直したため、遅れてしまいました。

シーンを組み替えたりした関係でおかしなところが残っていたら後でこっそり直しておきます……


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