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(六)剣聖と聖女は子犬を拾う


 リタを追いかけていく途中には、やられたらしい山賊の姿が所々に転がっていた。すべて一矢で急所を射貫かれており、なるほど、さすがクラスA冒険者なだけあるなと感心しながら、ようやくリタの後ろ姿を見つけた。

 身体強化の影響か、非常に速い。


「おい、あんまり一人で先に――」


 追いついたゼノはリタの背に言いかけて押し黙った。

 リタが弓を下ろし、両拳に魔力を溜めていつでも動けるように構えている。

 その先には男が一人立っており、足下には先程の山賊達が切り捨てられていた。


「へ~え。なんか強そうなおっさんもやってきた。ラッキー!オンナノコを一人捕まえるお仕事だって聞いててがっかりしてたんだよな~」


 剣の血を払うようにぶんぶん振り回しながら、陽気に話す男はリタよりも一回り大きい体躯だ。後ろでひとつに結ばれた赤い髪がまるで尻尾のようにゆらゆら揺れていて、額には十字傷がある。


 こいつがオルグか?

 ハンタースの狂犬ねえ……


 足下の死体を見れば、リタとは異なり一息に殺していないのが分かる。


 斬れりゃなんでもいいって輩か?


 ゼノがオルグらしき人物を観察していると、リタが男に厳しい口調で問いかける。


「これで全部でしょうね?」


 この状況でも優先順位はそこなんだな。ブレねえな、この嬢ちゃん……


 あくまでも山賊退治を優先しているリタの言動に苦笑しつつも、確かにここで一人二人逃してしまう方が厄介だ。


「ん?山賊(こいつら)のこと? どうかな~。そういやさっき一人あっちに逃げたかも。弱いの追いかけてまで狩る趣味はないんだよね、オレ」

「使えないやつ」


 男の言をばっさりと切り捨てると、リタはゼノを振り返った。


「ちょっと狩ってくる。この役立たず足止めしてて」

「……了解」


 女性が関係している案件でリタに物申しても無駄なことを、この二日で理解しているゼノは、何も言わずに片手を上げて了承を返すのみにとどまった。

 すぐさま弓を手に駆け出したリタを止めようと、オルグが剣を振り上げたのを、ゼノが剣で止める。


「邪魔すると後がうるさいぜ。片付くまで待ってろや」

「あのコが戻ってくるってんなら、それまでおっさんと遊んでやってもいいぜ?」

「そいつぁ助かる。俺も長年の経験から、女に逆らうと碌な事にならねえってことは学習してるんでな」


 軽口を叩きあうと、オルグが剣を払いゼノから距離を取った。


「ひとつ確認しておきてえんだが、お前さんがオルグで間違いねえか?」

「さあどうだろ?知りたいなら俺を倒してみろよ!」


 楽しそうに叫ぶと同時に、オルグが斬りかかってくる。ゼノは剣を合わせて受け止めると、軽く踏み込み払うように斬り込む。オルグもそれを剣で払う。


 ――予想はしてたが……


 あえて何合か切り結びながら、ゼノは閉口した。


 ――弱え……


 オルグには剣技などあったものではない。隙だらけの構えから力で振り回されるだけの剣。A級に近いB級の冒険者と聞いていたが、リタと比べても練度が低すぎるように感じた。


 久しぶりに外界にでて、おまけに魔族以外を相手にするのも本当に久方ぶりで、人相手にはどの程度手加減が必要なのかを計るのにちょうど良いと思っていたが、これはかなり気をつけないとうっかり殺してしまいそうだ。


「おっさんやるな! 強えじゃん!!」


 そんなゼノの心の内を知らないオルグは楽しそうに剣を振り回しているが、手加減されていることも気付けないようでは逆に心配になってくる。


「ちょっと聞きてえんだが……」


 吹き飛ばしてしまわないように、オルグの剣を軽く払うにとどめているゼノが、一歩引いてオルグと距離を取り尋ねる。


「お前さんの得物は剣で間違いねえか?」


 その言葉に、オルグがきょとんと首を傾げた。


「当たり前じゃん。見てわかるだろ?」


 何言ってんの、おっさん、と馬鹿にするように言うオルグの言葉にかぶせるように、リタの言葉が降ってきた。


「弱すぎるから確認されてるってわからないのかしら。存外鈍いのね」


 ばっさりと辛辣な言葉で一刀両断だ。


 ……容赦ねーな~


 出会ってから感じてはいたが、リタはなかなかに容赦がない性格をしているようだ。

 相手が敵だからか男だからなのかはわからないが……間違っても女性相手にはこの容赦のなさは発揮されないだろう。


「はあ?」


 ぴきり、と怒りを滲ませた声でオルグが現れたリタを睨み付ける。

 リタは弓を仕舞い拳に魔力を乗せると、ゼノとオルグの間に割って入った。


「手加減が難しいんでしょ?あとは私が相手するわ。足止めしてくれてありがとう」

「お前さんがやると――」

「っざけんなよ! この女――っ!!」


 挑発するようなリタの言葉に、オルグが怒りを爆発させて斬りかかってくる。スピードはそこそこだが、それもゼノから見れば遅すぎるうえに大振りだ。

 ゼノがリタの邪魔にならないように後ろにさがるより、リタが剣をかいくぐりオルグの懐に飛び込んで鳩尾を殴り飛ばす方が速かった。


「ぐぅッ……」


 呻きながらも剣を落とさなかったところは褒めてやるべきか、と考えている間にも、リタの攻撃は止まらない。

 殴ったその手で剣を持つ右手首を掴んでひねり上げるとすぐさま足払い。オルグがよろけたところをトドメとばかりに背面の首の付け根に手刀を叩き込み、あっという間にオルグをのした。


「……っ……」


 強えな、嬢ちゃん……

 あれ? 俺の護衛っているか??


 思わず考え込んだゼノの元に、身体強化を解除したリタが戻ってくる。


「それじゃさっさと進みましょう。さっき男を締め上げて、この先に山賊のアジトがあることを聞いたの。そこも確認しておかないと」

「あれ、放っておくのか?」


 ちょいと気絶しているオルグを指さすと、リタが肩をすくめて見せた。


「気にする必要ある?」

 ――この実力で?


 非常に冷めた目と共に言外に告げられた言葉を理解すると、ゼノは反論も浮かばず静かに同意した。


「……ねえな」

「でしょう?こんなのより山賊を壊滅させる方が先よ」


 行きましょう、とスタスタと進み行くリタを見て、何故だかゼノの方がオルグに憐憫の情を感じた。



 * * *



 山賊のアジトはオルグと遭遇した場所からそれほど離れておらず、二人はすぐにたどり着いた。だが、そこはすでにやられた後だった。


「このやられ方を見るにオルグだな」

「――そうね。こっちと先に遭遇した訳ね」


 そう深くない洞窟の中を確認すると、山賊が手に入れただろう荷物がいくつかと、後はまばらに山賊の死体が転がっているだけだ。

 その死体を検めながら、これは下手くそだから何度も斬ってるわけだなとゼノは納得する。


 ――あの程度の実力でも多対一で殲滅出来たってことは、戦闘のセンスはあるってことか?


 剣に関しては非常に辛口な判断を下すゼノの中では、オルグの剣技はこの山賊達と大差ない扱いになっている。

 だがそれでも彼は冒険者としてB級にはなっているのだ。


「魔力を感じるわ。非常にムラがあるけど……それで倒せているんじゃないかしら」


 ゼノの疑問を読み取ったように、リタが山賊達の死体を同じように改めながら告げる。


「魔力か……魔法でも使ったのか?」

「そういう残滓はないわ。私と同じ身体強化系じゃないかしら」


 ふーん、と返しながらも、先程のオルグは身体強化を使っているようには見えなかったなとゼノは思った。


「まあいいわ。とりあえずオーフェにあるレーヴェンのギルドに連絡しておく。片付けとあの村に連絡してもらわないといけないし」

「そうだな」


 頷いて洞窟の外に出ると、すぐさまリタが通信用魔道具でギルドに連絡する。ゼノはそれを横目に見ていたが、近づいてくる気配にそちらへ目をやった。

 がさり、と茂みをかき分けて現れたのは先程リタにやられたオルグだった。

 もう気がついたらしい。――だが。


 ――なんだ、あれは


 怒りの形相で現れたオルグの身体からは魔力が見えるほど迸っている。


「てめえらっ……オレを馬鹿にしやがって……!!」


 叫ぶと同時に、剣を振り下ろす。すると、魔力が斬撃となって飛んできた。

 すぐさまゼノが斬撃をたたき切る。


「!」

 ――なるほど。


 先程とは段違いの強さと速さだ。

 冷静にゼノが分析している間にも、リタが踏み込んでいく。


 ――嬢ちゃんも好戦的だな!?


 止める間もなく突撃するリタに意識を持って行かれ、ゼノは出遅れたまま二人の戦闘を見守る形になった。

 先程よりも格段に速いスピードで振り下ろされる剣を、それ以上の速さでかいくぐり、確実にオルグに拳を叩き込む。


「くそっ……!」

「っぐぅ……」

「この……っ!」

「ちょこまかとっ」

「ぐっ!」

「がっ!」

「うぐっ……」

「がはっ……」


 どか、ばき、ぐしゃ、と一方的なリタの殴打音とオルグのうめき声だけが響く状況になんだかいたたまれなくなって、そっとゼノは二人から眼をそらし、近くの岩に腰掛けた。

 どんどんオルグの声が小さくなっているのは気のせいではないだろう。


 おかしいな……聖女って治癒系の魔法以外は使えなくて戦いの場では基本後衛だったはずなんだが……


 そういえばリタは一人で冒険者をやっていたのか、父と二人でやっていたのか聞いていなかったな~などと現実逃避をしながらゼノは考える。


 先程はすぐに気絶させていたが、身体強化がかかっているせいでなかなか気絶まで持ち込めないのか、わざと気絶できないようにリタが殴っているのかはわからないが、背後ではまだリタの一方的な暴力は続いているようだ。

 その音がぴたりとやんで、代わりにオルグの呻き声のみが聞こえるようになり、ゼノはのそのそと振り返った。


「……ぅぐっ……ひぐっ……ぐすっ……」


 呻き声かと思えば、どうやら泣き声だったらしい。


 ――いやいやいや。泣くって、こいついくつだよ?

 ひょっとして見た目よりかなり若いのか??


 振り返って目に飛び込んできた絵面に、どこか既視感を感じながらオルグの年齢を考えていたゼノは、ぽん、と手を打った。


 ――ああ、あれだ! 主人に叱られてしょげてる大型犬!

 そういやパン屋のポチがよくジェニーに怒られてあんなんなってたな。


 思い出すと、もうゼノにはオルグのことがポチにしか見えなくなってきた。


 そういやポチはちょっとお馬鹿なんだよな……そこが可愛いとジェニーが語っていた気がする。


 聞いてもいないのに、延々自分の飼い犬の話を聞かされたときのことを思い出して、ゼノは少々げんなりとした気分になった。


「頭は冷えた?」


 意外に冷静なリタの声が響いて、どうやら彼女にも意図があっての行動だったようで、よく見ればオルグにあまり痕がない。顔も殴られてはいないようだ。


「ぐすっ……ちくっ……しょ……おまっ、えら、なんか……っ」

「興奮するとまた魔力が暴走するわよ。わかってるの?あれ以上暴走させていたら、あなた自分の魔力の反動で死んでたわよ?」

「っ!……そ、そんな、わけっ……」

「なるほど、暴走か……お前さんあんまり魔力制御できてねえんだな?」


 魔力ムラってそういうことか、と顎をすりながら納得するゼノに、ごしごしと涙を拭いながら、オルグが噛みつく。


「オレ、にはっ、魔力なんてないっ……!いい加減な、ことをっ言うなっ……!」

「あるわよ、しっかりと。そもそも魔力がない人なんて滅多にいないんだから。そんなのいたら国宝級よ」


 ぺしんっ、とオルグの頭をはたきながら(容赦ない)告げるリタに、オルグが驚いたように目を見開いた。


「……え?」


 目をぱちぱちと瞬かせながら、オルグはリタを見つめた。


「オレにも、魔力あるのか……?」


 先程までの尊大な態度ではなく、どこか幼子のような表情でリタとゼノを交互に見つめるオルグの姿に、二人は顔を見合わせた。


「誰かに言われたのか? この洞窟内でもそうだし、さっき俺たちに攻撃してきたときにも魔力を纏っていたじゃねえか」


 言われても、オルグはぶんぶんと頭を振るだけだ。


「知らねえ。確かにあの時は、カーッてなって身体も熱くなってこう、奥からぶわっと力が湧いてくる感じなんだ。そういう状態の時って力も強ええし、速くなるし、やられてもあまり痛みは感じなかった。」

「完全に暴走状態ね。……魔力がそこそこ多いから、感情で暴走しやすいんでしょうけど……普通はあそこまで暴走する前に、なんらかの魔法となって発露するか、強制的に意識を失うものなんだけど。あなた身体強化としても使えていなかったわね?」


 オルグの魔力は暴走により行き場を失い、それがそのまま発露していた感じで、あのままであれば命を落とした可能性が強い。


「でもオレ、ガキの頃から、魔法は使えなかった、ぞ?」

「魔法は使えなくても魔力持ちは大勢いる。俺だって魔法はからっきしだが、魔力量は人より多いからな」

「そうなの?」


 ゼノの言葉にリタが驚いて振り返った。


「俺の場合は『ラロブラッド』っていうやつな。魔力が血液にのみ宿るやつ」

「ああ、ラロね……それなら魔法は使えなくても不思議じゃないけど……暴走もしたかしら?」


 ゼノとリタは納得して話していたが、説明されているオルグにはまったく理解できなかったようで、困惑したように二人を交互に見つめているだけだ。


 魔力は、大きいか小さいかの違いはあれど、大抵の人間がもっている。魔力をもつ者の血にも当然魔力が宿っているが、その程度は実際の魔力の三分の一程になるらしい。だがごく稀に、すべての魔力を血に宿す者が存在していて、彼らの血は『ラロブラッド』と呼ばれている。

 ラロブラッドの特徴のひとつに、『本人がまったく魔法を使えない』というものがあり、魔力は血ではなく体全体に巡らなければ使えないのだろうと考えられている。

 そして魔力を多く含んだ血は、魔法が使えない以外にもうひとつ厄介なことがあるのだ。


「俺は自分の魔力なんて意識したことねえし、暴走なんかもしたことねえな。そもそもあんだけ見えんなら、血以外にも魔力宿ってるだろ」

「そうね。正しく習えば本当は使えるんじゃないかしら」

「俺が?……魔法を??」


 こくりと頷くリタに、オルグはぱあっと顔を明るくした。


「じゃあさ、じゃあさ、オレに魔法教えてくれよ!」

「嫌よ」


 ものすごく不機嫌な顔できっぱりはっきりリタがかぶせ気味に拒絶した。


「なんでさーーーーーーっ!?」


 大声で異を唱えるオルグに、逆になんでOKしてもらえると思ったかなと、ゼノですら不思議に思う。やはりあれだ。ポチに似たお馬鹿さを感じる。


「私達は暇じゃないの」


 それに……と、リタは視線を鋭くしてオルグを見やった。


「——あなた、私を捕まえてくるよう、依頼を受けているんじゃないの?」

「あ」


 斬り込むように問われて初めて思い出したように、オルグははっとした顔になった。


「そういうことよ。わかったらさっさと消えなさい。私に勝てないことも理解できたでしょう?」


 そう言って踵を返してすたすたと歩き始めるリタの後にゼノも続く。

 オルグは慌てて立ち上がると、リタの前に走り込んで行く手を阻むように手を広げた。


「待った待った待った! オレ、依頼やめるから!だから、オレに魔法を教えてくれよ!」

「依頼だけじゃないわよ。暇じゃないって言ってるでしょ。私達にはやることがあるの」

「おめえさん、ハンタースのギルドに属してんだろ?だったらそっちで誰かに教えてもらえばいいんじゃねえのか?」

「嫌だよ!あいつら、オレのこと学がねえって相手にしてくれねえんだ!」

「……学がないっていうより」


 ぼそり、と呟いたリタの声が低く響き、ゼノがびくりと肩を震わせた。


 ――あ、これ身に覚えのある感覚だな。

「あなたの場合は躾がなってないのよ!」


 リタの怒号と共に、ゴツンという大きな拳骨が落ちる音が森の中に響いた。




ここまでお馬鹿な感じできていますが、次話はちょっと場面変わります。

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