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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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(二十四)剣聖と聖女はすれ違う



 その転移魔法は、最悪だった。


「……っ……、ぐ……」


 元々、転移魔法というのは、共通する魔法陣と魔法陣を繋ぐように空間を作りその中を移動するものだと、ゼノはデュティから教えられた。

 転移元と転移先で同じ魔法陣を同じ精度で、かつ正しく綺麗に作成しておかなければ、空間に()()が生じるのだという。歪みが大きければ大きいほど、移動に時間がかかり通るときに身体への負荷が増す。

 故に、一つの転移陣で転移先を複数設置している転移魔法陣は、より複雑になるため難易度も跳ね上がる。各都市に設置されている転移陣はそういったものだし、ルクシリア皇国に設置されている各ギルドへの特別転移陣がどれほどレベルの高いものかが窺える。――もちろん、ひとつの転移魔法陣ですべてに対応しているわけではなかったが。

 青い森でも目にした魔石で転移陣を発動する魔術は、転移先の魔法陣がどれほど正しく綺麗に描けていたとしても、転移元となる魔石で表示された魔法陣の出来がよくなければ転移の歪みは大きくなる。


 箱庭の転移陣に慣れているゼノにとって、この転移魔法は間違いなく過去最低の転移魔法だ。

 ぐらぐらと揺れる視界とどちらが上か下かもわからない空間に、ゼノは目を閉じ額を押さえてじっと転移が完了するのを待つ。

 体感的には数十分はかかったんじゃないかと感じられるほど長い長い転移移動だったが、実際には三分ほどだ。だが距離が短いのに分単位であることでどれほどレベルの低い魔法陣かが窺える。

 ちなみに、転移に必要な魔力がなければそもそも転移魔法陣は起動しないので、起動中に魔力切れで空間に放り出されるという事だけは、いくらレベルが低くても起こりえない。


 空気が変わった事で、転移が完了したことを知る。

 周囲に殺気はない。それを瞬時に確認するも、まだ身体の感覚が狂わされたままでゼノは目を開くことが出来なかった。

 そのため、背中の剣を誰かに奪われることへの対応も遅れた。


 ――ちっ、しまった! 誰だ?


 内心で舌打ちしつつ即座に足の内側に隠し持った短剣に手を伸ばす。


「これが神剣か? 普通の剣に見えるけどな――おわっ!?」


 しゃがみ込んで目を閉じたまま、声のする方へ短剣を払った。

 足下を狙ったのは、うっかり殺さないためだ。


 ――だが、手応えはなかった。

 いや、阻まれた。

 この感覚は防御結界だ。


「――ヘス!?」

「――やっべえ!速すぎてわからなかった!近接戦闘職に近づくのはやっぱ危険だな!」


 最初に聞いた男の声と、女性の悲鳴のような叫び。

 男の名はヘスというらしい。

 ガシャンとすぐに鉄製の音がして、ゼノは目元を覆っていた手の隙間からそっと外をのぞき見た。


 ――牢屋か?


 視界のぶれも転移空間との光の差も収まった事を確認してから、そっと手を離した。

 ゼノの大剣を手にしたゴーグルを付けた男と、黒いローブを纏った女。そして、ゼノも見知った神官服を纏った男が二人。

 まあ、今ゼノに何かするなら神殿関係者しかいない。

 顔を見る限りでは、一人は王城の謁見の間にいた神官長だ。ならば、王城からそう離れた所には飛ばされていないだろう。

 そのことに安堵したゼノだったが、背後から盛大な舌打ちが聞こえた。


"いつも邪魔ばかりする連中よ" 

 あ~……めっちゃ怒ってる。


 これはこれでまた後が大変そうだ。

 目の前の連中よりも背後のカグヅチの機嫌が非常に悪い事にげんなりとしながら、ゼノは短剣を手にしたまま体勢を整えた。


「随分強引な招待だが、今がどういう状況かわかってんだよな?」

「ふん。何をエラそうに。貴様なぞに頼らなくても、魔塔の魔術師殿と王国の騎士団がいれば問題などないわ!」


 神官長の言葉にゴーグルの男と女をちらりと見遣る。彼らが魔塔の魔術師か。魔術師の強さはわからないが、先程の転移陣がわざとでないなら丁寧さはなさそうだ。


「お前が箱庭に住んでる剣聖なんだよな。――ん? ちょ、ちょっと待て!」


 男はゼノを見下ろしながら確認するようにそう告げたかと思うと、急に剣を放り出して牢の檻を掴み、ぐいとゼノに近づいてきた。


「うわ!神剣が!」

「ヘス!? 何を……」


 何やらゴーグルの横をカチカチ回しながら、ゼノの何かを確認するようにじっと見つめてくる。

 放り出された剣は、神官長が慌てて拾い上げ大事そうに胸に抱え込んだ。


 ――神剣? ありゃあ普通のバスタードソードだが……


 神殿の連中が何故か神剣と勘違いしていることに首を傾げつつ、どこか興奮したようにこちらをじろじろ見ているヘスを胡散臭そうに見上げた。


「お前……魔術師……じゃない。この表面に現れる波形は、違う……ラロと同じだ。だがラロならこんな表には……待てよ。確かSバッテリーで特に魔力が多いものに稀にうっすらと……」


 何事かよく分からない事をぶつぶつと呟きながら、ゴーグル越しにゼノを血走った目で見てきてちょっと引く。口許がだんだんと弧を描いていくのが余計に気味が悪い。


「へ、ヘス……?」


 後ろにいる女性――リーリアも、常にないヘスの様子に恐る恐る声をかけるが、腰が引けているのが見て取れた。


「お前魔法は使えねえんだろ?」


 今にも笑い出しそうな様子で顔を押さえ断定するように問うヘスに、ゼノも若干身体を引きながら隠す事でもないので頷いた。


「ああ、使えねえな」

「くっくくく……やはりか。やはりかよ!お前ラロブラッドだよな!? それも超がつく魔力持ちだ! ありえねえ、あり得ねえほどだ! お前俺様と同じか――いや、確実にそれ以上の魔力を持ってやがるな!! 宝の持ち腐れもここまでくりゃあ大笑いだ!」


 あははははは!と何が可笑しいのか突然大笑いしだしたヘスを恐れるように、周囲の者達が後ずさったなか、ゼノはすうっと目を細めてヘスを睨んだ。

 ラロブラッドだと知り大笑い――()()()()()魔塔の魔術師に碌な奴はいない、ということをゼノはよく知っている。


 あのゴーグルでラロを見破ったということか。

 ならば、サラもルイーシャリアも危険だ。


「なるほど。てめえはクズの方の魔術師か」


 ぼそりと殺気を滲ませ呟いたゼノの言葉に、ぴたりとヘスの笑い声が止む。


「クズか。くくっ……ラロをバッテリー扱いすると必ずそんなことを言う奴がいるよなあ? お前らの価値ってそんなもんだろ?魔法も使えねえ不良品に魔道の発展に貢献する機会を与えてやろうってんだ。どうせ街や村に住んでたって虐待されるか魔物のエサになるしかねえじゃねえか。よくわかんねえなぁ。まだバッテリーとして使ってやる方がマシだろ?」


 相変わらず自分勝手な価値観で好き勝手言うヘスを、リーリアは渋面を作りながら、ゼノも殺気を纏いながら睨み付けたが、ヘスはまったく気にせずにご機嫌に笑ったままだ。


「超級のラロブラッドに箱庭の住人!楽しい事しかねえよな、おい。さっさと王城に出るって言うランクS魔族の魔石をとって魔塔に帰ろうじゃねえか!研究が捗ること間違いなしだぜ! やべえ、ワクワクしてきた!!」


 ガシャガシャと檻を揺らしながら本当に楽しそうに告げると、くるりと神官長と神官長補佐を振り返った。


「俺様が戻ってくるまで、コレを逃がすなよ。コレは俺様の物だからな」

「ええ、もちろんですとも。我々はこの神剣さえ手に入ればこの男に用はありません」


 ぎゅっとゼノの大剣を握りしめたまま、神官長が快く頷く。少々笑顔が引き攣っているのはヘスを恐れてだ。

 がきん!と突然音がして、リーリアはびくりと身体を震わせた。ヘスも牢を振り返る。


「……檻自体に魔法耐性と強化がかかってるか」


 ふぅん、と無感動にゼノが呟いた。

 ゼノが短剣で牢の鉄柵を斬ろうとした音だ。


 次いでひゅっとヘスに向かって投げられた短剣は、ヘスにかけられたリーリアの防御結界に阻まれて弾かれ、ゼノの手元に戻って来た。弾かれることを想定して投げた物なので、戻ってくる軌道も想定済みだ。


 ()()()()()()()()斬れないほどの結界なら、デュティの魔法陣を切る必要があるな。


「俺様が獲物を捕らえた牢が、そんな短剣で斬れる訳ねえだろうが。それに、俺様は常に防御結界を張ってる。この女は防御結界以外は使えねえ奴だが、こいつの防御を破れる奴はいねえよ」


 褒めているのかけなしているのかよくわからない台詞だったが、防御結界は本人ではなく彼女が張っているらしい。ならばその分の魔力消費もないということか。


「どっちみちここからは出られねえよ。俺様が帰ってくるまで大人しく待ってな。おら、行くぞ、リーリア」


 はんっ、と馬鹿にするように言い捨ててゼノに背を向けると、がんっと壁を蹴って威嚇するようにリーリアを焚き付けた。リーリアはびくりと肩を震わせ、ゼノをチラリと見遣ってから慌ててヘスの後を追って行った。


「お、お待ちを!案内致します!」


 慌ててその後を追っていったのは、剣を抱えた神官長だ。ゼノの手元にまだ短剣が残っている事を恐れたのだろう。

 賑やかな足音が去り、その場に残されたのはゼノともう一人の神官――神官長補佐のカゲモリだ。


「お前さんは行かなくていいのか」


 しゃがみ込んでいたゼノが牢の中で立ち上がり、軽く伸びをしながら問えば、カゲモリは無表情でゼノを睨み付けた。


「このような状況で随分と余裕ですね」


 気に食わない、というのがありありと感じられる口調にゼノは肩をすくめた。


「さてな。――それより、本気で王国の事を考えてるなら、さっきの男の手綱はしっかり握っておいた方が良いぜ。恐らく――マズい事になる」

「あなたには関係のないことでしょう」

「だといいんだがな」


 あの男は王女やサラがラロブラッドであることも絶対に気付く。そして見逃すような男ではない。いやさすがに王女には手出しはしないかもだが、サラはどうなるかわからない。

 さっさとここから出て城に向かいたいが、この男がいる間はさすがに動くのはマズいだろう。

 男が言うとおり、ゼノは余裕だった。こんな檻程度はどうってことはない。


「まあいいでしょう。我々は目的の物さえ手に入れられれば良いのです」


 そう言い置くと、男も踵を返して牢の前から立ち去った。

 静かな空間に立ち去る男の足音と扉の開閉音に鍵を掛ける音、そして遠ざかる足音からここは地下か一階らしいと知れた。足音は階段を登る音だった。外への出口は上にある可能性が高い。


「さて、どうすっかな……」


 ガシガシと頭をかきながら呟けば、ふと、カグヅチが側に居ない事に気付いた。

 普段はゼノの剣の中で大人しくしていて、ゼノ一人の時でなければ話しかけても来ないカグヅチだが、自由に動き回る事は出来る。ゼノからあまり離れられないようだが、あっちに行きたいだとか五月蠅く言われた事はない。


 ――まあ、今回のようなに神殿絡みの案件だと、ぎゃんぎゃん五月蠅いのはいつものことだ。


 確かさっきまでそのあたりにいたはずだが、と周囲を見回すも姿は見えない。


「カグヅチ?」


 どこだ?と問えば、ひょい、と壁からカグヅチが現れてゼノは眉をひそめた。

 カグヅチには実体があるわけではないので、人間が壁と感じる物など気にせず通り抜けることが出来る。だから今回も壁からひょっこりと身体を半分だけ覗かせた状態で姿を現した。


"今にも死にそうだが他にも人がいたぞ、ゼノ"

「あ?」


 内容に反してどこか楽しそうな口調に首を傾げる。

 今にも死にそう、は果たして楽しそうに言う事だろうか。


"身なりは神殿の者だったが、ここに閉じ込められているならば、連中にとって敵に違いない。嫌がらせにはちょうどいい! ここを抜けるときにはそいつも連れて行こう!! いなくなれば奴ら絶対に慌てるぞ!"


 本当に楽しそうにカグヅチが言い放った。



 * * * 



 ヘスとリーリアが王城に向かうのに案内をつけ見送ると、カゲモリは副魔塔長を振り返った。


「副魔塔長殿はどうなさいますか?」

「私は一度宿に戻る。だが、王都に魔族が現れた時は騎士団と共に戦おう」

「それは心強い」

「ヘスは魔石と剣聖で満足なようだが、魔塔には別途報酬を払っていただかねばならぬので、私もしっかりと働かせてもらおう」


 ヘスの事は別件だ、との副魔塔長の言葉に、カゲモリは柔和な笑顔を浮かべたまま、もちろんです、と快く頷いた。


「元々そのつもりでご用意させていただいております。ぜひ王国のためにお力をお貸し下さい」


 カゲモリの言葉に副魔塔長も頷き返すと、ふう、と大きく息をついて歩き出した。


「ああ、そうでした。ひとつお願いがございます」


 思い出したようなカゲモリの言葉に副魔塔長が振り返れば、心配そうな顔でカゲモリが近寄ってくる。歩み寄りそっと声を落とした。


「実は、お身体を悪くした神殿長が数日前から見当たらないのです。神殿長の性格から、魔族に対応しようと街に出ているのではないかと皆が心配しております。襲撃の際はそれらしき人物が周囲にいないか、気にかけていただいてもよろしいでしょうか」

「神殿長?」


 はい、と頷くカゲモリからは、心底神殿長を心配している様子が窺えた。

 ふむ、と副魔塔長は少し考えてから「わかった」と頷き返した。


「特徴は」

「もうご高齢ではありますが背筋はしゃんとしておられ、御髪は白髪で後ろでくくっておいでです。全体的に小柄で背は私の肩ぐらいまでと低く、あごひげが首にかかるほどの長さです」


 腕組みをしながら特徴を聞いていた副魔塔長は、それだけでは難しいなと頭を振った。


「魔族を恐れることなく、立ち向かってゆかれるお方です。きっとその場では目立つでしょう」


 胸に手を添え誇らしく語るカゲモリに、なるほどと頷き返し「気にかけておこう」と答えると今度こそ背を向けて歩き出した。それをカゲモリは深く頭を垂れて見送った。

 副魔塔長の姿が神殿の敷地の外へ消え行くのを見送ると、踵を返して神官長の元へ急いだ。カゲモリも確認したいことがあるのだ。

 慌てて駆け込んだ部屋では、神官長が剣聖から奪った大剣を鞘からだして丁寧に磨いているところだった。

 神官長は部屋に入ってきたカゲモリに気付くと、にたにたと笑いながら興奮したように手を広げた。


「おお、カゲモリ!ついにやったぞ!我々の悲願の神剣だ! とうとうあのにっくき剣聖から取り戻せたのだ!こんな喜ばしいことがあろうか!」

「ええ、本当に……神殿長がいらしたらどんなにかお喜びになったでしょう」


 その言葉にはっとしたように神官長は口を閉じると、先程までのはしゃぎっぷりを誤魔化すように、ごほん、と咳払いをひとつしてんん、と調子を整えた。


「そうであったな……。すまぬ。私は少々はしゃぎすぎたようだ。いまだ神殿長がどこにいらっしゃるかわかっておらぬというのに」

「ご安心ください。副魔塔長殿にも魔族襲撃時にそれらしい人物がいないか気にかけていただくよう、お願いして参りました」

「流石カゲモリ!よく気がついてくれた。確かに神殿長なら一人でなんとかしようと行動されていることは考えられるからな」


 ふう、と大きくため息をつく神官長に、ええ、と同意してからカゲモリはちらりと神剣に目をやった。

 鈍い光を放つその剣は無骨で実用的だ。そこから正神殿で目にしたオオヒルメの鏡のような清澄な気は感じられない。

 だが不審を抱く素振りもみせずに、柔和な笑顔を浮かべたまま「それでは私は仕事に戻ります」と深く礼をすると神官長室を辞した。


 そのまま自らの仕事場でもある業務室に足を運ぶと、中では数人の神官が事務仕事を行っていて、部屋に入ってきたカゲモリに静かに会釈する。それに頷き返しながら、奥の業務室長室に入ると静かに扉を閉めた。そのまま奥の業務机のある椅子に深く腰掛けるとようやく一息ついた。


「……本当にあれで瘴気を払っていたのか」


 誰に問うともなしに呟かれた言葉に『はい。確認しました』と短い応えが返る。

 姿は見えないが、影が控えているのだ。

 その影からの答えは副騎士団長のデリトミオがもたらした情報と相違はない。ならばあの剣が本当に神剣なのか。


「……」


 過去の記述には、神剣は剣聖以外に触れられぬよう炎を纏ったとあった。だがあの剣はヘスも神官長も普通に触れていた。ならば神剣ではないのか。では剣聖は神剣でなくとも瘴気を払えるということか?

 神器もなくそのような事が可能なのは、教会の聖女――神殿では巫女というが――ぐらいではなかったのか。

 色々と辻褄の合わない点が気になる。

 額に手をあて考え込むカゲモリに、躊躇うような影の声がかかった。


『……神官長をこのまま放置されるのですか?』


 質問に、静かな殺気を纏って返せば影が押し黙る。影が言わんとしていることはわかっている。神官長は自身がもっと早くその地位につくために神殿長を害そうとしている。神官長とその腹心のみで行われている計画を、カゲモリは掴んでいたし神殿長の所在も知っているが、放置している状態だ。

 カゲモリにとってはこの神殿で誰がトップになろうが興味はない。彼にとって重要なのは神剣だ。本当にあれが神剣かどうかを確認することが今の最優先事項だが、神剣について知られていることは多くない。


 ヒミカのように選ばれた神子でない者が触れても浄化の力は本当に作動するのか。昔は神官でも浄化が可能だったとあった。だが剣聖の手に渡ってからは、触れる事さえ許されなくなったとあり、その後剣聖以外がその神剣で浄化を行ったことはない。


 これの検証を行わねば意味がない。

 そういう意味では剣聖の身柄はまだ神殿で確保しておきたいというのがカゲモリの本音だ。


「神殿長は神剣や巫女などは不要だと考えていて、我々とは相容れぬのだ。神官長の企みが上手くいこうが失敗しようが我々に影響はない。我らはこれまで通り知らぬ存ぜぬで通す」


 厳しい口調で断言された言葉に影が押し黙る。

 神殿長の人気は高い。カゲモリとて別段嫌っているわけでもなく、どちらというならば神官長よりも神殿長の肩を持つだろう。

 だがそれとこれとは別なのだ。

 だが、そうだな。

 ふと思いついて、放置するつもりであったその考えを思いとどまる。


「――検証するにはちょうどよいか」


 そう呟き、カゲモリは静かに影を手招いた。



 * * *



 日中の方が地下には忍び込みやすい、とはデルの言葉だ。

 夜はともかく日中は仕事や参拝者や治癒の対応など、皆が忙しく動いているので、却って日中の方が地下は手薄なのだという。

 朝ヘス達が来るのにあわせてリーリアに魔道具を仕掛けた後一旦引き上げていたが、ヘス達が神殿を出て行ったのを確認し昼休憩が終わった頃に、リタとデル、クライツはクレイムの手引きで神殿に忍び込んだ。

 見つかってもすぐにそれとバレないように、リタも長い髪をまとめて帽子を被り、目立つ髪色を隠していた。

 仕事の関係で外部の者を招き入れることが可能だという場所まで入り込むと、そこからはクレイムと分かれてデルの手引きの元、地下を目指す。


「ちらほら影がいるのを確認してるから、気をつけて」

「どこにでもいるのね、隠密って」


 教会にもいたはず、とうんざりしながらの台詞にクライツが苦笑した。


「仕方ありません。組織には()()()()ですから」


 リタは隠密活動をしたことはなかったが、魔獣や盗賊と相対する時に気配を消すことはこれまでもあった。その要領で気配を隠して進み行く。


「本当に人がいないのね」

「ここの神殿はまっとうに仕事をしてるよ。治療や浄化石での浄化をはじめ、とても熱心だ。ミルデスタの教会とは正反対だな」

「上が違うと下も変わるのよ」


 そういう意味ではここの上――神殿長はしっかりとした人物なのだろう。

 そんな好ましい人物なら、ゼノの件がなかったとしても助けたいわよね。

 あのギルドの男性職員の態度は気に入らないが、裏を返せばそれほど神殿長は皆に好かれていて信頼されているということだ。

 リーリアに付けた魔道具から、この建物の地下に何かがあることはわかっている。それが神殿長であればいいなということころだ。

 地下への階段に続く廊下を進むうち、デルがぴたりと立ち止まった。


「……おかしい」

「どうした?」

「この先に、侵入者を感知する結界が仕掛けられていたんです。それがなくなっています」


 ――まさか、すでに移動させられた?


 デルは慎重に元々結界があった場所まで進むと、周囲を注意深く窺う。やはり結界はない。

 どうします? と振り返るデルに、クライツは首の後ろを撫でた。


「罠かな」

「ここまで来たら罠でも進みましょう。中を確認しないことには判断も出来ないわ。閉じ込められないようにだけ注意すべきよ」

「賛成です。――俺が先に進みますので、ここで待機していてください」 


 言い置くと、すぐにデルの姿が消えた。

 クライツと二人残されたリタは、隠れる場所を探して周囲を見渡す。

 天井付近であれば身を隠せそうだ。きっと影や隠密達の通路になっているのだろう。この結界が施されていたという箇所を進めば、その先が二手に分かれているのが見える。どちらかが地下へ続く階段があるのだろう。

 あそこの様子は見てみようかしら。

 リタが気配を殺した状態で廊下を進み行くのをクライツも後に続いた。どのみちこの廊下で誰かに見咎められると言い逃れしにくい。

 慎重につきあたりとなる所まで進んで確認すると、どちらも下る階段だった。


「階段がわざわざ別れているなら、別々のエリアになるのかしら?」

「恐らくは」


 どちらかに神殿長が囚われている事になるのか。キョロキョロと左右を見比べて、リタが右手側に一歩足を踏み出した時、デルが背後に降ってきた。


「背後!」

「っ……悪い!……ややこしい事になりそうです」


 即座にリタに小声で怒鳴られて、こんな時にもかよ!?と内心で舌打ちしつつも、後が五月蠅いので大人しく謝罪してからクライツにそっと告げた。


「どうしたんだ?」


 クライツは二人のやりとりには何も突っ込まずに要点だけをデルに問う。


「誰もいません――正確には、誰かが先に侵入した形跡があります」

 リタとクライツは顔を見合わせた。



 ヘス達が神殿長を連れ出していないことは確認済みだ。

 ならば神官長以外の勢力――例えば、神殿長派の神官に助け出されたのかと思ったが、デルは否定する。

 とりあえず三人は急ぎ地下に向かった。先程リタが降りようとしていた方向だ。階段を降りるとすぐに扉があり、まずそこの鍵が壊されていた。扉を開けると両脇に木の扉が二つずつ並んでいて、そのうちの一つが開いていた。

 とりあえず開いている扉から中へ入ると、簡素なテーブルと椅子、そして布団が敷かれたベッド。布団は使われた形跡があった。

 テーブルの上にはランプと水差しが置いてあり、誰かがいたことが窺える。


「ここに神殿長がいたのかしら」


 布団を触ったり室内を検めるクライツに問えば「恐らく」との返事が返ってくる。リタもベッドに近づき、微かな残滓に気づいた。


 ――これって……でもまさか。どうしてこんな所で?


 知っている気配に首を傾げたとき、他の部屋を再度調べていたデルが戻ってきた。


「他の部屋には誰もいませんし使われた形跡もありません。ですが、反対側の地下には牢があるんです」

「牢?」

「そちらも似た状況です」


 三人は早々に上に上がると、今度は反対側の階段を降りて行った。

 同じように階段を降りればすぐに扉があり、ここの鍵も壊されている。扉を開けると両脇に牢部屋が三個ずつ並んであった。その中の一つの鉄柵が真ん中で斬られて通路に下半分が転がっている。


「……これは中から斬られていますね」

「反対側の地下はすべて外側から壊されていたのに対し、こちらはすべて内側からか……」


 他の場所も覗いてみたが誰もいないし使用された形跡もない。奥まで進んで戻ってくると、クライツがチラリとリタを見た。


「どう見ます?」


 その胡散臭い笑顔に言わんとしていることを悟り、リタも眉をひそめながら「それしかないでしょ」と肩をすくめた。

 この見事な切り口。

 そして先程の部屋で感じた――神聖な残滓。あれはカグヅチの力に違いない。


「どうしてここにゼノがいたわけ?」


 彼は王城にいるんじゃなかったの?とクライツを振り返れば、「ちょっと待ってください」と何やら懐をゴソゴソし出した。


「ゼノが神殿長を連れて逃げた? どうしてゼノが神殿長を? わざわざここから反対側までいって何故助けたの?」

「そんなの俺だってわからない」


 矢継ぎ早にリタから投げられる疑問に、デルだって答えを持っていない。肩をすくめてみせるが、リタもデルに答えを求めている訳ではなく、思いつくまま疑問を並べているだけだ。


「――はい。……ははあ~なるほど。わかった。その件はこっちで対応するので心配はいらない。彼女達のことと情報収集を頼んだ。十分に気をつけてくれ。そのうちリタ殿と乗り込むから」


 自分の名を出されてクライツをみれば、彼は通信の魔道具で話しているところだった。相手はシュリーだろうから、「彼女達」とはアーシェ達に違いない。

 通信を終えたクライツは微妙な表情だ。


「ゼノがいたのは間違いなさそうです。どうやら転移魔法でここに飛ばされたらしい。それも先程ということだったんですが……」


 先程?

 リタは首を傾げる。


「もういないんだけど」

「いませんねえ」

「すっぱり斬られてますからね。閉じ込めること自体が無謀なんじゃないですか」


 デルも檻を指で弾きながらどこか呆れ顔だ。

 鉄柵ってこんな簡単に斬れるものだったかしら?と、リタも感心するより呆れが先に立つ。なんだか釈然としない状況だわ、と腰に手をあてため息をついたとき、階上から複数の足音が聞こえてきた。


 ――しまった!誰か来た。


 即座にデルは姿を消したが、クライツは隠れようとしたリタを制止し、自身も入口の扉に向き直った。

 正面から相対するつもりらしい。

 何を考えているのだか、と眉をひそめてとりあえずクライツの背後に陣取った。

 まあ、扉の鍵が壊されている以上、ここに閉じ込められる危険性は低いし、直接やりあっても勝つ自信はある。問題はそんなことをした後の話だ。

 少し慌てたようにも感じられる足音がどかどかと下に降りてきて「これは!?」と入口の鍵が壊されていることに驚き、すぐに中に踏み込んできた。


 ――人数は四人。高位の神官っぽい男は大剣を抱えているけど素人ね。二人は衛兵でクラスでいうならD以下レベル、そしてもう一人の神官は、そこそこ戦えそうね。


 それから。

 ちらりと視線を上に投げる。

 影が一人。

 冷静に相手の戦力を分析しながら、瞬時に身体強化を施しいつでも戦えるように身構えた。


「なんだ、お前達は!? これは貴様らの仕業か!?」


 高位の神官っぽい男――神官長が叫ぶのを、クライツが胡散臭そうな笑みを浮かべて両手を広げた。


「まさか。我々が来たときにはすでにこの状態でしたよ。我々も困っていたところです」


 侵入しておきながら、何をいけしゃあしゃあと言っているのかとリタは目を剥いたが、それは相手も同じだったようで、神官長は顔を真っ赤にして怒り出した。


「不審者が何を言うか!」

「いえね。本来であれば我々だけの技術が不当に使用された形跡がありましたので、それを調べに来たのですよ。着地点はここに設定されていたようですね。使われた人か物を確認しようと思ってやって来たのですがこの有様で。――あなた方は何かご存じのようですね」


 笑みを浮かべたまま強気で一歩前に踏み出せば、神官長はぎゅっと大剣を抱え込んでクライツを睨み付けた。


 あの大剣は、ひょっとしてゼノの?

 武器を取り上げたのはわかるけれど、何故あんなに大事そうに抱え込んでいるのかしら。気持ち悪いわね、と眉をひそめる。


「そんなことは我々には関係ない!魔塔の連中に聞けばよかろう!」

「――ほう。やはり魔塔の仕業ですか」


 すうっと笑みを浮かべたまま、興味深そうに冷えた口調で言葉尻を捉えたクライツに、神官長は「そうだ!すべてはヘスとかいう魔術師に聞けばいい!」と、がなり立てた。


「なるほどなるほど。神殿はヘス=カーネイトの悪事の片棒を担いだと」

「何が悪事か!ここに侵入している貴様らにあれこれ言われる筋合いはない!」

「ご存じないのですか? 魔塔の魔道具関係の捜査ならば、ある程度の事は許可されているのですよ」


 そんな決まりがあるの!? とリタは内心驚いたのだが、もちろん表には出さない。ハインリヒの教育の賜物である。


「なので、その魔道具を利用して得たものは没収させていただきます」

「何を言うか! そんな道理の通らぬ――」

「ここにはそのような物は存在しません。その魔道具が使われた場所がここに関係していたとしても、ご覧の通りの状況です。我々が不当に得た物などありません」


 激昂する神官長を抑えて、リタから見ても油断ならないもう一人の神官――神官長補佐のカゲモリが柔和な笑顔を崩さずに前に進み出て言い切った。


「そうでしょうか」


 含みのある笑顔でチラリと神官長の持つ大剣に視線を投げれば、神官長はぎゅうっとさらに大剣を抱え込んだ。

 これがそうだと申告しているようなものだ。


 ――なるほど。確かにこんなバレバレの態度は滑稽よね。ハインリヒが反応するなと叱るのも頷けるわ


 ビシバシと短期間で色々叩き込まれたリタは、神官長のフリを見て深く、深く納得した。もちろんハインリヒは滑稽だから言っている訳ではなく、余計な情報を相手に与えないためなのだが。


「これは元々神殿の物だ!我らの物を取り返しただけで何も問題はない!!」

「何言ってるのよ。それは元々ゼノの物でしょ」


 何故大剣が神殿の物か、と呆れて言い返し――あら?と首を傾げた。


「まさか、その大剣を神剣だと思っているの? 違うわよ」


 さらりと神殿側からすれば爆弾発言を落としたリタは、クライツに笑顔で睨まれた。

 案の定、その場にはピリッと緊張感が漂った。

 余計な事を、と睨みつけてくるクライツに、何を馬鹿なと睨みつけてくる神官長、そして言葉の真偽を見定めるように一番鋭い視線を投げてくる神官長補佐のカゲモリ。

 だがリタは眉間に皺を寄せて周囲を見渡した。


「その剣は神剣なんかじゃない。そもそもゼノは神剣を持っていないのよ。いい加減正しく認めたらどうなの」

「そんな馬鹿な!? この剣で瘴気を斬り払ったとの証言があるのだ!いい加減な事を言うな!」


 場の緊張感に臆することなく宣言したリタに、大剣を持つ手を震わせながら神官長が叫んだ。リタは呆れたように大きくため息をつく。


「ゼノは神剣を持っていないけど、火の神カグヅチ様が付いているの。神気で瘴気を斬り払うことは可能よ。それはゼノだから出来るの。他の人がゼノの剣を使ったって瘴気を斬ることは出来ないわ」

「そ、そんな馬鹿な……!いや、誤魔化されんぞ!過去に神官が剣で瘴気を斬り払った実績があるのだ!いい加減な事を言うでない!」

「それはカグヅチ様が宿った剣の事でしょう?今カグヅチ様はゼノに宿ってるって言ってるのよ」


 正確にはゼノを鞘とする剣に、だったが。


「そこまでにしておきましょうか」


 がしりと怖い笑顔を浮かべたクライツに肩を掴まれて、リタも眦を吊り上げて睨み返した。


「正しい情報を伝えておかなくちゃいつまでたっても誤解が解けないじゃないの! 情報の重要性で取引したいあなた達の思惑は理解するけれど、それじゃいつまでもこういう頭の固い連中には通じないでしょ!? 自分達がやってることがどれ程意味がなくカグヅチ様の怒りを買っているのか理解させないと!」

「そこまでにしておきましょうね」


 両肩をがしりと掴まれて、笑顔で顔を寄せられれば、さすがのリタも押し黙った。

 笑顔の圧がちょっと怖い。

 ひくりと頬を引き攣らせて一歩後ずさったリタを認めて、クライツはポンポンと両肩を叩いてから――リタには脅しに感じた――クライツは神官長に向き直った。


「その大剣がゼノの物であることに間違いはないようですね。ならば、魔道具で移動してきたものということで、こちらで預からせていただきます」


 二人の様子を呆然と見つめていた神官長はその言葉にはっと我に返ると、いや、と頭を振った。

 先程より勢いがなくなったのはリタの言葉で迷いが生じたからだろう。

 躊躇いながらも、それはまかりならん、と小さく呟き頭を振りながら後ずさる神官長にクライツが笑顔のまま一歩詰め寄ると――突然、神官長が小さく呻いて膝から崩れ落ちた。

 床に倒れる前にぐいと身体を引かれ、勢いを殺してからそのまま床に落とされる。

 その拍子に神官長の手から大剣もこぼれ落ち、がしゃん、と音をたてて神官長の横に転がった。

 その様子を、眉根を寄せてリタは見つめた。


「――お仲間ではなかったんですか?」


 笑顔を崩さず、クライツはカゲモリを見上げた。




ハインリヒなら一度目の「そこまでに」できっと黙らせてる。

タイトルでオチまで告げてるのはいいのかな〜……


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