(十八)リンデス王国の第一王女
「失礼ですよ、お父さん。気持ちはわかりますけど、王女様が狙われているのが事実なら助けないと」
扉付近で少女と口論していたゼノの手を引いたのはアーシェだ。
「いや、こいつが付いてるならいらねーだろ、俺は!?」
「そんなことないにゃ」
チェシャもゼノの背をぐいぐい押しながら、元いた席まで押し戻す。アーシェとチェシャによって椅子まで連れ戻されたゼノは苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
「……落とし所、とはどういうことかしら」
一連の流れを呆気にとられて見ていた女王が、我に返って先程のゼノの台詞に首を傾げたが、ゼノは苦い表情のまま王女とチェシャを見つめている。
「あの……剣聖さまはチェシャをご存じなのですか?チェシャは、幼い頃から共に育った侍女で、私の側を離れた事はないのですが……」
躊躇いがちに問われた言葉にゼノは眉根を寄せて、唐突にポーチを漁り始めた。
「……王女に関係の深い家族って何人だ?」
「ここにいる女王と、王太子、王太子妃にあと弟がいるにゃん。他は多分関係してこないにゃ」
ゼノの意図を汲んで答えるチェシャを苦い表情のまま睨み付けて、ゼノは隣のシュリーに手を突き出した。
未だ状況が飲み込めないながら、差し出された物を受け取って、ひくりと頬を引きつらせた。
「あの、これは……」
「ここにいる奴全員とこの場にいないその二人分だ。渡してやってくれ」
精華石を人数分。
確かに青い森でそれなりに採集していたのを見ていたが、こんな気軽にほいほい渡す物ではない筈だ。
――たしか長官がゼノは後先考えずに人にほいほい渡す、とおっしゃっていたかしら。
だがシュリーは止める立場にはない。立ち上がり、言われた通りにリンデス王国の騎士団長であるバルドメロに手渡した。
不審そうな表情で受け取ったバルドメロは、ぎょっとしたように目を見開いた。
「これはっ……!」
「お前さんを含め全員が一個ずつ持っておけ。大事なことだ」
顔を強ばらせてゼノを見、それから戸惑いながら女王に差し出す。女王もバルドメロの手の中にある精華石を見て目を瞠り、表情を強ばらせてゼノを見やった。
「先程、ランクSの魔族には意味がないと仰ったのではなくて?」
「そんなもん斬っちまえば終わりだが、そんな単純な話じゃねえんだよ、あんたの娘の件は」
ゼノは大きくため息をついてガシガシと頭をかきながら、チラリとルイーシャリアに視線を投げた。
「あんたの娘は……第四盟主に瓜二つだ」
投げられた言葉が理解出来なくて、女王はルイーシャリアとゼノを交互に見やった。
「……誰、ですって?」
「第四盟主です」
今度はアーシェがはっきりと告げた。
シュリーもひくりと頬を引き攣らせ「比類なき美を持つと言う……第四盟主ですか」とノクトアドゥクスらしく情報を添えた。
「色と雰囲気は違うがな。ちなみにそこにいるチェシャは、盟主の側近でランクはS以上だぞ?」
――魔族なの!?
アーシェとサラを除く全員がギョッとしてチェシャを見やった。チェシャは恥ずかしそうに、にゃははと笑う。
「側近……」
「第四の色を一部纏ってるだろ? 側近にだけ許されることだ」
チェシャの髪のメッシュにはそんな意味があったのか、とルイーシャリアはごくりと息を呑んだ。
「第四盟主の力は魅了だと聞いています。精華石を持っていれば盟主の魅了を防げるんですか?」
シュリーの質問にゼノが無言で頷いた。
「普段から垂れ流しだからな。だから持っとけ。魅了で操られて家族や国を害したくねえだろ?――なにせ、どう転ぶか読めねえ」
ジロリとチェシャを睨みながら告げるゼノに、チェシャがソッポを向いてふす~っと鳴らない口笛を吹いて誤魔化す。
「吹けねえくせに口笛吹こうとすんな。――第四は知らねえんだろ、まだ」
「そうだにゃ。ちびっこのルイを見つけて、あたしびっくりして。本当はすぐに主さまに報告するつもりだったんだにゃ。……でもあんまりルイが可愛かったんで、誰にも言わずに今まで側で見守ってきたにゃん」
彼女の語尾のせいだろうか。ランクS以上の魔族だという印象は受けない。くるくる表情の変わるチェシャに、シュリーは可愛いな、という感想を持った。
「第四がこの王女を見てどう動くのか予想がつかねえ。落とし所ってのはそういうこったよ」
はあ、とため息をつくゼノに、マリノア女王は真っ青になって顔を強ばらせた。
「それは……どうすれば……」
「自分と同じ顔した人間だからな……嫌がるのか、取り込むのか……」
歯切れ悪く、んんん、と腕組みして首を傾げるゼノにリンデス王国の面々は色を失っていく。
「交渉をすることは……出来るでしょうか」
「第四が王女をどう思うかだからな……チェシャはどうしたいんだ?」
「あたしは、ルイをルイとして認めて欲しいにゃ。殺さないで欲しい……でもルイはラロでもあるからにゃ〜……あたしがお願いしただけでは聞いていただけないかも。だからね~ゼノ、一緒に主さまにお願いして?」
「断る」
「そんなこと言わないでにゃ」
「俺とあいつが相性悪いの知ってんだろ?あいつの美意識が俺を受け付けねえんだって」
「主さまは第三盟主さまのお顔が好きだからにゃ~」
美意識の問題なんだ、とシュリーは妙なところが気になった。
「あいつ俺を見たら舌打ちするほど嫌がるじゃねえか。却って逆効果だろ?」
「こんなこと頼めるのはゼノしかいないにゃ~!あたしは主さまにダメって言われたらもう動けないにゃ~!だからゼノになんとかして欲しいのにゃ~!」
お願いにゃ~!!と頼み込むチェシャにゼノは苦い顔をして頭を振る。
「無理だって。大体なんで俺があいつに頭さげなきゃなんねんだよ」
「主さまが喜ぶにゃ!」
「あいつを喜ばせる気なんざねえよ!?」
チェシャのあんまりな台詞にゼノが叫ぶのはもっともだ。
この身勝手さは確かに魔族っぽい、とシュリーも頬を引きつらせた。
「剣聖殿と第四盟主は顔見知りのようだが……盟主は敵ではないのか?」
バルドメロが幾分戸惑った様子でゼノやシュリーを見ながら問いかけるのを、ゼノが頭をガシガシとかきながら「どう説明するかな~」と呟いた。
「あいつらは別に人間を敵視してるわけじゃねえ。盟主が本気で人間消そうと思ったらとっくの昔に人間なんざ消されてるだろうさ。それぐらいの力は持ってる」
「……」
ごくり、とアーシェ達とチェシャを除く全員が息を呑んだ。
「人間だって野獣は必要があれば狩るが、そうじゃなけりゃ何もしねえだろ?それと同じさ。あいつらはあいつらで自分の興味の趣くことには全力だが、そうじゃないものは放置だ。自分の領土内で自分の部下や属する魔族以外が勝手するのを嫌うから、むしろ盟主の領域内では野良魔族の被害はあまり多くねえ。……まあ、程度の差はあるがな」
一番いい例が第三だ、と言われてシュリーも納得した。
確かに、ルクシリア皇国には魔獣はよく現れるが、敵対する上位魔族は現れないと聞く。
「第三は割と人間は好きみたいだぜ。ああ、好きって言っても、見ていて面白いから楽しいっていうそっちな。玩具感覚に違いはねえ。だが問答無用で殺すような事はしねえよ。聞く耳は持ってる。第四も相手が綺麗だったら話は聞いてくれるさ。あいつは綺麗なものが好きだからな。外見だけじゃなく何か一部でも眼鏡に適えば話はできる。第五はどっちかっていうと実験やエサにしようってタイプだから近づかねえ方が良い。ただ、あいつの研究対象に関する何かを提供できれば交渉は出来るかな。第二はダメだ。あれは出会ったらすぐ逃げる方が良い。自分が進む方向に立ち塞がってるものはなぎ倒して進む奴だからな」
側近や眷属も自分達の主の意向を汲む行動をとる、と説明されてシュリーは改めてチェシャを見遣った。美しい王女を気に入る理由もそれなら納得は出来る。……第四盟主と瓜二つというのをどう取られるのか不明だが。
「この国は第一盟主の支配する地域だと、先程話していましたね。彼はどうなのです?」
先程の説明になかった、この国にとって一番気になる盟主のことを問われてゼノは腕組みをして唸った。
「あいつな~……あいつよく分からねえ奴なんだよな。俺が敵視されてんのは間違いねえが、別に人間が嫌いって訳でもねえ。あいつは試練を課すことが特殊能力だからな。なんでそんな事やってんのか俺も知らねえんだが……引き籠もりっぽいし。ああ、でもこの国に現れてる魔族が第一の手の者かどうかはお前が判別つくだろ、チェシャ」
「あいつは野良にゃ。だから余計に面倒なのにゃ」
むう、と眉根を寄せて面倒そうに答えたチェシャにゼノが納得するように頷いた。
「どういうことです?」
「野良であれば、既に第一盟主の側近や眷属に目を付けられている可能性があるからですね」
何が面倒なのかがわからなくてシュリーが尋ねると、答えてくれたのはアーシェだった。
「ここが第一領域なら、チェシャさんが勝手にその野良魔族を倒してしまうのは問題です。チェシャさんは第四盟主の側近なので」
「なるほど……他国に勝手に進軍して我が国の敵を倒すわけにはいかないのと同義か」
人間の世界の理に当てはめて騎士団長であるバルドメロが頷いた。
「……私が第四盟主さまと同じ顔である事を、クストーディオは知っているのでしょうか」
それまで黙って皆の話を聞いていたルイーシャリアがぽつりと尋ねた言葉に、「それはねえ」とゼノが断言した。
力強い否定の言葉にルイーシャリアがゼノを見る。
「知っててお前さんを手に入れようとしたんなら――ここが第一領域だろうがどこだろうが、とうにチェシャに消されてるさ」
だろ、と問われてチェシャがこくりと頷いた。
「主さまの代わりとしてルイを手に入れようとする者など——許さないにゃ」
途端に殺気を纏わせたチェシャにその場が凍り付いた。
盟主の側近は、自らの主に心酔している。
主と敵対する者はもちろん、侮辱する者を決して許さない。
主と同じ顔の人間を慰み者にしようとする同胞など、本来であれば考えた時点で瞬殺されるのが普通だ。また、主を侮辱したからだという理由であれば、他の盟主の領域であってもよほどの事でなければ許される。
「だったらとっとと片付けりゃいいじゃねえか。第四や第五には第一は割と寛大だろ」
「でもルイの事も主さまにバレちゃうのにゃ。ルイがどうなるかわからない状況ではそんな事怖くて出来ないにゃ~……」
うにゃうにゃと頭を抱えて叫ぶチェシャに、ゼノが頭をガシガシとかきながらため息をついた。
「わかった。その魔族は俺がたたっ切る。後顧の憂いがないよう仲間もすべて斬り捨てる――だから後の事はお前がなんとかしろ」
第四の事は知らん――と言い切ったゼノに、女王が手を挙げた。
「第四盟主に王女の身の安全と、私が何かを引き換えに交渉することは可能かしら」
毅然とした態度で女王がゼノとチェシャを交互に見遣りながら尋ねた。
「ルイーシャリアは私の娘です。剣聖殿が国内で暴れる魔族を倒すことをお約束くださり、あまつさえ希少な精華石まで提供くださいました。ならばここから先は、母でありこの国の女王である私が第四盟主と交渉いたします。——チェシャ、私達に何か交渉のカードはあるかしら」
覚悟を決めた女王に、ゼノが苦虫を噛み潰した顔をし、チェシャも難しい表情で腕を組んだ。
「主さまがルイの存在を認めないと思われたら、もうそこで終わりにゃ。交渉の余地は一切ないにゃ」
「……正面からぶつかることになるな……ああっ、くそ!」
ゼノは悪態をつくと頭をガシガシとかいた。
そんなゼノを見てアーシェとサラがくすくすと笑う。
「わぁーったよ、わかった! 俺だって娘を持つ身だ。諦めろなんて酷な事は言えねえ。なんとかしてやりたい親の気持ちは痛いほどわかる。——わかった。相手がクスなんとかだろうが第四だろうが、王女の身は守る。もうヤケだ!」
ばん、とテーブルを叩きながら宣言したゼノに、「やったにゃ〜!」とチェシャが諸手を挙げて跳びはねた。
「しかし、剣聖殿」
「まずは俺が表に出る。そうすりゃ瞬殺はされねえよ。あんたに交渉を任せるとすればその後だ。俺が全部やるわけじゃねえから、過分に恩義を感じる必要はねえぞ。——言っただろ。俺だって人の親だ」
何かを言い縋ろうとした女王に手を挙げてそう告げると、ふ、と息を吐きながら、チェシャとハイタッチしているアーシェやサラを見つめる。
その優しげな瞳に、女王もまた息を吐いて微笑した。
「ゼノが動いてくれるなら、ルイの生存率がぐぐぐっとあがったにゃ!良かったにゃ〜」
「チェシャさんは本当に王女さまを大事に思ってるんですね」
「チェシャさんは魔族だけど、私たちにも優しいよね」
にこにこと告げるアーシェとサラに、チェシャも当たり前にゃ〜と笑った。
「ルイは子供の頃から見守ってきたから当然にゃ。アーシェとサラとは仲良くしておいて損はないにゃ。ゼノの大事な娘さんだからね!」
と下心たっぷりな台詞に、シュリーは顔を引きつらせたが、アーシェとサラは「チェシャさんのそういう所は信頼できる〜」と笑って答える姿に大物だわ、と心底感心した。
「精華石七個に魔族討伐と盟主との交渉……報酬はどのようにすれば……」
と、宰相殿が青い顔をしてぶるぶる震えながら呟いた台詞に、交渉をこちらに丸投げされたことを思い出し、シュリーも青ざめた。
「ああ、精華石は気にすんな。自分で取りに行けるから元手かかってねえ。それに、第四と交渉するのに必要な物だからな。ただ、精華石の所有については揉めねえようにそっちで上手くやってくれ。ほいほい渡してトラブル起こすとルードヴィヒに俺が怒られるからよ」
「けれど、精華石はとても貴重なものだわ。実際、どれだけお金を積んでも本物を入手する事は叶わなかったのよ」
「だからこそ、これまでなかった危険も増えるだろ。良い事ばかりじゃねえさ。恩に着る必要は本当にねえよ」
精華石絡みでトラブル起こすと本当にうるせえんだよ、とげんなりとした表情でゼノは言うが、シュリーからすればゼノはほいほい渡しすぎだと思う。持つ必要があるからだと言われても、裏ルートでそれこそいくらで取引されているのかを知っている身からすれば、宰相が青ざめるのも納得できる。
「今回のランクSの魔族を斬ってしまえば、ランクAぐらいまでは近寄って来なくなる。チェシャぐらいになると触ったて平気だから、寄せ付けねえって効果は過度に期待するなよ。瘴気にやられることはなくなるがな」
王女に寄ってくるのはチェシャ以上だと考えておけ、と言われて王国側の者達は表情を引き締めた。
* * *
美しい花が咲き誇る庭園の一角にふわりと金色の光が現れ、黒いテールコートに身を包んだ第三盟主が姿を現した。
途端に花々がざわつき、庭園の端から黒い髪に左目が赤い男性魔族が、第三盟主の側に近寄り腰を落とした。
「ようこそいらっしゃいました、金の君」
「やあ、シニストロ。今日の彼女のご機嫌はどうだい?」
「金の盟主さまがお越しであれば麗しくなりましょう。どうぞこちらへ」
豪奢な庭園を抜けると一転、シンプルな作りの白亜の城が現れた。一見シンプルだが、随所に手の込んだ意匠が刻まれ近づけばその美しさを知ることになる。
第四盟主の美しさに対するこだわりは、第三盟主も舌を巻くほどだ。人や生き物の見た目はもちろんの事、建築や音楽、絵画から物に至るまで自らが美しいと認めるもの以外周囲に置かない。
昔はここまでではなかった筈だが、こちらにきてからだろうか。徐々に自分の好みのもので居城を作り飾り立てていった気がする。あちらの世界では出来なかったか、あるいは好みのものがなかったか。
とにかく彼女の地固めはこの世界に来てからだ。
「久しいわね、金の君」
「やあ、赤の君。息災そうで何よりだよ」
美しい意匠の白いカウチに寝そべりながら、両脇に側近を侍らせ音楽を楽しんでいた第四盟主が、ゆるりと身体を起こした。カウチの側に控える黒髪に右目が赤い側近デストロが差し出した扇を手に取り、足を組み座り直せば、緩いウェーブのかかった真っ赤な髪が動きにあわせてゆるりと揺れ、蠱惑的な紅い唇が弧を描き第三盟主に微笑みかける。その艶やかな色気を纏った第四盟主は、第三盟主の目から見ても非常に美しい。
だが何より気になったのは――
「第五が言っていたのは本当だったんだね。そんなにこの世界が気に入ったのかい?」
目を細めて何かを見定めるように尋ねた第三盟主に、扇で口許を隠しながらふふ、と微笑した。
「ええ、私はこちらの世界が好き。私はそのつもりよ。――あなたはどうなの?」
言外に、気にしている者――ゼノがいる世界を選ぶのだろうと聞かれ、第三盟主は微笑を返すに留まった。
「今日は何か面白い話題でもあって?」
返答のない第三盟主に視線で向かいのソファを示せば、シニストロがそちらへ案内し、腰掛けたのを見届けてソファから離れた所に佇む。
「聖女の話はどこまで耳に入っているんだい?」
ソファにもたれ足を組みながら優雅に問いかける第三盟主に、第四盟主は小首を傾げてみせた。
「——なんでも、黄金色を纏う聖女だとか」
「そう——僕たちと同じく、色を纏う聖女だよ。これまでの聖女とは明らかに力の質も、強さも異なるね」
「では」
第三盟主は笑みを深くした。
「そう……我らが魔王さまはこの世界にいらっしゃるのね」
ぱちり、ぱちりと手の中で扇を遊ばせながら、第四盟主は目を細めて黄金色を纏う男を見つめた。
「第六のような裏切り者は他にはいないでしょうね」
「どうかな。第一と第二は何を考えているかわからないからね」
肩をすくめる第三盟主に、第四盟主は髪をかき上げながら嘆息した。
「第二ははともかく、第一はいつまで引き籠もるつもりかしら。彼とゼノの間には何があるというの?」
問われて珍しく第三盟主が苦々しく顔を歪ませた。
「前世での事だと思うんだけれどね。何を言ってもだんまりだよ」
「そう――ゼノがわかれば一番なんでしょうけれど」
「思い出せないだけで記憶は刻まれているらしい――あと、ゼノには魔王の加護があるそうだよ」
ぴくり、と第四盟主の持つ扇が揺れた。
「我々の魔王の加護が?」
「そのようだよ」
その言葉を吟味するように、第四盟主は扇を握りしめたまま視線を落として考え込む。
第三盟主も無言のまま、その様子を見守った。
室内には人の世界の音楽が小さく奏でられ場を満たす。
それほど時を待たずに、そう、と第四盟主が小さく呟いた。
「ならば……我々はゼノと敵対する必要はないということかしら」
「魔王が僕達の事をどう考えているかはわからないけどね」
この世界に存在する盟主達――第一盟主を除いて、魔王と直接相対した者は存在しない。彼らが力を付けた時には、すでに魔王はあちらの世界から消えた後だったのだ。故に、彼ら自身も魔王を知らない。
そう、盟主達の目的は、あちらの世界から消えた魔王を探すことだ。本来の世界に存在の核を置き、いくつもの世界に分身を飛ばして探し回っていた。
故に、この世界で擬似核をいくら斬られたとて消滅しないのだ。盟主を殺せないのはそういうことだ。
だが。
第三盟主は目を細めて再度第四盟主を見つめた。
彼女が有する核は本物だ。
彼女はあちらの世界を見限り、この世界で過ごす事を決めたのだ。
その話を、先日狼狽した第五盟主から聞かされた。自分が信奉する第四盟主の決断に、みっともなくも慌てたらしい。だが第三盟主にも彼の驚く気持ちは理解できた。第四盟主の思い切りの良さに圧倒される。
「私はもう決めたの。あなたを見習って領域の国々と楽しく過ごす事にしたのよ。今とっても気に入っている国があるの」
ふふ、と楽しそうに笑う第四盟主に珍しいねと第三盟主も笑う。
「僕とルクシリア皇国の関係には眉宇を顰めていた筈だけれど」
「金の君ほど仲良くするにはまだまだ国の力が弱いのだけれど、少しずつ育てていくつもりよ——ああ、そうだわ」
心から楽しそうに笑う第四盟主は、良い事を思いついたというように、扇をぱちりと打ち鳴らした。
「その黄金の聖女、美しいのでしょう?私がもらってもいいかしら。彼女を妻合わせるのがちょうど良さそうな——」
「ヴィヴィ」
被せるように愛称で名を呼ばれ、身体が震えた。
思わず息を呑み金の盟主を見つめれば、その瞳に剣呑な色を滲ませて、第四盟主を睨み付けていた。
「それは認められないな。——彼女はゼノの関係者。僕の管轄だ。関わる事を止めはしないが、取り込む事は僕が許さないよ?」
主に向けられた剣呑な気に、第四盟主の側近達も殺気立つ。
酷薄な微笑を浮かべた金の盟主は、側近達の殺気など気にも止めずに赤の盟主を睨み付ける。
両者はしばらく睨み合っていたが、ふいと第四盟主が瞳を逸らしてため息をついた。
「——わかったわ。あなたの玩具に手を出す気はなくてよ」
「理解が早くて助かるよ」
第三盟主は笑ってそう告げると、すいと立ち上がった。
「帰ってしまうの?」
「君の本気を確かめに来ただけだからね」
「ゆるりとして行けば良いのに」
先程のにらみ合いなどなかったかのように、心底残念そうに告げる第四盟主に、くるりと杖を回しながら「そういう訳にもいかないんだ」と口許に笑みを履きながら返す。
「ゼノの娘達も目覚めたようだし、箱庭から変わった鳥も一緒に出てきたようだ。――曲者らしいので、見張っておかないとね」
酷薄な笑みを浮かべて振り返った第三盟主に、仕方のない人ねと第四盟主もため息をついた。
「今度はもっとゆっくりいらして」
「次はもう少し有益な情報を持ってこられるようにするよ」
そう言うと、丁寧に第四盟主にお辞儀をし、来たときと同じようにシニストロに付いて居城を後にした。
その後ろ姿をいつまでも見つめながら、ふふ、と第四盟主は静かに笑った。
「相変わらずつれないわね——でも残念だわ」
黄金色は、第四盟主にとって何よりも尊い色だ。本当は金の盟主をこそ手に入れたいところだが、それが叶わぬなら、同じ色を纏うその少女を手元に置いて愛でたかった。
魔族であれば力がなければ纏えぬ色。それを人間はたやすく手に入れることが出来るのも口惜しい。力そのものに色を纏うことは流石に魔族同様簡単ではないが、その聖女は外見でも力でも黄金色を纏うという。第四盟主からすれば、絶対に手元に置いておきたい存在だ。
「ゼノの関係者であれば下手に関わると面倒ね——仕方ないわ」
扇をデストロに預けカウチに身を沈めた。
魔王の加護、ね……。
目を細めて空中を睨み付けながらゼノの姿を思い浮かべる。
黒い短髪にヘーゼルブラウンの瞳はルクシリア皇国によく見られる色で、造作も悪くないしどちらかといえば精悍な顔立ちだ。剣を振る姿は第四盟主の審美眼に十分適う。
「彼の剣技は美しいけれど――」
間抜け顔しか思い浮かばないのは何故だろうか。
十代の頃であればまだ良かったが、今は歴戦の剣士として体躯もしっかりしていて何もかもが好みでない。
おまけに第三盟主の関心を一手に握っているのも気に食わない。
思い浮かべてしまったゼノの姿を打ち消すように、憮然とした表情で空中でぱたぱたと手を払った。
関わるなとは言われなかった。
ならば、ゼノと第三盟主の怒りを買わない程度に関わることはいいだろう。
「黄金色を纏う聖女——楽しみだわ」
ふふ、と第四盟主は蠱惑的に微笑んだ。
今更ながら……ゼノの容姿って表現してきていない……??ちょっと覚えてないのです。
もし目の色が違っていたらすみません。後で直しておきます……(アーシェの翠は母親譲り)
第四盟主は線の細い人が好き。格好いい系より綺麗系。チェシャのようなかわいい系は別枠扱いで好き。
そして金色が何より好き。




