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(五)聖女は女性の味方です


 翌朝、リタは爽やかな笑顔で宿を後にした。

 あの後、グダグダになりながらも簡単に今後を打ち合わせて、夕食時に宴会に突入した。

 ハインリヒと第三盟主が久々にゼノと会ったということで、美味しい酒を用意していたらしい。


 あの二人ゼノのこと好きすぎなんじゃない?と思いつつも、久々の旧友の語らいを邪魔するのは悪いわね、と食事をとった後は自分にあてがわれた部屋に引きこもっていたのだが、三人があまりにも長時間飲んでうるさかったのが我慢できずに「いつまで騒いでるのよ!」と切れたリタが乱入し、リタを酔い潰そうとした第三盟主に勧められるまま酒をあおり、ハインリヒが用意した大量の酒を飲み尽くしたりしたのだが、それはまた別の話だ。

 三人は元々非常に酒に強いのだが、リタはそれを凌ぐ酒豪だった。


「なんでその歳でそんな酒豪なんだか……」


 二日酔いの気配すら見えないリタに、解せねえ、とゼノが文句をこぼしながら後に続く。そういうこちらも昨夜の酒は残っていないようだ。

 ふふん、とリタは笑った。


「当たり前じゃない。状態異常は聖女の力で常時無効よ」

「マジか!? そういう効能あんのかよ。なんかずりーな、それ……」

「持っているものはなんだって活用しなくちゃ。美味しいお酒がたくさん飲めて楽しかったわ」

「そんなに飲めるとわかっていたら、あいつらも潰そうとはしなかったろうに……」

「リサーチ不足だったわね」


 してやったり、と得意げなリタに苦い顔になるのも仕方ない。

 酔い潰して黙らせようと、あるいはからかいのネタでも作るつもりだったか、次から次へとあれこれ勧めた結果、残っていた酒のほとんどをリタに飲み尽くされたのだ。リタが乱入して実に二十分ほどでお開きになった。


 その二人は、一足先に宿を後にしている。

 どう見ても二十代前半にしか見えないうえに美貌の第三盟主が、あの後もリタにおじさんと連呼された上にしてやられたのは少々傷ついたようで、心なししょんぼりしていたようにゼノからは見えた。

 ハインリヒはしてやられたことよりも、第三盟主の様子の方が可笑しかったようでご機嫌で帰っていった。

 あの二人にあんな顔させるとはなかなかのタマだな、この嬢ちゃん――と、ゼノが感心していることをリタは知らないが。


「それにしても……」


 二人は宿屋からそのままシュゼントの門に向かって歩いていた。

 泊まった宿は、入る時は八百屋からだったが、出る時はちゃんとした玄関から宿をでた。入る時もそこからで良かったんじゃないのと思ったけれど、ゼノいわく、ハインリヒの――正確にはノクトアドゥクスの――客だとそれだけでわかるからだということだった。符牒のひとつなのだという。


「まぁ、またここにくる時があれば使っていいんじゃねえのか。ハインリヒが味方についたわけだしな」

「昨夜のことでなかったことになってなければいいけれど」

「ありゃあ、あいつらが悪いだろ。お前さんに次々注いでいったのはあいつらだしな。それに、あいつはご機嫌で帰っていったぜ?第三の様子がツボったらしい」


 お前、剛毅だよな、とゼノに言われてリタは肩をすくめた。


「敵わないのは当たり前でも、自分から下手に出る必要はないでしょ。相手が誰だろうと態度は変えないわよ」

「いいねえ」


 ははは、と笑い飛ばすゼノに、リタも微笑した。


「追っ手は街から追い払ったってハインリヒが言っていたけど……」

「このまま普通に門を出ていけると思うぜ。こういうことで手抜かりはねえはずだ」


 二人がそんな会話をしながら進んでいると、リタを呼び止める声が聞こえた。ここでリタの知人などは数えるほどしかいない。そしてその声はリタもよく見知った人物の者だった。


「リタさん!」


 二人が立ち止まると、ハンタースギルドのジュリアが駆け寄ってきた。


「ああ、良かった!もう街を出たと聞いていたので、会えるとは思ってなかったんですけど……」


 ほっとするように笑うジュリアを見ながら、リタは素早くゼノと視線を交わした。

 ギルドに情報が浸透しているところをみると、ハインリヒの工作は機能しているようだ。


「今、門に向かっているところよ。何かあった?」

「――あの……本当はこういうの規約違反だとわかってるんですけど、リタさんには滞在中とても助けていただいたので……」


 少し声を潜めて躊躇うようにリタとゼノを窺うジュリアに、リタは安心させるように頷いてみせた。


「ジュリアから聞いたことは黙っているわ」

「ありがとうございます。――それであの、昨日リタさんと別れた後、教会関係者とおぼしき人たちがハンタースに依頼にきたんです」


 教会関係者、と聞いてぴくりとリタが眉を顰めた。


「リタさんを探しているようで……その依頼に『ハンタースの狂犬』と呼ばれるオルグさんが指名されたんです」

「何その恥ずかしい二つ名」

「今気にすんのそこか?」


 ジュリアの情報に思わずリタが突っ込むと、ゼノが呆れたように呟いた。


「だって恥ずかしいじゃない、その二つ名。本人が名乗ってるなら神経を疑うわ」


 ばっさりと切って捨てたリタにジュリアも苦笑しながら


「粗暴さと凶暴さでランクはB級になっていますが、実力はA級に匹敵します。依頼を達成するために非常な手段を用いたり、依頼よりも自分の欲求を優先する傾向があるので注意が必要な人なんですが、それを分かった上で彼を指名したのなら、まともな依頼ではない筈です。リタさんがお強いのはわかっていますが、心配で……」


 不安気に瞳を揺らしリタを見つめるジュリアの手を、リタがそっと両手で包み込むように握った。


「ギルドの規約を無視してまで教えてくれてありがとう。私なら大丈夫よ。――剣聖のゼノもいるしね」


 にっこりと安心させるように微笑しながらゼノを示すと、ゼノも力強く頷いてみせた。

 ジュリアはリタの微笑に頬を赤らめながらこくりと頷き、ゼノに目をやって――


「……剣聖?」


 と、ようやく告げられた言葉の意味を理解したように目を見開いた。


「え? ハンタースの剣聖じゃないですよね? ……では、あの伝説の? 対魔族の人類最終兵器と言われた、剣聖ですか?本当に存在したんですか?」


 パチパチと目を瞬かせながら、ゼノを見やるジュリアの口からは、思わず顔を引き攣らせるような言葉が次々に飛び出してきて、ゼノは思わず閉口した。


「なるほど。あなたも大概な言われようね」


 少し同情する様に告げるリタにゼノは乾いた笑みを返した。


「あ! し、失礼いたしました。不躾でしたね。申し訳ございません」

「いいのよ」


 ゼノの気分を害したかと慌てて謝罪するジュリアに、何故かリタが応えながら、素早く周囲を一瞥した。


「あまり目立つとジュリアに迷惑がかかるわ。情報提供ありがとう。このお礼はいつか必ず」


 しっかりとジュリアの手を握りしめたまま、微笑みながらお礼を告げるリタに、ジュリアがとんでもない!と頭を振る。


「リタさんには本当に良くしていただきました。ハンタースの尻拭いもですが、私が個人的に困っていたことまで……ありがとうございました。どうか、道中お気をつけて。無事を祈っています。」


 最後にぎゅっとリタの手を握りしめると、二人にペコリと頭を下げて足早に去って行った。

 ジュリアに握られた手をぎゅっと握りしめると、はあぁ、とリタは深く息をついた。


「教会も本腰をいれだしたみたいだな」


 顎を撫でながら呟くゼノを見ることもなく、リタは無言で俯いたままだ。


「どうした? 追っ手に冒険者が加わるのは想定内だろ?」

「……尊い……」

「は?」


 何か予想していた言葉とはまったく異なる単語が聞こえてきて、ゼノは思わず聞き返した。


「尊い……!可愛い上になんて優しいのかしら! 私のために危険を顧みずに情報をくれるなんて。ああ、昨夜から可愛い成分が足りてなかったから、今とっても満たされたわ!」 

「……は……」


 そういえば昨日もお店でそんなことを叫んでいたな、と一人盛り上がっているリタに引きながら、ゼノは頭をがしがしとかいた。このまま放っておいたらしばらくはこの状態が続くかもしれない。


「それじゃ、お嬢ちゃんに迷惑かけねーためにも、さっさと街を出ちまおうぜ」

「そうね!その通りだわ! さすがね、ゼノ!よくわかってる」


 いやいやいや、まったくわかってねーけどな?とツッコむゼノの言葉を華麗にスルーして、リタは足早に門へ向かった。


「大丈夫なんだろうな……」


 なんだか昨夜の疲れがどっと出たような気がしつつ、ゼノもリタの後を追った。



 * * *



 二人は呆気ないくらいあっさりとシュゼントの街を出ることができた。

 ここで教会の追っ手とやりあう覚悟を決めていた昨日の状況が嘘のようだ。

 ここからはハインリヒとも打ち合わせたとおり、ミルデスタに向けて街道を進む予定だ。

 街の入り口の停車場で、シュゼントから二番目に近い転移陣の街オーフェに向かう。

 実際にはオーフェのふたつ手前の村で降り、そこから徒歩でオーフェに向かう。途中は山野で一泊は野宿となるが、その方が追手に遭遇する可能性が低い。


 正式に事を構えるまでに少しでも時間を稼ぐようハインリヒに言われている。彼の方でも弟たちの情報を正確に掴むため、また色々と準備があるとのことだった。

 馬車を降りた二人は、村で少し休憩と情報収集を行ってからオーフェへ向かうため森へと進んだ。

 オーフェへ徒歩で向かうには、街道沿いを進むより、この森を進む方が近道なのだ。


「暑いけど、天気が良くてよかったわね」


 今日は眼鏡も帽子もない状態のリタが、空を仰ぎながら言った。その手には先程の村でもらった昼食の包みがある。


「お前さんある意味すげえな……」


 村での休憩中のことを思い返しながら、心底感心したようにゼノが言ったのも無理はない。

 村に着いて早々休憩するために入った店で、女主人から腰痛が酷くて重い物が下ろせずに困っていると聞けば、重い物を軒並み移動させた上に腰痛を治療した。

 この昼食はそのお礼に貰った物だ。


「あら。困った女性が目の前にいれば助けるのは当然のことでしょう?」


 当然だろうか……と思わずゼノは遠い目になる。

 そして瞬く間に村の女性陣と仲良くなり、この周辺の情報や教会関係者が来なかったかなどの話を聞き出していた。その際にさりげなく彼女たちの困りごとを聞くことも忘れない。その場でリタに解決可能なことであれば躊躇いもなくやってのけては彼女達の心をがっちりと掴んでいく。


「こういった小さな村では、本当に女性たちが優しくしてくれるの。ありがたいわ」


 うふふ、と嬉しそうな笑顔でリタが答える。

 それは先にリタが親切で優しくするからだろう。

 言葉の端々にその気持ちが溢れているのが見て取れて、むしろ邪険に出来る方が不思議なぐらいだ。

 リタの場合、『お人好し』とはまた違う。

 リタの言葉を借りるならば、これは「フィリシアさまの思し召し」を遂行するための「信念」なのだろう。


 いやもう、趣味じゃねえのか。


 そういえばギルドの女性職員の心もがっちり掴んでたな……とリタの徹底した「女性至上主義」にゼノは呆れを通り越して感心しきりだ。


 なるほど……この容姿でこの献身(対象は女性に限る)であれば、聖女として祭り上げれば教会の権威はいや増すだろう。

 連中が欲しがるのもわかるわな。

 まあ……この優しさが男に向くかどうかはわからねえが。


「それにしても……色々いそうな森だな」


 森を進みながらゼノが言った。


「最近は山賊がでるんですって。さっきの村でご婦人方が怯えていたわ」

「ははぁ……そういうのだけではなさそうだがな」


 森の奥へ目をやりゼノが顎を擦り告げる。


「瘴気を感じる?」

「魔物がいるのはまぁ当たり前として……魔族もいんじゃねえか?」


 そう、とゼノの言葉に頷いて、リタは腰につけたポーチからするりと小型の弓を取り出し、昼食を仕舞い込んだ。


「おぉ? それ、魔法鞄(マジックバック)だったか」


 ポーチのサイズ以上の弓が現れたことにゼノがちょっと驚いたように声を上げた。


「そんなに珍しくもないでしょ?魔力量に応じた鞄が色々あるから、持ってる人は多いわよ」

「マジか。三十年でそこまで変わるか~……」


 魔法鞄は空間魔法を応用した補助陣を鞄に組み込むことで、大きな荷物や多くの荷物を持ち運べるようにした魔道具だ。魔法の最低限の維持は組み込まれた魔石で行うが、利用には使用者の魔力が必要だ。

 それでも昔は非常に大量の魔力が必要だったのが、最近は効率的な魔法陣が研究され、一般人でも持てるものも増えた。


 リタが持っているのもそういったもののひとつで、冒険者であるリタはそこそこ大きな物を持っていた。

 ちなみに背負っているリュックは普通の鞄で、腰のポーチのみが魔法鞄だ。


「ゼノの腰のそれもそうでしょう?」

「あぁ、これな。まあ似たようなもんかな。正確にはちっと違うが」


 ゼノの唯一の荷物はこのポーチだけなので、サイズを見ても魔法鞄なのは想像できる。


「そうなの?」

「俺にはお前さんの持ってる魔法鞄は多分使えねえ。まあでも、使ってても物珍しく見られなくなってんのは助かるな」


 昔はこれ持ってるだけで物盗りが群がってきたりしたからな、というゼノの言葉には、魔法鞄が珍しかった頃の事情が窺える。


 ぴたりと、突然リタが立ち止まった。

 すぐに弓に矢をつがえて構える。


「いるわね」

「わかるか。お前さんも中々やるねえ」


 茶化すように言うゼノを見る限り、彼はもっと早い段階で気づいていたのだろう。


「人数的にご婦人方が言っていた山賊ってところかしら」

「だろうな。気配を隠す気もないらしい」

「そうね」


 言った瞬間、リタは三十メートル程前の木の陰に向かって矢を放った。


「ぎゃっ!」


 と遠くで悲鳴が上がる。


「おお、いい狙いだな」


 木が入り組むこの森の中で、そこそこ離れた先に向かって枝に阻まれることもなく正確に射貫いたリタの腕に、口笛を吹きながらゼノが賞賛の声を上げた。


「来たわよ!」


 叫ぶと同時にリタが次の矢を放ち、飛んできた火球を射落とした。


「魔法も落とすか」


 矢に魔力が込められているのだろう。

 こちらを二人と見て取るや、一斉に姿を現した山賊達が、剣や槍を振り回しながら二人を包囲するように距離を詰めてきた。

 ほうほう、とリタの戦いぶりを感心したように見ていたゼノも、背中の大剣を抜き放ち、一閃。

 剣圧だけで背後にいた山賊五人が倒れた。


「!」

「強えぞ!」

「引け!」


 実力差があるとみるや、山賊達はすぐさま逃げ出した。

 最近の山賊は見極め早えんだな、とゼノが感心していたら、その横をリタが山賊を追って駆けだしていく。


「逃がすか!」

「は!? おい、わざわざ追うのか?」

「言ったでしょ!ご婦人方が怯えてるって!!」

「ああ……なるほど……」


 言い捨てられた言葉に、そういえばさっき言ってたな、とがしがしと頭をかきながら、仕方なくゼノもリタの後を追った。




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