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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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(十六)皇帝の頼み事



「ちょっと待ってよ!」


 和やかにまとまった空気に慌ててストップをかけたのはデュティだ。

 リタの家にゼノ達一家が転がり込むのはデュティにはどちらでもよいことだが、その一室に箱庭への直通転移陣を設置することはまた話が別だ。


「簡単に言うけど、直通転移陣を設置することは簡単なことじゃないよ?」


 一緒に止めてくれたゼノが陥落したので、デュティが肩のアルトに異を唱えると、アルトは無言で首を傾げた。


「わかってるでしょ?」


 どこか拗ねたような物言いに、アルトがすいとデュティの被り物に頭を寄せた。まるで撫でるように。


「私が行くから問題ない」

「それっ……!」


 アルトの言葉に弾かれたように反応したデュティから逃れるように、アルトは再びゼノの肩に移動した。


「箱庭にしつこく攻撃を加える者の情報を得たいと思っていたところだ。ちょうど良い」

「……お前さんが一緒に来て情報収集すんのか?」


 その姿(なり)で? と眉を顰めたゼノに、アルトは問題ないと頷いて返す。


「ハインリヒと言ったか。彼ならば私との情報交換に否やは言わぬ」


 自信ありげなアルトに、まあそうだろうなとゼノもリタも思った。箱庭の喋る鳥からの情報なら、とりあえず耳は貸しそうだ。

 変な話になってきたなとゼノはガシガシと頭をかきながら、どこか悄然とした様のデュティに気づいた。


「デュティ?」


 気になって声をかければ、ハッとしたようにゼノを見て首を振った。


「アルトが行くって言うなら、確かになんとかなるけど……」

「お前も気にしていたであろう、攻撃者のことを」


 アルトに言われて頷くも、側から見ればあまり納得していないように見える。

 だが考えてみればそれもそうだ。箱庭のこの転移の間への直通転移陣など、それこそ箱庭を狙う輩に悪用されれば非常に危険だ。箱庭を管理するデュティからすれば無用の危険は避けたいところだろう。


「本当に危険性は低いのか? 俺だって箱庭が危険に晒されるのは御免だぜ」

「あ、ううん。アルトの言う通り大丈夫だと思うよ。外界の魔術師には解析できないし、使う事は出来ないよ」


 デュティがそこは大丈夫と断言してみせるので、ならなんだよとゼノが首を傾げた。


「お前さん何か気になるんだろ? 不安そうっつーか嫌そうっつーか……」

「ウサちゃんは寂しいんだよ、お父さん」


 ゼノの袖を引きながらサラがそんな事を言うので、リタが心配そうにデュティを見遣った。


「ひょっとして……塔にはデュティとアルトしかいないの?フィリシア様は眠りについていると言ってたし」


 箱庭にゼノが居たときがどのような生活だったのかはわからないが、ゼノもアルトも、そしてアーシェやサラまで居なくなってしまうことに寂しさを感じる気持ちはわかった。アーシェ達が目覚めてゼノの側にいる以上、外で何かあればゼノは箱庭に戻らない可能性だってある。


「大袈裟だな。今までだって俺が外界に何年か出たことはあっただろうがよ」

「その時とはゼノの状況が違うでしょう?アーシェ達は目覚めたのよ。ゼノが箱庭に住み続ける意味がなくなったじゃないの」


 リタに言葉にされて衝撃を受けたようにデュティが肩を震わせた。その様子にゼノが目を見開き、次いで頭をガシガシとかいた。


「心配いらねえよ。これで最後なんて恩知らずなことはしねえから。それに、あの道具箱を維持するためにも魔石が大量にいるんだろ?」

「……魔石はポーチに放り込めば済んじゃうじゃないか」


 どこか拗ねたような口調が、サラの考えを裏付けていてゼノも苦笑するしかない。


「心配はいらぬ。私は用事が済めばすぐに帰ってくるからな」

「アルトが帰ってきてもな~」


 ふう、とため息と共に呟かれてアルトの蹴りがデュティに入った。

 ちょっと強烈だったようでデュティがふらついたのを、ゼノが腕を掴んで支えてやる。


「ちょっとやめてよ!昨日むしられた黒ウサギもまだ直してないのに~」

「態度が気に食わぬ」


 この二人(?)は仲が良いのか悪いのか判断しにくいわねとリタは肩をすくめつつ、「大丈夫よ」と請け負った。


「ゼノの部屋の転移陣は私も通してくれるんでしょ?私が責任持って連れて行くから。ジェニーやカレンにまた会いましょうって約束したもの。彼女達との約束は破らないわ」


 自信満々に告げたリタに、そうだろうなとゼノも頷く。

 二人にそう言われてはいつまでも嫌がる態度をデュティも見せられない。


「わかったよ。ゼノの用事が終わったらまた帰ってきてね」

「そうだわ。ちょっと気になったんだけど……」


 頷いたデュティに、リタは昨日のザックの事を伝えた。

 外界で冒険者になることを夢見ている少年達。

 もしも自分が冒険者の事を話したためにそんな望みを抱かせてしまったのなら、問題かも知れないと気になっていたのだ。


「ザックが? 外界で冒険者になりたいって?」

「ええ、ごめんなさい。私、余計な事を話してしまったかもしれないわ」


 リタの話にデュティとアルトが、どこか驚いたように顔を見合わせた。


「そうなんだ……ザックが」

「ふむ……そうか。夢を持つことは良いことだ」

「いいの? 箱庭の住民が外に出ることは危険でしょう?止めてないの?」


 二人がどちらかと言えば肯定的、むしろ良かったという雰囲気であったのでリタの方が逆に心配になる。


「実際に外に出せるかどうかは、その時のザック次第だよね。最初からダメなんて言わないよ」

「夢を持つということは、本気で自分の人生を楽しもうということではないか。色々な夢を持ち叶えられるのであれば喜ばしい」

「外界が箱庭を特別視するのが困ったことだけれどね。その煽りを住民が被ることはぼくたちも心配しているよ。その点さえクリア出来れば、外界で生活するのもいいと思ってる。だから、外の話をしてくれたって全然問題ないよ」


 二人の言葉はゼノと同じく本当にそれを望み喜んでいるようだ。彼らは箱庭の住民を箱庭に閉じ込めておきたいわけではないらしい。

 そうなるとますます箱庭とはなんなのかリタはわからなくなった。


「それならいいのだけれど」


 そう返すにとどめておく。

ザックの望みが叶うのかどうかはリタにはわからないが、出身が箱庭だと知られないことは必須条件でしょうねと内心で呟いた。


「まず私が先に出る。座標を変更したら連絡を入れるのでその後ゼノ達を通せ」


 バサリと羽ばたき、そう言い置いてアルトが転移陣の中に溶けるように消えた。

 考えてみればアルトも不思議だ。


「ゼノは二百年箱庭にいて、アルトと会ったのは昨日が初めてなのよね?どうしてかしら」

「庭園に入ったのがそもそも昨日が初めてだからな」


 それだけだろうか。

 アルトは今日は庭園の外、塔の中で遭遇したのだ。

 リタはそれだけが理由ではないような気がしたが、デュティが何も言わないのであればそれ以上を聞きにくい。

 そういえば。


「庭園で見つけた辞書のような帳面には、フィリシア様の名の横にもう一人の名前が書いてあったわ。私は声に出して読む事が出来なかったんだけれど……その人も今箱庭にいるの?」


 リタの質問に、デュティはゆっくりと首を傾げた。


「んんん〜……そうだね。でも白の聖女の側に張り付いているから、こっちには……出てこない——かな」


 どこか歯切れの悪い回答に、リタも首を傾げるがデュティはそれ以上を答えるつもりはないようだ。


「あ、アルトから連絡来たよ。みんなその魔法陣に乗って」


 ぞろぞろと魔法陣の上に乗ると、ゼノがくるりとデュティを振り返った。


「デュティ、娘達をこれまでずっと守ってくれて助かった。またちゃんと帰って来るからよ」

「うん。待ってる」

「ありがとうございました、デュティさん。今度は何かお土産持ってきますね!」

「ウサちゃん、ありがとう!また来るね」

「フィリシア様のことで何かあったら絶対に声をかけてちょうだい!何があっても駆けつけるから! あと、また呼んでくれると嬉しいわ」

「うん。みんなが来るの待ってるよ。——行ってらっしゃい」


 ひらひらと手を振るデュティに手を振り返したと思ったら、すぐに平原に景色が切り替わった。目の前に巨岩が見える。

 来たときに門が現れた場所だ。

 振り返れば、門はもう跡形もなかった。

 バサリ、と羽音がしてアルトがゼノの肩に止まる。


「ここの門はこれでしばらく使わぬ。魔術的な座標も変わったので、昨日攻撃を仕掛けて来た者に辿り着かれることもなかろう」

「アルトも魔術が得意なの?」

「心得はある」


 鳥の姿でどうやって魔術を行使するのか興味が湧くが、今はいいだろう。

 こうやって外に出てくると、先程まで箱庭にいたのがなんだか信じられない。


「……箱庭はこの次元に存在する、のよね?」


 ふと疑問を抱いて尋ねたリタに、アルトが頷いた。


「間違いなくこの次元、この世に存在する」


 ならば夢ではなく本当にフィリシアもこの世に存在するのだ。

 ふ、とリタは口許に笑みを浮かべた。



 * * *



「ふむ。戻ったかね」


 ルクシリア皇国内の転移陣に移動した瞬間、聞き慣れたハインリヒの声がしてリタは鼻白んだ。


 出たわ……!ゼノのストーカー!!


 考えた次の瞬間には額をぐりぐりされて、リタは思わず悲鳴を上げた。


「痛い痛い痛い痛い……!」

「君は本当に懲りないな」


 呆れたようなハインリヒの声にゼノが苦笑しているのがわかったが、久々にやられた痛さにリタはそれどころではない。

 目尻に涙を浮かべたまま、大慌てでハインリヒから距離をとる。


「なんでわかったの!?」

「君は馬鹿だろう」


 にべもなく言い捨てられてぷくっと頬を膨らませるリタにはそれきり視線もくれず、ハインリヒはゼノを見て、それから肩のアルト、アーシェ、サラと順に見遣った。


「ふむ。君がアーシェで、隣がサラだな。会う事が叶って嬉しいよ」


 目を細めて笑ったハインリヒの顔は、いつもの一癖ありそうなものではなく、純粋に喜びを湛えた笑顔で、そんな顔もちゃんと出来るのねとリタは額をさすりながら驚いた。


「初めまして。アーシェ=クロードです。こちらは妹のサラ=クロード。 ノクトアドゥクスの方ですよね? お名前を伺っても?」


 軽くカーテシーのスタイルで自己紹介を行ったアーシェが、にこりと微笑んで隣のサラを紹介しつつ、ハインリヒに問いかける。


「父に似ず聡明な娘さんのようだ。私はハインリヒ=ロスフェルト。ノクトアドゥクスの現長官だ」


 笑顔で答えるハインリヒとアーシェの視線が交わる。お互いにしかわからない何かを確認し合い共に微かに視線で頷き合う。

 二人のそのやりとりを見た時に、リタは何故か強烈な敗北感を味わった。

 少なくともアーシェに額ぐりぐりは絶対、しないに違いない。


 まあ、アーシェやサラにしようものなら、私が許さないけれども!!


 と、敗北感に言い訳をしたリタだが、ハインリヒがそんな事をするのは後にも先にもリタだけであるのは、クライツしか教えてあげられないだろう。

 ちなみにサラは、ハインリヒの持つ雰囲気に恐れを抱いて、アーシェの紹介に合わせて頭を下げると、早々にゼノの後ろに隠れた。


「迎えに来てくれたのか」


 娘やリタの様子をまるっと無視してゼノがハインリヒに問いかける傍ら、アルトは肩の上で興味深そうにそれらの様子を見つめていた。


「急ぎなのでね。それより、当初の予定外の()()がいるようだが、箱庭の生物かね?」


 自身にハインリヒの視線が向いた事を受け、アルトは頷いた。


「アルトという」

「……ふむ。意思疎通が出来るのはありがたいな」


 僅かの間を置いたもののさらっとそんな返しをしたハインリヒに、ゼノとリタが眉を顰めた。


「わかっていたけど……驚かないのね」

「いや、こいつは驚いたって表にはださねえんだ」

「私は彼と話しに来たのだ。柔軟で助かる。心配せずとも話す相手は選ぶ。いらぬトラブルを呼び込むつもりはないのでな」

「賢明だな」


 ハインリヒとアルトが頷きあうのを見て、リタがキリリと眦を釣り上げた。


「ちょっとハインリヒは私の扱いが酷くない?」

「自覚があるのはめでたいことだ。わかっているならもう少し改めたまえ」

「そういうところよ!」


 片眉を上げて言い捨てるハインリヒを指さしながらリタが叫ぶが、まったく意に介さずにハインリヒは歩き出した。


「急ぎだと言っているだろう。いつまでもこのような森の中で時間を取っている場合ではない」


 ハインリヒに急かされて一行は転移陣からようやく歩き出した。



 * * *



 森の入口に停めてあった馬車で皇城に向かった一行は、騎士団の作戦会議室に案内された。最初にリタが皇城にやって来たときに案内された部屋だ。

 そこにはやはり皇帝と騎士団長が待ち構えていた。


「無事、目覚めたか。喜ばしい事だ」

「本当に。我が先祖もこの日をどれだけ待っていた事か」


 静かに頷く皇帝と、喜色を浮かべて弾んだ声のヴォルフライト騎士団長に、ゼノが二人を紹介し、アーシェとサラも綺麗なカーテシーで礼をとる。

 アーシェはゼノに付いてルクシリア皇帝陛下と騎士団長に会った事がある。

 だが記憶にある人物とは異なったことで、本当に二百年経っているのだと残念な気持ちになった。

 当時の騎士団長のギルベルト=フォン=ハールヴェイツは、父の親友でもありアーシェのペンフレンドでもあったのだ。

 中々連絡を寄越さないゼノに焦れて、ギルベルトはアーシェと文通をすることでゼノの情報を得ていた。アーシェも皇国や周辺の国の様子を教えて貰えることと、貴族相手への手紙の練習や字の練習にもなり、楽しんで文通をしていた。

 ギルベルトは筆まめで、ゼノのこと以外でも頻繁に手紙をくれたし、アーシェも手紙を書くのが楽しくて二人は良い関係を築いていた。

 そのギルベルトはもういないのだということを目の当たりにして、アーシェは急に喪失感に襲われた。

 アーシェが眠ってからもギルベルトは手紙を送り続けてくれたらしい。未開封の手紙の束が箱庭の道具箱に入っていたのを確認している。

 未だ一通も開封していないが、読んだとしても返す相手が居ない事実にそっとアーシェは目を伏せた。


「それで、済まぬが早急にリンデス王国に向かって欲しいのだ」

「リンデス王国」


 どこだ?という意味を込めたゼノの復唱に「第一領域で西の大陸東端の小国だ」とハインリヒが言い添える。


「そこのマリノア女王とは旧知の仲なのだが、彼女の娘である第一王女が魔族に目を付けられて困っているそうだ。助けてやってくれぬか」

「国の騎士団が相手にできねえ高位の魔族か」

「うむ。ランクで言えばS以上。そして——これは極秘情報だが、第一王女はラロブラッドなのだという」

「ああ、なるほど」


 それは確かに諦めてもくれなさそうだな、とゼノはガシガシと頭をかいた。

 付随する危険性もいくつか頭に思い描きながら、ゼノは頷き返した。


「マリノア女王は非常に切れ者で小国ながら周囲の国々と対等に渡り合い国の統治も上手く行っている賢王なのだが、最近高位魔族が集団で現れるようになり、騎士団も疲弊している。これまでも魔除けの術を施したり精華石を求めたりしたらしいが、神殿の魔除けは効果が薄く、精華石は手に入らない。なんとか上手く退けていたが、とうとう進退窮まり、私に助けを求めてきたのだ」

「するってえと、実際に助けを求められたのは最近か」

「その窮状を耳にし、私の独断でゼノに行ってもらおうと考えていたのだが、彼女から声を上げるということは、もう本当に厳しい状況だと考えられる。——彼女は、私と皇妃の学友でもある。助けてやりたいのだ。すまぬが、頼めぬか」

「もちろんだ。ラロブラッドだと聞けば、余計に放っておけねえ。すぐに向かう」


 ゼノは力強く頷き返すと、サラを振り返った。


「どうする?相手がラロを狙う魔族なら、サラも怖い思いをするかもしれねえ。リタと一緒にここに残ってもいいんだぞ?」


 サラはラロブラッドだ。それもかなり魔力が高い。これまでもそれで恐ろしい目に遭っているのを気遣っての言葉だったが、サラはふるふると頭を振った。


「お父さんとお姉ちゃんと一緒に行く。二人が一緒なら私も戦えるから」


 力強く答えるサラの瞳に怯えがないのを見て取って、ゼノはサラの頭を撫でてやった。


「ならすぐにでも向かおう。転移陣を使わせてくれるんだな?」

「騎士団の二階の転移陣にクライツを待機させている。かの王国では神殿の力が強い。何かの役に立つだろうから連れて行きたまえ」

「助かる」


 ハインリヒの返事に挨拶もそこそこに出て行こうとするゼノの肩から、アルトはリタの肩に移動して「ピュイ」と短く鳴いた。


「ああ、お前さんはリタと一緒にいるんだったな。リタ、後は頼んだ」

「ええ、くれぐれも気をつけて」


 おう、と片手を挙げて返すと三人は足早に部屋を出て行った。

 ゼノ達が部屋を出て行くと、部屋の中は急に静まり返った。


「ふむ……我々はどの程度リタに質問することが許されるのであろうか」


 ハインリヒがアルトを気にして問えば、アルトは皇帝とヴォルフライトを交互に見遣りひとつ頷いた。


「ルクシリア皇国の皇帝と騎士団長なら問題あるまい」


 バサリと羽ばたきテーブルに着地すると、一同を見回し目を閉じた。次の瞬間、きん、と周囲が強い魔力に覆われて、ヴォルフライトが皇帝の前へ、ハインリヒがリタの前に瞬時に移動して庇った。


「心配はいらぬ。第三盟主や他の者に覗き見されぬように結界を張っただけだ」

「……箱庭の生き物は鳥も普通ではないのか」

「このアルトが特別なのだと思います。箱庭の街は、ゼノが言っていたように、外界の街と変わりありませんでした」


 驚いた体の皇帝にリタはそう告げると、アルトを振り返った。


「第三盟主は排除したいのね?」

「あれは鬱陶しい」


 ばっさりと言い切った言葉に、第三盟主のことを知っているらしいことが窺える。

 ヴォルフライトが苦笑しながら皇帝の背後に移動した。


「私が箱庭で知り得た事で、言ってはダメな事ってあるのかしら」


 まずリタがアルトに問いかけた。

 改めて考えれば、デュティには何一つ口止めされなかったが、本当は知られては困る事があるのではないか。


「塔のこと以外であれば、別段口止めすることはない——もちろん、人は選ぶが」


 ここにいる者はゼノの味方で間違いなかろう?との質問に、ハインリヒが少し考え込むように首を傾げた。


「箱庭の判断基準はゼノの味方かどうかということで良いのかね?」

「何があろうともゼノの敵にならぬならば、我々の敵にもなるまい——魔族は除外するが」


 アルトの返答に、ふむ、とハインリヒが頷き返す。


「私が今回ゼノに付いて外へやって来た理由は、最近になってしつこく箱庭に攻撃を加える者の情報を得るためだ」


 そう言ってちらりとリタに目配せしたアルトに、直通転移陣の事は秘密という事ねと瞬きで諾の意を伝える。


「箱庭を狙うものは昔から多いと聞いている——不老長寿や不老不死を狙っているようだ」

「そのようなものは存在せぬ」


 皇帝の言葉をばっさりと切り捨てたアルトに、ハインリヒとヴォルフライトは視線を見交わした。


「……だが、記録が残っている。五百年ほど前に箱庭出身だと思われる冒険者が存在し、彼は何年経っても姿が変わらなかったと」

「成長せぬ訳ではない——時間の経過が緩やかなのだ。箱庭に人を不老不死にする術も不老長寿にする術も存在せぬ」


 それはリタも説明された内容だ。

 外界の一年が五〜七年に相当する緩やかさなのだと。

 ただ、箱庭という場所にそのような力がある訳ではないと知った。住人と住民は異なるのだと。


「その冒険者は外界で生きていた。ならば、箱庭に秘密があり、それは箱庭の外でも効力がある——その事実だけで権力者にとっては魅力的であろう。その術の秘密を知りたいと思う輩が後を絶たぬのは仕方あるまい」


 皇帝の言葉にアルトは無言のまま目を閉じた。

 しん、と静まり返った室内に、ハインリヒがふむ、と静かに頷いた。


「ノクトアドゥクスの記録では、その冒険者——()()()=トレドアが死した時、花に姿を変えて遺体は残らなかったとあったのだが、その事と時間が緩やかなことは関係があるのかね」


 ——え?

 ()()()=トレドア?


 がん、と頭を殴られたような感覚に陥って、リタは膝の上で拳を握りしめた。動揺したのを悟られないように表情に注意を払う。


 ザックって……あのザック? いえ、そんな訳がないわよね。だって五百年も前のことですもの。


 五百年も経てば同名の者が存在していてもおかしくはない。

 そう思いながらも、冒険者になりたい、と快活に笑った少年の顔が頭から離れなかった。

 アルトが静かに目を開き、ハインリヒを見遣った。


「確かに、関係はある。だが、そうなった時点で()()のだと答えておこう。外界の者が考えるような——そうだな、ゼノのような時の止まり方は存在しない。そのようなものを求めて箱庭に来ても何も得られぬ」


 はっきりと断言したアルトに、だがハインリヒは難しそうな顔をしたまま頭を振った。


「納得させるのは難しいだろう。なにせ、そういった輩は聞きたい事しか耳に入らないおめでたい連中だ」

「さもあろう——我々とて丁寧に説明してやる気はない。ただしつこすぎる連中は根絶してやろうと思ったまでだ」


 さらりと恐ろしい事を口にするアルトに、ふむ、とハインリヒが考え込んだ。


「ゼノが時の流れから外れたのはカグヅチ殿の加護だと聞いているが、それは間違いないのだな?」

「はい。第一盟主の試練で得たゼノの剣に、カグヅチ様が宿ったことが原因だそうです。あの剣の力が強すぎてカグヅチ様の力では抜け出せないだけで、ゼノの場合はカグヅチ様が剣から抜け出せたら、普通に時を刻めそうです」

「ほう——そういう理由であったか」


 それは難儀なことよ、と顎をする皇帝にヴォルフライトも頷いた。


「わざと抜けぬのではなかったのか」

「ええ、違うのですって」


 少し驚いた表情のアルトに、カグヅチには悪いと思ったがタケハヤから聞いた話を聞かせてやる。

 カグヅチのやらかしを勝手に話すのもどうかとはちらりと思ったが、ゼノも知ったことだしもういいだろう。


「現在箱庭を熱心に研究しているのは、魔塔に所属する当代きっての魔術師と呼び声の高いヘス=カーネイトだろう。彼は魔力消費量の少ない魔法鞄や転移陣といった物を研究し魔術界への貢献度も高い。その彼の、今の興味は箱庭だと聞いている。天才と呼び声の高い魔術師なので期待も高く、相当数の権力者がパトロンについて箱庭研究に手を貸しているらしい」


 ハインリヒの情報に、アルトがすっと目を細めた。


「魔塔の魔術師か……いつの時代も鬱陶しい存在だな」


 アルトが少し考えるように視線をテーブルに落とし、それから改めてハインリヒを見遣った。


()()を消さねば攻撃は止まぬな」

「相当の手練れだ。魔術関連では間違いなく今代トップだが——ゼノにやらせるつもりかね?」


 片眉を上げて問いかけるハインリヒに、アルトは頭を振った。


「箱庭のことは箱庭で片付ける。——たとえ魔術に長けているといっても、()()()()の魔術はまだまだレベルが低い。我々の足下にも及ばぬ」

「……そうかね」


 アルトの返答にハインリヒも目を細めた。


 ——()()()()

 ならば、アルトはあちらの世界の住人——鳥?——だということだ。


 やはりあの長ったらしい名前の人物ではないのかと、リタは考え込む。だがデュティは彼の事を『アルト』だと言ったのだ。それに嘘はないだろう。

 略称や愛称にしても、アルトはないわね、アルトは。

 と、提案したゼノの感性を内心でぶった切るリタである。


「とにかくその魔術師を片付ければ、権力者も群がる先がなくなる訳だな。少し方法を考えよう」


 そう結論づけてアルトは頷きハインリヒを見た。


「その者についての情報を買いたいのだが、この後リタの家で時間をもらえるだろうか」

「買うのかね?」

「お前達ノクトアドゥクスは情報屋ではなかったか?ならば情報は商売道具。ただで寄越せなどと筋の通らぬ事は申さぬ」

「了承した」


 意外そうなハインリヒにもっともな事を返しながら、アルトは頷き、それからリタを見た。


「これでもう良ければそなたの家に案内してくれ」

「ああ、引き留める形になって悪かった。私もゼノを送り出せればそれで良かったのだ。貴重な情報も痛み入る」


 すまなそうな皇帝の言葉に、アルトも構わぬと首を振って返しながら、周囲の結界を解除するとリタの肩に飛び移った。


「興味を示す愚か者には、都合の良いものは箱庭にも存在せぬと伝えてくれればよい。——それから」


 器用に片羽を胸元に添え礼の形をとる。


「これからもゼノの力になってやってくれ」

「それは貴君に頼まれる必要もない。ゼノは我が国の国民であり、剣士だ」

「彼は箱庭の住人でもある」


 ばちっと、両者の間で火花が散ったのはリタの見間違いではないだろう。

 リタは背筋にだらだらと汗が流れ落ちるのを感じながら、皇帝とアルトの間で薄ら寒い笑顔で火花が散るのを慄きながら見つめた。


 ここでもゼノ関係で揉めてる人がいるわ……!!ちょっとゼノの周りってどうなってるの……!!


 ゼノーーーーっ!とリタの心の叫びは、もちろんゼノには届かなかった。



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