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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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(十三)剣聖とカグヅチ



 子供達と別れてカレンの食堂を辞した一行は、ミカヅキ村に向かって歩いていた。箱庭はそう広くはないので、徒歩で行けない場所はない。


「確かにこの地の植生を見ていると、生まれ故郷のハイネと大きく変わらないように感じるの」


 左手に広がる畑を見ながらリタが呟く。

 冒険者になる前に、父ケニスから山野を含め周辺の土地の植生を叩き込まれた。それらは生活する上でも重要であったし、仕事をする上でも地形や植生を理解しておくことは非常に重要であった。

 この箱庭の地は、ルクシリア皇国のような寒い土地よりも、カルデラントのような温暖な地域の植生に近い。


「ミュラー国って言ってたね」

「全部の国を知ってる訳じゃないけど、聞いたことはないわ」


 ゼノは、と聞こうとして、そういえばハインリに国名を覚えないと言われ盟主の領域名で話をしていたことを思い出す。ならばゼノが国名を覚えている可能性は低い。


「俺も聞いたことはねえな」

「カクヅチ様はご存じないの?」


 サラに問われて、ゼノは一瞬眉を顰めてから、首を傾げた。


「どうなんだ?」


 誰かに問うような空中への言葉に、リタも首を傾げた。


「カグヅチ様って、ゼノに加護を与えた火の神様の名前よね?声が届くの?」


 リタの質問に、アーシェとサラが顔を見合わせた。


「お父さんリタさんに説明してないの?」

「いるか? 説明」

"失礼な!貴様は我を蔑ろにしすぎだ!"


 突然少年の声が聞こえて、リタはびくりと肩を震わせた。


「……え? まさか今の声って……」

「聞こえんのか!?」


 今度はゼノが驚いてリタを振り返った。

 カグヅチの声や姿は、ゼノ以外ではヒミカとヒミカの神にしか見えないし声も聞こえなかった。まさかリタには聞こえるのか。


「ええ、失礼なって怒ってる声なら聞こえたわ――と言うかちょっと待って。そこに……見えてる着物姿の少年がもしかして……」


 いる。

 ゼノの肩あたりの高さに浮いている。黒髪短髪の水干姿の少し生意気そうな雰囲気の少年が。

 リタの視線の先を確認して、ゼノはガシガシと頭をかいた。

 間違いない。リタには見えている。


「さすがは聖女ってところか。――そういや、アザレアも見えるって言ってたから、お前さんに見えても不思議はねえか。ああ、そこにいるのがカグヅチだ。普段は俺の剣――例の試練で得た剣な、あそこで寝てんだ」

"寝るとは失礼な。宿っていると言え"


 不満そうに腕組みをしながら否定する少年の姿から、確かに感じる神聖な気にリタは息をのんだ。

 圧倒的な存在感。盟主とは明らかに力の種類は異なるが、感じる威圧は同等以上だ。


「こいつが例の剣に住み着いたもんだから、カグヅチの影響をモロに受けて俺は時の流れから弾き出されてんだよ」


 そう言えば、あの剣はゼノ自身を鞘とする特別な剣だと言っていた。その剣に神が宿っているというのなら、なるほど、ゼノへの影響は強いだろう。

 不満そうに顔を顰めながらのゼノの言葉に、"何を言うか!"とカグヅチも不満顔だ。


"我のお陰でお前はこうやって娘達と再会できたのであろう!そうでなければとっくに鬼籍に入っておったぞ"


 確かに、呪いを受けてから二百年経っていることを考えれば、時の流れから外れたことが幸いであったと言える。それはゼノもわかっているのだろう。苦虫を噛み潰したような顔をしただけで、それ以上不平は言わなかった。


「それについてはお礼を言います。ありがとうございました、カグヅチ様」

「ありがとうございました」


 今でもお父さんとカグヅチ様はこんな調子なのね、と苦笑しながら、アーシェとサラはゼノやリタの視線から、カグヅチのおおよその位置を特定して頭を下げながら礼を告げる。二人は、父達のこんなやりとりには慣れっこだ。


"……うむ"


 二人に礼を言われて、カグヅチは居心地悪そうに軽く応えるにとどまった。決まり悪そうな様子であちこちに視線を動かし落ち着かない様子は、悪戯を隠している時の弟達に似ている。

 恐れ多くも火の神だ。そんな訳がないと内心で首を振りながら、咎めるような視線で見てしまうのは、ドゥーエの様子に似ていたからかも知れない。

 リタの笑顔に険が含まれているのを敏感に感じ取って、ゼノが苦笑した。


「カグヅチはこんな態度だがな、俺の時を止めちまったことには、本当は罪悪感を持ってんだよ。なにせ、こいつの加護で俺に有用なものって何ひとつねえからな」

"し、失礼だぞ!"


 カグヅチがくわっと怒鳴ったが、神の加護が有用でないとは確かに失礼だ。

 だが確かに、ゼノは前世ですでに加護を二つも受けている。それが今世にも引き継がれているので、よほどの加護でなければ意味がないのは本当かもしれない。


「お父さん! いくら何でもカグヅチ様に失礼よ」

「カグヅチ様は私達を助けてくれたこともあるじゃない。神様なんだから、そういう態度は良くないよ」 


 娘達がぷんすこと叱り飛ばすのを、へいへい、とどこか投げやりな調子で受け流すゼノをひと睨みして、カグヅチはふいとそっぽを向いた。

 そのあまりにも人間くさい態度に、以前ゼノが高位魔族と変わらないと言っていたことを思い出す。

 確かに、恐ろしい程の神聖な力を感じるが、雰囲気や存在感は第三盟主と似通っている。


「そうは言うが、俺にとっちゃあ本当に有用なもんはねえぞ?」

「例えばどんな加護なの?」


 有用なものがないとは神様に対して失礼だし、実際どのような加護なのかリタも気になる。


「ひとつは魔核が見えるようになる」

「魔族と戦うならありがたい恩恵だわ」

「瘴気に侵されねえ」

「瘴気を浄化するのは普通の方法であれば大変だもの。とてもありがたいお力よ」

「火属性の魔法が効かなくなる」

「属性魔法無効化なんてとっても貴重じゃないの」 


 ゼノが指折りあげた加護の力にリタはその有用性をひとつひとつ返していく。そしてゼノの魂に刻まれた情報の順序を思い返し、小首を傾げた。


「……魔核は子供の頃から見えていたと言っていたわよね?」

「まあな」

「瘴気は見えるし浄化もされるのよね?」

「そうだな」

「アインスからゼノは攻撃魔法どころか魔法はすべて無効化されると聞いたわ。それって火属性魔法に拘わらずってことよね」

「そうなるな。治癒魔法も効かねえし、魔道具もデュティの一手間がねえと使えねえぐらい魔法系はアウトなんだけどな」


 ……なるほど。

 リタは頷いた。

 ――ゼノが規格外すぎてカグヅチ様の加護が霞むんだわ……!!

 普通の人からすれば非常にありがたい加護だ。なのにゼノが相手と言うだけで不要扱い。

 これはちょっとカグヅチ様が気の毒だわ……!!

 リタは額を押さえてカグヅチの不憫さに思わず同情してしまった。


「そのことから考えると……瘴気が見えることと浄化能力はフィリシア様のご加護ね」

「そういえばリタさんが言ってましたね、お父さんにフィリシア様のご加護があると」


 アーシェが昨日聞いたリタの話を思い出すように紡いだ言葉に頷いて返す。


「ゼノの魂にはね、フィリシア様と……もう一人の加護がすでに前世で刻まれているのよ」


 ここで二人に魔王の加護を告げていいものかわからなくて、リタは言葉を濁したが、気にしていないのかあるいは何も考えていないのか、ゼノはリタの気遣いをさらっと無視して自らカグヅチに尋ねた。


「そういやカグヅチには魔王の加護が何だかわかるか?」

「「魔王!?」」


 案の定、アーシェとサラが目をむいてゼノを振り仰いだ。

 内容としてはリタも気になるが、もう少し気を遣えばいいものを、と苦々しく思ってしまうのは仕方ない。


"細かな加護内容までは我には判読できぬが……お前が子供の頃から出来たという魔核が見える力は加護内容であろう。複雑に加護と呪いが絡み合った結果が、魔法や魔術の無効化だと思うが……"


 むむ、と目を細めてゼノを見つめながら、我ではこれ以上はわからぬ、と腕組みをしたまま匙を投げたカグヅチに、ゼノがなるほどなあと顎を擦った。


「魔法無効化と魔核が見える力は加護と呪いの産物か」

「呪い!? 呪いに魔王の加護ってどういうこと?」

「お父さん大丈夫なの!?」


 ぽんぽんと不穏な単語をまき散らして回収しない二人にリタは額を押さえつつ、ゼノの背中をばし!とひと叩きしてから、「大丈夫よ」と二人に笑って見せた。ひくりと引き攣ってしまったのは致し方ない。


「魔王からもらってるのは加護だし、呪いは大した影響はないわ」


 魔王の加護と魔族の呪いでは加護の方が力が強い。ならば、恐らく呪いというのは目に見える不具合――魔法が使えないことではないかとリタは考えている。


「これは私の単なる勘だけど、ゼノが魔法を使えないことと、治癒魔法を受け付けないことが呪いじゃないかしら。本来であればどちらも困った事なんだけど……ゼノの強さを見れば、あまりマイナス要素ではなさそうね」


 そうはいっても、それは魔王の加護があってのことだ。加護がなければ、かなり強い呪いにゼノは今世苦しめられたかもしれない。

 前世に受けたものだとするならば、魔族からどれほど強い怨みを買ったのか。

 いや、()()()()()()()()()()()、怨みを買った?

 そのあたりの経緯がリタにはわからないのでなんとも言えないが、聖女と魔王、相反する立場の二人からの加護を受けた前世のゼノの特異性が際立っている。


「魔法が使えねえって程度なら、俺にはあんま影響ねえな。元々使う気もねえし」


 ゼノは相変わらず自身に関する事はお気楽に流し、呪いが本当に娘達や他に影響がなさそうなことに安堵した。


「魔王って、この世界にはいないですよね?リタさん達のその……前世?には魔王がいたってことですか」


 改めて問われてリタは腕組みをして考える。第三盟主にも尋ねられた。魔王を知っているのかと。——だが。


「ゼノが加護をもらっている以上、いたのだと思うわ……そのあたりの事を、私が全然思い出せていないから、魔王についてはなんとも言えないんだけれど」


 そう。あちらの世界にいるのは間違いない。フィリシアの加護より後に刻まれた加護だ。前世以前ということはあり得ない。だが今のリタにはまったく覚えがないのだ。なにせ、リタはフィリシアと直接関わることしか夢に見ないから。

 この世界でも聖女は魔族に狙われるのだ。前世も同じだとするなら、リタだって魔王はともかく魔族とは無関係ではいられなかった筈だ。


 ――私に魔王と接点はなくても、フィリシア様とはあったかしら?まさか、フィリシア様はゼノと一緒に魔王と戦った……? いえ、敵対してたら加護なんてもらう筈がないわよね。


 考えれば考えるほど情報が足りなくて答えがわからなくなる。


「お父さんにかかってる呪いの影響それだけなんですか?」

"それ以上はない"

「らしいぜ」


 心配そうに尋ねるアーシェに、カグヅチが断言しゼノがそれを伝える。


「ラロブラッドになる、呪い……?」


 眉根を寄せて尋ねるサラの腕が震えていることに気付いて、ゼノはそっとサラの頭を撫でた。


「ラロブラッド自体は呪いでもなんでもねえ。ただの体質だ。俺は単に魔族の呪いで魔法が使えねえから、ラロブラッドのようになってるってだけだ。俺は他のラロとは根本が異なるってことだろうさ。それに別にラロブラッドであることは悪いことじゃねえ」

「そうよ!サラはちっとも悪くないわ」

「まったくだわ。魔法を使えることがそれほど重要かしら。それよりもサラの魔法陣による魔術の発動の方が価値があるんじゃなくって?」


 矢継ぎ早に皆に励まされて、サラはへにゃりと笑った。


「うん、ありがとう……」


 ――可愛い!


 ゼノとアーシェが笑ってサラの頭を撫でる横で、リタは胸を押さえて身悶えた。

 この姉妹危険だわ……!本当に可愛いんだから!!

 胸を押さえて身体を震わせるリタをちらりと見て、ゼノは呆れたようにため息をついた。


「まあ、いいや。それで、カグヅチはミュラー国って聞き覚えあるか?」


 おおいに横道にそれた話を、ゼノが思い出したように尋ねた。


"ふむ……我がこの世界にきてまだ五百年ほどだ。我は知らぬ。だが、もっと古くからこちらに渡られたオオヒルメ様ならご存じやもしれぬ"


 カグヅチの返事にあら?とリタは首を傾げて彼を振り返った。

 ヒミカ様がお仕えするオオヒルメ様に対してカグヅチが(へりくだ)ったことで、同じ神の中でも序列があるらしいことが窺える。


「この世界に渡ってこられた、ということは、カグヅチ様やオオヒルメ様は元は別の世界の神様だということですか?」

"そうだ。我らはこの世界を創世されたソリタルア神に許可を得てこの世界に渡ってきた。神格を上げる修行の最中なのだ"


 さらりと語られた内容に、リタは口をあんぐりと開けて固まった。


 ――ソリタルア神って本当に存在するの!?


 神であるカグヅチの口から語られると、教会の正当性がいや増す。

 ゼノやアーシェ達がこの話に驚かないところを見ると、既知のことなのか。


「まあ、お前さんの気持ちもわかるぜ。教会が()()だもんな」


 リタの間抜け顔にゼノがくっくっと笑いながら同意を示すのは、初めて聞いた時はゼノも胡散臭え、と疑ったからだ。ただ、カグヅチはともかくオオヒルメに言われれば信じざるを得ない。


「言っても教会は人間が作ったものだからな。古くから存在する組織には色々あるのさ。そいつはしゃあねえよ。それに、あそこまで神格があがっちまうと、人の世には干渉しないらしいぜ。オオヒルメの話だと」

「ゼノは色々と話を聞いていそうね……」

「右から左だ」


 詳しいことは覚えてねえぞ、とへらりと笑いながら肩をすくめるゼノに、不敬ね!とリタは呆れたように言い捨てた。


「仕方ないんですよ。お父さんと正神殿の間には色々あったんで……」

「そういえば教会や神殿と敵対していると言っていたわね。――でも、正神殿のヒミカ様達とは仲が良いでしょう?」


 ミルデスタではゼノとヒミカは古くから仲が良かったようなのに、下位組織である神殿と敵対しているという図がリタには今ひとつ理解できない。神殿は正神殿には絶対服従だ。なのに、敵対など出来るものだろうか。


「正神殿と神殿って?」


 きょとんとアーシェに返されてリタも首を傾げる。


「ヒミカ様がいるのは正神殿だけど……他に神殿があるの?」


 サラにも首を傾げながら問われて、リタは思わずゼノを振り返った。


「まさか正神殿が分裂したのって、この二百年の間に起こったことなの?」


 それは知らなかったわ、と驚くリタにゼノはガシガシと頭をかきながら、ばつが悪そうに笑った。


「あ~……そうだな。二百年の間っつうか……そもそもの原因は俺とカグヅチのせいかな?」



 * * *



 話すと長くなるからなあ、と面倒臭そうに頭をかいたゼノに「とりあえずミカヅキ村に行こう」と言われてリタが眉根を寄せると、今から行くミカヅキ村にもその理由の一端があるのだと言われた。

 ミカヅキ村は、とある理由で外界で住めなくなり、ゼノがデュティに交渉して箱庭への立ち入りを許された人達が住んでいる村らしい。その()()()()()とやらが、正神殿の分裂にも関係しているそうだ。

 道なりに進んでいくと、畑の中に街とは形状も異なる小さな家が数軒立ち並んでいた。煙の上がっている家屋もある。リタは実際には知らないが、神殿のある町にはこういった木造住宅が多いらしいと聞く。ミカヅキ村もそうなのだろう。

 村からはカン、カンと何かを叩くような音が響いていた。


「お父さん、この村は鍛冶をやってる?」

「ああ、刀鍛冶の村だ」


 一行が村の中に入っていくと、ちょうど袴姿に刀を手にした青年がひとつの建物から出てきた所だった。青年はゼノの姿を認めるとにこやかな笑みを浮かべてこちらにやって来た。


「ゼノ殿。外界からお戻りでしたか」

「おう、タケル。悪かったな。幽鬼の対応任せっきりで」

「修練の相手になり助かります」


 にこりと笑って応えた青年タケルは、年の頃はリタと同じぐらいで藍色の短い髪に目元が涼やかで整った顔をしていた。ほんわりした柔らかい空気を纏っているが、そこに強者の匂いを嗅ぎ取って、リタもアーシェもすっと目を細めた。ただそこに立っているだけなのに隙がない。


 ――この人、相当強いわね


 手にした刀を見る限りでは剣士か。


「初めてお見かけする方々ですね。外界の方ですか?」


 おっとりとした口調でタケルが小首を傾げた。


「ああ。――俺の娘達と、娘を助けてくれた聖女だよ」


 ゼノの言葉にタケルが目を瞠り、「では……!」とアーシェとサラに目を向けた時、その場の空気が途端に重くなり、リタはあまりの圧に思わず膝をついた。

 これは、神圧だ。

 非常に神聖なものがこの場に存在する証。

 カグヅチの時には感じなかったが、リタは前世で感じたことがある。

 女神様が降臨なさった時の、空気の震えに似ている。聖女であるリタは、その御力を一般人より強く感じ取ってしまうのだ。


「リタさん!?」

"ほう、目覚めたか"


 カグヅチとは異なる、強い力を孕んだ言葉。


「威圧をやめれや、タケハヤ」

"おお、聖女がいたか。これはすまぬ"


 豪快な笑い声と共に、それまで感じていた圧がふっとなくなり、リタはそろそろと頭をあげてタケルを見た。


「大丈夫か?」

「え、ええ」


 慌てるアーシェとサラに大丈夫よと笑って返し、ゼノの手を借りながら立ち上がると、タケルの横にその姿を認めた。

 猛々しく両腕を組み、こちらを見下ろす武人姿の神。間違いなくカグヅチよりも神格が上だ。それが証拠に、カグヅチの姿は見えない二人が、その神――タケハヤの姿は見えている。


 どうして箱庭に神様がいるの……!?


"聖女は神の力を只人より強く感じ取るというのは真のようだな。ふむ。威圧する気はなかった、許せ"


 言葉は謝罪しているが、態度は尊大だ。だがもちろん、それが許される存在でもある。リタは息をのんだまま無言で頭を下げた。


"ふむ……なるほど。異界の呪いは異界の聖女ならば解けたということか"

「異界の聖女……ですか」


 タケハヤの言葉にタケルが首を傾げた。


"例え生まれはこの世界であったとしても、別の世界の神より授かった力を持っている。そうであろう、ゼノ"

「そうらしいが、俺に聞くなや。そんなもんは俺には判別できねえぞ」


 誰であろうともまったく態度を変えないゼノに、内心ひやひやしながらリタは場の様子を窺っていたが、タケハヤは怒りもしないので気にしていないのだろう。ゼノはこの神とそういったやりとりが許されているようだ。


"ふははっ!そうであったな。其方は不思議な加護をいくつも持っておる故、ヒミカと同じに考えておった"


 豪快に笑うタケハヤに苦笑しながら、タケルがアーシェ達に向き直った。


「お初にお目にかかります。私はタケル=カツラギ。この村のまとめ役であるカツラギ家の嫡男です」


 おっとりとした口調でそう告げたかと思うと、ひたり、とアーシェに視線を据え、挑戦的な笑みを口元に履く。


「ゼノ殿には子供の頃から剣術をご指南いただいています」


 途端に、ぴりっと緊張を孕んだ空気が流れた。

 肌を刺すそれは殺気だ。

 タケルが発するそれに、ふ、と余裕の笑みを浮かべて、ひたりとタケルを睨み返したのはアーシェだ。


「私はアーシェ=クロード。クロード家長女にして、父の一番弟子です」


 と、こちらも殺気を纏う。


 ――え? なに?


 突然に始まった殺気のぶつけ合いに、リタは理由がわからず二人を交互に見比べた。

 タケルの背後のタケハヤは、にやにや笑いながら腕を組み、ゼノも無言で腕を組んで二人を見つめている。何がどうしたの?と一人訳がわからず二人の様子を見ていたリタは、口元を押さえておろおろしているサラの側にそっと歩み寄った。


「父の弟子だと名乗るなら、一度手合わせいただかなくてはなりませんね」

「奇遇ですね。私もゼノ殿の一番弟子とはぜひ手合わせいただきたいと考えていました」

「ならばぜひ」

「はい。あちらにちょうど良い場所があります」


 二人とも笑顔でビシバシと殺気を飛ばしあいながら、何故か手合わせをすることがとんとんと決まり、タケルが先ほど出てきた建物の裏手に案内されるまま歩みを進めた。


「ちょっとサラ、これどういうこと?」


 こそっと耳元で尋ねれば、サラが口元に手を当てたまま不安げな表情でリタを見上げた。


「お姉ちゃんはお父さんの弟子というか、弟子志願者には厳しいの……必ず手合わせして実力を確かめて、実力がないとわかったら容赦なく追い返すの。でもタケルさんはお姉ちゃんのいない間に弟子になってるでしょ?だから、まずは実力を確かめたいんだと思う」


 なるほど。理由は理解できた。

 けれど、彼も強そうだった。普通に考えてもリタと同い年ぐらいの男性と手合わせを行うのは、アーシェには無謀ではなかろうか。


 というか、ゼノも止めないのね!?


 自分が痛い目を見るのは平気だが、可愛い女の子が痛い目に遭うのは耐えられない。

 一人はらはらして案内された修練場の中央に立つ二人を見つめた。

 タケルがするりと手にした刀の鞘を払えば、アーシェも腰の剣を構える。

 どちらも堂に入った構えで手練れであることも窺える。


「ね、ねえ、ゼノ。止めなくていいの?」


 ぐいぐいと袖を掴んで問えば、ゼノはキョトンとした顔をしてリタを振り返った。


「なんで? お互いの実力が知りてえってんなら手合わせが一番だろ?」

 ――この脳筋め!

「いや心配いらねえって! ああ見えてアーシェもタケルも強えからな」


 リタの声にならなかった叫びがわかったのか、びくりと肩を震わせたゼノが慌てて弁解するが、そういうことではない。


「アーシェにかすり傷のひとつでもついたらどうしてくれるのよ!?」

「アーシェは剣士だぞ!? かすり傷ぐれえ気にしねえよ!」

「なんですって!? 傷なんて私が許さないわ!」


 修練場の入り口でぎゃあぎゃあ騒ぐリタ達には目もくれずに、タケルが不敵な笑みを浮かべた。


「聖女殿が心配なさっているよ」

「無用です」


 言い捨てるやいなや、たんっと軽やかにアーシェがタケルの間合いに踏み込んだ。

 鮮やかに横薙ぎに振るわれた剣をその場で軽く受け止めると、タケルも一歩前に進み出てそのまま一刀を叩き込む。だがすでにそのばにアーシェの姿はない。

 下だ。

 瞬時に半身を引いて下からの強撃を受け止める。

 重い。

 十三歳の少女の力とは思えない。

 これが身体強化なしの状態とは、信じられないほどの力の使い方だ。

 だが。


 この体勢ではタケルの方が有利だ。このまま剣ごと弾き飛ばそうと容赦なく込めた力は、だが滑らせるように引かれた剣に流された。

 そのまま腰を落とした低い位置から繰り出される斬撃を、数歩引きながら受け止める。

 なるほど。彼女の強みはその素早さと低い位置からの攻撃か。

 ならば。

 防戦に徹していた体勢から、一歩前に踏み込みこれまで掬い上げるように受け止めていた刀を、振り下ろすようにアーシェに斬りかかる。

 何合か切り結ぶうちに、体重の軽いアーシェの身体がどんどんと後ろに追いやられていく。

 体勢を整える隙を与えぬよう繰り出される鋭い剣戟に、だがアーシェは焦る素振りをちらとも見せず、すべてを捌ききる。


 ふっと吐き出された呼吸のあと、タケルの一瞬の隙を突くようにアーシェの姿が目の前から消えた。

 下か、と半身を引いて構えかけ――ぞくりとした殺気が背後から降ってきた。

 振り返り陽光を背に従えたアーシェの姿を認めた瞬間、タケルは沈み込むように腰を落とすと、アーシェの剣を受け止め、弾き返す。

 だが、弾き飛ばされたのはタケルも同じだった。

 これまでよりも重い一撃に、その手から刀が弾け飛ぶ。

 同様に、アーシェの手からも剣が弾き飛ばされていた。

 静まり返った一瞬の後、二人の剣と刀がからん、と地に転がった。


「勝負あり、だな」

"ほう……なかなかのものよ"


 ゼノとタケハヤの言葉で、二人がそれぞれ詰めていた息を吐き、地面に転がった相手の得物を手に歩み寄る。


「凄い……!アーシェってかなり強いのね」

「当たり前だろう?誰の娘だと思ってる。だから心配いらねえって言っただろうが」


 どこか得意げなゼノに、だがリタは素直に頷いた。アーシェはリタが想像していたよりもずっと強い。

 感心する周囲をよそに、アーシェとタケルは笑みを浮かべたまま互いの得物を相手に手渡す。


「本気ではなかったですね」


 自身の剣を受け取りながら微笑するアーシェに、タケルも口許に笑みを履いて刀を受け取った。


「それはあなたも同じでは? 身体強化、使ってませんね」

「この程度の手合わせでは不要かと」

「私も、力を測るには不要だと思ったのです」


 ふふふ、と静かに険を飛ばし合う二人の間には、友好的な空気が一切ない。なんなら今から第二ラウンドが始まりそうな勢いだ。


「これってどう見るべきなの?」


 二人の雰囲気に気圧されて近寄れないまま、リタはサラにこそっと尋ねた。

 手合わせは互角に見えた。リタもやり合えば勝てるかどうかわからないぐらいの実力を二人とも持っている。アーシェも凄いが、互角にやりあったタケルの実力もかなりのものだ。

 これでまだ二人は実力をすべてを出し切っていないというのだから恐ろしい。


「好敵手だったってことかな」

「そのことがちょっと気に食わないんじゃないかな。お姉ちゃんもあの人も……」


 さすが何度もアーシェの弟子撃退を見てきたからか、サラはアーシェの気持ちがよくわかるのだろう。少々呆れた表情で二人を見つめていた。


「なんだか二人とも似てる気がする……」


 なるほど。

 リタは軽く額を押さえて納得した。

 ここにもゼノを巡ってのあれこれがあるということね。

 本当にあちこちでゼノに構われたい人が多いんだから……。



 * * *



 アーシェとタケルの険の飛ばし合いはしばらく続いていたが、いい加減本題に入るぞとのゼノの言葉に、とりあえず中へ、と道場の奥の部屋に案内された。ゼノによる改めての紹介を終え一息ついたところで、タケハヤが口火を切った。


"それで、今日は娘達を見せに来たか"


 顎を擦りながら相変わらず尊大な態度でアーシェやサラに目を向けるタケハヤに、二人がびくりと肩を震わせた。

 神圧は抑えられていても、その視線はカグヅチと違って重い。


「お二人の目覚めはゼノ殿の宿願。叶って本当に良かった」


 タケルが心底嬉しそうな笑顔を二人に向け、リタにもにこりと笑いかけた。


「ああ。タケハヤにも相談に乗ってもらったしな。報告しておこうと思って」


 なるほどとタケルが頷き、それから少し眉宇を顰めた。


「それでは……ゼノ殿はついに拠点を外界に移されるのですか」


 その言葉に残念そうな響きを感じ取って、リタはここに来るまでに聞いた話を思い出した。


「そういえば、どうしてあなたはこの箱庭に来る事になったの? ゼノが言うには正神殿の分裂とも関係があるということだったけれど……」


 リタの質問に、タケルは背筋を正してゼノを見やった。先程まで尊大な態度をみせていたタケハヤまでもが態度を改める。


「我がカツラギ家は、古よりタケハヤ様が宿る神剣の神子を輩出し、祀り守ってきた一族なのです」



 正神殿は「神の宿る神器を祀り守る」という使命のもと、存在する組織だ。正神殿が祀る神器には「鏡」「剣」「玉」の三種類があり、それぞれに神が宿る。鏡にはオオヒルメ、玉にはササラエ、そして剣にはタケハヤがそれぞれ宿り、オオヒルメは自らの神子としてヒミカを認めていた。


「鏡と玉は正神殿にある。玉は今特に神子を定めていねえから、実質正神殿で神器を扱えるのはヒミカのみだ。それで、タケハヤが宿る神剣はこのミカヅキ村で大昔から守られてきた」


「タケルさんが剣の神子なの?」

「恐れ多い事ながら、今代の神子を務めさせていただいております」

「ということは、タケルさんも見た目通りの年齢ではないということ?」


 ヒミカがゼノと同い年であったという衝撃の事実を思い出し、神と関わるタケルもそうなのかと思ったのだ。


「本来、神子にはそのような事象は起こりません。ヒミカ様とゼノ殿が特殊なのです」 


 リタの質問に苦笑しながら答えたタケルに、そうなの?とゼノを見やった。だがゼノ自身が「そうなのか?」と驚いて問い返しているところを見ると、ゼノも詳しくないらしい。自分の事なのにそれはどうなのと呆れたが、ゼノらしいと言えばゼノらしい。


"本来の神子はタケルのように、我らが宿る神器を扱うことを許した者のことを指す。それだけでその者の時が止まったりなどはせん。オオヒルメは致し方ないのだ。ヒミカは身体が弱かった故、そのままではオオヒルメの神気に耐えられず命を落とす所であったからな。ゼノの場合はカグヅチが未熟なのだ"


 ばっさりと言い切られて"ぐぅ……"とカグヅチの呻く声がリタどころかアーシェやサラの耳にも聞こえた。


"姿を見せろ、カグヅチ。我の前であれば只人にも姿が見えよう"


 ほれほれ、とどこか楽しそうにタケハヤに促されて、ゼノの背後の畳にカグヅチが座した状態で姿を現した。


"ゼノの場合は運も悪い。カグヅチは我の眷属であるが故に剣にしか宿れぬのだが、宿った剣が特殊すぎた。あの剣では宿るだけでなんらかの影響を強く及ぼしてしまう。時が止まるのはカグヅチの後先考えぬ行動のせいよ"


 はははは、と笑い飛ばすように軽~く言っているが、非常に重要なことではなかろうか。そんなついうっかりで時を止められたらたまったものではない。

 タケハヤに笑い飛ばされて、カグヅチはがくりと項垂れて頭を下げたままだ。


"まあ、カグヅチとゼノには我とカツラギの者が世話になった。その剣から抜け出すときには我も手を貸す。――もっとも、今しばらくは無理そうだが"


 笑いを収めて真面目な表情で告げたタケハヤに、アーシェがまさか、と目を見開いてゼノとカグヅチを交互に見やった。


「もしかして……カグヅチ様は、離れたくても離れられない状態なんですか……!?」

「は?」

"……!"


 ぎくり、とカグヅチの肩が跳ねた様子は、きっとリタにしか見えていない。

 アーシェの言葉に驚く面々の顔をみて、ふむ、とタケハヤは腕を組んでちらりとカグヅチに目をやった。


"言っておらんのか"

"……"


 タケハヤの言葉に、カグヅチが俯いたままふいとそっぽを向いた。そのあまりにも人間くさい態度になんとなく事の顛末がリタにも読めてきた。



 * * *



 二百年前、第一盟主の試練を乗り越えて得たゼノの剣は、とても素晴らしかった。試練でゼノを失うという絶望感から解放され浮かれていたカグヅチは、軽い気持ちでその時宿っていた剣からそちらに乗り換えたのだという。

 その剣は居心地も良く、しばらくはそこにいようと思った。

 だが少しして、やはり元々宿っていた剣のことが気になり、そちらに戻ろうとしたカグヅチは、その時になって初めて自力では抜け出せない事に気付いた。

 それどころか自分が加護を与えていた事もあり、非常に自分の影響を与えやすい状況になっていたのだ。その上ゼノ自身である剣に宿ったせいで、カグヅチが考えていた以上の影響がゼノに出てしまった。カグヅチとてゼノの時を止めるつもりなどさらさらなかったのだ。

 だが剣の力が強すぎて、抜け出したくても自力では抜け出せない。

 タケハヤに相談してみても、もう少し剣の力が弱まらねば無理だと言われた。タケハヤに無理だと断じられればカグヅチにも打つ手はない。

 剣の力を弱めるためにもゼノには色々斬らせてきたが、何を斬っても一向に弱まる気配がない。

 今ではカグヅチも諦めの境地なのだという。

 そんな話を、カグヅチではなくタケハヤが面白そうにつらつらと語った。

 これまでひた隠しにしてきた自らの失態を面白おかしく暴露され、真っ赤になってぷるぷる震えながら聞いているカグヅチの姿は同情を誘う。

 タケハヤが面白そうに語るから尚更だ。


"未熟者にはよくあることよ"


 そんな言葉で締めくくられてもゼノが困るだろう。

 他人事だとしても、そんな楽しそうに語らなくていいじゃないの、というリタの責める視線に気付いたのか、タケルが申し訳なさそうにカグヅチに頭を下げた。


「タケハヤ様。その言い方はあまりにもカグヅチ様に失礼ではないですか」

"事実であろう?"


 だが当のタケハヤはどこ吹く風だ。

 ゼノのはあ、という大きなため息にびくりと肩を震わせたカグヅチは、恐る恐るゼノを見上げた。


"……呆れたか"

「そりゃまあなあ……俺も考えなしにやらかすが、お前さんもやらかしか。まあ、今更いいんじゃねえか。どっちにしたって今回はお前さんのやらかしで、リタが生まれるこの時期まで俺も生きてたわけだしな。お陰で娘を助けられたんだ」


 それに。

 ゼノは両手を後ろについて背後のカグヅチの顔を覗き込んだ。


「お前さんもそのせいで大事な剣を失った。割を食ったのはお前さんの方だろうよ」

"別に……あれは、ゼノが怒ってくれたのでもう良いのだ"


 しゅん、と項垂れるカグヅチに向けたゼノの視線は優しい。なんのかんのいいつつも、二人の間には信頼関係が結ばれているのだろう。

 大事な剣を失ったというゼノの話に心当たりがあるのか、アーシェとサラも何も言わずにカグヅチを見つめていた。


「ヒミカ様とゼノが特殊だと言うのは理解できたわ。でも、何故正神殿ではなくミカヅキ村で神剣が守られてきたの?」

「タケハヤがこの世界に来たのがオオヒルメより先で、その時には正神殿なんざなかった。それだけのことさ」

"後で呼ばれたのだがな、オオヒルメに。我らがバラバラに存在してソリタルア神に迷惑がかかってはいかぬからと。だが、ああいう神殿は我は好かん。それに、我はカツラギ達の打つ刀が気に入っておった。だから正神殿には行かず、長きにわたりカツラギと共にあったのだ" 


 神様にも色々事情があるのね……というか、正神殿のヒミカ様達が俗世にあまり関わらないのは、オオヒルメ様のそういった気遣いがあるからかしら。

 だとすると、下位の神殿はそのことを理解していないということになる。堂々と教会と張り合って信者獲得に走っているのだから。


「しかし、二百年前に我々の存在が正神殿の一部の者に知られ、村の存続の危機に瀕したのです。ゼノ殿とカグヅチ様のお陰で、村は助かりましたが……ゼノ殿に神剣の盗人という不名誉な罪状を一時的とはいえ背負わせてしまったのです」


 タケルが静かに告げた。




ストーリー進んでないのに無駄に長い……

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