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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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(十)箱庭を狙う者



「い~い、実験日和じゃねえか」


 男は不敵そうな笑みを口許に履き、岩の上に片足を乗せた格好でポケットに片手を突っ込み、手をかざして空を仰いだ。カーキ色のモッズコートにゴーグルというどこかラフな出立に似合わない、大きな魔石のついたピアスが耳元で揺れている。

 男の後ろには紋章のついた黒いローブ姿の小柄な女が、生気のない男を二人従えて無言で立っていた。

 男は手にした魔道具を見ながら位置を確認すると、右腕の袖口から杖を取り出し、懐からは魔紙をとりだした。


「おし、ここだな」


 岩から降りてすぐの場所に魔紙を置くと杖で魔力を流す。すると魔紙に描かれた魔法陣が浮かび上がり、その地面に魔法陣を刻んだ。


「ここが最後、と。おら、陣の中央にバッテリーを設置しろ」


 命令された女は無言のまま、背後の男を一人魔法陣の中央に連れていくとそこに座らせた。懐から取り出した杖で男の左手首の腕輪に触れて魔力を流せば、男の腕輪と魔法陣が共鳴するように強い光を放ち、すぐに収まった。

 男は腕組みをしたまま満足そうにそれを見届けると、「よし、行くぜ」と女を促して魔法陣から離れるようにずんずんと歩いていった。女——リーリアも無言のまま、背後の男を連れて付き従った。

 ヴェリデ王国外れの死の森に程近いこの地で、リーリアは魔塔の天才とも変人とも呼ばれる男——ヘス=カーネイトの助手として、ヘスの実験に付き合わされていた。ここなら強烈な瘴気と死の森のせいで近づく人間はいない。男が実験を行うには最適な場所と言えた。


「ここがいいな。ここならあの魔法陣の様子も窺えるし、転移魔法陣も攻撃魔法も展開しやすい」


 最後の魔法陣から百メートルほど離れた場所まで来ると、ヘスはそう言って懐から魔紙を何枚か取り出し、次々と魔法陣を展開していく。

 リーリアも無言でヘスと自分を守るように防御魔術を展開していった。

 実のところこんな防御魔術が役に立つのか非常に怪しいとリーリアは思っている。死ぬなら勝手に一人で死んでくれていいんだけど、と無表情のまま第一段階の防御魔術をすべて展開し、後は自動起動の魔術の準備を終えると男から距離をとった。


「おし!なら始めるぜ! まずは第一陣からだ!!」


 高らかに宣言しながら、ヘスは地面に手をつき昨日から準備していた別の場所に存在する魔法陣を起動させた。


「おうおうおう!いいね!いい感じだ! お~し、どんどん行くぜ~!!うおおおおおおおぉおぉぉお!」


 リーリアには魔法陣が正しく起動しているのかさっぱりわからないが、ヘスが奇声を発しながら嬉々として地面に次々手をつき魔力を流していくのを見る限り、順調に発動しているらしい。

 ヘスは死の森を中心に遠隔操作の魔法陣を六箇所設置し、それぞれの位置から箱庭に攻撃を仕掛けるつもりらしい。そうすることで、攻撃した本当の場所を相手に悟らせずに、かつ箱庭の正確な位置を確認するための時間差攻撃が出来るという。

 離れたところから設置した魔法陣を起動させることも、起動した魔術を転移陣を用いて別の場所で発動させるという離れ技も、リーリアには理論的にもまったく理解できない。


 ヘスは魔塔始まって以来の天才魔術師で、魔法鞄の一般化や転移陣の改良をはじめとして、消費魔力量を抑えた魔道具の開発など、魔術界に革命ともいうべき功績を残し続けている。

 自分の興味のあることを粗方研究し尽くした、このヘスの最近の興味はもっぱら箱庭だ。よその国や機関から天才魔術師を指名して依頼が入っても、すべて断るという徹底ぶりだ。

 いつからこの世界に存在し、何のためにあるのか誰も知らないという地上の楽園。中がどのようになっているのか知る者はいないし、本当に存在するのか眉唾ものだが、信じている輩はいつの時代にも一定数存在する。

 住人は不老不死や不老長寿で、争いも病も貧困もなく非常に美しい者しか存在しないまさしく楽園だと、人類の憧れが詰まったようなものから、変わった生き物が生息しているとか次元の狭間に存在する、神が住んでいるなどよくわからないものまで数え上げればキリがない。

 だが数百年存在する魔塔では、箱庭は実在するものだと認定されてきた。そしてそれを研究する者も途絶えることがなく、不老不死や不老長寿に興味を示す権力者たちからの支援も絶えることがないという。

 その箱庭をこの天才魔術師が研究するとあって、ヘスなら箱庭の秘密を解明するに違いないとの期待値から、支援者が倍増しているとリーリアは聞いている。

 どいつもこいつも下衆ばかりだ。

 リーリアは内心で毒づいて、先程仕掛けた最後の魔法陣の方向をじっと見つめた。魔法陣が強烈な光を帯びたのがここからでもわかった。これでヘスが仕掛けた時間差攻撃の魔術陣すべてが起動したことになる。


 ヘスが「箱庭の大体の位置を把握した!」と嬉しそうにリーリアの研究室に飛び込んできたのは昨日のことだ。

 彼は何度も何度も何度も探査魔術を繰り返し、探査魔術が変更される座標や要する時間、時に攻撃魔術を交えリフレクトされるまでの時間や範囲など様々な情報から箱庭の位置を探る地道な作業を年単位で続けてきた。こういった理論の組み立てと常人であれば気の遠くなるデータ収集作業をコツコツと続けられる情熱は、リーリアも魔術師として素直に賞賛できる。

 だが、彼は真性のクズだとリーリアは思う。人としては決して付き合いたくない部類のイカれたクズ野郎だ。


「あれ~? 反撃こないな」

「座標が誤っている可能性は?」

「は?この天才にある訳ないだろ? 攻撃に転移陣を複数噛ませたから、わかんなくなったかな? ははは!やっぱ俺様天才だな!!」


 地面の魔法陣で、それぞれの場所の魔法陣の様子がわかるらしい。予想された箱庭からの反撃をどこも受けていないことに大声で笑うヘスを横目で見ながら、一度痛い目を見ればいいのにとリーリアは内心で舌打ちした。

 世の中不公平だ。

 こんなクズに才能も力も与えて、権力まで持たせるとは。お陰で善良で力を持たない人間は、このクズに食い潰されるしか道がない。

 リーリアはご機嫌に笑うヘスから目を逸らし、自分が展開した防御魔法陣の上で首輪と腕輪を嵌められて力なく座り込んでいる男を見やった。

 薄汚れた格好で、やせ細った身体にボサボサの髪。瞳には気力も感情もない。まるで朽ちる前の人形のような人間。

 彼らはラロブラッド——魔力を持っているが魔法は使えない人間達だ。魔物の餌になりやすいというデメリット以外に、魔力バッテリーとして扱われるという公にはされていない実態があった。

 彼らの血は特殊で、魔法が使えない代わりに彼らの有する血に魔力が凝縮される。彼らは魔力を外に放出する術を持たないので、彼らの血からは魔石と同等かそれ以上に質も使い勝手も良い魔力を抽出できるのだ。

 一度使い切ればそれで終わりとなる魔核から生成される魔石と異なり、生きた人間はどれだけ搾り取っても生かしてさえおけば繰り返し抽出できる。

 そこに目をつけた過去の魔塔の魔術師が、彼らから魔力を抽出する技術を開発し、今では彼らは魔力バッテリーの扱いを受けている。

 魔力は、命の危機に瀕すればより濃密に強力なる。質の良い魔力を抽出するために、彼らを虐げ適度に生命の危機状態に追い込むことで、より強力な魔力バッテリーを作り上げていく。

 そして生み出す魔力の質が劣化しだすと、最終的に心臓を貫くことで魔石と同様に扱える血晶石に変化させて、最期の最期までその命を貪り尽くすのだ。

 ラロブラッドを同じ人間として認識していない非道さだ。

 もちろんそんな非人道的な事は禁止されているし、さすがの魔塔でも表立っては使わない。

 力を持つ組織であるからこそ、強い倫理観が求められるのだ。

 だがそれを堂々と無視して使い倒したのがこのヘスだ。

 彼らから魔力を補充する事で、一個人の魔術師では賄えないほどの魔力を要する大規模魔術も、あらゆる実験も魔力を気にせず繰り返し行うことが出来る様になった。今日の魔術の発展には彼らの犠牲の上に築かれたと言っても過言ではない。

 本来であれば罰せられるはずのヘスが未だ罰せられていないのは、ひとえに彼の功績が大きいからだ。彼のおかげで魔術の時代が二歩も三歩も進んだと言われている。

 魔塔は、あろうことか彼らラロブラッドを魔道発展のための協力者として魔塔に所属させたのだ。堂々と。

 もちろんラロブラッドの特性を秘した上での対応だ。

 魔塔に所属する魔術師の一員として、リーリアだってわかっている。魔術の研究には膨大な魔力が必要だ。魔石以上に使い勝手のいい魔力がそこにあるなら、使いたくなるのは人の(さが)だ。


 ——そこに無意味に転がっている物を使って何が悪い。俺様に使われることを誇りに思えよ。


 酷薄な笑みを浮かべて言い放った男。

 リーリアとは相容れない。


「まぁたバッテリーに感情移入かよ? お前頭おかしいんじゃないか?」


 リーリアの視線に気づいて馬鹿にしたように言い放つ男を、無表情のまま睨みつけた。


「イカれてるのは貴様だ」

「うはははは! お前ほんっと馬鹿だよな~! 超一級の防御魔術師じゃなかったら、俺様の視界にも入れてやらねえところだぞ?」

「入れてもらわなくても結構。貴様なんかを守る魔術を使いたくもない」

「おいおいおいおい、言うねえ? バッテリーなんかに入れ上げて裏切られた間抜けな女がさあ? ほんとウケるよな~」


 モッズコートのポケットに両手を入れて、肩を揺らしながらリーリアの側までやってきたヘスは、そのまま身をかがめて右手でリーリアの顎をぐいと掴んだ。

 加減のない力で顔を上に向けられ無理やり目を合わされる。


「B-14バッテリーに甘い言葉を囁かれてその気になってさあ、F-65と逃げるために利用されて? バッカじゃねえの? あれを同じ生き物として見てるなんざ、ほんとおめでたいよな~?」

「……っ」


 ぎりぎりと顎をつかむ手に力を入れながら、心底リーリアを馬鹿にするように言い募る。目を逸らしたくてもそれを許さない。

 リーリアだって、騙されていたと分かった時は悔しかったし悲しかった。だがそれ以上に、そうしてでも魔塔から脱出したかった彼らの気持ちも理解できた。それほどまでに魔塔は彼らにとって地獄だ。

 わかるから、それで彼らが逃げ切って幸せになれるなら、リーリアは良かった。悲しいが我慢できた。

 許せないのは。


「まあ? すぐに回収したけどな? お前みたいな間抜けを出し抜いただけで俺様の手から逃げられると、本気で考えていたところが笑えるよな~?」


 知能も低いんじゃバッテリーでしか使い道ねえじゃん?と可笑しそうに笑う。

 あと一歩で魔塔から逃げ切れると彼らが希望を抱く所まで、わざわざ見逃し希望を抱かせた後、絶望のどん底に突き落とした。本当はもっと早く捕まえることができたにも関わらず、だ。

 おまけに。

 ぎゅ、と拳を握りしめてヘスを睨みつけた。


「まあおかげでBー14の魔力純度がすっげえあがったんで、お前の間抜けも役に立った訳だけどな?」


 絶望があんなに効果があるとはな~とケラケラ笑うヘスに「クズが」と言いすてた。

 この男はあろう事かロバート(B-14)の目の前で彼の恋人であるカーナ(F-65)を殺したのだ。

 魔塔ではラロブラッドの魔力保有量に応じてランク付けをしている。最低ランクのFであるカーナの代わりなどいくらでも手に入るからと、ヘスはその場で彼女を殺害し血晶石に変換したのだ。

 わざわざ、ロバートの目の前で。


「大体、お前みたいな暗くて地味な女を本気で口説く男なんか存在する訳ねーだろ? まあ、防御魔術師としては超一級だからな。利用したいって奴はごまんといるかもしれねーけど」


 その中で一番タメにならねーラロに引っかかるってのがウケるわ~、とゲラゲラ笑いながら、ヘスはリーリアを突き飛ばすように顎から手を離した。

 勢いで地面に倒れ込んだリーリアの背を、どかっと踏みつけられて一瞬息が止まった。


「ぐ……っ!」

「忘れんなよ」


 がらりと口調を変えて恫喝するようにリーリアを見下ろすヘスの目は、非常に冷たい。


「俺様の研究資材に手ぇつけると、今度は貴様でも許さねえからな」

「……っ」


 ざり、と地面に爪を立てながらリーリアは歯を食いしばった。背中を踏みにじられ悔しさで涙が滲むのを唇を噛みしめる事で堪える。こんな所で涙を見せれば、面白がって余計に色々されることは経験済みだ。

 こんな男相手に……!これ以上隙を見せてたまるもんか……!!

 悔しがればますます男が喜ぶのはわかっていて、リーリアは地面を睨み付けたまま、地面に立てた爪に力を入れた。

 瞬間、感じた魔術の気配。

 ヘスがはっとしてここから離れた魔法陣を見やった。

 リーリアも感じとった魔力の強さに背筋が凍る。

 その一瞬後に、魔法陣のあった場所が爆ぜた。

 跡形もなく。


「――っ!!」

「っは……」


 天才と呼ばれるヘス渾身の攻撃魔術だ。

 それが炸裂し、離れたこの場所まで魔術の衝撃が感じられる。


「……倍になってる」


 ヘスはぽつりと呟くと、はっとしたようにすぐさま地面に展開していた魔法陣に飛びついた。


「ちっ……!全部やられてやがる! 反応がねえ!」


 常にないヘスの焦った声に、リーリアもごくりと息をのんだ。


 ——箱庭に手を出して無事であった者はいない


 魔塔での常識だ。

 研究する者は確かに絶えないが、無事であった者はいない。それこそ命を落とす者も多かった。

 その時、ヘスが地面に展開した魔法陣を上書きするように、新たな魔法陣が現れた。

 リーリア達の知る魔法陣とは異なる、という事を認識した直後、準備していた第二から第五までの防御魔術が一斉に自動起動した。

 なにが、と認識する間もなく強烈な力に吹き飛ばされて、ボールのように二度三度地面に叩き付けられながら、リーリアは地面に転がった。


「ぐぅっ……!」


 咄嗟に受け身も取れず、リーリアは起き上がる事も出来ずに地面に這いつくばったまま、呻き声をあげた。

 魔術が完全に収まると、そこには大きなクレーターがひとつ。

 リーリアの防御魔術に加えて咄嗟に自身でも防御魔術を展開したヘスは、無様に地面に転がることはなく、リーリアよりも前方で立ち止まってそのクレーターを呆然と見つめていた。


「……これが純粋な箱庭の魔術。魔法構築式がそもそも違うのか」


 ヘスは口許に手を当て、ぶつぶつと呟きながら考え始めた。

 箱庭からのリフレクト(反射魔術)は想定内だ。

 むしろ、箱庭は今までもそれしか行っていない。

 座標を探査すれば飛ばされ、攻撃魔術が返される。

 攻撃魔術をけしかければそのまま自分に返ってくる。

 だから、今回の攻撃も反射される事は織り込み済みで、反射される先を一攻撃魔術ごとに一人のラロに割り当てて、着弾したらそこからさらに死の森に飛ぶよう転移魔術を設定していたのだ。

 だが。

 こちらに返された魔術はより強大になり、あらかじめ設定した転移魔術は吹き飛ばされ、その場に着弾した。

 こちらが時間差で攻撃した攻撃魔術をすべて受け止め、一斉に同時に反射してきたのだ。それの意味するところは、六つの攻撃魔術をすべて受け止める力と、それらを一時保留しておく力があるということだ。

 加えて、それらを起動した本来の位置すらも特定し、新たな攻撃魔術を放ってきた。それもこの僅かな時間で。

 リーリアの防御魔術がなければ、ヘスと言えども無事には済まなかっただろう。


「……やってくれる」


 未だ起き上がれないリーリアの耳に、ぞっとするようなヘスの声が聞こえて、ぞくりとして彼を見やった。


「すべて返ってきたということは、割り出した座標は間違ってないってことだ」


 今回上手くいった点はそこしかない。費やしたBバッテリーはリフレクトですべて消された。損害の方が大きい。

 それでもヘスはにやりと笑った。

 ゴーグルに触れて記録を止め、チキチキと巻き戻して()()を確認する。

 箱庭の魔法陣。

 ヘスが知るどの魔法陣にも当てはまらない。


「面白れえ。実に面白れえじゃねえか!ここにきて別理論とか滾るしかねえだろ!! なんだよ、箱庭!どんだけ俺様をワクワクさせるんだ!」


 この状況に大声で叫びながら楽しそうに笑うヘスを、リーリアは呆然と見上げた。

 この男の思考回路がわからないのはいつものことだが、ここまで力の差が歴然としているのに、恐れ慄くどころか喜びはしゃぐとはなんなのか。


「いいぜ。第一ラウンドはお前の勝ちだ、箱庭の魔術師。だがこの俺様を相手にいつまでも逃げ切れると思うなよ?」 


 にやりと口許に酷薄な笑みを履き、くくくくっと愉快そうに低く笑った。



* * *



 庭園から大慌てで管理者室に転移したデュティは、箱庭の防御結界に引っかかった攻撃魔術をすぐさま止めた。

 攻撃の最大出力を着弾時に設定されているこの魔術は、デュティからすれば止めやすい。目的地に着弾さえしなければ最小限の力で止める事が出来るからだ。

 鬱陶しい、と内心で毒づいた時、時間差で同様の攻撃魔術が飛んでくるのがわかった。

 狙われている場所は、一つ目と同じだ。

 ふむ、と一つ目と同様に難なく停止すると、しばらく様子を見る。

 案の定、それからも時間をおいて攻撃魔術が飛んで来た。


「六つか……」


 前回門を開いた座標を正確に狙っている。

 これはあの位置を特定されたと見ていいだろう。

 デュティは被り物を外すと脇に置き、魔石版に手を触れ何もない画面を目の前に表示した。


「ふん……第一はひとつ、第二は三つ、第三は二つ、第四は一つ、第五は三つ、第六は二つ、転移陣を噛ませているか」


 魔術の軌道を逆探査する魔法陣を描きながら、そこに反射時に威力が倍になる機能を追加し、魔法陣を完成させる。それを停止している敵の攻撃魔術に追加した。起動させようとして、手を止め、少し考えてからまた新たに画面を手前に表示する。

 楽しんでいた時間を邪魔されたのだ。素直に返すだけではつまらない。

 とんとん、と魔石版の上を指で叩きながら、何がいいかと考える。

 相手の魔術を解析するように見ているとある事に気付いた。


「起動した場所から、さらに軌道が延びている——遠隔操作で魔法陣を起動したか」


 それもすべて同じ場所だ。そこにこの攻撃を仕掛けた者がいるとみて間違いないだろう。

 ならば。

 デュティは素早く攻撃魔法を組み上げて、先程の魔術に付け加えた。

 パズルのピースをそれぞれに持たせて、最後に本来の術者の元でパズルが完成するように、それぞれ六つの魔術が返った場所から、この付随魔術だけをその先に飛ばし、そこで魔法陣を構築する形に。


「これでよし」


 こちらも時間差攻撃になるからちょうど良い。

 停止していた攻撃魔術を動かせば、それぞれ想定通りに元の魔法陣の元へ返っていくのを確認した。

 今回はこれでいい。

 管理者室の魔石版を前に、デュティはしばらく考え込む。

 これで仕掛けた人物が消えてくれれば問題ないが。


「生きてる気がするな」


 こういう時の勘は外れない。

 今度は別のアプローチで接触があるかも知れない。


「どうしてやるか」


 とんとんと魔石版の上を指で叩きながら今後のことを考える。

 下手をすると今後はゼノ達が頻繁に行き来をすることになり、何度も門を開く可能性も考えられる。今回攻撃を仕掛けてきた人物は、その隙を見逃さないだろう。魔力量によっては、門すら見えるかもしれない。

 箱庭への侵入を許すつもりはないし、そのような心配はしていない。この世界の魔術レベルをデュティは熟知している。どれほどの天才が現れたとしても、デュティに追いつく程ではない。

 だがそれはあくまでも正攻法の場合だ。

 搦め手の――例えば、誰かを人質にされた場合は?

 今の状態で一番危ないのはリタやアーシェ、サラだ。ゼノならばそこいらの魔術師など相手にならない。彼にはこの世界どころかあちらの世界の魔法も魔術も効きはしない。デュティ以上の魔術が使えなければゼノに魔法を通せない。そういう加護がかかっている。だが彼だとて娘達を人質に取られたら身動きがとれないだろう。

 デュティは外界の人間を信用していない。

 過去に箱庭から外へ出た住民が、外界で捕まり恐ろしい拷問を受け殺されたという事実がある。

 箱庭を探ろうとする者達は、他者への非道を平気で行える連中ばかりだ。


「何か手を打つ必要があるな……」


 箱庭はまだ維持する必要がある。白の聖女も未だ眠りについたままだ。外界の連中に好き勝手される訳にはいかない。

 仕方ない。相談してみるか。


「今はとりあえず、座標を偽る魔術を展開しておこう」


 魔石版から素早く目当ての魔術を呼び出すと三重に展開する。

 今できる事はこれぐらいだろう。だがこれも、門を開く時には解除しなければならない。

 ふう、と小さく息を吐いてデュティは立ち上がり、被り物をかぶる。


「鬱陶しい輩が存在するのは、いつの時代も同じだな」


 肩をすくめると、管理者室を後にした。



 


新たに魔法陣を描く時は、被り物は外すデュティ。

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