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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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(九)フィリシアの庭園



 箱庭の管理塔の正確な階数を知っているのは、恐らくデュティだけだろう。

 リタが予想したとおり、塔の中には特殊な空間魔術が施されており、ゼノはもちろん住人でさえも塔の中がどうなっているのかを正しく知っている者はいない。

 デュティの後に続いて階段を降りながら、またしても昨日とは異なる塔の様相にリタは落ち着かない。このあたりは冒険者として実績を積んできたリタの危機管理能力が仕事をしているからだろう。

 アーシェも注意深く周囲を窺いながら進んでいるので、そういう意味ではサラよりも戦士寄りなのかもしれない。


「これは地下に向かっているの?」


 聞いていいのかわからなかったが耐えきれずにリタが問うと、デュティのウサギ耳が揺れた。


「地下って訳じゃないけどね。眠っている白の聖女に声を届けやすい所に向かってるんだ」

「お姿を見ることは出来ないのね」

「それは難しいかな。休眠中は無防備になるので厳重に保護してるからね」

「そうよね……」


 やっぱりお姿までは見られないのね、とがっくりと肩を落としたリタに、ごめんねと申し訳なさそうにデュティが振り返って頭を下げた。

 廊下を進み階段を降り、また廊下を進みと食堂から三階分ほど繰り返した頃、突き当たりに扉が現れた。

 いよいよかとリタが緊張でごくりと息を呑むと、デュティが扉に触れた。だが予想に反して、そこは狭く四角い空間だった。


「みんな入って」


 自らが先に入り込み振り返りながら手招きする。女性陣は一瞬躊躇いを見せたが、ゼノが気にせずさっさと中に入って行ったので、リタやアーシェ達も無言で空間の中に足を踏み入れた。

 全員がこの空間に入ったことを確認すると扉が閉まる。次いで空間が切り替わったことを肌で感じた。

 転移だ。

 なるほど、転移の間だったのね。

 ルクシリア皇国から門のある土地まで転移した時も思ったが、外界の転移とはまったく違う。視線が揺れないと言うか……荒くない。外界の転移陣は人によっては酔うのだ。


 こういうところも進んでいるってことかしら。


 箱庭で扱う魔術は間違いなく、外界とは比べ物にならないほど高水準なのだろう。

 リタが転移したことを感じ取った後、今度は入った時とは反対側、ちょうどデュティ側の壁が扉として開いた。

 デュティはそのまま転移の間から出ていくので、リタ達も後に続いた。

 そこも他の階と変わらず白い壁に青い意匠が刻まれた壁が続いていたが、これまでとは異なる空気を感じた。

 廊下の突き当たりに現れたのは、これまでとは異なる白い堅牢な門扉だ。

 左右に分かれる二枚扉をまたがり、まるで封をするように中央に刻まれている青と金の意匠は魔法陣か。

 これまでリタが目にしたどんな魔法陣よりも細かく複雑で、非常に強い力を感じる。


「凄い……なんて精緻な魔法陣……」


 サラが目を瞠りながら感嘆の声をあげた。

 そういえばサラは元聖女を師匠として、魔法陣を描くことが出来るとゼノが言っていたか。


「わかるの?凄いわね、サラ」

「理解なんて出来ませんよ! ただ、とても難しく繊細な魔法陣だなって……」


 それだけです、とリタの言葉に謙遜してみせながらも、その目は魔法陣に釘付けだ。


「複雑で強い魔法陣ほど綺麗だって、アザレアさんが言ってたね」


 アーシェの補足になるほど、とリタも返しながら同じように門扉の魔法陣を見つめた。


「もう開けてもいい?」

「は、はい!すみません」


 サラが門扉の魔法陣に釘付けになっていたので待っていてくれたらしい。

 リタの中でデュティの株がまた上がる。

 彼は本当に女の子に優しい。たまたま箱庭で会うのが女性ばかりなので男性に対する態度がどういうものかはわからないが、基本的に彼は優しいのかも知れない。

 デュティが門扉に手を触れ魔力を流すと、青と金の魔法陣が起動し、さらにその下から黒い魔法陣も浮き上がった。魔法陣そのものが鍵の役割を果たしているのか、陣が動きカチリと合わさるとそれは白い魔法陣へと変化し、門扉が淡く発光すると、白かった左右の扉の中央部分に立派な金色の縁飾りが現れた。

 それを確認するとデュティは一旦扉から手を離し、ローブの胸元から金色の鍵を取りだし、現れた鍵穴に鍵を差し込んだ。


 リーーーーーン


 開錠というよりはまるで(おとない)を告げる呼び鈴のような音が反響し、デュティが鍵を戻すと、扉を静かに押し開いた。

 瞬間、飛び込んでくる緑と青。


「うわぁ……!」

「わぁ……」

「綺麗……」

「こいつぁ、すげえな」


 そこは、庭園だった。

 足を踏み入れたその庭園の美しさに、それぞれが感嘆の声をあげる。

 中央には大きな木が一本があり、その木の正面に大きな噴水、そしてそれらを囲うように円形に水路がある。水路はそこから庭園中に広がっているようだ。

 天井から壁面まで全面ガラス張りのこの部屋は、温室のようでいながら、風の流れも感じられた。降り注ぐ陽射しは室内の木々や色とりどりに咲き乱れる花々を優しく照らし、空が近く感じられるのに陽射しの苛烈さは微塵もなかった。

 鳥が羽ばたき囀る声と葉ずれの音、そして水の流れる音が耳に心地よい。

 そして何より。


「とっても澄んだ気……どこかほっとする」

「うん。優しい空気」

「フィリシア様の纏う気だわ。人を慈しみ癒す力よ。この庭園にはフィリシア様のお力が満ちている」


 説明しながら、リタも改めて納得する。

 ミルデスタであの時包まれた力。

 精華石から感じ取れた力。

 ああ、これが。

 夢の中ではうっすらとしか感じることが出来なかった。ただ夢の中の自分の感想だけ。でも今ならわかる。夢の中の自分と同じ気持ちを実感できる。

 夢の中では当たり前のように側にあった、フィリシア様の力。そしてそれに包まれる幸せ。


「リタさん」


 アーシェの気遣うような呼びかけに、リタはようやく自分が涙を流していることに気づいた。


「懐かしく幸せな気持ちで、涙が自然に流れてしまっただけよ。心配しないで」


 泣きながら笑って応えれば、アーシェはこくりと頷いた。


「フィリシア様は素敵な方なんですね。こんなに優しく包み込むような気を纏うなんて」

「ね、心がほかほかするね、お姉ちゃん」

「ええ、とても素敵な方よ」


 リタは誇らしげに返し流れる涙を拭うと、庭園の中心部、デュティの元まで歩み寄った。

 もう一つ気になる事があったのだ。


「この庭園の形、見覚えがあるわ」


 リタの言葉にウサギの耳が揺れる。

 噴水、水路、木々の配置、花壇、そしてガゼボ。植物の種類は異なる。だがこの様相は――


「前世で、フィリシア様がお住まいになっていた神殿の庭園ね」

「よく覚えてたね。その通りだよ。白の聖女の記憶を元に再現したんだ」


 やっぱり。

 リタは改めて庭園の中を見渡しながら、自分の記憶と照らし合わせる。

 四隅に配置された形の異なるガゼボは、リタがゼノやフィリシア様とその日の気分で場所を選んで話し込んだ建物だ。ならばあの水路の先には池があり魚がいるのかもしれない。

 どんどん鮮明になってゆく記憶に胸が熱くなりながら、リタははっとしてゼノを振り返った。


「ゼノは?この庭園に見覚えはない?」


 自分がこれほど懐かしさを感じたのだ。自分以上にこの庭園で過ごした時間の長いゼノならば、もっと感じられるものがあるかもしれない。

 そう期待しての問いだったが、どこか感心したように周囲を見回していたゼノは、ん?と気のない返事でリタを見返した。


「ねえなあ。こういった庭園ってどこも似たようなもんだろ?」

「それは違うと思う」

「うん。皇城の外のお庭には冬は凍るからって噴水はなかったし」

「大きな木よりももっと背の低い花の咲く木が、壁のように植えられているお庭もあったわ」


 娘達に即座に否定されて、ゼノはぐ、と軽く呻いてからそっぽを向いた。


「あんま興味のねえことは覚えてねえよ」

「護衛として庭園のことはよく調べていたじゃない」

「例え前世がそうだったとして、普通は覚えてねえもんだからな?お前さんみたいに覚えている方がレアだって自覚しろよ?」


 責めるようなリタにいやいやと頭を振りながら、そこはきっちりとゼノは否定しておく。


「そんな事はないわ。絶対にゼノにも記憶が刻まれているはずよ。だって魂にちゃんと名が刻まれているんですもの」


 断定するリタの言葉にゼノは肩をすくめるだけだ。


「ぼくもゼノが何を思い出すかは興味あるかな。ぼくから見てもゼノの魂に名前が刻まれているのはわかるし~」

「なんでお前も魂が読めんだよ。まさかそう見えて聖女とか言うんじゃねえだろうな」

「ぼくは男の子だよ、間違いなく」


 ゼノは変なこと言うねえ、とはぐらかしながら首を傾げるデュティには、本当のところを教えて欲しいとリタも思う。だが彼は飄々とした態度を崩さずに、リタの問いかけるような視線も軽くかわす。


「前世の名前と記憶は別の話かもしれねえだろ」

「それはないかな。特にゼノの場合は」


 さらりとゼノの言を否定しながら、デュティはきょろきょろと周囲を見回し考えるように首を傾げた。


「ん~。本当はこの庭だったら、どこで話しかけてもらってもいいんだけど、何かないとお話はしにくいよねぇ」


 そうだなぁ、とデュティは大木の近くにあるリタの腰ぐらいの高さの石柱に歩み寄ると、リタ達を手招きした。


「これならどうかな。この石柱の板部分に手をあてて話しかけるとか。それっぽいでしょ」

「それ、本当は何なの?」


 それっぽい、と言われるとちょっと引く。


「これ?この庭園を管理する魔術を組み込んだ操作板。温度調節したり水やりしたり肥料をやったり」

「フィリシア様関係ないわね?」

「ないね」


 あっさり言われて鼻白む。

 リタどころかアーシェやサラ、ゼノにもちょっと引いた顔をされてデュティが「だってさ」と慌てたように手を振った。


「この庭園に招いたこと自体がもう、ご挨拶みたいなものなんだよ。この庭園に入れる人は限られているから、今まで来たことのない人の気配があるだけで、すぐにわかるんだよ」

「だったら最初からそう言いなさいよ。ここでフィリシア様に話しかければ、眠っていても伝わるのね?」

「そうだよ。返事はないけどね」


 期待していた訳ではないが、断定されると少し落ち込む。休眠期で姿も見られないと聞いてはいても、やはり心のどこかで期待はあった。


 ――贅沢を言ってはいけないわね。だって、こんなに存在を感じられるなんて考えてもいなかったんだもの。


 今はこれで十分だ。我慢できる。

 リタはデュティの示した石柱ではなく、大木に歩み寄るとそっと両手で触れた。

 フィリシア様は、よくこうやって祈っていた。

 あの庭園にあった木は神木の一部で、祈りは女神様に真摯に届くものであった。

 ここにある木はもちろんあの神木ではないけれど。

 きっとフィリシア様もこの木にこうやって祈っていたに違いない。

 だから同じように。あの世界でも、フィリシアを真似て祈った様に。

 リタは慈しむように木を撫で目を閉じた。


「フィリシア様――リタです。私のこと、覚えてますか? ようやく、あなたの元に追いつけた。今度こそ、間違わずにフィリシア様の手伝いがしたい――今度こそ、」


 リタは言葉を切って、焦がれるように大木を見上げた。


「今度こそ、私がフィリシア様の力になりたい……!!」


 伝わる、と思ったらもうダメだった。

 夢の中の自分が――リタがずっと抱えていた気持ちが爆発して、言葉は次から次へとあふれ出す。


「私、今度は絶対間違えない。私は何があったってフィリシア様の味方です……!だから、だから今度は私を置いていかないで!あなたの側で私も戦いたい!」


 今度こそフィリシア様の側で。

 ゼノだけじゃなく、私も一緒に。

 そして何より。


「会いたい……もう一度、あなたに会いたい。フィリシア様……」


 置いて行かれたと分かったとき、ショックだった。

 自分の力不足を嘆いた。

 自分は信用されるに値しない者だったから仕方ない、と諦めた。

 でも本当は、私も連れて行って欲しかった。どんな過酷な状況だったとしても、私も共に戦いたかった。

 ゼノの最期がどれほど凄惨だったのかをリタは正確にわかっていないけれど、自分も同じ場所に立っていたかった。

 一緒にいたかった。

 それが、リタを巻き込まないようにとの配慮であったとしても。


 大木を見上げ涙を流しながら語るリタを、デュティは無言のまま見つめた。

 被り物の中、静かに息を吐く。


 ――危ういな。


 彼女は、リタはとても危うい。

 懐かしいとかそういった可愛いものじゃない。

 彼女は白の聖女を盲信しすぎている。

 例え目覚めたとしても、会わせられないぐらいに危うい。


「気負いすぎだろ、お前さん」


 デュティが眉をひそめたとき、ゼノが呆れたように大きく息を吐きながら言った。


「お父さん」


 リタの慟哭に近い言葉を、息を詰めて見ていたアーシェが咎めるように呼んだが、ゼノは頓着せずにリタの元まで歩いて行った。


「私はっ……」

「お前さんは誰だ? リタ=()()()()だろ?」


 当たり前の事を問われて、リタは戸惑いながら頷く。


「だったら今度こそ、とかいらねえよ。女性はすべからく守り慈しむべきもの、なんだろ。()()()()()()()は。だったらそれでいいじゃねえか。わざわざ昔の事を引っ張り出さなくたってよ」


 そんな訳にはいかない、と反論しかけて口籠る。

 アインスやトレとの会話を唐突に思い出したのだ。

 フィリシア様の事はリタにとってとても重要だ。困っているなら絶対に力になりたい。だが、だからといって弟達を蔑ろにするつもりもない。今のリタにとって弟達家族も大事なのだ。


「引きずられるなよ。過去は過去だ。お前さんは孤児だったフィリシア付きの見習い聖女じゃねえだろ。今はれっきとした聖女で、レーヴェンシェルツのクラスA冒険者で、シグレン家の長女だ。箱庭にいるフィリシアがお前さんの前世で世話になったフィリシアと同一人物だったとしても、間違えるなよ。今のリタとは初対面だぞ」


 ――()()()()()()


 ゼノのその言葉に、反論はすべて封じ込められた。

 この、前世と似たフィリシアの庭園で、よりにもよってゼノにそう諭されると、リタは反論出来なくなる。

 一度間違えた、という記憶は殊の外リタを臆病にする。

 加えて、それを告げるのがゼノだ。

 フィリシア関連では、リタよりもゼノの方がきっとずっとフィリシアの心に添った判断が出来る。この信頼も前世に引き摺られたものだったが、この点についてはあながち間違っていないと確信があった。

 なら、フィリシアは前世のリタとの邂逅を喜んではくれないのだろうか。それは悲しい。

 項垂れたリタの頭を、ぽんぽんとゼノが撫でるように叩いた。


「俺はお前のフィリシアを知らねえが、知ってることはある」

「え?」


 自信満々に告げられて、驚いてリタはゼノをふり仰いだ。

 あれほど覚えていない、知らないと言っていたゼノが。

 声は出さなかったが、デュティも興味深そうにゼノを見ているのがわかった。


「お前さんのことを心配してるのは確かだ。寝てるのに、わざわざミルデスタまでやってきたのか意識を飛ばしてきたのかはわからねえが、俺にお前さんのことを頼むってな。それに」


 デュティを振り返る。


「アーシェやサラの呪いを薄めるために、力を貸してくれたのもフィリシアの意志なんだろ? 精華石を使えるんじゃないかって()()()()って、あの時言ったろ、お前さん」


 表情はわからない筈なのに、デュティが驚いたのがわかった。


「俺あ細かいことは覚えてねえけど、その提案に救われたからそこはよく覚えてるぜ。そうやって、心を配ってくれる聖女には違いねえよ」


 だろ?と同意を求められ、リタは頷きながらも首を傾げた。


「ミルデスタは……私の夢の中のフィリシア様が具現化したお姿だったんだけど……」

「そうだな。だが、俺に声をかけたのは本人だぜ。あれはまやかしじゃなかった」


 自信満々に言い切ったゼノに、デュティは空を仰いだ。その様子が少し呆れているように見えて、アーシェは首を傾げた。

 ゼノとリタの話は正直わからない。ただ二人の様子を見ていると、共通の知人で、かつゼノの方が親しかった事がわかるだけだ。

 そして今ひとつピンとこないが、前世を覚えていて囚われているリタとまったく忘れているゼノ。この違いに意味はあるのだろうか。

 でも。

 前世のことを思い出して、アーシェ達の知らない父になるのは嫌だな、と思った。リタにとってのフィリシアのように、前世のゼノにも大事な人がいて、会えない事を悲しむようになったら淋しいと、そう考えてきゅっと唇を噛み締めた。


「あっ」


 突然、デュティが鋭く叫んだ。

 あまりに突然だったので、アーシェもサラもびくりと肩を震わせた。

 リタも驚いてデュティを振り返る。


「どうしたの?」


 問い返すリタと、そのリタの頭を軽くぽんと叩いて、ゼノは険しい表情でデュティの元へ歩み寄った。


「連中か」

「うん……二日前に追い払ったんだけど、また来たみたいだ」

「俺が出てもいいぜ」

「うん……いや、ぼくが行くよ。位置を探るための魔術攻撃だしね。悪いけど少し席を外すよ。みんなは折角だからここでゆっくりしてて。そんなに時間はかからないと思うから」


 そう言い置き、デュティは庭園から足早に出ていった。

 残された面々は不安げな表情でゼノに近寄る。


「連中って?」

「箱庭を調べようとしてる連中のことさ。魔塔だったり、どっかの機関だったり、国だったり。その時によって違うな」


 厳しい表情で答えるゼノの様子から、こういった事が頻繁にあることが窺える。


「魔術攻撃って……箱庭が攻撃を受けてるの?」


 アーシェの質問にああ、と短く頷く。


「だが、防御結界があるから直接影響を受けることはねえ。鬱陶しいのは違いないがな」


 ぎゅ、と左腕を掴まれて見下ろせば、サラが不安そうな表情でデュティが出ていった後を見つめていた。

 魔塔の言葉に怯えたのだろう。

 ゼノは安心させるようにサラの頭をなでてやった。


「大丈夫だ。デュティはあれで盟主以上に強いからな。心配はいらねえ。いざとなりゃ俺だっているしな」

「そうよ。私だっているわ」


 先ほどまでの泣き顔はどこへやら、リタも力強く頷いてサラを安心させるように微笑する。

 そんなリタを見て、ゼノは笑った。


「そうやって女を相手にしてるリタの方が自然体だな。フィリシアに会う時もそのノリで行けよ。きっと面白いと思うけどな」

「面白いって何よ、面白いって! 私にとってフィリシア様はね——」

「あ〜、はいはい。それはもういいからよ。ほら、折角だから庭の中を散歩でもしようぜ。俺もここは初めてだしな」


 食いつくリタを適当にいなしながら、ゼノはサラとアーシェを伴い入り口に背を向けて、手近なガゼボに向かって歩き出した。


「そういや礼はまだ言ってねえなあ。リタに倣って大木に手を当てとくか?」

「ちょっと!随分軽い扱いね!?」

「礼を伝えるときは真面目に言うさ。そもそもここに来ただけで伝わるって言ってたしな。この会話も聞いてるかも知れねえぞ?」

「もう!だからってねえ」


 ゼノとリタの掛け合いに、くすくすとアーシェとサラが笑う。

 アーシェの知る限りでは、これまでゼノの周囲にいなかったタイプだ。

 昨日とはまったく逆な感じだ。

 なるほど、とアーシェは納得する。

 兄貴分と妹分。

 その表現はぴったりかもしれない。

 いまだに掛け合いを続けている二人をみて、アーシェはサラと目を見交わして笑った。



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