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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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(八)聖女は娘達と仲良くしたい


 箱庭三日目の朝、リタは非常に幸せな気持ちで目覚めた。

 昨日の解呪による疲れもあっただろうが、何よりデュティに貰ったフィリシアの力が宿った精華石で、フィリシアを近くに感じられたこと、久しぶりに夢の中にフィリシアが出てきたためだ。

 今日の夢にはゼノも出てきて、三人で楽しく――ゼノはちょっと困ったような顔をしていたが――話をしていて、内容は覚えていないが、夢の中の自分の幸せな気分が伝染していた。

 起きてすぐ、自分が微笑んでいるのがわかったぐらいだ。


 ああ、幸せ。


 うきうきした気分のまま朝食だと声をかけに来たデュティを迎え入れれば、眩しい!と顔を背けられるほどだった。

 食堂に案内されれば、五人分の食事が用意されていた。


「朝食はゼノ達もここなのね?」

「うん。白の聖女に一緒に挨拶してもらおうかなと思って」

「そうね。ゼノの家族だったら、フィリシア様もきっとお喜びになるわ」


 楽しそうに笑いながら同意すれば、そうだねとデュティも頷く。

 今日のデュティの被り物は黒ウサギの笑顔バージョンだ。もちろん赤いリボンと一昨日とは異なる花冠付きだ。

 昨日は真面目顔だったし、ピンクのクマの怒り顔も見た。被り物はいくつあるのだろう。

 何故被り物をつけているのかは恐らく問うてもまともな答えは返ってこないだろう。


「今日も黒ウサギなのね。他にどれだけ種類があるの?」

「ん~……ウサギとクマとオオカミかな。基本はウサギとクマ。色違いと表情別であるよ。やっぱり表情が変わらないと子供達が飽きちゃうし。でもオオカミは怖がられるからほとんどつけないんだ」


 なるほどと頷きながら、それでもやはり被り物をしないという選択肢は彼の中にないのねと理解する。

 そんな話をしていた時に、ゼノ達家族がやってきた。


「「おはようございます!」」

「うーっす」


 今日のアーシェは髪を下ろしてサイドだけくくっている髪型だ。昨日のサイドテールのキリッとした雰囲気とは違って少し柔らかく見える。サラも左側に赤いリボンのヘアピンをつけていて、似合っている。


「おはよう。二人ともよく眠れた?」


 にこりと挨拶を返しながら問えば、「はい」とアーシェが元気よく返してくれた。


「今日は黒ウサギなんですね、デュティさん」


 席につきながらアーシェがデュティに問いかける。


「うん。町の女の子達が黄金の聖女を迎えるためにおめかしさせてくれたからね。しばらくはこの被り物だよ」

「オオカミより可愛いです」

「オオカミはとっても真面目なお話をする時用だからね」

「そういえば雰囲気も黒ウサギの方が柔らかいかも」


 二人にそう言われて、そうでしょ、と満更でもない感じだ。

 アーシェ達の隣に座るゼノがげんなりとした表情で、「だから外せっての」と呟いた言葉は誰にも届かなかったようだ。

 全員揃ったところで朝食をとる。

 十人ぐらい座れそうな長方形の大きなテーブルに、リタとデュティが並び、向かいにゼノとアーシェ、サラが座った。

 焼き立てパンにスープ、サラダに卵と果物と、ごくごく一般的なメニュー。味は美味しい。

 昨日デュティに聞いたところによると、ジェニーの家がパン屋でカレンの家が食堂らしい。リタがいただいた食事はすべてそこからだということだった。


「それで、今日はどうするって? リタに頼む用事はまだ終わってねえんだろ」

「白の聖女へのご挨拶ね。できればゼノの娘さん達も起きたよって報告してくれるとありがたいんだけど、一緒にいいかな?」


 器用に被り物の口元に食事が消えていくのを、ちらちらと盗み見るアーシェに、パンを持ったままマジマジと見つめるサラ。ゼノはもう慣れているのかまったく頓着せずに食事を続けている。リタも隣だから目に入らないだけで、正面に座っていたら見てしまっていただろう。

 二人があまりに見ているので、リタもちらりと横目で見遣り、次々と朝食が消えていくのを確かめる。

 改めて見ると確かに不思議だ。


「フィリシアの力で呪いを薄めてたって聞いたからな。伝わるんなら俺だって礼を言いたい。そっちは構わねえのか?」

「ゼノも声をかけてくれるの?きっと喜ぶよ」

「寝てんのにわかるのか?」

「気は心だからねえ」

「なんだそりゃ」


 男二人は女性陣の様子などまったく気にせずに話をしながら食べているが、リタ達はそれぞれがデュティの食事に見入っていたことにお互い気づいて、顔を見合わせた。

 おかしくなったのか、サラもアーシェもクスクスと笑い出し、リタもつられて笑った。


「なんだ?」

「どうかした?」


 女性陣が食べる手をとめて笑っていることに気づいて、二人がきょとんと首を傾げるが、リタもアーシェ達も笑いながら首を振って「なんでもないわ」とリタが答えた。

 室内にはくすくすと楽しそうな笑い声がしばらく響いた。


 

 * * *


 

 テーブルからもっと距離の近いソファに移動して食後のお茶をいただきながら、リタ達は女子トークに突入していた。ゼノとデュティはテーブルに座ったままなので、ソファには女子三人だけだ。

 リタにとっては至福の時間だ。


「アーシェの今日の髪型もかわいいわね。これもサラが結ったの?」

「今日のテーマはお嬢さんなの。髪を下ろして、横だけくくると可愛いでしょ」


 満足そうにえへんと胸を張りながら解説してくれるサラに、よく似合ってるわ、とリタもニコニコと返す。


「サラの今日のヘアピンはリボンの飾りよ。デュティさんの赤いリボンが可愛かったから、サラもリボンにしたの」


 アーシェの言葉に、サラがえへへと笑いながらリタに見えるように頭を横に向けてくれる。


「サラもよく似合っているわ。こういう可愛いヘアピンもあるのね」

「リタさんの髪はさらさらでとっても綺麗ですね。くくったりしないんですか?」


 問われて自分の髪を一房持ち上げながら


「邪魔になるときは後ろでひとつにくくったりするわね。自分の髪を複雑に結うのは得意じゃないのよ」


 自分の髪を複雑に結うのは苦手だ。あまり興味がないためとも言えるが、必要性も感じていない。


「人の髪なら結えるのよ。編み込みでもアップでもツイスト巻きでも三つ編みでも」


 女の子の髪を可愛くアレンジするのは得意だ。むしろ可愛く着飾らせるのは大好きだ。そういう意味では、年下で可愛らしい二人はリタにとって格好のターゲットで、その機会を今から虎視眈々と狙っていたりするのだが、もちろんゼノをはじめ二人とも知らない。


「サラはショートだけど、サイドを編み込んでみたり巻いてみたりも出来るわね。アーシェはセミロングだから、できることの幅は多そうね」


 色々出来そうだわ、とキラリと目を輝かせたのがわかったのか、サラが慌てて立ち上がった。


「だ、ダメよ!お姉ちゃんの髪は私だけがさわれるのよ!妹の特権なんだから!」


 お姉ちゃんは私の! とぎゅっとアーシェを抱きしめながら叫ぶサラの姿に、リタは空を仰いだ。


「尊いっ……!」

「サラ……!」


 きゅん、ときたアーシェもサラを抱きしめ返す。


「……仲いいんだね……」


 どこか驚いたように呟くデュティに、ゼノは少々複雑な表情(かお)だ。

 サラは養女になってからもどこか遠慮がちなところがあったので、アーシェやゼノに甘えるようになってほっとしたものだ。二人の仲がいいのもわかっていたし、二百年前は二人だけを見ていてなんとも思わなかったのが、今リタとセットで見るとちょっと微妙に見えるのは何故だろう。


「ああ、安心してちょうだい、サラ。私はあなたからアーシェを奪う気はないわ。むしろアーシェもサラも可愛がりたい気分よ!」

「り、リタさんには弟がいるでしょう?お姉ちゃんは渡しませんからね!」

「サラはオーバーね」


 くすくすとアーシェは笑いながら妹の頭を撫でて、リタさんは社交辞令で言ってるのよと言い聞かせていたが、ゼノにはわかる。リタの目が本気だ。本気で二人共を可愛がりにきている。むしろサラの態度を微笑ましく見ている。

 そこまで真面目に考えて、はたと我に返った。

 まあ、リタが二人と仲良くすることに害はないよなと思ったからだ。仲が悪いよりいいに越したことはない。

 ここにアインスがいれば「それは程度によるんだよ、おっさん!!」とおっさん呼びでゼノを諌めてくれたことだろう。


「だって、リタさん綺麗だし聖女だっていうし、お姉ちゃんをとられそう。お姉ちゃんの髪をさわっていいのは家族だけ!絶対!」


 そこは譲らないの!とサラがこだわる理由は、髪はごくごく親しい人――家族だけがさわれるのよ、とゼノの妻アドリーシャに言われたからだ。特別なことよ、とサラを家族として馴染ませるために言って聞かせたことが影響していた。

 アーシェはそれをわかっているので「大丈夫よ」とサラを安心させるように笑って肩を叩いた。


「わかってる。これは家族だけのトクベツよ。サラとお父さんだけ」


 アーシェに言われてサラがぐっと唇を引き結び、申し訳なさそうに眉尻を下げながらリタを見た。

 これは自分の我儘で、子供っぽい独占欲で、自分勝手だ、と思いながらも譲りたくないという気持ちの表れたサラの表情が、リタに突き刺さった。


 ――可愛い!!

「はうっ……!」


 と胸を押さえながら呻いたリタをどう勘違いしたか、サラが慌てたように両手を振った。


「あの、違うの!別にリタさんがダメとかじゃなくて、これは私の我儘でっ……」

「大丈夫。大丈夫よ、サラ。わかっているわ。アーシェの髪を結うのはサラだけの特権。髪にさわれる人は家族なのよね。大丈夫。あなた達三人親子の中に入っていこうなんて考えていないわ」


 慌てるサラにリタは笑顔でうんうんと肯定し、安心させるように言い切った。

 リタとしても別にゼノの家族になりたいわけでも、二人を妹にしたい訳でもないのだ。――妹は非常に魅力的だが。

 だが、彼女達を堂々と可愛がれる立場は確保したい。

 ゼノの家族とは言い訳なんかしなくたって、関係者であるという立場を確立しておきたいと、何故だかリタも強く思っているのだ。


「私とゼノは親子になることはないし、あなた達家族の中に割って入るつもりもないから安心して頂戴。そしてそう――私はね、ゼノの妹分なのよ!」


 ぶはっとゼノが背後で盛大にお茶を吹き出したが、リタはまったく頓着しない。


「妹分……?」


 サラが首を傾げて聞き返し、アーシェは思わずゼノを振り返った。ゼノは気管にでも入ったか、ゴホゴホ咳き込み喋れる状態ではない。デュティがおろおろしながら大丈夫?と心配そうに問いかけていた。


「そうよ。私とゼノは前世ではフィリシア様の見習い巫女と護衛剣士。フィリシア様を通じた関係で、兄妹分だったの。だから今世でもゼノは私の兄貴分で、私はゼノの妹分」


 二人にそう説明しながら、リタは今朝の幸せな夢の内容を徐々に思い出してきた。

 そうだ。フィリシア様からそう言われたのだ。

 二人は親子という感じでもないし、かといって知り合いや友達、同僚という言葉では片付けられない関係だから、兄妹の方が近しい感じね、と。

 ゼノは妹がわからないと困り顔で、リタも兄どころか家族そのものがいなかったのでゼノ同様わかりはしなかったのだが、その関係はなんだかこそばゆく嬉しかった。お兄ちゃん、じゃなく兄貴分。甘える存在ではなく、頼れる存在。庇護する存在ではなく、懐に入れる存在。それが、前世での二人の関係だ。

 それをそのまま今世で適用したって構わない。むしろ今もそんな感じではなかろうか。

 リタにとって父はケニス一人だ。ゼノは父にはなり得ない。ならばもうひとつの特別といえば妹分だろう。この立場なら親子三人の立場を脅かすこともない。


「前世でもそうだったんですか」


 なるほど……??とアーシェが口許に手を当てながら考えるように呟き、サラもお父さんの妹、と小さく呟く。ゼノは咳は収まったようだが、否定も肯定も出来ずに間の抜けた顔をしていた。


「そうよ。だから私は、二人のおばさんという立場になるわ!私のことはおばさんと呼んでちょうだい!!」


 どん、とどや顔で誇らしげに宣言したリタに、二人が「え?」と驚いた顔をした。

 これにはゼノもデュティもぽかん、としてリタを見つめた。


 リタはまだ年若い。

 妙齢の女性だ。

 むしろ少女と言ってもまだ許される年齢だ。

 それがドヤ顔で自分のことを「おばさん」と呼べと二人にアピールしている。


「いえ、さすがにそれは……」

「ええ!?どうして!? 親子間に割って入らないから構わないでしょう?」


 アーシェの言葉に狼狽えるリタに「えと、そうじゃなく……」とサラも慌てて否定しながら、どうしようとアーシェと顔を見合わせた。


「え?だめかしら?名案だと思ったんだけれど。おばの立場なら家族枠で二人に構えるでしょう?」

「お前さんの思考回路ってたまにわかんねえな、ほんと……」


 あまりのことに呆れたように呟いて、ゼノがガシガシと頭をかいた。


「ええ?どこがわからないの?」

「いや~……ある意味わかりやすいんじゃないのかな」

「そうでしょう?」


 ゼノと違って理解を示すデュティに頷いて見せながら、それからアーシェとサラを見やった。


「これでもダメかしら?」


 眉尻を下げてしゅんと項垂れながら尋ねるリタに、アーシェとサラも困ったように顔を見合わせたまま、何をどう説明するべきかと頭を悩ませた。


「ええと……リタさんの気持ちはわかりました」

「うん。私達と仲良くしてくれると」

「ええ!二人に構いたいの!可愛く飾りたいし!」


 食い気味に同意してくるリタにアーシェが少し引いたが、サラはむむむ、と難しい顔をしてリタを見つめた。


「でもおばさんとは呼べません」

「え!? だめ!?」

「ダメというか……私達とあまり歳も変わらない上に綺麗なリタさんを、おばさんとは呼べないです。あと、お父さんの妹分なら……いいです。トクベツ、です。お姉ちゃんの髪もたまに——本当にたまになら譲ってあげます」


 さすがにここまで言われると、サラも意地を張って拒否し続ける気力もなくなった。 


「お父さんの妹分、というのは受け入れます。私達も仲良く出来たら嬉しいので。呼び方は今の形でリタさんと呼ばせてください」


 ショックを受けるリタに真意が伝わっていないのがわかって、サラとアーシェが苦笑しながら了承した。


「本当!?嬉しいわ!呼び方は好きに呼ん頂戴!」


 ぱあっと嬉しそうに笑うリタに二人は苦笑した。

 リタさんはちょっと変わった人、と二人の中で認識されたことをリタは知る由もない。

 きゃいきゃいと楽しくまた会話を始めた三人を見ながら、はあ、とゼノは大きくため息をついた。


「妹分、ねえ……」


 驚きはしたが、別に嫌な訳ではない。

 ただ、そう。

 ()()()()()()ことに逆に驚いたのだ。

 引きずられてんな〜とガシガシと頭をかくゼノを、デュティが黙って見つめていた。




女の子と仲良くなれるのなら、呼ばれ方は気にしない。

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