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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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(七)レーヴェンシェルツギルド本部



「ほへ~……でかい……」

「大きいな~……」 


 アインスとオルグは、地図を片手にあんぐりと口を開けてその建物を見上げた。

 そこはカルデラントやタンザライ、そしてミルデスタのギルド支部よりも大きく立派だった。

 ルクシリア皇国にある、レーヴェンシェルツのギルド本部。広場にそびえ立つ石造りの五階建ての大きな建物だ。上だけでなく横にも大きい。アインスが想像していたよりもずっと大きく、その威圧感にもうただ見上げるのみだ。

 そろそろ活動を再開しても大丈夫だと、ハインリヒから通達があったとモーリー夫人に教えられたので、オルグと二人今日はギルドにやってきていた。

 ここで活動を始めるには、まずミルデスタ支部長のゴルドンからの書状をギルド長に渡さねばならない。二人の事情と請け負わせる依頼の選別について書かれていると聞いている。


「二人なのかい?」


 突然背後から声をかけられて、アインスは固まった。

 街中だったし今は追われてもいないので周囲への注意が散漫になっていたのは確かだが、気い抜きすぎだな、と反省しながら声のした方を振り返った。 

 人の良さそうな笑みを浮かべた男達が立っている。装備からして冒険者だろう。


「え~と、はい」


 質問から考えると、アインス達を依頼者と見間違えていることはなさそうだが、なんだろう。

 男達の意図が掴めずにアインスは軽く返すにとどめた。


「二人パーティだと不便なことも多いだろう? 僕たちと一緒に組まないかい?」


 勧誘だった。

 タンザライ支部でソロで活動していた時は、そんな風に声をかけられることはなかった。

 オルグが強そうに見えるからかな?と首を傾げつつも、アインスは笑いながら頭を下げて断った。


「ありがとう。でも、俺たちは今のところ誰ともパーティを組むことは考えてないんだ」


 正確にいうならアインスとオルグもまだ別にパーティを組んでいる訳ではない。

 それに依頼を選別するぐらいだ。勝手にパーティなんぞ組もうものなら、ハインリヒに確実に怒られる。


「そうなのかい? 他の地域ではともかく、この辺りで活動しようと考えるなら、パーティ人数はいた方がいいよ。二人とも回復系の魔法が使えるようには見えないし」


 親切心からだろうか? だが、見たところ男のパーティは既に五人はいる。そこにアインス達を組み入れようとするのは何故だろう?

 内心で首を傾げながらも、変に首を突っ込む必要もないよな、とアインスはニコリと笑うにとどめた。


「そっちはアテがあるんで大丈夫。じゃあ俺たちこれで。――行こう」

「待てよ」


 頭を下げて早々に立ち去ろうとしたアインスの肩を、男がぐいと掴んだ。

 思いの外強い力に眉をひそめた。


「なに? 俺たち急いでるんだけど」


 アインスは肩を掴んだ男の手を払いながら、正面に向き直って距離を取った。アインスの中で男達の扱いが要注意人物に変わる。オルグがアインスの横で拳を握りしめたのがわかった。一応それを片手で制しておく。


「ガキと能なしのパーティなんざやっていける訳ねえだろ」


 がらりと変わった口調とそのセリフにすっとアインスの目が鋭くなった。


「お前らハンタースの冒険者か」


 オルグをそんな風に貶めていた連中がいたのだとハインリヒから聞いている。こいつらがその一部だとするなら許せない。


「はあ?俺達はれっきとしたレーヴェンシェルツ登録の冒険者だ。先輩が後輩に忠告してやってんだろ。それを無視するんじゃねえよ」


 ガキが、と言い捨てる男にオルグが殴りかかろうとするのを、アインスが制止した。どのような事情があろうとも、先に手を出すのはマズいのだ。それに、この程度の挑発に乗るようでは侮られる。

 ちらりとオルグに視線で注意すると、オルグはぐ、と詰まってから握りしめた拳を下ろした。

 それを確認してから、アインスは男達を見やって、はん、と呆れたように息を吐いた。


「見た目で判断する輩には、センパイだとしても従えないな。俺たちには教えを請う優秀なセンパイは他にたくさんいるから、あんた達にわざわざ頼む理由もないね」


 それに、と腰に手を当てて男達を睨みつけた。


「そうやってレーヴェン所属の他の冒険者を組み入れようとするのは、あんた達なんかやらかしたんじゃねーの? ペナルティいくつか食らうとギルド追放だったよな」

「なっ……!」


 図星だったのか男達が色めき立つ。

 アインスは男達を冷静に見つめながら、さて、どうするかな~と考える。

 正直相手をするのは面倒だし、こちらにメリットもない。こういった輩は打ちのめしても逃げてもしつこいというのが定番だ。

 加えてアインスの予想が図星なら、ヤケになっている可能性もあるのでなおのことタチが悪い。

 アインスとオルグなら御しやすいとみて絡んできたのだろうが、オルグのことを『能なし』と評したのなら、ハンタースのクズ冒険者と繋がっている可能性もある。だとしたら、ここで確実に縁を断ち切っておきたい。


「ガキの分際で……!!」

「生意気なんだよ、てめえ!」

「おまけに状況判断も酷いときたもんだ」


 武器に手をかけようとする連中に、殺気を漲らせてぴしゃりと言い放つ。


「なにを……っ」

「あんたらここがどこだかわかってんのか。ギルド本部前の広場だぞ? こんな人の多い場所で武器を振り回す気か? ペナルティ食らうのも当然だな」


 呆れたように言い捨てながらも、視線は鋭く男達を睨み付けた。

 ここまで言われて武器を振るうような相手なら、容赦は不要だ。

 男達のクラスは知らないが、アインスの見たところそう強くはない。

 こう見えてクラスA冒険者の父と姉に鍛えられてきたのだ。おまけに先の教会との騒動で他の冒険者や剣聖のゼノ、コルテリオのルカ達といった強者と相まみえてきた。自然、アインスの目も肥えている。

 今のアインスとオルグなら難なく相手が出来るだろう。

 怯むどころかプレッシャーをかけてくるアインスの気に飲まれて、ごくりと唾を飲み込みながら、男達が一歩後ずさったとき


「こんなクズがレーヴェンにまだ残っていたなんざ、あたしゃ聞いてないよ、ドリトス、リーチェ」


 突然しゃがれた女性の声が割って入って、アインスははっとしてそちらを見た。


 ――気付かなかった


 先程までの注意力散漫な状態とは異なり、アインスは周囲の様子を窺っていたにも関わらず、その女性と付き従う人物が近づくのにまったく気付かなかった。

 うわ、強そう。

 左目に眼帯をつけ長い白髪を後ろで一つにくくった年配の女性に、強者の気配を感じて恐れおののく。

 このばーちゃん、ぜってー強え人だ……

 背後のオルグからもごくりと息を飲む気配を感じて、アインスは彼女達に場を譲るように一歩下がった。

 それを見て、彼女がにやりと笑う。

 うっわ、こえぇ~……

 顔には出さないように気をつけながら、オルグの横まで下がると、ちらりとオルグを見上げた。オルグの見えない耳が寝ているのが見えるようだ。


「ふーむ。クラスCのゲイン率いるパーティはまだうちの冒険者だったか?とっくに追放されている筈だが。違うか、ベアトリーチェ」

「追放まであとひとつペナルティ枠が残っているんですよ、ドリトスさん。最近は登録したばかりのソロ冒険者を取り込んでは、そこにぶら下がって依頼を受けているみたいですね。そこでペナルティを受けると新人に押しつけては切り捨てるということを繰り返しているようです」

「クズだな」

「はい、真性のクズなんです。先日捕まったハンタースのごろつきとも繋がりがあることもわかっています」


 背後の二人がつらつらとそんな身も蓋もない情報を読み上げるように伝えれば、ふん、と眼帯の女性が鼻を鳴らした。


「それで? 新たなカモを見繕おうとして、カモ候補に喰われかけてるってわけかい。相手の実力も読めないとは冒険者としても使えないね。じゃあそれでペナルティひとつ追加で追放しておきな」

「承知いたしました」

「……なっ、そんな馬鹿なこと――」

「ああ゛?」


 理不尽な物言いに抗議をしかけた男――ゲインは、眼帯の女性に睨まれてびくりと押し黙った。


「背後の方々も合わせてレーヴェンシェルツギルドの身分を剥奪しておきます」


 ベアトリーチェと呼ばれた女性は、すたすたと男達に近寄り彼らの周囲をぐるりと歩くとこちらに戻って来た。

 何をしたんだろう?と首を傾げるアインスの横で、オルグが「すっげ」と感嘆の声を上げた。


「え?今なにやったの?」

()った。えーと、身分証?それを通りながらするっと」

 スリかよ!


 だがあの一瞬で全員の身分証を掏ったとなると相当の腕前だ。見た目普通の事務職員に見えるのに、相当の実力者らしい。


「はい、じゃあこれで手続きしておきます」

早急(さっきゅう)にな」

「はい。レーヴェンシェルツ永久追放処分にしておきます。余罪もありますし」 


 淡々と表情ひとつ変えずにそう告げると、ベアトリーチェは身分証を彼らにひらひらと見せびらかしてから、さっさとギルド本部の建物に入って行った。うんうんとドリトスと呼ばれた男が頷き見送る。

 男達は慌てて自分達の身分証がないことに気付いて探し回っているが、もう今更だ。


「余罪があるなら解放はできないね。ドリトス、しょっ引いときな」

早急(さっきゅう)に」


 言って、ドリトスが右手を上げるとゲイン達を縄で縛り上げた。

 一瞬だ。


「うっわ、今のなに?」

「わかんねえ。縄を投げたんだろうけど……素早すぎて」


 これ、クラスAとかのレベルじゃねーな、とゲイン達をそのまま一人でずるずる引きずっていくドリトスを見送りながら、本部ともなるとすげーのがいるな、とアインスは感心した。


「それで、お前さん達だろ? ハインリヒが言ってたのは」


 しゃがれ声がすぐ背後で聞こえて、アインスとオルグは肩をびくりと震わせて振り返った。いつの間にかすぐ後ろに眼帯の女性がいる。

 ハインリヒを呼び捨てに出来る人物は限られる。

 先程ゲイン達にペナルティを加算したのだ。彼女はギルド長かまたはそれに近しい立場の人物に違いない。おまけにミルデスタのゴルドンと似た雰囲気を感じとって、元凄腕冒険者が上層部にいるパターンだなと納得した。


「あ、うん。あのこれ、ゴルドン支部長からです」


 内心びびりながら、とりあえずゴルドンの書状を突き出すと、女性は嫌そうに顔をしかめた。


「あいつのミミズののたくった字なんざ読めねえだろうよ」

「あ、書いてくれたのは副支部長のカーンさんなんで大丈夫」


 しれっとある意味失礼な事を述べるアインスに、あっははは!と女性は大声で笑うと、アインスの背をばんばんと叩きながら書状を受け取った。


「言うねえ」

「痛えよ!」


 思わず怒鳴り返しても、あはははは!と楽しそうに笑ってばんばんとアインスの背中を叩き続ける。


「いてーって!」

「や、やめろよ!」


 痛がるアインスをぐいと自分の方に引き寄せ、威嚇するように睨み付けるオルグに女性は笑い声を収めると、にやり、と歯を見せて笑った。


「躾の行き届いた番犬だね。ちゃんと飼い主の言う事を聞く上に守ることもするか」

「オルグは番犬じゃねーよ。家族だよ」

「!」

「ふふん、いいね。ついてきな」


 顎でしゃくられて、アインスは笑顔で自分の腕を掴んでいるオルグを引っ張って、女性の後に続いてギルド本部に入っていった。

 外観もなかなかのものだったが、内観も石造りの立派な佇まいだ。さすが最初のギルド。

 アインスはあまりレーヴェンシェルツの組織について詳しくなかったが、ここにはギルド長と執行役員が存在するとカーンから聞いた気がする。


「しばらく奥にいる」


 女性はどかどかと乱暴な足取りでギルド内を進み行き、受付横を通り抜ける際に言い捨てた。

 受付職員がはい、と笑顔で答える中、周囲の冒険者達が「誰だよ捕まってんの」「気の毒に」「ギルド長に捕まると長いぞ」などとアインス達を気の毒そうに見ながらひそひそ話しているのが聞こえてきて、あ~、やっぱギルド長だったか、とアインスは肩を落とした。

 そんな気はした、と思いながらもギルド長に話を通さなければならないのは確かだ。わざわざ時間を取ってくれるというのだから大人しく従おう。

 階段を上がり部屋に通された部屋は執務室のようだ。中央に応接セットがあり、執務机が二つ窓際に置いてあった。


「そこに適当に座ってな」


 そう言い置いて応接を示すと、自分は窓際の大きい方の机の椅子にどっかと腰をかけてゴルドンからの書状を乱暴に開く。

 アインス達が大人しくソファに座ると、がちゃりと横のドアが開いて、先程冒険者の身分証を奪っていったベアトリーチェと呼ばれた女性が入ってきた。


「処分は滞りなく完了しました。――こちらは?まさか遊ぶために連れてきてませんよね、ギルド長」


 真顔でなかなか洒落にならない事を言ってくれる。


「例の坊主共だよ。ハインリヒが言ってた」

「御使い様の弟くんですか」


 ベアトリーチェの言葉には驚きが含まれるように聞こえるが、実際には表情は少しも変わらない。無表情でアインス達をまじまじと見つめてくるのはある意味怖い。


「ふん、まあ妥当だね。聖女の家族ともなれば支部で平穏に冒険者なぞやってられないだろう。どんな虫が(たか)ってくるかしれやしない。いいさ。あたしの目の届く範囲で活動するといい」


 無造作に書状を机の上に放り投げると、机に肘をついて組んだ手の甲に顎をのせ、にやりと笑ってアインスを見た。


「それで? お前さんはどうする?何がしたい? 魔獣退治から探索まで見繕ってやるよ」


 言われた言葉にアインスは首を傾げつつ、「今クラスEだし、まずは薬草採取かな」と至極真っ当な仕事内容を返した。


「ほお? お前さん、ミルデスタじゃ大活躍だったそうじゃないか。腕はたつ、とゴルドンからも聞いてるよ」

「いやクラス相応だよ。それに、この地域は初めてだし、まずは薬草採取で地形と植生をちゃんと見ておきたい」

「ふん?」


 にやにやと楽しそうに笑いながら先を促されて、何がそんなに楽しいのかわからないまま、内心で首を傾げつつアインスも続ける。


「元々狩りをしながら色々叩き込まれたから、新しい土地では植生と地形を覚えることから始めろって言われてて。しばらくソロか、いずれはオルグと一緒にやれたらいいと思ってるんで、今は危険度が高い依頼は避けたいのが本音かな」

「オ、オレはアインスと一緒に仕事したい!」

「うん。俺はオルグと一緒なら安心だけど……オルグはハンタースでB級だったんだろ?クラスEの仕事は退屈なんじゃないか?」

「そんな事ねえよ! オレ、レーヴェンシェルツでは仕事受けたことないから、アインスと同じクラスEなんだ!だから、アインスと一緒に仕事したらいいと思うんだ! な! 全然問題ないと思わないか?」


 な、な!とどこか必死に言い募るオルグに、「オルグがいいならいいけど……」と苦笑しながらアインスは答えた。

 ミルデスタでも思ったけど、オルグはうちを優先させすぎじゃないかな。なんかいつもオルグが損してないか?

 もうちょっと自分を優先させるようにさせねーとなーと、アインスに自覚はないが保護者のそれだ。


「ガキらしくない落ち着きっぷりだね。普通はもっと高ランクの依頼をこなしたいって駄々こねるのが多いもんだが」

「そういうのは慣れてからかなー。俺登録してまだ半年程度で、ソロでも問題ない危険度低い依頼ばかりやってきたし――経験値全然足りてない。おまけにその半年もタンザライでこことはまた全然違うし」


 本来なら、父の指導の下で依頼をこなして経験を積んでいく予定だった。リタがそうであったように。だが今は指導をしてくれる相手がそもそもいない。自分で考え、経験しながら進んでいくしかないのだ。

 ならばまずは、最低限この土地のことを知らねば。それには薬草採取は最適な依頼だといえる。依頼と勉強とを同時にこなせるのだ。


「――地に足ついた考え方だ。それだけでお前さんの父ケニスが大した冒険者だったことがわかるよ。――そいつを早く知れてたら、裁判でもっと教会を叩いてやったのに」


 ちっと舌打ちしながら残念そうに言い捨てる言葉を聞いて、教会との裁判は確かギルド長が出廷したんだったとアインスも思い出した。


「いえ、ギルド長かなり叩いてましたから。それはもう鬼のように。レーヴェンシェルツと教会の間にせっせと深い溝を掘ってましたので」


 あれ以上は難しいかと、と空恐ろしい事を真顔で告げるベアトリーチェに、アインスが苦笑した。


「御使い様の関係者でしたら、最初にガツンと周囲に示しておく必要がありますね。――私かドリトスさんが指導役と称してしばらく付き従いましょうか。むしろ私が適任かもしれません」


 ふむふむと無表情で告げるベアトリーチェに、ギルド長が「あたしが出よう」ととんでもない事を言い出した。


「え、だってばー……、んんっ、ギルド長が一介の冒険者に肩入れしたらマズイだろ」


 思わずばーちゃん、と言いかけて慌てて言い直したアインスの言葉に、ベアトリーチェがきっ、と冷たい視線をアインスに寄越した。


「今、ギルド長の事をババアと呼ぼうとしましたね?」

「そこまでないよ!?」

「そうだぞ!アインスならきっと『ばーちゃん』だぞ。リタのこともねーちゃん呼びだからな!」

「いや、余計なこと言わなくていいから!!」


 援護射撃になってるんだかなんだかなセリフをドヤ顔でオルグが言うのにツッコミを入れつつ、アインスはちらりと横目でギルド長を窺った。

 にやにや笑っているだけで怒ってはいなさそうだ。そのことにちょっと安心する。


「ババア呼びはお前がやってんだろ、リーチェ。坊主を仲間に引きいれようとするんじゃないよ」

「ちっ。バレましたか」


 舌打ち!?

 え、ベアトリーチェさんとギルド長ってどういう関係!?


「子供ならそれぐらいの気概があったっていいと思うのですが」

「それ、方向が間違ってるよね!?」

「まあ、弱虫」

 理不尽!


 ベアトリーチェの無表情ながら心底がっかりした物言いに、心の中で盛大に文句をたれるが口にはださない。 

 なぜにアインスにギルド長をババア呼ばわりさせようとしているのか。


「ベアトリーチェさんってギルド長の部下じゃないんですか」


 思わずジト目で問えば、ベアトリーチェは無表情のまま、何を当然のことを、とのたまう。


「あ~、はい、もういいです」


 あまり深く追及するともっと微妙な話が出てきそうだなと、アインスは早々に諦めて話を戻すことにした。

 話がとっちらかる弟達との会話で、こういったことには慣れているのだ。


「ギルド職員はともかく、ギルド長が直接指導ってのは他の冒険者への公平性を欠くと思うんで、ギルド長は遠慮したいです」

「もっと強く言ってやってください」


 即座に無表情でアインスを焚き付けるベアトリーチェを思わずジト目で見やる。


「こんなババアより私と一緒の方が嬉しいと」 

「いや、それまったく思ってないからね?勝手に巻き込まないでくれる?」


 放って置いたら勝手にアインスが言った事にされそうで、即座に否定しておく。

 そんな二人のやりとりをギルド長はにやにや笑って見ているだけだ。

 ベアトリーチェとギルド長の関係は普段からこんなのかもしれない。


「リーチェはリタの弟であるお前さんとツナギを作っておきたいのさ」

「――何が狙いだ」


 リタ目当てだと言われて、アインスはベアトリーチェに警戒も露わな鋭い視線を向けた。

 先程までとは打って変わって殺気を纏うアインスに、しかしベアトリーチェは満足そうに頷いた。


「合格です。さすがリタ殿の弟くんですね。警戒を怠らないのは良い事です」

「――なんの試験?」


 まだ警戒を解かずに疑わしそうに睨みながら告げるアインスに、ベアトリーチェは無表情のまま


「私のリタ殿安全チェックですけど?」


 と胸を張って答えた。


「……ねーちゃんの知り合い?」

「いいえ」


 きっぱりと告げるベアトリーチェでは埒があかないと、この人なに?とギルド長に視線で問うた。


「リーチェはリタのファンなのさ」

「御使いだから?」

「ちょっとお待ちください」


 姉と知り合いでもないのにファンってなんだ、と少々うんざりした気持ちになったアインスに、ベアトリーチェは壁にある観音扉式の棚に歩み寄ると、中から綴じられた書類の束を持ち出した。

 どん、とテーブルの上に叩きつけるように置く。


「……これは?」

「嘆願書です」

 たんがんしょ……?

「カルデラント支部を中心とした、リタ殿を教会から守って欲しいという嘆願書です」

 よくわからなくて首を傾げたアインスに、丁寧に整理されたその束をパラパラと捲ってみせながら、相変わらず無表情のままベアトリーチェが口調だけは自慢げに告げた。

「えっ……」


 そんなものを支部が出してくれてたなんて……!


 驚いてその書類をパラパラと捲りながら目を通したアインスは、次第に眉間に皺が寄ってきた。

 すべて女性じゃん……!

 ギルドの受付職員から冒険者、果てはリタに仕事を依頼したことのある人まで、名前を見ればすべて女性だ。ハイネは町のすべての女性の名前があがってるんじゃないのかと思うほどだ。しかも姉と親しかった領主の娘システィーヌ達は何度も何度も何度も出している。

 ねーちゃん……

 ある意味リタらしい。

 リタは確かに女性のために色々手を尽くしてきた。それがこういった形で報われているのなら、アインスとしても嬉しい。

 まあ、女性ばかりというのはある意味ドン引くけどな……

 おまけにどうやってこの輪を広げていったんだろう? ハイネの町とはまったく無関係のシュゼントのハンタースギルド職員やアインスの全然知らない地域の村からも出ている。

 この確実に増えている姉の信者っぽいのはなんだ。

 あれ?フィリシア様の御使いだから増えてもいいんだっけ?

 いやでもなんかちょっとこれ怖いな。

 アインスは唇を引き結びながら埒があかない事をつらつらと考える。


「この嘆願書を見れば、どれほどリタ殿が素晴らしいかが伝わってきます。これ程までに女性の味方である冒険者はいません。私は彼女を尊敬し信奉し、全力でサポートしたいと思います」


 無表情なのにとても熱を感じさせるベアトリーチェの言葉に、この人もそっち系かぁ、と納得した。


「ねーちゃんに会ったこともないのにすげえな……」

「この嘆願書に書かれている内容で十分にわかりますから」

「これ全部読んだの!?」

「隅から隅まで」


 当然です、と返されて、まあ確かに嘆願書なら目を通す必要はあるもんな、と思いながらもそれだけではない情熱を感じる。


「ハインリヒから働きかけがなくとも、これほどの嘆願書が一人の冒険者のためにでてきたなら、ギルドも動かざるをえなかったのさ。まあ、確実に勝てるためのお膳立ては奴がやったがね」


 ギルド長の言葉に、見捨てられていた訳ではないんだなとアインスも納得して、立ち上がって頭を下げた。


「ねーちゃんの味方になってくれてありがとうございました」

「放置すればレーヴェンシェルツが女性に恨まれただろうさ。そこのリーチェを筆頭に何をされたかわかったもんじゃないよ」


 肩をすくめたギルド長に当然です、とベアトリーチェが返す。


「女性冒険者を集めて教会に殴り込みぐらいはかけたかもしれません。あと支部という支部の女性冒険者で各支部を乗っ取って社会的にも裏からも圧をかけましたね」


 それは怖い。

 何が怖いって、本気でやりそうだしやれてしまいそうなところが怖い。

 改めてリタの影響力の大きさにアインスは身震いした。


「私が彼らに付き従って、リタ殿狙いで弟くんに近づいて来る連中を抹殺――もとい見極めたいと思います。リタ殿には憂いなくお仕事をしていただかなければなりませんから。邪魔する者は彼女がこのギルドに来るまでに排除しておかねばなりません」


 今この人抹殺って言ったよ!


 ベアトリーチェの気迫にオルグがぷるぷると震えながらアインスの肩を掴んできた気持ちもわかる。

 こういうのハイネでもいたよなぁ……システィーヌとかレインとかキャリーとか……

 まあ、こういった連中の扱いも非常に上手いのがリタだ。アインスは流されておくのが正しい対処法だとよくわかっている。


「あ~……じゃあベアトリーチェさんにお任せします。ギルド職員ならこの地にも登録冒険者にも詳しいだろうし、ギルド長よりは他に与える影響は少ないと思うんで」


 アインスの言葉にええ!?とオルグが声なき悲鳴を上げたが、そこは黙殺する。この手合いはとりあえずさせたいことをさせておかなければ落ち着かないのだ。

 ハイネでの経験則である。


「英断です。さすがはリタ殿を助けるために教会と戦った弟くんですね。君のことも全力でサポートしますから安心してください」

「それはどうも……」


 もはやもう何を言われてもアインスは受け流すのみである。


「では早速と言いたいところですが、本日は午後から非常に重要な会議があるため、明日からでよろしいでしょうか」

「こちらが色々教えてもらう立場なんで、ベアトリーチェさんの都合に合わせます。あ、もしギルドでこの地域の植生地図とか図鑑とかあったら見たいんだけど、レンタルとかやってますか」

「重要な会議について聞かないんですか」


 だが返ってきたのは斜め上の質問だ。

 一介の低位クラスの冒険者が、ギルドの会議内容に興味を示すと何故考えるかな、と一瞬遠い目をした後、ああ、これは何かリタに関係する上に言いたいんだなと悟って、片手をあげてみせた。


「じゃあぜひ」

「騎士団を含めた御使い様のスケジュールについての会議があるのです」


 私の最優先事項です、と無表情ながらに得意げにきりっとした口調で告げられて、そんなこったろうと思ったよ、と内心で呟く。もちろん口にはださない。


「おうおう。リーチェの手綱は坊主に任せておけば問題なさそうだな」


 一連のベアトリーチェとのやりとりをにやにや笑いながら見ていたギルド長が、楽しそうに告げるのをアインスはジトリと睨みつけた。

 ギルド職員の手綱はギルドが持つべきだろ、と文句を言いたいのが本音だが、アインスにはわかっている。

 リタの信者には、リタのためになると考えたなら突き進んで止まらない輩が多いのだ。ハイネの町でも確かにいた。本人とリタは構やしないが、周囲は時に多大な迷惑を被るのだ。ベアトリーチェもこの一点においては、ギルド長すら手を焼いているに違いない。


「まあ俺は、普通に冒険者として仕事が出来るなら、そのあたりはもうどうだっていいんだけどさ……」


 ここに来てもそういった連中との付き合いは切れないんだな。

 いや、むしろパワーアップしたのが増える?

 その事実に思い至り、もしかして自分がここに移動させられたのは、こういった人達の相手をするためじゃないだろうな、とちらりとハインリヒの顔を思い浮かべてしまったのは仕方がない。

 前途多難そうだ……。

 はあ、とアインスは大きなため息をついた。




逃亡中にリタが助けた人々からの嘆願書は、リーチェさん主導でその支部の女性職員を動員して、むしろかき集めているのが実態です。

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