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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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(五)三つ目のお願い



 アーシェ達が眠っていた部屋から移動した先は、リタが最初に案内された応接室だった。

 階段を上り移動しながら、やはり塔内の構造はわからないわね、と先日とは逆方向に現れた入口から室内に入ったのに、室内の方向は同じという不可思議な状況に首を傾げつつ、リタはソファに腰掛けた。

 今回はリタの隣にデュティが座っている。向かいにはゼノが右側にアーシェを、左側にサラを座らせがっちりと手を握って座っている。

 先程からそんな状態で無言だ。

 ローテーブルにはデュティが出した紅茶とジュース、焼き菓子がセッティングされていた。


「問題ないと思うけど、気分悪かったりしない?」


 今は黒ウサギの笑顔バージョン――昨日リタを迎えてくれた被り物だ――で、デュティが二人に優しく問うと、アーシェはこくりと頷いた。


「はい。どこも調子は悪くありません――サラは?」

「わたしも大丈夫、です」

「良かったわ」


 二人の答えにリタが微笑して返す。

 だがゼノは変わらず俯いたまま無言だ。

 微妙な沈黙に包まれて、リタはため息をついた。


「ゼノ。何か説明しないと彼女達も困るでしょう?いつまでそうしているつもり?」


 呆れたようなリタの声にも何の反応も返さない。

 壊れたんじゃないでしょうね。

 と、思わず眉を顰めて失礼な事を考えたリタをどう思ったか、アーシェも小さく息を吐いた。


「サラ。腕を確認して」

「うん」


 アーシェの言葉に、サラがゼノと手を繋いでいない手でゼノの左腕を取り、グローブを手の甲部分まで外した。


「何も書いてないわ、お姉ちゃん」

「じゃあ、秋の収穫祭が終わってるのは間違いないね」

「うん」


 二人の会話の意味がわからなくてデュティを見やれば、デュティもこてんと首を傾げて様子を見ている。


「どういうことなの?」


 仕方がないのでリタはアーシェに尋ねた。


「二日前に、アザレアさんから収穫祭までに素材と魔石を集めるようお父さんに話があったんです。お父さん忘れっぽいから、収穫祭が終わるまで腕にメモを書き付けておくって」

「収穫祭が終わるまで何をやっても消えない、お師匠様の魔法です」

「なるほど~。君達なりの時間確認方法だね。当時君たちがいた場所から考えると、秋の収穫祭ってロルバーンで行われてたやつかな」


 今はもう地名が変わっちゃってるけど、とさらりと告げられてアーシェとサラは顔を見合わせた。 


「町の名前が変わっちゃうほど時間が経っちゃったんだ……」

「あの辺は魔族被害が多い地域だったからね」 


 そうなんですか、とアーシェが悲しそうに呟いたが、それでもゼノは何も言わない。二人の手を握りしめたまま、俯いて微動だにしない。


「ちょっとゼノ。説明することがあるでしょう?いい加減話を進めなさいよ」


 痺れを切らしてリタがキツい口調で言い募るが、ぴくりとも反応しない。


「本気で壊れてないでしょうね?」

「すみません。お母さんが亡くなった時もしばらくこんなだったんです。――お父さん! そんな態度は皆さんに失礼でしょ!ちゃんとして!!」


 ぱちん、と膝を叩きながらアーシェが怒れば、ようやくのろのろと顔を上げた。


「……だってよ」

「私もちゃんと何があったか話を聞きたい」


 真剣な顔で告げられて、ゼノはぐぐ、と呻いてまた俯いた。

 ゼノのその態度にアーシェの纏う気配が剣呑になった。


「――サラ」

「はい!」


 サラが短く答えた次の瞬間、がつん!とゼノの頭に板が落ちた。トレがドゥーエに対してよくやるお仕置きに似ている。――魔法ではなく物理攻撃だが。


「でっ!」


 ゼノが短く呻いて頭を押さえた次の瞬間、殺気を纏った剣先がゼノを襲った。瞬時に頭をあげソファから後ろに飛び退ったゼノの頬からは、一筋の血が流れていた。

 アーシェはソファとローテーブルの間で次の攻撃に移れるよう剣を構えて立っている。

 アーシェの動きにリタは目を瞠った。

 この狭い場所で無駄のない動き。小柄であることを差し引いても素早く正確だ。

 ゼノに剣の手解きを受けているというだけあって、腕がたつというのは本当のようだ。なにより。


 ――ゼノが血を流したところ、初めて見たわ……


「なまってるんじゃないの、お父さん」


 きっ、とゼノを睨み付けて言い捨てるアーシェは、少女というより戦士だ。

 まあぁ……!格好良くて可愛い……!!


「素敵……!サラとアーシェの連携も素敵だし、アーシェはとても強いのね!可愛いのに格好いいわ!」


 思わず拍手しながら、心のままにリタが叫べば、デュティも一緒になって二人に拍手を送った。


「いいねいいね!もっとゼノを怒ってやって。いつまでもポンコツでいられると困っちゃうよ」


 ゼノは頬を伝う血を手の甲で拭いながら、はあ、と息を吐いた。


「……サラの攻撃にアーシェの剣だな……」

「お父さんは魔法が効かないからって、お師匠様が考えてくれたお仕置き用の攻撃、思い出した?」

 サラは左手に持った魔石を見せながらにこりと笑う。

「そう。そしてお父さんが教えてくれた剣よ」

「ああ、そうだった」

「目、ちゃんと醒めた?」


 目覚めたばかりの娘にそう言われるとは、本当に情けない。

 ゼノはもう一度大きくため息をついてから、ああ、と頷いた。

 くすくすとサラが笑う。


「お父さんはお姉ちゃんに怒られないとしゃんとしないよね。お父さんが変わってなくて良かった」

「こういうところは変わっていて欲しかった、よ。サラ」


 呆れたように言って剣を鞘に収めると、アーシェはデュティとリタに向き直り突然の非礼を詫びた。


「すみません、突然暴れて」

「とんでもない。見応えあったわ」


 楽しそうなリタ達に少し笑ってみせるとアーシェはそのまま元の位置に腰を下ろした。サラが座ったまま場所を詰めるようにアーシェの隣まで移動する。ゼノはリタ達を恨めしそうに見やりながら、しぶしぶとサラの隣に腰掛けた。サラがくすくす笑ったまま、ポーチから薬を取りだして軟膏のようなものを傷ついた頬に塗り込んでいく。


「ゼノがまだ話す内容を整理中なら、私から今の状況を説明していいかしら?」


 このままでは埒があかないと踏んで、リタが二人に提案すれば、デュティもうんうんと同意した。


「そうだね。ゼノはまだポンコツ状態だから、上手く説明できないと思うよ」

「……うるせえよ」

「お父さん」


 窘めるようなアーシェの言葉に、ゼノがばつの悪そうな顔でそっぽを向いた。

 先程よりは幾分マシになったようだが、まだしばらく使い物にならなさそうね、とリタは判断した。


「まあゼノの事は放っておいて、ジュースをどうぞ。話に入る前にちょっと一息つこうか」


 デュティに進められてリタが先に紅茶のカップに口をつけた。それを見てアーシェとサラもおずおずとジュースに手を伸ばす。

 先程まではゼノに手を握られていたのでコップに手も伸ばせない状態だったのだ。

 紅茶からは柑橘系のさわやかな香りがして、知らず力が入っていた肩から力が抜ける。そういえば解呪を行ってから休んでなかったわ、とリタは独りごちた。

 ほっと一息ついて、向かいのアーシェ達がコップを置くのを見計らってから、リタもカップをテーブルに置き、徐に口を開いた。


「私はね、地元の教会から聖女認定を受けたんだけれど、聖女になるのが嫌で教会から逃げていたの。教会は私を捕まえるために家族に手を出し、父は殺され弟達は行方知れず。一家離散し、私自身も教会から追い詰められて困っていたところを、あなた達のお父さんのゼノに助けてもらったのよ」


 ゼノとの関係を簡単にまとめて説明する。リタの中では未だ消化できない感情が残っていて、説明する時にちくりと胸が痛む。言葉にすればその程度。だが、リタ達家族にとってはまさに天地がひっくり返ったような事態だった。


「私達だけじゃどうにもならなかったのを、ゼノとゼノの知り合いの力を借りて教会から逃れる事が出来たわ。それがつい先日のことよ」


「それは……大変な事態ですね。教会から逃れるのは並大抵のことではないと思います。――リタさんのご家族は見つかったんですか?」


 アーシェが心配そうに尋ねてくるのを、リタはにこりと笑って返した。


「弟達とは無事合流できて、教会との憂い事はすべてゼノが断ち切ってくれたわ。私は今『フィリシア様の御使い』で、聖女とは別の存在としてルクシリア皇国の庇護のもと皇国で家族と暮らしているの」

「良かったです」


 心底ほっとしたように笑顔で告げられて「それもこれもすべてゼノのおかげなのよ」と、リタもにこりと笑って彼女達にゼノの功績をアピールしておく。

 アーシェはドゥーエ達と同い年だと聞いていたが、どうやらトレのように頭の回転も速く歳のわりにしっかりしているようだ。


 可愛くてしっかりしているなんて、ゼノに似た要素が欠片もないわ。


 そんな失礼な事を考えながら、リタはサラにも視線をやってにこりと笑いかけた。サラは口を挟まないが、口許に手を当て考えながらリタの話を聞いてくれているのだ。家族と暮らしている、と聞いた時にアーシェ同様安心したような顔をしていたのをちゃんとリタは見ていた。

 リタに微笑みかけられ、サラは顔を赤くしながら俯いた。


 しっかり者のお姉さんに引っ込み思案な妹。どちらも可愛いわ。


 二人を見ながら――ゼノのことは目に入っていない――リタはご機嫌だ。可愛い少女は見ているだけで疲れも吹き飛ぶ。


「私は歴代の聖女より力が強いのですって。その力の根源はどうやら前世が関係しているようなの。前世で黄金(きん)の聖女だった私は、その力と記憶を持ったまま生まれ変わってきたようなの」

「力と、記憶……ですか?それは、リタさんが前世の記憶を持っているということですか?」

「ええ。断片的な部分も多いのだけれど」


 そんなことが、とアーシェは目を瞠った。


「ところで、聖女がその人の魂に刻まれたものを読めると言う事を、アーシェは知っているかしら?」

「はい。聞いた事があります。――父には他の人と違って複数の情報が刻まれていることも聞いています」


 アーシェの言葉に、こちらの話したいことがわかっているようだと感心しながらリタは続けた。


「私はそれまでの聖女が読めなかった、より古く刻まれたゼノの情報も読み取る事が出来たようで、そこで新たにわかったことがあるの」


 リタは一度そこで言葉を切るとちらりとゼノを見た。

 ゼノは口を挟む事なく黙ってリタの話を聞いている。――いや、聞いているかどうかはわからない。彼の視線は隣に座る娘達に向いているのだから。

 アーシェの言葉しか聞いていないかもしれない。


「ゼノには白の聖女フィリシア様の加護があること。そしてゼノも前世は私と同じ世界の住人だったこと。ゼノはフィリシア様の護衛剣士、私はフィリシア様付きの見習い聖女という立場だったので、私とゼノは前世で親交があったということ」

「お父さん――父とリタさんが前世で知り合い……」

「俺あまったく覚えてねえんだがな」

「記憶は刻まれている筈なんだけどね~」


 デュティの茶々を入れるような言葉に反応したのはリタだ。


「やはり前世の名が刻まれている点が、そうなのかしら?」

「そうなるね。黄金の聖女にも『リタ』って名前が刻まれているしね?」

 リタは目を見開いて隣に座るデュティを見た。

「あなたも魂を読めるの……!? まさか、私と同じような力も――」

「浄化の力がぼくにあったら、呪いの件は頼んでいないよ」

「じゃあどうして」

「ひみつ~」


 その答えにいらっとして思わず拳を握りしめたが、ここで短気を起こして箱庭の管理者を怒らせる訳にはいかない。どう考えても彼の方が強い。

 それに秘密にされていることは、箱庭関連も含めればもっとたくさんあるだろう。

 明かされないからと一々怒るわけにもいくまい。

 巫山戯た物言いにいらっときたとしても。


「……まあとにかく、ゼノと私にはそういう縁があったの」


 そこまで話すとリタは喉を潤すために紅茶を一口含んだ。

 デュティへの感情を押さえるためでもある。


「そうなんですか……偶然とは思えないお話ですね……」


 アーシェは少し考え込むように視線をテーブルに落とし、リタの話を咀嚼しているように見えた。それから、ちらりとデュティに目を向ける。


「……あの、ここは箱庭ですよね?どうして私達は箱庭にいるんでしょうか」


 リタとゼノの関係はとりあえずアーシェにも理解できた。前世でも今世でも縁のある人で、リタの窮地を父が救ったのだと。教会や神殿がらみであれば、ゼノがリタを助けるのは自然に感じる。そこにはなんの不思議もない。

 だがアーシェの記憶では、箱庭には特別な理由がなければ入れなかった筈だ。聖女であるリタやゼノならわかる。特にゼノは色々と特別なことが多いので、なんらかの理由があっても不思議ではない。だが、自分やサラは違う。そんな自分達がここにいるのは――


「詳しい理由は私からは省略するけれど、アーシェとサラは強力な呪いを受けて眠りに落ちたの。二百年前は呪いを解呪出来る人がいなくて、解呪できるようになるまで、この箱庭で時間を止めて眠り続けていたと聞いているわ。そして今日、私が二人の呪いを解く手伝いをしてあなた達は目覚めたの――だから、ゼノにとっては二百年ぶりなのよ。あなた達に会うのは」


 だから、しばらくそんな状態でも許してあげて、と優しく告げれば、アーシェとサラは顔を見合わせ、それからゼノに目を向けた。


「本当に二百年……ずっとお父さんは一人でいたの……?」

「お父さん……待っててくれたの?私達が起きるの」

「待つのは当たり前だ……俺に出来るのは待つことしかなかったからな。だが本当に……無事で良かった……!」


 くしゃりと顔を歪めて今にも泣きそうなゼノに、これ以上ここでの時間は不要ではないかと判断し、リタはデュティに視線を送った。

 デュティは無言で親子三人を見つめていたが、リタの視線に気付いて首を傾げた。


「これ以上の詳しい事は後でゼノが話せばいいと思うの。しばらくは親子水入らずで過ごす方がいいんじゃないかしら。私という知らない人がいると落ち着かないでしょう?」


 親子でもっとゆっくり話す時間を取らないと、ゼノがまず落ち着かないだろう。それに、目覚めた彼女達の体調が本当に問題ないのかも疑問だ。

 問題なかったとしても、彼女達が二百年ぶりの世界に馴染むのに時間もかかるだろう。

 そのためにはゼノにもっとしっかりとしてもらわなくては。

 リタはあくまでも女性ファーストだ。彼女達のためにはゼノを通常運転に戻しておかねばならない。


「じゃあゼノは娘さん達とお家に帰ってゆっくりするといいよ。食事は僕が届けるし、誰も近寄らないように言っておくから」

「すまん。――リタ、本当に助かった。ありがとう」

「助けてもらったのは私の方が先よ。お手伝いできて、ホッとしているわ」


 ゼノに微笑して返すと、アーシェが立ち上がってリタに頭を下げた。


「私達を助けてくださりありがとうございました」

「ありがとうございました」


 慌ててサラもアーシェの真似をして頭を下げる。


「本当に気にしないで。私もあなた達と知り合えて嬉しいの。これからも仲良くしてくれるともっと嬉しいわ」

 もちろん本心だ。むしろそっちが本音だ。

「私達の方こそ、よろしくお願いします」

「ゼノのこと、よろしくね。きっと今は平静じゃないわ」

「「はい!」」


 とても良い笑顔の返事にリタもほっこりとして笑い返すと、デュティがぱちんと指を鳴らした。


「じゃああっちの扉から出るといいよ。階段を降りて外にでればゼノの家の裏口になってるから」


 誰とも会わないよ、と言われて立ち上がった三人は扉に向かった。部屋を出るときにアーシェが振り返り、こちらに頭を下げて扉をしめた。

 三人を見送り、リタはほっと大きく息を吐いてソファに身を沈めた。


 ――疲れた。

 なんとかなって良かった。

 ゼノの力になれて本当に良かった。

 アーシェもサラも良い子だわ。本当に可愛い。

 あの子達もしばらくは二百年という時間差に苦労するかもしれない。ゼノと違って突然二百年後の世界に放り込まれたようなものだ。勝手が違う事が多いに違いない。

 あの子達の力になってあげないと。

 むしろそっちが重要よね!?

 状況を理解している女性がいた方がいいんじゃないかしら。それって私の役割でいいわよね?他に譲る必要ないわよね?

 あの子達これからどうするのかしら。いつまでも箱庭にいるわけにいかないなら、部屋は余ってるんですもの。いっそ皇国の私達の家に――


 ゼノよりもリタの方が暴走しつつ先走っているが、残念ながらそれに気付いて止められる者はこの場に存在しない。


「――ありがとう」


 ぽつりと呟かれたデュティの言葉に、はたとリタは暴走気味の思考をストップし、ゆるゆると身体を起こした。

 存在を綺麗に忘れていた。


「何度も言うけど、私こそゼノに助けられてきたのよ。今生も――きっと前世でも。私、前世では役立たずだったから、今生で少しでも力になれるなら嬉しいわ。それがゼノやフィリシア様ならなお嬉しい」


 これもリタの本心だ。

 前世の自分は子供だった。世の中を知らなかったし、フィリシアの足を引っ張る事も多かった。大事な人のために何も出来なかったという心の記憶が強烈に残っている。そんな自分が生まれ変わって、誰かの――恩返ししたいゼノやフィリシアの力になれるのなら、それこそ本懐だ。


「だから、これは自分のためでもあるわ。フィリシア様のために私に出来る事があるなら言ってちょうだい。そちらも全力で頑張るから」


 拳を握りしめながらそう宣言すれば、デュティはしばらくリタを手をかざして眩しそうに見ていたが、少し躊躇うように俯いた。

 くるくるとローブの裾を指で遊びながら、何かを考えるように首を傾げる。

 黒ウサギの耳がその動きに合わせてゆらゆら揺れる。


「今日は花冠はつけていないのね」


 ふと、目の前で揺れ動く耳を見ながらリタは呟いた。

 昨日は赤いリボンと花冠をつけていた筈だが、今日は赤いリボンのみだ。


「うん。花冠は一日で萎れちゃって。カレンが今度は別の花でまた作るって張り切ってたから、古いのは土に還したんだ」


 捨てたのではなく土に還したと聞いて、リタの中でデュティの株があがる。彼の女の子に対する扱いは今のところ満点だ。多少変な言動があってもそれだけで何もかもリタは許せる。


「箱庭の女の子達と仲がいいのね」


 微笑ましいわ、と告げれば、なぜかデュティは耳を押さえて座ったままじりじりとリタから距離を取った。その態度に思わず半目になる。


「……別にあなたを取って食ったりはしないんだけど、その距離の取り方は何?」

「ちょっと眩しいから……」


 眩しい? 昨日も確かそんな事を言っていた。

 別に今力を使ったりしている訳でもない。だが彼には何か見えるのだろうか。

 それは別としてもじりじりと距離を取られるというのは地味に嫌な感じだ。


「昨日もそんな事を言っていたわね。あなたには何が見えているのかしら」

「魂に色が付いてる感じ?白の聖女には免疫があるんだけど……金色は強いね。眩しくて目がくらんじゃう」

「そう……」


 その感覚はリタにはわからない。

 だが彼も普通の人間ではない。浄化は出来ないと言っていたが、魂に関する事ではリタとは見える物も見え方も異なるのかもしれない。

 肩をすくめてそれ以上追及するのを諦めた。 


「まあいいわ。とりあえずこれで私が箱庭に呼ばれた用事のひとつは終わった訳ね。フィリシア様への報告は、いつがいいかしら」

「今日は疲れてるだろうから、明日でいいよ。それに、多分ここに来てる事はもう伝わってるんじゃないかな」

「眠っているんでしょう?」


 確か昨日そう言っていた筈だ。


「そうなんだけど、意識がないわけじゃないんだよ。目覚めが近づいているからかな。夢現のときがあって、箱庭のこともわかってるし、時々ぼくに伝言を送ってきたりするんだ。だから慌てなくても大丈夫」

「そうなの……」

 目覚めが近い。

 その言葉に緊張する。

 もしかして、私がここにいる間に目覚めたりはなさらないかしら。

 ――まあ昨日あと五十年、もしくはもう少し短いぐらいとのことだったので、それはありえないかしら。


 一瞬期待したが、それはあるわけないわねと苦笑した。


「それで、三つ目の用事というかお願いなんだけど」


 デュティは俯いたまま昨日口にしなかった用件に触れた。

 それでリタも姿勢を正して彼を見た。

 視線は合わないが、リタが注視していることがわかったのだろう。デュティも顔を上げるとくるりと被り物を後ろに向けてからリタに向き直った。リタには被り物の後頭部が見える形だ。


「……ちょっと」

「こうすれば目は隠れて、眩しさが少しマシになるから」


 ちゃんと顔は君の方に向いているよ、と言われても、それになんの意味があるのか本当によくわからない。


「はいはい、わかったわよ。あなたの楽にしてちょうだい」

 誠意はわかったわ、とため息をつきながら呆れたように言ってやれば、デュティはえへへ、と笑いながら頭をかいた。

 どうでもいいけど、シュールだわ。

 リタがちょっと遠い目をして意識を飛ばしてしまったのは致し方ない。


「ゼノの前世の記憶を取り戻すのを手伝って欲しいんだ」


 意識を半分飛ばして油断していたリタは、告げられた内容に目を瞬かせて彼を見つめた。


「待って。それって頑張ればどうにかなるものなの?」

「わからない。本当なら、ゼノにはちゃんと名前と一緒に前世の記憶も残っている筈だったんだ。なのにこれっぽっちも覚えていない。白の聖女の名前にも反応しなかったよね」


 尋ねられてこくりと頷いた。


「娘さんの事があったから、心に余裕がなくてこの二百年は思い出さないのかなって考えた。だから娘さんが目覚めた今なら、何かの切っ掛けで思い出すかもしれないと思って。その手伝いをお願いしたいんだ」

「それは構わないけれど……」


 リタとしても、ゼノが思い出してくれればフィリシア様語りが共に出来そうだし、聞いてみたいこともあったしで願ったり叶ったりだ。

 リタにはそういうメリットがある。

 だが。


「ゼノの前世の記憶が、箱庭と関係があるの?」


 気になるのはそこだ。

 問われたデュティは腕組みをしながら首を傾げた。


「ん~……そうだね。どう答えようかなぁ……とにかく、思い出して欲しいのは確かなんだよね」


 引き籠もりが出てくるかトドメをさされるのかはわからないんだけど、とよくわからない言葉が続いてリタも首を傾げた。


「具体的に何か案はあるの?」

「ないよ?」


 当たり前でしょ?と返されて鼻白む。

 それはそうだとしても、頼んでおきながらまったくのノープランなのかと、じとりとした目で睨んでしまうのは仕方ない。

 リタの呆れた視線に気付いたのか、デュティがわたわたと手を振った。


「だって、君の力が覚醒したとき思い出すかなって期待してたんだ。白の聖女の姿も現れたし。でも、全然思い出さなかったでしょ?あれでダメなら他に何があるのか、ぼくにだって難しいよ」


 言わんとすることはわかる。普通ならあのミルデスタの事象で、リタ同様欠片ぐらいは思い出しそうなものだ。

 それでも何も響かなかったとゼノに言われた。

 それは確かだ。

 確かだけれど。


「黄金の聖女にはゼノとの共通の記憶があるはずでしょ?そこから何か切っ掛けができるんじゃないかと思って」

 そう続けられた言葉に、なるほどとリタは合点がいってポンと手を打った。

「つまり、私に前世のフィリシア様のことを語って聞かせろと」

「ん?」


 先程の呆れた表情とは打って変わって、キラキラと目を輝かせるリタにデュティは首を傾げた。

 自分が頼みたいのは別に白の聖女の話ではなく――


「ゼノが思い出すように、フィリシア様の事をゼノに話して聞かせればいいってことよね?」

「え? いや、どちらかというとゼノと黄金の聖女との会話とか――」

「ゼノはフィリシア様の護衛剣士。私との会話よりフィリシア様とのことの方が重要で記憶に残っているはずよ。そういうことなら任せておいて!私が覚えている限りのフィリシア様の記憶を語ってみせるから!」


 大得意よ!と拳を握りしめてキラキラと目を輝かせるリタを止めようとして――デュティはまあいいか、と伸ばしかけた手を下ろした。

 どのみち全部試してみれば良い事だし。

 困るのはゼノだからまあいいよね。

 と、やる気に満ちているリタを横目にふふふ、と笑った。 

 

 

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