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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第一章

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第二話(最終)そして剣聖は聖女に助けを求める

本日はこの後にもう一話、エピローグを。

……章管理はタイトル必須となっていたのでぐぬぬぬぬ、と見送っていましたが「第一章」でOKなのねと気付いたので章管理を行いました。



 ゼノがいつ戻って来て寝たのかはわからなかったが、翌朝小川の周辺で一心不乱に素振りをしている姿を見かけた。

 これまで野宿でも朝起き抜けに素振りをしながら身体を解しているのを見た事はあったが、今日はいつもより熱心にみえたのは、雑念を振り払うためか。

 クライツは剣技に明るくないが、ゼノが使う剣技にも流派や型というものがあるのだろうか。剣を振り、切り込むような動きはまるで舞いのようにもみえる。

 武は舞に通じると言ったか。

 ならば、剣聖と称されるゼノの、この型を踏むかの動きはそれだけでもう舞いなのかもしれない。

 クライツがそんな感想を持ちながらゼノの素振りを眺めていると、アザレアが隣までやってきた。


「変わらないねぇ」

「朝の日課なんですね」

「ああ、ガキの頃からのね」


 アザレアはそう言いながら足下の小石を拾うと、ゼノに向かって投げつけた。ゼノが危なげなくその小石を払う。


「飯にするよ」

「……わあったよ」


 最後に軽く剣を振り下ろし、木にかけていたコートを手にこちらにやってくるのを見届けてから、クライツも焚き火の所に戻った。


 昨日のパンの残りとスープで簡単な朝食を取りながら、今日の道行きを決める。今朝は第三盟主が現れないところを見ると、彼の興味はアザレアがクライツを見てどのような反応を示すかを確認することだったのだろう。

 野次馬根性の強いことだ。しばらくは会いたくない相手だな、とスープを啜りながらクライツが考えていると、アザレアが呆れたようなため息をついた。


「脳筋の癖に色々考えたって何も変わらないよ。あの時どうしてたって今の結果は変わらないさ。無駄な事になけなしの知力を使うんじゃないよ、鬱陶しい」


 未だ覇気のないゼノに、なかなか辛辣な言葉を投げつける。

 ぐぅ、とゼノは呻いて恨めしそうにアザレアを睨み付けた。


「そんな事言ったってよ……やっぱり気になるじゃねえか。あの時もっと俺が上手く立ち回ってりゃ、娘も、アイツらも――」

「変わらないね。変わってた可能性なんざ蚤サイズほどもないさね」

「そんなにかよ!?」

「ないよ。だから無駄な事を考えるのはおよし」


 きっぱりと断言するアザレアの言葉は、ある意味優しいのかも知れない。

 当時を知る彼女がここまで言えば、後悔の余地がまったくなくなる。

 その彼女が今更そんな事を告げたのは、昨日言っていたように事態が動くことを確信しているからか。

 魔女は箱庭の管理人を全面的に信頼している。

 箱庭の管理人は元からゼノに注目していた。

 箱庭には金の聖女とゼノの前世に関わりのある人物が存在している。

 二人の娘にかけられた別の世界の呪いを、金の聖女ならとけると確信しているアザレア。

 その別の世界とは、リタとゼノの前世の世界で――盟主とも関係がある。

 整理するとそんな感じだ。


「それにお前さんが上手く立ち回れた試しがあるかい? 斬ることしか能がない癖に」


 アザレアのダメ出しにゼノはぐうの音も返せなくなった。

 容赦がないな、と助け船も出せないクライツは黙々と食事をとることに専念した。ここに口は挟めない。きっと何を言っても藪蛇だ。


「だがそうさね……」


 ぽつりとアザレアが考えながら呟いた。


「この森を出たら、すぐ近くの村に寄ってみるといい。ひとつの答えは得られるだろうさ」

「村……?」


 なんだそれは? とちらりとアザレアを盗み見たが、彼女は不思議そうに問い返すゼノにもクライツにも視線を寄越す事なく、それきり何も語らなかった。



 * * *



 青い森を抜けたのは、その日のお昼前だ。

 アザレアはそのまま元いた街に戻るのだと言ってさっさと別れた。なんでも薬を作っている最中に第三盟主に無理やりこの青い森に連れて来られたらしい。よくあることなので慣れているさ、と笑って言えるのは五百年を生き抜き、第三盟主との付き合いも長く少々の事では動じないからかもしれない。

 自分達には絶対に無理だなとクライツ達は少し遠い目をしながらアザレアを見送った。


「二人が目覚めたら会いに行く」


 そう告げて別れた彼女は、娘達の目覚めを微塵も疑っていなかった。そのアザレアの様子に、ゼノも昨夜は半信半疑だったのに、今は希望と期待、そして僅かばかりの不安を感じているのがクライツにもわかった。

 だが聞けば聞くほど、リタの力で目覚めるかも知れないとクライツでも期待する。目覚めればいいなと心から思った。


「さて、どうしますか? このままブールデアスの町に向かってギルドの転移陣を使えば、夕方前には皇国に着くでしょう。――アザレア殿の言ってた村に寄りますか?」


 アザレアの語った『ひとつの答え』は気になるところだが、娘達のことを考えると、ゼノは少しでも早く箱庭に戻りたいかも知れない。

 そう思っての問いかけだったが、ゼノは「村に行こう」と即座に言った。


「いいんですか?」

「いや、だって気になるじゃねえか。あんな風に言われると」


 ガシガシと頭をかきながら告げられて、確かにそうですねとクライツも苦笑を返す。

 別段遠回りをするわけではない。ブールデアスに戻る途中に少し寄り道をするだけだ。

 このあたりは馬車便も通っていないので、そのまま徒歩で村に向かう。地図を見れば青い森からあまり離れていないところに件の村はあった。

 ブールデアス自体がどちらかというと田舎町だ。目指す村も変わりない田舎の村に違いない。一体そこで何が得られるというのだろうか。

 クライツの知る限り、アルカントの魔女も謎多き人物だ。

 あまりに長く生きているので、正式な記録も私的な記録もほとんど残っていない。彼女が何故聖女から魔女になったのか、どうして長い時を生きることになっているのかもわからない。

 ノクトアドゥクスに詳しい情報が残っていないのは、残せるほどの情報を知りえなかったか、あるいは故意に残さなかったか。

 ゼノは古くからの知り合いのようだが、彼女について何か知っているのだろうかとチラリとその横顔を窺った。


「アザレア殿とゼノの付き合いは長いんですか」

「ああ、長いな。元はジジィの知り合いで、俺がガキの頃――十五だったかな? ジジィにアザレアについて魔境に行って来いと、村から追い出されたのが付き合いの始まりだ」


 魔境――確かルクシリア皇国よりも北に位置する孤島にあると言われる場所だったか。あまりにも危険過ぎて今は足を踏み入れる者などいないと聞くが……当時はそうでもなかったのか?とクライツは首を傾げるが、いや、魔女とゼノの組み合わせだ。普通に考えない方がいいかもしれないな、と思い改める。実にその通りではあった。


「十五でとはなかなかに厳しいですね」

「そうかな? まあ、村にいても俺より強い奴はいなかったし、武者修行にはちょうどいいかと思ってな」


 普通の剣士は武者修行で魔境には行かないな……それも十五で。クライツは少し遠い目をしながら思った。

 やはり剣聖は少年の頃から普通ではなかったのかと納得しつつ、目指す村が見えて表情を改めた。

 村は予想通り小さな村で、何か特別なものがあるようには見えない。

 クライツ達が村に入ると、それに気付いた村人が大慌てで村長を呼びに行った。


「おお! 魔女殿の言った通りだ! ようこそ村にお越しくださいました、剣聖殿」


 現れた村長は何故か歓迎モードだ。

 はて?とクライツが内心で首を傾げて様子を窺っていると、ゼノがひくりと頬を引きつらせて手を上げた。


「待てや……まさか」

「? どうかしましたか」

「もしかして、アザレア――魔女は、ここに来る俺に……魔獣退治でも頼めと言ったか?」

「はい! 近々剣聖殿がお見えになるので、魔獣退治は任せれば良いと」


 ゼノは額を押さえてわなわなと震えながら


「魔女は何を引き換えにしたんだ?」

「青い森で採れるユーリカの葉とポルタの実です。どちらも貴重な素材になるということで、そちらで魔獣退治を依頼しました」


 これをお渡しすればよいと言われまして、と村長から手紙を手渡され、ゼノはそれを開く事なく握りしめた。


「あのババァ……!!」


 やりやがったな、と怒りで肩を震わせるゼノに、村長をはじめ村人達がびくりと怯えて後ずさる。


「えーと……もしかして嵌められました?」


 村長とのやりとりから考えられる状況を導き出し、ゼノの様子からこれが初めてではないようだと読み取る。


「そうなるな……っふ、ふはははっ、あっははははは!」


 突然腹を抱えて大声で笑い出したゼノに、村人もクライツもぎょっとしてゼノを見た。


「まったく変わらねえな、あのババァ! ほんと油断ならねえ! あの話の流れでそうくるかよ!?」


 悪態をつきながらも、どこか楽しそうなゼノの様子に、本気で怒っている訳ではないらしいと理解すると、みんなが肩の力を抜いた。

 だがそうなると、ゼノがもしも寄らなかったらどうしていたのか。

 それとも絶対に寄ると確信があったのか。


「あなた達もよくそんな危険な取引を行いましたね」


 まだ楽しそうに笑っているゼノを遠巻きに見つめる村長に声をかけると、はあ、と彼は頷いて


「魔獣よけの陣はもらったんです。それで村には入ってこないと。それは本当でしたし、剣聖が来ないことは万に一つもないと言われましたので……」

「なるほど」


 陣による手は打っていたということか。そしてゼノをおびき寄せる自信もあったと。

 まあ、思惑通りに来ているので、彼女の読み勝ちだというのは間違いない。

 クライツは首の後ろを撫でながら、アザレアの要注意度を上方修正しておく。本当にここ数日でそういった人物とばかり会っている気がするなと知らずため息をこぼした。


「――まあいい。こんなに笑ったのは三十年ぶりだ。ああ、そうだな。アザレア相手に油断は禁物だった! どんな状態でも忘れちゃいけねえよ。あいつは傷を負って死にそうになっても俺をしっかり嵌める奴だった!」


 それは本当に要注意人物だな――五百年も生きてる猛者だ。一筋縄でいかないのは当たり前かとクライツが苦笑していると、ゼノは手にした手紙をクライツに突き出した。


「おう。じゃあさくっと退治してくるわ。お前さん達はここに残ってな。――で?魔獣はどこにいるんだ?」

「は、はい! 村の南西の――」


 村長達に案内されながらゼノがそちらに向かっていくのに、クライツはデルに視線を向けた。デルが頷いてゼノ達の後を追っていく。


「……びっくりしました」


 ゼノやデルの背中を見送りながら、それまで息を詰めて様子を見ていたシュリーが、大きく息を吐き出しながら呟いた。 


「よほどの食わせ者らしいな、魔女は」


 だが、どこかまだ沈んだ様子だったゼノが、吹っ切れたのも事実だ。

 ゼノのことは本当によくわかっているのだろう。

 出来ればあまり対峙したくはないもんだと思いながらも、そうはいくまい。

 苦笑しつつもアザレアからの手紙を開けば、そこには達筆で「後は頼んだ」と大きく一文があるのみだ。

 開きもしなかったことから考えても、書かれている内容もゼノは想像出来ていたに違いない。


 苦笑しながら手紙を閉じようとして――ふと、それが目に入った。

 便せんの飾り罫にも見えるそれ――そこに紛れ込む、ノクトアドゥクスで使われる暗号文字。

 目を走らせ、記された内容を解読すると口許を引き結ぶ。

 かさりと手紙を折りたたみ懐にしまい込んだ。


「本当に……侮れないな、アルカントの魔女は」


 さて……これは一体誰に宛てた情報だろうか。

 クライツは不敵に笑った。



 * * *



「お帰りなさい、ゼノ!」


 途中魔獣退治の寄り道をしながらも、そう遅くない時間に帰り着いた皇国の転移の間には、満面の笑みを浮かべたリタがいてゼノ達を出迎えた。その抱きつかんばかりの勢いに、ゼノが一歩後ずさる。


「……何企んでる?」


 ゼノのその警戒した物言いに、クライツは思わず吹き出した。

 どうやらアザレアの件で少々警戒心を持ったらしい。 


「待ってたのよ! 心から!!本当に! 早くあの男をどこかに追いやって!!」


 そう言ってリタが指差したのはハインリヒだ。

 ああ、これは……とクライツは事の次第を察して苦笑した。相当しごかれたようだな。


「何を言う。どのみち君には叩き込む予定だったろう。これぐらいで音を上げるとはレーヴェンシェルツのクラスA冒険者として情けない」

「ストーカーな上に陰険なんて最悪じゃない!?」

「お前さん、前々から思ってたけど本当に豪胆だよな……ハインリヒ相手に俺でもそんな事言えねーよ」

「君は言うより先にやらかしてくれるがね」


 思わず噴き出しかけてジロリとハインリヒに睨まれ、クライツは慌てて咳払いで誤魔化した。誤魔化せてはいないだろうが、形は大事だ。


「精華石は無事採れたようだな」

「ああ。――途中、アザレアに会ってな」

「ふむ……第三盟主もご苦労な事だ」


 その一言に色々なものが含まれている事を感じて、これは後で情報の擦り合わせが必要だなと、頭の中で算段を付けておく。何が有用なカードか見極めておかねばハインリヒから情報を引き出せないだろう。

 ここ数日狐と狸の相手ばかりで目眩がしそうだと首の後ろを撫でながらため息をつき、その点ゼノやリタはわかりやすくて助かる。

 今も、ゼノはどうやってリタに切り出すか、あるいは箱庭に連絡をとるのが先かと考えているのが手に取るようにわかる。ハインリヒにも何かを考えて迷っているのはバレバレだろう。


「あ~……それでな……まあ――」

「だったら、ゼノはもう箱庭に帰るのよね!? いつまでもここに長居はしないでしょう!?」


 言葉を探すゼノに被せるように勢いよくリタが言い募る。

 彼女の食いつきはなんだろうかとちらりとハインリヒに視線をやれば、彼は肩をすくめてみせたあと、背後からリタの頭を拳で挟み込んでぐりぐりと押した。


「ちょっ……!痛い痛い痛い!」

「君は少し落ち着きたまえ。ゼノはまず皇帝に帰還の報告と、皇帝からの頼み事についての話を聞く義務がある。君の話はその後だ」

「何かありましたか?」


 少々リタが気の毒になったのと、ハインリヒにそう言われてゼノも口を噤んでしまったので、助け舟をだすつもりで問いかけると、ハインリヒが眉根を寄せた。

 今話題を振るなと言う事だろう。


「ゼノ! 私を箱庭に連れて行って!! 私、招待されたの!」


 だがハインリヒが動くより先に、リタがわざわざ身体強化までかけてハインリヒの拳から逃れると、そのままゼノの両腕を掴んで叫んだ。

 とても嬉しそうに。


「は……?」


 ぽかーんと、紡がれた言葉にゼノが面食らってリタを見つめる。

 クライツやシュリーは、その台詞に顔を見合わせた。

 アザレアの言葉がますます信憑性を増す。

 リタなら呪いを解けると言いきったアルカントの魔女。

 なかなか行くことが叶わぬ箱庭に、招待されたリタ。

 それは、箱庭側でもリタに解呪を頼みたいと考えてのことか。


「あの時もらったメッセージカードの内容が書き変わったのよ! ゼノが箱庭に戻る時に都合が付けば一緒に来ないかって。私、行きたいわ! だってフィリシア様の手掛かりがあるかもしれないもの!」


 満面の笑みで告げるリタをしばらく放心状態で見つめていたゼノは、大きくひとつ息をつくと、躊躇うように口を開いた。


「ああ……お前さんが構わねえなら、ぜひ来て欲しい。それで……俺の娘達の呪いが解けねえか、一度みてやってくれねえか」


 縋るような目で告げるゼノに、リタは一瞬目を見開き――次いで笑った。一欠片の曇りもない満面の笑顔で。


「もちろんよ! ――私の信条を忘れてない?ゼノ」


 泣き笑いのようなゼノの肩を叩き、リタが人差し指をゼノの顔の前で立ててウィンクしながら告げる。


「女性はすべからく守り慈しむべきもの――困ってる女性を助けるのは、私にとって当然のことでしょう?」


 最初に会った時から言ってるわよね? と告げられて、ゼノもくしゃりと笑った。


「ああ、そうだったな――そう言ってた。だったら頼む――俺の娘達を助けてくれ、リタ」

「任せて! 女の子のためなら、私はどんな事だってやってみせるわ。助けられるまで頑張るから、安心してちょうだい」


 常ならば、根拠がなければ安請け合いをするなと苦言を呈しそうなハインリヒも、何も言わずに二人を見守っていた。 


 ――動くよ。


 アザレアの言葉が思い出される。

 ゼノの娘達が目覚めれば、何かが変わるだろうか。

 クライツには()()()()()()()()に心当たりはなかったが、ここ数日で出会った厄介な面々の中心にいるのがゼノだというのはわかった。

 そのゼノの一番の肝に動きがあるなら、一体それがどれほどの範囲に波及するのかまだ想像も出来ない。

 ただ、いい方向に転がればいいなとは思う。

 強力な力を持ち、その笑顔だけで場を明るくする聖女のリタと、対魔族の人類最終兵器と呼ばれる強さを誇る剣聖のゼノが手を組めば、どのような事態も恐れることはなさそうだとクライツは微笑した。


 ――それに


「いつまでも戯れていないでさっさと動きたまえ。皇帝をいつまでも待たせるものではない」


 痺れを切らしたハインリヒに追い立てられ、転移の間から叩き出される二人の後に続きながら思う。

 この師匠を怒らせて平気でいられる人物も貴重だな。

 クライツは密やかに苦笑した。


 


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