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(三)聖女は強力な協力者を得る


 リタの癒しの場(可愛い女の子達が集うカフェ)を後にした二人は、そのまま裏通りをシュゼントの門に向かって歩き出した。


「そういやお前さん、得物はなんだ? 攻撃魔法は使えねえんだろ?」


 見る限り、リタは武器らしき物を持っていない。

 そして聖女は浄化と癒しの力が使える代わりに、攻撃魔法は一切使えないのだ。


「弓よ。攻撃魔法は使えないけど、身体強化は使えるの。だから、接近戦も可能だけど」

「あ~身体強化な。あれ便利な魔法だよな」


 そういやそういうものもあったなぁと、ゼノが相槌を打つのを横目にみながら、リタはちらちらと表通りを伺いながら進む。

 教会の追っ手は街に紛れやすいように、司祭服であるカソック姿でうろついているのが常だ。先ほどリタが見つけたのもそうだったので、他はおそらく通常の平民と同じ服装だろう。連中は大抵五~八人単位で動いていたが、隠密を生業とする影の者もいるはずなので、すでに見つかっている可能性もある。


 騒ぎが起きれば連中に有利になる。気づかれずに門を出られればいいけれど……


 焦る気持ちで思わず早足になるリタの肩を、ポンとゼノが叩いた。


「だったらこれを渡しとくぜ」


 振り返れば、ごそごそと腰のポーチを漁り、何やら小さく折り畳まれた紙と石ころを数個取り出しているところだった。無造作に手渡されたそれらを思わず受け取り瞠目する。


「魔石……と、これは――?」


 魔石はリタも使ったことがある。魔物や魔族を倒した時に入手できる石で、魔力を帯びている。主に道具に使用され、魔石の強さは魔物の強さに比例すると言われているものだ。市場にも出回っていて、強い魔石ほど高額で取引される。ゼノから受け取った魔石は相当のレベルであった。


「魔法陣さ。確か、水と雷の攻撃魔法が刻まれてる筈だ。その陣に魔石を走らして魔力を流すか、自分の魔力を流せば発動する」

「……魔法陣……これが」


 初めてみる魔法陣に驚くリタの様子に、ゼノががしがしと頭をかきながら困ったように続けた。


「あ~……やっぱ今も主流じゃねえのな? 大昔は陣を描いて難しい魔法も発動したらしいけどな。まぁ、俺は魔法はからっきしだからそのへん詳しく知らねえんだが」


 ゼノは簡単に言ってくれるが、この時代、道具を動かすための補助魔法陣は伝わっているが、攻撃魔法の陣を描ける者など存在しないと言いきれるほど廃れた技術だ。魔法攻撃は詠唱を唱えることでも発動できるので、戦いの場においては魔法陣を準備するより、詠唱を行う方が使い勝手がよく、廃れていったのだという。

 道具に施された補助魔法は、道具を分解しないと見えないものがほとんどなので、リタもお目にかかったのは初めてだ。


 綺麗……読めないけど、ひとつひとつに意味があるのが伝わってくる……


 読めなくても、それが持つ力を感じた。

 実はそれは聖女であるリタだからこそだったが、それを指摘できる者は今この場には存在しない。


「これ貴重なものだわ。私が使っていいの?」


 今の時代、攻撃魔法の魔法陣という失われた技術は非常に貴重で、そして恐ろしく高価に違いない。

 今日出会ったばかりの小娘に、無造作に預けていいものではない筈だ。

 困惑して問い返すリタだが、ゼノはまったく気にする様子もなく軽く頷いた。


「俺は持ってても使えねえんだ。それに――それは元々お前さんが使うためにあるようなもんだ」

「? どういうこと?」


 首を傾げるリタに、ゼノは苦笑しながら鼻をかいた。


「それを描いたのが元聖女だからな」


 その言葉に驚いて立ち止まる。

 元聖女――そうだ……剣聖は時代を超えて生きている。

 リタ以外の聖女と会ったことがあっても不思議ではない。だったら聖女がどういうものか、どう扱われてきたのかを、ゼノは本当によく知っているに違いない。だからこそリタの状況を正確に理解してくれたのだろう。


 ――ちょっと待って。だったら彼はいくつなの?この魔法陣の技術が存在したのはいつ頃まで?


 魔法陣を見つめながらゼノの正確な年齢に思いを馳せているリタに、さらなる爆弾が投下される。


「それはやるから、お前さんが使いな。工夫すれば色々使えるって言ってたぜ。あ~……具体的なことは本人に直接聞けよ?俺はわかんねえから」

「え!? 本人?本人ってどういうこと? その元聖女は今も生きているの?」


 聖女は人間だからそんなに長生きができるはずがない!――はず、よね……?


 途端に疑わしくなるのは、リタだってそもそも聖女がどういうものなのかを正しく知らないからだ。

 瘴気を浄化できる

 治癒魔法とは異なる治癒が使える

 魂を読むことができる

 教会や神殿に取り込まれる

 魔族に狙われる

 リタが知っている聖女の特徴など、せいぜいその五つだ。その中に長寿というのは入っていない。だがもしそんなものがオプションであるなら……


 冗談じゃないわ。

 思わずぶるりと身体を震わせた。


「心配すんなよ。普通の聖女はそんなに生きたりしねえ。あいつはちょっと特殊な事情があるから。聞いたことねえか?――アルカントの魔女。300年……んん?それは会った時か。ええと今なら……ん?もう500?600か?? あいつ、まだ生きてんだろうな?」


 顔をこわばらせたリタを安心させようと魔女の話を始めたゼノだったが、ひ~ふ~み~と指折り年数を数えていた手が止まる。

 あれ? あいつに最後に会ったのいつだっけか、なんも聞いてねえからまだ生きてるはず……とぶつぶつ呟くゼノを見つめながら、そういうゼノは200年は生きているということね、と聖女は長寿ではないという情報に安堵しつつ、リタは少し遠い目をしながら思った。


「とにかく」


 ごほん、と咳払いして自分が作り出した微妙な空気を払うと、リタの手の中の羊皮紙と魔石を指し示す。


「遠慮せずお前さんが使え。身を守る手段は多い方がいい」

「……ありがとう。使わせてもらうわ」


 今度はリタも素直にお礼を言って、腰につけたポーチに仕舞い込んだ。


「それで、この後だけど――」

「今日はここに泊まろう」

「え? でも……」

「心配すんな。街中でドンパチするほど連中も馬鹿じゃねえ。お前さんが聖女ってことも大っぴらにされてねえんだろ?」

「それはそうだけど……」

「どうせなら堂々とこの街を出てってやろうじゃねえか」

「ええ?」


 不敵に笑いながら、ついてこいよ、とさっさと門とは逆方向に歩き出すゼノに

「――ちゃんと責任取りなさいよね!」

 と、リタは諦めたようにその背中をひとつ怒鳴りつけて、慌てて後を追った。



 * * *



 ゼノがリタを誘ったのは、シュゼントの街でも職人の店が多くある通りで、冒険者も多く行き交っている。言うなれば追っ手がリタを探す際には必ず網をはる場所なので、リタ自身避けることが多い場所だ。

 どこを目指しているのかわからないが、ゼノを雇い彼を信用すると決めたのは自分だ。落ち着かないが、今は彼に従うほかない。


「ここだっけな」


 看板を見上げながらゼノが立ち止まったのは、一見すると普通の八百屋に見えた。変わったところは何もない。


 なぜ八百屋?武器屋でも防具屋でもなく??


 裏通りに面した場所には季節の野菜が積み上げられ、店内にもごくごく普通の野菜が並んでいるのが見てとれる。奥のカウンターでは、店主が帳面をつけていて、特段変わったところが見られない、普通の八百屋にしか見えない。


「邪魔するぜ」


 およそ八百屋に似つかわしくないゼノが店内に入ってきたのを、頑固そうな年老いた店主がチラリと顔をあげて見てとると、くいと顎をしゃくって奥を示した。

 ゼノも心得たものでそのまま店の奥に入っていく。

 リタはゼノの背と店主を戸惑ったように交互に見比べるが、店主が何も言わずに奥を指差したのを見て、仕方がなくぺこりと頭をさげて店の奥に進んでいく。

 奥へ進むとすぐに、ゼノがこちらを振り返って待っていた。


「こっちだ」


 そのままゼノについて行くと、すぐに外へでて、また別の建物の入口が現れた。入口には職人風の古びた作業着を着た若い男が立っていて、ゼノ達を見てぺこりと頭をさげ、建物の奥へと誘った。


「ねえ、ここはなんなの?」


 先導する男には聞こえないように、ゼノの背を突きながら小声で問うリタに、ゼノは「宿屋」と簡潔に答えた。

 宿屋?

 答えに改めて観察するが、廊下からは宿屋特有の喧騒も設えも感じられず、ただの民家に感じられた。

 そのまま二階へと誘われ、廊下の突き当たりまでくると先導していた男性が振り返った。


「こちらへどうぞ」


 指し示された部屋の前でゼノが少し首を傾げて男性を見やるが、男性は黙って頷くだけだ。ゼノは肩をすくめて扉を開けると、そこで固まった。


「……どうしたの?」

「遠慮せず中に入ってきたらどうだね――それとも、久しぶりで私の顔も忘れてしまったか」


 その場に立ち尽くし部屋の中に入ろうとしないゼノにリタが不思議そうに問うのと、中から少し楽しそうな男性の声が聞こえてきたのが同時だった。


 ――誰か居たのね。


「……おま、ちょ……なんでここに居んの?」


 ようやく立ち直ったゼノが、それでも少し言葉にならないぐらい慌てた様子でどかどかと中に入っていくと、ソファに腰掛け優雅に新聞を見ながらコーヒーを飲んでいる男に詰め寄った。


 年の頃は五十代前半だろうか。深く青い髪には所々白いものが混じっているが、すらりとしていて黒いスーツがよく似合っている。造作も整っていて薄い唇と眼差しは非常に酷薄に見えるがイケオジだ。街で会えば二度見してしまうぐらいにはイケオジだ。

 もっとも――


 見るからに一筋縄ではいかなさそうな男だわ……ゼノの知り合いっぽいけど……


 敵ではなさそうね、と不躾にならない程度に男を観察していたリタは、男の視線がこちらを向いたのを見てぎくりと身体を強ばらせてから、軽く会釈をした。


「久しぶりに友人が外へ出たと情報を得たのでね。顔を見ておかねばとやってきたのだよ。ちょうど私に用事も出来たところじゃないのかね?」


 新聞を折り畳みながらリタを視線で示し、自分の向かいのソファに二人を手招く。


「ひとまず座ったらどうだね。喉は渇いていないと思うが、ここのコーヒーもなかなかのものだよ」


 ゼノが鼻白みながらどっかとソファに座ったのを受けて、リタも少し考えてからゼノの横にちょこんと腰掛けた。すぐさま先程の男性が音もなく二人の前にコーヒーを置いて、そのまま部屋を出て行く。

 あまりに無駄のない流れにリタも些か緊張の面持ちで男を見遣った。


「お前どこまで知ってんの?」


 出されたコーヒーには手もつけず、ゼノが胡散臭そうなものを見る目で男に問いかけた。男はふむ、とカップに口をつけたあと静かにテーブルの上に置き、足を組み直してソファの肘掛けに肘をつき微笑した。


「そうだな……ゼノが今日このシュゼントにやって来て裏通りの食堂『雄鶏亭』でおかわり自由の本日のランチセットでパンを三回おかわりした後、ハンタースギルドでイアン副支部長をやりこめて失禁させ、女学生に人気のカフェ『ダリア』で、お嬢さんは季節の果物ショートケーキと紅茶のセット、ゼノはおすすめダリアティーを注文して二時間ほどお茶をしたあと、ここにやって来たことぐらいまでだね」


 いけしゃあしゃあと告げられた内容に、リタは思わず顔をしかめた。ゼノの行動を逐一述べられる情報取集力も恐ろしいが、何より先程の自分の注文内容まで一緒に把握されているのが気持ち悪い。ゼノもドン引きして閉口している。


「今日の俺の動きすべて知ってんじゃね~か……」

「聞きたいなら、シュゼントまでの事も語ろうかね?」 

「いらね~よ!」

「なんなの? 彼、あなたのストーカー?」


 思わずゼノに聞き返して、男を気持ち悪そうに見遣る。

 ゼノの知り合いのようだったので敵ではないと判断したばかりだが、敵じゃなくてもお近づきにはなりたくない。


 行動を事細かに把握するなんて異常だわ。


 だが、二人の態度にさも可笑しそうに男は笑った。


「必要な時に必要な手を差し伸べるためには、対象を観察しておくのは至極当然のことではないかね? 聖女リタ=シグレン」

「っ!」


 自分の正体をゼノにも伝えなかったフルネームで告げられて、思わずがたりと立ち上がった。その手が拳を握るのを見て、ゼノがやんわりと抑える。

 咎めるようにゼノを振り返るが、彼はリタの拳を押さえたまま、軽く首を振った。


「……やめとけ。こいつが色々知ってるのは当然だ」


 はぁ、とため息をつきながら、まだ毛を逆立てた猫のように男を警戒するリタを、とりあえずソファに座り直らせて、ぽんぽんと宥めるようにその背を叩きながら男を指し示した。


「こいつはハインリヒ=ロスフェルト。ノクトアドゥクス――世界随一の情報組織のトップだ。その気になりゃあこいつが手に入れられない情報なんてねえんだよ」

「それは言い過ぎだな。この世には隠された情報が多すぎる。我々が知り得るのはそのほんの一部の情報に他ならない。それに我々が情報を得るのは活用するため。どこぞの貪欲な蒐集家とは存在意義も異なる」


 ふ、とシニカルに笑いながら告げる男――ハインリヒは、ゼノの言葉を否定しながらリタに向き直った。


「君の父、ケニス=シグレンはレーヴェンシェルツのクラスA冒険者だったな。彼を失ったのはギルドにとっても大きな損失だ。——本当に教会や神殿はいつの時代も碌な事をしない」


 静かに告げられた父の話に幾分冷静さを取り戻し、ゼノから告げられた組織の名を口の中で転がす。


 ノクトアドゥクス——導きの梟。


 ハンタース内に存在する情報ギルドなどとは比べ物にならないほどの情報精度と情報量を誇る大昔から存在する世界随一の情報組織。実体を知る者は限られているが、レーヴェンシェルツギルドの上層部に組織の人間がいるというのは有名な話だ。

 かの組織のトップというのなら、父のことはもちろんリタのことだって知っているのは当然だろう。


「……」


 教会の所業を知っていながらも、それが公にはなっていない。結局はそういう事だ。ギルドとしても教会や神殿と事を構える訳にはいかないということか。

 頭ではわかっていても、悔しい。

 リタはぎゅっと唇を噛み締めた。


「それで、どうするつもりだね?共に行動しているということは、ゼノはこの件に介入するつもりで間違いはないかね?」


 ハインリヒの言葉にはっとしてリタはゼノを振り仰いだ。

 教会を敵に回すなど誰もが忌避する。非常に厄介な相手なのだ。家族の身に起こったことを思い返すと、やはり甘えていいわけがない。


「私はこの街さえ無事に出られれば、この件でこれ以上彼に関わるつもりはないの」

「彼女はこう言っているが、引く気はあるのかね?」


 ゼノを深く関わらせるつもりはないと伝えるリタに、まるで答えなど最初からわかっているという風に尋ねるハインリヒを、ゼノは嫌そうな顔で睨みつけた。


「わかってて聞くよな、お前」

「言葉にするということは大事な事なんだよ、ゼノ。彼女のためにもね」


 言われて頭をがしがしとかきながら、ゼノはリタに向き直った。


「言ったろ?巻き込めって。俺は元々教会や神殿とは昔から敵対してんだ。今更理由がひとつぐらい増えたってどうってこたあねえよ」


 それに。

 と怖いくらい真剣な眼差しで続ける。


「連中のやり口は昔から許せねえ。お前さんが嫌だって言っても、がっつり関わる気でいるから覚悟しな」


 その言葉にぽかん……とゼノを見つめいていたリタは、次の瞬間顔を真っ赤にして「馬鹿じゃないの」と慌てて返した。

 一人落ち着かずにゼノから目を逸らしたり、手をもじもじとさせるリタを微笑したまましばらくは観察していたハインリヒだが、ちらりとゼノに目配せした。


「とりあえずこの街にいた教会の追っ手は外に追いやっておいた。ここから先はどうしたいかね?」

「え!?」

「さすがハインリヒ、仕事がはええな」


 追っ手がすでにこの街からいないのであれば、正直リタがゼノを雇う理由もなくなっている。わかっている上で先程は確認したということか。


 ちょっとこの人、たちが悪そう……


 ノクトアドゥクスのトップだ。一筋縄でいかないのは当たり前だが、あまりにも手際が良すぎる。リタとゼノが出会ったのはほんの二時間ほど前なのだ。


 いくらゼノと親しい間柄だとしても、ちょっと気持ち悪いぐらい手回しがいいんじゃないの?

 感心するよりもドン引きしてしまうのはどうしてかしら……


 もちろん表には出さないが、ちらりとそんなことを考えるリタだった。


「教会と公にやりあう前に、リタの残ってる家族を保護しときたい。売られたって聞いたが、人質にはされてねえんだな?」

「ふむ……実際は、人質にする前に逃げられた、が正しいな」

「売られてないの?」


 思わず問い返すリタに、ハインリヒが頷いて返す。


「ケニスは君と息子達を逃すためにあの場に踏みとどまり、多勢に無勢なうえ毒矢を受けたため絶命した。本来、教会もケニスを殺すつもりはなかったのだよ。生かしてこそ聖女に対して利用価値もあったし、レーヴェンと敵対するつもりもないだろうからね」


 思わぬ事実に動揺するリタを見遣りながら、ハインリヒが続ける。


「彼らの誤算は、ケニスが腕利きであったこと、君や息子達の動きが思いの外素早かったことで、シグレン一家の誰をも確保できなかったことだよ」


 —— 確保できなかった。


「じゃあ……」

「そもそも売られてねえってことか?」


 そうなるな、と澄ました顔で答えてハインリヒはコーヒーを一口すする。


「あの子たち……!」


 良かった……!

 普段から悪戯やらで手間をかけられてきたけど、教会から逃げおおせていたなんて……!やるじゃないの!!


 涙ぐみながら安堵するリタを横目で見ながら、ゼノは疑問に思っていたことを口にする。


「息子達、ってことは一人じゃねえんだよな?全員、教会から逃げおおせてんのか?」

「七人全員だね」

「は!? 七人?」


 予想外の人数に思わず大声で問い返すゼノに、そうよ、とリタがあっけらかんと答えた。


「十四歳のアインスに十三歳のドゥーエとトレ、十一歳のフィーアに十歳のサンク、シス、シェラで七人よ」

「いや、逆にすげえな!その年齢と人数で教会から逃げ切ったとは」

「長男のアインスは、レーヴェンに登録したばかりでクラスは低いが、実力はあったからね。父ケニスが足止めし、その隙に弟達を上手く逃したようだ。ただ途中囮になり弟達とははぐれているが」


 この男はどこまで知っているのだろう。

 リタは少し警戒しつつも、これまでレーヴェンやハンタースの情報ギルドではまったく得られなかった情報に安堵した。


「今更だけど、お前はどこまで掴んでんだ?弟達全員の居場所がわかってんのか?」

「ふむ……」


 ハインリヒはカップをソーサーごとテーブルの上に置くと、質問したゼノではなくリタに向き直る。目があって知らず背筋が伸びた。

 ハインリヒの値踏みするような視線を真正面から受け止めて、リタも微笑して見つめ返した。


「私が払える対価は何になるかしら」


 相手は情報機関のトップだ。

 情報は彼らの資産だ。ゼノとハインリヒの間柄ならいざ知らず、リタとハインリヒでは無償で情報を得るわけにはいかない。

 弟達が教会の手から上手く逃れている。それだけを教えてくれただけでも僥倖。これ以上は正当な対価をもって問う内容だ。


「ふむ。カルデラント支部のギルド職員の評価は正当だな。クラスA冒険者リタ=シグレン」


 リタの応えに満足そうに頷き、ハインリヒはリタをレーヴェンシェルツのクラスA冒険者と認め向き合った。


「ゼノが君に手を貸すのなら、私としても君に手を貸すのはやぶさかではない。これはノクトアドゥクスではなく、私の個人的な判断だ。そして私が君に求めることも、組織はまた関係ない」


 組織がリタの味方になることはない、と言外に告げられこくりと頷き返す。

 当然だ。ノクトアドゥクスが大々的に教会と敵対することはないだろう。ノクトアドゥクスはどこかに付くことはなく、常に中立の立場だ。

 それは逆に言えば、リタが組織に縛られることもないということだ。


「君の聖女の力を貸してくれるのならば、今後君にそれ以外の対価を求めることはない」

「おい」


 ハインリヒが『聖女の力』と限定したことで、ゼノが咎めるように声を上げたが、ハインリヒは一瞥もくれずに、無表情のままリタを見据えた。

 リタも真っ向から視線を受け止める。


 組織ではなく個人としての協力。それも、今後は対価を必要としないと言う。長く教会と戦うのならば、ハインリヒを味方に出来れば確かに心強い。

 リタの見た限り、ゼノは長く生きる剣聖で聖女の力のことも良く知っているようだ。そのゼノならばリタの聖女の力を悪用することは決してないだろう。

 だがハインリヒについてはわからない。彼は恐ろしく頭が切れそうな上にゼノと違って狡猾そうだ。もっとも、そうでなければノクトアドゥクスのトップなど務まらないだろう。


 ——だけど。


 ゼノの前でこの話をしたということは、そこまで悪辣な話ではないはず。

 リタはそう判断した。

 ……ゼノの目の前で言質を取ることで、ゼノの今後一切の言及を断つため、という可能性も否定はできないんだけれど。


「いいわ。この面倒な力、あなたが手を貸してくれるなら、あなたに貸すわ」


 きっぱりと言い切ったリタに、「おい!せめて何に使うつもりかぐらいは確認してからにしろ!」とゼノが慌てたように言ったが、それに首を振って否定した。


「いいのよ。この申し出を私がどう読んで判断するかも確認したい、ということではなくて?」


 不敵に微笑みながら尋ねるリタに、ふ、とハインリヒも微笑した。

 ゼノだけが納得いってない顔で二人を交互に見やるが、がしがしと頭をかいてそれ以上は何も言わなかった。




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