表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/236

(五)青い森での遭遇者



「しかし、本当に我々がご一緒してよろしかったんでしょうか? ゼノ殿の足手纏いになりませんか?」


 青い森の入り口に差し掛かろうかというところで、クライツは改めてゼノに問いかけた。

 ハインリヒに笑顔で『ついて行け』と圧をかけられたこともあってシュリー達と共に皇国から一緒についてきたが、西大陸の東側に位置する世界最大の湖、キアールル湖を囲むように存在する『青い森』は、入口付近はそうでもないが奥へ進めば進むほど魔物も強く数も多くなって危険度が増す森だ。おまけに森自体が生きているので磁石を狂わせ遭難率も高い。正直なんの準備もなくついていける場所ではない。

 ——にも関わらず、クライツ達の格好はハインリヒに本部に呼びつけられたままで、持ち物も通常装備だ。同行者が普通の冒険者であれば死亡率が高すぎるミッションだ。


「ああ、平気平気。ここに出る魔獣や魔物は数が多いだけで大したことはねえよ」


 こんな応えを返すのがゼノでなければ、クライツはその発言者を無能と判断して切り捨てただろう。


「ゼノ殿ならではのお言葉ですね……ゼノ殿の——」

「ていうか、いい加減その極度の敬語と殿づけやめろや」


 クライツの言葉を遮るようにゼノが告げるが「そういうわけには参りませんよ」とクライツは笑顔で返した。実のところこのやりとりは昨日からずっと続いている。


「いや、マジで勘弁してくれ」


 額を押さえながらげんなりとして告げるゼノに、だがクライツは頭を振る。


「私は師匠とは立場が異なりますので、ゼノ殿にそのように気安い態度は許されません」


 笑顔で告げれば、ゼノが、がしっとクライツの肩を掴んできた。


「頼むから――その顔でゼノ殿とかやめてくれ! 怖えんだよ!」


 叫ぶようなゼノの懇願に、クライツは笑顔のまま首を傾げてみせた。


「この顔がどうかしましたか?」


 そう。その言葉をゼノから引き出せればいいのだ。

 欲しい情報は自ら収集しなければ、ハインリヒには容易く確認など出来ない。問えばきっと鼻で笑われる。


 皇国でゼノと顔合わせをした後、ハインリヒからゼノ担当者にのみ許される資料の一部を手渡された。最低限の引き継ぎ事項だというそれは、恐ろしいほど貴重な情報が詰まっていた。これを知るだけで色々巻き込まれる、というのが想像できて、出来れば目にしたくなかったなというのが本音だ。

 ゼノの担当になるということは相応の厄介事を背負い込むことも織り込み済みか。足りない情報は自ら収集しておかなければ痛い目をみそうだ。


 そんな思惑のもとに問われたクライツの言葉に、ゼノはぐっと詰まって視線を逸らし逡巡したのち、諦めたように大きくため息をついた。


「ハインリヒの弟子だけあるな……遠慮もねえ」

「師匠には及びませんよ」

「その顔の持ち主も飄々としながら遠慮も容赦も抜け目もなかったよ――ノア=ジェスターって男はな」


 疲れたように告げながらクライツを見るゼノの視線には、昔を懐かしむものが混じっているように見えた。


「初代担当者ですね」


 資料から知った事実を告げると、ゼノは肩をすくめた。


「本来なら二代目なんざ存在しない筈だったんだがな――こんなに生き汚いとは俺だって想定外だ」


 彼が時間の理から外れた大元の原因は、火の神の加護だと資料にはあった。

 神の加護は時に本人の望まざる恩恵を与えることがある。ゼノの場合は後付けながらそれが有用ではあったようだが、娘達のことがなければただのありがた迷惑であっただろう。


「まあそんな訳だ。お前さんとノアは違うってわかってても、やっぱ似た顔にそう呼ばれると落ち着かねえんだよ」

「かなり親しい間柄だったんですか?」

「ノアとギルベルト……当時の皇国騎士団長は俺の親友で、付き合いは深かったよ。色々一緒に馬鹿やった相手でもあるしな」


 剣聖がまだ時の流れにいた二百年前の親友達——きっと彼の中でも特別な存在なのだろう。彼の目に懐かしさだけではないものを感じ取ってこれ以上を踏み込むのは躊躇われるが、クライツにとっては重要なことだ。


「そんなにこの顔は似ていますか」


 ノア=ジェスターが資料にあった面々と面識もあり深く関わっていたのならば、顔が似ているクライツも常とは異なる注意を払う必要がある。

 ゼノはその言葉にちらりとクライツを見て——大きく頷いた。


「俺が一瞬時代を見誤るぐらいには」


 そこまでか。

 クライツは気が遠くなった。


 あの様子ではハインリヒはそのことを知っていたに違いない。こんな仕事なのに絵姿でも残っていたか? わかっているのは、分かった上であえてクライツをゼノの担当に配したということだ。

 嫌な予感しかない。


「デルのことを気にするのも同じ理由で?」

「……ノアが、クサナギ流の隠密を側に置いてたからな。俺とも親しかった」


 苦無を手に武装していたデルが目を見開いてゼノを見た。


「流派まで見破りますか」

「身体の動かし方でな」


 こちらの想像以上だな。

 それにしても——


 クライツは無言のまま周囲を見渡した。

 木々の奥に見え隠れする魔獣がいるのがクライツにもわかる。デルやシュリーが緊張して戦闘態勢をとっているのもそのためだ。

 だが彼らはそれ以上こちらに近寄ってはこない。

 先程から会話をかわしながらも、剣を片手に先へ先へとどんどん進んでいくゼノが、襲いかかってきた魔獣を片っ端から瞬殺しているためだ。

 魔石も残らないほどの衝撃で、一刀両断されていく。

 魔獣は動物に近いため本能で強者を避けるのか、遠巻きにこちらを窺うだけになり、少し前から襲っても来なくなった。

 冗談みたいな強さだなと内心(おのの)きながら、とりあえずゼノとの貴重な時間だ。戦闘を気にしなくて良いならばクライツはなるべく情報収集をしておきたい。


「ところで、ゼノの目的地は精華石(しょうかせき)の群生地ですか?」


 青い森にわざわざ赴く理由など限られる。

 本来ルクシリア皇国から『青い森』に行くには、通常の街の転移陣をいくつも経由せねばならず、十日以上はかかろうかというところだったが、皇国騎士団のギルドへの特別転移陣の使用許可がおりた。

 この転移陣は特別な魔法陣と魔石を利用する関係上、有事か余程の理由がない限り使用は認められない。

 ゼノと言えども簡単には利用できないその転移陣の使用許可がおりたのは、用事が済んだ後皇国に戻って来ることが条件だ。頼みたい事があると皇帝から直々に依頼されていた。

 それももちろん本当だろうが、恐らく精華石の個数管理も含まれているのだろうとはハインリヒの読みだ。


 精華石はその貴重さ故に誰が保持しているかについてある程度管理されている。それを巡って争いが起きないようにするためだ。誰が持つ、というのを規制はしないが、個人で持つ事が知れると却って命の危険が伴うほどだ。

 精華石は、水晶華と呼ばれる植物の子房にあたる箇所から花が開いている時にだけ採れる貴石で、浄化能力や魔物を退ける稀有な力を持っている。

 水晶華自体の開花周期が八十~百年に一度で、花が咲くのも三日ほどと非常に短い。おまけに主な生息地は魔族の多い危険地帯になる。

 それだけでも厄介なのに採集にはコツが必要で、失敗すれば植物なのに砕け散るという。


 故に非常に貴重な石なのだ。

 公では国が保持して対魔物対策に利用することがほとんどで、後は大きな組織や商会、ギルド本部が保持していて、そういった精華石はルクシリア皇国で記録管理されている。


 ――理由は、ランクで言えば入手困難度SSSとも言われるその精華石を、どこぞの剣聖がほいほい入手しては気軽に与えるなどということをして、過去に争いが起こったことがあったからだ。皇国としては剣聖――ゼノに精華石を与えられた人物が危険に見舞われないようにするために仕方なく始めたのがきっかけらしい。

 もっとも、皇国も手間賃として精華石のみならず魔石をゼノから融通されているらしいので問題はないだろう。

 その水晶華の群生地のひとつがこの青い森ということは広く知られている。


「ああ、去年あたりからぽつぽつ咲き始めたって聞いてる。で、今年はここのが咲くだろうってんでな」

「それは箱庭情報ですか」

「前の開花時期から計算してんじゃねえか? まあ、デュティが何を知ってても今更驚かねえけどな」


 ゼノはそう言って肩をすくめた。

 箱庭の管理者は、デュティという名の魔術師だと資料にあった。

 箱庭については、ノクトアドゥクスでもそれ以上はわからない謎が多い存在だ。

 いつからあるのか、何のためにあるのか、古くから研究している者達もいるようだが、箱庭のことは未だ杳として知れない。

 ただ不思議な記録が残っているのを、クライツは過去に見た事がある。


 ——箱庭の住人が死した時、遺体は残らず花が一輪残った。その花もすぐに砂塵のように崩れ落ちて消えさった——


 不老不死だとか噂されているが、箱庭の住人も()()()()()、と思ったのだ。


「なるほど……ところで、群生地までの道はどうやって見分けているんですか?」


 魔物の心配は不要だとわかったが、この森の恐ろしさは魔物だけではない。磁石がきかず木も動くために方向を見誤るという危険性もあるのだ。

 森の特性を遮断する魔道具磁石も存在するが、ゼノがそんな道具を使用している形跡は見えない。


「適当」

 返ってきたのは不穏な回答だ。

「適当なりに何か根拠はあるんですよね? 歩みに迷いがありませんが……」

「ああ。とりあえず真っ直ぐ奥に、瘴気の濃い方へ進んでる。それを抜けると今度は瘴気が薄くなる。そうすりゃ惑わすもんもなくなるからな」


 目の前の道なき道をバサバサと枝葉を切り捨てて進んでいると思ったらそういう事か。

 ははあ、と納得しながらデルを見やれば、デルがこくりと頷いた。道は正しく奥に進んでいるようだ。デルはもちろん魔道具磁石を常に携帯している。

 瘴気が見えるという特性は侮れないなと内心で独りごちた時、突然ゼノが歩を止めた。 

 そこに緊張を見て取って、クライツ達も歩みを止め注意深く周囲を窺った。

 だが、緑深いこの場では特別な何かは感じ取れない。


「ちっ……先回りしてやがったか」


 先回りとは不穏な内容だ。

 確かこの森を領土としているのは第五盟主だったか。


「第五盟主の関係者ですか?」


 それは御免蒙りたいなと思いながら小声で最悪の可能性を質問すれば、ゼノにあっさりと否定された。


「いや、あいつは俺を見たら逃げるんで、眷属だって襲ってこねえよ。昔実験施設を滅茶苦茶にしてやったのに懲りたらしくてな」


 第五盟主が逃げるってどんだけだ。


 衝撃の内容に知らず頬が引きつるが、それならゼノが緊張している理由はなんだ。第五盟主よりも厄介な相手なのか?

 資料から考えられる相手を想像しながら、出来れば関わりたくないなと往生際悪く思った時、ゼノが大きなため息をついた。


「いるのはわかってるぞ。大人しくでてこい」


 右手の剣を地面に突き立て、ゼノは大声を張り上げる。


「ルーリィ!」

「きゃ~~~~っ! 流石ゼノ!」


 途端に、この場に似つかわしくない可愛らしい歓喜の悲鳴が響いたかと思うと、クライツが予想していた方向とはまったく別の、頭上から何かが降ってきた!

 ゼノは首元に抱きつこうと伸びてきたその腕を掴むと、ぐるりと身体を回転させて背中から地面に叩きつけた。音があまりしなかったことから、手加減していることがわかる。


「……はうっ……?」


 早業だったので何が起こったのか本人はわかっていないのだろう。目をぱちくりとさせて空を見上げるその顔は幼く見えた。


「ったく、懲りねえなあお前は」


 腰に手を当て呆れたように告げながら覗き込むゼノと目が合うと、彼女はもの凄い勢いで跳ね起きた。


「んも~!何するのよ!大人しく抱きつかせて!」

「させるか」


 がばりとそのまま抱きつこうとする彼女――ルーリィの頭を押さえてそれを止める。リーチが違うのでルーリィの腕はむなしく空を切った。

 魔族の中でも珍しい古代種に分類されるルーリィは淫魔(サキュバス)だ。

 肩よりやや上で切りそろえられたブラウンの髪は緩いウェーブがかかり、健康的な肌色に翠の瞳。淡く色づきややふっくらとした唇の左横には小さな黒子がある。その姿は、上半身は胸元だけを隠し下はパレオのように膝丈の長さの布を巻き付けただけの扇情的な姿だ。


 コケティッシュな雰囲気の彼女は、資料によればゼノに懸想しているらしい。

 らしい、というのは、口ではそう言っているが、魔族と人間の感覚はまったく異なり額面通りに受け取れないためだ。魔物や魔族からすれば人間はエサか玩具という認識が普通なので、人間と同じ感覚で恋だの愛だのと言っているのではない。それは数百年にわたる様々な事実が物語っている。

 魔族と人間の間に人の感覚での『愛情』というものは存在しない。

 おまけにゼノは血や体液に魔力が宿るラロブラッドだ。それもかなり強力な。魔族からすればまさしく極上のエサであり力の素でもある。

 ルーリィのそれも、結局は食欲からきていると推測できる、とまとめられていたし、クライツでもそう考える。

 もちろんゼノもそんなルーリィの世迷い言をこれっぽっちも信じていない。


「や~~~だ~~~~っ!ゼノの意地悪!」


 じたばたと暴れていたルーリィは頭を押さえるゼノの腕を両手で掴むと、えいっとかけ声ひとつで足を上げそのまま腕に絡ませた。


「ばっ……」


 突然のことにゼノもぐらりとバランスを崩し、そのままルーリィと共に地面に転がった。


「だっ!」

「うふふふ~ゼノの匂い~!」

「やめれ!」


 そのまますぐに、首に抱きついたルーリィごと起き上がったのは流石というべきか。


「離れろ!」

「いや~~~! 三十年ぶりなのよ!?三十年! あたしがどれだけ寂しかったと思ってるの!?」

「知るか」


 ちっと舌打ちしてゼノは両手でべりっ、と音がしそうな勢いでルーリィを引き剥がすと、ぺいっと横に投げ捨てた。

 容赦がない。力の加減はされていそうだが、躊躇いが一切ない。


「もう、ゼノはいつだって冷たいんだから!」

「当たり前だろ。魔族に優しくしてやる理由なんざねえよ」


 ぱっぱっと服についたルーリィの匂いを手で払いながら、剣を地面から引き抜く。その間ルーリィには視線も寄越さない。

 そもそもゼノは幼少期からこういった魔族に狙われてきたので、魔族からのアプローチには手厳しく、信用もしていないのだとあった。


 幼少期からサキュバスに狙われるのは軽く女性不信になりそうだな、とクライツでも思う。


「でも今度という今度は、絶対にゼノのお嫁さんにしてもらうんだから!」

「ねえよ、絶対に。俺は魔族なんざごめんだ」

「差別だわ!」

「捕食者がほざくな」

「う~~~……ん?」


 ゼノとルーリィであれば実力的にもゼノの方が捕食者に見えるな、と二人の様子から資料のおさらいと整合性を取っていたクライツは、唸りながらこちらに気付いて驚愕に目を見開くルーリィと目が合った。


「なっ! ……なんで!? なんでノアがいるの!? 嘘! あいつ生き返ったの!? 信じられない執念だわ!」


 ——なかなか酷い言われようだな……ノアは彼女の中でどんなカテゴリーに属していたんだか……


 クライツは頬を引きつらせながら空を仰いだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ