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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第一章

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(二)それぞれの思惑



 白い石柱が並び立つ白亜の空間。 

 果てが見えぬその回廊は無機質で、生物の存在を欠片すらも感じさせない、この世ではあり得ない空間であった。

 存在する色は白と石柱の落とす影のみの世界。本来明るく感じる筈のその色がどこか陰鬱に感じるのは空間を支配する気配のせいかもしれない。

 その白に支配された場所に金色の力がふわりと現れ、光が周囲に溶けるように消えた後には、黒いテールコートに身を包んだ第三盟主が立っていた。


「これは珍しい。金の君がここにやって来るなど」


 途端に背後から声がかかり、第三盟主は口許に笑みを履いて振り返った。


「隠してはいなかったけど、早いね相変わらず」


 この白に支配された空間の中で唯一蒼を纏う第一盟主の側近――ベルガントが音もなく立っていた。

 武闘派らしく強面で体格の良いこの男は、他の盟主の側近とは異なり、色を纏うほどの実力を持つ上に、自らの主である第一盟主に物申すことも厭わない気概を持つ裏表のない稀な魔族だ。

 だからこそ第一の信用厚く、他の盟主からも一目置かれる存在で、飾り気のないこの男を、第三盟主も気に入っていた。


 第一至上主義なところはいただけないけどね。


 第一盟主の側近であれば当たり前ではあるが、過去に引き抜きを仕掛けて断られた経緯もある。


「それで、君の主人の今日のご機嫌は?」


 くるりと(ステッキ)を回しながら問えば、ベルガントは無表情のまま肩をすくめた。


「残念ながらご気分がすぐれず、どなたの訪問もお断りするようにとの仰せで。金の君には申し訳ないが、このままお引き取りを」


 ふうん、とベルガントの言葉に適当に相槌を打ちながらそのまま回廊に歩を進めれば、音もなく剣が振り下ろされる。それを(ステッキ)で難なく受け止めて男を見遣れば、変わらず無表情のままだ。


「無礼では?」


 短く告げるベルガントに肩をすくめて見せる。


「第一の気分を優先していればいつまでたっても会えないだろう?」


 それに。

 第三盟主は笑みを浮かべたまま男を試すように睨みつけた。


「まさか、知らないとは言わないよね? 白の聖女フィリシアの残滓の件」


 そこで初めてベルガントはにやりと笑みを浮かべた。


「金の君ともあろうお方が、わざわざ残滓如きで我が(あるじ)をお訪ねになろうとは滑稽な」

「手がかりのひとつは『白の聖女フィリシア』なんだろう? 以前第一が呟いているのを耳にしたことがあるよ。白の聖女の残滓を持ち、黄金色を纏う彼女は黄金(きん)の聖女に間違いない。ならば、彼女はあの世界から白の聖女を追ってやってきたんじゃないのかい」


 それでもベルガントは笑みを浮かべたまま首を振った。


「気になるならそちらから好きに情報を得ればいい」


 そうだね、と呟いて第三盟主も口元に笑みを履いた。


「なら、黄金(きん)の聖女とは僕が遊ばせてもらうよ」

「それはいい案ですな。同じ色同士で戯れているのがお似合いかと」


 侮蔑を含む言葉に、しかし第三盟主もふ、と笑ってベルガントの耳元に唇を寄せた。


「――ゼノは白の聖女と関係があるらしいね」


 その言葉にベルガントが表情を消した。


「我が主の試練さえ越えていなければ、私が直接殺してやったものを」


 ぎり、と奥歯を噛み締めるほどの音と共に吐き出された言葉に、今度は第三盟主がくくっと嘲るように笑った。


「君が? 君ごときが僕のゼノに勝てるとでも?」

「――袖にされ続けていながら戯言(たわごと)をほざく」


 すう、と場の空気が渦巻く殺気で冷え込んだ。

 ベルガントは無表情で、第三盟主はいつもどおり微笑を(たた)えたまま、どちらもぴくりとも動かずにその場に(たたず)む。

 一触即発の空気に、回廊がびりびりと震えた。


「――よい」


 低く、透明感のある声がその空気を切り裂いた。

 ベルガントが即座に(ひざまず)き、声のした方に(こうべ)を垂れた。

 回廊の奥から姿を現したのは、白いローブに身を包んだ第一盟主だ。


「久しぶりだね。ざっと二百年ぶりかい? 君ときたらゼノに試練を与えた後は引き篭もってばかりで、僕たち盟主の前にはほとんど姿を見せなくなったものだから、心配していたんだよ」


 足元のベルガントから非難するような気が発せられたが、第三盟主は気にもとめずに、(ステッキ)をくるりと回して第一盟主に歩み寄った。


「人間の前にはちょこちょこと姿を現して、試練を与えているそうじゃないか」


 つれないね?と顔を覗き込むように身を屈めた第三盟主から、すいと顔をそらす。


「何用だ」


 視線を交わすことなく、額を押さえながら問う第一盟主は、確かに機嫌はよろしくなさそうだ。

 さらりと流れ落ちる白銀の髪が頬に影を落とすのが、より陰鬱さを増していた。

 第三盟主は片眉を上げて第一盟主を睨みつけた。


「本気で言ってるのかい?」

「……答えることはない」

黄金(きん)の聖女が白の聖女を追いかけてここまで来た。白の聖女がここにいるということは、やはりいるんだろう?この世界に」


 第一盟主は黙り込んだまま、それ以上言葉を紡ぐ素振りをみせない。

 第三盟主はその姿に大仰にため息をついて両手を広げた。


「まただんまりかい? 忘れてもらっては困るんだが、我々は共通の目的でこの世界にいる。情報共有は当然の義務だろう?」

「……」


 しばらく無言で第一盟主の様子を窺っていたが、何も答える気がないらしいとわかると、やれやれと大仰に肩をすくめ、くるりと第一盟主に背を向けた。


「頑なに口を閉ざしている理由は知らないけれど、志を同じくしていることは忘れないで貰いたいもんだね――君の心が変わっていなければ、だけど」


 言い置いてそのまま回廊を引き返して行くのを、第一盟主は無言で見送りベルガントは跪いたまま動かなかった。


「ああ、そうそう」


 くるりと(ステッキ)を回して空間に穴を開きながら、無言の主従を笑顔で振り返った。


「その黄金(きん)の聖女から聞いたんだけどね――ゼノは、()()()()()を持っているらしいよ」


 ――これ、どういう意味なんだろうね?


 蠱惑的に口元に指を立てて笑いながら言い置いて、第三盟主の姿はするりと穴の中に溶けるように消え、後には黄金色の力の残滓が残った。

 ベルガントが舌打ちをしながら第三盟主の消えた跡を忌々しそうに見やった時、背後で石柱が砕け散る音がして、慌てて主をふり仰いだ。

 普段なら決して見せることのない感情を揺れるに任せて、その力を周囲に振りまく姿にベルガントは歓喜すると同時に憎らしく思う。


 ――やはり、我が主の心を動かすのはゼノなのか。


 それが、憎しみであれ怒りであれ、ゼノと会うまでは普通に感情を表していた第一盟主が、二百年前にゼノに試練を課してから変わった。すべての感情をどこかに閉じ込め、一切を表に出さないその姿は、まるで何かを消し去ろうとしているかのようにベルガントには見えた。

 理由は彼にもわからない。だが、第一盟主がゼノを気にし、彼に怒りとも憎しみとも羨望とも判別つかない感情を抱いているのは確かだ。


 二百年前、第一盟主はゼノの存在を知るや強制的に試練を課した。

 本来であれば試練とはそれを望む者に与えられ、越えし者には試練に相応しい力を、挫折した者には裁きが下される。挫折した者は人の姿を保つ事もなくその魂も引き剥がされ本質が変えられるので、実質死に等しい。

 ベルガントも、ゼノは剣になるだろうと思っていた。これまで剣士や騎士で試練に挑戦し挫折した者は剣や槍など武器に姿を変えることが多かったからだ。

 おまけに試練には難易度があり、その者の望みと比例する試練が与えられる。それを望むこともなく試練を課されたゼノの難易度は、第一盟主の望むまま、最高難易度であったことをベルガントは知っている。

 第一盟主も、それを防げなかった第三盟主も、あの忌々しいカグヅチも、ゼノが剣に姿を変えることを疑っていなかった。


 ――なのにあの男は乗り越えた。


 あの時の歓喜の涙に(むせ)ぶ第三盟主やカグヅチと、絶望した主の顔を今でもはっきりと思い出す事が出来る。

 あの打ちのめされたような――そう。彼の主にあってはならない、()()()()()()()()()のか、という魂に刻まれるような絶望。

 あの時から、第一盟主は必要以上に表にでなくなった。

 あれの存在の何がそれほど主を駆り立てたのかと、嫉妬したのも事実だ。

 あれからも今も、ベルガントの主である第一盟主の感情を動かすのはあの男だけだ。ベルガントの手で八つ裂きにして主の前に引きずり出してやりたいが、それも叶わぬ願い。

 試練を乗り越えた者に、試練を課した者と累する者は手を出してはならないという制約がある。――故に、ベルガントはゼノに一切の手出しが出来ない。


 ビリビリと第一盟主が振りまく容赦のない力に回廊が震え、ベルガントは傷を受けながらも、その力に酔いしれる。

 これこそが我が主の絶対的な力。


 ああ――あの男は殺してやりたいほど憎らしいが、我が主の感情を動かすモノがなくなってしまっては本末転倒。

 どうするのが主のためによいのか見極めねば――


 うっそりと、ベルガントは暗い笑みを浮かべた。



 * * *



 ――魔王の加護だから


 囁くように紡がれたその言葉は、掻き消えることもなく皆の耳に届いた。だが、皆が虚をつかれたように押し黙ったまま、微動だにできなかった。

 聞かされたその言葉の意味を理解しようと誰もが胸の内で反芻する中、へえ、と人ならざる者の言葉がその場に落ちた。


「それはなかなか興味深いね」


 気づけば、いつの間にかテーブルの上に金の髪――第三盟主が浮かんでおり、リタが記した紙を覗き込んでいた。


「っ!」


 リタが瞬時に身体強化を行なったのを見て、ゼノが立ち上がりかけたリタの肩を押さえ、皇帝は手をあげて止めた。


「彼が現れるのは想定の範囲内だ」

「流石ルードヴィヒ。よくわかってるね」

「特に今、ゼノ、聖女、ハインリヒ、そして我々が集えば話題など知れる。第三盟主の気を引くのは火を見るより明らかであろう」


 この面子(めんつ)で集まるときは、第三にとっては楽しく興味深いことが多い。遭遇率も格段にあがるので、ゼノが皇国に来るのを避けたい理由のひとつでもあった。


 それに、どのみち()()()()も得意な奴だからな。


 今までの話だって最初から聞いていた可能性が高い。直接聞きたいことができたから姿を現したんだろう。

 第三盟主の特殊な力は、空間を自由に移動する能力だ。他の盟主も似た力を持っているが、第三盟主のそれはまた少し異なる。

 しつこくリタに話すことを促したのも、リタが知っていることを既に知られていると予測していたからだ。


「実に興味深いよね、魔王の加護って。その上に魔族の呪いがあるところを見ると余計にね」


 ふふふ、と第三盟主は楽しそうに笑うと、未だ緊張した面持ちで自分を睨みつけるリタを見た。


「不思議だよねえ。それが事実なら、魔王とゼノは仲良しだったってことになるのかな?それとも一方的に魔王がゼノを気に入っていた?カグヅチみたいに」


 どう思う?と第三盟主に首を傾げながら問われ、ゼノは肩をすくめてみせた。


「生憎、まったく覚えがねえな。そもそもフィリシアだって、先日リタが見せてくれたのが初めてだ」


 その言葉に反応したのは第三ではなくリタだった。少し悲しげな表情でゼノを見つめてくる。

 その切なげな表情に思わずゼノが身を引いた。


 いやだから、普通は前世?なんざ覚えてねえもんだろ?リタの仮説が正しかったとしてもだ。


 正直なところ、他ならぬリタに、魂に刻まれていると言われなければ信じもしなかっただろう。

 ただまあ、あの時あの幻がゼノの名を呼んだのは確かだ。


 ――お願いね、ゼノ


 耳に残るその声は、ゼノにはなんの感慨ももたらさなかったが、()()に声をかけられたことはわかった。あの姿は過去の具現化だったとしても、あの言葉はその直前にリタにかけた声とは異なった、ような気がしたのだ。

 そこに存在するフィリシアが、本当にゼノに声をかけたような。

 上手く説明出来ないので誰にも言っていないが。


「少しも琴線に触れるものはなかったの?」


 ねえよ、と即答しかけて、あまりに切なげなリタの表情に、一呼吸置く。

 リタのいう記憶という意味では何も感じなかった。


「……なんで名を知ってるのかと驚いただけで、それ以上の感想はねえな」


 そう、と悲しげに目を伏せられ罪悪感に襲われる。

 だが記憶にないものは嘘はつけない。

 そのリタとのやりとりを慎重に窺っていた第三盟主は、ふうん、と呟いて、それからリタに問いかける。


「君は『魔王』を知っているのかい、リタ?」


 その声音に、微かな緊張と期待を感じ取って、おや?とゼノは片眉を上げて第三盟主を見た。

 こいつがそもそも姿を現したのは、()()を聞きたかったからか?

 確かに普通に考えれば、魔族ならば魔王と呼ばれる者が気になるのは当たり前か。だがゼノの記憶する限り、この世界には魔王と呼ばれる者が存在するとは聞いたことがない。

 リタは記憶を探るように口許に手を当て考え込んでいたが、静かに頭を振った。


「——なにも。私が覚えていることはフィリシア様に関係することだけだから」


 そうか、と幾分落胆したように呟き、しかし気を取り直したように明るい声で続けた。


「ゼノがフィリシアの護衛剣士だったってことは間違いないんだよね」

「それは間違いないわ。ゼノはフィリシア様の護衛剣士だった。 私の記憶は断片的なものだからそれ以上のことはわからない……ただ、ゼノが羨ましかったからかしら。あなたがフィリシア様のことを何も覚えていないのが……とても悲しい……」


 胸を押さえてそう零されると、ゼノも辛い。

 そろそろとリタから目をそらすことしか出来ない。


「羨ましかったんだ。なぜ?」

「ゼノはフィリシア様を護り、フィリシア様の望みを叶えたからよ。私はフィリシア様の力にはなれなかったけれど、ゼノはいつだって――そう、()()()()フィリシア様を護り抜いたから」


 すうと第三盟主が目を細めてリタを見つめ、ハインリヒが眉をひそめて額を押さえた。


「聖女フィリシアの望みを叶えて前世のゼノは命を落とした?フィリシアの望みとはなんだったんだい?」

「――わからない。私も力になりたかった、という感情しか残っていないもの」


 それに――本当に知らなかったんだと思う、と悲しげに呟いた。


「私は子供すぎて頼りにならなかったし、大事な事を話すに値しない人間だった。だから大人でフィリシア様の信頼も厚く、頼りにされているゼノが羨ましかった」


 ふう、と大きなため息をひとつつくとリタは頭を振った。


「私もこれ以上はわからない。でも本当にゼノにも前世の記憶が刻まれているのなら、そのうちゼノが思い出すかもしれないわ」


 そう締めくくってゼノを見つめるリタから、ゼノは視線を彷徨(さまよ)わせた。

 そんな期待をされても正直困る。

 それに、ゼノにとっては前世などどうでもいいのだ。前世より大事なのは今生のことで、もう二百年ほど前からずっとただ一つのことだけを望んでいる。

 気になっているのは名前でも誰かの加護でもなく、その刻まれた『呪い』だ。


「それよりも、その呪いとやらは……周囲に影響は与えないのか」


 ゼノが気にするのはその点だけだ。

 もっと言うならば。


「俺の娘達は呪いを受けた――それとこれは関係があるのか?」


 切実な――二百年経った今でも呪いの影響で目覚めない娘達を救う手立てを探し続けているゼノの、切実な願いからすれば、もしも原因が自分であるならばそれはどうすればいいのか。誰に教えと救いを請えばいいのか。

 ゼノの言葉にリタが息を呑んで目を見開いた。

 第三盟主は笑みを履いたままゼノとリタを見つめていたが、ゆっくりと空中からゼノ達に背を向けてテーブルの向こう側の床に降り立った。


「――知りたいかい?」


 くるりと背中越しに振り返り、微笑しながら思わせぶりに問いかけてくる。


 ――当たり前だろうが!


 思わず怒鳴りそうになる言葉をぐっと押し殺したとき、ばんっ、とリタがテーブルを叩いて立ち上がった。


「関係ないわ!」


 きっぱりと断言して第三盟主を睨みつける。


「魂に刻まれた言葉はその人のもの。他者へ影響を与えるものが刻まれることはないわ」


 それに、と怒りも露わに続けた。


「ゼノにかかっている呪いの存在にこれまで気づきもしなかったくせに、知った風な口をきかないでちょうだい」


 ゼノがはっとするほど、リタは強い眼差しで第三盟主を睨みつけて吠える。

 燃えるような気がリタから発せられているのを感じて、ゼノも冷静になった。

 確かにその通りだ。

 第三盟主はこれまで――出会ってからずっと、呪いのことなど口にしなかった。アザレアも何も言わなかった。

 ならば確かにリタの言う通り、第三盟主は今のいままで呪いのことなど知らなかったのだろう。


「あははははは! さすが金の聖女、肝が据わってるね! もっとも、君が怒らなくてもハインリヒやルードヴィヒがゼノを止めただろうけれど」

「嫌な人」

「当たり前だ。魔族なんだからよ」


 ゼノはリタを宥めるように背を叩き、座るように促した。だがリタはその手を振り解きながら、第三盟主を睨みつけたまま続けた。


魂の情報(この件)でゼノを惑わせようなんて考えないでちょうだい。そんなこと私が許さないわ」


 リタの感情の昂りにあわせて、黄金の光がふわりと彼女を取り巻く。

 癒しや魂を読む時とは異なる、力の発露。

 暴走状態に似たその現象に周囲が眉をひそめるのをリタは手で制し、そのまま臆することなく第三盟主を睨み続ける。

 先程まで微笑を浮かべていた第三盟主は、ぴくりと片眉を吊り上げて(ステッキ)で周囲を払い、結界を張った。


「――へえ。さすが、黄金(きん)の聖女の名は伊達じゃないね。前に会った時より力が増している」

「ゼノが色々断ち切ってくれたお陰で、この力の使い方を思い出したのよ。攻撃魔法は使えなくても、この神聖力――あなた達魔族の力を抑えられるわ」


 盟主を抑えるほどの力だと?


 だが、嘘ではない。

 第三盟主が自らの周囲に結界を張ったのは事実だ。

 正直なところ、ゼノが第三盟主が結界を張ったのを見たのはこれで三度目だ。過去には、カグヅチやヒミカ相手に使っていた。神か、神レベルだ。

 それだけでリタの力が非常に強いことが窺えた。


「その力だけで僕に敵うとでも?」

「私でも痛烈な一撃を与えられる可能性があると伝わればいいのよ。敵うなんて自惚れないわ」

「潔いね――でもそういうのは好みだよ」


 ふふ、と微笑する第三盟主に力は示せたと判断したか、ふわりと力を散らしたリタに、第三盟主も結界を解除した。


「心配しなくても、前世と今生をあわせてゼノの庇護を受けている聖女を傷つけることはしないよ――そうだね、色々と(つつ)ける情報をもらったお礼に、他の盟主が勝手に手出しできないようにしておいてあげるよ」


 そう言い置いて、第三盟主はくるりと(ステッキ)を回して空間を開くと、そこに身を滑らせた。


「――ああ、そうだ、ゼノ。今回の『青い森』はいつもより早いようで、もう咲き始めていたよ」


 じゃあね、とひらひらと手を振りながら空間に溶けるように姿がかき消えた。後には第三盟主の特徴である黄金(きん)色の魔力の残滓がふわりと拡がってから、消えた。


「ふむ……どこを(つつ)きにいくのやら」


 第一盟主あたりか、と呟くハインリヒに、はあぁ、と大きく息を吐いてリタが椅子に座り直した。


「……彼はいつもあんな感じなのかしら」

「概ね」


 思わず口をついてでたリタの呟きに答えたのは皇帝で、テーブルに突っ伏しかけていたリタは途端にしゃんと背筋を伸ばした。


「あの、御前で大変失礼を……」


 先程までの勢いとは打って変わってしどろもどろになるリタに、皇帝は朗らかに笑った。


「いや、気に入った。教会なんぞに好きにされなくて良かったと(まこと)に思う。ハインリヒ、ヴォルフライト、ゼノ。しっかりと守ってやってくれ」

「「は」」

「もちろんだ」


 そう言われてリタは居心地悪そうに両手を膝の上で握りしめた。

 その様子を見ながら、ハインリヒがゼノに語りかける。


「ふむ。――ならばゼノ。私はそろそろ君の担当を代わろうと思う」

「え!?」


 驚いて声を上げたのはリタだ。


「ああ、そうだな。お前さんはリタについてた方がいいだろうし、こっちはお前さんである必要はねえしな」

「ええ!?」

「うむ。近いうちに顔合わせを行いたいと思うので、青い森に向かう前に時間をもらえるかね」

「わかった」


 ノクトアドゥクスには代々、ゼノの担当となる者が存在する。箱庭に引っ込んでいる期間は長かったが、それでもこの三十数年はハインリヒが担当だった。割と長い方だ。ハインリヒもいつの間にやら長官まで上り詰めて、実のところゼノの担当などをやっている暇なぞなかっただろう。今回の件は重要案件だったので長官であるハインリヒが直接対応してくれたこともあるが、本来は長官なぞがゼノの対応をすることはない。


 まあ、これまで俺の担当で長官まで上り詰めた奴がいなかっただけなんだけどな。


 そこはハインリヒのハインリヒたる所以だろう。


 こいつ不要と思った奴に容赦しねえから。多分そんなあれやこれやで組織の人間を切り捨てていったら、いつの間にか上になってたんだろう。


 ゼノの推測はあながち間違ってはいない。ハインリヒの粛清の嵐は内部では有名な話だ。


「え? 担当って……ええ?いいの?だって……」


 何故か先程からゼノではなくリタが動揺して、両隣に座るハインリヒとゼノの顔をせわしなく交互に見やりながら、一人慌てている。


「だって、ハインリヒはゼノのストーカーでしょう!?」

「ぶはっ!」


 まだそれ言ってんのか!


「はははは!」

「それは面白い」


 あんまりな台詞にゼノや騎士団長、皇帝まで噴き出して、先程までの重たい空気は一気に霧散した。 


「それでいいの?って……痛い痛い痛い痛い……!」

「君は本当に懲りないな」


 もはやゼノにとっては見慣れた光景になりつつあるが、リタはハインリヒにぐりぐりと両拳で額を挟まれてまたも涙目になりながら叫んでいる。


「いやほんとお前ら仲良いよな~」


 ハインリヒ相手によく懲りずに口を滑らすもんだとゼノは笑った。

 リタは本当に剛気だなと感心しながら。




前半と後半の時間軸は逆です。

後半部分のリタからの情報を得た後、第一盟主のところを訪問しています。

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