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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第一章

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(小咄)よい夢を



 会議室での情報共有の後、何故か会議に参加した面々と夕食を共にすることになった。騎士団長もヒミカも細かなことは気にしないようで、リタ達も多少緊張しながらも無事夕食を終えた。

 もう部屋に戻っていいかなという雰囲気を察して、シグレン家が会議室を退室しようと扉に向かった時だった。


「おう、タピーアを枕にアルプートラムに翼を」


 ゼノからの言葉に足が止まった。


「は?」

「?」

「え?」

「ん?」


 会議室内に落ちた沈黙。


「……それは何の呪文かね?」


 ハインリヒがゼノに問えば、今度はゼノがあれ?と首を傾げた。


「言わねえ? 子供はそう言って寝かしつけるもんだって教えてもらったんだけど」


 地域によって違うのか? と呟くゼノと顔を見合わせる面々。そんな中ヒミカがにこりと微笑んだ。


「それは、当時流行した子供向けの絵本にでてくる言葉(フレーズ)でございますね」


 タイトルは失念致しましたが、との言葉に、ゼノがへえそうだったのかと納得の声を上げたが、ハインリヒと騎士団長は微妙な表情だ。


「ヒミカ殿のおっしゃる『当時』とは……」


 恐る恐るといった体で尋ねる騎士団長に、ヒミカは朗らかに笑った。


「そうですね……ゼノ殿がそれを使われていたのであれば、かれこれ二百年ほど前のことにござりましょうか」


 ――二百年ほど前の絵本のフレーズ。


「ふーん。今はそう言わねえのか。 ああ!これがジェネレーションギャップってやつか?」


 ぽん!と手を打つゼノに、いやいや、とハインリヒも皆も首を振る。


「そこまで昔なら、それはもうギャップを通り越して歴史の話になるのではないか……」

「大袈裟だなあ」


 ちっとも大袈裟じゃない、とリタも頭を押さえる。


「それはどんな意味なんですか?」


 トレの質問に、ゼノは思い出すように顎を擦りながら視線をさまよわせる。


「単純に『良い夢を』ってんじゃなかったかな?」

「左様でございますね。タピーアは夢喰い、アルプートラムは悪夢であったと思いまする。夢喰いを枕元に繋いで、悪夢には翼を与えて追い払おう、というおまじないの言葉(フレーズ)でしたかと。可愛らしい夢喰いの姿に、当時は子供達だけでなく若い女性にも大層人気でございました」


 わたくしも手のひらサイズの人形を所望したものでござりまする。

 優しい目で語るヒミカに、ゼノもそうだったそうだった、と頷き返す。

 昔を懐かしむ雰囲気が漂い、柔らかな空気の中――リタは気になった。

 気になって気になって仕方なかった。


 これは、聞いてもいいことかしら。

 地雷とか、爆弾だったりしないかしら。


 喉元まで出かかっている言葉を辛うじてとどめ置き、チラリと視線だけでハインリヒを伺う。

 だが彼の表情は変わらずで聞いていいものかどうかはわからない。


 ――みんな知ってることなの? 暗黙の了解?

 気になる。気になるけど……っ


「ヒミカ様オレ達と変わらないように見えるのに、ゼノと同じぐらいの歳ってことか?」


 うう、とリタが悶々とする中、脳筋ドゥーエがきょとーんと首を傾げて問いかけた。

 ひっと内心で悲鳴を上げたリタやアインス、トレを余所に、ドゥーエはまったく悪気ない顔でヒミカを見ている。室内がぴりっとした空気に包まれたのは決して気のせいではない。


「ちょ、ドゥーエ! 女性に歳をたずねるのは――」

「百超えたらそういうのどうでもよくねえか?」

「ほほほほ。わたくしとゼノ殿は同い年なのでございます」


 慌ててリタが叱責するのを、ゼノがぶった切りヒミカがころころと笑いながら爆弾発言をかます。


「!?」

「はっ? ……同い年?」

「……ふむ。それは初耳でしたな」


 あ! 狡い! 知らなかったんじゃないの!


 思わずリタは内心で叫んだ。周囲を見回せば、騎士団長も騎士達も、おまけに正神殿の二人も驚愕の表情だ。


 ――ゼノ以外誰も知らなかったってこと!?


「わたくし、ゼノ殿より一ヶ月(ひとつき)お姉さんなのでございます」

 ヒミカは扇を開き少し恥ずかしそうに微笑む。

「え!?」

「あ〜、そういやそんなこと言ってたな。この歳になると、たとえ一ヶ月でも自分より年上って貴重な存在だよな〜」


 人間で。


 ――いやいやいやいや。おかしい。色々おかしい。


 ゼノの言葉に全力でツッコみたい。そうじゃない。


「ご自分の正確な年齢がわからなくなったり確認したいことがございましたら、いつでもお尋ねくださいませね。正神殿の公式記録にはゼノ殿のご活躍も残されておりまする」


 ふふふと口元を扇で隠し朗らかに告げるヒミカに、騎士団長が手をあげて待ったをかけた。


「記録というならば、ルクシリア皇国はゼノ殿の戸籍を保有している。おまけに我が祖先であり十二代前の騎士団長はゼノ殿と親友であった。当時の手紙のやりとりや記録魔であった団長が色々残してあるゆえ、当時の事に関しては皇国の方が詳しいだろう」


 胸を張るように告げる騎士団長に、ハインリヒがいやいやと首を振った。


「情報といえばノクトアドゥクスに勝るものはあるまい。初代から歴代のゼノ担当者が重要案件をすべて保管している。うちより詳細なものはあるまい」


 いやいや、なにを、と言い合う三人をリタをはじめアインスとトレも遠い目をして見つめた。


 ――なに、これ?


 思わずリタはアインスを見た。


 ――なんだろ、これ?


 アインスも首を振り、隣に立つトレを見た。


 ――ゼノさんって……


 トレは大きくため息をついて肩をすくめた。

 こほん、とヒミカが扇で口元を隠したまま咳払いをし、きりりとした表情になった。


「公に申し上げるのは初めてでござりまするが――わたくし、オオヒルメ様たちと『剣聖うぉっちんぐ日記』をつけておりまする。ぷらいべーとの日記でございますゆえ――」


 きらりと目を光らせた。


「ありのままのご様子が、ざっと二百年分」


 はっと二人が息を呑んだ。


「いやいや、何言ってんだ、お前達」


 ゼノが呆れたように三人にツッコミをいれた。


「馬鹿話で時間をとらせるなよ。 ほら、お前達、もう部屋に戻って風呂入って寝ちまえ。今日は疲れただろうからな」


 いい夢みろよ、と笑顔で部屋から送り出されて、リタ達は会議室を後にした。

 誰も何も言わないが、リタは心から安堵した。


 ――あのままゼノが止めなかったら、見てはいけないやりとりを目にしたかもしれないわ


 あの二人(ハインリヒと騎士団長)の様子ならありえた。


 ……なんだか夢に見そうで怖いわ……

 ぶるり、と背を震わせた。




 ――幸いにも、その夜はシグレン家の姉弟たちは泥のように眠り、誰も夢を見なかったという。

 

 

 

ちょっとした小咄。非常に軽いもの。

ゼノはまったく本気にしていないけれど、三人の情報は割と本気。

ヒミカの見た目は15才、ゼノは35才。

作中ではリタの年齢は出ていなかった……ように思いますが、18才。アインスより4つ上です。


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