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(二)聖女は可愛い女の子がお好き


「…………」


 ゼノは非常に居心地が悪かった。

 尻の座りが悪いというか、非常に場違いに感じる場所に放り込まれて、ここまで居心地の悪さを感じる感情が自分にまだあったんだな、と明後日の方向の感想を抱きつつ、目の前に置かれた紅茶にすら手を出せずにいた。


 店に案内される前の自己紹介でリタと名乗った少女は、先程までの凛とした態度はどこへやら、目の前で幸せそうにケーキを頬張っている。そんなリタをゼノがつい恨みがましい目で見てしまうのは致し方ない。

 二人がいるのはシュゼントでも若い女の子に大人気のカフェで、可愛らしいパステルカラーの内装と可愛いぬいぐるみ、お花などの雑貨で飾られ、もちろん客層は若い――学園の制服か可愛らしい姿の女の子ばかりだ。

 いくらシュゼントが商業都市で冒険者ギルドがあるとはいえ、女性冒険者すら存在しない店内の一角に、リタはともかく大剣を背負ってくたびれた格好をしたゼノは浮きまくっている。

 幸いなのは外の通りからは見えない位置の座席に案内されたことだろうか。

 もちろん、ゼノの姿が表通りから見えると客足に影響すると判断した店側の配慮だったが。


「……それで?」


 リタがケーキを食べ終わり、紅茶のカップを置いて人心地ついたのを見計らってゼノは問うた。できればさっさと話を聞いてこの店を出てしまいたい。


「……もう少し待って。もうちょっとこの至福を堪能させてちょうだい」


 ほぅ……と周囲を見遣るリタは幸せそうだ。


「……もう食っちまったろ?」

「何言ってるの? ケーキは目の保養のためのお代。実際の保養はこの店内でしょ?」

「……は?」

 いや、今まで幸せそうに頬張ってたじゃねーか。


 リタの言葉の意味が分からず首を傾げるゼノを、残念なものを見るような目で見つめながらリタがため息をついた。


「ご覧なさいよ。店内のこの可愛い女の子達を。可愛らしいケーキをうっとりとした目で見つめ、一口食べてはその美味しさにうっとりとする顔を。小鳥の囀りのような可愛らしい声が響き渡る、こんなに素敵な空間が他にある?なんて愛らしさに満ちた空間かしら!」


 きらきらと目を輝かせ、周囲の女の子達を見つめるリタを、ゼノはマジマジと見つめた。


 ……女だよな……??


 失礼にならない程度にリタを観察するが、美醜には興味のないゼノからしても、リタ自身が非常に美しい少女に見える。白い肌に紫とも蒼とも見える瞳、帽子の中に仕舞われているが、耳元から落ちる一房を見れば見事な金糸であることが窺える。コートの上からでも分かる胸元の膨らみからも、まごうことなき女性だと判断できるし、誰から見てもリタは美少女だろう。

 ただ、この店にいる少女達と変わらない年齢でありながら、先程のギルドで見せた態度とゼノの殺気に耐えうる気概から、彼女はそこそこに実力がありそうだ。


「可愛いものを愛でるのに、男も女もないのよ?」


 ゼノの疑問が伝わったのか、非常に冷めた目でリタが告げた。


「女の子はね、そこにいるだけで可愛いの。素敵なの。尊いの。わかるかしら――彼女たちが存在するだけで、どれだけその場所が光り輝くのか。その上で幸せそうに笑っているのをご覧なさいよ。もうそこは天国よ? もちろん成長して綺麗なお姉さんになり、人生を積み重ねて味わいのある婦人となっている姿も素晴らしいわ。女性であるだけで素晴らしいの。私は彼女たちをあらゆる危険から守り幸せになれるよう見守りたい」


 怒濤のごとく語られる言葉にゼノがひくりと顔を引きつらせたが、そんなことを少しも気にせず、リタの語りはさらにヒートアップしていく。


「フィリシア様も女性はすべからく守り慈しむべきものとおっしゃっている。私はフィリシア様のお心に沿うためギルドに登録し、困っている女性を助けるために依頼を受けるの。そのためだったら、どんなにキツい依頼だってギルドのむさ苦しく鬱陶しい職員と渡り合うことだって我慢できるし、魔物とだって戦う。すべて女性の笑顔のためならば」


 ぐっと拳を握りしめて力説して詰め寄るリタから、思わずゼノが身をのけぞらせた。


「――だけど、ギルドでむさ苦しくも汚らしい男達を見た後なんだから、可愛い成分を補給しなくちゃやってられないの。だからもうしばらくは邪魔しないで」


 ぴしゃりと言い切られた言葉の半分以上を理解できなかったゼノが、結局は女が好きってことか?と明後日な解釈を勝手にしたことがわかったのか、うっとりと店内を見渡していたリタが、がん、とテーブルの下でゼノの足を蹴っ飛ばした。向こう脛を蹴られるのはゼノでも痛かったのか、ゔっと思わず呻いてリタを睨みつけるが、逆に冷ややかに見据えられた。


「違うわよ。可愛くて綺麗な女性は大好きだけど、そういうんじゃないわよ。フィリシア様の御心に沿っていると言ってるでしょ」


 まったく、男って短絡的ねとぶつぶつ文句を言うリタに、フィリシアって誰だよとも、女性を助けるのと見て楽しむのとは違うんじゃねえのかともツッコミを入れたいのをぐっとこらえて――突っ込んでもきっと勝てねえ――と悟ったゼノは諦めたように「……終わったら言ってくれ」とだけ呟くと、無駄な力が抜けたのか、ようやく紅茶を口にした。



 * * *



 一通り店内の女の子達の可愛い成分とやらを補給して満足したのか、二杯目の紅茶を飲み終えたリタが真面目な表情でゼノに向き直った。


「ゼノがギルドに行ったのは、何か依頼を取りたいと思ったからよね?」

「ああ……ちょいと行くところがあってな。急ぎじゃないんで、まぁ……最近外に出てなかったし世間の様子を知るついでに、路銀を稼ぎつつ目的地まで行ければいいかなと思ってたんだが……」


 ギルドが利用できなくなっていたとは予定が狂っちまった、とゼノはため息をつく。


「ハンタースは無理でも、レーヴェンシェルツにはちゃんと古い身分証を読み取る道具があるから、レーヴェンのギルドを選べば問題ない筈よ」


 むしろ、喜んで依頼を任せるでしょうね。


 心の中でリタが呟く。身分証になんと記されているのかはわからないが、恐らく事実が刻まれている。レーヴェンシェルツのギルド長はそれがわかっているから、あの道具を今でも受付に置いているに違いない。


「そうなのか。全部が駄目って訳じゃあねえんだな」


 安心したように頷くゼノに、リタが改まって問いかけた。


「私があなたを護衛として雇いたいと言ったらどう?受けてくれる?」


 リタの言葉に、ん?とゼノが眉をひそめた。


「お前さん、冒険者じゃねえのか?」


 冒険者でなくとも実力はあるはずだ、と先程のギルドの件を暗に問いかけてくるゼノにこくりと頷き返す。


「冒険者よ。でも、今追われてるの。この街にも既に追っ手がいるのを確認したわ。連中は恐らく女一人の冒険者を探している筈だから、この街を出るのを手伝って欲しい。あなたと一緒なら、目をつけられにくくなるでしょ」


 これまで常に一人だったから、まず一人でいる女性を探すはず……それだけでは難しいでしょうけど。それでもこの人なら大きな騒ぎを起こすことなくやり過ごせるかも。


 先程の殺気だけでも十分に時間は稼げるはず、と今後のことを考えていると


「どこから追われてんだ?」


 ゼノのもっともな疑問に、リタは答えを躊躇うように視線を落とした。

 テーブルの上できゅ、と固く手を握りしめながら正直に答えるべきか誤魔化すべきかを秤にかける。相手がゼノでなければ、リタは元々話すつもりはなかった。適当な理由を告げて雇い、シュゼントを出れば速攻別れる予定だったからだ。


 だが、ゼノにはそんな程度の話は通用しないだろうし、何より彼を敵に回す可能性は僅かたりとも排除したい。

 出来ることなら少しでも助けてもらえたなら……と甘えた思惑がちらつき、自分でも嫌になる。そんな気持ちでは今後彼らと戦ってなどいけない。

 ふ、とゼノが笑った。


「――ひょっとして神殿か?」


 ハッとして顔を上げるリタには目もくれず、通りを睨み付けるゼノの真意は読めない。

 彼が神殿に対してどのように考えているのか、その表情だけでははっきりと読み取れなかったが、良い感情ではなさそうだ。神殿が嫌いなら、逆に教会には友好的という可能性もある。

 一抹の不安を感じながらも、リタはひとつ頷き「教会の方よ」と告げた。


「どっちも同じ穴の狢だな。――いいぜ。あの連中に追われる理由なんざ碌なもんじゃねえ。あいつらはてめえの都合のいいようにしか解釈しねえからな」


 にやりと笑って請け負うゼノに、初めて年齢相応の表情でリタはゼノを見つめ返した。


「……いいの?相手は教会よ? ――おまけに……カルデラント国からも追われることになるわ」


 軽く返されて逆に戸惑い、もう一つの嫌がられる理由を告げる。教会と国。双方を敵に回すかもしれないリタの依頼は、ゼノにはメリットはない筈だ。

 不安げに問い返すリタに、ふ、とゼノは笑い返しながらぬっと突然手を伸ばし、わしゃわしゃと帽子の上から頭を撫でてきた。

 突然のことにリタはびっくりして帽子を押さえた。


「な、何するのよ!?」

「フィリシア様とやらが女性はすべからく守り慈しむものだって言ってんだろ? だったらお前さん自身を守るためにおっさんの一人や二人巻き込んじまえばいいんじゃねえか?」

「っ!」


 先程自分が主張した内容をそのまま返されて、不意をつかれたように目を見開いた。


「大体――お前さん自身はどうなんだ?俺を信用していいのか?」


 ギルドにも登録してねえ時代遅れの田舎者だぜ?と、イアンに言われた言葉をそのまま返すゼノに、ふ、と今度はリタが不敵に笑った。


「ルクシリア皇国の剣士といえば、剣聖以外存在しないわ。かの国が認めた剣士を信用しない理由はあって? ゼノ=クロードさん」


 ゼノ、としか自己紹介をしなかったのに、リタがフルネームを既に掴んでいることに驚いて、今度はゼノが目を見開いた。


「いや……お前さん、見た目通りの歳だよな? なんでそんなこと知ってんだ……?」


 剣聖、というゼノとしてはあまり有り難くもない称号は広く知られているが、その名前など、ましてやフルネームを知っている者など今の時代では数えるほどしかいない筈だ。

 それもゼノ自身があまり外界に出ないせいで、リタのような年端も行かぬ少女に知られているなど普通ではありえない。 

 一方、リタの方も『見た目通りの歳』と返された言葉に、やはりゼノこそは見た目通りの歳ではないのだと納得し、もうひとつの噂を思い出す。


 ――剣聖は箱庭に住んでいる

 だからこそ「世間を知る」なんて言葉がでてきたわけね……


 イアンの言った『時代遅れの田舎者』とはあながち間違いではなかったわけだが、リタにしてみれば、こんな所で本当に存在するのかどうか眉唾ものの剣聖に逢えたのは非常に幸運なことだった。


「それこそが私が教会に追われる理由よ」


 おもむろに眼鏡を外すと、他のテーブルからは見えないようにそっと手を添え、力を使ってゼノを見つめた。リタの瞳の色が深い蒼から済んだ水色にかわってゆき仄かに黄金の光をも纏う。

 間違いなく、視える。


 ――ゼノ=クロード

 ――剣聖

 ――悠久を生きる者

 そして――


 これほどまでに魂に刻まれた情報が多い者はこれまでいなかった。

 そしてなにより、リタにとっては看過できない内容がそこには刻まれていた。


 ……今はそこを追及する時じゃないけど。

「――この瞳で見れば、相手の魂に刻まれた情報を読むことが出来るの。――あなたの名前やあなたの本質。だからあなたの名前も剣聖であることも、身分証なんか見なくても、私にはわかるのよ」


 淡々と告げられる驚きの内容に、しばし呆然とリタを見つめていたゼノは、はっとして、まさか、と呟いた。


「お前さん……聖女か?」


 浄化と癒やしの力を持ち、魂を読むことが出来る者――聖女の定義を思い出し、リタをマジマジと見つめ返した。


「――不本意ながら」


 本当に不本意そうに、ぶすくれながらリタは首肯した。



 * * *



 神殿には巫女が、教会には聖女が顕現する。

 それがこの世の常識である。

 魔族や魔物の瘴気を浄化できるのは、巫女と聖女だけである。巫女と聖女は名称と宗教の違いだけで、その力の本質は同義である。

 巫女と聖女が顕現するのは時代に数人と言われており、顕現が確認されればそれぞれが躍起になって確保するのが通例だ。


 リタも例に漏れず、聖女の力があるとわかった時点で教会に囲い込まれた。生まれがカルデラント国でなければ、囲い込まれる先は神殿だったかもしれないという差はあれど、囲い込まれることに違いはない。


 リタもほんの一年ほど前、これまで気にせずただの魔法だと思って使っていた力を住んでいた町の司祭に知られ、それが聖女の力であると判定された。

 貧乏な上に大所帯な家だったので、早くから冒険者として父と二人で家族の食い扶持を養う役割を担っていたリタにとって、非常に迷惑な判定だ。

 家族から離れ教会に属することを要求し、はては冒険者身分まで取り上げようとした教会に家族ぐるみで反発した結果、父は殺され弟達は売り飛ばされたと聞いた。

 すべてはリタを「聖女」として祭り上げ、教会の地位を維持するためだ。また聖女を輩出した国の地位も高くなるため、カルデラント国も教会に同調した。リタは勝手に貴族の養子にされていたので、元から家族は始末する予定だったのかもしれない。


 だから逃げた。

 巫山戯るなと怒った。

 何が聖女か。

 誰が貴様らの思い通りになってやるものかと、教会を欺き国から出奔した。


 幸いにもギルドは国に縛られない機関であったし、レーヴェンシェルツは本人からの申し出や、明らかに基準違反でなければ身分を剥奪される事はなかったし、カルデラント国にあるレーヴェンシェルツの支部はリタの味方で逃亡に力添えしてくれた。

 転々と都市を移動しながら依頼をこなしつつ、しばらくは逃げおおせてきた。

 このシュゼントはカルデラントから離れていると油断しすぎたか、ひと月も滞在したのが拙かったらしい。

 追っ手がこんなに迫っているのに気づかなかったのは己の失態だ。

 そのせいで関係のない第三者を巻き込まざるを得ない状況になった。


 リタの話をテーブルに肘をつき瞑目して聞いていたゼノは、話が終わった後もしばらく微動だにせずにいたが、ふぅ、と静かに息を吐いた。

 その息に怒りを感じ取って知らずリタの身体が震えた。


「……変わらねえな……」


 俯いたままぼそりと呟かれたゼノの表情はリタから窺い知れない。だがひやりとした空気にゼノの静かな怒りが滲み出ていた。

 店内の空気から隔絶された空間は、不思議と周囲に気づかれなかったが、あるいはそれもゼノのなせる技なのか。

 自分に向けられていないとわかっていても、この怒りの空気は本能的に畏れを感じる。だがそれと同時に、リタは安心した。

 私が理不尽だと怒ることが、当たり前だと思ってくれている。

 膝の上に置いた拳を握りしめた。


 だって、おかしい。

 なぜ聖女というだけで自由を奪われる。

 なぜ反発したら家族を害される。


 ――もしも教会と事を構えるなら、肝に銘じておくといい


 カルデラントのギルド職員に言われた言葉を思い出す。


 ――聖女が役割を果たさずに逃げ回っていると知れたら、民衆も敵にまわる


 わかっている。

 聖女の家族がどうなったかなんて他の人には関係ない。聖女はそんなことではなく、もっと広く大勢の人の利益になるよう行動するのが当たり前だと決めつけられている。


 ――いずれは、自分の囲い先を考えた方がいい。一人でいては


 ぎゅっと目を閉じた。


 ――魔族に殺される


 わかっている。

 自分の置かれている立場がどれほど危険であるのか。

 魔族は自分が目障りなんだと、身をもって知っている。

 それでも――


 リタはかぶりを振って気持ちを切り替えると、覚悟を決めた表情でゼノを見た。


「……この街を出るまで手助けをして欲しいの。――それだけでいい。あなたにそれ以上の迷惑はかけないわ」


 ゼノはようやく顔をあげ、リタを見た。


「……その後はどうするつもりだ?行く当てはあんのか?」


 リタは少し躊躇った後、当てはないけど、やりたいことはあると呟いた。


「弟達は生きている。売られたと聞いたけど……なんとか見つけ出して、普通に生活をさせてやりたい。あの子達にはなんの罪もないんだから。私の関係で利用されないようにしてやりたい」

 それが叶うなら、私は……


 その先は言葉にならなかったが、覚悟を決めた表情でリタの考えている事はゼノにもわかった。


「――なるほど。わかった――俺に当てがある。この街をでたあと、しばらく付き合いな」


 その言葉に瞠目して、それから微笑んだ。


「ありがとう――あなたの当てなら信じられるわ」

「おう、言ったろ? おっさんの一人や二人巻き込んじまえってな」


 そう言って、ゼノはニヤリと笑った。




毎日投稿はいつまで続けられるかしら……

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