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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第一章

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(二十五)広場での攻防2



 鋭く振り下ろされる切っ先を避ければすぐさま突きが繰り出され、ルカはステップひとつでそれも(かわ)すと、踏み込むようにアキホに近づき右拳をその胴に叩き込むが、ひらりとアキホに(かわ)される。

 そのまま目の前に現れた蝶を左手首から伸びたナイフで切り裂く。

 アキホが薙刀でルカを突こうとして、飛んできた分銅を柄の部分でたたき落とした。

 瞬時にランチェスの蹴りがくるのを薙刀を支点にひらりと(かわ)す。


 両者は一旦距離を取ってにらみ合った。

 流石は正神殿の神子付きというべきか。

 ルカは狐面のアキホを睨みつけながら舌打ちする。

 神殿の暗殺部隊は黒い狐面をつけるのが習わしだが、正神殿に属する者は白い狐面をつけ、その実力も黒面のものより格段に上だ。

 ルカやランチェスもコルテリオの中では実力のある方だが、この正神殿の二人を攻めあぐねていた。


 ――あの男の符術も厄介な。


 魔法とは異なる原理で動いている符術とは、これまで相対したことがない。神殿の黒面は使ってこなかった技だ。

 この連中を舞台に近づけなければ、後は群衆と教会騎士団でなんとか出来るはずだ。


 とにかく、コイツらは足止めする。


 ついとルカは右手に隠し持つ暗器を握りしめた。


 一方のアキホとショウエイも、中々決定打を叩き込めないことに苛立ちを感じていた。

 お荷物がいないせいか、動きが前回とはまったく違う。コルテリオの中でもトップクラスの実力を持っているとのハインリヒの情報に誤りはなかった。

 無理に倒す必要はない。重要なのは兄弟達がリタを取り戻す時間を確保出来ればいいのだ。


 この暗殺者達を兄弟に近づけなければそれでいい。


 両者が同じような事を考えながら再びそれぞれの武器を構え直した時、ピーッと甲高い鳥の鳴き声が響き渡った。鳥の鳴き声のはずなのに、喧騒にも紛れない、異音。

 その音にルカとランチェスがピクリと反応した。瞬時に目を見交わすと、ランチェスが分銅を両者の間に叩きつけ小さな爆発を起こす。その隙にルカが腕を振り霧を発生させた。

 前回も見た逃げる前兆に、アキホが薙刀で霧を払い前進しようとして――「止まれ!」とのショウエイの鋭い言葉にピタリと立ち止まった。

 霧が完全に晴れれば二人の姿はどこにもない。

 少しむっとしながらショウエイを振り返ろうとして、先程分銅を叩きつけられた場所に小型の爆薬があるのを見た。


「っ!」


 慌てて飛び退いた瞬間、爆発が起きる。瞬時に張られたショウエイの防御結界でほとんどダメージはなかったが、知らずに進んでいたらまともに喰らっていたかもしれない。

 前回と同じだと高を括ったアキホのミスだ。


「……むう」

「油断したな」

「面目ない……」


 ショウエイはゆっくりとアキホに近寄り、ルカ達が消えた方へ目をやった。


「どうして撤退したんだろう?」


 まだ広場では騒ぎが続いている。神事が終わったという訳でもなさそうだ。

 ならば、あちらに向かったか。

 あの連中の本分は暗殺だ。こういった場面でこそ力を発揮するだろう。


「群衆に紛れて手を出されると厄介だな。オレ達も急ごう」


 御意、と返すアキホと共に、二人は風のように走り出した。



 * * *



 冒険者達を教会騎士団にぶつけて広場になだれ込ませたゼノは、とうにその場を離れて既に舞台近くにいた。

 逃げ惑う人々には目もくれず、舞台に立つ顔ぶれを見ながら眉をひそめる。


 ――いねえな。


 リタはいる。

 似合わない白い法衣を着せられて、シスターや司祭に囲まれて舞台袖にちゃんといる。

 ゼノが探したのは、ゼノも()()()()顔だ。

 今日ここに来るだろうとハインリヒは言っていたが……


「相変わらず勘はいいのな」


 数十年ぶりに現れた聖女は、どんな手を使ってでも手元に置くだろうと踏んでいたが、ここにきて方針変更をしたのはゼノの存在に気づいたからか。

 ここ数日で確かに派手に動いた自覚はある。それでも現れるだろうと読んでいたのだが、どうやらアテが外れたらしい。


「まあいいか。あいつがいないんなら、ぐっと楽になるからな」


 それに。

 勢いよく舞台に上がったシグレン兄弟を見ながらふ、と笑った。

 あの子達が望みを叶えられれば、それが一番には違いない――



 * * *



 勢いに任せて舞台に駆け上がれば、オルグの指し示した方向に、確かにリタの姿があった。

 周囲にはシスターや司祭、おまけに教会騎士団までいる。

 背負っていたシェラを下ろし後ろに下がらせると、騎士団が五名アインス達の前に立ちはだかった。


「関係のない子供が上がる場所ではない。下に降りなさい」


 丁寧な口調を意外に思いながら、アインスは弟達を背に庇い一歩前に出た。


「俺達はねーちゃんを取り戻しに来たんだ。絶対に引かない」

「姉?」


 アインスの言葉にちらりと後ろを見やった騎士は、ああ、とどこか納得したように頷くとすこし目を伏せて、それから(かぶり)を振った。


「気持ちはわかるが諦めよ。こうなってしまった以上は、もはや君たちの姉ではない」

「なんだと!?」


 騎士の言葉にドゥーエが叫んで突っかかろうとするのを、アインスが止めた。ドゥーエの動きに反応して武器を構えた背後の騎士は、目の前の騎士が制した。

 この騎士はこれまでの教会の人間達と違って、アインス達を力でねじ伏せようとは考えていないようだ。ルカ達のように、視線に(さげす)みや(あざけ)りがない。


「俺達は父ちゃんと約束したんだ。ねーちゃんを守るって。どんなにねーちゃんが強くたって、一人じゃ敵わないことだってある。ねーちゃんが困ってるなら、相手がどんな強敵だろうと俺達は絶対に逃げない」


 アインスの言葉に、弟達も決然とした目で騎士達を見上げた。


「俺たちのねーちゃんだ。絶対に助けてみせる!」

「……」


 きっぱりと宣言したアインスを、騎士は無言で見下ろした。


「引かぬか」

「引かない」


 短く問われた言葉に、アインスも決然と答える。

 そうか、と騎士は頷くと背後の騎士達を下がらせた。


「いかような理由があろうとも、神事を邪魔する者は排除せなばならない。すまぬが、君たちは排除する」


 す、と騎士が上げた片手に魔力が集まるのを感じて、アインスは「行け!」と短く叫ぶと、目の前の騎士に体当たりした。

 だが、誰一人として駆け出す気配はない。


「……う」

「うう……」


 背後で弟達が低く呻き声をあげるのに驚いて振り返れば、ドゥーエやオルグをはじめサンク達もその場で呻き声をあげながら固まっている。


「麻痺か!」

「――君は動けるのか」


 頭上から少々驚いたような騎士の声が落ちてきて、アインスはとにかく騎士の右腕に飛びかかった。麻痺なら心配いらない。トレが対処するまでとにかくこの騎士を止めておかないと!


 ――武器屋のおじさん、ありがとう!


 腕輪をくれたタンザライの武器屋の主人に心の中で礼を述べながら、自分の倍はある騎士に振り解かれないようにしがみつく。

 背後でふわりと魔法の気配がし、ついでドゥーエが走り出した。


「ねーちゃん!!」

「待て!」


 残りの騎士達が止めに入るのを、オルグがすぐさま弾き飛ばし、両手を広げてこれ以上進ませないように立ちはだかる。その後ろをトレとフィーア達がリタに向かって駆け抜けた。


「リタ姉!」

「おねーちゃん!」


 弟達が駆け抜けていったのを確認してアインスはほっと息を吐き、それから、自分がしがみついているこの騎士が、あまり手荒なことをする気がないらしいと悟った。

 弟達に魔法を放つでもなく、今もアインスを振り解こうともせず、小さくため息をついただけだ。


「……乱暴しないんだな」


 思わずといった(てい)でアインスが問えば、騎士は肩をすくめた。


「傷つくのは君たちだ。姉がどうなっているのか知っているのか?」

「ちょっと操られてる」

「ちょっと、ではないな」


 眉間にしわを寄せながら答える騎士は、とても悲しそうな顔でアインスを見た。

 教会にもこういう人がいるんだな、と意外に思い、いやでもよく考えたらハイネの町のエルビス神父だっていい人だった。みんながみんな、悪い人なわけがない。


「心配してくれてありがとう」


 自然とそんな言葉がこぼれた。

 思わずにぱ、と笑ってしまった。

 その言葉に騎士が目を見開き――小さく息を吐くと、アインスの肩をぽんと叩き弟達が駆け抜けた方向へ背を押した。


 行け、と。


 言葉にはならなかったが、その目がそう言ってくれた。

 ありがとう、とアインスも言葉にはせずお礼を言うと、弟達の後を追った。

 途中、四人の騎士を相手に通せんぼをしているオルグにもありがとう、と声をかけて駆け抜けると、弟達の元に駆け寄った。

 そこには白い法衣姿のリタと、シスターが二人、神父姿の男達が五人。そして――


「あんた確か、フェリモ司祭……?」


 ハイネの町の、リタが聖女だと騒ぎ立てた司祭がいて、アインスはトレを見た。トレも首を振ってわからない、と呟いた。


「こんな所まで来て神事の最中に騒ぎを起こすとは、本当に躾がなっていませんね」


 侮蔑を滲ませた言葉にアインスもカチンときて睨み返した。


「なんであんたがここにいるんだ」

「そんな事は君たちには関係ありません。さあ、神事の邪魔です。さっさと消えなさい」


 神父達がこちらに寄ってくるのを、アインスはだんっ、と地面を踏み鳴らして睨みつけた。

 びくりと神父達が立ち止まる。


「黙れ! とーちゃんを殺したあんたを、俺達は許していないぞ」

「ば、馬鹿なことを! 私がそんなことをする訳がないでしょう!言いがかりも大概にしなさい!」


 ぎょっとして後ずさったフェリモ司祭に、アインスとドゥーエがずいと一歩詰め寄る。


「あんたが直接手を下してなくても、あんたが呼び込んだ関係者に殺されたんだ」

「あの時、あんた確かめに来たじゃないか! 父さんが死んでるかどうか! 死んだならちょうどいい、って言ったの、俺ちゃんと聞いたぞ! 面倒なやつがいなくなった、って!」


 フィーアがアインス達の背後から、司祭に向かって怒鳴りつけた。

 それは、フィーアとアインス、シェラしか知らない事実だ。他の兄弟達はもう逃した後だったから知らない。

 リタも、他の弟達誰も見ていない父の最期だ。

 アインスとフィーア、シェラだけが立ち会った。三人しか立ち会えなかった。


「お前っ……!」


 ドゥーエがぎり、と音がするほど奥歯を噛み締め、拳を握りしめた。


「な、何を言いがかりをっ……! 何をしているのです、さっさと子ども達を捕まえなさい! 私は教皇さまから神事を執り行うよう、直接お話をいただいたのですよ! 神事を邪魔するこの者どもを捕まえなさい!」


 その言葉に他の騎士達が近寄ってくるのを目の端で捉え、アインスは目の前に立つリタに向かって叫んだ。


「リタ姉! リタ=シグレン!! 迎えに来た! 帰ろう!」

「おねーちゃん!」


 騎士達の手を払い除けながらリタに必死に呼びかけるが、その声は届かないのか、リタの反応はない。

 それでも諦めきれずにみんなが呼びかけ続ける。


「リタねーちゃん!」

「おねえちゃん!」

「ええい、うるさい! 邪魔な者たちが! お前は早くこちらで神事を執り行うのだ!」


 痺れを切らしたフェリモ司祭が、アインス達から引き離すようにリタの腕を引いて舞台中央まで進み出た。右手で乱暴にリタの肩を抱き左手を高く上げて、まだ騒ぎが収まらない広場に向かって衆目を集めるように、声を張り上げた。


「皆の者よ!」


 首元に声を拡張する魔道具を仕込んでいるのか、その声は広場に響き渡った。

 まだ奥の方で騒いでいる者達はいたが、広場に残っていた住民達はその声で舞台に注目する。

 静まり返った広場に満足しながら、フェリモ司祭はさらに声を張り上げた。


「これよりここで――がはっ……!」


 ばきっ、と。

 やけにその音が広場に響き渡った。


 え、と騎士に掴みかかっていたアインスも、弟達を捕まえようとしていた騎士達もその光景に動きを止めた。

 舞台を注視していた住民達も目を丸くしてその光景を見つめる。


 反応はなかった。

 操られているのは間違いない。

 だが、()()()フェリモ司祭を殴り飛ばした。


「えっ……」


 戸惑ったのは一瞬。


「リタ姉!」


 まだぽかん、としたままの騎士達を振り解き、アインスはリタの元に駆け寄った。

 顔を覗き込むが、まだ目が虚で本来のリタではない。

 まだ術は解けていない。


「おねえちゃん!」

「あ、ちょっと待てサンク!」


 先日の光景が一瞬頭を過り、トレが慌てて制止したがサンクは構わずリタに抱きついた!


「!」


 思わず息を呑んで見つめる兄弟達だったが、リタがサンクを殴り飛ばすことはなかった。


 ねーちゃんの意識が、ある……?


 ほう、と安堵の息をつきトレと目を見交わした。

 だが目はまだ虚だ。名前を呼んでも反応はなかったし、まだ操られているのは間違いない。


 じゃあ何故、殴り飛ばせた……?


 司祭が()()に殴り飛ばされたことで、騎士もどう対応すれば良いのかわからなくなったらしい。アインス達を捕まえようとしていた騎士達が戸惑ったように顔を見合わせている。

 先程アインスの背中を押してくれた騎士が、他の騎士達にも下がるように指示を出し、舞台袖に戻ってゆく。

 舞台中央にはリタとアインス達、そして殴りとばされて気絶したフェリモ司祭。


 これ、どうしたら……?


「リタ姉……」


 声をかけてもやはり反応はない。

 舞台から連れて逃げ出したいのは山々だが、注目を浴びたこの状況でリタがどう動くかも読めない状態では難しい。フェリモのように殴られでもしたら、今度こそ容赦なく捕まる。

 どうすべきか、と視線を彷徨わせてハインリヒを探した時、ひょい、とゼノが舞台上に上がってきた。


「そんなんじゃあ、術は解けねえよ。発動させた奴の魔力が必要だ」


 確か教皇だろ、とゼノに言われて、う、と呻き声を上げた。

 教皇だったら、絶対に術なんか解いてくれない。それではリタを元に戻せないじゃないか。

 ショウエイの符で術が完成しないから、呼びかけるかどうかしてリタの意識を呼び起こせばなんとかなるのだと、そう考えていたアインスは絶望的な気持ちになった。



「そんなの、無理じゃねーか……」

「そうでもないさ」


 ゼノは軽く笑いながらぽんぽんとアインスの頭を叩くと「俺を信じるか?」と尋ねた。


「え?」

「今から何をしても、俺のことを信じるか?」


 リタを見たまま告げられたその言葉に、アインスはゼノを見上げた。

 ゼノのことは実のところよく知らない。

 剣聖だということ。とても強いということ。ハインリヒやゴルドンの友人だということ。オルグがとても懐いていること。リタの味方になってくれたこと。弟達を可愛がってくれたこと。


 そして――


 きっとまったく関係ないのに、こうやって助けようとしてくれる、優しい人だということ。


「うん」


 アインスは笑って頷いた。


()()のこと、信じるよ」


 初めて名を呼ばれたことに気付いて、ゼノがちょっと目を見開いてアインスを見た。

 アインスの笑顔に、ゼノもそうか、と笑顔を返す。


「なら、任せとけ。お前達のねーちゃんは、俺がちゃんと()()()()


 ぽん、と肩を叩くとリタの前に立ち、サンクをアインスの元まで退かせる。


「ほんとに碌なことをしねえな」


 呟き、すい、と右手を眼前に構えると。

 一振りの剣を手にしていた。


 ――え? あの剣、どこからでてきた?


 ぱちぱちと目を瞬かせながら注意深くゼノを見るが、ゼノの大剣は背中にある。手の中の剣はどこかに隠せるサイズでもない。ポーチ(魔法鞄)から取り出す素振りもなかった。

 だが、そこにある。

 そしてその刀身は不思議な力を帯びて光を反射していた。


 ――キレイだ。


 知らず視線が引き寄せられる。

 おまけに、とても強い。

 ()()()()ってなんだそれ、と自分の抱いた思いにツッコミをいれながらも、自然とわかった。

 あれは()()()()

 アインス達が見守る中、ゼノは静かに息を整えその剣を構えた。


「リタを()()()()()()()を、斬り伏せてやる」


 そう言い置き。

 一閃。

 ゼノはリタを斬り捨てた。



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