(二十四)広場での攻防
ミルデスタの教会は街の中心部にあり、年間に何度かある定期的な神事やイベントなどが行えるよう、教会の前には広場があり、人が集まれるようになっている。
その広場では昨日から突貫工事で進められた神事の準備も終わり、神事の開始前とあって教会関係者を含めた人々が慌ただしく動き回っていた。神事の開始を待ちきれずに朝から集まっている街の人々で広場には多くの人が集まっていた。
アインス達はすでにレーヴェンシェルツのギルドを後にし、広場から少し離れた路地裏に集まっていた。
「舞台周りと広場から一定の距離のところに教会騎士団が配置されている。彼らは民衆を抑えることと、神事の邪魔者を排除することが仕事だ」
ハインリヒの言葉に、ごくりとアインス達が唾を飲み込み緊張した面持ちで頷いた。
「まぁ、おびき寄せるエサがないわけじゃねえ」
ゼノがにやりと不敵に笑う。
「これだけ人が集まれば、少々の騒ぎはつきものだし、騒ぎを起こしそうな連中もやる気満々で待機してるこったしな」
「騒ぎの責任もすべて彼らに引き受けてもらえばよいので楽ではある」
彼らって誰だろうと思いつつ、どこか楽しそうなハインリヒとゼノのやりとりを見ていると、相手に少々同情する。敵に回すとやべえ人たちだな、とアインスは改めて思った。
楽器の音と共に人々の歓声が聞こえてきたのに、さっとアインス達兄弟の顔に緊張が走った。
神事が始まった。
「ほんじゃまあ、行くとするか」
緊張する兄弟達とは裏腹に、ちょいとそこまで散歩でも、といった体のゼノの後に続いて歩き出すと、ハインリヒは「私は別ルートだ」と言い置いて姿を消した。
ショウエイやアキホはアインス達と一緒に移動だ。
「近づいて来ました」
狐面を被ったアキホが、静かに告げる。
「おし。 オルグ、派手にやるからちゃんと人混みから守ってやれよ」
「わかった!」
近づいてきたのはルカとランチェスとかいう暗殺者か?とアインスが考えたとき、複数の足音と共に魔法の気配がして――
飛んできた火球はショウエイが張った防御結界に弾かれた。
火球!ということはやはり連中か――と緊張しつつ横手から現れた者達を見て、あれっ?と首を傾げた。
現れたのは複数の冒険者達。すでに武器を構え臨戦体勢だ。
レーヴェンシェルツの冒険者の筈がないので、ハンタースに違いないのだろうが、何故彼らがアインス達の邪魔をするのか。
「いたいたいた! こいつだな、剣聖とかいうほら吹き野郎は!」
「ギルドをめちゃくちゃにした野郎だ!」
「こいつを倒せばギルドから報奨金がでるんだな!」
「楽な仕事じゃねえか」
――おっさん狙いだった!!
そういえばゼノがハンタースのギルド支部を取り潰したと話題になっていたのを思い出す。彼らはハンタースギルドに所属する、たちの悪い方の冒険者だろう。
「いくら強えっていってもこれだけの数でかかれば、首は獲れらあ!」
「こっちは魔道士もいるんだからな」
南門前の魔物の群れを瞬殺した、とオルグから聞いているのでゼノの力は本物だ。アインスから見ても人数を集めたところで実力差は歴然としているが、彼らの自信は一体どこからくるのだろうか。
実力差がわかんないのかな?
確かに魔法で絶え間なく攻撃されれば、近接戦闘者には厳しい。ゼノは魔法が使えないと聞いたから、魔法士相手では分が悪い部分もあるだろう。
だが、そんなものはハンデにもならないと思う。
先程まで緊張していたアインスだったが、教会のルカ達でなかったからだろうか。肩に入っていた力も抜けて、冷静に状況を判断する余裕もでてきた。
「ほ~お。なら自慢の魔法とやらを放ってみな」
ゼノはにやりと笑いながらアインス達よりも広場の方に進み出て、人差し指でちょいちょいと冒険者たちを挑発した。
「ぼざけ!」
「やれ!!」
すでに詠唱に入っていたのか、雷撃や火球がゼノを襲ったが、既にその場にゼノはいなかった。
そっちに躱すのか。
ゼノは剣を抜きもせずに、どんどん広場の方に冒険者達を誘導していく。彼らはゼノしか目に入っていないのか、アインス達のことを無視して誘導されるままにどんどん広場の方向へ進んでゆく。
冒険者達は周囲に気付かれることなど意に介していないのか、派手な魔法を放ち続けるが、どれもまったくゼノにダメージを与えていないようだ。
――というよりは……
はて?と首を傾げたとき、広場の方向から鎧姿の教会騎士団が集まってくるのを見た。
「こちらへ!」
今度はアキホが先頭に立ち、ゼノとは別の通りにアインス達を誘導するのに従い走った。
先程の通りからは、派手な魔法の発動やぶつかり合う金属音が聞こえてくるが、それに構わず広場に向かって走る。アインスはシェラの手を取り、ドゥーエはサンクを、フィーアはシスの手を取り走った。トレのみいつでも魔法を発動できるように一人だ。兄弟達の横にオルグが張り付き、一番後ろをショウエイが付き従う。
広場の入口が遠くに見えた、という所でアキホが立ち止まって武器を構え、キン、と何かを弾き返した。
その音にはっとしてアインスも兄弟達を庇って立ち止まる。
今のはルカとかいうモノクルの男が放った、錐のような武器に違いない。
やはり現れたか、と緊張で手の平にじわりと汗が滲む。シェラにぎゅっと手を強く握られ、即座に詰めていた息を吐いた。
そうだ。緊張している場合じゃない。自分達は戦うんじゃない。ここを抜けて広場に行くんだ!
「ぬん!」
「させるか!」
突然横合いからランチェスが拳を振り上げて飛びかかってきて、オルグが兄弟達との間に割って入るのと同時に、ショウエイの符がランチェスの足に張り付いた。
「止!」
その一言でランチェスの動きがぴたりと止まる。
「今のうちです!」
「オルグ、行くぞ!」
一瞬ぽかん、として立ち止まったオルグに声をかけ、そのままランチェスの前を走り抜ける。恐らくこの正面には――
予想通りの人物が立ちはだかったのを見てとったが、アインスはぐっと唇を引き結んだまま、速度を落とさずに走り続けた。
「愚かな」
ルカの蔑む言葉が聞こえる。
けれど。
アインスは無視してそのままルカに向かって突っ込んでいく。弟達も後に続いた。
「――それは、貴様だ」
瞬間、アキホがアインスの後ろから現れて、ルカに武器を振り下ろす!
ルカはそれを片手でいなしながら数歩横に飛び退くと、アインス達に火球をぶつけようとして、ショウエイの蝶に阻まれた。その眼前に迫ったアキホの刃を、後ろに飛び退くことで避ける。
体勢を立て直せば、アインス達はすでに通り抜けて広場へ向かっていくのが見えた。
その背を見送りながら、ふ、とルカが薄い微笑を浮かべた。
「ここさえ抜ければ問題ないとでも思ったか?」
「問題ないさ。すべて計算通りだからな」
ルカの言葉に、ショウエイが挑発するように応えると、その背後にアキホが降り立った。
「教会のコルテリオなら相手に不足はないな。アキホ、全力であたるぞ」
「承知」
「正神殿の狐共め」
忌々しそうに吐き捨てるルカの横に、自由を取り戻したランチェスが並び立ち、両者はにらみ合った。
* * *
裏通りを抜けると、広場の人混みの輪の外側だった。これを掻き分けていくのは骨が折れそうだ、と周囲を見渡せば、通路のように空いている箇所はある。だがその両脇にいるのは教会騎士団だ。
あの道なら舞台まではすぐ行ける。
舞台に向かう道としては最良だが、捕まる事なく彼らの前を突破出来るだろうか。アインス達の事は言い含められているだろうし、そうでなくとも神事の邪魔になると判断されたらすぐに捕まってしまうだろう。
「走ればすぐだ」
「騎士団をすり抜けていくしかないな。オルグ、身体強化で弾き飛ばす感じで」
「わかった」
アインスの指示にオルグが頷き、ドゥーエはサンクを背負った。アインスもシェラを背負う。フィーアとシスは手を繋いだ。
「先頭はオルグ、その後にドゥーエ、フィーアで。トレは俺と一緒に一番後ろだ」
兄弟達が目を見交わし、頷き合う。
よし、と通路を目指そうとした時「いたぞ!神事を邪魔する子ども達だ!」と、突然言葉が聞こえて、その言葉の鋭さに思わずみんなの足が止まった。
「えっ」
声のした方を見れば、普通の住民に見えた。
なんでバレてる?
だが彼の言葉に周囲の住民達も鋭い視線をアインス達に向けてきて、思わず身体がすくんだ。
「噂は本当だったのね」
「神事を邪魔して自分達だけ恩恵に与ろうなんて……」
「この子達を舞台に近づけてはいけないわ!」
「街がこんな目にあったというのに」
「邪魔するなんて許せないわ」
「捕まえて神事が終わるまで閉じ込めておけ!」
「とんでもねえガキどもだ!」
口々に浴びせられる怒りの言葉に、シェラやサンクがびくりと肩を震わせた。アインスもその雰囲気にごくりと唾を飲み込んで、叫ぶ住民達から一歩距離をとった。
「煽動か……厄介な」
トレが険しい顔をして呟いた言葉にそういうことかと舌打ちするが、状況は非常にまずい。集団はちょっとしたことがきっかけで暴徒と化す。ここで反論したり、逃げようとしたりすれば即座に暴力を振るわれそうな雰囲気だ。
オルグが彼らに向かって一歩踏み出そうとするのを、慌ててフィーアが止めた。
「逃すなよ」
「捕まえて突き出すぞ」
きっと教会関係者が誘導しているのだろう。
じりじりと迫ってくる住民達から距離を取るように後ろにさがるが、後ろにも住民がいていつの間にか兄弟達は逃げられないように囲まれていた。
ぬっと伸ばされる手を避けるように一歩下がれば、一歩距離を詰められる。
「にーちゃん……」
このままではマズイ。
正面突破するにもこれだけの人数に囲まれていては危険すぎる。どうすれば……
ちらりと舞台の方へ目を向ければ、舞台上に複数人の人影が見えるのが遠目に確認できた。
舞台と周囲に油断なく目をやりながら、ぎりぎりと歯を食いしばった。
あそこにリタがいるのに、遠い……!
「子どもに構っている場合かね?」
不意に、緊迫した場にハインリヒの言葉が落ちた。
よく通るその声に、殺気だっていた住民達が、え?と思わず動きを止める。
と、すぐ近くで魔法が炸裂し、アインス達の周囲にいた大人達が吹っ飛んだ。アインスもよろけたが身体強化をかけていた分、踏ん張れた。見れば、ゼノを狙っていた冒険者達が教会騎士団と共に広場になだれ込んできたところだった。
「この野郎!」
「うわ!」
「きゃあ!」
「待て、貴様ら!」
「きゃああ!」
途端に方々で悲鳴があがり、周囲はあっという間に混乱のるつぼと化した。
広場にいた教会騎士団が人々を落ち着かせようと動き出し、ますます広場に混乱が広がった。
「うわ!」
「あぶなっ……」
「おにーちゃん!」
パニック状態に陥った住人達に、どん、とオルグが突き飛ばされ、アインス達も人混みに押し潰されそうになり、アインスは慌てて足を踏ん張って体勢を整えた。ここでコケると背負ってるシェラまで危ない。
他の弟達は大丈夫かと見回したとき、きん、と防御魔法が張られたのを感じた。
「こっちへ」
オルグの腕を掴んだハインリヒの周囲には、既にドゥーエをはじめ他の弟達がいる。みんな驚いた顔をしているが怪我はなさそうだ。
そのことにほっと安堵の息をつき、そろそろとハインリヒの元に歩み寄る。人がぶつかってくることはなくなったが、防御魔法にぶつかりながら流れていく人混みを横目に歩くのは少し腰が引けた。
「あ、ありがとう」
「このまま舞台へ進むぞ。ぶつかる人混みは気にするな」
無茶言うな!と思ったが、ハインリヒはまったく気にすることなく、防御魔法でずかずかと人混みを弾き飛ばしながら進んでゆく。防御魔法をこんな形で使う人初めて見たよ、とアインスが呟けば、そうかね?とまったく意に介さない。
「理性を失った群衆など攻撃魔法と大差ないのではないか?」
「おっさんも容赦ねえなぁ……」
群衆の恐ろしさはわかるけど、なかなか扱いが雑だ。ここが少し空いているように見えるせいか、次から次へと人がぶつかってきては横に跳ね飛ばされていく。勢いを一部そぐ形にはなっているみたいだが、ちょっと怖い。
だが助かったのも事実だ。あのままでは何をされていたかわからない。
こういう小細工に手を抜かないってところが、教会の怖いところだな……
全然想像してなかった、とアインスは気を引き締めた。
ハインリヒの後に付いて歩きながら背後を振り返れば、教会騎士団と冒険者達が戦っているのが見えた。ここからではゼノがどこにいるのかわからない。彼らが暴れているということは、今はまだ倒す気がないのだろう。
「あれが舞台だ」
その言葉にはっとして前を見れば、確かに舞台はもうすぐそこだ。
舞台上には黒い神父服やシスター姿が複数人いて、その中に白い服を着た人物がいた。あれがリタだろうか。
リタは白い法衣を着せられているとは、ハインリヒからの情報だ。
その白い服の人物が、シスター達に連れられてゆっくりと舞台の右手奥の方に移動しようとしている。
「あれ! あれじゃないの!? リタ姉は……!」
シスもそれに気づいたのか、舞台を指さしながら叫んだ。
あのまま引っ込まれて教会内に連れ戻されたら、助け出すのが難しくなる!
「本当だ!白い服――ねーちゃんが連れてかれる!」
「待って! 待っておねーちゃん!」
「待て!」
リタを追いかけようと、ハインリヒの横をすり抜けるようにドゥーエやシスが走り出し、アインスも慌てて後に続こうとして――オルグに止められた。
「どいてよ、オルグ!早くしないとリタ姉が……」
「あれは違う! リタじゃない! 追いかけたらだめだ!!」
オルグの叫びに何言ってんだ!と叫んでオルグを振り払おうとするドゥーエを「落ち着け!」とトレがばしっと頭を叩いて止めた。普段ならここは雷撃が落ちるところだが、さすがトレは冷静だ。
「だけど、早くしないとねーちゃんが連れていかれちまうだろ!」
「だめだ、止まれ!」
トレの行動にシスとサンクがびくりと肩をはねあげ、恐る恐るアインスを振り返った。不服そうなドゥーエもトレもフィーアもアインスを見る。背中のシェラのアインスに捕まる腕にもぎゅっと力が入った。
兄弟間で意見が割れた時、決定を下すのはいつだってアインスの役目だった。父に逃げろと言われたあの夜だって。自分は父やリタみたいに強くも経験があるわけでもない。頭の良さならトレにだって負ける。
だけど、弟達はいつだってそんなアインスを信じてくれた。
アインスはひとつ深呼吸をしてゼノの言葉を思い返す。
――ああ、お前さんが適任だ。鼻も利くしな
ゼノがわざわざオルグを自分達の側につけたのだ。そこにはきっと何か意味があるはず。
――リタ姉が撒けなかったって言ってた
いつかの時にシスが言っていた言葉も思い出す。アインスはあの時、オルグは追跡能力が高いんだなと思ったのだ。
「オルグ。ねーちゃんが今どこにいるかわかるか?」
視界から消えようとしている白い服の人物を睨みながらアインスが問えば、オルグは鼻をひくつかせながら、舞台の反対側の袖を指さした。
「あっち!あっちからリタのいい匂いがする!」
「匂いって……犬かよ」
鼻が利く、ってまんまその意味かよ。
ふはっと不敵に笑いながらアインスが言えば、みんなもオルグの指差す方へ目を向けた。
「色々細かく邪魔してくるなあ、あいつら。オルグがいなかったらひっかかってたところだ」
集団を操ってアインス達を排除しようとしたり、リタのニセ者を用意してそちらに誘導しようとしたり。慌てるままニセ者を追いかければ、本物のリタと引き離されて二度と近づけなかったかもしれない。
ふ、と背後でハインリヒが笑ったのがわかった。やはりこちらが正解だったのだろう。
こんな時でも様子見するこのおっさんは本当にやべえ奴だな、とアインスは改めて思う。
舞台の所にも騎士団は残ってる。
だが、ここまで来たら迷う必要はない。
「オルグ、俺たちを案内してくれ! みんな行くぞ!ねーちゃんを取り戻す!」
おーーっ!と雄叫びをあげて、兄弟達は舞台に向かって走り出した。
もう一息。第一話が終わるまで毎日投稿したい!けど、書けるかな……




