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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第一章

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(二十三)作戦会議



 昨日の魔族襲撃でミルデスタの街はまだ緊張感に包まれていたが、確認されていた魔物の群れがもう存在しないこと、結界魔法陣を再構築するまでは定期的に騎士団とレーヴェンシェルツの冒険者が見回りを行うことが発表され、一応の落ち着きを取り戻していた。

 そんな中、街では二つのニュースで持ちきりだった。

 ひとつは、剣聖によってミルデスタのハンタースギルドが解体されたこと。

 もうひとつは教会が明日、大規模な神事を行うということだ。

 その神事では、聖女による癒やしが行われるという。昨日の魔物襲撃により傷ついた者達からすれば、それは見逃せない情報だ。

 魔物の瘴気は浄化石や教会や神殿が神の力で清めたとされる聖水——効果の程は実のところ浄化石より確かではなかったが——でなければ完全には消せない。教会は明日、教会の聖女によりすべてを浄化すると発表しているのだ。


 その街中の状態を、サンク、シス、シェラの三人が難しい顔をしてギルド受付所の窓から覗いていた。


「くそ~……教会のやつらめ。ここぞとばかりにリタ姉を自分達のものだと紹介するつもりだな」

「おねーちゃんは僕たちのおねーちゃんなのに」

「おねーちゃん、大丈夫かな……教会でひどいことされてなければいいけど……」


 どうだろう、と三人は大きなため息をついた。


「お~い! 三人とも上に来いよ。 今から作戦会議だって!」


 ドゥーエがギルドの奥から窓際に陣取る三人に呼びかけると、「作戦会議!?」と三人が慌ててドゥーエの元に走り寄った。


「ハインリヒさん戻ってきたの?」

「僕たちお昼ご飯食べてからギルドの受付所にいたけど、ハインリヒさん見なかったよ?」

「裏口からじゃね? ねーちゃんの情報もあるって言ってた」

「ほんと!?」

「さすがハインリヒさんだね!」

「早く行こう!」


 ドゥーエの手をとりサンクが慌てて二階へ向かうのを、シスとシェラも後に続いた。

 二階の自分たち兄弟が借りている部屋に入ると、アインス達ほかの兄弟とゼノやオルグにショウエイとアキホ、そして先程までは確かにいなかったハインリヒが揃っていた。

 四人はアインスやトレ、フィーア達の後ろにいそいそと座った。

 全員が揃ったのを見て(おもむろ)にハインリヒが口を開く。


「リタの側には私の組織の者がついているから心配はいらない。彼女の報告によると、リタは丁重に扱われているようだ。特にアネリーフェがリタの身辺警護に心を砕いていて、君たちも戦ったルカとランチェスという暗殺者二人は近づかせてもらえないようだ」

「アリー……アネリーフェが?」


 驚いたようなアインスの言葉に、ハインリヒが頷く。


「どうやら聖女を乱暴に扱ったことを怒っているらしい」


 こんな時でも女性を味方につけてるんだな、ねーちゃん……とどこか遠い目をするアインスに、苦笑するトレとフィーア。


 昨日夕食も食べずに眠りに落ちた兄弟達は、今日のお昼頃まで起きてこれなかった。ぐっすり寝てお昼もしっかり食べて、今はすっかり元気になっている。ダメージが心配されたサンクも、まだ少し本調子ではないようだったが、そんな素振りをみせない笑顔だ。


「アネリーフェの隷属の紋は教皇が仕上げをする必要があるらしい。それまでは完全じゃないとのことだったが――ショウエイ殿の符があれば教皇が手を加えても完全にはならないのかね?」

「符がはずされていなければ、紋は閉じないようになっています」


 ぼそぼそと聞き取りにくい声でショウエイが告げるのを、心配そうにアインスが手を上げた。


「はい! ねーちゃんの護符はどこにあるんですか?小指?」

「オレは符を渡しただけで、どこに貼ったのかまではわからないな」


 ショウエイの言葉にアインスはトレを見た。


「右足首です。ブーツの中に隠れるので気付かれにくいと思って。小指は引っかけ」


 なるほど、とアインスは頷いた。だからわざわざアリーや行商人家族がいる前で「おまじない」だと言わせたのか。そういうところはトレらしい。


「足首には、みんな貼ってるよ」


 サンクの言葉にへ?とアインスが首を傾げると、ハインリヒが頷いた。


「君たち二人が合流する前に、念のためにショウエイ殿の符を持たせたのだよ。何かあったときに居場所が特定できるようにね」


 では、あの時ショウエイが自分達の元に辿り着いたのは、トレ達の符で居場所を知ったからか。でなければ、あの裏路地を見つけるのは難しかっただろう。


「ん?あれ、ちょっと待った。シス達が昨日あの場に来たのもひょっとして……」


 アインスの言葉にショウエイとアキホが何故かがくりと肩を落とす。


「え!? な、なに!? どうしたんです!?」

「ギルドに辿り着いて、フィーアと一緒にサンク達を連れ出したのはオレ達なんだ……君たちがいる場所の近くまで来た時に、ちょうど魔物が現れたものだから……そちらの対処をしていたら、遅れてしまって……」

「瞬殺できていたらもっと早く行けたんですし……時間かかっちゃって申し訳ないですし……」


 ああ、気にしてるんだ、昨日のこと。


 しゅん、と項垂(うなだ)れる二人に、アインスは笑った。


「お二人のおかげで俺たち助かったんですよ! 今もねーちゃんを助けてもらってるし。 だから気にしないでくださいよ。なあ」

「そうです。ありがとうございました」


 ありがとうございました!と兄弟達に次々にお礼を言われ、ショウエイとアキホは感激したように目に涙を浮かべた。


「お二人にはこの上なく助けていただいている。落ち度があるとすればアネリーフェの性格を読み違えた私にある。――昨日の話はここまでにしよう。大事なのは明日のことだからね」


 ハインリヒの言葉に、みんながこっくりと頷いた。

 ゼノが頭をがしがしとかきながら「……それで?」と先を促す。


「明日の午後、教会前の広場において聖女による神事を執り行うという。領主側に正式な申請があったので間違いないだろう」

「それはやっぱりねーちゃんに、教会の聖女として治癒魔法を使わせるための——」

「無論だ。そのためにリタを操っているのだからな」


 ぐっ、とアインスが膝の上で拳を握りしめた。

 明日教会の聖女としてそんなことをしてしまえば、もう逃げられなくなるだろう。きっと街の人達もリタを教会の聖女として認識してしまう。


「じゃあ、それまでにねーちゃんを教会から奪還しなくちゃなんだな」

「いや。神事は予定どおり開催してもらおう。ミルデスタの街の被害は見過ごせない。リタが聖女と同等の力を持っているのは最早隠しようのない事実だ。後は彼女がどこの神の使いなのかを周知させればいい」


 その言葉にアインスとトレは顔を見合わせた。

 例のリタの夢にでてくる聖女フィリシアさまの、という筋書きはアインスもトレも理解できるし、そう納得させられれば一番良い結果だろう。

 そのためには教会の神事などに出る前に連れ戻して、フィリシアさまの御使(みつか)いとして何か神事的なことを行うことが必要ではないのか。

 少なくとも明日の神事にリタを出していいことなんかないはずだ。


「それは……難しいお話しではないですか?」


 トレが顎に手をやりながら首を傾げてハインリヒに尋ねた。


「そんな証明は僕たち人間には出来ませんよね?」


 そう。

 ソリタルア神の聖女でない、ということももちろん、女神フィリシアさまの御使(みつか)いだということも、どちらも誰にも証明などできないことではないか、と思うのだ。


「ソリタルア教は神よりいただいた神火『原初の火』をすべての教会で絶やさず奉ることからも、火を重要視している。ならば、それ以外の属性の力を纏わせれば真実味もあるだろう」


 そう言ってちらりとゼノに目をやる。ゼノは嫌そうな顔をしながらも「そうだな」と相槌をうった。

 アインスとトレは顔を見合わせた。それだけではさっぱりわからない。

 わからないが、何か()()があるらしい。


「ならば、俺たちは具体的に何をすればいいですか?」


 未だ理解出来ずに顔を見合わせている兄達に代わって、フィーアがハインリヒに尋ねた。考えてもわからないことよりやるべき事の方が重要だ。


「ふむ。明日のことなら至極単純だ。君たち兄弟はリタと同じ舞台に上がって彼女を取り戻せばいい。それだけだ」

「え? でも、リタ姉さんは操られてるんですよ……ね?」


 それは危険ではないのか、とフィーアが首を傾げる。

 ふうん、とゼノが顎を擦りながら頷いた。


「なるほど。そうだな。舞台の上じゃお前さん達に酷いことはできねえしな」


 ええ?とゼノを見るフィーアに、少し考え込むようにしていたトレが「そうですね。それしかありませんね」と同意を返し、アインスも思考を巡らせるように視線を彷徨(さまよ)わせ――頷いた。


「そっか……うん。わかった。俺達全員で、ねーちゃんを取り戻す!」

「そうしたまえ。舞台に上がるまでの障害物は、我々大人が排除する。君たちは一切気にせずにリタの元を目指せ」


 はい!と元気よく兄弟達が返事を返すのをみて、ゼノはオルグに声をかけた。


「オルグ。お前は何があっても兄弟達と一緒に動け。舞台にもな。離れるんじゃねえぞ」

「俺? 俺でいいのか?ゼノじゃなく?」


 驚いたように自分を指さしながら問うオルグに、お前さんじゃないと、とゼノが頷いた。


「ああ、お前さんが適任だ。鼻も利くしな。アインス達兄弟がリタの元にたどり着けるよう、最後まで手伝ってやれ」


 そう告げられてオルグが目を見開き、ぱあっと嬉しそうな顔をしてアインス達を見た。


「俺、俺頑張る!絶対、ちゃんと手伝う!!」


 うわぁ、ぶんぶん振られる尻尾が見えるわ〜、とアインスは内心で思いながらも、うん、と頷いた。


「よろしく、オルグ!」

「うん!うん!絶対、頑張る!!」


 わちゃわちゃと嬉しそうに騒ぐオルグや兄弟達を見ながら、ゼノはポーチをごそごそと漁りだした。

 その様子にハインリヒが警戒するように眉をひそめる。


「何を取り出す気だね?」


 いぶかしげなハインリヒに、ちょっとな、と返しながら目的の物を見つけたのかゼノがポーチから紙と魔石を取り出した。


「魔法の扱いに()けてんのはアインスでいいのか?」


 ゼノの質問に、ほえ?と騒いでいた兄弟達がゼノを見やる。


「待ちたまえ。君は何を渡すつもりかね? 過ぎた物を与えると却って危険を招くということは学習していると思ったが、まさか忘れたとは言わないだろうな?」


 無造作に兄弟達に魔法陣を手渡そうとするゼノを止めながら、厳しい口調で問いただすハインリヒを、ゼノは大丈夫だってと片手を振ってかわす。

 そのやりとりを見ていたトレが、はっとして自らのポーチから紙と魔石を取り出しながら前にでた。


「すみません。リタ姉さんから預かって昨日使わせてもらいました。こちらお返ししておきます」


 すいと出されたのはゼノがリタに渡した攻撃用魔法陣を記した羊皮紙と魔石だ。


「……既に渡した後だったか……」

「元々こいつは聖女が使うために作られてんだからいいんだよ」


 呆れたように額を押さえるハインリヒに軽く告げると、トレに持っておけと突き返した。


「返すならリタに渡せばいい。リタがアインスじゃなくお前さんに渡したってことは、兄弟の中ではトレが一番魔法に()けてるのか?」

()けてる……というより、アインス兄さんはバランス良く戦えるんですけど、ドゥーエは魔法が苦手だし、僕は魔法でしか戦えないので、リタ姉さんは僕にこれを預けてくれたのだと思います」


 もう一枚はリタ姉さんが持っています、との言葉にゼノは頷きながらトレに先程取り出した紙と魔石を渡した。


「そうか……まあ、こいつは治癒系の魔法陣だ。リタには不要だろうが、今回舞台上でお前さん達に魔法攻撃がないとも限らねえ。だからそいつを持っておいて、必要があれば遠慮なく使え」


 ありがとうございます、とトレは遠慮なく受け取った。昨日サンクが死にかけたことを思えば、治療系のものはありがたい。あんな恐ろしい思いは二度とごめんだ。


「お借りします」


 水魔法陣をリタから預かった時に、非常に貴重な物だということは教えられた。ハインリヒの言葉もよくわかる。自分のような子どもが持つと知られれば逆に狙われもするだろう。


「明日は、君たちから攻撃するようなことはしないように。舞台上で攻撃されてもなるべく防御する方向で対応してくれたまえ」


 衆目がある中で攻撃すれば、理由はどうあれ悪い印象を与えるからね、と言われてトレとアインス、フィーアが頷いた。


「わかりました——わかったな、ドゥーエ」

「なんで俺!?」

「いや、こういうとき反射で突っかかっていくのはドゥーエでしょ」

「大丈夫!攻撃されても俺がちゃんと楯になるから!」

「オルグも怪我しちゃダメだよ!?」


 すっかり仲良くなっているオルグと兄弟達を横目で見ながら、ハインリヒは諦めたようにため息をつき、すいと窓の外へ目をやった。

 視線の先には教会の建物の尖塔が見える。


 さて。獲物が逃げなければいいのだが——。




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