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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第三章

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230/236

(二十四)そう簡単には片付かない



「さて」


 顔色をなくして項垂れてしまったホルスト伯爵家の面々に、こちらは片付いたとばかりに頷き、アーシェが話題を変えるように一言発してからキリ達に向き直った。


「……!」


 ビクッと狼狽えたのは、これまでのやり取りで侮れない相手だと理解したからだろうか。

 キリの目に強い警戒の色が浮かんだ。


「ルナリーシャ嬢があなた達の事を反社会勢力だと言い、あなた達が否定していたところを見ると、あなた達は民間組織ルミニエの構成員ですか?」


 裏社会や革命軍と候補を挙げて、彼らが堂々としていた事とモーリー夫人からの情報を突き合わせてアインス達が導き出した答えだ。ここセントローレンス王国の王都を中心に活動するルミニエは、自警団に近く人々の困りごとを解決している組織らしい。特に貴族や権力を持つ者達の横暴から武力や知力、時に財力を用いて人々を守るという信念の元活動を続けているので人気も高い。

 そして彼らは優秀な人材をスカウトする事にも同じように力を入れているのだ。


「……だとしたらどうだって言うんだ」


 警戒心も露わにアーシェを睨みつけながらそう吐き捨てたキリに、アーシェはうっすらと微笑を浮かべた。


「でしたら対処する必要もありません。あなた達にタケルが与する事はあり得ませんから、これ以上付き纏わないでください」

「はあ!? あんたにそんな事を言われる筋合いはないね! タケルはあたし達の活動に賛同してくれてんだ!!」

「それは組織の掲げる理念を否定しなかっただけではないんですか」


 アーシェはキリの言葉をピシャリと叩き切る。ぐ、と詰まったのはその通りだからだろう。

 活動内容に対して否定しなかった、もしくはいいと思う、と言っただけで入りたいとは一言も言っていないけれど、否定的じゃなければ引き込もうと付き纏われているのでは、とのこちらの予想は当たったようだ。


「どうなんですか、タケル」

「ええ、アーシェの言う通り組織に加入しないかと誘われています。丁重にお断りしていますがこちらもなかなか諦めて貰えず」


 困ったような顔でそう告げるタケルに、やっぱりね、とアインスもうんうん頷く。


「嫌がるタケルにしつこいのよ、その女は! おまけに色目まで使って!!」


 青い顔をしていたルナリーシャが、突然怒りも露わに叫びだした。


「そもそもルミニエなんてただの反社会勢力よ! 強引な勧誘は問題にだってなっているんだから!」

「勝手な正義の名の下に道理の通らぬ事を押し付けてくるただの犯罪者だ」


 どうやら貴族達には非常に不人気だと言うのは本当らしい。彼らの言い分もある意味正当で、法に則って決まった事も力技で押し通す事がしばしばあって問題視されているらしい。そして勧誘も激しいともっぱらの噂だ。


「それはあんた達貴族の都合のいいように作られた法が悪いのさ!」


 まぁ事の真偽は正直どうでもいい。この国に住むわけでもないアインス達には関係のないことだ。


「そのあたりの議論はいくらやっても平行線でしょうから、よそでやってください」


 アインスも思った事をアーシェがピシャリと言い切り、キリとルナリーシャがジロリとアーシェを睨んだ。その事にアインスもムッとする。今回アーシェが主導で話を進めているせいもあり矢面に立っているが、アーシェが恨まれる所以はないのだ。


「タケルからすれば、どっちも鬱陶しく絡んでくる上に、話の通じない連中って事だな」


 ウザイ連中、とわざとバカにするように言ってやれば、二人の視線がアインスに向いた。


「タケルがどっちにも興味ない上に、女中さんの安全が確認出来たんならもう終わりでいいんじゃねーの? 時間の無駄だし」


 俺達も暇じゃないんだよね、と言ってやれば彼らの形相が険しくなったが、怒らせる事が目的なので問題ない。


「あたし達の——」

「なに? それとも俺達を力づくで黙らせる? 自分達の目的のためなら何やっても良いって? それってアンタらが目の敵にしてる貴族達と何が違うって言うのさ」

「そ、そんなつもりはない! あたし達はただ、組織のために優秀な人材を確保しよとしてるだけでっ……」

「私は何度もお断りしています」


 タケルが、よく通る声でキリの言葉を遮った。笑顔ではあるが断固たる意志が宿るその瞳にキリも押し黙る。


「これ以上、もう私を勧誘しないでください」


 タケルにハッキリと拒絶され、キリはギュッと唇を噛み締め悔しそうな顔をしていたが、のろのろと頷いた。


「……わかった」


 ルナリーシャがざまぁ、みたいな顔をしているが、自分も同じく切り捨てられた側だとの認識はないのだろうか。


「ではランは明日にでも家に帰していただくとして、その後不当な扱いを受けていないか、定期的に確認する事を然るべきところにお願いしましょう。これでタケルも心置きなくこの国を出られますね」


 これで片付きますね、とアーシェがいい笑顔でそう言い放ち、ああ、それから、と付け加えた。


「タケルには守るべきものが既にありますので、ここでどなたかと恋仲になる事もありません。そういったアプローチもこれ以上は不要です」


 トドメとばかりに告げられた言葉に「なっ……!?」とキリとルナリーシャが顔を真っ赤にして狼狽えたが、当のタケルはキョトンとした顔だ。


「そういったアプローチはありませんよ?」

「朴念仁は黙って」


 ピシャリと冷ややかに睨みつけられ、その迫力にタケルも口を噤んだ。

 ああ、うん。やっぱそっち方面は鈍いんだ。


「そんなとこまでお父さんに似なくていいのに……」


 ボソッと少し遠い目をしたサラが呟く。

 アプローチをかけていた二人はタケルに全然伝わっていなかった事にも目を見開いている。


「私達はこれで終わりでいいですけれど、他に何かあるなら今ここでどうぞ?」


 と、アーシェは主にキリの後ろにいる男達に視線を投げた。

 彼らはここに来てから一言も発していない上に——目にはこちらへの敵意が見える。自分達が言い負かされたこの状況が気に入らないのか他に理由があるのかまではわからない。けれど、あまり良くない色だ。


「私からお尋ねしたいのですが、キリさんの後ろにいるお三方も含めて、ルミニエではそれぞれどういった立場の方なんでしょうか」

「……それに何の関係がある」


 明らかに警戒心を見せた細身の男に、アーシェはニコリと笑い返した。


「立場が上の方でしたら、それでどういう組織なのかが汲み取れますよね」


 お前達の態度でルミニエがどんな組織か判断する、との言葉に渋面を作り不快そうに睨みつけてきた面々に、アーシェは笑みを深くした。

 子供(アーシェ達)に言い負かされて怒りを覚える連中だという事はアインスにも良くわかった。メンツを潰されたと後からこっそり仕返しに来そうな、そこいらのゴロつきと変わらないという事だ。民衆の味方となる部分は確かにあるのだろうが、反社会勢力だと言われても仕方のないタチの悪さを感じる。


「もう何もなければ、これでお引き取りいただいて構いませんよ。ああ、ランさんはホルスト伯爵家ではなくサントリノ商会の馬車で送ってもらえるよう手配していますので、タケルと共に身の回りの物をまとめてまたここへ戻って来てください」

「えっ……あの……」


 突然話を振られて、ランが驚いた声をあげアーシェやタケル、それからルナリーシャの顔をチラチラ見遣る。本当にそんな事して問題ないのかと未だ信じられないのだ。


「問題ない。領地に戻ってこれまで通りの仕事を保証する」


 ルナリーシャの兄がため息と共に吐き出した言葉に、ホッと安堵の息を吐く。兄からすれば腕の立つタケルは手元に置きたかったが、方々に面倒ごとが生じるなら元通りにするのが一番楽だというところか。そもそも田舎の女中をこの王都に置いておく方が色々面倒だったろう。そういう意味ではルナリーシャの八つ当たりによる嫌がらせさえなければランは問題ない。


「キリさん達もどうぞお引き取りを。——ああ、それと」


 アーシェが何かを言いかけ口籠り、それからしばらく考えるように視線を彷徨わせると、ゆるゆると頭を振った。


「いえ、何でもありません。タケルの勧誘さえ諦めていただければこれ以上私達からは何もありません」


 言いかけてやめた言葉は非常に気になるが、アーシェはそれ以上何も言わずに笑顔のままだ。

 アインスは皆の前を横切り扉の前に立つ騎士に退いてもらうと、扉を大きく開け放った。


「じゃあこれで終わりって事で」


 どうぞお帰りを、と促せば真っ先に立ち上がったのはルナリーシャの兄だ。タケルもチラリとアーシェに目を向け頷かれたのを確認してから、ランを促し入口に向かう。途中キリにもぺこりと目礼したのを、キリが何か言いたげな表情で手を伸ばしかけたが、タケルは微笑でそれを躱すとそのまま部屋を後にした。その後をルナリーシャが慌てて追っていく。

 騎士達も含めたホルスト伯爵家の面々が出て行くのを無言で見送っていたルミニエの面々も、肩を落としたキリを最後に部屋を出て行った。

 部屋を出た彼らの様子を、腕を組んで背中で扉を押さえながら見つめていたアインスは、細身の男が廊下から姿を消す際にチラリとこちらを振り返ったのを見た。視線が一瞬交わる。


「……ルミニエ、ねぇ」


 ガシガシと頭をかいて会議室に戻れば、皆が椅子や机を元通りに直しているところだった。おっと、とアインスもすぐにその中に加わった。


「お姉ちゃん、サントリノ商会にいつの間に声をかけてたの?」


 まだ黒さの残る笑顔のまま、サラがそう尋ねたのに、アインスも頷いた。


「そうそう。だってもう馬車は手配済みなんだろ?」


 ここに来てから別行動もなかったし連絡を取った気配もなかった。


「ルクシリア皇国を出る前に手紙でお願いしてたの。手を貸してもらう事になるって。だから、事のあらましが予測出来た時点でギルドを通じて伝言もお願いしたの」

「あ! 確かになんかお願いしてた!アインス達が先に部屋に向かった時だよ!」


 机を持ち上げながら、オルグが嬉しそうに言う。

 なるほど、あの時か。昼間ギルドに到着してすぐの事だ。


「信じてもらえない可能性もあったから、来てもらった方がいいかなって思って。でも、サラのお陰で必要なかったけどね」


 ふふ、と笑いながらありがとうと言われ、サラは黒い笑みを深くする。


「……あっちに頼めば、お姉ちゃんが商会に頼まなくても良かったのに」


 それが本音か。

 アーシェをその商会に近づけたくないんだな、サラは。なにがあるのか聞きたいような聞きたくないような、複雑な気分だ。だがまずはそれよりも。


「ええとさ、その、二人の伝手って二百年前のものだろ? それって今でも有効なのか?」


 実は話を聞いた時から疑問に思っていたのだ。確かに伝手はあったんだろう。けれどそれから二百年たってる。どんな恩義や繋がりがあったのかは知れないが、果たして、商会や王族がいつまでも覚えているものだろうか。アインスだったら、二百年前の先祖の貸しなんて持ち出されても困ってしまうと思ったのだ。


「私達が目覚めた後にね、ご挨拶の手紙を送ってたの。私からすればいつもの文通だったんだけど」


 アーシェの趣味は文通で、当時はそこそこの数の文通相手がいたらしい。文通を通じて様々な情報収集も行なっているんじゃないか、とはトレの推測だ。


「そうしたら、これまで通りのお付き合いをってサントリノ商会の会長さんと文通が始まったの」

「……商会の、会長」


 それはまた随分とトップだな……それにおじさんなんじゃないのか、と思ったが、相手の年齢はアーシェは気にならないようだ。


「そうなの。昔は二つ上の商会の跡取り息子が相手だったんだけれどね」


 アドリクっていう人で、とアーシェが口にした途端、サラの黒さが増してオルグが固まった。

 うん、確定。サラはそのアドリクさんとやらが気に食わないんだな。

 アインスはなるべくサラの方を見ないようにしながら、へぇ、と相槌を打つに留める。

 アーシェとどんな関係だったのか気になるところだが、アーシェ自身からは懐かしむだけで悲しみは感じないので、特別親しかったという訳ではなさそうだ。

 どちらが先に父から一本取れるかを競っていたという、ギルベルト騎士団長の息子エーベルハルトの方がまだアーシェとは親しそうだ。


「特に商人なら、お姉ちゃんとの繋がりを切ろうなんて人はいないよ。だってお父さんのすぐそばにいて重要な情報を持ってる人だもん」

「あ~、なるほど」


 ふ、とシニカルな笑みを浮かべながら説明してくれたサラに大きく頷く。

 商人なら——それも古くから続く商会の商人であれば、情報収集には力を入れている筈だ。剣聖の娘であるアーシェとの繋がりは手に入れたくても誰でも手に入るもんじゃない。それなら一度出来た繋がりは殊更大事にするだろう。

 という事は、アーシェは文通でこの世界の情報を着々と独自に入手してるって訳か。

 そりゃあ、モーリー夫人やハインリヒのおっさんに一目置かれる訳だ。

 それを趣味で出来ているところがまず凄い。いや、アーシェには情報収集なんてつもりはなく、手紙のやり取りが趣味だからこそ、相手とも続くのか。

 すげえなぁ、と感心してため息を吐く。

 剣術だけでなくあらゆる所で追いつけない。


「その時にセントローレンスの王族もサラへの恩は忘れてないって聞いてるから、サラの伝手もちゃんとあるわ」


 二百年前からセントローレンス王国もサントリノ商会も義理堅かったから、と聞けば二人の伝手は間違いなさそうだ。この分だと他の伝手もちゃんと生きてそうだな。


「なるほど。なら、貴族の方は問題なさそうだな。……ちょっとあの連中気になるんだけど」

「ああ、嫌な目でアーシェを見てた」


 ちょっと憤慨しながらオルグも同意して、椅子を乱暴に片付ける。


「そういや、あの時何を言いかけてたんだ?」


 ルミニエの連中に言いかけてやめた言葉が気になる。アーシェは、ああ、大した事じゃないのと笑いながらオルグが乱暴に並べた椅子を整える。


「言っても言わなくても結果が変わらないだろうから、言うのをやめただけ」


 そう言って、コン、と最後の椅子を整えて、不敵に笑った。


「アインスもすぐにわかるわ」



 * * *



 はぁ、とがっくりと肩を落としたキリは、ギルドを出てからずっとため息を吐きながらトボトボと仲間の後について歩いていた。そんなキリの様子を強面顔の一人バシリがチラチラ気にしていたが、キリは気づかない。


「キリはしばらく王都から離れておけ」


 突然、先頭を歩く細身の男ラディガが命令口調でそう宣告し、キリは思わず立ち止まった。


「……なんでさ」


 不満そうに睨みつけてくるキリをチラリと見やり鼻を鳴らす。


「あのタケルという男が腕が立ち我らの力になるというから、勧誘のためにお前を好きにさせていたんだ。貴様の男を得るためじゃない。お前は我らの目的を忘れたのか」


 色恋にうつつを抜かしやがって、と叱責され怒りにサッと頬を上気させる。


「色恋のためじゃない! タケルの腕は確かなんだ! 絶対にあたし達の味方に引き入れるべきだと思ったんだよ! あたしだってルミニエの一員なんだ、バカにするな!」


 歯牙にもかけられていなかったとわかった今では、色恋を持ち出されるだけで恥ずかしい。それに、目的がそれだと誤解されるのはキリにとっては侮辱に等しい。


「どうだかな」


 ふん、と笑われ、ブチギレたキリが腰に隠し持ったナイフを抜き去りラディガに切りかかる。それを読んでいたラディガが応戦しようと同じくナイフを抜き放ったところを、強面顔の二人が間に入ってとめる。バシリがキリを、もう一人のジョレイドがラディガをそれぞれ抑えた。


「仲間内でやめろ!」

「ラディガも言い過ぎだ。タケルの腕ならオレも見た。あれは相当の使い手だ。キリじゃなくても仲間にしたいと思った筈だ」


 バシリに諭され、ふん、と鼻を鳴らしてキリを見据える。


「だがそれでもだ。お前はしばらく王都から離れて活動していろ。そんな腑抜けでは役にたたん」

「なんだと!?」

「バシリ。お前もキリについていけ。どんな馬鹿騒ぎを起こすか知れんからな」

「ラディガ……」


 言い方を考えろ、と嗜められても肩を竦めるだけだ。


「今ルミニエは大事な時だ。それを色恋で頭が一杯の女に足を引っ張られると厄介だ」

「あたしが理解してないとでも!? 舐めるんじゃないよ! 新参者のくせに!」

「そもそも!」


 がなりたてるキリをジロリと睨みつけ、ラディガは苛立ちも露わに言い募る。


「今日の事だって、その男を引き入れられるかどうかが決すると言うから足を運んだんだ。それがどうだ? 生意気なガキどもに言いくるめられて恥をかいただけだ! おまけに目当ての男には煙たがられて欠片ほどの興味も引けていないとは、とんだお笑い種だ」

「そ、それは……」


 キリだとて、まさかタケルがあんなに冷ややかに否定するなんて思ってもみなかったのだ。キリがルミニエに勧誘していた時は、いつも柔らかな微笑を浮かべて話を聞いてくれていたし、いつだって穏やかに会話をしていた。返ってくるのはいつだって「私はどこかに所属するつもりはありません」という言葉ではあったが、それでもまだ交渉の余地は感じられた。今回のように一切の関係を断つような雰囲気はなかったのだ。


「タケルの雰囲気が変わったのは、あの師匠の娘だという子が現れてからなんだ。それまではこちらの話にもちゃんと耳を貸してくれてた! 交渉の余地はあったんだ!」

「は、どうだかな。交渉なんて言ってる時点で生ぬるいんだよ、お前は」

「なんだと!? 強い奴ならちゃんと心から——」

「もういい。とにかくお前はしばらく王都から離れて頭を冷やせ」


 話は終わりだとばかりにラディガは強引にキリの言葉を遮ると、くるりと背を向けて歩き出した。


「話はまだ——」

「よせ、キリ。これ以上は無駄だ」


 バシリがキリを押し留め、ジョレイドは呆れたようにため息を吐いた。


「キリが冷静でないのは確かだ。オレもラディガに賛成だ。少し落ち着く時間を持った方がいい。バシリ、キリを頼んだ」

「わかった」

「ちょっと!」


 男二人が頷き合い勝手に話を進めていくのに待ったをかけたが、バシリに肩を掴まれこれ以上の反論を封じられる。その間にジョレイドはさっさとラディガの元まで行ってしまった。キリは地団駄を踏んだが、こうなってしまえば仕方がない。


「新参者のくせに大きな顔をして!」

「だが優秀だ」

「わかってるわよ」


 律儀に返すバシリに悪態をついても仕方がない。キリは大きく息を吐くと徐に空を見上げた。

 タケルに惹かれていたのは本当だ。言い訳のしようもない。

 涼やかな目元が刀を振るう時には鋭さが増し、その瞳にキリは射抜かれたのだ。年下だとはわかっていたが、そんなのどうでもいい。彼が刀を振るうのを、側でずっと見ていたかった。同じ未来を見て共に仲間としてあれればそれだけで良かったのだ。


 ——鬱陶しく絡んでくる上に話の通じない連中って事だな


 アインスに言われた言葉がキリの心を抉る。

 タケルもキリの事をそんな風に思っていたのだろうか。

 共にいた時間まで否定されたようで、キリはしょんぼりと肩を落とした。

 


 キリとバシリを追い払ったラディガはルミニエの公の事務所ではなく、数ある隠れ家のひとつにジョレイドと共に向かう。合図であるノックを繰り返してから中に入るが、室内に人はおらずシンプルな応接セットや本棚や食器棚があるだけで生活感もなく殺風景だ。

 ジョレイドはそのまま応接セットのソファに座り、ラディガが本棚を開けて中の本を動かすと、食器棚の壁の横からカチリと音がして扉が現れた。

 ラディガはチラリとジョレイドに目を向け頷きあうと、一人扉を潜った。

 扉の奥は細い廊下になっており、いくつか部屋に分かれている。そのうちの三番目の扉を開けると、そこには机と椅子が一つずつあり、机の上には魔道具がひとつ設置してあった。複数に連絡が取れる設置型の通信魔道具だ。

 ラディガは椅子に座って通信を試みる。相手からはすぐに反応があった。


「ラディガだ」

『定時報告には早いな』


 相手の声は変声の魔道具を通しているのか性別もハッキリとしない。これは万が一この通信が傍聴された時の危険性を考えての事で、相手はラディガもよく知る仲間の一人だ。


「リーダーに伝えて欲しい事がある」


 そう言ってラディガはタケルの事とタケルを迎えにきたレーヴェンシェルツの子供冒険者達の話をした。


「王国と商会に顔が効くと言う事だから、我々が利用できる筈だ」


 あの少女達はホルスト伯爵家に意気揚々と圧力をかけていたが、裏を返せばそれだけ彼女達に利用価値があると言う事だ。キリが気にしているタケルと言う青年の実力は知らないが、そんなものよりもっとずっと価値がある。彼女達を人質に取れば来るべき革命もスムーズに進むだろう。


『……王国と商会に伝手を持つ、レーヴェンシェルツの冒険者。……名はわかるのか』


 少し考え込むような相手に、ラディガはギルドでのやり取りを思い返す。


「少女達はアーシェとサラという姉妹で、他に少年と青年が仲間にいる。その年齢から見れば考えられないが、クラスB冒険者らしい」


 たとえあの青年の実力がずば抜けていたとしても、子供を三人も抱えたパーティがクラスBとなれるほど、レーヴェンシェルツギルドは甘くない。あの少年少女達も相応の実力があるのだ。


『——そうか。アーシェとサラ、ね』


 反芻するように名を呟き何事かを考え込む相手に、ラディガは畳み掛けるように自身の考えを伝えた。


「彼女達を人質にすれば来るべき交渉も有利に進められる。国にとってどの程度の重要人物かはわからないが、押さえておきたい」

『他にこの事を知っている者はどれぐらいいる?』

「我らの中では俺とジョレイド、キリとバシリの四人だ。キリとバシリはルミニエ所属だが——まだ革命軍ではない。邪魔する可能性もあるんでバシリと共に王都から出るよう指示しておいた」


 そうか、と呟いたきり相手は黙り込んでしまった。今後の算段を考えているのか危険性と秤にかけているのか。

 ラディガは表向きルミニエに所属しているが、実際には革命軍の所属だ。ルミニエは隠れ蓑にちょうど良く、同志も集めやすい。ルミニエを乗っとれれば早いが、残念ながら王国の転覆までを願う者は意外に少なく、第三勢力として存在感を示し王国内のバランスを取る事に腐心しているように見える。軟弱な、とラディガは思うのだが、それも百十数年続くルミニエの在り方だと言われれば何も言えない。


「奴らは近日中にこの国を出る。それまでに動く」


 いつまでも返事のない事に焦れてそう宣言すれば、相手は待て、と短く呟いた。


『とりあえずリーダーに指示を仰ぐ。それまでは勝手に動くな』

「だったら急ぎで確認を取れ! 時間もチャンスも限られるからな!」


 また後で連絡する、と言い捨てて通信を切った。

 くれぐれも勝手には動くなよ、と相手が念押ししていたのが聞こえたが、どう言われようともラディガは二人を攫うつもりだった。

 今は革命の決行日をそろそろ決めようかという段階に入っている。王族は力押しで対処する予定だが、手札が多いにこしたことはない。このタイミングで現れた彼女達はラディガからすればいいカモに見えた。

 元より返事など聞くつもりのないラディガはそのまま通信室を後にしてジョレイドの待つ部屋に戻った。


「どうだった?」


 ソファに腰掛けていたジョレイドが立ち上がり尋ねてくるのに「伝えておいた」と短く答え自身も向かいに腰を落とす。


「腕利きを集めろ。近日中に動く」

「では」

「リーダーからの許可はまだだが、許可を得てから動いていては遅い。準備を進めておく。——なに。実行だけを許可が出てから行えば問題ない」


 許可はまだだ、との言葉に不安そうな表情をしたジョレイドを安心させるように、準備だけだと仄めかして誤魔化しておく。無論、ラディガは許可がなくても実行する気だ。理由などどうとでもなるし、万が一外部に漏れて面倒な事になったとしても、彼女達を王家側の極悪人だとねつ造してやれば問題ない。そういう工作だって、革命軍なら可能だ。

 そもそも気に入らないのだ。

 ラディガはギルド会議室でのアーシェの落ち着き払った上から目線の態度を思い出す。

 伝手があるからあれほど偉そうなのだろうが、その伝手さえなければただの小娘の分際で、こちらを値踏みするように見たのも気に入らない。

 タケルという男などどうでもいい。あんなくだらない場に引きずり出されたことも、堂々と言い負かされた事もすべてが気に入らない。

 吠えずらかかせてやる。

 ラディガはほくそ笑んだ。



 * * *



「ランさんには本当にご迷惑をおかけしました」


 サントリノ商会の馬車に乗り込んだランに、タケルが深々と頭を下げた。

 あの打ち合わせの後、流石に今から帰ると夜の移動になる、という事で昨夜タケルとランはサントリノ商会で預かってもらう事になった。アーシェ達もぜひに、と誘われサラは頑なに反対していたのだが、頼み事をする以上はちゃんと挨拶しておかなきゃとアーシェに押し切られる形で、アインス達もタケル達と共にサントリノ商会の会長であるシャノア公爵家に宿泊させてもらった。

 ルクシリア皇国でローグマイヤー公爵家に滞在した事があるとはいえ、アインスとオルグは貴族邸に慣れていない。少々緊張しつつも、タケルが終始泰然と構えているので緊張する事もなかった。この性質は性格かタケハヤの影響か。

 そのタケハヤはアインス達パーティだけになると姿を現し、助かった、ととても尊大に言い放った。


「食事の算段を指導していないとはどういう事ですか」


 タケハヤ神に怖気も見せず、アーシェが冷ややかな怒りを纏い笑顔で問い詰める姿に、アインスがひっ、と肝を冷やしたのだが、当のタケハヤは頭をかいて『すまん、すまん』と非常に軽い。タケルも「私の不徳の致すところです」と主従揃ってわかっているのだかいないのだか怪しい。


『だが、我がいる限り良い運を手繰り寄せる。タケルが命を落とす事はなかろう』


 悪びれもせずカラカラと笑いながらそう宣ったタケハヤに


「ならば付随する面倒事も自身で解決してもらわねばなりませんね」


 と、ピシャリとアーシェに断じられ、閉口する姿を見る羽目になるとは思わなかった。アーシェ達とタケハヤ神は面識があるようだが、ゼノも無茶振りされてたんだろうか。

 とにかくお冠なアーシェに主従揃って頭を下げるという状況に、アインスはタケハヤを神というよりはゼノに非常に近いものを感じた。


 ——それは、脳筋で大雑把、という共通点であったのだが。


 アーシェの怒りをサラリと流し、気分を害した風もないのは大らかな性格故だろうが、そこが神様っぽくもありそうでないようにも見える。 

 昨夜も懇々とアーシェが旅の心得なるものをタケルに——タケハヤに語って聞かせ、今後はこういう事が起きないようにとキツく言い渡していたが、タケルもタケハヤも笑顔なので側から見る分には反省の色が感じられない。アインスも心配していくつかの注意点と、サラからは今後何かあればギルドを通じて連絡をとったらいいとそれぞれアドバイスを受け、タケルは神妙に頷いていた。

 ちなみにオルグからの少々斜め上のアドバイスには、タケハヤは大いに気に入っていたのだが、匂いに頼るそれはオルグ特有のものなのでコッソリと代替の方法をタケルに伝えておいた。オルグがドグシードの血を引くと知り、タケルも妙に納得していたが。

 一夜漬けがどこまで有用かわからないが、この後はタケルもアインス達と共にこの国を出て、途中で別れるという事になっていた。彼らはまだ東大陸を旅するようだ。

 そして今朝、シャノア侯爵邸からランを見送っているところだ。


「いいえ! あたしの方こそ、タケルさんにご迷惑をおかけしました。こんな所まで付いてきてくださって、今もまた家に戻れるようにしてくれてありがとうございます」


 ぶんぶんと勢いよく頭を振って恐縮するランに、アーシェも苦笑を返す。


「ランさんにはタケルを助けていただきありがとうございました。今後困った事があれば、サントリノ商会に言ってくださいね」

「とんでもない! タケルさんには魔獣から助けてもらった恩もあるのに」

「タケルを助けた事はそれぐらい重要なんですよ。ですよね?」


 アーシェは笑顔でタケルを振り返る。アーシェから感じる圧に、タケルは深々と頭を下げた。


「はい。ランさんに助けてもらえずあのまま命を落とすような事になれば、様々な意味で大変な事が起こったと思います」


 どうやら昨夜色々とアインス達から話を聞いたおかげで、タケハヤの考え方は一般的ではないらしい事だけは正確に理解したタケルが、事の重要性を実感したようだ。人の脆さを軽く考えているタケハヤが、いざタケルが命を落とした場合——その危機に瀕した場合に、慌ててどのような暴挙に及ぶか知れないとの考えに至ったらしい。

 そうなった時にどれほどの影響を周囲に与えるのかを考えると、アーシェの圧に頷くしかない。

 そういう意味では、今回のことはいい教訓になっただろう。


「迷惑料とでも思ってください。商会にはお手数をおかけしますがよろしくお願いします」


 アーシェが馬車の商人にそう頭を下げれば、慌てて向こうも手を振った。


「我々もあんな良質な魔石をいただきましたので、十分に対価は頂戴しています! この後のこともどうぞご心配なく」

「その通りだよ、アーシェ嬢。君たちや剣聖殿には先祖がとても世話になったのだ。この程度のことなど気にせずいつでも頼ってくれ」


 共に門前まで来ていた商会長でありシャノア公爵家嫡男が、とてもいい笑顔でそう告げる。

 彼は三十前後とまだ若いが、商会を正式に継ぎ数年前から商会長となっているそうだ。やり手で有望なのだとアーシェが教えてくれた。いや、モーリー夫人情報らしいが、アーシェもそう認めているようだ。

 まあ、アーシェが文通している商会関係者にはトレが勤めるノーザラント商会もあったりと、真っ当な商売で長く続く商会ばかりなところを見ると、彼女の選別眼が優れている事の証明のようにアインスには思えた。

 シャノア公爵は本来ならばアンノデスタにいるのだそうだが、政情不安な状態が続いているので、今はこちらに戻ってきていて、昨夜もアインス達と共に夕食をとった。とても気さくで話しやすいのは、彼自身もアンノデスタで商人をしているからだろうか。

 とにかく、アインスからすれば二人はとてもいい人に見える。

 商会長には二つ下の弟がいるらしいが、色々飛び回っているので所在が安定しないこと、妹は商会とは関係なくアンノデスタで画家をしているし、商会長の息子はサンク達より年下でまだ早いということで、アーシェとの文通は商会長が行うことになったらしい。

 アーシェも商会長も楽しそうに文通をしているみたいだし、二百年前の文通相手とは違う筈なんだが——サラの黒い笑顔が変わることはなかった。

 それとも、その黒い笑顔をわかっていてスルーしてるところが同じ性格で気に入らないとか?

 と予想してみるが、アインスとて我が身が可愛いので、そこは気づかないフリをしておく。

 だってこう……突くとなんか恐ろしいものが出てきそうだし。

 危機察知能力は流石である。

 ランを乗せた馬車が角を曲がって見えなくなったのを確認すると、さて、とアインスは気持ちを切り替えるようにみんなを振り返った。


「じゃあ、タケルの旅に必要な物を見繕いに行こっか」

「うちの店もぜひ覗いてくれ。本来ならば、恩人達から代金を取るなどしたくないのだが……」


 眉尻を下げて残念そうな商会長に、アーシェが笑顔で頭を振る。このやり取りも実は三度目なのだが、そこはアーシェが頑として譲らず、アインスも、何よりタケルがそれを固辞した。


「この買い物もタケルの勉強なんです。店の選び方から物の見方、相場を知ることも重要ですから」


 どうもタケハヤと一緒にいる時に大きな街には行っていないようで、行商人や村でしか買い物をしてこなかったらしい。それを聞いたアーシェがため息と共に「お勉強です」と非常に残念なモノを見る目で告げたため、この王都に数日滞在してタケルに必要最低限の事を叩き込む、という緊急ミッションと相なった。

 まあ、アインスから見てもタケルはいいカモにされそうで心配だ。


『ははは。相変わらず面倒見がいいの、アーシェは。ゼノを支えておったしっかり者だ。タケルもたんと鍛えてもらうといい』

「はい」


 タケルが爽やかな笑顔で宙空に向かって返事をしたので、どうやらタケハヤが何かを言ったらしいが、昨夜のように姿を現していないので、どんな会話を交わしているのかはわからない。

 わからないが、なんとなく、また都合の良さそうなことを言ってんじゃないかな~とアインスは頭をがしがしとかきながら考えた。




私の仕事もそう簡単に片付かない……

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