(十八)南門前での魔物の掃討
オルグを連れて行けとハインリヒに言われたので、訓練所に寄って「身体強化できるようになった!」と嬉しそうに報告するオルグを伴い、ゼノは南門に向かった。
「なあなあゼノ、今から何しに行くんだ?」
「魔物を片付けに」
「二人で?」
「の方がやりやすいが、ひょっとしたらハンタースギルドの冒険者がいるかもしれねえ」
ハンタースギルド、とぽつりオルグが呟いて俯く。
ハインリヒの話を聞く限りでは碌な思いはしてないだろう。顔が曇るのも頷ける。だが。
「うわっ」
わしゃわしゃと頭を撫でてやった。
「気にするな。お前さんもうレーヴェンシェルツの冒険者だしな」
ほら、と支部長室で預かったギルドカードをオルグに渡してやると、オルグは目を見開いてカードを凝視した。
「これ……! だって、なんで? 学がないとレーヴェンには入れないんだろ?」
「誰かにそう言われたのか?」
問い返せば、ぐ、と詰まりながらもこくんと頷く。まあ確かに審査基準は厳しいとゼノも聞いた気がする。だがハインリヒが「引き抜く」と判断した以上文句を言う奴はいないだろう。
「お前さんが気にすることはないさ」
「……でもオレ……その、本当に学がなくて……字も……」
よほどそのことで馬鹿にされてきたのか、あるいは自分でも恥じているのか。とても言いにくそうにボソボソと告げるオルグは随分とそのことを気にしているようだ。読み書きが出来ないというのは、オルグにとっても不利でしかないのは確かだ。
「知ってるさ。 だが、お前さんに勉強する気持ちがあるなら教えてもらえるだろうさ。 すべてわかったうえで、ハインリヒが決めたんだから心配はいらねえよ」
「あの怖い人が?」
怖い人か。
ゼノは苦笑しつつも間違ってはいねえわな、と同意した。
「そうさ。だから堂々としてな」
もう一度頭をぽんぽんと撫でてやりながらそう告げると、今度はオルグも元気よく頷いた。
* * *
南門に近づくにつれ、冒険者の姿をちらほら見かけるようになった。
防具に身を包んでいる者、軽装ながらも武器を携帯している者、また武器も剣や弓、槍など様々だ。ざっと見た感じゼノの記憶にある冒険者達と大きな違いはない。
攻撃手段はあまり変わってねえみたいだな。
ならば実力的にもさほど変化はないだろう。リタにつきあって裏道や森の中を進んだため、冒険者や街の様子などを見る機会が持てなかったが、身分証――ギルドカードの仕様が変わったり魔法鞄が一般的になったりといった変化はあるものの、三十年前からそう大きな変化はなさそうだ。
それに少し安心を感じるのは、やはり自分が長く生きているからだろうか。
――長いっつってもアザレアよりは短いけどな。
自分がアザレアに会った時、彼女は既に三百年は生きていた。あの時は自分がまさかこんなことになるとは思っていなかったが、今なら彼女の寂寥も理解出来る。
――俺にとって一番大事なものは、まだ箱庭にある。
何もかもを、時の流れと共に失ったアザレアとはその点だけが異なる。
そんなことを取り留めなく考えながら南門に辿り着けば、門は警戒態勢が敷かれていた。だが、思っていたより冒険者の数は少ない。
既に外に打って出てるのかもしれねえな。
勝手にやる、とレーヴェンには言い捨てたらしいし。
今は魔物の襲来に備えて門が固く閉ざされているので、とりあえず門番の許可を得て外に出なくては意味がない。
「あっれ~? なんでこんな所に能無しオルグがいるんだよ?」
ゼノが門番の方へ足を向けたとき、嘲笑を含んだ声が聞こえた。足を止めて声がした方を振り返れば、三人組の男達がにやにや嫌な笑みを浮かべながらこちらに歩み寄ってくるところだった。弓や剣、杖などを手にしているところを見れば冒険者か。
あまりガラの良さそうな連中じゃねえな。レーヴェンシェルツでは絶対に見かけないタイプの人種だ。
背後のオルグがぴくり、と体を緊張させたのがわかった。
「お前なんでこんなとこいんのさ? ダメだろ~、支部から離れたらよ。もう助けてやらねえぞ」
「まあここにいるならいいじゃん。またパーティー入れてやるよ。今回魔物退治があるんだってよ。お前そういうの得意だろ?」
囮にしたり置き去りにしたというパーティーのひとつなわけだな、とあたりをつけると、何かを言いかけたオルグを止めるように頭を押さえた。
「オルグは今回俺の元で魔物掃討の仕事を受けてんだ。お前さん達のパーティーにゃあ入れねえな。ああ――今回に限らず、今後もねえけどな」
ゼノの言葉に「はあ?」と眦を釣り上げると、三人はゼノを取り囲むように立ち塞がった。
「おいおいおっさん、独り占めしようってのか?」
「どこで話を聞いたのか知らねえが、こいつはリンデン支部のオレたちに権利があるんだぜ?勝手なことするなよ」
「それともあんたが買ったっていうのか?」
男達の言葉に、ほ~お、とゼノは笑った。
よくまあぽろぽろと拙そうな話をこぼすもんだ。
リンデン支部とやらでオルグの依頼料をピンはねして都合よく使うにも協定結んでたってわけか。そこにギルドが噛んでちゃ他の冒険者も手助けすら出来ねえな。
「ライオネルが今の話を聞けば激怒したろうなあ……」
かつての旧友を思い出しながら、はあ、とため息と共に呟くと、しっしっと男達を追い払うように手を振った。
「お前さん達にもリンデン支部にもオルグを自由にする権利なんざねえよ。オルグはもうレーヴェンシェルツの冒険者だからな」
「はあ? 寝ぼけてんのか、おっさん」
「この能無しがレーヴェンシェルツ? 笑えるわ」
「コイツが入れるなら俺らだって入れるっつーの」
ゲラゲラ笑っていられるのは事態を把握できてねえからかねえ。
ゼノは呆れたように肩をすくめた。
「お前らみたいな連中っていつの時代も本当に変わらねえよなあ。おまけに察しも悪い。 レーヴェンがオルグを引き抜いたってことは、自分達の立場を考えた方がいいぜ。 すべてバレてるってことだからな」
ゼノの言葉を聞いても「それがなんだっつーの」と返すあたり、本当に理解できていないらしい。それとも理解できていてもマズいとは思っていないのか。
これ以上説明する気も失せて、ゼノは男達を無視することに決め、目の前の男を押しのけると門番の中でも位の高そうな男に声をかけた。
「ご苦労さん。今から出るんで門を開けてくれ。 これレーヴェンからの依頼状な」
そう言ってカーンから預かった書状を渡すと、門番は中を検めたのち、さっと顔色を変えた。
「剣聖殿でございますか! 手助けしていただけるとはありがたい! すぐに!」
満面に喜色をたたえながら部下に指示を出す門番は、だがすぐに表情を引き締めた。
「聞いていたより数も多く、勢いが増しているようなのです。 ……少し前にハンタースギルドの数パーティーが外へ向かいましたが、彼らだけでは非常に厳しいと思われます。……出来れば彼らが倒れる前に手助けをしていただければ」
門番は、外に打って出たパーティーのことを心配しているようだった。
門や街に被害がでないように外へ打って出てるパーティーは、本気で街を守るつもりなんだろう。門番が心配するのも頷ける。
しかし――街を守るために門で防戦するにしても、少なすぎやしないか?
ゼノはちらりと背後を見た。
「ハンタースは百人は動員するって聞いてんだが、これだけか?」
ゼノの問いに門番が難しい顔をして門の周囲にいる冒険者達に目を向けた。
「ハンタースは各パーティーの判断に任せるとのことで……指揮をとる者がいるわけでもなく、このような状況です」
ははあ、と顎をすりながら納得する。街の防衛戦だとゼノは認識していたしレーヴェンシェルツもその様相だったが、どうやらハンタースは違うらしい。
門の周囲にいる冒険者達をみても、たいしたレベルではなさそうだ。上手く掃討できるなら、美味しい汁は吸おうといった魂胆か。危なくなったら真っ先に逃げる連中だな。
「なるほどな。わかった。北門はレーヴェンががっちり守るだろうから心配はいらねえ。南門は俺が片付けるから安心しな」
はっ、と敬礼する門番にここは頼む、と言い置いてオルグと共に大門の横にある緊急用の通用門を出ようとすると、背後からさっきの連中の声が聞こえた。
「レーヴェンもそいつに目えつけるとはな! そいつならいい囮に使えるぜ!」
「ああ! 頑丈だから時間稼ぎには役にたつさ!」
「それにしか使えねえけどな!」
ぎゃははと笑いながらそんなクソみたいな話を大声でする連中を、門番は眉間にしわを寄せ睨み付けるが、周囲の冒険者達からは何の反応も見られない。
こりゃ本当に、ここには盗賊まがいの連中しかいないんだな。
こきりと首を回しながら、ふう、とゼノは静かに息を吐いた。
途端に連中の耳障りな笑い声がやむ。
静かに殺気をぶつけてやれば、それだけで連中は声どころか息もできないようで、はくはくと口を震わせている。
しん、と静まりかえった南門で、ゼノはゆっくりと振り返った。
「ああ、そうだな。お前らなんかよりオルグの方がよっぽど戦力として役に立つだろうさ。 ハンタースギルドも堕ちたもんだな。こんなのしかいないとは」
言い捨て、門番を見やった。
「俺とオルグが出たら門を閉めろ。 ――心配いらねえ。魔物一匹たりともここには来させねえよ」
そう言って殺気を散らせば、背後で連中がどさりと倒れる音がした。それを確認することもなく、ゼノはオルグと共に門の外へ向かった。
* * *
門を出て少し歩いた先に、先行していたハンタースギルドの冒険者達の姿を見つけた。十人程度だ。その奥に土煙が確認できる。
予想より早くミルデスタに近づいているんじゃねえか?なるほど、ハインリヒが素早く動く筈だ。
「ほお。ざっと百はいそうだな」
手をかざしながら先を見て呟いたゼノの言葉に、その場にいた冒険者達が何人か振り返る。
「予想していたより多いです。この人数で食い止めるには厳しいですね。応援を呼ばないと」
眼鏡をかけた三つ編み姿の少女が視線を逸らさずに冷静に告げると、剣士らしい少年も頷いた。
「呼びに行く時間もなさそうだけど」
「出せる援軍もあるかどうか」
不安げに呟く冒険者達をざっと見渡せば、歳若く実力的にもリタより弱そうだ。まあリタはクラスAだと言っていたので比べるのは気の毒か。
だが門で見かけた連中よりはずっとマシだ。これなら背後にいても問題ないだろう。
ゼノはそう判断して彼らより前に進み出た。
「心配ない。俺が前に出るから、取りこぼしたのを狩ってくれ」
「一人で行く気か!?」
「シャレにならない数よ!? 危険だわ」
「せめてみんなで――」
「前に出られると迷惑だ。下がってな」
ひらひらと手を振って先を進むゼノに、周囲の冒険者達が驚いて止めようとする前に、オルグが飛び出して両手を広げて立ちはだかった。
「おい――」
「大丈夫。ゼノは剣聖だ。めちゃくちゃ強いから心配いらねえ」
剣聖?と顔を見合わせる冒険者達の中で、女性剣士が眉をひそめた。
「嘘よ。私前に剣聖を見たことあるけど、彼じゃなかったわ」
女性剣士の言葉をオルグは首を振って否定した。
「違う、ハンタースの剣聖じゃない――この世界の剣聖だ」
はあ?と女性剣士が怪訝な顔をする一方、ずっと魔物がやってくる方向から視線を外さなかった三つ編みの少女が、驚いてオルグを振り返った。
「まさか――伝説の剣聖ですか!? ルクシリア皇国の剣士だという」
「そう! それ! そっちの剣聖!」
その言葉にぱあっと少女が笑顔を浮かべると、ばっと先に立つゼノの背を見やった。
「素敵……!こんな所でまさか伝説の剣聖の剣技が見られるなんて……!」
目を輝かせながら感激する少女に、周囲の冒険者はいまひとつピンとこない表情で顔を見合わせているが、少女のパーティーメンバーは「ああ、また伝説好きの悪い病気が……」などと頭を押さえた。
「本物の剣聖ならきっと大丈夫よ! だって本当に強いと言われているんですもの!! そうとわかればみんな邪魔をしちゃいけないわ! 言われた通りにここで待機しましょう!」
先ほどまでの深刻そうな表情はどこへやら、少女はゼノの後に続こうとしていた少年の腕を掴んで自分の横から離さない。胸の前で手を組んで観戦体制を整える始末だ。少女の様子に周囲の冒険者たちも気勢を削がれ、顔を見合わせた。
どのみちゼノは既に一人前に出ているのだ。オルグや少女の言葉が正しいのなら確かに自分達は足手まといになるだろう。ならばゼノの指示通りここで取りこぼしを討っていくしかあるまい。彼らはとりあえず武器を構え、魔物の襲来に備えた。
* * *
背後でそのようなやりとりがなされているなどとは露知らず、ゼノは背の大剣を手に取ると静かに構えた。
目を閉じて、肌にあたる風を感じる。その中に混じる禍々しい魔物の瘴気。
実に三十年ぶりか。
確かにこれまでも何年かに一度は箱庭を出たことはあった。だが、これほどの魔物を相手にする案件はなかった。
見晴らしのいい平原。ここなら、全力で闘っても迷惑にはならないだろう。
握りしめる手から剣に力を乗せる。
ふ、と呼吸を整え、かっと目を見開き前方を睨み付けて。
一閃。
瞬間、暴走するようにやってくる前方の魔物が吹き飛んだ。
続け様に左右の魔物も吹き飛ぶ。
衝撃に群れの足並みが乱れ、勢いが落ちたところに、剣閃がはしる。
既に、元の場所にゼノの姿はない。
閃光が数度瞬いた後には、そこに存在したはずの魔物の群れはほとんど消えてなくなっていた。
そこでようやく足を止め、ゼノは周囲を見渡す。
息の乱れどころか汗ひとつかいていない。
「――まあ、レベルの低い魔物ばかりだとこんなもんか」
肩に大剣を担ぎ、ふむ、と頷く。
魔物の死骸は残らない。
このレベルであれば、わざわざ魔核を狙わなくてもゼノの一閃の衝撃で核そのものが消し飛ぶ。
地面にいくつかキラキラと光を反射する物が見えるので、魔石が残った魔物もいたようだが、ほとんどは瞬殺されたことが窺えた。
数体残っている魔物が恐れからその場で動けずいるのを見ながら、ゼノは大剣を鞘に収めると、ポーチから一振りの剣を取り出した。ノーザラント商会のエッセから貰った剣だ。さすがに大きな商会だけあって、なかなかいい剣を手配してくれたようだ。
「残りはお前さんが――ん?」
オルグに声をかけようと背後を振り返れば、あんぐりと口を開けて固まっている冒険者達の列から、目をキラキラ輝かせたオルグと三つ編みの少女が、我先にと物凄い勢いでゼノの元にかけ寄って来るではないか。
「ゼノすげーーーーーーーーっ!!」
「流石です凄いです素敵です強すぎます感動です!!」
「お、おう……」
二人の勢いに圧倒されて思わず一歩後ろに下がってしまったのは致し方ない。
このまま飛びかかってきそうな勢いだ。
「あんなにいっぱい魔物いたのに! こんな一瞬でほぼいなくなった! すげーよ!本当にすげえ強――」
「最初の衝撃は風魔法じゃなくすべて斬撃ですよね? 斬撃を飛ばされるというお話は本当なんですね! ああ、でしたら上位魔族の魔核を一閃で斬り捨てるというのも事実でしょうか!? 魔法攻撃が効かないというのも、ルクシリア皇国騎士団に剣術指南を行っているのも、神剣の使い手だというのも――きゃんっ」
オルグを押し退け怒涛の勢いで質問をぶつけていた少女が、がしっ、と追いかけてきた少年に頭を抑えられてうずくまった。
ゼノはひくりと口元を引きつらせながら、無言のまま少年をみやった。
「すみません! こいつ伝説オタクで、そういうの目の当たりにするとおかしくなるんです!本当に失礼いたしました!」
ぐりぐりと頭を押さえられた少女が「もっと聞きたいことが……」と懲りてなさそうにぶつぶつ言っているのを見なかったことにして、ゼノは少年に手を振って気にしないと返しながら、取り出した剣をオルグに手渡す。
「これって……エッセが持ってきたやつだろ?」
「ああ。ちょうどいいからお前さんにやるよ。身体強化してこの剣を教えたとおりに振ってみな」
低いうめき声を上げながらジリジリと後退していく向かって右側の魔物を示せば、オルグは剣と魔物を交互に見ながら、神妙な顔で頷いた。
「あの辺に残ってるのはお前さん達に任せていいか?」
左側に残っている魔物を示しながら、まだ呆然と突っ立っている冒険者達に問えば、ハッとしたように慌てて武器を構えたまま動きの鈍い魔物に向かって行った。
南門側の魔物はこれで大丈夫だろう。
レベルから見るに、一度暴走状態から醒めれば自分より格上の生物に向かって来るような習性は持っていない筈だ。
魔物の暴走か……過去にいたな、そういうのを研究して操っていた奴が。
人為的な暴走だとするなら、魔物を街中に召喚する陣もあった筈だ。
「あいつの事だ何か手は打っていると思うが……さっさと戻った方が良さそうだな」
リタの事も気になるし、とゼノはミルデスタの方向を見ながら呟いた。




