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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第一章

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(十五)治癒魔法士と聖女



 ミルデスタ近郊の村のひとつが、魔物の襲撃にあったという報せが飛び込んできたのはその日の午後だ。

 にわかにギルド内が慌ただしく動き出すのを、依頼整理を手伝っていたリタは横目に見ながら顔を曇らせた。

 備えのない村が魔物に襲われればひとたまりもない。被害はどの程度でたのだろう。

 魔獣や魔物だと食い散らかされる。

 魔族だとありとあらゆる手段で玩具にされる。


「結界魔法陣、動いていなかったのかな」


 ぽつりと呟いたトレの言葉に「どうかしら」とリタは返すに留めた。結界魔法陣を過信してはいけないことをリタはケニスから教わった。

 都市を守護する堅固なものであればある程度信頼は置けるが、近郊の村や町などで使用されている簡易結界陣は野獣避けは施されているが野晒しのことが多く、定期的に見回り確認をしておかないと魔石が力を失っていたりなくなっていたりすることがある。あまり魔物の襲撃を受けない地域は忘れられていることもままあるという。

 ハイネの町は領主からの依頼もあり、ケニスやリタが定期的に見回り確認を行っていたが、このミルデスタ地域がどうなっていたのかを知らない。


「全滅していなければいいのだけれど」

「近郊に現れたというのが気になるね……アインス兄さん達も無事だといいけど」

「そうね……」


 ハインリヒから裁判の日まではギルドの外へ出るなと言われている。

 裁判当日に、ギルドからルクシリア皇国への直通転移陣を開くのだという。

 だから、わざわざルクシリア皇国へ移動する必要がないとのことだったが、そのような物が存在することを初めて知った。利用にはルクシリア皇国の許可と特殊な魔石が必要とのことで、陣があってもそう簡単に利用できるものではないらしい。

 今回は何から何まで「特別」なのだろう。


 ――すべてゼノが絡んでいるからなんでしょうけど。


 ゼノを巻き込めた自分はよくよく運がよかったのだろう。

 これは自分の幸運か、はたまたフィリシア様のお導きなのか。

 それは未だにわからないが、とにかくリタ達姉弟は何が起ころうともギルド支部から出ることは出来ない。

 このように事が起こって、クラスA冒険者の自分が何も出来ないのは歯痒いが、今は我慢だ。

 できる事といえば、トレとギルド内の事務仕事を手伝うことぐらいで、依頼の仕分けや納品素材のチェックを行っていた。ドゥーエやオルグはギルド内の訓練場で冒険者達に混じって訓練をしている。シスはサンクと共にリタ達の手伝いや訓練場で手伝いをしているようだ。

 ゼノはと言えば、訓練場でゴルドンと模擬戦をしたり他の冒険者に稽古をつけたりしているようで、レーヴェンシェルツの冒険者達が訓練場を利用する頻度が格段にあがっているらしい。

 そんな中、ギルドの扉が開いて誰かが飛び込んできた。


「ゴルドン殿はおられるか!」


 甲冑姿は領主の騎士団か。

 飛び込んできた二人の慌てた様子に嫌な予感が募る。

 皆が緊張した面持ちで騎士達を見つめる中、受付奥からどかどかと賑やかな足音と共にゴルドンが現れた。


「どうした!」

「魔物に襲撃された村からミルデスタの道中で馬車がやられているのを発見した。怪我人がいるのだが、こちらのクラスA治癒魔法士を医療院に派遣してもらえないか!」

「乗合馬車か? 被害の程度は?」


 治癒魔法士と聞いてリタがぎゅっと手を握り締めた。リタは通常の冒険者として登録していて治癒魔法士ではない。だが、通常の治癒魔法士以上の治療を行う力は持っている。あまり公にはしていなかったし、教会に聖女だと言われるまで自分では重要視してこなかった力だ。

 だが今は、この治癒魔法――正確には治癒魔法ではなかったが――をリタが使えることは、レーヴェンシェルツには知れ渡っている。


「いや。行商人の馬車だ。家族だったようで父親と子供一人が重症、母親ともう一人の子供が軽症だ」

「怪我人をこちらに運んでくることは出来るかね」


 ゴルドンが何かを言う前に、ハインリヒが騎士の男にそう尋ねた。その意図にリタははっとして彼を見やる。


「今怪我人をミルデスタに運んでいる最中なので可能ではあるが……いつものように医療院では問題が?」

「余計な混乱を招かないようにするためだよ。ただでさえ今レーヴェンには教会が誤認定した聖女がいることになっているからな」


 その言葉にああ、と騎士も頷き「ギルドに運ぶように手配しよう」と一緒に来ていた騎士に指示を出し、騎士はギルドを飛び出して行った。

 ギルド職員が怪我人の受け入れ準備を始めるなか、ゴルドンやカーン達が残った騎士に細かな状況を確認していく。


「襲撃した魔物はどうした? どんな状況だった?」

「我々は領主様の指示で襲撃された村に向かう途中だったのだ。そこで、魔物に襲撃されている馬車と遭遇した。馬車は二台で、一台は先ほどの家族のもの、もう一台は別の行商人の馬車で、通りがかって加勢に入ったということだ。魔物は野獣タイプで三体いたが、一体は切り捨てられており、残りは騎士団で倒したので問題ない」

「三体……村を襲撃した魔物でしょうか」

「野獣タイプなら襲撃された村でもある程度は対処できた筈だな。村の状況は、お前さんではわからんな」


 顎を擦りながらのゴルドンの言葉に騎士が頷く。


「我々部隊の一部が隊長命令で怪我人を連れて引き返してきたからな。――ああ、怪我人を乗せたその行商人の馬車の中にレーヴェンシェルツの冒険者が居合わせて、三体のうち一体を倒したのはその者だ。彼がいたおかげで誰も死なずに済んだようだ。小さいのに、さすがはレーヴェンに登録されるだけはあるな」


 感心したように告げる騎士に、そうか、とゴルドンが誇らしげに笑った。


「今うちの支部で活動している奴に小さいのはいなかった筈だが……名前は聞いたか?」

「確かアインスと名乗っていた」


 なんですって!?


 騎士とゴルドン達の会話を耳をすませて聞いていたリタは、トレと顔を見合わせた。

 それが本当なら、アインスは怪我人と一緒にミルデスタに向かっているということか!

 思わず騎士を振り返ったリタは、じろりとこちらを睨みつけるハインリヒと目があって、一歩後ずさった。


 ――そこを動くな。


 特大の釘をさされた気分でぐっ、と怯んだところを、トレにそっと手を取られた。目をやるとトレが静かに首を振る。


 ……わかってるわよ。……この状況で考えなしの行動を取ったりしないわよ。


 思わず体が動きかけたのは事実だけど、ここに来るとわかっているアインス達を無理に迎えにいくなどという愚挙は起こさない。

 それに、騎士団や怪我人と一緒なら教会も滅多な行動は起こせない筈だ。 


 でも良かった……!


 リタは目を閉じて深い安堵の息をついた。

 これでアインス達とは合流できる。フィーアのことは心配いらないと他ならぬハインリヒが請け負ってくれているので問題ないだろう。

 安堵する横で、トレが少し心配そうに眉を潜めたことにリタは気づかなかった。



 * * *



 半刻もしないうちに、ギルドに怪我人が運ばれてきた。

 この場にはゴルドンとカーン、ほか数名のギルド職員と治癒魔法士、ハインリヒとゼノ、そしてトレがリタと共に集まった。他の弟達はオルグと一緒に別室で待機させている。

 騎士団と共に現れたのは、怪我人家族とアインス、シェラそして見知らぬ少女だ。アインス達と視線を交わすことは出来たが、今は会えたことを喜び合える雰囲気ではない。

 報告にあった通り父親と子供一人は深い傷を負い、応急処置はされていたが血も止まっていないように見えた。


「子どもの方が傷は浅そうだな。まずは治癒魔法士が子どもを治療してみてくれ」


 ハインリヒの言葉にギルドの治癒魔法士が頷いて前に進み出ると子どもに治癒魔法をかける。丁寧な詠唱から発せられた癒やしの魔法は、うっすらと魔法陣のようなものを空中に浮かび上がらせると、そのまま魔法陣から柔らかな力が子どもに降り注いだ。子どもの表面に見える怪我がみるみるうちにふさがってゆく。


「……」


 確かに、他の攻撃魔法と変わらない発動方法ね。

 力の発動を見ながら、リタは内心で納得する。

 詠唱でうっすらと、読み取れない程度の魔法陣が浮かび上がるのも他の攻撃魔法と変わらない。


 ……私が使う治癒とは確かに異なる。やはり、まったく別系統の力ということなのね……


 他人が使う治癒魔法を見たのはこれが初めてだ。そもそも簡易な治癒魔法を使える者はいても、治癒魔法士と名乗れるほどの治癒魔法を使える者の数はそう多くないのだ。

 ただ父ケニスからは、ハイネの町の住人に使ってもいいが、外部の人間にはなるべく使っているところを見られないようにしろと言われていた。ハイネの町の住人にも、治癒魔法士は珍しいからなるべく秘密にして欲しいとお願いしていたことをリタも知っている。

 痛みと失血で顔色の悪かった子どもの表情が穏やかになり、荒かった呼吸が落ち着いたのをみて、母親が安堵の息をついた。


「ああ……!ロイス!」

「ふむ……彼はクラスAの治癒魔法士だったな。この怪我をここまで治せるとは、なかなかの腕前だ」

「そうだろう。助かった、デルシード」


 ハインリヒの言葉にゴルドンが頷き治癒魔法士に礼を述べると、彼は静かに頭を下げて一歩下がった。


 確かに怪我は治ってる。でもこれは……

「瘴気は残ってんな」


 ゼノの言葉にゴルドンが嫌な顔をした。次いでカーンやデルシードと呼ばれた治癒魔法士がゼノに向き直る。


「見えるんですか?」

「見えないの?」


 思わずリタが聞き返すと、彼らは驚いたようにリタを見た。


 ……なるほど。普通の人は瘴気は見えないってこと……


 ついとゼノを見てみれば、彼はがしがしと頭をかきながら頷いている。

 言われてみれば、魔物の怪我を治したのは父ケニスの前でだけだ。他は普通の怪我ぐらいだったし、ランクの高い冒険者は魔族の気配がわかるから誰でも瘴気が見えて感じ取れていると思っていたけど……


「……ゼノも見えてるってことよね?」


 魔核の位置が見えるのだ。瘴気が見えない訳がない。


「こいつあ昔から魔族絡みで出来ないことがねえんだ。馬鹿にしたような存在よ」

「そんなこたぁねえけど」


 歯切れが悪いのは少々、()()()()だとの自覚があるからか。

 ゼノが悪いわけでもないんだけど、出来ない側からすると何か狡いと思ってしまうんでしょうね。

 魔族と戦ううえで魔核の位置が最初からわかるというのは、かなり有利なことは確かだ。同時に瘴気が見えるというのも、治療する側からすれば非常に有利になるのか。


「魔物や魔族にやられた傷に瘴気が残るのはよくあることだ。残った瘴気は浄化石で少しずつ浄化していくのが通常だが——」


 ハインリヒがリタを促す。

 リタは無言で頷き返すと、静かにうめき声を上げる父親のベッドに歩み寄った。

 す、と息を吸い目を閉じると手の平を父親の身体の上にかざす。


 ――傷を、癒やす。

 癒やしたい、とその想いひとつで手の平を中心として暖かな力が集まり、柔らかな風が父親を包み込む。


「おお……!」

「これは……」

「確かに治癒魔法とは異なる力だな。ふむ……瞳だけでなく力そのものが色を纏うというのも本当のようだ」

「……だが、これまでの聖女とも違うな。黄金色の風ってのは俺も見たことがねえ。第三が珍しいって言うだけはある——ああ、ちゃんと瘴気も浄化されてる」


 最後のゼノの言葉にふむ、とハインリヒが頷き、ゴルドンが目をむいた。


「浄化まで出来るのか! それなら、やはり教会の言う聖女は否定できんぞ」

「果たしてそうかな。彼女が浄化する力を持っているのは間違いないが……第三盟主やゼノがこれまでと異なると断言しているのだ。同じ聖女とは言えまい」


 ハインリヒやゴルドン達がごちゃごちゃ言い合っているのを横目に、リタは母親と子供達の側に寄った。重症の子供は怪我が治っただけ。そして軽傷の母親ともう一人の子は、簡単な治療だけで瘴気は残っている。

 魔物や魔族にやられて一番厄介なのはこの瘴気だ。


「大丈夫?怖かったわね……あなたも怪我をしているわ。子供達も一緒に治療と瘴気の浄化をしましょう」


 安心させるように笑顔で母親の肩を抱き、三人まとめて力を使えば、手足や顔についた微細な傷も、纏わり付くように存在していた黒いもやもふわりと霧散していく。

 怪我もなくなり、顔色も落ち着いたのを見てとって、リタは微笑してみせた。


「これでもう大丈夫。何も心配いらないわ。よく頑張ったわね」


「ああ……! ありがとうございます!」


 怪我の治った父親も寝台から起き上がると自分の身体を確認し、リタに深々と頭を下げた。リタは頭を振っていいのよ、と返した。

 家族が抱き合い喜び合うのを一歩下がって見やると、ふうと息を吐いた。リタからすれば身体強化の魔法もこの治癒も同じ力の使い方だと感じていたが、第三盟主が言っていたように黄金色に目が変わるのは、魂を読んだり治癒を使う時だけなので、根源が異なるのは確かなのだろう。


 そんな様子を見ながら、カーンはハインリヒの「同じ聖女とは言えない」という言葉に首を傾げる。聖女そのものがよくわからない中で、さらに違いがあるというのが今ひとつ理解できない。


「聖女の格というかレベルが違うということですか?」


 カーンの問いかけに、ハインリヒが頭を振った。


「彼女の主神が異なるのだろう――彼女は『女神フィリシアの御使い(みつかい)』なのだよ」


 ――は? 何言ってるの?


 リタは思わずハインリヒを見た。

 ハインリヒにフィリシア様の話をしたことがあったかどうかはこの際どうでもいい。リタにとってフィリシア様は女神だが、フィリシア様は女神ではなく聖女であった。いやそもそも御使いとは何か。


「ははぁ……なるほど。確かにそうとも言えるな」


 納得するように頷くゼノにリタが驚いて振り返る。


「何言ってるの?」

「言ってたじゃねえか。女性はすべからく守り慈しむもの、っていうフィリシア様の言葉に従って世の女性を守るために冒険者やってるって。胡散臭い連中の口から神が夢に現れたと最もらしく語られると疑うが、お前さんの言動は一貫してる。お前さんの夢に頻繁に出てくるなんざ、もうそう言っちまっていいんじゃねえのか」


 でも、フィリシア様は人間だ。リタと同じ人間だった、間違いなく。

 フィリシア様は正式な聖女で、リタは見習いだったけれど。


 ――それに、違う。


 フィリシア様の力と、リタの力は違う。

 フィリシア様の力は、色は、もっとこう大きくて柔らかで何もかもを浄化する白い光だ。

 柔らかくて優しくて強い。

 リタとは全然違う。


 ――そうね。(  )だったら、きっと黄色が似合うわ。


 ふと蘇るフィリシア様の言葉。

 いつだったかの夢で見た? 


 ――いや。私も、フィリシア様と同じ白がいい。白が強くて綺麗

 ――そうかしら


 そうだ。もしも本当にフィリシア様から授かったなら、纏う色は白いはずだ。だけど自分の力は白じゃない。白じゃないなら……


「だけど――」

「リタ姉さんの聖女に似た力は、フィリシア様の教えを広めるためにフィリシア様から与えられたものだから、教会の言うソリタルア神の聖女ではないと。そういうことですね。」


 リタの言葉を遮るように、トレがそう断言した。その言葉にハインリヒが満足そうに頷く。


「そう――教会の聖女ではないというのは、()()()()()()だ。それに、君はそう言って行動していたし、ハイネの町では皆がそう思っていたのだろう?」


「それは……」


 確かに自分はフィリシア様の教えだと言って実践してきたし、皆がそう思っても不思議ではない。

 落としどころはそこだということか。

 リタの中ではどうしても納得できないのだが、それが真実かどうかなどは関係ないのだろう。


「確かにそうですね……よく選ばれた人の夢に現れてお告げがあると言いますし」

「ははぁ……なるほど。言われてみればそうだな。託宣の相手がソリタルア神じゃないなら、確かに教会の聖女じゃないな」


 ゴルドンまでもが頷いて理解を示すのを、リタは眉根を寄せて見つめた。

 頭では理解できても、自分で思い出したことに軽くショックを受けてリタは唇をかんだ。

 色なんて気にしたことなかった。でもそうだ。確かに色があった。

 そしてフィリシア様の力は白を纏っていた。自分が一番焦がれていたのはフィリシア様の白だったのに――

 リタはぎゅっと拳を握りしめた。

 


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