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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第一章

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(十四)忍び寄る影



 がたごとと荷馬車に揺られながら、アインスは自分の横ですうすう寝息をたてるシェラをぼんやりと見つめた。


 あと一息でミルデスタ、というところで教会の追っ手に見つかり大慌てで逃げ回り、結局ミルデスタから遠のいてしまった。

 おまけに強行軍だったせいか、シェラが体調を崩し熱をだしてしまったのだ。どうしよう、と困っていたアインス達を「困った時はお互い様」と言って助けてくれたのが、行商人のバイセンとアリーの兄妹だ。


 二人は少し歳の離れた兄妹で、兄のバイセンはリタよりもいくつか上で妹のアリーはアインスと同じぐらいだ。季節ごとに村からミルデスタ近郊の街までの行商を生業とし、ちょうどミルデスタ周辺の町や村での商いを終え、これからミルデスタに向かうというときに出会ったので、乗せてもらうことになった。


 バイセンからもらった熱冷ましでシェラの熱も一日で下がり、アインスもほっと一息ついたところだった。

 怪我ならアインスの持ってる治療薬でなんとかなるが、病気となるとお手上げだ。こういうことは父やリタが対応してくれていたし、自分があまり体調を崩したり熱をだしたりしないので失念していた。


「シェラの様子はどう?」


 アリーが御者席から荷台の方に移動してきて小声で尋ねてくるのを、アインスは笑顔で頷いた。


「熱は下がったみたいだ。今はよく眠ってる」

「そう。良かった。――これ、起きたら飲ませてあげて。喉も渇くと思うし、果汁が入っているから栄養もとれるわ」

 そういって差し出された水筒をアインスはありがたく受け取った。

「ありがとう。……アリー達に声をかけられなかったら、オレ、どうしていいかわからなかった」

 心からお礼を伝えると、アリーはいいのよ、と朗らかに笑った。


「私たちも各地を転々としているとね、体調を崩したり物が不足したりで困ることがあるの。そういう時、助けてもらったから、誰かが困ってる時には同じように手助けしたいの」

 こういうの、持ちつ持たれつっていうじゃない?とアリーが言えば御者席のバイセンが大きな声で笑った。


「そうだ、子供がそんなこと気にするな!そんなちっさいのに兄弟二人だけで他の姉弟が住んでいる街まで旅するなんてエライじゃないか!」


 本当のことを言うわけにはいかないので、適当に誤魔化したアインスの言葉にバイセンはいたく感心してくれているようだ。


「ちょっとお兄ちゃん!声が大きいわよ。シェラが起きちゃうでしょ!」


 やや豪快なきらいのある兄のバイセンが大声でいうのを、アリーがばしりと背を叩きながら叱りつける。

 どこの家でも女性というのは強いものなのかもしれない。

 リタを思い出しながらははは、とアインスは苦笑した。シェラは熱冷ましが効いていることもあって目を覚ます気配はない。


「まぁ、お兄ちゃんの言うとおり気にしなくていいのは本当だから」


 そう言って快活に笑うアリーの三つ編みが背中で揺れた。


「でもお姉ちゃんっていいなぁ。憧れちゃう。私もあんながさつな兄じゃなくてお姉ちゃんが欲しかったな~」


 アリーは立てた膝を抱え込むように座りながら、はあ、と大きなため息をついた。


「私、こういうリボンとかちょっとしたアクセサリーを作るのが大好きなの。お姉ちゃんや妹がいたら、似合うのを考えながら作れて楽しいと思うのよね」


 自分の三つ編みにつけたリボンや、手首の飾りを見せてくれるのを、ほうほうと見ながらリタを思い出す。

 仕事柄あまり着飾ることはしないが、あの髪をまとめるためのリボンや髪飾りは、ハイネの町の女の子達がこぞってリタにプレゼントしていた筈だ。

 ねーちゃんは女によくモテたんだよなあ……まあ、町の男達より男らしく女の人に優しいから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。


「オレのねーちゃんもアリーみたいな妹がいたら物凄く可愛がったと思うよ……」


 本当に、あの姉こそ姉や妹が欲しかったに違いない。リタがそんな事を口にしたことはないが、妹ができたら絶対に可愛がる。


 まあ、妹もどきは町にたくさんいたけどさ……

 アインスはちょっと遠い目をしてハイネの女性陣を思い返した。


「えーっ!そうなの? うわぁ、私も会ってみたい!アインスに似てる?」

「どうかな?髪はオレと違って綺麗な金髪で、目の色はシェラに似てるかな?」

「――金髪!素敵。憧れなのよ! ほら、私の髪色って茶色いでしょ?リボンもあんまり似合う色がないんだけど……あ!」


 アリーは突然鞄を引き寄せると、中からいくつかのリボンやアクセサリーを取り出した。


「こういった碧色のリボンとか、深い赤のこのリボンとか似合いそう? 金髪だったら肌も白いのかしら?だったら、こういうチョーカーとかも似合うかな?」


 深みのある色とかあいそうだけど、淡い色もあうかしら?とウキウキと次から次へと並べられるリボンやアクセサリーにアインスはひくりと頬を引き攣らせた。


 女の子のこういう話は、答えを間違えると怒られるやつ……


 こういう物に興味のないアインスにはまったくわからない。うう、どうしようと困っていたら、御者席からバイセンが助け船を出してくれた。


「こらこら。お前のよくない癖がでてるぞ。アインスが困ってるじゃないか」

「いいじゃない、これぐらい。だってこういうの憧れているんだから。お兄ちゃんじゃアクセサリーなんて似合わないじゃない」

「似合ってたまるか!」


 一瞬、リボンをつけたバイセンの姿を想像してしまって、アインスも苦笑した。


「もし機会があったら私にも紹介してね!会ってみたいわ、アインスとシェラのお姉さん」

「こら。無茶を言うなよ」

「あ、その場合でもお兄ちゃんはなしの方向で! 綺麗な女の人に見せる顔じゃないからね」

「おい!お前の兄だぞ!」


 リボンを片付けながらべーっと舌をだして悪態をつくアリーをみながら、アインスはくすくす笑った。仲のいい兄妹だ。

 そうだな。もし無事に会えたなら紹介してもいいかもしれない。きっとリタも女の子なら喜んで会うだろう。

 鞄を片付け、アリーはまた御者席に戻った。

 アインスはシェラの頭をひと撫でして、水筒を荷台に置く。

 このまま何事もなければ明日にはミルデスタに着く。

 他の弟達も無事だといいけど……。

 ドゥーエ達のことを思いながら、アインスも静かに目を閉じた。



 * * *



 その一報がもたらされたのは、リタ達がミルデスタに着いて二日後のことだった。

 元々険しい顔のゴルドンが、さらに苦虫を噛み潰したような顔で地図を睨みつけている。


「間違いないのか」

「はい。近郊の森に魔物の群れが確認されました。未確認ですが、上位の魔族も存在するかもしれません」


 冒険者から報告を受けたギルド職員の言葉に、むむう、とゴルドンが唸る。


「一度確認部隊を出した方がよさそうですね」


 カーンが登録冒険者名簿を見ながら適任者をピックアップするのを横目に、ゴルドンは顎をさすりながら地図を示した。


「結界はどんな感じだ?魔物避けの結界魔石はまだ十分に働いているんだろうな?」


 街は魔物の侵入を防ぐために防御壁と門を築いて防御を行っているが、そこから一定の距離を置いた場所に魔物の嫌う聖属性の魔石で簡易結界を張ってある。上位の魔族には効果は期待出来ないが、一般的な魔物に対しての効果は絶大で、それ以上中にはいってくることはほぼないと言っていい。

 結界が働いていれば、魔物の群れが発生しても急にミルデスタの街が襲われることはないだろう。近郊の町や村には注意が必要になるが。


「今のところ正常に作動しているようです」

「結界用の魔石の予備はチェックしろ。ノーザラントに声をかけて切らさないようにしておけよ。領主の騎士団と、癪だが街の安全に関することだ。ハンタースとも連携して状況を調べて共有しておけ。早急にな」


 わかりました、とギルド職員が支部長室を出て行くのを見送り、カーンが静かにため息をついた。


「この近郊に魔物が群れで出現するのは初めてですね……」


 魔物については未だによくわかっていないことが多い。魔獣のような種であれば、山野で繁殖していることは確認されているが、獣ともまして人型の魔族とも異なる特異な形状をした異形の魔物は、突然に現れることもある。

 彼らだけが使える転移陣のようなものが存在するのではないかと言われているが、確たることはわかっていない。

 それでも簡易的でも結界魔法陣が作動していれば、突然街中に出現しないことは確認されているのだが。


「聖女の存在が影響しているんでしょうか」

「聖女ったって、瘴気を浄化できるぐらいだろ? これまでだって精華石や浄化石で似たようなことは出来てるじゃねえか。魔族が狙う理由にしちゃ、ちと弱かぁねえか?」


 顎をさすりながらゴルドンはカーンの言葉を疑問視する。確かに、聖女の力とは比べるべくもないらしいが、精華石や浄化石でも代用はできてきたのだ。それらがまだ魔族によって根絶やしにされていないことを考えると、浄化の力そのものを危険視しているようには思えない。


「他にも、魂を読むとかも言われていましたね」


 魂を読むとはどういうことなのかカーンにはさっぱりだし、それが出来て何が凄いのかもよくわからない。


「数年前に現れた聖女とやらは魔族に殺されたと言われてたな?」

「教会にしては不手際でしたね。ようやく見つけた聖女だったでしょうに」


 確かどこかの国の貴族令嬢だったはずだ。聖女が見つかったと大々的に発表された数ヶ月後に、王城に向かう道中で魔族に殺害されたということだった。聖女の確保に躍起になっている教会にしては、数十年ぶりに現れた聖女をそのような形で失うとは想定外だったろう。


「しかしそうなると、聖女はこの時代に二人出現したということなんでしょうかね。まぁ、神殿に巫女、教会に聖女とそれぞれが存在した時期もありますし、珍しいことではありませんが……その時でも歳は離れていたと思ったんですが」

「教会と神殿の発表を鵜呑みにするわけにはいかんだろ。なにせ、今回だってハインリヒが画策してるじゃねえか」

 ……そうでした。


 ハインリヒの指示により『教会の聖女と誤った認定』を行ったとレーヴェンシェルツは教会に抗議したのだ。

 そう考えると聖女とは本当に一体何なのだろうか。

 職業柄、魔道具で冒険者の魔法属性を調べることはある。もちろん本人の希望があった場合のみ行うので義務ではない。リタの属性を調べた記録はないが、そこでもやはり異なる属性が表示されるのだろうか。

 まぁ、このあたりはカーンが気にすることではない。ギルドが不利益を被りさえしなければ、ハインリヒがどのように画策しようとも関係ないのだ。

 さしあたって気にすべき事はやはり近郊に現れたという魔物だろう。


「でも少し心強いです」


 魔物のことに考えを戻しながら、カーンはそれでも微笑した。


「剣聖がこの街にいる時なら、上位魔族が現れてもなんとかなりそうなので」


 途端にくわ、とゴルドンが凄まじい顔をして吠えた。


「あんなのがいなくとも儂がぎったんぎったんにしてくれるわ!」


 しまった、とカーンが慌てて口を押さえても後の祭りである。

 ゴルドンは若い頃からゼノに敵愾心を抱いており、なにかと突っかかっては色々な意味で返り討ちにあっている、とはハインリヒの言だ。

 先日もギルドのガラスをすべて割られたばかりなのに、つい口を滑らせてしまったことにカーンは内心反省する。

 ゴルドンは元クラスS冒険者で数多くの死線をくぐり抜けてきた猛者である。ひとたび斧を握れば猛々しくハインリヒには脳筋と揶揄されるが、普段は落ち着きと冷静さを持ってギルドの支部長の職務を全うしているのだ。


 ゼノが来る、との話をハインリヒに聞いてから何かのネジが飛んだように落ち着きがなくなってしまった。

 これまでギルド内で武器を振り回す冒険者を諌めることはあっても、自身が振り回すなど有り得なかった。

 初めて支部に訪れたリタに驚かせたことを謝罪したら、久しぶりに友人に会ってはしゃいでいるだけなので気にしていない、と冷静に返されて、自分よりもこの少女の方がゴルドンを理解しているようで少し落ち込んだりした。


「もちろん、支部長のことを一番に頼りにしていますよ!剣聖は今リタさんの護衛ですから」


 慌ててそう返すカーンに、む、とゴルドンが唇を引き結んでそっぽを向いた。


「……ゼノと呼べ」

「は?」


 何を言われたのかわからなくてカーンは思わず聞き返した。


「だから! 剣聖ではなくゼノと名で呼べ! ――あいつはそう呼ばれるのを好んでおらん」


 どこかぶすっとしたようにカーンと目を合わさずに言い捨てるゴルドンに、思わず吹き出しかけて慌てて口元を押さえた。


 ……なるほど。

 確かにリタの言うとおりだなと微笑した。


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