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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第一章

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(十三)ミルデスタにて


 滞在中はぜひぜひ商会の本店にもお越しください、とご機嫌なエッセの言葉に見送られ、三人がミルデスタに辿り着いたのは、その日の夕方になってからだった。 

 これは無償では預かれない、とエッセが頑として譲らなかったため、ゼノはランクA魔族の魔石と引き換えに剣を一振り用意してもらうことで話をつけていた。

 剣にこだわりがあるのかと思っていたら、剣ならなんでも好きだという。使い勝手がいいためにこの大剣をメインに使っているだけで、剣であればなんでも扱えるそうだ。


 ――魔剣とやらもゼノが持っているのかしら?


 ちらりとそんなことを考えたが、そもそも魔剣が何なのか知らないし、魂を読んで知り得た情報は、基本表沙汰にはしないと決めている。


「とりあえずまずレーヴェンの支部に行こうと思うの。彼らなら何か知っているんじゃないかと思って」

「その必要はないんじゃねえか?」


 言われてゼノの指差す方を見れば、ハインリヒが立っていた。

 初めて会った時と似たような黒いスーツ姿は、この路地裏にも違和感なく溶け込んでいるのに、高級店や王宮などでその姿を見ても違和感ないだろうと思わせる不思議な空気を纏っていた。


 その姿を見て感心するというよりも、ドン引きだ。

 ちょっと真剣に気持ち悪くない?あのストーカー。

 なんでいるの、ここに。しかも先回りして。


 ノーザラント商会の馬車は通常の停留所とは異なる場所に停まり、自分達はそこから裏通りをギルドに向かって歩いていたのだ。それが何故に正確に位置を掴んでいるのか。

 涼しい顔で近づいて来るハインリヒを、非常に気持ち悪そうにリタは見やった。


「無事に着いたようで何よりだ」

「鬱陶しいのが来たぜ。暗殺案件でもないだろうに」

「ああ、教皇が痺れを切らしたようだな。飼い犬なら主人の機嫌を取らねばなるまい」

 

 教皇か、とちっとゼノが舌打ちし、ハインリヒはふふふ、と笑った。

 それからオルグに視線を寄越す。

「ハンタースに飼われていた駄犬も引き抜いてくれて助かったよ」


 その物言いにゼノが胡乱な目でハインリヒを見返した。

「……その言い方。お前なんかした?」

「どういうこと?」


 ゼノの引っかかりがわからずに小首を傾げるリタに、ハインリヒは微笑を浮かべた。


「ハンタースには、この件でしっかりと教会と繋がりをもってもらう必要があったのでね。今頃ハンタースの追っ手がかかったのは()()()()()()だよ」

 ……つまり。


 リタは顔を引きつらせた。

 色々おかしいとは思っていたのだ。レーヴェンの冒険者に対してハンタースの冒険者を追っ手として差し向けることも、それも事が起こって半年近く経ってからという点も。


「あなたが誘導したってこと?」

 理解が早くて助かるよ、と不敵に笑うハインリヒに思わず拳を握りしめたのは仕方がない。


 レーヴェンの抗議に、自分達の正当性を主張するために教会はハンタースを巻き込んだ。教会の武力、教会騎士団が動いたという事実は今さら作れないからだ。

 その抗議よりも前にリタに追手が掛かっているのは、そもそもの方向性を誘導したということなのだろう。


「……思っていたよりハンタースと確執があったのね」


 教会だけで終わらせることも可能だっただろうに、わざわざハンタースを巻き込むとは。

 そういえば、宿屋でハインリヒが非常にいい笑顔で笑っていたことを思い出す。


「ゼノ絡み?」

 ふと、気になって尋ねた。

 ――なんとなく。本当になんとなくそんな気がしたのだ。

 身分証の件以上に、ハインリヒはハンタースが気に入らないのじゃないかと思い至ったのだ。


 数年前に代わったというハンタースのギルド長。

 それと共に撤去された古い身分証を読む魔道具。

 リタは詳しく知らないが、数年前から噂にのぼっていたハンタースに属するという()()


 ゼノと会ったことで、それらがすべて繋がっているような気がしたのだ。


「ああ?」


 胡乱げにゼノが問うてきたが、なんでもないわと肩をすくめてみせたリタに、ハインリヒは何も答えず笑みを深くした。


 ――あれはマジだわ。

 今絶対、余計なことを言うなと釘を刺された。

 そっとハインリヒから目をそらし、ぶるりと肩を震わせた。


「ここでする話でもあるまい。レーヴェンの支部に行こうか。そこにミルデスタ組の弟たちを預かっている」

「無事なのね!?」


 思わず問い詰めるように食いつくリタに「トレは中々に優秀だな」とハインリヒは返した。


「家族の中ではあの子が一番読書家で博識なの。頭の回転もとても早いわ」

「ふむ。身内贔屓を差し引いても優秀だ。私が育ててもいいと思うぐらいにね」

「えー……」


 他人に褒められるのは誇らしいけれど、それはちょっと嫌だわ、と言葉にはしないが考えたことはばっちり伝わったようで、ハインリヒはリタの額を両拳で挟み込みぐりぐりと力を込めた。


「痛い痛い痛い痛い……!」

「お前さんたち、何気に仲いいな」


 どこぞで見た光景に呆れたようにゼノが呟いた時、くん、とゼノのコートの裾をオルグが引っ張った。

 ん?とゼノが振り返ると、オルグが困ったようにゼノとリタ、ハインリヒを見比べながらぼそぼそと呟いた。


「あ、あのさ……」


 巫山戯ていたハインリヒもオルグに目を向ける。


「オレも、ついて行っていいのか……?オレ、まだハンタースの冒険者で……リタを捕まえる依頼、受けたまんまなんだけど……」


 しょぼん、と存在しない耳と尻尾が項垂れるのが見えるかのような仕草に、ゼノが安心させるように頭をぽんぽんと撫でた。


「心配すんな。気にせずついて来い」

「ふむ。君は依頼を受けた大事な証人だからね。ハンタースに帰られても困る」


 ハインリヒがはっきりと肯定したことで、オルグはほっと、安心したように笑った。ちなみにリタは額を押さえて返事が出来ない状態だ。


「それに――このままハンタースに帰ると、あらぬ罪までなすりつけられることになるかもしれないな」

「……どういうこと?それ」


 不穏な話に涙目でリタが問うと、ハインリヒが肩をすくめた。


「連中は今、ケニスの代わりにハイネに現れた魔物を倒した冒険者を見繕っている最中だ。虚偽の依頼だと発覚しても、切り捨て可能な冒険者をね」


 こういう時のための、誰でも登録できるギルドなんだよ、と不気味に笑った。

 ハインリヒの言い方にぞっとするものを感じながらも、それではオルグは切り捨てていい冒険者だと判断されているということか。


 それで、ハンタースの狂犬?

 なんだかそのことにむっとするぐらいには、リタもオルグに親しみを感じているのかもしれない。



 * * *



「おねーちゃん!」


 ミルデスタのギルド支部に入った途端に、五男のサンクが叫びながらリタに飛びついてきた。


「サンク!」

 うわあああああん、と泣きながらしがみついてくるサンクを抱きしめながら、後からやってきたトレ達を見て、リタも安心したように笑った。


「良かった……!ドゥーエもトレもシスも無事だったのね……本当に良かった」


 見たところ怪我もなく元気な弟達の顔を見て、リタもようやく人心地着いた。まだ会えていない子達はいるが、それでも家族に会えた。


 ――半年。

 いつの間にか半年も経っていた。

 あの日みんなバラバラになってから、ようやく。


 知らず涙がこみ上げてくるのをぐっと堪えながら、サンクやシスをぎゅっと抱きしめた。


「おねーちゃん、会いたかったあ……!!」

「ねーちゃんも無事で安心した!流石だな!」

「リタ姉、少し痩せた?無茶してなかったろうね?」


 リタを囲みながら矢継ぎ早に問いかけてくる弟達を撫でてやりながら、こんな時でも落ち着いた様子で兄弟達を見ているトレに目を向けた。


「あなたも苦労したでしょう、トレ」


 このメンバーであれば、間違いなくリーダーはトレだ。

 シスが助けになるとは言え、泣き虫のサンクや暴走するドゥーエを引き連れての逃避行は大変だったに違いない。


「ノーザラント商会に助けてもらったので、リタ姉さんが想像するよりもずっと楽だったよ」


 穏やかに告げるトレの頭を撫でてやりながら、そうだったの、とリタは微笑んだ。


「なら、お礼をしに行かないとね。私もミルデスタまでノーザラント商会の馬車に乗せてもらったのよ」


 ふふ、と笑いあう姉弟達を少し離れた所で微笑ましく見ていたゼノは、奥からどかどかと賑やかな足音が近づいてくるのに気づいた。


「ああ、ここの支部長は君も知っている顔だよ」


 今思い出したと言わんばかりのハインリヒの白々しさに、んん?と嫌な予感を覚えてゼノが顔をしかめるのと、荒々しくドアが開くのとが同時だった。


「ゼーーーーノっ!この勝ち逃げ野郎! ちょっとも顔を出さんとはどういう了見だ、てめえ!!」

「ちょ、支部長!」


 ギルド内に響き渡った大きなダミ声に、リタは元より他の者達も思わず耳を押さえた。


「げっ、ゴルドン!」


 白髪混じりの巨躯が斧を振り上げ弾丸のように飛びかかって来るのを、咄嗟に背の大剣を抜いて受け止めた。


 ぎいん、という金属のぶつかりあう音に、僅かに遅れて発生した風圧で、ギルドの窓ガラスというガラスがパンッと瞬時に割れ、次いで天井から吊るされたランプも次々に割れると、室内にはその破片がつぶてのように降り注いだ。


「うわっ」

「きゃ」

「ちょっ……」

「リタ!」


 慌てて弟達を抱え込んだリタに、こちらも慌てて飛んできたオルグがぎゅっと上から覆い被さる。

 元クラスS冒険者ゴルドンの本気の一振りと、受け止めるために同様の力を剣に乗せた剣聖の力がぶつかりあえば、周囲への惨状は……見ての通りだ。


 ぱりん、と最後の欠片が割れる音がした後は、しん、と水を打ったようにギルド内は静まりかえった。


「――ふむ」


 その中を、非常に静かなハインリヒの言葉が響いた。


「脳筋共は場所を弁えるということを、幾つになっても学習しないようだな」


 すぐ側でぞっとするようなハインリヒの声を聞いて、恐る恐る顔を上げたリタは、防御魔法で室内が覆われているのを見て取った。ハインリヒから魔力の波動を感じ、彼が咄嗟に張ったものだと理解する。


「……む、これはそのっ……」

「いや、これは……まぁその、向かってこられたらつい、こう……」


 ゼノとゴルドンが歯切れ悪くハインリヒに言い訳しつつ、慌ててコソコソと武器を仕舞う。

 静まり返るギルドの中を、ゆっくりとした足取りでハインリヒが二人の元に歩み寄り、ぽん、とその肩を叩いた。


「この惨状はもちろん、君達が片付けるのだろうね?」

「も、もちろんだとも!」

「あ、ああ。わかってる。わかってるって!」


 大慌てでハインリヒの言葉に首肯しながら、大男二人がわたわたと動き出すのを認めてから、ハインリヒはリタ達を振り返った。

 思わずみんなの背筋がピンと伸びた。


「支部長はしばらく忙しいようなので、君たちは早めの夕食をとりながら姉弟で過ごすといい。積もる話もあるだろうからな。支部長の仕事が片付いてから今後のことを話すとしよう。ああ、オルグはここに残りたまえ。――カーン君。案内を頼むよ。」

「は、はいぃっ!」


 突然名を呼ばれたカーンが、がたがたと大きな音を立てながら――途中足をカウンターにぶつけていた――大慌てでリタ達の元にやってくる。


「は、はいっ!じゃあ、リタさん達は会議室の方にどうぞ!」


 カーンがあたふたとリタ達を奥の会議室に誘うのについて行きながら、リタはちらりと背後のゼノ達を見遣った。

 どうやらハインリヒは残って彼らの監視を務めるつもりらしい。


 もう一人は支部長と呼ばれていたし、ハインリヒじゃないと手に負えないでしょうね。

 というか、レーヴェンシェルツの支部長なのにこんなに落ち着きないものかしら……?それとも。

 ギルド支部長に剣聖。二人は知り合いのようだった。

 ――久しぶりに会ったからって、はしゃぎすぎなんじゃないの?


 メンツが変わってもおじさん同士わちゃわちゃするのは変わらないらしい。

 リタは呆れたようにため息をついて、弟達と共にギルドの受付を後にした。



 * * *



 いささか疲れたようなゼノ達が会議室にやってきたのは、リタ達が夕食を取り情報交換も終え、まったりと寛いでいる時だった。

 サンクなどリタにべったりひっついたまま、ウトウトとしている。


「随分ゆっくりだったのね」


 サンクの頭を撫でながらリタが問えば、うんざりとした顔でゼノがどっかと椅子に腰掛けた。続いたオルグもふらふらとして元気がない。

 オルグも片付けを手伝っていたのかしら。

 見えない筈の耳と尻尾が項垂れているように感じる。


「……もうしねえ」

「……うむ」

「私の記憶違いでなければ、その台詞は三十年前にも聞いた筈だがね。今度こそその覚えの悪い頭に刻みつけておきたまえ」


 ハインリヒに冷ややかに告げられて、二人はぐうの音もでなかった。

 がたいのいい男が身を縮こまらせているのは見ていても窮屈で、リタは軽くため息をついて話題を変えることにした。


「それで、今どうなっているのか教えて貰えるかしら?」


 レーヴェンシェルツの教会への抗議。

 それに対する教会の反論。

 そこまではリタも知っている。

 どちらも主張を譲らず、このまま延々と平行線を辿りそうな状態だ。


「一週間後に裁判が執り行われる」

「……そんなの、教会が有利に決まってるじゃない」


 教会は国に縛られない。世界各地に信徒を持つ教会の方が、ともすれば一国よりも強いのだ。そんな教会に喧嘩を売る国などいないだろうから、どこで裁判を行おうと向こうの主張が通るに決まっている。


「おや、意外に悲観的だな。だが心配はいらない。教会といえども勝手は出来ない相手は存在するのだよ。今回の裁判はルクシリア皇国で行い、正神殿が取り仕切る」


 その言葉に、リタは息を呑んだ。


 ルクシリア皇国。

 西大陸の北の果てに存在する、この世界で一番古くから存在し続ける国。

 世界最強の騎士団を有し、盟主ですら一目置くと言われている国家で、竜を国の守護神と崇め、皇帝には竜の血が混じるとの噂がまことしやかに囁かれている。真偽のほどは知れないが、それ程圧倒的な存在感を持っているのは事実らしい。

 歴史と実力で他国を圧倒し、中立の立場を貫き通しているため、国家間で収拾がつかず大きな争いに発展しそうな時には、間に入り仲裁を行うこともある。

 対魔族との戦いにおいても、ルクシリア皇国騎士団が力を発揮し、自前で強い騎士団を保有していない中小国家に手を差し伸べていて、ルクシリア皇国が声をあげれば、従う国が多いのもまた事実だ。

 世界のトップと言っても過言ではないほどの発言力と力を有している国だ。

 確かに、いかに教会と言えどもルクシリア皇国を無視することはできない。


「でも、ルクシリア皇国は教会や神殿関係には踏み込まない暗黙の了解があるでしょう?」

「場の提供だからな。それも、正神殿が動くからこそと言えるな」


 正神殿。

 教会は認めていないが、正真正銘の神がいると言われているところだ。

 リタからすれば神というのはまったく未知の存在だ。そもそも地元にあった教会以外、気にして生きてこなかった。こんなことになっていなければ、きっと今後も日常生活の範囲内で教会に通うレベルの付き合いだった筈だ。


「……そこまでのことなのね、この『聖女』という肩書きをどうにかしようと思ったら」

「仕方あるまい。人と異なる力を有する者は、人より多くの責を負わされるものだ。そこに群がる者も増えるのは当然だろう。――神殿に属するのでなければ、聖女であることを拒否する者もまた、多くなかったのも事実だ」


 リタのように逃げる者の方が珍しい、と言われれば閉口するしかない。


 それでも。

 教会からの最初のコンタクトが違っていたとしても、きっと自分は最終的には拒否していたと断言できる。


 ふう、とため息をついたリタに、ふふ、とハインリヒが微笑した。


「君は運がいい。どちらを動かすのも本来であれば少々骨が折れるものだがね。今回はすんなりいったよ」


 言いながらチラリとゼノに視線をやるのを見て、ああ、とリタも頷いた。


「ゼノのおかげってわけね」

「あ?」


 これ以上、何が出てきてもゼノ関連なら驚かない。

 あれだけ色々あるのだ。魂に刻まれていないあれこれなら、もっとあるに決まっている。


「皇帝や正神殿のヒミカ殿が、ゼノと会えるのを楽しみにしていたよ」

「あ~……皇帝には十年前ぐらいにあった筈だけどな……」

「君は一応、ルクシリア皇国の剣士なのだから、もっと頻繁に顔を出したまえ」

「そ~いうこともあったかねぇ……」


 堅苦しいから苦手なんだよな、あそこ、とぐたりと机に肘をつきながら、覇気なく呟く。

 格式高いという噂は本当なのだろう。

 ゼノの様子にくすりと笑った。


「今回裁判が無事行われれば、教会は非を認めざるを得ない。それだけの証拠はすでに集まっている」

「証拠? 何の証拠?」


 思わずリタは問い返した。


「教会の公式発表が虚偽だという証拠だよ。公にできるのはその程度だがね」


 教会の公式発表といえば、魔族に狙われたリタの保護だったか。――ああ。


「ハンタースの虚偽依頼ね」

 そんな程度で教会が引くかしら。ハンタースにとっては痛手かもしれないけれど……教会ならさらに適当な理由を見繕いそうだわ。


 ふと、ハインリヒの言葉を反芻する。公にできるのは、と言った。


「……それ以上追求させない裏の証拠もあるということ?」


 ふふふ、とハインリヒが薄く微笑した。

 ああ、あるのね……

 流石はノクトアドゥクスの長官と言ったところか。ならば裁判のことは彼に任せておけば良いのだろう。


「君たち姉弟はそれまでに教会と接触しないように、十分注意したまえ。気をつけるべきはそれだけだ」


 言われて、今日遭遇した教会の二人組のことを思い出した。

 リタでは絶対に敵わない相手。


「待って。アインスやシェラとは連絡が取れたの?あとフィーアの居場所は?」


 四人に会えたことで安心してしまったが、まだ三人が無事かどうかをリタは知らない。


「ふむ……それについては良いニュースと悪いニュースがある」


 ハインリヒの言葉に、どきりとして思わずぎゅっとサンクを抱きしめた。

 ……怖い。


「まずフィーアは私の部下が保護して現在こちらに向かっている最中だ。彼は優秀なので心配はいらない。そして――アインスとシェラだが……」


 反対側に座るシスがぎゅっとリタに抱きつき、トレとドゥーエが緊張した面持ちでハインリヒの言葉を待った。


「残念ながら現在行方不明だ。道中、教会の追手に遭遇したようで、彼らから逃げる際にこちらで付けていた者も撒かれたらしい。ミルデスタの近くまでは来ていたのだがね」


 行方不明……

 最悪の事態は免れていることに少しほっとしつつ、居場所が知れないことに不安が募る。


「教会に捕まったという訳ではないのね?」

「そのような動きは見られないな」


 ならば、教会もハインリヒの手の者も二人を探している最中ということか。

 教会よりも先に二人を見つけなければ……


「彼らの捜索はレーヴェンシェルツのギルドと私の方で行うので、くれぐれも君が勝手に動かないように」


 思考を読んだかのように釘を刺すハインリヒを不満げに見やったリタは、その真剣な表情に驚いて開きかけた口を閉じた。


「君はまだ教会の真の恐ろしさを理解していない。君が連中に捕まってしまったら、すべて意味がなくなる。――くれぐれも、弟達を自分で探そうなどと考えないことだ」


 諭すように念押しされ、リタは静かに頷いた。

 不満はある。

 本当なら今すぐにでも探しに出かけたい。

 だが、ハインリヒの言うことも理解出来た。

 自分が教会の恐ろしさを知らないのも事実だろう。今日遭遇した連中のような者が何人もいるならば、リタ一人では到底太刀打ち出来ない。もっと他にも手段があるというなら尚更だ。


 ……でも、心配なのに。


「あの…」


 それまで黙って話を聞いていたトレが、そっと手を上げながら遠慮がちに声をあげた。

 ハインリヒが静かに頷いて見せる。


「神殿は本当に関わってくることはないんですか?一時期噂が出ましたよね」

「ああ、それなら心配はいらない」


 リタは神殿の噂など聞いたことはなかったが、ミルデスタにいたトレは耳にしたのだろうか。


「聖女の存在を知って動きかけたようだが、正神殿が真っ先に釘を刺してくれたのでね。彼らの心配は無用だ」

「やつら正神殿には逆らわねえ――神の怒りは怖えってことを知ってるからな」


 神の怒り――

 それは正神殿におわすという神々の。


「……本当に正神殿には神が……その、存在するの?」


 正神殿の神子は神器を介して神の力を行使すると噂されている。人の行いにそれらの神が神罰を下すというのか。


「存在するとも」

「いるな。――お前さんらが考えているような神とはちょっと違うかな……人とは違うが、人間くせえ神々だよ。高位魔族と似たようなもんだと思えばいい」

「高位魔族と一緒にするのはどうなの?」


 それは不敬ではないのか。


「お前さんも会えば理解するさ。教会の崇める神とは意味合いが違うのは事実だ。――色んな力は持ってる。どっちもたちが悪いって意味では魔族も神も同じだよ」


 はっ、と吐き捨てるように言い捨てるゼノの言葉には実感がこもっていて、相対したことのある者だけがわかる何かがあるのだろう。


 ゼノは正神殿の神々のことも好きではないのかしら……


 教会や神殿とは敵対していると言っていた。でも、正神殿のヒミカ様とは友好的なことがハインリヒの言葉からはうかがえた。


「君達が注意するのは教会だけでいい。アインス達はちゃんとレーヴェンシェルツが保護するだろう――そうだな?ゴルドン」

「む? 無論だ。心配いらぬ」


 突然話を振られて、少し慌てた素振りを見せながら力強く請け負ってくれた支部長のゴルドンに、一抹の不安を感じながらもリタは頭を下げた。


「よろしくお願いします」

「「お願いします」」


 リタに合わせてトレとシスが頭を下げるのを見て、ドゥーエとサンクも慌てて頭を下げた。


「なに、実務は副支部長のカーン君が取り仕切るので心配はいらない」


 脳筋が出張る訳ではないよ、とニヤリと笑うハインリヒに、リタもようやく笑顔を見せた。


 ――どうか無事でいて。アインス、シェラ。

 ――フィリシア様。どうか二人をお守りください。

 リタは心の中で、自らの女神に祈った。


  

評価くださり、ありがとうございました!

好き勝手にマイペースにやっておりますが、読んでいただけて嬉しいです。

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