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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第一章

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(十二)魔族との遭遇



 馬車の荷台にごとごと揺られながら、三人はミルデスタに向かっていた。


「ありがとう。あなたが声をかけてくれなかったら、明日になるところだったわ」


 同じく荷台に座る商会の男にリタはお礼を述べた。

 例の急襲で目立った外傷はなかったが、リタの打撲が少々酷く、少し休養を要した。

 打撲はリタが持ち歩いている治療薬で粗方治ったが、そこで時間を取ってしまったため今日のミルデスタ行きの馬車便がなくなってしまったのだ。

 教会の物騒な輩と遭遇し、早くミルデスタへ行って弟達と会いたいと、リタが不安で居ても立っても居られずに地団駄踏んでいたところへ、このノーザラント商会の買付担当のエッセに声をかけられた。

ミルデスタまでの護衛を頼めるなら、馬車に乗っていかないかと。


「いやあ、見たとろ大剣背負って強そうな人だったんで、護衛を頼めるならうちとしてもありがたいんで。しかし、お嬢さんも冒険者だったとは」


 ニコニコと人好きのする顔でエッセが朗らかに言う。


「優秀な人達と誼を結ぶ機会は逃さないのがうちの信条なんで、お気になさらず」


 商人らしい打算の元での行動だとしても、人との縁は財産だとの考えに重きを置いているところは好感が持てた。


「本当に助かったわ」

「ノーザラント商会ってあれか。魔石扱ってるとこだよな?」


 顎を擦りながら思い出すようにゼノが問うと、エッセがきらりと目を輝かせパンと手を叩いて商人モードに切り替わった。


「そうです、そうです!うちの扱う魔石は一級品なんで、高位の冒険者さんは元より、国にも魔塔にも納品させてもらってます!ご入用の際はぜひご贔屓に!」

「いや、俺は魔石は使わねえ。どっちかというと買い取ってもらう方かな」

「買取ですか?魔石の買い取りはギルドを通さないと、うるさく言われるんですよ」


 顔を曇らせながら、直接やり取りできればいいんですけどね~と苦笑するエッセ。

 確かに、魔物を倒して得られる魔石は重宝される。冒険者に回ってくる仕事のひとつだ。ギルドが規制する意味もわかる。


「ああ、俺はギルドに属してないし、ノーザラントは確か直接やり取りしていいっていう商会だったんじゃねえかな」


 ゼノの言葉に、エッセがぴたりと動きを止めた。


 ――あら、ひょっとして。


 ゼノがポーチから例の身分証を取り出し「これを見せたら買い取ってもらえるって聞いた」とぽいと投げて寄越すのを、エッセが震える手でそれを受け取り、ルクシリア皇国の紋章が刻まれた身分証にぎぎぎ、と音がしそうなほどぎこちなくリタを見た。


 流石大きな商会。情報共有はしっかりなされているわね。


 ハンタースとは大違いだわ、と感心しながらこっくりとリタが頷いてやると、ふわわわわ、と震えながら腰を落とした。


「剣聖、ゼノ=クロード様でございましたか……!!」

「やめろや」


 途端に嫌な顔をしてゼノが手を振り、エッセの手から身分証を取り上げた。


「強い匂いはしてたけど……おっさんすげえ強い奴だったんだな!」


 ほわあ、とオルグがキラキラした目でゼノを見上げて近づいてきたのを、ゼノがぶにっと鼻をつまむ。


「なんだよ、その強い匂いって」

「ふがっ……! って! たまにいるんだ!匂う人が。おっさんからは凄く強え匂いがして、リタからはすっごく良い匂いがする!だから、はぐれても匂いで追いつけた!」


 凄いだろ~!と自慢するオルグに、お前さんほんと犬だな、と呆れたようにゼノがぽんぽんと頭を撫でながら言い、オルグがまた嬉しそうに笑う。


 ああ、だから振り切れなかったという訳ね……というか良い匂いと言われても匂うと言われるとちょっと抵抗あるわ……


 二人のやりとりを少し遠い目をして眺めていたリタだった。


「それで、買い取りってしてもらえんのか?」

「もちろんです!剣聖さまからの依頼は何でもお請けするよう、歴代の旦那様から従業員一同仰せ付かっておりますゆえ!」


 それなら――とポーチをごそごそと漁って、ころんと魔石を三個エッセに手渡した。


「……これ……相当の質ですね……」


 ごくり、と唾を飲み込みながら震える声で呟くエッセの手元をリタも覗き込んだ。


 確かに……かなりの質だわ……


 キラキラと陽光を反射する小さなグレーの魔石。一見石ころに見えるが、うっすらと光を帯びているので魔力を帯びた石だというのが見て取れる。

 魔石自体はランクEの魔物の物だろう。このランクの魔石は大量に出回っているので誰でも目にする機会はあるものだが、この魔石はランクEというよりはD……いや、それ以上の屑魔石よりも価値がありそうだ。


「それなら買い取り出来るか?もうちょい上が良いってんならそっちの方が数はあるんだがな」


 昔、買い取りが難しいって言われてな~と頭をがしがしとかくゼノの言葉に、エッセが恐る恐る「それはもしや質が高すぎるからですよね……?」と問いかけるのを、そっとゼノが視線をそらして「まあな……」と答えた。


「? なんで?ランク高くて質がいい魔石ならいくらでも買い取ってもらえるんじゃねえの??」


 よくわからない、というオルグにリタが肩をすくめた。


「市場価格がおかしくなるレベルなんでしょ?ランクEでもこの魔石ならかなりの価値があるわ。この質でランクCとかB――ましてやAになると、市場のランクA魔石の何倍、いえ何十倍の値になるか……」


 ゼノから魔法陣と一緒にもらった魔石を思い出し、リタも遠い目になる。


 あれも相当だったわ……


「とりあえず」

 ごほん、と漂ったなんとも言えない空気を払うように咳払いをして、


「お前さんとこで魔石は買い取ってもらえるんだな?」

「――はい!これ以上をだされるより、この石の方がまだ平穏に買い取れます!」


 とよくわからない返事のエッセにゼノが頷き返した。


「ならその三個は買い取ってくれ。――で、今から手に入れる魔石はやるから、今後も頼むってお前さんの旦那に伝えといてくれねえか?」

「はい?」


 今から手に入れる――?


 ゼノの台詞にぱっとリタは顔を上げて外を見やった。


「――魔物!」

「うわ、ほんとだ!」


 馬車よりまだかなり離れているが、魔物が数体こちらに向かってくるのが見えた。

 ゼノに言われるまで気付かなかった。彼は一体いつから気付いていたのだろう。


 さすが、剣聖ね。


 当たり前だとしても少し悔しく思いながら、ポーチからすぐに弓を取り出す。この距離だと弓矢で仕留める方が危険も少なくて済む。


「馬車は止めとけ。()()()()()()()から、走らせてる方が危ない」

 ——なんですって?


 不穏な言葉を聞いて思わずゼノを振り返ったが、ゼノはエッセや御者にテキパキと指示を出し、やがて馬車は岩陰まで移動すると静かに止まった。


「オルグ、お前さんはここで馬車を守ってろ。リタ、こっちにやってくるあの魔物、ここから狙えるな?」

「わかった!」

「当然よ」


 馬車から降り立つとすぐに近づいて来た体躯の大きな魔物三体に向かって弓を構えた。矢に魔力を纏わせる。

 瞬間、リタの放った矢が中央の魔物の頭を射た。


「ぎゃっ!」


 次の矢を瞬時に飛ばして両脇の二体の頭も射る。

 この程度で魔物は倒せないが、体勢は崩れる。

 動きを止めた三体に、すぐにリタは次の矢に魔力を込めて目を凝らし、最初に射った魔物を見た。

 魔核の位置が黒く薄ぼんやりと確認できる。


 ――左足の膝上。


 瞬時に狙い違わず左足の膝上に矢が刺さる。


「ぎゃああああぁっ!」


 途端に、断末魔の叫び声をあげて魔物がサラサラと灰燼に帰した。後に、ころん、と小さな魔石が転がる。

 同様に、残りの二体を立て続けに倒すと、ふう、と弓を下ろした。


「へえ」


 一連の流れを見て、ゼノは感心したような声を上げた。


「なかなか無駄のない動きだな。一体二撃とはいい腕だ」


 魔物や魔族を倒すには、魔核と言われる命の核を破壊しなければならない。

 魔核を壊さなければ、どこを斬ろうが潰そうが倒せないのだ。

 そして力が強く高位の魔族になればなるほど、魔核の数も多くなる。

 また、比例するように魔核自体も強力になるので、生中な攻撃では破壊出来ない。

 その上魔核の位置は個体によって異なる上に、ある程度ダメージを与えなければ見えないということもあり、人間が相手をするには厄介な連中なのだ。


 魔物や魔族を倒すには、リタがやったようにまず魔核の位置がわかる程度のダメージを与え、次に見つけた魔核を破壊しなければならない。

 核が一つの魔物とは言え、三体を速やかに撃破したリタはさすがクラスA冒険者といえるだろう。

 ゼノに褒められ少し照れたような表情をしながらも、リタは転がった魔石を拾って憮然とする。

 

「……でも、私の矢ではゼノほどの質の良い魔石は出来ないわね」


 手の中の魔石は、どれも鈍い光を放っているがくすんでいる。先程見たゼノの魔石とはランクがさほど変わらないのに雲泥の差だ。


 今まで魔石の質なんて気にしたことないんだけど……あれを見た後だと凄く気になるわ。

 むぅ、と思った後、はっと顔を上げた。


「なるほどなるほど。忌々しい聖女は冒険者だと聞いていたが……このレベルの魔物ではまったく役に立たないと言う訳か」


 のっそりと、明らかに先程とは比べものにならない高位の魔族がそこにいた。

 人型に近ければ近いほど力が強い。

 完全な人型となれば、ランクはA以上。


 ——強い。


 先日遭遇した第三盟主とは比ぶべくもないが、目の前の魔族もリタがこれまで戦ったことのある魔族の中で一番強いだろう。


 ……こういったレベルの魔族に今後も狙われるということね……


 ぎゅっと拳を握りしめてともすれば湧き上がる恐れを、不敵に笑うことで押し殺した。

 上等だ。負けてやるもんですか。


「オルグは良い匂いがするって言ってたが……お前らも聖女を嗅ぎ分ける何かがあるってことかねぇ」


 リタを庇うようにゼノが前に出た。


「ふん。聖女は我々にとって嫌な気を纏っているからな。我々の瘴気を払うしか能のない力だが、聖属性は侮れぬ——だが、盟主さまにはいい土産になるだろう」


 にやりと笑いながら告げる魔族の言葉にびくりと肩を震わせた。


 盟主。

 世界に六人存在するという最上位魔族。

 そんな連中に突き出されるというのか。


 第三盟主はあの場では手を出さないと言っていたが、ゼノやハインリヒがいない場ではどうだかわからない。

 少なくとも、リタが対応できるレベルの存在ではないことは容易に知れる。


「見たところお前、どこにも属していない野良だろ? 聖女を手土産に盟主の軍に入れて貰おうって魂胆か? さぁて、聖女に興味を示す盟主がいるかねえ」


 第三は手え出さねえ筈だし、第二は論外、第六はいねえしな。他は読めねえが……と一人ぶつぶつと呟くゼノは、盟主達のことを含め魔族の事情に明るそうだ。

 そんなゼノにふん、と魔族は鼻で笑った。


「貴様も中々の血を持っているようだ。二人まとめて土産にすれば、第四盟主さまもさぞやお喜びになるだろう」

「そいつぁ、どうかな」


 ゼノがそう言い捨てた瞬間。

 かつん、と地面なのにその音が妙に響いた。

 え? とリタは音のした地面を見た。

 ころころと、魔石が転がっている。


 ——魔石?

 ——誰の?


「……っ、があああああああ!」


 一拍遅れて、魔族の男の叫び声が周囲に響き渡った。


 ……は?

 え、どういうこと?


「き、貴様ぁっ……!!」


 左手首のない魔族が腕を振り上げるが、既にゼノはその場にいない。

 かつん、再び音が響く。

 魔族の右親指が消える。


「あと一つ」

 無情なゼノの声がその場に落ちた。


「き、きさっ……!」


 言い終わることなく魔族が霧散し、かつん、と硬質な音が周囲に響き渡る。


 ——え? ……待って。今なにが……


 地面に転がる三つの魔石を呆然と見ながら、ゼノが大剣を背に収める音が静かに響き渡るのを聞く。


 いつ剣を抜いたのかもわからなかった

 いつ斬りかかった?

 何回剣を振った?

 まったく見えなかった


 戦慄に背筋が凍る。

 あまりの力の差に戦士としてのリタの本能が震え、全身の肌が泡立った。

 

 ——ありえない強さ。


「おっさんすげ〜!!」


 オルグのはしゃぐような感嘆の声にようやく我に返ったリタは、ゆっくりとゼノを見た。

 息一つ乱すことなく先程までと変わらない様子のゼノは、地面に落ちた魔石を拾い上げると、恐る恐る馬車の影からこちらを見ていたエッセを振り返った。


「おう、これな。こいつをお前さんとこの旦那に渡しといてくれよ。今後もよろしくってな」

「ふわ!? い、いいいい、今の魔族の魔石ですか!? あれ、ら、ランクA以上でしたよね!?」


 自分以上に取り乱すエッセを見てようやく、リタも少し落ち着きを取り戻した。


 ——いやいやいやいや。ない。ないわ。なにそれ。

 あんなあっさりとランクA以上を倒す!?

 それより何より。


 速くてリタ自身視認は出来なかったが、確信はある。

 でも、だとするとあり得ない。


「ゼノ……ひょっとしてあなた……魔核の位置、最初からわかってたり、するの……?」


 彼は四回は斬っていない筈だ。

 ならば、最初の一振りで核を斬ったことになる。

 そんなことは魔核の位置がわかっていなくては絶対に出来ない。

 リタの質問に、ぴくり、とゼノが眉を動かした。


「——あ〜、……まあ、見えてるな」


 がしがしと頭をかきながら、なんでかガキの頃から見えてた、と何故かばつが悪そうなゼノの答えにリタは空を仰いだ。


 対魔族の人類最終兵器。

 ハンタースギルドの受付嬢、ジュリアの言葉が蘇る。

 次いで、自分が読んだ魂に刻まれた言葉を思い出す。


 リタは必要性がなければ、みだりに人の魂を読んだりしない。読んでいいものではないと考えている。

 だから読んだことのある人数は多くない。

 だがそれでも、ゼノほど刻まれた言葉が多い人は他に存在しないだろうと断言できるほど、普通ではあり得ない数が魂に刻まれていた。

 刻まれた言葉の意味は、リタにもわからないものが多かった。だが恐らく、それらのうちのどれかが魔核を読める恩恵をゼノに与えているのだろう。――いや、それは正しく恩恵なのか。

 人と異なる力を持つ者は、役割を課せられている――とリタは知っている。

 読んだ時には深く考えなかったが、今になって鋭く心に突き刺さる。

 ゼノは一体、何を――どれほどのものを背負わされているのか。

 なぜ自分はそれを、今になって哀しいと考えたのか……


 ゆっくりと視線を戻せば、ゼノは馬車に向かって歩きながら、オルグやエッセと話をしている。

 その背を見ながら、今一度、リタが備え持つ力を解き放つ。


 ――ゼノ=クロード

 ――剣聖

 ――悠久を生きる者

 ――ヘルゼーエンの紋

 ――グレンツヴァイスの試練を越えし者

 ――カグヅチの加護

 ――魔剣の使い手

 ――アルトームの眼の簒奪者

 ――死紋ホルダー

 ――魔族の呪い

 ――ゼノ

 

 ここまででも理解できない言葉は多い。

 だがリタが本当に理解できないのはその次に刻まれた二つの言葉だ。


 ――()()()()()

 ――()()()()()()()()()()


 この世界に魔王がいるなんて聞いたこともないし、かつて存在したとも聞かない。

 まして聖女フィリシアは、リタの夢に出てくるフィリシア様のことなのか、まったくの別人か。ゼノとは一体どんな繋がりがあるのか。

 だが、リタがフィリシア様の話をしてもゼノはまったく反応しなかった。聞いたことなどないように見えた。


「……」


 人は自分の魂に刻まれた情報など読めはしない。リタだって自分の魂は読めない。

 だから、ゼノに聞いたところで答えが返ってくるのかどうかはわからない。刻まれた言葉の意味をゼノ自身さえわかっているかどうか……。

 今はまだどう聞けばいいのか自分の中でも整理出来ていない。


 とりあえず、まずは弟達のことが片付かないと。

 ぎゅっと拳を握りしめると、ゼノの後を追って馬車へ向かった。

 

 


月・木曜の週2回更新が自分のペースには合っているようです。

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