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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第一章

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(十)集う者達4


 ハイネの町はカルデラント国の北部に位置し、隣国との境界にほど近い田舎町であったが、首都からも馬車で一日程度という利便性のよい町だ。

 クライツは馬車から降り立つと、同行者を振り返った。


 一人は自分のサポートをしてくれるシュリーと、護衛兼隠密のデル。そして今回師匠であるハインリヒから託された正神殿の使いだ。

 水色の首上の緒がよく映えた白い水干姿の青年と、こちらも白い羽織に水色の袴姿の少女だ。髪を頭上高くでひとつに結えている髪が、少女が動くたびにゆらゆら揺れる。


「わざわざ遠いところをすみませんね。しかし、まさかお越しいただけるとは思っていませんでしたよ」


 クライツの言葉に、町を眺めていた少女がくるりと軽やかに振り返った。


「ヒミカ様が、今回はぜひにって! あたしも嬉しいですし~、クライツさんみたいなおっとこ前と会える機会は大事ですし~!ほら、あたしの相棒は根暗くんですし~」


 独特の口調で話すアキホと紹介された少女が朗らかに言うと、隣の青年がジロリと少女を睨みつけた。


「アキホが五月蝿いだけだ。オレは普通だ」


 と、ボソボソと反論する。彼はとても声が小さいので、よく注意して聞いておかないと大事なことを聞き逃す。


「ぶぶーっ!そんなことないですし~、ショウエイくんは暗くてうざくて残念ですし~」

「なにが残念だ!」


 賑やかなやりとりを繰り広げている二人を見守りながら、クライツは突然に舞い込んできた上司であり師匠でもあるハインリヒの依頼に思いを馳せる。


 いつも薄い微笑をたたえながら、多方面に常に画策しているノクトアドゥクスのトップであるハインリヒには、情報組織の一員としての基礎を一から叩き込まれた、自分にとって正しく師匠である。感謝している点は多々あるが、いつも厄介ごとを押し付けてくるきらいがあるので、師匠案件の今回もかなり面倒ごとには違いない。


 ……そもそも正神殿まで巻き込めるとは相当大事だ。


 本来であれば、正神殿はあまり世俗のことには関わりを持たない。ただひたすらに神子の元でよろずの対応を行うことが常なので、お願いしたからと言ってこちらの頼みを聞いてくれることなど非常に稀だ。

 それを引き摺り出してこれるのだから、師匠は相当強いカードを持っているのは間違いないのだろう。


 ――いつまでも底の知れない人だな。


「それにしても、教会の連中はますます酷くなっていますね。今の教皇になってからでしょうか」


 アキホの相手に疲れたのか、ショウエイがぼそりと今回の依頼に言及してきたのを、クライツが同意を示しながら、


「しかし、正面からぶつかるとは私も思いませんでしたけれどね」


 ハインリヒにしては非常に正攻法だと感じた。わざわざレーヴェンシェルツから抗議を行うなどとは。

 今回の抗議を受けて色々辻褄合わせを行った筈なので、つつけばボロもでるだろう。だが例え筋が通らなくなったとしても、力技で押し切るだろう。特に「聖女」が絡んだ教会には。


「予定通りお二人には私と一緒に教会に同行いただけますか? シュリーは町の住人から情報収集を。デルは証拠集めを頼みます」 

「「はい」」


 二人は了承するとすぐに動き出した。


「よその神の神域に入るのは久しぶりですし~」

「あ、問題ありますか」


 クライツ自身は敬虔な信徒でもなければ、あまりそういったことを気にする方ではなかったが、彼ら正神殿の者からすれば、教会に立ち入ることすら忌避すべきことだったか?と心配そうに問い返すと、アキホが軽く手を振った。


「お断りを入れれば大丈夫ですし~」

「神は寛容です。こちらが礼儀を持って接すれば、信奉する神が異なってもお怒りにはなりません」


 ボソリとショウエイも大丈夫だと請け負った。


「それを聞いて安心しました。ではよろしくお願いします」

  


 * * *



 シュリー達と別れて、クライツはショウエイ達と町の中心部にある教会にやってきた。


「ここの教会の建物は素朴で趣がありますね……二百年ほど前に流行った教会の建築様式ですね」


 ぼそり、とショウエイが教会の外観に感想を述べる。そういえば彼はここにくるまでも建物を興味深く眺めていた。建築物に興味があるのだろうか。


「都会の教会はキンキラキンのところあるよね~。金巻き上げてるよね~」


 アキホの言うとおり、教会にも金権色の強いものとこの町の教会のように地域に根ざしたものとがあり、在籍する神父の質もそれに準じているとの判断はクライツの経験則だ。

 今回の聖女騒動も、この町に司祭(筆頭神父)が新たに配属されて起こったものだ。


 ――フェリモ司祭は色々と問題のある人物のようだしな


 クライツが先に教会に入ろうとすると、二人が入口で正神殿式に礼を行っていた。


「「我々に害意なし。異なる信徒が神域に足を踏み入れる無礼を許し給え」」


 先程までとは打って変わった真剣な表情でそう述べながら、深々と膝をつき頭を垂れてから立ち上がった。


「行きましょう」


 ショウエイが告げ、アキホが黙ってそれに続く。

 クライツは先導しながらも、彼らの「神」に対する考え方や接し方が、自分達一般人とは大きく異なることを改めて感じた。

 正神殿には本当の神が降臨されるので、たとえ自分達の信奉する神とは異なっても、神を冒涜することは許されないのだろう。


 ――正神殿が真に力を持っているのは、彼らのような信徒があるからかもしれないな。


 何かの神を心から信奉している訳でもないクライツからすれば、彼らの態度にこそ畏敬を感じた。


 礼拝堂を進んでいくと、ちょうど町が忙しい時間帯だからだろうか、今は礼拝に訪れる人もなく、礼拝堂の中は静謐に包まれている。

 古びているが、丁寧に補修された椅子や床、手入れの行き届いた礼拝堂の祭壇奥に奉られるソリタルア神像と教会の象徴でもある神火が、非常に神秘的に見えた。


「ここは良い気に満ちています」


 アキホの口調が先程までとはがらりと変わり、非常に落ち着いて凛とした雰囲気を纏うのをみてクライツは驚く。ショウエイも先程までのぼんやりとした雰囲気は微塵もなく、アキホ同様凛とした空気を纏っていた。

 信仰する神は異なってもそこに感じられる人々の信仰心と神域への敬意の表れか。


「我々が立ち入ることもお許し下さっているようです」 


 ショウエイが静かに告げる。クライツにはまったくわからないが、彼らにはそれがわかるのだろうか。


「何かコンタクトでも?」

「そのような恐れ多いことは起こりません――お許しがない場合、神域内の空気が刺すようにひりつきます」


 なるほど、そのようなものかとクライツは頷いた。先程の行いは、他の神への許しを請うための彼らにとって本当に必要な儀式だったのだろう。


 ガチャリと礼拝堂奥の扉が開き、この教会の司祭と神父が現れた。

 昨日のうちに事前にアポを取っておいたのだ。


「私にお話しがあるというのはどなたかな」


 居丈高な声で問う司祭は、クライツの後ろにいるアキホとショウエイに目を止めると表情を一変させた。


「なんと無礼な!神聖なソリタルア神の教会に異教徒を連れ込むなど――」

「――黙れ、俗物」


 アキホが先程までとは打って変わった表情と声でぼそりと告げると、「ひっ」と短い悲鳴を上げて司祭が後ずさった。


「この神域への立ち入りを、この教会の神に許しを得た我々にそのような言葉を投げるとは、お前に神の信徒を名乗る資格はない」


 淀みなく告げたショウエイの声は、教会内に凛と響いた。


「ふ、ふざけるな!神が許したもうたなどとそんな嘘を――」

「お前が嘘と断じる不敬をこそ恥じろ」


 ぼそり、とアキホが断じると、祭壇前の神火がゆらり、と風もないのに大きく揺らいだ。クライツはぎょっとして目を瞠ったが、それは司祭も同じだったようで目を見開いて固まっている。

 だがそんな中、司祭の隣にいた神父は人好きのする顔でにこにこと頷き返す。


「ソリタルア神も快くあなた達を受けて入れておられるようですね。信奉する神は違えど、神への信仰心は我々と同じ。神はいたずらに争いが起こることを望まれません」


 なるほど。司祭は俗物だが、こちらは「本物の神父」ということか。


 ――こういうのを目の当たりにすると、確かに神は存在すると信じられるな……

 自分はどうもきな臭い人物の相手ばかりしてきたせいか、信仰心を持ち合わせてはいないが、この状況に少々恥じ入ってしまう。


「ご理解いただき、恐悦です」


 ショウエイが神父に頭を下げると、司祭も我に返ってごほんと咳払いした。


「ま、まあ良いでしょう。それで話とはなんですか?私も忙しい身であるため手短に願います」


 彼もあの火の揺らぎを目の当たりにしたのは初めてなのかなと思いつつ、クライツは一歩前に進み出て静かにお辞儀をした。


「お時間をいただき、感謝いたします司祭様。私はクライツ=ゼムベルクと申します。司祭様にはこの町に現れたという魔物のことをお伺いしたく参りました」

「魔物?」


 ぴくり、とこめかみを引きつらせたのをクライツは見逃さなかった。


「はい。このハイネの町に魔物が現れ教会の依頼によりハンタースギルドの冒険者が討伐にやってきたというのですが、誠でしょうか?」


 クライツが問うと、「ああ、そのことでしたか」と明らかにホッとしたように司祭が言った。


「ええ。もちろんです。私が対応しましたからね。間違いありませんとも。レーヴェンシェルツの冒険者では歯が立たなかったものを、ハンタースギルドの冒険者が討伐して事なきを得たのです」


 すらすらと司祭が淀みなく語るのを、クライツは微笑したまま黙って頷きながら聞いている。この内容は世間一般に教会が公表している内容だ。もちろんクライツだって知っている。


「それはいつのことですか?」

「半年ほど前のことですよ。間違いありませんとも。あの時この町には聖女がいましたからね。聖女を狙って魔物がやってきたのでしょう」

「なるほど……半年前。どのような魔物だったのでしょう?」


 クライツの問いに、それまで淀みなく答えていた司祭が口ごもる。


「……私は魔物に詳しくありませんので、お答えできません」

「おや、そうなんですか?ですが、ハンタースギルドに依頼を出されたのは司祭様ですよね?」


 依頼を出すからには司祭様もご覧になったのでは?と問うと、司祭は一呼吸おいてから、いやいやと首を振った。


「私は見ていません。ギルドに依頼をだす場合は種類を伝えなくても『魔物が現れた』だけで通じるでしょう」


 もちろんその通りだ。

 魔物の種類に詳しいのはギルドの方で、一般人であればどのような姿形のものであっても魔物は魔物だ。

 それで通じる。もっともだ。


「おっしゃる通りです。だがしかし――町の人々に聞いても、魔物なぞこの町で見たことがないと皆さんおっしゃるんですよ」


 これはここに来るまでに事前調査でわかっていることだ。レーヴェンシェルツに正式に抗議されるまで教会側はこの件を重要視していなかったため、辻褄合わせなどしていないことも調査済みだ。

 クライツがハインリヒから押しつけられた仕事のひとつは、この教会の正式発表の正当性を崩すことだ。


「町の人々も司祭様も魔物を見ていないとおっしゃるのでしたら、司祭さまはどうやって町を襲う魔物の存在を知って、ギルドに依頼をされたんですか?」

「そ、それは……」


 既に破綻した内容に、司祭が焦ったように視線を彷徨わせるのを、微笑を浮かべたままクライツは圧力をかける。


「そ、それはもちろんソリタルア神のお導きに他ならない。神は常に我々を見守ってくださいますからな」

「なるほど」


 先程神火の揺らめきを見てなお、この場でそのように言える度胸はある意味すばらしい。

 内心では不敬な男だと叩きながらも、司祭のもっともらしい言葉に理解を示すように大きく頷いてみせてから「そうするとまたわかりませんね」と、はて、とわざとらしく首を傾げて司祭を見やった。


「レーヴェンシェルツの冒険者が歯が立たなかったとおっしゃっいましたが、どちらでそれをお知りに?レーヴェンではこの町に強力な魔物が現れたとの情報もなかったようですし、ましてや遭遇して倒せなかったということであれば、魔物がそのまま町へ出ていたことでしょう。なのに、町には魔物は現れていないようですね」


「そ、それはもちろん、レーヴェンの冒険者が倒れた際に、ハンタースの冒険者がその場に駆けつけたからに決まっておろう!わ、私はそう聞いただけだ」


「ああ、なるほど、そうでしたか。司祭様に雇われたハンタースの冒険者が、レーヴェンの冒険者では歯が立たなかったと証言したのですね。しかし、計算されたようなタイミングですね。いやはや。司祭さまの信心でこの町はタイミング良く救われたということですか」


 素晴らしいことです、と感心してみせるクライツに司祭がむ、と口を引き結ぶ。どこか馬鹿にしたような口ぶりに自然と顔が険しくなった。


「――ところで司祭様は、この町にいたレーヴェンシェルツの冒険者をご存じですか?」


 がらりと口調を変えてクライツが問う。


「……もちろんですとも。ケニス=シグレン。彼はこの町の住人でしたからね」


 少し警戒する素振りを見せながら、司祭は答えた。知らないとは立場的にも答えられない質問だからだ。


「そうです。ケニス=シグレン。レーヴェンシェルツではクラスA等級の冒険者です」


 それが何だ?と無言でクライツを睨み付ける司祭に、クライツは笑顔のまま続けた。


「クラスAという冒険者は、数がそう多くありません。もちろん、クラスSと比較すると多くはなりますが……その彼をして討伐出来なかった魔物を、この国のハンタースギルド登録の冒険者が倒したというのでしょうか?それはかなりの快挙ですね」


 この国のハンタースギルド登録の冒険者で、A級冒険者が何人いるかご存じですか?と問われて司祭は押し黙ったまま答えられなかった。

 もちろん知るわけはない。もっというなら、レーヴェンシェルツのクラスAというものがどの程度強いのかも司祭にはまったくわからなかったのだ。


「カルデラント王国に出現する魔物はそう強くないので、ハンタース登録ではA級冒険者は三人しか居ないんですよ。彼らが討伐を?」


 嘘は嘘を呼び辻褄はどんどん合わなくなっていくものだ。

 司祭はこれ以上話すことの危険性を感じ、緩く頭を振った。


「……私は冒険者や魔物に詳しくないが、等級がすべてではないでしょう」


 苦し紛れにそう答えるに留める。


「もちろんそうですね」


 にこにこと頷きながら、すぐさまクライツが司祭の言葉に肯定してみせたうえでさらに畳みかける。


「では、どの冒険者が討伐を?教会からの要請だというならば、依頼締結時に確認されますから、もちろんご存じですよね?」


 笑顔のまま問いかけるクライツに、司祭は思わず黙り込んだ。

 ふと、クライツの後ろにいる正神殿の使いに目を向ける。

 そこで初めて、彼らがなぜこの場に同席しているのかを疑問に思った。


「……そこまで私が答える必要はないでしょう」

「そうでしょうか?ケニスの遺体は、魔物にやられたにしては綺麗だったとの報告がこの町の医師から上がっています――もっと言うなら、目立った外傷は切り傷と左腕に受けた矢で、そこに塗られていた毒が直接の死因とのことです」


 おかしいですね?とすらりと切り込んできたクライツを、司祭は無言で睨み付けるが、顔色がどんどん悪くなっていくのが見て取れた。

 そわそわと落ち着きがなくなり、視線があちこちを彷徨う。


「わ、私は魔物に詳しくないので……」

「ではハンタースの冒険者の名前を教えていただけますか?でなければ、あらぬ疑いをかけられてしまいます」

「――失礼な!私を疑うなどっ……」


 クライツの揚げ足取りのような質問にいい加減苛ついていた司祭は、大声で怒鳴り返すが、いえいえ、とクライツは何食わぬ顔で否定した。


「司祭様を疑うなどとんでもない。私はただ、ハンタースギルドにレーヴェンシェルツの冒険者を害した疑いが生じると申し上げているのですよ」


 ぐぅと呻いて司祭は黙り込んだ。後ろ暗いところがある教会としては、これ以上この件を深掘りされたくないのが本音だ。


 ――そういえば、この男は何者だ?どこに所属する者なのだ?


 男が名前以外を名乗らなかったことを今更のように思い出して、司祭は一歩後ずさった。


「私にはこれ以上はお話しすることはありません。忙しいのでここで失礼して良いですかな?エルビス神父。あなたも早くお勤めに戻りなさい」


「ああ、これは失礼いたしました。お忙しい中、お時間いただきありがとうございます。非常に参考になりました」


 少し演技がかった態度で胸元に手をやり丁寧にお辞儀をしてみせると、司祭はじろりとクライツを睨み付けてから、隣の神父に声をかけ慌ててやってきた時と同じ扉から礼拝堂を後にした。

 エルビスと名を呼ばれていた神父が、クライツ達の方に一歩進み出てお辞儀を返しながら、そっと呟いた。


「残っている子羊が狙われています。雑貨屋ご主人にもお話しを」


 そう言って袖口からそろりと書類を差し出してくるのを、クライツも黙って受け取って懐にしまった。


「――お心遣い、感謝いたします」

「ケニス殿もリタも、町をとてもよく守ってくれました――このような結果は神もお望みではないはずです」


 クライツ以外には聞こえないような小声でそう告げると、エルビス神父も静かに司祭の後を追って礼拝堂を後にした。

 二人が出て行ったのを確認し、クライツは正神殿の二人を振り返った。


「いかがでしょうか」

「一言一句違えず記録しました」


 ショウエイが静かに告げる。その手には小振りの石が握られていた。

 人の手による改変が効かない、正神殿の記録の石だ。こちらで示されたものは証拠として十分な価値がある。


「最初から最後まで嘘ばかりです」


 アキホが非常に冷めた目で告げる。彼女は人の嘘を見抜く力を持っているという。ここまで冷たいのは、恐らく嘘を語る際に神の名を出したことへの軽蔑だろう。

 クライツは苦笑しながら「外に出ましょうか」と教会を後にした。



 * * *



 シュリーはまず、商店街の人達から話を聞こうと店の建ち並ぶ区域に足を運んだ。シグレン一家は町でも有名人だったというので誰でも知っているはずだ。

 まずはここからと手近な店に入ろうとして、視線を感じた。


 誰かしら?


 そっと相手に気付かれないように視線を感じる方向を盗み見ると、少女達が物陰からシュリーの様子を窺っていた。


 ちょうど聖女と同じ年頃の少女達ね……


 ならば、とシュリーはくるりと振り返り少女達と目を合わせた。少女達がびくりと驚いたように後ずさるので、にっこりと安心させるように微笑んで見せた。


「こんにちは」


 笑顔を浮かべたまま少女達に近寄っていくと、一人の少女がずいと前に出てきてすっと綺麗なお辞儀をした。身なりからして裕福な家庭の子女のようだ。


「こんにちは。わたくし、この町の領主の娘、システィーヌと申しますの。失礼ですが、先程正神殿の方々と一緒にいらっしゃった方ですわよね?」


 期待に満ちた表情には、シュリーに対する警戒心はない。正神殿の使いなど滅多に見ることがないから珍しいのだろう。


「ええ。そうです。申し遅れましたシュリーと申します」

「あの、今お時間少しいただけまして?わたくしたち、聞いていただきたい話がございますの」


 システィーヌの言葉に、後ろの少女達が力強い目で頷きながらシュリーを見てくる。あらあら。これはひょっとして聖女案件かしらとにっこりとシュリーも微笑んでみせた。


「喜んで」

「ではいらして」


 シュリーの答えを聞くとシスティーヌ達はくるりと踵を返し、すたすたと歩き出した。シュリーも後に続く。

 案内されたのは小さなカフェで、可愛らしい内装を見るにターゲットは少女達で男性が足を踏み入れることはあまりなさそうだ。

 少女達が内緒話をするにはちょうどよい店なのだろう。店主もシュリーと変わらない年齢の若い女性だった。


「正神殿の方と一緒に来られたということは、聖女の関係でよろしいかしら?」


 頼んでいた紅茶を一口飲んで一息ついてから、システィーヌがずばりと確認してきたので、シュリーは微笑んで肯定を避けた。


「何か気になることがおありですか?聖女を輩出したとなると、この町にとっても名誉なことなのでしょう?」


 彼女達がどう考えてどのような立場で接触してきたのかわからない以上は、当たり障りのない世間一般の感想を述べるにとどめおく。

 少女達はため息をつきながら頭を振った。


「リタは確かに見た目も美しく気高く、そして何よりとても優しい、まさに聖女に相応しい女性ですわ。わたくしたちも心からそう思います……ですが」


 ほう……とリタのことをうっとりと語りながら、きりりとまなじりを釣り上げた。


「今回のことは納得いきません。教会関係者がリタのお父様のケニスを害し、弟達を人質にリタを連れ去ったというじゃありませんか!」

「そうですわ。リタ様を教会に閉じ込めようなどと馬鹿げています」


 まったくですわ!と憤慨気味に話す少女達は、教会が発表した内容とは別にある程度の真実を把握しているようだ。


「そのお話しはどこからお聞きに?」

「あら。町の者なら誰でも知っていますわ。エルビス神父さまと父が話しているのをわたくしも聞きましたもの」


 ハイネの町の領主と神父が話していたのなら、この町の住人は教会本部よりもこの町の神父の言葉を信じていることになる。


 ――どうやら教会はハイネの町まで敵に回してしまったようね……


 これは証拠集めは存外スムーズかもしれないと思い、この機に少女達から詳しく聞くことにした。


「レーヴェンシェルツが今回の件で、教会に正式に抗議を行いました。もちろん教会は反論していますので、その裏付け捜査の一環で中立の立場となる正神殿の方と一緒にこの町に来ています。色々お伺いしてもよろしいですか?」

「まぁ、やっぱり!ぜひぜひ聞いてくださいな」

「リタ様を助けてくださいませ」

「あの司祭様をぎゃふんと言わせてください」

「そうですわ!あの司祭がいけないのです」


 少女達がぷんすか怒りながら、司祭の容姿から態度からいやらしい目つきだとか次々に気に入らない点をあげつらうのを聞きながら、シュリーは事前調査の内容を思い出す。


 半年ほど前にこの町に着任してきたフェリモ司祭は、元はカルデラントの南西部の街の司祭だったが、そこでシスターや信者の女性に手をだしたり、商人から賄賂を貰って色々融通を利かせたりと問題を起こしていたことが発覚し、司祭を解任された。身分を剥奪されたり懲罰を受けたりしなかったのは、どうやら教会本部に強力なコネがあり、事件をなかったことにしてこの町に着任してきたようだ。

 この町の教会は元々エルビス神父と数人のシスターで切り盛りしていたのだが、着任早々好き勝手やっていたらしい。


「そもそもリタはフィリシア様の聖女ですわ」

「わたくし達も常日頃からソリタルア神を敬う心は持っておりますが、女性の味方だというフィリシア様にもやはりお祈りを捧げたいと思いますもの」

「リタ様があんなに心酔されているのですもの、さぞ素敵なお方に違いありません」


 少女達の口から、今回の確認事項でもある人物の名が出て、シュリーはきらりと目を光らせた。


「そのフィリシア様について教えていただいても? みなさんはお会いしたことはないのですね?」

「フィリシア様はリタの夢にのみ現れる女神様ですわ!」

「実際には聖女様だとお聞きしていますが、女性の味方なのです」

「白磁の肌にストロベリーブロンドの髪がふわりと揺れ、淡い燐光を帯びた翠の瞳がとても神秘的なんですって」

「そのお声は凛としながらもお優しく、一度聞いたら耳から離れないほど心に深く染み渡るそうですわ」

「言葉だけで適当に誤魔化す方々と違って、とにかく実行される方なんですって。男性顔負けに色々な事業を行ったそうですわ」


 少女達が目を輝かせながら、実在しないはずのフィリシアのことを次々と語っていく。ある意味凄い。聞いていればシュリーもついうっかり実在するのかと思ってしまった。


「わたくし、フィリシア様はもちろん見たことがありませんが、リタもとても神秘的なのです」


 うっとりとシスティーヌが頬に手を当てそう告げると、他の少女達もため息をつきながら同意する。


「リタ様が治癒魔法を使うお姿は、柔らかい黄金色に包まれますの。瞳も藍色から燐光を帯びて……ふわりと広がったリタ様の金糸と相まって、それはもう見事ですのよ」

「リタ様はわたくし達女性の味方なのですわ。洗練された身のこなしにあのお強さ……もうここいらの殿方など太刀打ち出来ません」

「わかりますわ!リタ様自身が、フィリシア様のようですもの」


 ほわあ……と少女達のうっとり夢見心地の雰囲気に当てられて、シュリーは少々たじろいだ。


「――だというのに」


 突然システィーヌが顔をしかめてうって変わった口調で呟いた。


「あの司祭が余計なことを。汚らわしい目でリタを見ていたことを、わたくし生涯許しませんわ」

「ええ、ええ。そうですとも。あの目を潰してやろうかと思いましたわ」

「わたしはリタ様の腕を掴んだあの手を切り落としてやりとうございます」


 物騒な言葉が並んで先程とのギャップが凄い。ふと店奥を見ると、女主人までもがうんうんと頷いて同意しているのがわかった。


 ――この町の女性陣を確実に敵に回しているわね……


「とにかく!リタのためでしたら、わたくし達、なんでもやりますわ!どうかリタを助けてくださいませ」

「「お願いします」」



 * * *



 クライツが町の定食屋でショウエイ達と昼食を取った後、ケニスが教会の者とやり合った現場に向かっていると、幾分疲れた様子のシュリーが合流した。

 デルは隠密活動中だ。


「シュリーちゃんお疲れですし~」

「何かありましたか?」


 シュリーは優秀なノクトアドゥクスの構成員だ。ここまで疲れた顔を見せるのも珍しく、クライツは想定外のことでも起こったかと視線を鋭くした。


「いえ……問題ありません。フィリシアなる人物の話も、治癒術を使う時に黄金を纏うことも確認がとれました。そちらの首尾はどうですか?」


 シュリーが問題ないというのであれば大丈夫なのだろう。クライツはそれ以上問わずに、こちらの首尾は上々であることを告げる。


「では後は……」

「現場を確認することと、どうやら七人兄弟の一人、四男のフィーアはこの町に隠れているようです。彼を保護しておきましょう」


 ここハイネで情報を掴めればと思っていたが、一人ここに残っていたとは思わなかった。だが確かに上手い考えかもしれない。町の人々が味方であれば、散り散りになった兄弟達と連絡を取るには、この場を拠点にした方がやりやすい。


 ――長男くんと打ち合わせていたのかな。なかなか優秀だ。


「誰かついてきていますし~」


 町外れに向かって四人が歩いていると、小声でアキホが呟いた。


「一人……お子さんですしシロウトさんですしね~」

「……ならば放置しておきましょうか」


 子どもというのなら、ひょっとしたらフィーアかもしれない。ならば手間も省けるし、違っていても現場の確認は特段見られて困ることはない。クライツ達は尾行者をそのままに町外れから森の中に入っていった。


「確かこのあたり……ですかね。医師の話によると」


 教会の連中とやりあって、毒矢を受け子ども達を逃がし、しかしケニスはすぐに亡くなったわけではない。教会の追っ手を何人か倒し力尽きたという。


「半年も前でしたね」


 ショウエイがぼそりと呟きながら懐から巻物を取り出し開くと、中から小さな何かがふわりと飛び出して周囲をぐるぐる回り出す。


「うわっ!」


 途端に子どもの驚く声が横手からあがった。

 付いて来ていた子どもだろう。

 ぴょん、とアキホが声の方に飛んでいくと、ひょいと少年の首根っこを捕まえて戻ってきた。


「この子だけですし〜」

「うわっ、離せっ」


 言われてアキホはぱっと手を離した。いきなり離された少年はどさりと地面にお尻から落ちることになった。


「いてっ」


 いてて……とお尻をさすっている少年を見ながら「君がフィーア=シグレンだね?」とクライツは確認した。聞いていた特徴と合致する。

 フィーアはさっと体勢を整えると、クライツ達を用心深く見回しながら尋ねた。


「……あんた達、ここに何しに来た?」

「ちょうど良かった。医師の話によると、君はケニスと教会のやりとりを見ていたね?場所はここで合っているだろうか」

「……」


 無言のまま睨み付けてくるフィーアに苦笑してみせながら、


「大丈夫。私達は教会関係者じゃない。どちらかというとレーヴェンシェルツ側の人間かな。お姉さんの味方だよ」

「……本当に?」


 なおも疑わしそうに問いかけてくるフィーアに、笑顔で頷いてみせた。


「教会の揚げ足取りにきているんだ。だから協力して欲しい」

「……実際に父さんと教会の連中がやりあったのはもう少し先だ。ついて来て」


 フィーアは小さく頷いてそう告げると、先に立って歩き出した。

 少しいくと先程より開けた場所になった。半年も前なので何も残されてはいないが、場所が特定できれば色々変わってくる。

 ショウエイは巻物から呼び出した小さい物を周囲に飛ばすと、キョロキョロと様子を窺う。


「半年前……この辺りなら……変わっていないはず……もう少し大きく——」


 何やらぶつぶつと呟きながら周囲を歩き回る。

 シュリーがそっと近寄ってきた。


「クライツさん、あれは何をやっているんですか?」


 同じく不思議そうにショウエイを見守っていたフィーアも、シュリーの言葉を聞いてこちらに近寄ってきた。


「私も初めて見ますが、記録媒体を探しているのだと思います。正神殿にはその『場面』に存在していればそこに残った記憶を映写する神器があるそうですよ」

「残った記憶……?」

「一番良いのは石ですね。次いで植物。ですが、植物は成長するので記憶は残りにくいと言います。また、地面に植えた状態で確認する必要があるので、このような森の中にある木は難しいでしょう」


 ただ、ここには岩は少しありますが、石はなかなか見当たりませんね、というクライツの言葉に、しばらく考え込んでいたフィーアだったが、すぐに立ち上がると腰のポーチから一振りの剣を取り出した。


「これ、父さんの剣だけど……これでは駄目か?」


 鞘のない抜き身の状態の剣を水平に持ち、ショウエイに差し出す。ショウエイは無言でそれを受け取ると、そこに小さい物がふわりと絡まった。


「……うん。いいね、これなら問題ない」


 しばらくじっとそうしていたショウエイが、こくりと頷いて小さい物を消すと、フィーアを見返した。


「これ、預かってもいいだろうか」

「姉さんや兄弟を助けることが出来るなら、お渡しします。お願いします!」

「うん。預かるよ」


 ぺこりと頭を下げるフィーアに、ショウエイが真摯に応えると、そっと巻物の中に剣を仕舞い込んだ。


 ……あの巻物は空間魔法的なものと同一なのか。正神殿は独特だな。


 初めて見る形に内心の驚きを隠しながら、クライツはフィーアを見た。


「改めて、私はノクトアドゥクスのクライツ。こちらはサポートのシュリーと、このお二方は今回のために特別に手を貸していただいている、正神殿のショウエイ殿とその護衛のアキホさんです」


 初めまして、とシュリーが頭を下げると、アキホは手を振りショウエイは軽くお辞儀をした。フィーアもすっと背筋を伸ばして四人に向き直った。


「四男のフィーア=シグレンです。どうか姉と兄弟を助けるために力を貸してください!」


 がばりと音がするほど勢いよく頭を下げるフィーアに、アキホがよしよしと頭を撫でた。


「だいじょぶですし〜。ヒミカ様は、今回梟さんの味方につくって言ってますし〜君も安心するといいですし〜。……君の髪撫で心地いいですし〜……」


 なでなでなでなでと何度もフィーアの頭をなで回しているアキホを、ショウエイが後ろからばしりと叩いた。


「いたいけな少年を苛めるな」

「苛めてないですし〜!」


 途端に二人が喧嘩を始めたので、クライツはとりあえず放っておいてフィーアの肩を叩いた。


「とりあえず、我々と一緒に来て下さい。大丈夫。他の兄弟もいますよ」


 その言葉にぱっとフィーアが顔をあげた。


「みんな?本当に?」


 目を見開くフィーアに、クライツは人差し指を口許にあてウインクしながら、ハインリヒから聞いた魔法の言葉を口に乗せる。


「『今夜はグラトーフェ』――君のお姉さんリタ=シグレンからの伝言ですよ。ミルデスタに全員集合、です」



投稿失敗していました…

今回で毎日投稿を断念いたします。

次回は木曜日ぐらいに、聖女と剣聖の方を。

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