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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第一章

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(九)集う者達3



「最初から傷ついてるって言ってんだろ〜!?」

「こんないい加減な物を売りつけようってのか、ああ!?」


 奥にいても聞こえてくる、ガラの悪そうな男達の怒鳴り声に売上の帳面を付けていたトレは顔を上げた。

 店先が見える窓に視線を向ければ、想像どおり冒険者の男が三人ほど男性店員にケチを付けている。


 またか。懲りない連中だな。


 難癖をつけて返金させようとしたり、使用済み商品を新たな商品と交換させようとする冒険者が、トレの知る限り毎日のようにやって来る。いずれもハンタースギルドのランクの低い冒険者達だ。

 店側も頑として応じないが、彼らは要望が通らなくても、嫌がらせのように毎日人を替えやって来る。冒険者向けの道具から一般向けの服飾雑貨までを幅広く扱うこの店の客は冒険者だけではない。連中が押しかけて来る事で、一般客の足が遠のいてしまい店の売上に響くのだ。

 ハンタースギルドの支部に苦情を申し立てても、店の対応が悪いだけだろうと取り合ってすらくれないという。あまりに酷い時は領主の警備兵やレーヴェンシェルツの支部に護衛の依頼を出すこともあるそうだ。

 トレ達のいたカルデラント国では、ハンタースよりもレーヴェンシェルツの方が支部の規模が大きかったので、このようなハンタース冒険者達の暴挙は見たことがなかったが、ここミルデスタではよくあることだと近隣の店関係者からも聞き及んでいる。

 今日も今日とてやって来ては追い出されたが、最近は彼らがこの店に難癖をつけにくる回数がめっきり減っていた。

 何故なら。


「ごめんね〜、お姉さん達! 怖かったでしょう? お詫びに僕がお姉さん達に似合うアクセサリーを見繕うよ!」

「本当? シスくんの見立ては素敵だから嬉しいわ!」

「私もお願いしたい!」

「もちろん、任せてよ! あ、そこのお兄さんも! お兄さんにもバッチリな商品があるよ!」 


 弟シスの猫を被った調子の良い声が聞こえてきて、トレはふうとため息をついた。


 あいつもよくやるな。


 兄弟の中で一番愛想がよく、あざといのが六男のシスだ。自分の魅せ方を心得ていて相手を上手く誘導する。おまけに何故かセンスがいいので、街の女性陣や無骨な冒険者にも各々に合うコーディネートを見繕うのが得意で、今やシスの意見を聞きたいという客がこの店に詰めかけることが多い。

 そのためタチの悪い冒険者がやって来ても、レーヴェンシェルツの冒険者が買い物していることも多く、彼らも騒ぎを起こしにくくなっていたのだ。


 こういった商売の売り子には向いているかもしれないな。

 トレは帳面を付ける手を止めることなく冷静に考える。

 少なくとも三つ子の一人、五男のサンクよりは店の役に立っている。


 サンクは寂しがり屋の泣き虫で、あの事件の後も一人ずっとぐずぐず泣いて皆を閉口させたが、サンクが泣いていたからこそ、周りは強くあれたのだとトレは思う。そうでなければ長兄アインスがいない中、自分たちだけではこんな待遇を掴めていないだろう。


 トレたちシグレン家の四兄弟が、マーリン王国のミルデスタに辿り着いたのはまったくの偶然だ。生まれ育ったカルデラント国のハイネから国を三つも越えている。いくらなんでも離れすぎたと、今後他の兄弟と無事会えるのかをトレは心配しているが、まったくの成り行きなので仕方がない。


 あの事件の時、まず父が教会の追っ手を足止めして自分達を逃がした。

 リタが町の司祭に呼び出されて教会に出かけていた時だ。

 最初は話し合いでなんとかなるとリタは考えていたようだったが、父はそんな姉に「隙を見て逃げろ。こっちも逃げる。もうここに戻るな」と旅支度をさせて送り出していた。


 長兄アインスが一番体力のなかったシェラを抱えて逃げる最中、フィーアが狩猟用に仕掛けていた罠を使い追っ手の足止めを行った。

 力だけはある双子の兄ドゥーエが、サンクを背負い逃げるのを補助するため、トレは魔法による目くらましを行いながらシスの手を引きドゥーエの後に続いた。


 ――だから、アインス達がその後どうなったのかトレ達は知らない。


 フィーアはあまり喋らないが、賢く強かだ。一番父に似ていると言っていい。アインスもこの春には父の元で冒険者登録をすることになっていたぐらい鍛えられていたから、上手く逃げたと信じたい。聖女が見つかったと話題には上がっていないから、リタも上手く逃げている筈だ。


 リタ姉さんは変な病気さえでなければ、そうやすやすとは捕まらないと思うけど……

 奇しくもアインスと同じ心配を抱きながら、トレは黙々と作業を続ける。

 街道を避けて進むトレ達を拾ってくれたのは、ミルデスタに店舗を構えるノーザラント商会の荷馬車だった。


 近道となる街道から外れた道を進んでいた荷馬車が、狼型の魔獣の群れに遭遇していたのを、荷馬車の護衛をしていたレーヴェンシェルツの冒険者と共に追い払った実力と、四人が家族を探して旅をしているとの話に大いに同情を誘った結果だ(シスが大いに活躍した)。

 道中の店や関所での値切り交渉と頭の回転の速さを買われ、トレとシスがこのミルデスタの店の手伝いをすることを条件に、兄弟四人の衣食住を賄ってもらっている。


 ――もうここにきて五カ月になるけど、目ぼしい情報は何も集まっていない


 ここに来てから、それとなくレーヴェンシェルツの支部に赴き、ギルドの職員と顔繋ぎをしてはいるが、まだ行動は起こしていない。リタに指名依頼をかけてみれば、リタの状況を掴むことは出来るかもしれないが……


 ――リタ姉さん、あれでクラスAだから高いんだよね……


 逆にそこがネックになっていた。

 それに。

 整理を終えた帳面と書類をトントンと揃えながら、トレは考える。


 指名することでリタの居場所が公になる心配もある。


 父の件がどのように扱われているのか、トレの耳には入ってこないが、あれから色々と教会のことを調べてみて、碌なことにはなっていないだろうと思っていた。

 店面のカウンター奥で作業をしていたトレは、書類と帳面を持って店奥の支配人室に向かった。


「サイジさん、終わりました」


 店の支配人であるサイジに書類と帳面を手渡すと、サイジはパラパラとそれを見て満足そうに頷いた。


「さすがトレ。早くて正確ですね。ありがとうございます」

「他にはありませんか?」

「はい。今日お願いしたい分はこれで終了です。上がってもらっていいですよ」

「ありがとうございます」


 ぺこりと丁寧にお辞儀をしてから、サイジの元を辞そうとして、およそ大店とは無縁のドタバタという足音が近づいてくるのに気づいて、トレは頭を抑えた。


「……すみません。叩き出します」


 何度注意しても改められない兄のドゥーエに違いない。


「……お手柔らかにしてあげてください」


 どちらかという逆ではないかと思うサイジの台詞だが、トレを怒らせると非常に怖いことは店の者なら誰でも知っている。当初トレの優秀さに嫌がらせをした他の従業員が、もう二度としませんと真っ青な顔で土下座して謝罪を行ったのは、従業員たちの心に深く刻まれている。

 そのトレを何度も怒らせて平気でいるのだから、双子とはいえドゥーエも中々の剛の者だと店では認識されている。


「大変だ、トレ!」


 そのドゥーエは、常とは違って焦った様子でサンクを伴い支配人の執務室に飛び込んできた。

 ばちっ!とそんなドゥーエの頭に雷が落ちた。


「いてぇっ!」

「騒ぐなと言ってる」

「でででででも、トレにいちゃん!本当にたいへんで……」

「それとこれとは話が別だ。ここをどこだと思っている?山野でもなければうちの家でもなく格式のある商家の支配人室だ。どのような事情があろうとも騒ぎを起こす理由にはならない」


 ぴしゃりと低く冷たい声で言い放ったトレに、サンクの目にはぶわっと涙が浮かんだ。


「ごごごご、ごめんなさいぃ……」


 べそべそと泣き出したサンクの顔を、サイジがそっとハンカチで拭ってやる。あまりに放置しておくとサンクはいつまでもいつまで泣き止まないのだ。

 その後ろから二人を追ってきたらしいシスが、こちらも幾分慌てた様子で店主のノーザラントと一緒に部屋に入ってきたのを見て、トレも表情を改めた。


「レーヴェンシェルツがクラスA冒険者ケニスを害したことについて、教会に正式な抗議を行った。」

「!? ギルドが教会にですか?」


 サイジがノーザラントの言葉に驚いて問い返す。


 ギルドは冒険者保護のため、所属の冒険者が理不尽な扱いを受けた場合は厳重に抗議を行う。レーヴェンシェルツほどの格式あるギルドに睨まれることは、たとえ国であっても非常に痛手となる。何故なら、レーヴェンシェルツの上層部には、ルクシリア皇国、ノクトアドゥクス、正神殿と世界に影響を与える組織が関係しているからだ。また、レーヴェンシェルツを怒らせたということで、各国の商人達からも忌避されるようになるのだ。商品を運搬する際の魔物や盗賊対策として冒険者を雇うことが多い商人達は、レーヴェンシェルツの質の良い冒険者を雇うことが多い。古く大きな商会ほど、レーヴェンシェルツに依頼するのだ。


 だが、それは国や街、商会などの組織であって、教会はまた別だ。

 ギルドが牙を剥くには相手が悪すぎる。



 * * *



 この世界には大きく二つの宗教組織が存在する。

 ひとつはソリタルア神を唯一神とするソリタルア神教。教会と呼ばれる組織はすべてこのソリタルア神教を指している。原初の火を戴き火を神聖なものとして扱い、ソリタルア神から授けられた浄化の力を使うことができるのが「教会の聖女」だ。


 もうひとつの神殿は、元は「正神殿」だったものが、枝分かれしたものだ。

 神の宿る神器を祀り守るという点に違いはないが、神器に認められた神子を中心とした組織が「正神殿」、神器は扱えないが、浄化の力を授けられた巫女を中心とした組織を「神殿」という。

 どちらも古くから続く信仰であり、信者も多い。


 ――ただ実のところ、「聖女」と「巫女」に違いはないと世間一般では言われており、浄化の力を持った者が現れれば、教会と神殿で壮絶な争奪戦が行われていることは、古より周知の事実となっている。


 それらと一線を画すのは「正神殿の神子」のみである。

 神子は、神子自身にはなんら力はないのだが、神器を介して様々なことを行う事が出来るので「神の愛し子」とも呼ばれ、聖女や巫女と異なり、実際に神と意思疎通を行える点で大きく異なる。


 もちろん教会はそれらの神など決して神として認めてはいないが、表だって敵対することはないし、神殿は正神殿が動けばそれに従い、決して逆らうことはない。

 もっとも、正神殿は世俗には関わらないことが常なので、世間一般に「神殿」と言った場合はこちらも正神殿ではなく下部組織の神殿を指している。


「教会への抗議はレーヴェンシェルツには利がないように思います。どうして今頃?」


 トレの質問に頭を押さえてうずくまっていたドゥーエが「なんで!?」と立ち上がった。


「だって、とーちゃんを殺したんだぞ!?文句言って当たり前だろ?」

「一介の冒険者の件で喧嘩を売るには相手が悪すぎる。……これ、姉のことも公にされているんでしょうか」


 ドゥーエとは異なり非常に冷静に問い返すトレに、ノーザラントが静かに頷いた。


「『教会の聖女と誤った認定を行い、その家族を害したことに厳重に抗議する。教会は速やかに過ちを認め罪人を処罰し、今後一切シグレン家の者に近づかないこと』――との声明がでている」


 ノーザラントが差し出した文書を受け取り、そこに書かれている内容がノーザラントの言葉に違わないことを確認してトレは思わず顔をしかめた。


 ……これはまずい。


「じゃあこれで教会から隠れなくてもいいのか?ねーちゃんとも一緒に暮らせるようになるんだな!」

「本当?またみんな一緒に暮らせる?」

「そんなことあるわけないでしょ」


 わあ、と無邪気に喜ぶドゥーエとサンクに、シスが厳しく言い放った。


「こんな内容、嘘だって言うに決まってる。そんな簡単にすむなら父さんがあんなに必死になって僕たちを逃がすわけないだろ」

「だって……」

「世の中そんなに甘くないんだよ」


 シスが脳天気な兄達に厳しい現実を突きつけているのを横目に見ながら、トレはしばらく目を閉じて事態を整理する。


「……ギルドに行こう。ここにいたら迷惑がかかる」

「そうだな。私もそれがいいと思う。レーヴェンシェルツが公に抗議したならば、ギルドはお前達を匿ってくれる筈だ。ここにいたらいつ教会関係者が乗り込んできて連れ去られるかわからない」


 ありえる話だ。恐らくそうなる。


 決断するとトレの動きは速い。


「ノーザラントさま、サイジさん。今までお世話になりました。ノーザラント商会の方に助けていただかなければ、立ちゆきませんでした。このご恩はいずれお返しします」


 二人に丁寧に礼をのべて頭を下げるトレに倣って、シスが二人の兄の頭を下げさせ自身も頭を下げる。


「こっちも色々助けてもらった。トレやシスは正式に雇いたいぐらいだ」

「ええ、本当に。事態が落ち着いて許されるなら、ぜひ戻ってきてもらいたいぐらいです」


 ノーザラントとサイジが相好を崩しながら答え、だがすぐに厳しい表情になった。


「十分に注意しろ。何かあったらうちを頼れ」

「ありがとうございます」


 心から感謝の気持ちを込めて深々と一礼すると、すぐさま兄弟を振り返った。


「すぐ出るよ」

「え、まだ荷物――」

「大事な物は僕とシスが持ってる。ぐずぐずしている暇はないよ」


 え、え、と事態が飲み込めない二人を引きずるようにシスとトレが執務室を後にする。部屋を出る前にトレはくるりと二人を振り返り、深々と頭を下げた。



 * * *



 なるべく目立たないように速やかにミルデスタのレーヴェンシェルツギルドを訪れた四人は、すぐさま支部長室に案内された。トレは荷馬車で一緒になった冒険者にも、ギルド職員に顔繋ぎをしていた時にも自分達の本当の名前も何も伝えてはいなかったが、この動きを見るに自分達の居場所は正確に伝わっていたらしいことをトレは確信する。

 通された部屋には、いかにも元冒険者という体格の良い白髪混じりの老人と、ギルド職員の制服を着た中年の男性、それから黒いスーツに身を包んだ同じく中年の男性がいた。

 三人の姿を認めて、トレはこのスーツ姿の男から目が離せなかった。


 ――ギルド職員じゃない。なら誰だ?


 トレが訝しんでいることに気づいたのか、男は薄く笑った。


「お前さん達がケニスの息子達か?」


 老人が立ち上がって問いかけてくるのに、トレが一歩前に進み出て頭を下げた。


「三男のトレ=シグレンです。次男のドゥーエに五男のサンク、六男のシスになります」

「おう。儂はこのミルデスタギルドの支部長、ゴルドンだ。こっちは副支部長のカーン」


 まあ座れ、とソファを示され四人は大人しく座る。ゴルドンの前にトレが座りながら、ちらりと紹介されなかった男を見やる。男は微笑したままだ。


「まずは、今まで手を貸してやれなくてすまなかった。ここまで来るのは大変だったろう」

「なん――っぐ」


 ゴルドンの謝罪に口を開きかけたドゥーエの腹をトレが殴って黙らせると、シスが素早くドゥーエを抑える。ちなみに、トレ、ドゥーエ、シス、サンクの順に座っているのは、余計なことをする兄達をシスがトレの指示で抑えるためである。


「教会相手ではギルドが公に対処出来ないことは心得ています。カルデラントのギルドには助けていただきました」


 何事もなかったかのようにトレが答えるのを、カーンが苦笑し、ゴルドンは頷き返した。


「聖女案件は非常にデリケートだ。なにせ、教会も神殿も引かぬからな。面倒なので本音ではギルドは関わりたくはない」

「支部長!」


 繕わない言い分に慌ててカーンが止めに入るが、トレはドゥーエを制して頷き返して理解を示した。


「いえ。おっしゃることはもっともだと思います」

「何言ってんだよ、トレ!」


 がばっとシスとトレの制止を振り切り立ち上がって怒鳴ったドゥーエを、トレがジロリと睨みつけた。


「す・わ・れ」

「……ぐぬぬぬぬぅ……」

「はいはいはいはい。ここはトレ兄さんに任せてドゥーエは座って。ほら、サンクもそれ以上泣くなよ」


 シスがドゥーエの袖を引っ張りソファに座らせると、ハンカチを反対側のサンクの顔に押し付ける。サンクはハンカチを握りしめて口元に押し当てた。


「失礼いたしました」

「いや、こちらの方が君達の気持ちも考えずに酷いことを言っているからね」


 ごめんね、と謝るカーンにトレが頭を振って問題ないことを示す。


「……だからこそ、今回のことはわかりません。なぜ今頃このような抗議を正式に行ったのでしょうか」


 トレはそう言って、向かいに座る面々を順に見やった。最後にスーツ姿の男性で視線を止める。

 ギルド支部長がこう言うのであれば、今回の主導権を握っているのは彼だと思ったのだ。

 男は微笑を浮かべたまま、トレの視線を受け止める。カーンも横眼で男を伺うが、男は何も話す気配はない。沈黙が続く中、ゴルドンがはあ、と大きなため息をついた。


「……ちゃんと説明してやれ、ハインリヒ」

「ふむ……君もたまには頭を使った方がいい。面倒ごとはすべてカーン君に任せきりなのだろう?」


 どこか揶揄うように告げるハインリヒに、むぐ、とゴルドンが苦い顔をして黙り込んだ。


「まぁ、君に任せているといつまでもトレ君に納得してもらうことが難しそうだな――ところで、今君達の父の死はどう扱われているか知っているかね?」


 ハインリヒに尋ねられ、トレは少し考えてから「事故死……でしょうか」と答えた。

 その答えにふふ、とハインリヒが笑った。


「魔族に殺されたことになっている」


 ゴルドンが苦い顔をしたまま答える。


「なんで魔族!?そんなの町に来たことない!」

「来たのだよ。聖女を消しにね」

「……そういう名目で、教会はリタ姉さんを保護しようとした、ということですね」


 ありえそうなことに暗澹たる思いを抱くが、問題はそこではない。そうであれば、なおさらギルドの抗議は危険になる。


「……やはり利が見えません」

「そうかね? 魔族は聖女を狙ってハイネの町に現れ、聖女を保護するために教会はハンタースの冒険者と共にハイネの町を訪れ、魔族を討伐した――という話が明日には発信されるだろう」


 続いた言葉にハッと顔を上げてハインリヒを見た。

 この街でも感じた、ハンタースギルドの台頭。彼らは横暴で街の商店主が困っているのはノーザラント商会にいたトレもよく知っている。


「目的はハンタースギルドですか?」


 トレの言葉にカーンが驚いたように目を見開き、ゴルドンがむむぅ、と低く唸った。


「ふむ。ゴルドンよりも頭が回るようだな――その通り。レーヴェンシェルツとしてもここいらで教会とまとめて叩いておく必要があると感じているのでね」


 うっそりと笑うハインリヒからは静かな殺気も感じられて、トレはごくりと唾を飲み込んだ。


 確かに、教会の筋書きは父にとって非常に不名誉だ。このような仕打ちを受けるなど自分達は到底許せない。

 何も知らずに聞けば、()()()()()()()のだ。これを覆すにはよほど強力な何かがないと難しいはず。


「そこでひとつ確認したいことがあるのだが良いかね?」

「は……。なんでしょうか」


 ハインリヒは首を傾げてトレたち兄弟を順に見た。


「フィリシアとは誰だか知っているかね?」


 よく聞き知った名前がハインリヒの口から出てきて、トレ達兄弟は思わず顔を見合わせる。このような場所で聞くとは思わなかった名だ。


「フィリシアって……リタ姉さんから聞いたんですか?」

「フィリシアさまは、おねーちゃんの女神さま!とっても綺麗で優しい人」

「困ってる女の人を助けるために、安心して働く場所を作ったりしてくれる、本当は聖女なんだけど女の人にとっては女神さま、ってリタ姉が言ってた」

「フィリシアさまを手伝うのがねーちゃんの仕事だって言ってたな」

「おねーちゃん見習いなんだよね、フィリシアさまの」


 次から次へと兄弟たちから紡がれる言葉をハインリヒは微笑を浮かべたまま黙って聞いている。

 トレも黙ってそれらの言葉を聞きながら、何を求められているのだろかとハインリヒの思惑に考えを巡らせる。意味もなくこのようなことを聞いている訳ではないはずだ。


「すべてリタ姉さんの夢の話です。現実にはリタ姉さんも僕たちも会ったことはありません。――ただの夢と言い切るには一貫性があり、現実的なんですが……」


 慎重に皆の言葉をそのようにまとめると、ふと、ノーザラント商会で耳にした抗議文の内容を思い出した。


 ……まさか。


「……そんな突拍子もない主張が通りますか……?」


 トレの言葉にピクリと眉を動かすと、ハインリヒはにやりと笑ってみせた。


「ふむ……非常に興味深い。姉もクラスA冒険者として十分な素質が伺えたが、頭の回転だけをみれば君の方が上かもしれないな」

「おじさん、おねーちゃんに会ったの?」


 ハインリヒの言葉にサンクが驚いて立ち上がる。


「おねーちゃんどうしてた?ちゃんとご飯食べて笑えてた?怪我してなかった?」


 矢継ぎ早に問いかけてくるサンクに、ふむ、と頷いて見せながら、ハインリヒは微笑んだ。


「自分のペースを崩すことなく上手くやっていたようだ。追っ手がすぐそばにいると知っていながら、悠々と女の子たちが集う店でケーキを頬張る余裕はもっていたな」


 思いの外優しげな口調ではあったが、告げられた内容にトレは思わずがっくりと肩を落とした。


 ……なにやってるの、リタ姉さん……


 まあ、その話を聞く限りではリタは元気でやっていそうだ。


「リタ姉らしいや……」


 シスも呆れたように笑いながら呟く。

 リタに限ってとは思うが、父だって多勢に無勢でやられたのだ。教会が手段を選ばなくなれば危険なことに変わりない。


「――ギルドでリタ姉さんを保護していただくことは可能なんですか?」


 今回の抗議できっと状況がこれまでと変わってくる。今までとは追っ手の種類が変わってくるかもしれない。


「彼女は今回の主人公だ。どのような状況になろうとも、舞台に上がらねば閉幕もしないのだよ」


 ……それは保護とかではなく、利用するということだろうか。


 慎重にハインリヒの言葉を吟味しながら、トレは頭をフル回転させていく。ここで一番重要なことはなんだ?


「――ハインリヒさんは、リタ姉さんの味方なんですか?それとも……」


 レーヴェンシェルツの味方なのか、とここで言葉を続けることは憚られてトレは口をつぐんだ。

 だがハインリヒには正しく伝わったようで、彼は非常に満足そうに微笑しながら頷いた。


「私の立場的にはどこの味方でもない。今はレーヴェンシェルツ寄りであることは否定しないがね。――だが個人としては、リタ=シグレンの味方につくことを彼女と約束している」


 ――この答えで満足かね?


 と目で問うハインリヒに頷いて返しながら、結局彼の正体は知れない。 

 彼はレーヴェンシェルツのギルド長でもないわけか……

 彼自身がリタの味方であるならば、リタを利用したとしても最後には助けてくれる筈だ。ならば信じてもいいだろう。トレはそう判断した。


「ありがとうございます。僕たち兄弟は、あなた方の指示に従います。どうかよろしくお願いします」


 立ち上がってそのように述べ、頭を下げるトレを見てシスも両隣の兄達を慌てて立たせてトレに倣う。


「よろしくお願いします!」

「お、おねがいします」

「へっ……?お願いします……??」


 兄弟達の力関係が非常によくわかる対応に、副支部長のカーンが苦笑した。


「とりあえず君たちには、事が落ち着くまではギルド内の宿泊所に滞在してもらうことにしているよ。ノーザラント商会や街中では何が起こるか読めないからね」


 カーンの言葉にトレが頷く。


「承知しています。商会にはここに来るときに戻らないことをお話ししていますので問題ありません」

「ふむ。君は本当に優秀だな――よろしい。今後について少々私と話をしよう」

「なにっ」「えっ」


 ハインリヒの言葉に驚きの声を上げたのはゴルドンとカーンだ。その驚きぶりにトレの方が面食らう。彼らが驚く要素がどこかにあっただろうか。


「秘密主義で人を振り回すのがお家芸のお前が、わざわざ今後のことを話すだと……!?」


 口には出さないがカーンも同じ思いなのか、ゴルドンの言葉に静かに頷いて同調している。

 二人のそんな様子にハインリヒは呆れたような視線を向けた。


「何がどう重要か説明されなければ、ましてや説明しても理解しないような相手に話す価値があるとでも?」


 ――なかなか辛辣だ。


 ぐうの音もでない二人からそっと視線を外し、トレはこの場に落ちた微妙な雰囲気を断ち切るかのように、ハインリヒに向き直った。


「ありがとうございます。兄弟達を部屋に落ちつけるお時間をいただければと思います」

「構わないよ。舞台はここミルデスタだ。私も閉幕までこの地に留まる予定だからね」


 トレはぱちぱちと目を瞬いてハインリヒを見返した。


「ではリタ姉さんも――」

「近々ここにやって来る」


 ふふ、と微笑しながら。


「剣聖と駄犬をお供にね」




次男ドゥーエ(13)、三男トレ(13)、五男サンク(10)、六男シス(10)のターン。

シスが「兄」として従うのはアインスとトレのみ。フィーアは対等、他は弟扱い。

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