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草の賢者  作者: マ・ロニ
第一章_第二節
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第一話 鳥が鳴くから目を覚まし

「ああ、国の端にあるっていう集落の事か。何もないところだろう。あぶれた連中が住んでいるだけだろうからさ。それに、森の奥には怪しい老婆が住んでいるとも噂があるしな……」

 

――王都の酒場にいた男達の会話――


 光の巡り、火の時、1番目の頃


 小屋の外から鳥のさえずる声が聞こえる。陽が落ちれば暗闇で閉ざされる森の中も、陽が昇れば木漏れ日が窓から差してくる。

 

 朝が来た。年老いたヤーナは陽が昇る前から目を覚まし、朝餉の支度を始めている。


 皺が多くなった指先で野草をちぎり、味付けをしてサラダを作り、鍋に仕込まれていたスープを温め直す。パンと手作りのミルクを添えれば食事の準備は整う。目覚めたばかりで寝ぼけ眼のドーナがあくびを噛みしめながら食卓に近づく。


「あらあら、おはようドーナ。まずは、顔を洗ってらっしゃい。そう、目が覚めるから」


 頷いたドーナはゆっくりと体の向きを変えて水がためてある先へと向かう。その間にヤーナは盛り付けを済ませて、食卓に朝食を並べて椅子に座る。

 顔を洗い目が覚めても、言葉数が少ないドーナはヤーナの向かいにのそりと座るが、食事には直ぐに手を付けない。


「では、いただきましょう」


 両手を握り祈るように頭を下げるヤーナ。真似をするドーナ。そうして一通りの日常の簡易的な儀式を済ませてから二人がゆっくりと朝食を食べ始めようとしたとき、外から戸を叩く音がすると声が掛けられた。


「夜明けの早々に突然お伺いして申し訳ありません。先日、お世話になったリエッタです」


 声の主は、ついこの間、森を抜けた近くにある、ヤーナの馴染みの端の集落に移り住んできたロミィの妻であるリエッタであった。


 頭からかぶる簡単な外套を身に着け、布で覆われた篭を持ち、尖耳人にしては珍しく、緊張をする様子を見せて待つリエッタに対して、遠慮せずに入って下さいとの声に、若干戸惑いながらも小屋の扉を開けて中へと入る。


「あらあら、いらっしゃい。どうされました。どうぞ、こちらに来て。そう、一緒に朝食を摂りましょう」


 リエッタは申し出に躊躇するも、柔らかくも有無を言わせずに食堂へと案内をするヤーナにつられて、そのままなし崩しに食卓へと誘われてしまった。


「あ、あの、病を直していただいたお礼を持ってきただけでして、朝食をごちそうになるのは、その」


 リエッタは手にしていた編まれた篭から素焼きの瓶を取りだしてヤーナに手渡しながら、ヤーナに訪ねた理由を話し、ためらい乍らも朝食を馳走になるのを辞退しようとする。


「あらあら、ご丁寧にありがとう。なら、なおさら。そう、なおさら朝食を食べてちょうだい。二人で食べるには十分すぎるくらいの量があるのよ」


 にこやかな顔で、木製の皿にサラダをとりわけ、深皿には湯気が立つスープ、カップにミルクを注ぎ、リエッタの前へと手早く並べていく。


(困ったことになったわね。ここで、断るのも気が引けるし……)


 リエッタは並べられた朝食、とりわけ深皿のスープとミルクを見て少し困った顔をする。


 ドーナは黙々と朝食を摂っている。ヤーナはにこやかな面持ちでこちらを見ている。


 とりあえずサラダに手を付ける。


 若干辛みが効いた野草に風味が香ばしい塩味で味が付いている。


(塩の味だけではないわよね、これ)


 水にさらしただけの、生の野草はクセが強く苦味があるため、食が進まないと思っていた。


 作るにしても生で食べるなら一度にそれほど量は作らない。量を食べるなら軽く湯がいてアクを抜くのが常識だ。野草は新鮮なようでみずみずしく、シャキシャキとした歯ごたえ、程よい塩味、そして、油の旨味と香ばしさが、アクと苦味を抑えているようだ。


(ああ、脂をきかせているのね、って!)


 リエッタは思わず口を押える。

 

 尖耳人であるリエッタは獣の肉や脂分を苦手としている。食べられないわけではないが、好んで食べることはなく、夫のロミィがよほど望まない限りは食卓に上げず、普段は避けるべき食材に分類される。


「そうそう、ここにある食材は全部()()から作られているから、安心して食べてちょうだいね」


 サラダを口にして思わず口を押えたリエッタを見て気づいたヤーナが告げた言葉を聞いて、リエッタは驚き口に入っていたサラダを改めて咀嚼して飲み込む。


「……本当みたいね。脂臭さも喉につかえるような感じもないわ。でも、一体どうやって」


 そのような高価なものをと思い、リエッタは口をつぐみ考え込む。植物性の油は色々とあるが、金のある特権階級でなければ、食事に普段使いできるような代物ではない。


「お金がなくてもね、自分で採取して圧搾すればこうして使えるのよ」


 ヤーナは微笑みを浮かべ、当たり前のように語る。それが誰でもできるのであれば、高値になるわけがないだろうなあと、リエッタは暗に思った。


(まあ、ヤーナさんのことだから、尖耳族でも知らないような搾取技術でもあるのでしょうけど)


「森で油を多くとれる、ある木の実をから作っているのよ。あとで木の実の採取場所まで案内するから、リエッタさんも作ってみてはどうかしら」


 リエッタの思い違いをただすかのようにヤーナはあっさりと油の秘密を告げ、リエッタに採取場所まで教えると言うことを聞き、内心で頭を抱える。


(簡単に金の成る木を教えないでもらいたいわ)


「そうそう、この、腸詰みたいなのもみんな植物から作られているから安心して食べてちょうだい」


 ドーナがフォークに差して食べている白く細長い腸詰もどきを表情もなくせっせと口に運んでいるのを眺めて、リエッタも口にし、ああ美味しいと思うも、余計なことはもう聞くまいと心に決め、朝食を進めるのであった。




 ヤーナに手渡したワインが詰められた瓶の封は開けられ、瞬く間に空となった。

 リエッタは瓶が空となるさまをみて呆然とした。まさかとは思ったからだ。

 瓶の中身がワインと知ると、横からさらい、封を開けガブガブと瓶から直に飲み干していく。


「あらあら、はしたないわごめんなさいね、そう、この娘はお酒に目がないのよ」


 瓶から口を離し、ケプと小さく息を漏らして満足そうに瓶を机に置く。


 外されたフードの下にあった、隠れた乏しい表情がはっきりと見える。ワインを飲み干したのは普人族の少女だと思われたドーナ。


「……竜人族?」


 やや縮れ気味の髪の毛から見える小さな角、めくれた長い袖の下に隠れていた腕にある鱗をみて、リエッタは半信半疑のようにドーナの種族を見定める。


「あらあら、そういえばドーナのこときちんと紹介をしていなかったかしら。違うのよ、この娘は純粋な竜人族ではないの」


 リエッタはドーナを見て、ヤーナに目を向ける。


 ――竜人族。滅多にお目にかかることがない人族。頭に角、身体に鱗と尻尾持つ竜の姿に似た彼らは断絶山脈の最も高い山頂付近で集落を設けて生活をしているらしい。種族人口は少ないが力は各種族と比べても類を見ない程、強力である――


(そういう私も一度、僻地で偶然遭遇したぐらいなのだけど、そうよね、見た感じ普人族だものね。竜人族と普人族の半血なんて聞いたこともないけど)


 なら、尚更、素性を隠すのも仕方がないかとリエッタは思うが


「ドーナはね、そう、長く生きた竜と、ある人が契りを結んで生まれた人竜なのよ。とある筋から預かってって頼まれてから一緒に暮らしているのよ」


 にこりとリエッタの疑問に答えましたよと嬉しそうな顔をする。知りたくもない事実を、またも聞かされ眉間をもむリエッタ。


「ヤーナさん、私、そんな話、今まで聞いたことないのですけど」


 見た目は若いが尖耳人なので、ヤーナよりも長く生きているし、元々住んでいた生まれ故郷でもそのような話を聞いたことがない。


「あら、そうかしら。まあ、そう、珍しいことなのかもしれないわね。でもね、この子、一応、小さいながらも尻尾もあるわよ。それと、シェイアちゃんにはきちんと話してあるから大丈夫」


 隠すほどのことではないと告げたいヤーナの言葉を聞き、リエッタは顔を両手で覆う。


 十分に素性を隠すことだからとヤーナに言い聞かせ、家に帰ったら、わが娘にも言い聞かせる必要があるなあと、リエッタは朝から若干疲れた心の中にて思うのであった。


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