第七話 色彩は混じりて新たな色を生む
「……流石に、俄かに信じることは出来ん」
近郊の村を訪れた、端の集落の代表としてタウルが逃げることを提案するも、村長は難色を示す。
時折、後ろで腕を組み控えているリエッタへと目線を向けるが、どうしても踏ん切りがつかない様子だ。
「相手は待ってくれはしねえぜ。さっさと決断をしねえと――」
「タウルの旦那。どうやら、遅かったようで」
忍び寄ったギールがタウルへと耳打ちをする。村の方々から悲鳴や騒ぎ声が聞こえ始めると、村の一員が村長の元へと血相を変えて駆け寄ってくる。
「そ、村長、周辺の小さな部落の住人達が村へと逃げてきた! 怪物やネスマスの群れに襲われて、結構な数の人が死んだみたいだ!」
村長の顔色は変わり、タウルはやれやれと頭を横に振る。
(いずれにしても逃げきれるわけがないでしょ)
リエッタはタウルが交渉を始めていた端の集落に逃げるという案については、元より懐疑的であったが、結果として目論見は潰えることになる。
決着をつける時が来た。リエッタは決意を固めている。この村に未練はない。ロミィの事が好きになっただけで、村へ愛着が湧いたわけではない。
おろおろとする村長を見てリエッタはため息を吐くと、タウルと向き合い、お互いに頷くと、矢継ぎ早に指示を出し始める。
「村の門を閉じて! 役に立つ立たないではなく、ネスマスを少しでも入り込ませないようにしなさい! かがり火をたいて! 相手は嫌でもここに来て、皆を襲い、殺すわ!」
「武器を持て! 厚手の服を着ろ! 手前の身は手前で守れ! ネスマスごときは自分達でも追い払え!」
リエッタが歩きながら、矢継ぎ早に指示を出す。タウルが怒声のような大声で、周囲に知らしめる。ギールとカールが先導に立ち、ネスマスの駆除薬や怪物除けの香を周辺に仕込み始める。
「小さい子供は家に隠せ! 動ける大人は戦え!」
タウルは、散々駆除を後回しにしてきた『ツケ』がきたとまでは、流石に声を上げなかった。
ネスマスのような怪物を駆除することが、最近は忌み仕事として扱われた。
ギールやカールの怪物狩人が村に出入りすることを好ましく思わない者も多くなった。
いよいよの時は、リエッタのような流れの狩人に頼むことが多くなる。――流れ者ならいつくことはないであろうとタカを括っているのだ。
汚れ仕事は、他の誰かが、いつか、きっと、やってくれると、吹聴されていたかのように。
夜の帳が落ち始め、あたりが暗く、かがり火が闇で覆われる地面を照らし始めたころ、各所の茂みが騒ぎ出し、それはやってきた。
「わ、湧いてきたぞ! 鼠にネスマスだ! ひ、酷い数だ――」
村人の一人が大きな声で叫ぶそばから、鼠やネスマスが次々に湧いて溢れてくる。
「溝に火を放て! 集られたら死ぬぞ!」
即席で作った地面の溝に注いだ、なけなしの油に火を放ち、鼠とネスマスを焼き殺す。
逆茂木もどきの隙間から飛び出してくるものを必死に叩いて殺す。
ヤーナから渡されて撒いた駆除薬を口にして泡を吹いて死ぬものもいるが、影響なく動くものもいる。
「火に怪物除けの香を焚いて! 少しでも拡散させないと!」
リエッタは風の術で向かい来るネスマスの群れを吹き飛ばしながら、周囲の村人が動くように促す。叫ばなければ、立ちすくみ、動こうとしないのだ。
カールの土の術で、あまたの礫がネスマスの集団へと向けられる。
鼠はまだ、村人で対処ができる。ネスマスを集中的に駆除していく。リエッタが、また、叫ぼうとしたとき
「キィィ! キィィ! ミィツゥケエタァ!」
片手に持った灰色のネスマスを齧りながら、一体の怪物――ネスマス人が、引き裂かれたような口でニヤリと笑みを浮かべ歩み寄って来る。
残った片手で、他の部落で犠牲になった、誰かの死体を引きずっている。
「本当に、しつこい男。嫌われて当然よね」
現れたネスマス人を見て、吐いて捨てるようにリエッタが呟く。
変わり果てたものの、知る者には面影が残り、それが自分の息子の成れの果てと知るや、
「この、しし、痴れ者! かか、怪物になってまで生き延びたいかぁ! ううう、生まれ育った村に災いまで、もも持ち込みおって!」
「キィィ! オォレエィヲォスゥテエィタ、バババツツツーーー!」
お互いに憤怒のあまり、呂律が回らず、どもるように罵声を浴びせ続ける。罵声でのやり取りを嘲笑うかのように、ネスマス人も次々と現れる。
「こいつを相手にするのは、村人じゃあ無理がありますぜ!」
「なら、私達で相手をするしかないわよね!」
聞くに堪えない罵詈雑言の応酬を続ける村長の息子の成れの果てに向かい、矢を放つが寸前で交わされてしまう。
「キィキィキィ、ハァズゥレェーー」
ネスマス人は飛び跳ね、後ろに跳躍して逃げると思いきや、助走をつけてリエッタへ向けて飛び掛かる。前に出した手の平に牙が届き小さな傷を作るが、瞬時に風の術で突風を生み出し、吹き飛ばすも、くるりと空中で回転して、難なく着地をされる。
ネスマス人自体はそう多くはない。ただ、身体能力が人だった頃より極端に向上しているため、まともに立ち向かえる者はリエッタ達怪物狩人とタウル以外におらず、村人たちのフォローにまで手が回りきらない。ネスマスに集られて徐々にケガを負う村人も増えてくる。
暗かった空が白み始めて、朝と夜が混じるかのような色彩を放つ頃、夜通し動き続け誰もが疲労でくじけそうになりかけた時、前方にしつこく襲いかかってくるネスマス人に向けてリエッタが風の霊術を行使しようとして、失敗する。
したことのない霊術の失敗に「何故?」という思いを巡らしたスキをつかれ、リエッタはネスマス人に圧しかかられてしまう。
「キィキィ、ベェロォリエッエッエツ」
もはや知性もなくなり始めている、ネスマス人に成り果てた村長のせがれは、気味の悪い声と、醜悪な顔つきでリエッタの顔を長い舌で舐め、さかんに腰を振りながら覆いかぶさろうとする。
ギール達が助けようとするが、他のネスマス人に行く手を遮られ、近づくことが叶わない。
「離せぇ! この、下種野郎!」
倒れながらも、必死でリエッタが足を腹に当て、肩に当てた手で、押しのけようとするが、疲労で力が出ず、身体が熱を持ち節々が悲鳴を上げ、力が出せず押し負けそうになる。
ついに、狙った相手を屈服させたことに、ネスマス人がおぞましい勝利の笑みを浮かべたとき
『ホウホウホウホウホウホウホウ』
奇妙な音共に、次々と煙を上げた火矢のようなものが、どこからか降ってくる。
音を聞いたものが、一瞬何事が起きたのかと呆けるが、ギール達がすぐに大声を上げ始める。
「下れ! 下れ! 村の奥まで下がれ! 家に入れ! 窓を閉めろ!」
村を離れる直前に、ヤーナから言われた言葉を一同は思い出し、声高に避難しろと叫ぶ。
『そう、朝に鳴かない鳥が鳴いたら、すぐに避難して。とにかく、遠ざかるか、家の中に逃げ込んで』
集りに来る鼠やネスマスを払いのけ、なるべくその場から遠ざかる。村人たちも言われるがままに、訳が分からず、家に逃げ込むか、その場から離れていく。
逃げる者を追うよりも、取り残されたリエッタのもとに、ネスマスやネスマス人が集まり始める。リエッタを見捨てて逃げたと、ネスマス人達が嘲笑うかのようにキィキィと叫ぶが、火矢が飛んできた方から現れた者の姿を見て、鳴き止む。
奇妙な面体を被った小ぶりな馬にのった、気味の悪い面体を付けた小柄な人が、ホーホーと音の鳴る笛を先端に付けた縄を回しながら現れる。
「キィヤァーー!」
姿を見た、幾人かのネスマス人が奇声を上げてへたり込む。リエッタに覆いかぶさろうとしていたネスマス人もまた、怯えるかのようにその場で頭を抱えて蹲ってしまう。
縄を回す速度を変えながら、鳴り笛の調子を変えて、合図を送る。
リエッタは震えながらヤーナから貰ったスカーフ代わりにもなるマスクで口元を鼻まで覆う。
縄の先端の鳴り笛から徐々にモウモウと煙が立ち、周囲にうっすらとこもり始める。
面体を被った者はロバから降りて、怪物の群れへ恐れもせずに、ゆっくりと近寄る。鳴り笛から立ちこめる煙を怪物達が吸うと、あちらこちらか、か細い笛の音がなり始める。辺りにいたネスマス人達が喉元を押えつつ膝立ちに倒れ、ネスマスもまた痙攣をして動かなくなる。
群れの中で、よろよろと立ち上ろうとするも、疲労で同じように膝立ちをして呆然とするリエッタ。すべての怪物が倒れ、痙攣する中へ、騎乗したまま歩んできた面体を被ったヤーナ。
「さあ、そう、これで終わりにしましょう」
こもるような声でヤーナは呟くと、背負った長柄の大鎌を手に取り、苦しむネスマス人の首に刃を当て、慈悲を見せることもなく、丁寧な草刈りの作業をするかのように、淡々と首をそぎ落としていく。
最後にリエッタの足元で喉に両手を当てて、ヒュウヒュウと苦しみの呼吸をするネスマス人に鎌をむけるが、首を刈る前に喉元へ短剣が突き刺さり、赤いワインのような鮮血が飛び散る。
「そうね、これで本当にお終い」
自分達に向けられた、執着と憎悪を断ち切れたことへ安堵するも、哀しそうな眼をしたリエッタが呟いて、面体を被った相手を見て安心したのか、そのまま倒れ込んだ。




