第三話 灰色の疑い
王都の買い出しからようやく、端の集落に戻り、ロミィー宅に預けていたドーナや、シェーナ達に顔を合わせ、ドーナを預かってもらった礼を述べてからヤーナは森の小屋へと戻っていった。
幾番目かが過ぎ、火の時が終わりが近付くころ、食堂で持ち帰りの料理を買い出しに来たリエッタは、改めてヤーナと顔を合わせることになる。
「あら、ちょうどよかった。そう、本当に」
リエッタの顔を見て、笑みをほころばせるヤーナの向かいに座っているのは、集落の怪物狩人で凸凹コンビのギールとカール。リエッタの顔をみるとギールはおどけて挨拶をし、カールは葉巻を咥えたまま目礼だけで済ます。
「なにか、よからぬ相談かしら?」
「いえね、ヤーナの婆様から調査同行の依頼がなされましてね」
ギールは頭を後ろ手に抱えて、大したことではないでしょうよと伝えるかのように、軽い調子でリエッタの疑念に答える。
「でも、そう、人手はあっても問題ないの。帰って幾番目もしていないうちで、悪いけどリエッタさんもお手伝い願えないかしら」
ヤーナは申し訳なさそうに小さく微笑みを浮かべながらリエッタに申し出る。
「……さすがにヤーナさんの頼みでも内容によるわ。詳しく教えてもらえるかしら」
そう言うと椅子をひき、腰を掛けつつ、奥にいる食堂の女将へと持ち帰る料理を大きめの声で注文してから、ヤーナの方へと向き直った。
ヤーナが気に掛けたこと。王都への買い出しから染物の村でも話題に上がった『鼠やネスマスの増加の件』であった。
ヤーナは端の集落から染物の村も流れる川の下流に向かいつつ、鼠やネスマスがいそうな場所を調べては駆除を進めた。
調査と駆除に同行したリエッタ達も、確かに量が増えていると感じはしたが、まだ、大量発生とまではいかないと、当初は思っていた。
川沿いに調査を進め、染物村に近づくにつれ、ヤーナが懸念していた異常をリエッタ達も感じ取れるようになていた。
「あそこのよどみ。鼠の出入りが多いですな。間違いなく巣ができているでしょうよ」
ギールは眉を顰め、舌打ちをして川の流れが滞り、上流から流れてきたであろう染料の汚水がよどみ、草が茂り見えにくくなっている場所に指をさす。
「ヤーナさん、やっぱり染物村が垂れ流している染料に問題があるのは、はっきりとしたのじゃないかしら?」
リエッタはここに至るまでにも幾つか見つけたよどみで鼠とネスマスの巣を駆除している。
どのよどみも染色の排液が溜り、汚れた水をネズミやネスマスが飲み水にしていた。
巣の駆除は、ヤーナが持ってきている痺れ煙幕を巣に投げ込み、動けなくなったあとから巣の様子を確認し、後は松明を放り投げて、燃やしてしまっている。
煙幕が効く前に飛び出した幾匹かのネスマスをリエッタ達が始末する程度だが、見つけられる巣も、巣にいる鼠やネスマスも何しろ多かった。
「氾濫の一歩手前で対処できたから良かったものの、事のしだいじゃあ、村の一つや二つは潰れた可能性があったのじゃあないですか」
ギールの言葉に同意するかのようにカールが頷く。リエッタも同感ではあり、よどみの件を鑑みるにヤーナが染物村の新しく仕入れている染料が怪しいという考えに同意せざるを得ない。
しかし、当のヤーナがまだ納得をしていない様子で調査を続けている。
「ええ、そう、そうね。だけど、この巣も見てみましょう」
言うが早いか、カールが持つ松明から痺れ煙幕に火を点け、よどみの方へと投げ入れる。草に隠れて見えずらいが、よどみの奥に巣穴があるのは間違いがなく、川の水につかるも煙幕の火は消えることもなく巣の奥へと吸い込まれていく。
投げ込まれた煙幕に驚いて、ネスマスや鼠が飛び出す。いつもより更に多く、よどみに向けて殺到するようだ。リエッタは狙いもつけず、矢継ぎ早に矢を放つ。ギールはナイフを投げ、コールは投石で仕留めていく。
「おいおい、冗談じゃない。どれだけの数が巣くっている?」
逃げて出てきて仕留めた尋常ではないネスマスの量を見てギールは驚きを隠せない。先ほどは氾濫の一歩手前と自らが言った言葉を覆せねばならないと感じるほどであった。
「これ、氾濫状態になっているわ。早く、王都の斡旋所に通達をしないと……」
リエッタは自分達だけでは手に負えないと感じ、ヤーナに進言しようとするが、ヤーナは川の中を歩いて巣の方へと向かい、毎度の通り濡れるのも構わずに巣の中をカールとともに覗く。
「ああ、いた。そう、やっぱり。ある程度薄まれば効力は減衰するのね。染料は繁殖の原因で、要因ではないのね」
ヤーナは巣の様子を見て、ようやく納得がいったかのように独り言ちる。ヤーナの後ろで言葉を聞いていたものの、意味が分からずリエッタとギールも巣の様子を覗き見る。
巣の中では埋め尽くすような鼠やネスマスの多くが痺れて、動けずにいた。
その中に、ネスマスを二回りは大きくした灰色の変異種が混じっている。
そして、驚いたことに痺れ煙幕を焚いたにもかかわらず、幾匹かのネスマスが鈍いながらも蠢き灰色のネスマスに齧りついている。
共食いをしているようだ。動けなくなる前から食われていたであろう、幾つもの食い散らかされた死骸や、骨も見受けられる。
「数が増えすぎて、共食いにまで至っていますか」
ギールは巣の中の様子を見てつぶやく。リエッタは巣穴の中をつぶさに見てとり、もっと異常なことに気付く。
「あの、鼠、ネスマスに変異しかけてる。痺れ煙を吸っても動いているネスマスはまさか……」
「ええ、多分、そう、多分だけど灰色の変異種を食べ続けたことで耐毒性を身に着けた。そう、怪物の進化といったところかしら」
由々しき問題よね。ヤーナはリエッタの言葉を続けるかのように語り、他の者達はギョッとした顔でヤーナの顔を見て、冗談ではないことを知り、大問題だと顔を見合わせる。
「とりあえず、ここの巣は始末をしましょう。きっと、そう、ここだけでは済まないから」
ヤーナは巣穴の中に着火剤を放り投げてからカールを促し、松明を投げ入れさせて、さっさと巣穴から離れる。
多少の間が空いてから、巣穴からは火があがり、離れた所からも、巣が盛大に燃えていることが見て取れた。
「こいつは、俺達の手だけじゃあ足りませんな」
「ええ、近郊の怪物狩人達の手も借りましょう」
四人程度では手に負えないと判断し、近くの街にギールとカールが手分けしてネスマスの巣の駆除依頼を出そうと、手はずを整えようとしていた最中、上流の方から煙が立ち上り始めた。
うっすらとした白煙は、瞬く間に大きく広がり、黒煙も混じり始める。
「何かあったようですな」
「最悪、あの方角には確か――」
よりにもよって、先日立ち寄った、怪しい染料の排液を垂れ流す染物村がある。良からぬ事態が進行し始めたと、全員が煙を見て駆けだしながら思った。




