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草の賢者  作者: マ・ロニ
第一章‗第四節
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第一話 青い若者

 光の巡り 火の時 二十二番目頃


 肩のあたりに彫られていた短剣を咥える鼠の入れ墨――


 下水道の女将が地上のスラムで捕らえた盗賊から聞き出した、一味とわかる特徴らしい。色々と聞き出されあと、用が済んだ盗賊はどうなったかを知らない。


「同じ鼠を足元に集らせたら、朝鳴きの鶏みたいによく鳴いたよ」


 縄張りに潜んでいる一味の人数は三十人程度、どこから仕入れたかは判らずじまいだが装備はそれなりに整っているとのことだ。使い走りの盗賊がスラムに来た理由は『薬』の買い出しだった。密売相手が分からなくなり、手当たり次第に聞き出そうと、地上のスラムの物乞いらに絡んでいたところを囲まれて捕らえてきたそうだ。ただの下っ端で詳しい事情は分からないと、本人は泣きながら主張をしたという。


「始めは威勢よく、こっちを脅そうとしていたけどさ、色々な面々が出揃ったら真っ青になっちまって口から泡吹きかねてたもんさ」


 裏の暗黙を知らない奴だったてことさと、女将は笑いながら捕まえた盗賊をこき下ろしていた。




 王家の紋章に描かれているのは外回りに三匹の蛇、絡みつき覆うような蔦、数匹の立上る鼠、座る猪、剣を持つ人、中央に杖、上部に草の冠。


「蛇が外敵を食い、蔦が覆い隠し守り、鼠のような繁栄、恐れずに邁進する猪、武を統治する騎士、王権神授を司る杖、知性を意味する冠――そう、これらが、建国の際に作られた王家の紋章の図形が意味するところらしいわ」


 染物を生業とする村へと向かう道すがら、ヤーナは暇つぶしのお喋りとして、リエッタに王家の紋章について語っていた。


「そう、だからね、盗賊が『鼠』をわざわざ自分達の印にするのは、そう、不遜だと思われるの」


 もし、捕まればただでは済まないのに、尚更ねと続けるヤーナの言葉だが、リエッタとしては特に意味はないのだろうと思っていた。


「だけど、国としては特段、紋章に描かれた生き物を保護しているわけでもないのでしょう? 王都でも、鼠が増えてきて困っているから駆除薬を随分と捌いたじゃない」


 もし、鼠を殺すことが不遜だといわれていれば、誰も殺鼠剤なんて欲しがりはしないだろう。


「増えてもはた迷惑な存在。そういう意味では同じような立場だから、自分達の印として間違った選択をした訳ではなかったということかしら」


 ねえ、そう思うでしょう! と不意に立ち止まり、茂みに向かってリエッタが大きく声を掛けた。


「へへへ、婆と否人の女だけで歩いていたら、襲ってくれって言っているようなもんだぜ」


 リエッタの声に反応し、方々の茂みから、不潔そのものといった男たちが、下卑た笑みを浮かべ連れ立って現れた。

 誰もが、手入れをせず脂ぎった髪を適当に括り、鼻毛は伸び、髭も満足に当てず、きつめの体臭を放っている。


 しかし、その割には身にまとう防具は汚れてはいても、それなりのものを身に着けている。


「そんだけ、悪臭を振りまいていれば、いやでも気づくわよ。本当に、野盗って、馬鹿よね」


 リエッタの毒づきにも、周囲の野盗達は気にもせず、鼻で笑い、クツクツと下卑た笑みを浮かべ続ける。

 ただ、幾人かの男だけが忌々しそうにリエッタを睨みつけ、怒りの表情を浮かべているのに気付き、冷ややかな目で男等を見て、おやっと感じた。


「……アンタ達、どっかで見た顔よね」


 リエッタは思い出せそうで、思い出せない。思い出したくないような、思い出さなければいけないような、もどかしさを感じるも、先に相手の方が吠え始めた。


「ふざけるな、否人の女が! 俺の顔を忘れたというのか! お前の住んでいた村長の息子の顔だぞ!」


 リエッタの物言いに怒りが頂点へ達したのか、特に憤怒の表情を浮かべた男が、唾を飛ばしつつリエッタへと怒鳴り散らした。


 髭は伸び、頬はこけ、人相は変わっていたが、男はリエッタに鉛毒のワインを飲ませた若者であり、同じように怒りの表情を浮かべていたのは、一緒に村から追放されたと言う、若者の取り巻き達だ。


「お前とお前の旦那のせいで、村を追い出されて、森の奥で死にそうなめにあった! ハトコラーダの旦那達に拾われてなけりゃあ、俺達だって今ごろは怪物の餌だったろうよ! 許さねえ、許さねえぞ! そこの婆はここで殺しても、お前は生かして嬲り殺しにしてやる……」


 若者は涎をたらし、発情し、股間を膨らませ、暗くも好色な目でリエッタを舐めるように睨みつける。興奮する若者へ、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた一人の男が後ろから近づき、肩に手を掛けつつ、好色な視線をリエッタに向けながら声を張り上げた。


「おうよ! 婆は殺せ! だがなあ、否人とは言え、女は嬲り殺しもだめだぞぉ」


 男の言葉に若者は振り向こうとするが、更に首から腕を掛けられ阻止されてしまう。


「尖耳の女は、高え値が付く。売れるんだよぉ! まあ、多少はしつけが必要だからぁ、皆で味見も悪くはねえけどなあ!」


 リエッタに聞こえるように大口を開け、黄ばんだ汚い歯をむき出しに、舌なめずりをしつつ、野卑な笑みを浮かべ、大声で威嚇するように叫ぶ。

 他の男達も、自分も参加できることを聞き、さすがは頭だと賞賛し、卑猥な言葉をわめき散らし、喝采を上げていく。


 野盗が浮かれているさなかに、リエッタを中心につむじ風のような突風が吹き荒れた。


 前に出ていた野盗の頭と若者は、突風の圧力に吹き飛び、後ろの連中を巻き込み盛大に転ぶ。他の者達も一様にヨロヨロと後ろに下がり、中には尻餅をつく者のもいる。木々の枝に潜んでいたものは、態勢を崩してしまい、木の葉と一緒に叫びながら落ちていく。枯葉や木の葉が舞い散り、視界を塞ぎ、木の枝が刺さる者や、蔦で絡まる者もいる始末だ。

 その隙を見て、ヤーナは懐から幾つもの小瓶を野盗達に向けて投げ込む。地面に落ちた小瓶は割れて、舞い上がるように煙が巻き上がり、野盗達を包みこむと、倒れた者は痙攣をし、突風を踏み止まった者も崩れ落ちていく。

 その様子を見たリエッタはすかさず後ろに飛び、手ごろな大きさの樹に跳ねるように飛び乗り、枝の上から弓を構え、崩れ落ちた野盗に向けて立て続けに矢を放つ。


 痺れ煙幕の範囲にいなかったものは、わあわあと喚きながら、身動きが取れなくなった者達を見捨て、脱兎のごとく逃げ始める。最前列で、リエッタが放った風の術により後方へと吹き飛ばされた大将と若者達が這う這うの体で逃げていくのが見て取れたのでリエッタが矢を放つも、大将の尻に刺さるに留まった。


 リエッタの放った矢の多くは、頭や胸を貫き、大体の野盗が息絶えている。しかし、運悪く生き延び、痺れて動けないまま、痛みに呻くものいる。


「リエッタさん、ここは――」


「ヤーナさん、私が始末をつけるから」


 ヤーナの言葉を遮り、リエッタは自ら、野盗達の息の根を止めると言うと、腰に差した短剣を抜き、近くに転がり呻く野盗のそばで腰をかがめる。


「ヒィ、ヒィ、助けてぇ――」


 笛が鳴るような呼吸を交えながら、息も絶え絶えに命乞いをする野盗の声が聞こえないかのように短剣を首に当て掻き切る。

 その様子を見てとった他の野盗達も縋るように命乞いをするが、リエッタは慈悲を掛けることもなく、生き残りを始末し続けた。




「いやあ、助かった。本当にあの野盗どもには難儀をしていたからな」


 いつ襲撃を受けるのかと恐れていたほどだと村守の兵士は安堵した様子で語り、リエッタが村の途中で野盗の一味を始末したと告げた場所へ、直ぐに幾人かの兵士が走り確認に向かった。


「あら、そう、か弱い婆と、見目麗しい乙女の二人連れが野盗の一味を退治したなんて、簡単に信じていいのかしら」


 ヤーナは年配の兵士に向けて微笑みを浮かべながら小首を傾げ、嘘かもしれないのに、大丈夫と問いかける。


「ハハハ! そんな見た目のお二人を野盗が見過ごすわけないでしょう? そして、何事もなかったかのように、この村へ辿り着いている。まあ、そこのお嬢さんから野盗退治の証拠の一部も見せられている」


 そもそも、ヤーナの婆様がか弱いということはないでしょうよと、年配の兵士はおどけて見せ、あら、そう、失礼ねとヤーナは怒るそぶりを見せてから、リエッタと顔を見合わせて、二人で一緒に笑った。

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