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草の賢者  作者: マ・ロニ
第一章_第三節
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第七話 下水に住む人々

 ヤーナとリエッタの二人は、幾番目かを王都内での仕入れや訪問に費やした。

 鍛冶工房での出来事以降、ヤーナが訪れる馴染みの店や工房で手厚く出迎えられた。


 まるで待っていたかのように訪問先の主人や仕入れ先の番頭等が店先や道端でたまたま掃除をしていて、ヤーナを見るなり大げさに挨拶をして抱き寄せ、偶然出会えたかのように歓迎の意を表してくれる。


 鍛冶工房での出来事が大げさに伝えられ、皆、下手な人間を表に出して、間違った対応がなされないよう手はずを整えていたようだ。


 知ってか知らずか、ヤーナは飄々と偶然の出会いと、出迎えを喜び、何事もなかったかのように応対を受け、世間話に花を咲かせて、要件を済ませてお暇をするを繰り返していた。


 王都を離れる前日、ヤーナはいつも通り古い知人に会いに行くとだけリエッタに告げる。リエッタも断ることがないので、ヤーナからいちいち、どのような場所か告げることがなくなっていた。

 リエッタ自身も細かく確認を取らなくなった。おかしな出来事に巻き込まれはするが、ヤーナが好き好んで悪所や悪人に会いに行くとは思いもしていなかったからだ。


 しかし、その日は街の中心部から徐々に外れ、寂れて、ゴミがそこかしこに放置されるような区域、貧しい人々や賑やかな場所にいるわけにはいかない者が集まる地区へと向かっていく。


 人気の少ない路地からおびえる様な視線を感じ、薄汚れた建物の壊れた窓から余所者を訝し気に眺める様子、道すがら幾人かで寄り集まる者達から怪しげに睨みつけられる。


 時折、二人に向けてしかめ面をして近寄ろうとする者、下卑た笑みを向けて手を伸ばそうと試みる者もいたが、その度にどこからともなく強面の古参らしき人が、幾人かの手下のような者達を連れて、絡もうとする相手を路地裏や近くの建物の中へと引きずり込んでいく。


「見た感じは悪いところだけど、そう、それほど治安は悪くないのよ」


 幾度か同じような場面が目に入っていたリエッタにヤーナがクスリと笑いつつ小声で告げる。それは、多分、貴方と一緒にいるかでしょうよと、呆れつつも口に出し掛けたことを飲み込むリエッタであった。


 小汚く崩れ落ちそうなレンガを覆い隠すように蔦が生い茂る塀と、ひしゃげた鉄製の門扉の前に、大柄で屈強そうな男が二人で表情もなく突っ立っている。リエッタから見てもかなりの手練れであると思わせる。

 ヤーナが気にもせず、お久しぶり、お疲れ様と声を掛ければ、男達は目を閉じ軽く頭を下げてひしゃげた門を開け、ヤーナとリエッタを中へと誘う。


 門番としていたであろう屈強そうな男の二人は、表情を変えることはなかったものの、ヤーナへ敬愛の意を発していた。

 ヤーナは気にすることもないが、リエッタはそれだけで、この先に何があるのか、誰がいるのか不安でしょうがなかった。


 門の先、手入れをされることもなく放置された庭先の雑草や雑木に覆われ隠れるように、古びた石造りの小屋が建つ。軋む音を立てる建付けの悪い朽ちかけた木製の扉をヤーナが開ける。

 日中でも陽がさすことがない日当たりの悪い小屋の中は薄暗くも、蝋燭一本灯されていないが、それでも中に誰もいないことが窺がえる。

 ヤーナはさらに小屋の中へと進み、屈みこむと床の色と同一化したような、床の扉を何事もないかのように開けて、扉の先に現れた階段を降りていく。


 地下へと続く階段を降り、通路を進む。誰かしらがいるであることを証明するように、古びたランタンの明かりが灯されている。


 進めば進むほど、臭気がきつくなる。リエッタはヤーナから貰ったマスク代わりにもなるスカーフで顔の下半分を覆う。


「あら、そうよね。ごめんなさい。リエッタさんには、そう、臭いががきついわよね」


 私はこれくらいは慣れているからと、ヤーナは申し訳なさそうに微笑み、もうしばらく我慢をして頂戴とだけ告げ、さらに奥へと進んでいく。


 レンガで積み上げられ、人が通れる程度の高さと幅の地下の通路を進む。突き当たると木の扉があり、開ければ今まで進んできた通路よりかは幅が広くはなるものの、中央に臭気を放つ汚れた水が流れ、臭いが増す。


「なに、ここ、もしかして下水道? なぜこんなところに……」


 リエッタは下水を見て困惑を隠せない。そして、すぐに疑問は解消される。


「いつも、すまねえなヤーナの婆様。さあ、先へ案内するぜ」


 通路の陰から、幾重にも古びて薄汚れた衣服を身にまとう、髭も髪も手入れがされていない下腹のでた髭小人が灯火を片手にヤーナへと声を掛け、下水道の先へと誘う。


「あら、また、場所を変えたのかしら」


「ああ、最近は上が何かと世知辛え。余計な問題を抱える奴らも増えてきている」


 ヤーナとリエッタの二人を先導しながら話を続け、あまり、一所にいると面倒だと返事を続ける。


 先導をする男はこの下水道を住処とする下水の髭小人の一人なのだとヤーナから教えられた。


「とは言っても、他の人族も少しはいるぜ。あんたのような尖耳の人はいねえがな」


 近頃は王都で尖耳人を見ること自体がなくなったがねとも続けた。


「どうして? 大きな都市なら例え少なくても街の尖耳人はいるはずでしょう……」


 リエッタは自分で問いかけるも、言葉を続けるのをやめて下を向き考え込む。先導する髭小人がクツクツと口の中で笑いを含ませてからアンタが思っている通りだよと告げる。


「何か、王都で良くないことが起きそうだというわけ?」


「さあな。ただ、それ以前にアンタも、ヤーナの婆様も感じたはずだ。以前と違って王都全体に差別的な意識が根付き始めているだろう。それを察したからじゃあねえのかね」


 確かに街に住む尖耳人はもし、自らの身に不都合となるような事態が起きそうであれば、誰に告げることもなく、人知れずにいなくなってしまう。

 王都へ来てから幾度も受けたような差別的な感情が蔓延していけば、いずれ迫害に発展していく可能性は捨てきれない。


(だけど、見切りが速すぎる気もするけれど……)


 声に出すこともなくリエッタは思い、少し頭を悩ませるも、答えが出るより前に先導役から、つきましたぜお客人と声を掛けられ思考が外れてしまった。


 辿り着いた場所は各所の下水路が合流して、大きなごみを取り除くようために設えられた広間のような場所であった。


 ただ、合流する水の流れは汚れて異臭を放ち、中央に溜まる液体は何とも言えない色をしている。幾人かでごみの塊を取り除く作業をしている。


「ここはね、下水路の合流地点の一つ。そう、こんな場所が幾つか存在するの」


 そして、彼らはここを掃除することを生業としている。報酬は流れてきたものなのだとヤーナがリエッタに教えてくれる。


「でも、ゴミでしょう?」


「それだけでもねえさ。まだ使えるもの、利用できるものもある。間違えて金目のものが流れ着くことだってある。それに、隠れた情報源もな」


 詳しくは言えねえけどよと言い残して先導役は広間の一区画を繕われてボロになった布で仕切った場所まで連れていき、中へ声を掛けるとゴミ浚いの作業へと合流しに向かった。


 幾重かに設えられた仕切りの布を捲ると虫よけの香の香りがする。床や壁面も拭き磨かれて外より清潔に保たれていた。

 中には幾人かの人たちが、苦しそうに横たわり、厳しい顔で介助をするふくよかな中年に差し掛かった女性がいた。女性は入口に立つヤーナを見て、苦渋の顔をほころばせる。


「ああ、助かるよヤーナの婆さん。薬が底を尽きそうだったのさ」


「あら、そうなの。薬は持ってきたから安心して。でも、そう、何故? 街で薬を買い足していないのかしら」


 ヤーナは肩から提げていた革の鞄から手早く軟膏や水薬を取り出して、どれをどの患者に与えるか女性に指示を出しつつ疑問に思い、問いかける。


「第二王子が継承権の争いを始めるからか知らないけどさ、最近やたらと幅を利かせているのさ。ここから各所の荷役運搬の使役を手伝いに出て日銭を稼いでいるのは専ら下水の髭小人だったろう。第二王子の派閥がしゃしゃり出てきてから、普人に仕事を多く回すようになっちまったのさ」


 だから、仕事にあぶれる連中が出て、薬代も納められれないってことさ、と女性は呆れつつも納得できずに若干怒り気味にヤーナへとこぼす。


「ヤーナの婆さんがされたことも聞いているよ。長老連中が大騒ぎだったよ。ここ最近じゃあ、珍しいくらいの慌てようだったのさ。端から見てると笑えるくらいにね」


 女性は横たわっている人たちの手当てを進めながらケラケラと笑い、ここに来るまで静かなものだったろうと続けた。


「ええ、そう、大丈夫よ。ここへ来るまでに絡まれそうになったけど、治安維持がしっかりしているからか、皆、捕まっていたわ」


 ヤーナもまた、苦しそうな人を一人ずつ診断し、適切な薬を処方し、傷の手当てを進めていく。

しかし、ヤーナの言葉を聞いて「絡まれそうになった?」と、女性が素っ頓狂な声を出して手を止めてしまう。


「本当かい? ああ、まったく何せ色々な仕事がさっきの話のように回らなくなってきちまったから新顔が増えているとは聞いていたけど、ヤーナの婆さんの顔を知らない連中がいるなんて」


 上の連中は何を教育しているんだい、我が身に起こったかのように、はっきりと憤慨をする。

 まあ、何事もなかったから大丈夫よとヤーナは口に出し、最後の一人の患者の手当てを済ませると女性に長老たちはと尋ねれば、奥で飲んでいるだろうからよく言いつけてやっておくれと、扉の代わりに仕切られた奥の布を捲り上げ、更に先へと促した。


 仕切りの更に奥、至る所で虫よけの香が焚かれている。下水から漂う臭いも仕切りの奥にあるせいなのか、お香の効果なのか薄れてきている。


「灯りに使っている松明も、そう、臭いを消す香木になっているのよ。普通の薪に薬液を浸して作っているの」


 煤も出ることもないから重宝されているみたい。他人事のようにヤーナは語るが、その薬液を卸しているのがヤーナ自身であろうなとリエッタは半ば確信をしていた。




 奥のやや開かれた場所に幾人かの人達が椅子に座り、調理された食べ物が乗った丸い机を囲み、笑いながら銘々が何かを飲んだり、紫煙を燻らせている。

 ヤーナの姿を確認すると一人のでっぷりとした髭小人が笑みを浮かべて手を挙げて、ヤーナが来たことに歓迎の意を見せる。


「よお、ヤーナの婆様! いつもすまねえ。特に最近は薬も仕入れにくくなったから助かった」


「ええ、そう、話は聞いたわ長老。他の皆様方もお元気そうでなにより。色々と大変そう。後で、誰かに追加の薬、届けてもらうわ」


 ヤーナは呼びかけられるがままに椅子へ腰かけ挨拶を済ませると、食卓に乗っていた何かの肉をつまみ口に放り込む。


「あら、これ、鼠かしら。そう、珍しくお肉が多そうだから食べてみたけど、どうしたの」


 ヤーナは肉の味で素材となった動物を言い当てる。ご名答さんと長老が笑えば、隣の白髪頭の黄人種が流石だと囃し立てる。


「最近よお、なんだか知らねえが鼠が増えていやがる。どこからか流れてきているようだが、きりがねえから罠にかけて駆除している。知らねえところで、下水の闇でネスマスにでも成られると後々面倒だしな」


 ぼやぼやしていれば、余計な名目建てられてここへ騎士の連中が足を踏み入れる口実を作られちまうからなと体格のいい黒人種が腕を組み苦い顔をする。


「まあ、そう、じゃあ殺鼠剤でも置いていく? あと、ネスマス程度なら追い払えるお香も」


 ヤーナはしきりに首を傾げながら、どうしてかしらとつぶやきつつ鞄の中をあさり、二つの小袋を出して長老のそばに置く。殺鼠剤で死んだ鼠は食べないようにと注意も添えておく。


「ああ、助かるぜ。何しろ、このままじゃ食いきれそうもなかったからな。下水産の生き物は余所じゃあ売れねえし、なにしろ最近は売り買いに難儀しているしだいだ」


 あのバカ王子の派閥はなんとかしねえとな。と長老がぼやき、他の面々が頷き同調をする。そして、各々が知っていることを酒と食事を進めながらあれこれと話していく。


「否人主義者が増えてきて、あることないこと言いふらして、排他運動で煽り立てている」


「第一王子が優勢を保つために、何かの儀式を執り行って成功をしたようだ」


「国境都市一帯で怪異の類が起こす血生臭い事件が立て続けに起きているから、王都でも警戒をしているらしい」


 聞いている限りでは噂話や都市伝説の類の範疇から出そうもない話題が多い。しまいには、完全に世間話と愚痴になり始めたころ、ヤーナからお暇しましょうと声を掛けられて、なにか居心地の悪かったリエッタも内心でホッとした。


 席を立ち、ヤーナがお暇を伝え、そうかい、じゃあまた、ありがとさん等、机を囲む面々から別れの挨拶を受け、立ち去る間際に仕切りが開けられ、一人の小柄だが横幅のある髭小人の女性が籠を片手に現れた。


「ああ、やだよう、ヤーナの婆様。せっかく、来てくれたのに構いもできなかったじゃないか。いい大きさのが採れなくてさあ。……あんた、私が来る前に客人帰すとはいい度胸じゃないか」


 女性から睨まれた長老がヤバイとばかりに目をそらし、縮み上がっている。


「まあ、そう、女将悪かったわ。いないからどうしたのかしらとは思っていたけど、貴方のことだからどうせ元気だろうと思っていたのよ」


 やっぱり相変わらず元気そう。ヤーナは微笑み言葉をつづけながが女将に近づき互いに抱きしめあう。


「悪かったねえ、本当にさ。次は必ずいるからさ、今回はこれで勘弁しておくれよ。最近は鼠がかじるから、本当に見つからないんだよ」


 女将は手にしていた籠の上にかぶせてあった布を取外し、中身を見せる。興味が湧いたリエッタが横から顔を出して中身をのぞく。


「キノコ? 薬の素材用かしら?」


 見たこともない拳大の表面が汚れたキノコを見てリエッタが首を傾げる。女将は笑い、違うと否定する。


「下水産のリペパルートよ。そう、汚れを強めのお酒でふき取って、日干しで乾燥させると香りのいい出汁がでるし、乾燥させたものを塩と一緒にお酒に漬けてもいいのよ」


 下水産のキノコを食べると聞き、リエッタは眉を顰める。女将はそれを見て豪快に笑いながら、汚れを取れば白くきれいになるから安心おしと伝えてから、ヤーナへと向き直る。


「ところで婆様。王都に来るまでの道中は無事だったかい?」


「ええ、特に、そう、何もなかったわ」


 女将の問いかけにヤーナは問題はないと改めて答える。女将はなら良かったよと続けながら、こちらを窺っていた長老に「アンタ、地図持ってきな!」と怒鳴るように言いつけると、長老以外の席にいた面々も立上り、辺りにあった物を漁って地図を見つけると女将に恭しく差し出す。


「婆様が端の集落から王都に来た道筋はこれ。帰りも真直ぐ帰るのかい?」


 ヤーナは女将の問いかけに対して首を横に振り、この村へ立ち寄る予定と答えを返す。


「そうかい、この道かい。じゃあ、気を付けておくれ。最近勢力を広げている盗賊がいてね。多分、ここいら一帯を縄張りにしているはずさ」


 最近、ここいらでおかしな動きをする見かけない奴がいたから、とっ捕まえて聞き出した情報だから間違いはないよと女将は注意を促す。


「襲えば女、子供、年寄りの区別なく、容赦もせずに奪って、犯して、殺す。クズ、外道の見本市みたいな奴らだよ」


 女将の言葉を聞き、リエッタとヤーナは顔をしかめた。

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