第六話 鍛冶場での嘲り
作業斡旋所での騒ぎは所長がヤーナへ謝罪し、薬代の勘定を若干多めに支払うことでことを済ませた。所長からヤーナが使用した痺れ薬を融通してくれないかと催促されるが
「あら、まあ、あの薬いつも卸しているのよ。そう、ほら、今回も」
ヤーナがそう言って受付台に置いてあった花びらの模様があしらわれた細長い小瓶を一つ摘まみ上げて見せる。
「あぁ、確かに痺れ薬があるとは聞いていた。腕利きの護衛達が在庫があれば、こぞって買う薬瓶だ。奴ら『役に立つ薬』としか伝えんから」
ヤーナが薬を納め始めてから、幾周期かの間隔で作業斡旋所の所長は代替わりをしている。ヤーナの納品する薬について始めの頃は事細かく調べられていたが、ここ最近は同じ種類の薬を同じように納品するだけになり、代替わりの時に詳細な内容が引き継がれるため、あまり調べられることはなくなっていた。
ヤーナが納品する薬の本当の効果や、使い勝手の良さを知るのは実際に使ってみた者たちの口伝によるところが大きい。使えると踏んだ担い手の中にはあえて、内容をぼかして伝えて、人気が出ることを押え、在庫の確保を狙っているものも多い。
もし、先ほどの事件がこじれて、本当にヤーナの薬が納品されなくなった際に困るのは利用をしている一級の担い手達で、彼らの反感を買うのは斡旋所の職員や、無暗に手を出した強面の輩達になっていた。
「所長、貴方もそう、もう少し現場の事を気にしないとイケないと思うわ」
所長へ向けてヤーナが一言小言を言い、じゃあ、次の予定もあるからと、痺れた者達に解毒薬を飲ませる職員たちを気に留めもせず、リエッタを連れて作業斡旋所を後にした。
「次は鍛冶場。そう、リエッタさん、別に無理してついてこなくてもいいのよ」
「……まあ、今さらそういう訳にもいかないでしょう」
リエッタは半眼で口をへの字に曲げて諦めたような苦めの顔を浮かべつつも、ヤーナが牽いて歩くロバの隣を共に進む。
周囲の街並みが住宅や商店の構えから、徐々に工房が立ち並ぶ様に換わっていくいく。人の通りが多かった街路の様相が、人が減る変わりに雑多な音や、異臭、煙に熱がこもり始める。時折、工房の中から怒声や罵声が飛び交うのが通りまで聞こえてくる。
リエッタの知る、髭小人族がいるためだろう。そして、尖耳人族であるリエッタの苦手とする雰囲気でもある。
「尖耳人は騒がしい場所より、物静かな生活を好むことも、金物が加工されるときにでる臭いを気にすることも知っている。でも、私は、そう、ここから新しい物が生まれると思うと、年甲斐もなく心が湧きたつものよ」
工房の職人たちは、人族が違えど、性別を気にすることもなく、ただ、腕の良し悪し、品質の良し悪しで物事を判断をする。
「性格の良し悪しだけで考えれば、そう、色々と難がある人達も多いけど、無暗に差別をする人たちではないの」
だから、私はここに来ることが好きなのよと嬉しそうにヤーナが語るさまを見て、リエッタもあきらめ気味の微笑みを浮かべる。
「そう、あそこ、あの鍛冶場に品を卸すの」
ヤーナが視線を向ける先には、憮然とした顔つきの髭小人が一人で工房につながる街路を掃き掃除していた。
「こんにちは。端の森の集落から、婆がいつもの品を納めに来ました。工房主はいらっしゃるかしら」
ヤーナが掃き掃除をしていた髭小人としてはまだ、若い部類と思われる掃き掃除をしていた男に声を掛ける。
ニコニコと微笑むヤーナと隣に立つリエッタを胡乱な目で見てから、返答もせず、そっぽを向き、手を止めていた掃き掃除を再び始める。
「もし」
「ああ、うるせえ婆だ! ここは、婆や女の遊びに来るところじゃねえ! 帰れ!」
男の無礼な態度と言葉を聞き、言葉を返そうとしたリエッタが隣から冷えた空気を感知する。
先ほど、自慢げに語ったことを見事に覆されたヤーナから怒気を感じる。顔から笑みは消えてはいないが、目の奥が笑っていない。
リエッタは生唾を飲む。男はせせら笑いながら何を納めに来たかは知らねえが、婆の押し売りなんざお断りだと口に出し、手の平を払う仕草でこの場を立ち去れと小馬鹿にした様子を見せる。
「あら、そう、じゃあ帰ります」
ヤーナは微笑みながら男に告げる。
「もう、二度と、そう! 竜土の納品には伺わないから!」
ヤーナは小首を傾げて、工房に向け、珍しく大きな声で声を出す。
「そんなもの、いらねえよ。いい加減、さっさと――」
男が馬鹿にした様相でゲラゲラと笑いながらヤーナを追い返す言葉へ被せるように、工房の扉が乱暴に開けられ、目を剥いた年をそれなりに経た髭小人が息を荒くして出てきた。
「お、親方、一体どうしたんで――」
親方と呼ばれた男は、掃除をしていた男が驚きの声を告げ終える前に、拳骨を振りかざし思いっきり殴り飛ばした。
殴られた男は向かいの工房の壁まで派手に飛び、置かれた樽や木箱をなぎ倒す。目を白黒させながら男は親方へ突然何をすると叫ぼうとするが、向かってきた親方がさらに有無を言わさず蹴り飛ばす。
親方が飛び出てきた後を追うように、工房からは次から次へと幾人かの髭小人が姿を現し、ヤーナの姿を見て顔を青くしてから、親方から逃げようとする男を見て今度は顔を真っ赤にして、親方の後を追うようにヤーナを愚弄した男を追いかけ、捕まえ、よってたかって殴る蹴るを始める。
男が細かく痙攣して静かになると、親方が男に向けて忌々しげに、
「お前はクビだ。二度と顔を出すな」
と、告げると男を他の髭小人が引きずりどこかへと連れていく。その様子をつまらなそうに眺めてから、他の者達と一緒にヤーナの方へと向き直り頭を下げた。
「すまねえ、ヤーナの婆様。流れの若え奴がどうしても働きてえと言うから雇ったが、腕が悪くてしようがねえから店先の掃除をさせていた。客人にあんな態度をさせたのは、俺の教えが悪かったせいだ」
「あら、そう。でも、貴方は口悪くても何も見もせずに物事を判断するような人ではないと思うの」
ヤーナは男がとった態度を疑問だと口にする。親方は苦々しい顔を浮かべる。
「どうも、普人が主の別の工房で働いていたようだが追い出されたようだ。本人は『別の人族だから差別された』って言ってはいたが、ただ単に髭小人にしては腕が悪かったからみたいだ」
確かに高い給与を払って雇えるほどの腕ではなかったよと親方は言い、他の者も追随して頷く。
「そのことを根に持っていたみたいだ。ここ最近はお得意さんや顔見知りの仕入れ先が訪ねることばかりだったが、ヤーナの婆様の顔は見たことがなかったから冷やかしだと思ったんだろう。いずれにしても、訪ねてきた客に向けてとる態度じゃあねえ。本当にすまなかった」
親方一同がヤーナに向けて改めて頭を下げるさまを見て、リエッタは唖然とする。
髭小人は力が強く、器用なため物を造ることを得意とする種族の特性に誇りを持ち、性格的には粗野で頑固なため、職人気質と呼ばれる者が多い。そのため、他の種族との協調性に乏しく、自尊心が高いので、扱い難い印象が強い。
そんなプライドの高い髭小人の鍛冶職人が、年寄りとはいえ、寿命の長い髭小人達より若いであろう普人族の老婆に頭を下げる様は異常としか思えなかった。
「そう、ええ、私もここへきて不愉快な思いをしていたから大人げなかったわ。ごめんなさい。もう、大丈夫。そう、頭を上げて頂戴。年上に頭を下げられていては、立つ瀬がないわ」
だから、お互い水に流しましょう。ヤーナは親方の両手を自らの両手で手に取りつつむ。親方も、頭を上げて、そうか、ありがてえとニカリと笑う。
「それで、いつもの土はあるのかい」
「ええ、そう、間違いなく。ロバの背に積んである土嚢がそうよ」
そう聞くと、すぐにオイと一言親方から声を掛けられた取り巻く髭小人がロバから丁重に土嚢を取り、担ぎ上げて工房へと持ち運ぶ。
「いつも、助かる。あんたが見つけてくれた竜土のおかげで、いい質の製品が鍛えられる」
すぐにお代を持ってくるから待っていてくれと言い残して親方自身も工房へと戻っていく。
「ねえ、ヤーナさん。色々と聞きたいことはあるけど、私、長いこと生きて旅してきたけど『竜土』なんて代物聞いたことがないの」
どうせ、竜なんて名がついている時点で、ろくでもない品なのだろうなと察してはいるもののリエッタも興味本位から、どのようなものなのか知っておきたい。
「そう、そうね。いえね、本当に大したものではないのよ。私の、まあ、そう、伝手で処分するものなのだけど、なんとなく勿体なくて取っておいたのものなのよ」
そこで、集落の鍛冶師タウルに相談してみたところ、物を見れば刀剣造りの際に使う粘土に最適で、使ってみれば質を上げると驚かれたのだという。
「で、タウルが王都で紹介する鍛冶工房へ卸してみてはどうかと持ち掛けれれてね。ここへ、そう、卸すようになったのよ」
当初は、タウルの紹介とはいうものの半信半疑で怪しまれたが、すぐに次から必ず卸してくれと鼻息荒く今の工房主に頼まれてからは、王都による際は必ず品を卸すようにしているのだという。
「ええ、物が良いことはよくわかったけど、結局原料はなんなの?」
本来は聞いても教えるはずがないことだが、きっとヤーナは隠しもせずに教えてくれることだろう。聞いたところで、手に入るものではないだろうとリエッタも高を括っていた。
「そう、そうね。あれ、竜の老廃物。鼻くそや目くそ、耳くそを乾燥させたもの。本来なら捨てるものでしょう?」
確かに捨てる物ですねとリエッタも納得し、触らなくて良かったと内心で思う。
だが、一つ疑問も生じた。
先ほどの土嚢二つ分とはいえそれなりの量である。一体、どの程度の大きさの竜の老廃物なのか。
ちらりとヤーナの顔を見る。
ヤーナは生温い目でこちらを窺っている。
その目を見て、これ以上踏み込んで聞くことは自分自身のためにも止しておこうと、リエッタは思うのであった。




