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草の賢者  作者: マ・ロニ
第一章_第一節
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第二話 深夜の道中

 月明りと『松明の光』が照らす夜深い道中を老婆と男は黙々と進む。向かう先は男の住処。老婆の住む外れの集落から半日程度の距離はあるという。


「一刻も早く奥さんと娘さんの、そう、容態を見ておきたいわ」


 男が半分泣き言のように語った妻と娘の病状を聞き老婆はすぐにそう答えた。

 薬だけ手に入ればどうにかなるのでは? と思っていた男としては戸惑いを隠せなかったが、老婆は簡単に手荷物をまとめると一緒に住んでいるだろう子供に「戸締りをしっかりと、食事は棚にあるから」とだけ伝え、男に案内をするよう促しつつ、催促するかのように小屋の外へと出て行ってしまった。


 こんな真夜中に怪異や怪物と出くわしたらどうするのか? 男としては気が気でなかったが、妻と娘の容態はそれだけ切羽詰まっているのかもしれないと思うと老婆の行動を留めるわけにもいかず、無視できないほどの湧き上がる恐怖を無理にでも押し込めて、追いかけるように外へと出て、道案内を始めたのだ。


「一休みしましょう」


 しかし、道半ばの頃、年を感じさせない歩みを進めていた老婆が男に小休止を伝えてきた。


「急いでいるのではないのですか?」


 男は寒さを感じる夜の空気の中でかいた汗が、立ち止まった時から体を冷やして行くことを感じながらも老婆に疑問をぶつけた。


「ええ、もちろん急いでいるわ。でもね、そう、疲れて途中で倒れたりすれば余計に進みも遅くなるでしょう。だから、少しだけ、そう、少しだけ足を休めましょう」


 男は妻と娘を救うために朝からずっと走り続け、今なお、寝ずに家へと戻る最中であることを考えれば、かなり無理をしている。

 老婆は微笑みを向け道端に腰を落とし、肩から下げた革のカバンのなかから小さい炉を取り出して指先から火を灯し、炉の中の木片に火をつけた。炉の中の木片は燻り始めわずかに香気を感じる煙を出し始める。


 生活術が使えるのは当然か、男は老婆が用意した小さな炉の中に灯る赤暗い火の気を見ながらぼんやりと思った。

 今現在も闇夜を照らし続けている『松明の光』は一般霊術に属している。老婆は出会った時も霊術を行使して明かりを灯していた。それだけ見ても、一般霊術を行使し続ける程度の器と霊力を保有しているということがわかるというものだ。

 火を灯した炉から微かに草が燻るような臭いが漂い、身を寄せると僅かながらも熱を感じて体を温めてくれる。


「香炉にね、特製の薬草香をしこんであるの。そう、香りにね、寒いときは体を温めてくれる作用もあるの。まだ、夜は冷えるでしょう」


 まるみを帯びた艶やかな香炉は高価で割れやすそうでもあり、持ち運ぶようなものではないのではないなとも思ったが、老婆は割れないように付与術もつけてあるとさらりと言った。

 割れはしないが高価なものに違いはないと、間違えて傷つけないように男は少しだけ香炉から身を離した。


「そういえば、そう、まだ、そう、お互い名前を教えていなかったわね」


 老婆は香炉のそばに手の平を寄せながら男へと微笑みを向ける。男は老婆の問いかけにハッとしてすぐに自分の紹介を始めた。


「そ、そうでした。遅れて申し訳ない。……木工職人のロミィと言います」


「ご丁寧にありがとう。私はね、薬草婆のヤーナと呼ばれているわ。そう、遠くから訪ねてくれてありがとう。お力になれると良いのだけれど」


 老婆は微笑みを絶やさないまま男の紹介を受け、自らも名を教える。男としては夜分に押しかけ、無理を言っているのだから礼を言われると余計に畏まってしまう。

 老婆は自らを薬草婆と称した。ロミィはいわゆる薬草士を揶揄した言い回しをしたのだろうと思った。ただ、歳を経ていることもまた、間違いではないなとも思った。

 小さな香炉から放たれる香りは夜の寒さに冷えた体を温めてくれている。このような品は始めてみた。村に訪れている行商人等が売り出している品でも見たことがない。ヤーナの自家製なのだろうと考えると、薬草からそれなりの薬を煎じることができるのだろうと感心し、期待を持たせてくれた。


「気づいていないようだけど、そう、お腹もすいているでしょう。簡単だけどこれを食べて」


 カバンから布にくるまれていた細長いビスケットのようなものと筒を取り出し男に差し出す。

 筒の中身は水が入っていた。思い出したかのように腹をすかせたロミィは筒とビスケットをもらい受け口に入れた。

 固く焼しめてあり、モソモソとした食感だが、砕いた木の実が含まれており、小麦の素朴な甘みを感じて不味くはなかった。


「特別美味しいわけではないけど、腹持ちはいいのよ。栄養もたっぷりあるわ」


 ヤーナも同じようにビスケットを口に含みかみ砕いている。

 ロミィはヤーナのよくわからない言葉を聞き流しつつ、筒の水を飲み、乾いた口の中を潤す。水にも若干味があり、爽やかな風味は口の中をすっきりとさせてくれる。一つのビスケットを食べ終えると、不思議なことに量は少ないが腹は膨れた。


「申し訳ないけど寝てしまうわけにはいかないから我慢してね」


 腹が膨れまどろみそうになったロミィへ、ヤーナは申し訳なさそうに笑みを向けて出立を促した。ロミィ―は妻と娘のことを思い、再び足に力を込めて立上る。

 ロミィが立ち上がったのを見て、ヤーナも香炉をしまい立ち上がるが、行き先から目をそらし暗がりのほうへと向ける。


「あらあら、薬草香が余計なものも呼び込んでしまったかしら」

 

 何を言っているのかとロミィが首をかしげると、ヤーナはロミィの方へと向き直りいつもの微笑みを向ける。


「すぐに追いつくから先に向かってちょうだい。心配しなくてもかならず追いつくから」


 ヤーナが手を軽く振ると松明の光がロミィの前へと移動してくる。突然のことにロミィは驚いたが、眠気と疲労で思考がまとまらず、そのままヤーナの言う通り歩を進める。


 どうせ、もう一本道だから迷うこともない。追いつくというし、問題もないだろう。ロミィは単純にそう考えていた。


 ロミィが先へ向かい離れたことを確認してから、ヤーナはカバンから黒い丸薬のようなものを取り出す。掌で包むように持ち、着火術で丸薬全体に火を灯し、丸薬が燻り始めると、暗がりへ弧を描くように投げ込む。


「生き物に影響を与えるものなのよね。そう、あの人に影響を与えるかもしれないから。まあ、貴方たち程度なら十分すぎるわ」


 薄い微笑みを暗がりに向けたまま丸薬を放り込んだ暗がりを見つめる。闇夜に紛れ煙は見えもしないが効果は十分に出ていることをヤーナは実感している。


 幾許もしないうちに暗がりからヨロヨロと小型犬のような大きさをした鼠のような生き物が三匹ほど表れて、ヤーナの足元ですぐにひっくり返った。


「まあ、ネスマス程度ですからね。でも、素材として捨てるのはもったいないものなのよね」


 ヤーナは一人でそうつぶやくとネスマスの尻尾をつかみカバンの中へと無造作につっこむ。三匹ともカバンにしまい込むと、ロミィの後をゆっくりとだが確実に追いかけていった。

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