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草の賢者  作者: マ・ロニ
第一章_第三節
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第五話 斡旋所での騒動

「じゃあ、そう、これを宿代の変わりに納めることでいいわよね」


「ああ、助かるぜ婆さん。最近は鼠が増えたせいか一緒にサッフォも増えて、ついでに客からの文句まで増えるからたまったもんじゃあなくてよお」


 中年の宿屋の親父はヤーナから袋に詰まった虫よけの香を手渡されると、本当に助かると改めて礼を言う。ヤーナは、宿代の変わりになるのだから気にしないでと主人に言い残すと、リエッタを連れてその場を後にする。


「昨日はサッフォに刺されなかったせいか、よく寝れたぜ」


「ああ、本当だな。ようやく親父が虫殺しでもまいたのか。最近は、手に入らないから値段が上がっているって話なのにな」


 宿の食堂で薄い塩味のスープに固いパンを浸しながら、美味しくもない朝食を摂っていると、そばで同じように朝食を摂っていた者達の会話が聞こえてくる。


「……なら少しくらいお代を取っても良かったんじゃないかしら」


「あら、いいのよ。そう、ゆっくりと皆が眠れることが大事なことよ」


 それよりも、もう少し食事を改善してもらいたいのよねとヤーナはこぼす。固いパンが年を取った自分の歯と顎には堪えるのよと、リエッタに向けて苦笑いをする。


 昨日は城での用事を済ませた後に、ヤーナの馴染みの宿へと向かい、宿泊の手続きを終えて、指定された部屋へと向かうと直ぐにヤーナが青い色をした香を取り出して焚き始めた。香からはひんやりとした爽やかな香りが煙とともに立ちこめた。


「小さい虫を駆除するお香なのよ。そう、ついでだから他の部屋にもしておきましょう」


 宿屋の主人から了解はえているからと説明を交えつつヤーナはお香を宿全体に焚き始める。時折、部屋にいた客が驚いて飛び出てくることもあったが、ニコニコと微笑む年老いたヤーナから毒性はないと説明され、逆に暑い時期に爽やかな香りが心地良いことから文句を言われることもなかたった。

 リエッタは半信半疑であったが、効果はもたらした結果で納得できた。どこの宿においても、人を刺す小虫はいるものだが、大抵は刺されるものと諦めて、刺された跡が痒くなるのを我慢して、後から塗薬で対処するか、痒くなくなるまで我慢するのが一般的だ。


「今日はどこに向かうのかしら」


 表に出て、宿の粗末な厩舎につながれたロバに担いだ荷物を手際よく載せながら、リエッタがヤーナへと尋ねる。


「まずは、そう、斡旋所へ行きましょう。それから鍛冶屋。色々と、そう、納めておきたい物が多いのよ」


 ヤーナはロバに載せた荷を軽く叩きながら微笑み、じゃあ、向かいましょうとロバを牽き歩み始めた。




「ああ! ヤーナさん、お久しぶりです。さあ、こちらへどうぞ。本日はいつもの納品ですか?」


 作業斡旋所へ立ち入ると直ぐに向かいの受付で暇そうにしていた女性がヤーナを見つけて大きな声で呼びかけてくる。


 作業斡旋所は人手の足りない仕事、日常の雑用、出没する厄介な怪物退治等、多種多様な作業の依頼を各方面から受付け仕事を望む者へと斡旋する場所だ。

 過去の国の重鎮が仕組みを作り、組織を立ち上げた。王都本部から方面支部、村落への出張所に枝分かれしていく。

 国の管轄下にある人が住む場所であれば、最低でも一つの出先機関が設置され、様々な情報が共有されている。

 ただ、ヤーナ達が住む端の集落は国の管轄外であり、設置はされていない。そのため、定期的に訪れる王都で適当な依頼を見繕い、納品をしていく。


「あらあら、まあ、本当にお久しぶり。いま、そちらに向かうわ」


 大きめな背嚢を背負うヤーナのあとを、割れ物だから注意してと手渡された手さげの袋を慎重に抱えながらリエッタも呼ばれた受付へと向かう。

 斡旋所が出す、割のいい仕事にあぶれて暇を持て余し、たむろしているゴロツキのような輩達が、年老いたヤーナへ訝し気な視線を向け、美形のリエッタには、ニヤニヤとあからさまに下卑た目線を送る。


 ヤーナは受付につくと背嚢を降ろし、布にくるまれた品をいくつか取り出し、いそいそと梱包を外し、丁寧に折畳まれた品を受付け台の上に並べる。


「はい。これ、そう、怪物から剥いだ皮。下処理はしてあるから」


「わぁ、いつもきれいな状態で納品して下さるので助かります」


 先日狩猟したグライパーの他にも、いくつかの怪物の皮が別々にくるまれていた。リエッタの目から見ても丁寧というより、そのまま売りに出してもおかしくないほどの処理がされているように見える。


「あと、薬。いつもの――」


「なあ婆さん、あとにしようか。こちらの姉さんが暇そうに待ちくたびれている。俺達と遊びたそうだ。なあ」


「ヤーナさん、この袋の中身を渡せばいいの」


 後ろから受付とのやり取りに割り込んできた幾人かの輩を引き連れ下卑た笑みを浮かべる強面の男を無視してリエッタがヤーナに指示を仰ぐ。


「あ、貴方たち、やめなさい」


「黙れよ、受付の小娘風情が! 俺たちはこちらの姉さんに用があるんだ! それとなあ、婆さんあんたみたいな年寄りが来るところじゃねえんだ、ここは、さっさと帰れよ」


 男が言うように作業斡旋所へ来る者は荒くれた男が多い。賃金が高く依頼される仕事の内容が力仕事や汚れ仕事、危険なものに偏っている傾向があるからだ。


 ただ、ヤーナが納める様な薬の納品の依頼は随時行われている。

 本来、薬を売買するには薬師組合の許可が必要となり手続きが煩雑になる。


 しかし、斡旋所に持込めば卸値が割安となるものの買取をしてくれる。斡旋所は傷の絶えない仕事が多い者達に市場より安値で薬を売り捌いている。


「はい、これだけあるから、お勘定をお願い」


「おい、婆! 聞こえねえか、耳が遠いのか!」


 無視されて頭にきたのかヤーナに掴みかかろうとする男の手をリエッタが掴み払いのける。男は半口を開けて、下から覗き込み、半眼でリエッタを睨みつける。リエッタも見下すように目を細め、男を睨み返す。


「いい加減にしなさいよ。あんた達みたいのがいるから斡旋所に出入りする人間が白い目で見られるのよ」


 受付は場の雰囲気に動じて、右往左往しているだけで場を治めようとする素振りもなく、ヤーナはお勘定と催促するが、落ち着かない受付の娘は応じられるような状態ではない。


「もう、全く駄目ね。そう、本当に王都の担い手の質も下がったものね」


 ヤーナがため息を一つ吐くついでに困った笑みを浮かべながら零した一言を耳にした強面の男と取り巻く輩達が顔を赤くして憤り始める。


「おい、婆! 何が言いてえ!」


 強面の男が腰につけていた短剣を抜くのを見て、リエッタが腰に佩く刺突剣に手を掛けると、取り巻き達が一斉に各々の獲物を手にして情勢は一瞬即発の状態に陥る。


「ダメよリエッタさん。そう、不用意なことをしてはいけないものよ」


 いつの間にかリエッタの前に回り込み、口と鼻を掌で隠し驚くような雰囲気で語り掛けるヤーナを見て、リエッタは空いている手で首に巻いていたヤーナから渡されていたスカーフで口と鼻を隠す。


 勝手に動くなと男が掴みかかる前、リエッタのスカーフが鼻まで覆い隠されたと同時に、ヤーナがまとう外套の隙間から、幾つかの小瓶が床へ勢いよく叩きつけられ、粉々に砕ける。


 甘ったるい香りと薄い白煙が瞬時に周囲を巻く。

 煙に乗って薄紅色の花びらが彩り鮮やかに舞う。

 舞い上がる花びらの中を沈むように人が倒れる。


 ヤーナとリエッタ以外、斡旋の案内場所となる広間にいた人間は働いていた受付達も含めて痙攣しながら、目を剥き、口を開け倒れている。

 その様子を目の当たりにして、呆然と立ち尽くすリエッタを後目にしながら、窓をいそいそと手早くヤーナが開けて、換気をしていく。


「効果は一瞬だけど、そう、目くらましがわりの白煙がうっとおしいでしょ」


 だから、外の人に影響はでないから安心してと、周囲の惨状を気にする素振りも見せない和やかな笑みを浮かべるヤーナを見ても何も言えないリエッタであった。




「こ、こいつは一体……」


 換気が終わるころ、騒ぎを聞きつけた斡旋所の関係者達が奥から現れる。


「まあ、そう、遅いわよ所長さん」


 案内所の待合に利用される椅子に腰かけつつ、目の前の机に小瓶を並べながらヤーナが声を掛けた相手は斡旋所の所長だ。

 呑気な様子で待ち構えていたヤーナと周辺の惨事を見て、所長は顔色を赤くしてヤーナを問い詰め様とする。


「絡まれたのよ。そう、質の悪い輩に。しかも、複数。短剣やらなんやら突きつけられて、()()()()()()()


 そんな風には微塵も見えなかったとリエッタがヤーナを呆れた顔で見る。見知った顔の薬を卸す老婆、ヤーナの言葉に顔色を元へ戻して頬を引き攣らせながら所長は言葉を返す。

「し、しかしですな、やりすぎでは――」


「私と彼女に武器を突きつけられているさまを見ても、そう、受付の人達、誰も止めないのよ」


 ひどいわよね。そう、思いません? と所長の言葉が終える前に困ったような微笑みを浮かべ頬に手を当てて小首を傾げ、言葉を被せる。


「だが」


「そもそも、そう、担い手同士の諍いを目の当たりにして止めようともしない職員が悪いのではなくて」


 なお、問い詰めようとする所長の言葉をさらに遮るヤーナの様子を見て、所長は若干顔色を悪くする。


 二度と薬を納品しないとヤーナの笑顔が語っている。ヤーナが納品する様々な薬は、様々な方面から融通を依頼されている。融通をした際の見返りは地味に大きい。


「それと、そう、これ解毒薬」


 机に並べられた小瓶をつまみ上げ所長に見せる。所長は手に取ろうとするも、ヤーナが手の平を前に突き出し制止する。


「まずはお勘定。そう、受付で納品した分も含めて」


 命に別状はないけど、痺れの影響は長いのよと言いつつ、手の平を上に向けて所長へと差し出すヤーナを見て絶句する所長とリエッタだった。

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