第四話 望まぬ面会
「そう、それで、今までの茶番劇、質の悪い悪戯は、そう、隣の部屋にいる人の指示なのかしら」
ヤーナはにこやかな笑みを崩さないまま、薬の納品に応じ終えた後、向かいに座る宰相へ向け小首を傾げ問いただした。
「いや、今回の件はどちらかというと、私がお願いした結果ですかな」
宰相はヤーナの問いに対して、並べられた水薬を一つつまみ目の前で揺らして眺めながら涼しい顔で答える。
リエッタは後ろに控えながらも嫌な予感を感じる。今までの流れから、何となく会ってはいけない人物が現れる予感。
応接室をつなぐ扉が開き、豪華な衣服を設えた高齢の見た目に反して、気力が充実した感じのする、白髪を総髪にし、長い髭を蓄えた背の高い男性が現れる。
ヤーナ以外の部屋にいた人達が、男に向けて、膝をつき頭を下げた礼をしたまま動かなくなる。
リエッタは立ったまま、突然の出来事に頭の中を混乱で白くさせて周りを見て何となく同じような姿勢をとった。
ヤーナは片手を頬に当てて、ため息を一つ吐く。
「陛下、悪ふざけが、そう、悪ふざけが過ぎるのではありませんか」
「なに、リンコールから役に立たない奴らを登用させられて扱いに困っていると相談を受けてな。なら、端の集落から来る薬売りを利用しろと、助言をしてやっただけだ」
儂に悪気はないよと笑いながら言い、計画を練ったのは宰相だからなと口を曲げ肩をすくめるとヤーナの向かいにある長椅子へと腰を掛け、皆に立ち上がり楽にしろと声を掛ける。
「そう、なら、次回は本当に納品を見送ろうかしら? おかしな対応を受けるのは、そう、あまり、いい気分ではないのよ」
ヤーナは国の主に向けても臆することもなく、薬の納品を断る旨をほのめかす。王はそう言うなと宥めるように言いながら、ため息を一つ吐き、目を閉じ、こぼす。
「あれも、第二王女が殺されてからおかしくなってしまった……」
「王――」
こぼした内容を聞いた宰相が言葉を止める。ヤーナは小首を傾げて問い返す。
「殺された? 王女が? あら、それはおかしいわ。確か、公には、そう、病による急死のはずよ」
ヤーナの問いに対して、聞かなかったことにしてもらいたいと宰相が言う前に、王が手で制する。
「良い。ヤーナが他言することはないだろう。お付きの尖耳人よお主も同じであろう」
「ええ、リエッタはそう、口が堅いから安心して頂戴。きっと、私を含めた、ここにいるすべての人が死んでも余計なことは話さないわ」
だから、最近まではなかった城での差別的、高圧的な対応をする人材の登用の原因となった人物について教えなさいとヤーナは暗に告げる。
王が咳払いを一つして話を続けるように促し、宰相が頷きヤーナへ顔を向けて、他言は無用ですと改めて前置きをしてから語り始めた。
「先ほど、ヤーナ殿が申し上げた通り、第二王女様は国としては『病死』と発表した。だが、実際のところは『人ならざる者の手で殺害された』のが事実になる」
お忍びで城の外へとお出かけになられた際、襲われたのだと宰相は続ける。一部の隙も無いほどに護衛も万全のはずであったが、知らぬ間に姿が消え、見つかったのは王都を囲む防壁の外、林の中だったという。
「それは可哀想なことをしたわ。あまり、多くは知らせなくてもいいの。そう、一応、父親の前になりますからね」
ヤーナは王へと目配せをする。王は目を閉じたまま、動じることもなく静かに話を聞いている様子を見せる。
事実、第二王女は無残な姿で発見された。普通の人の手にかかったとは思えない、いわゆる怪異、怪物の類に襲われたとしか言いようがない力で引き裂かれた姿であった。
「王女の姿をみた血のつながった者達が『人外の仕業だ』と騒ぎ立て始めた。しかし、我々としてはその事実を認めるわけにはいかない」
強力な結界石で守られた王都の中に、得体のしれない怪異、怪物、ましてや手練れの護衛の目を抜けるほどの存在が紛れ込んだ等と言えば大きな混乱を生じると判断された。
事実、王都近郊に怪異や怪物が姿を現したことはなく、城下町から城内に至るまで隅々まで捜索をしたが怪異怪物が潜んでいた痕跡は見受けられたなかった。
「捜索が終えるに至り、ならば、普人ではない者達、他人族の仕業であろうと、吹聴する者が出始めて、その言葉を肯定する者が現れた」
儂の息子の一人、第二王子だなと、宰相の話に続けて王が語る。その頃から普人第一主義を掲げ始め、王位継承に対して積極的に動き出したのだと続けた。
「あれは、王位を継承したら普人以外の人族への排他主義を推し進めるだろうよ。そうすることで国が治まると考えているようだ」
「いえ、そう、むしろ荒れるでしょうね」
ヤーナは話の途中で静かに差し出されていた、お茶が入ったカップを手にしながら、第二王子の考えに対して率直に答えた。
部屋にいる者は概ねヤーナの答えに対して異議はないようで、一同がしかめ面をする。
「あら、皆さんそんな顔をしないでもいいじゃない。そう、どうせ、芽はないのでしょう」
ヤーナはゆっくりとお茶を一口飲むと、苦い顔を並べる者達に向けて、関係がないことですからと言わんばかりに微笑みを向け予想を述べる。
「芽がなければ、生やして育てようとすることはできなくはない」
「おかげで余計な荷物を負わされておる。どうやってかは知らないが、あのような人罪をどこから探してくるのやら……」
宰相もリンコールも互いに首を傾げて重い溜息を吐く。第二王子は積極的に自分とつながりの深い者達を採用して城内の役に務めさせようと躍起になっているようで、それが今回の茶番劇につながったのかとヤーナは悟った。
「まあ、そう、私には関係のないことですから。せいぜい、第一王子様の立場が揺らぐようなことがないようにお願いするくらい」
ヤーナはお茶を飲み干し、共に出された茶菓子を包んで持ち帰ってよいかとにこやかに訪ね、用は住んだとお暇の準備を整え始める。リエッタに声を掛け退室をしようと席を立とうしたさいに、王からもう一つ声が上がる。
「最近では継承権争いを見かねて『庭園の陰で王女が祟っている』なんてさえずりも聞こえる始末だ。末の第三王子のように高望みをしないでいてくれれば、世間への顔向けもしやすいのだがな」
出来れば次の水薬の納品量は少し増やしてくれと、席を立つヤーナへ向け、ついでとばかりに声を掛ける。ヤーナは珍しく苦い顔をして「ええ、そうね」と渋々ながらに承諾をしてから応接室を後にした。
「ああ、夢だったの」
城門の近くで城から出る最後の手続きを待つヤーナのそばで固まっていたリエッタはふと呟く。
「あら、現実よ。リエッタさんは寝ていないもの」
ヤーナは急にどうかしたのと小首を傾げて、現実逃避をしたかったリエッタの意識を図らずも捻じ曲げて、現実へと引き返させる。
ヤーナの言葉に眉をひそめて、眉間にしわを寄せて、誰から見ても嫌そうな顔をリエッタはする。
王都についた初日から立て続けに色々な事へ巻き込まれたが、とどめとばかりに国の主たる者と非公式ながらも会わされるとは思ってもいなかった。リエッタの顔にはそう刻まれていた。
「でもね、そう。王女様のことは可哀想よね。恨まれるような娘ではなかったのだけれど」
周囲に人がいないことを伺いつつ、ヤーナは王女のことをリエッタに語る。いわゆる高貴な身分の娘で、邪気はなく育てば立派な淑女になっていただろうと、殺されるような謂れはなかったはずだと。
「私自身も不思議には思う。この城の周囲に張り巡らされている結界石の効力は結構なものだから」
ここを抜ける怪異怪物の類となると、それ相応のものになるため、気配に気付かないことはないであろうとリエッタも首を傾げる。
「そうね。きっと、そう。怪異怪物の類ではないのよ」
ヤーナ自身も口元に指を当てて考えるそぶりをする。
「じゃあ、やっぱり普人以外の人族がやらかしたと?」
「それこそ、ないわ。いくら何でも考えが飛躍しすぎ。そう、無理があるの」
リエッタの問いに対して、ヤーナはきっぱりと答える。リエッタはヤーナが微塵も排他的な考えを持っていないことを改めて知り、安心をする。
(じゃあ、誰かが手引きをしたということ?)
二人の退城の手続きを終え、前を歩き出そうとしたヤーナへリエッタが尋ねようとした際に後ろから聞きなれぬ声を掛けられる。
二人が振り向くと、幾人かの共を連れた黒色の髪に青い目をした、先ほどあった最高権力者を若くしたような青年が朗らかな笑みを湛えて歩み寄って来ていた。
「やあ、貴方が端の集落から父に水薬を納めに来る、薬草士か! そして、美しい尖耳人の女性! 教えられた通りだ。そうか、もうお帰りか。あと少し早く知れば、城の外の話を聞けたものを。残念だ」
姿を見て声を掛けれる間に、ヤーナは膝をつき手を胸の前に当て首を垂れる。気付いたリエッタもあとに従ういつつ、周りを窺うとその場を避けるように離れる者達が多いことに気付いた。
「殿下、このようなしがない薬草採りの老いぼれに、お声を掛けて頂き、ありがたく存じます。一体どのようなご用件でしょうか」
ヤーナは首を垂れたまま、恭しい態度で礼を述べる。リエッタが思う限り、この青年は第三王子なのだろう。先ほどヤーナがやりあっていた国王の息子に他ならないはずだが、隣でかしずくヤーナからは何故か緊張している雰囲気を感じ取れる。
「なに、それほど畏まるな。周りを見ろ、王位継承に芽がなく城下町に盗み出て遊び惚ける、うつけ者だ! 先ほど言った通り城の外の更に外にある断崖山脈とはどのような場所か興味が湧き、色々と聞いてみたかったのだが時間がないようだ。次来るときは教えてくれ。父に頼み少しくらいは話を聞ける場を設けてもらおう」
ここでは長居はできそうもないからな! では、また会おうと、言うが早いか第三王子は翻り城内へと戻っていく。
「あの方が第三王子なのよね。なんだか、王族らしくはないわね」
「ええ、そう。本当にそう思うわ」
リエッタの問いかけにヤーナは静かに返す。
ふと、ヤーナの顔を見てみると寂しそうな微笑みを浮かべ城内に戻る第三王子を見つめている。
そして、一瞬だけ目線を城の頂部へと、ねめつける様な視線へ変えて見るヤーナの顔を見た際に、少しだけこの老婆のことが恐ろしく思えた。




