第三話 応接室での献品
第一王子、金髪の壮年に差し掛かる武骨な青年。文武を修めているが、戦場での武功は少ないものの、それなりの強さを持っているらしい。政では保守的な立ち位置を取っている。大多数の貴族から支持を受けている。
第二王子、金髪の青年。冷淡な顔つきをして、性格も顔と同じく冷淡。普人第一主義を掲げる統一教の教えに傾倒しているため、他人族への差別的な発言も多く、隣接国家へ強引な対応をするためか一部の貴族からの受けは良い。
第三王子、黒髪の青年。顔つきは現王に似るが柔和。城の暮らしより、城下町の暮らしのほうが性に合うと公言している。現に、度々城下町に繰り出しては問題視されている。庶民の受けは良いが、貴族からはほとんど相手にされていない。
「他には、そう、王女様もいたのだけど、十四周期程前に夭逝されてしまったわ。そう、まだ、若い娘さんだったのに……」
可哀想なことだったとヤーナはリエッタに語る。リエッタ自身もそのことについては良く覚えている。
自分の娘、シェイアが生まれて間もない時期だったはずだ。国内が喪に服すような感じであった。そして、その頃から村長の倅の態度がおかしくなったから尚更、記憶に残っている。
薬を渡すための場所に定められたという部屋の前には、出入りを監視する騎士が立ち番をしており、書簡を見せればすんなりと通された。
派手さはないが、高価な品々が設えてある室内の、やはり高価そうな長椅子に座りながら、ここに来るまでに二度注意を受けた王位継承の件についてヤーナの知っていることを聞いていた。
ヤーナは精々、王子達の風貌や市井の評判を知る程度と前置きのうえで、説明をした。
話を聞いているうちに、若干、気も紛れたのか、リエッタの顔の強張りも落ち着いてきている。そんな頃合いに、外に立つ騎士へ声を掛ける者がいる。
ヤーナは薬を受け取る役人が来たのでしょうと言い、扉が開く前に椅子から立上り待っていた。カイゼル髭を生やした中年の痩せて陰湿そうな顔つきをした男が、胸をそびやかして偉そうな態度で中に入って来るや、挨拶も交わさないまま横柄態度で長椅子に座る。
ヤーナとリエッタの二人を見下すような無礼な視線。ああ、またかとリエッタは思う。ご多聞に漏れずこの輩も、今まで誤った対応をした者達と同じ運命を辿る気がしてならない。
「お初にお目にかかります、お役人様。ええ、そう、本日、依頼されていました薬品類を納品に参りました、外れの集落の奥に住む、薬草婆のヤーナと申します」
ヤーナは見たことがない顔の座ったままの役人に向けて、一礼をする。
「城の者も何を考えて、このような輩に薬の納品を依頼したのか。早く物を見せよ。私は多忙なのだ」
立上りも、名乗りもせず、さっさと要件を済ませろと男は命じてくる。ヤーナは無下な対応を気にもせずに、ハイと答えて鞄から薬瓶を取りだす。並べられた薬を胡乱な目で見て、男は汚い物をつまむように薬瓶を持ち、揺すぶり眺めると、捨てる様に薬を机に転がす。
「ハッ、駄目だな。この程度の薬では駄目だ。依頼されている額は出せん。質も悪い。このような色合いの薬は受け取れん。どうしても引取ってもらいたいのなら、この倍を用意して、かつ依頼料は半分だ」
男は馬鹿にする笑みを浮かべ、ヤーナの薬を貶して、否定する。やっぱりと、リエッタは思う。どうせ、権威をかざして買い叩こうという腹が見え透いている。一般的なら無茶な要求に困り果て、なんとかとお願いするのが普通なのだろうが、
「ええ、そうです。そう、では、引上げさせて頂きます。今後、お城の依頼を受けることも、そう、ないでしょうから」
ヤーナは言っている傍から薬品を素早く鞄に仕舞い、立ち上がると「お達者で」と会釈をして、リエッタにも、さあ出ましょうと声を掛ける。
役人はヤーナの答えに、馬鹿面を浮かべて、唖然としていたが、顔を真っ赤にして立ち上がると捲し立て始める。
「ば、婆! 何を考えている! き、貴様のような婆が城に納品を依頼されることが、め、名誉だと判らんか! 本来なら、金など貰わずにすることだ! 民が貴族に奉仕するのは当り前だろう!」
「ああ、そう、失礼をしました。でも、そう、お断りします。浅識な私はそのような常識を知らないもので。そして、そう、今後も従う気はございません。あしからず」
ヤーナはせいせいしたと言う顔をリエッタに向けて、改めて、多忙な方の邪魔をしては悪いから、さっさと出ましょうと促してくる。
男はそうはさせまいと扉の前に回り込もうとするが、その前に扉が開き、外にいた騎士が立ち入って来る。
「な、なんだ! ノックもせずに、なぜ、立ち番が入って来るか! 無礼な! そ、そうだ、こ、この婆を捕らえよ! 書簡で求められた薬を納められないうえに、献品官である私の指示に従わない――」
突然部屋に入った騎士に激昂するも、ヤーナを捕らえよと捲し立てる男をよそに、騎士は扉から横に避けて直立する。
訝しむ顔を見せた男は、騎士の後に続いて入ってきた面子をみるや、否や、張り上げていた声がしぼんでいく。
「おお、ヤーナ殿、衛兵長から守衛所での騒ぎを聞いてな、又、手違いが生じていないか心配で顔を出した。依頼主をつれてな」
立派な衣服をまとった大男の老人、大将軍のリンコールが笑みを浮かべながら、ヤーナに語り掛ける。控えている負け戦の騎士クラーデムは、場の状況を察しているのか苦笑いを浮かべている。
そして、リエッタの見知らぬ男が二人、一人は白く長い裾の白衣を纏った老人、もう一人は、眉間の皺を深める顰め面を浮かべている目つきの悪い神経質そうな顔立ちの壮年の男。ただ、壮年の男からは将軍職の二人とは違う威圧を放ち、只ものではない、如何にも高い立場にある者の雰囲気を醸し出している。
「ヤーナ殿、薬を拝見させて貰いたい」
献品官を名乗る男に目を向けることもなく、ヤーナへと納品する薬を壮年の男は求める。ヤーナは、あら、そう、見るのと、わざとらしく小首をかしげて鞄から先程の薬瓶を取りだすと、男へと手渡す。
男は、瓶をさっと眺め、そのまま後ろに控えていた老人へと渡す。老人は献品官がやったのと同じように瓶の中身を揺らしながら眺めるが、目が真剣そのものだ。そして、一つ息をつくと
「品質には何ら問題はありませんな。それどころか最上と差支えてもおかしくはありません。いつもながら、素晴らしい出来栄え。眼福にございます」
老人はヤーナに向けて一礼をすると、薬瓶を両手で慎重にもち、ヤーナへと差し出す。
ヤーナは返された薬瓶を手に取ると、そそくさと鞄に戻す。
「ありがとう。でも、そう、先程、これでは品質に問題があるようなので、返されてしまったわ。色合いが悪いらしいの」
申し訳ないわと、ヤーナは微笑む。
聞くや否や、男は献品官へと冷たい眼差しを向ける。
「城の医薬長官は問題なしと言うが、献品官、どのような問題があると言うか説明せよ」
献品官は顔に脂汗を滲ませながら、取り繕うような表情を浮かべて、必死に、矢継ぎ早に言葉を紡ぐが、言い訳にしか聞こえず信憑性は全く感じられない。
「い、いえ、私としましては、立場といたしまして、納められる品に対して支払われる費用を少しでも抑えるがため、その、このような対応をしたまでで……」
終いには城の予算削減の一環のためとでも言いたげな言い分を述べる。
「ほう、私の案をまとめた予算から捻出して、私が認めて依頼した金額が過分だと、貴官は言いたいのだな」
凍えるような視線を向ける冷たい目をさらに細め、冷えた言葉を献品官に放てば、寒くはない時期に献品官は小刻みに震え始める。男はものを申さなくなり、氷のように固まった献品官に対して、呆れたようにため息を吐くと
「もうよい、こやつを部屋の外に出し、元の役目に戻れ。こやつには荷が勝ちすぎる役目だった」
男は立ち番をしていた騎士に献品官を連れ出すように指示を出すと、騎士は男に向けて敬礼をすると立ち尽くす献品官の傍へと寄るが、献品官は騎士を押しのけて男にみっともなく乞い始める。
「さ、宰相閣下! ど、どうか、もう一度、機会をお与えください! わ、私をこの役に推してくれた方は――」
「くどい! 貴様で勤まる役目ではないと、充分に見極めさせてもらった! 私の判断さえも貴様は疑うというのか!」
宰相と呼ばれた男は詰め寄る元献品官に怒声を浴びせ、リンコールに直接、つまみ出せと指示を出す。
リンコールは肩をすくませた後、己の立場も考えず必死に喚く男の襟首をつかみ、何をするのか離せと叫ばせたまま部屋の外へと投げ出し、立ち番の騎士を促した後、扉をそっと閉める。
閉められた扉の向こうから聞こえていた声は、幾つかの駆け寄るような足音が聞こえてから、それほどしないうちに遠ざかって行った。
「ヤーナ殿、どうぞ改めておかけください。最近は城の役目を務めるに値しない者が見受けられて、いささか、難儀をしています」
「あら、宰相閣下、それこそ、先ほどご自分で仰った、貴方の務め。ご自分を、そう、卑下するのはおよしなさいな」
ヤーナは宰相と呼ばれた男に軽口を叩く。聞いていた方は、呆気にとられるも笑いだし、確かにそうですなと苦笑いを浮かべる。
(生きた心地がしない)
リエッタは座るように促されはしたものの、座ることなくヤーナの後ろで控えるように佇みながら、そう思った。




