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草の賢者  作者: マ・ロニ
第一章_第三節
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第二話 城内での視線

 場違いな場所にいるのだろうな、リエッタは自分に向けられる様々な視線を感じつつそう思った。


 訝しげな表情、好奇な視線、見下すような態度。


 すれ違う人達の大半はヤーナとリエッタに向けてそのような感情を露わにするのが見て取れる。

 又、まったく気にもしない素振りの人達もいる。ヤーナに対しては、行き会うとにこやかに会釈を交わす人も稀にいる。


 始めに案内を申し出た守衛長がいれば、状況は変わっていただろう。

 しかし、城内に入って人通りが少なくなるとヤーナから「この先は判るし、貴方も忙しいでしょうから、案内は大丈夫」と断りを入れていた。

 本来なら、監視も含めての応対になるのだろうが、守衛長はヤーナなら問題がないと判断し、判りましたと元の職務に戻って行った。


 よって、今は城の中にいるのは、郊外から出てきたくたびれた姿の老婆と、迷い込んだ尖耳人の女が連れ歩いている風にしか見えない。

 普人族ばかりの中に、他人族が紛れ込めば怪しくみられて当然だ。だからと言って、差別的な視線で見下されるいわれはない。


 以前この国に訪れた時は、それほど差別的な者達はいなかった。再び訪れた時も、そしてロミィと契りを交わした頃もおかしい様子はなかったと思う。

 シェイアが生まれて間もないころから、少しずつ雰囲気が変わった。以前にいた村長の倅がいい例だ。他の村や集落へ怪物狩りの依頼を受けて訪れた時も若干おかしな感じは受けて取れていたが、この王城ほどではなかった。

 ここに来るまで王都の通りでも、それほどおかしな対応を取られることはなかったが、幾番目か居座ることになるので、多少は注意をしておいた方がよさそうだという考えもよぎるが、隣を歩く老婆を見ると、まあ、大丈夫かと思えてくる。


 そもそも、隣を歩く老婆のヤーナは向けられている視線に気づいていない訳はないが、まったく気にするそぶりを見せない。

 会釈をしてくれた人たちには、和やかな微笑みを向けて会釈を返す。

 おかしな視線を向ける連中に対しては、笑みを崩さぬまま、気にもせず素通りだ。

 普人としては年齢を重ねているので動じることもないのだろうなと思うが、それにしても図太い人だと関心をする。

 城門でふざけた応対を試みた若い守衛の話が、もう広まっているのかも知れない。そんな風に思った最中、前から歩いてくる幾人かの共を連れた中年の肥えた立派な衣服を来た男が、二人を見るや、顔をしかめ、嫌悪を露わにする。

 ああ、やっぱり、ああ言う輩は多かれ少なかれ、いなくはならないし、色々な意味で話を聞いていないのだろうなとリエッタは思い、次に来るであろう、下種な言葉に心中で身を構えるが、


「おお! ヤーナ殿、本当にお早いお付きだ。つい先日、書簡を届けたばかりなのになあ!」


 角から現れた、豪華な衣服を身にまとうも、歳のわりには大柄で鍛え込まれた身体を隠せないでいる白髪と髭を生やした大男に声を掛けられる。


「あらあら、そう、奇遇ですわリンコール大将軍。ええ、いつもの時期に届けられるように、依頼の品は用意が出来ていましたから。

 そう、数も多めに作っておきましたから、多少の変更にも融通がきくのですよ」


 リンコールに声を掛けられ、ヤーナも流石に立ち止まり朗らかに挨拶を返す。


「それはなにより。うん? 以前は男の護衛を連れていたようだが、そちらのご婦人は、そう言えば集会場にもいた方だったような……」


「挨拶は初めてだと思われます。リンコール閣下。ヤーナ様に命を助けられました、外れの集落に住む怪物狩人の尖耳人のリエッタと申します。以後、お見知りおきを」


 リエッタはリンコールに向けて、つつがなく挨拶を交わすも、内心では冷や冷やしている。


(大将軍なんて肩書き聞いてない!)


 集会場の会話では王都からの使い、国境の要塞なんて大層な二つ名を持っている、いかにも手練れで屈強そうな騎士とは語られていたが、流石に大将軍が書簡を届ける使いをしているとは思いもしない。


 そもそも、ヤーナに薬の納品を依頼したのは誰なのか? リエッタは疑問に思い始めた。


「あら、後ろの方は? 初めてお目にかかるかしら」


 ヤーナはリンコールの後ろに控える壮年の男に目を向ける。

 長く伸びたであろうくすんだ金色の髪を後ろでひとくくりに纏めた背の高い、痩躯の優し気な目をし、顎髭を短く切り揃えた男はヤーナに向けて優雅に一礼をする。


「お初にお目にかかります。薬草薬師のヤーナ様。お噂はかねがね、リンコール閣下よりもお聞きしております。『負け戦の騎士』と呼ばれるクラデームと申します。以後、お見知りおきを」


 自らを負け戦の騎士などと呼ぶ男は顔を見せるが、卑屈な態度等はそぶりも見せずに、ニコリと笑う。そもそも、少なく見積もっても弱い部類に入る男ではなく、強者の名を馳せておかしくはない隙のなさだ。


「こいつは『負け戦』等と呼ばれているが将軍職を任されているのだぞ。敗色濃厚な戦場ばかりに駆けつけて、敗軍をまとめて殿軍を率いてばかりいたから、こんなおかしな呼び名を付けられたがな」


 戦下手ではなく、負け好きなのだとリンコールは笑ってクラデームの肩を叩く。


「クラーデム卿? あら、そう、思い出したわ、小国群との戦の時期に名を馳せた方? そう、確か、おバカな大将が無茶な指揮をして、敗色を見せると自分だけ逃げだして、その後の指揮を取って多くの兵の方々をお救いになった騎士様では」


 ヤーナが語った内容を聞くと、クラーデムは面食らった表情を見せて、俯き気味に首を垂れて、頭をかき、リンコールは目じりを引き攣らせ乍ら、苦笑いを浮かべる。


「よ、よくご存じで。ええ、確かに、あの時、敗軍をまとめた事から、負け戦の名がつきました」


「そう、何故? あなたのせいで負けたのではなく、おバカな大将のせいで負けたのに。ええ、そう、そんな不名誉な名を貰ういわれは無いのではなくて」


 ヤーナは首を傾げて、クラーデムに付けられた二つ名に対して疑問を挟む。確かに、ヤーナの話を聞く限りでは、敗北した戦で敗軍をまとめたが、直接的に戦を負けに導いたわけではなさそうだ。


 だが、ヤーナの言葉にクラーデムは真摯な表情を浮かべ、不名誉ではないと答える。


「確かに、負け戦を続ける騎士と思われる方もいるが、多くは、負け戦でも殿軍を率いなければ多くの兵が無駄に死にます。私は少しでも被害を留めたいだけなのです」


「まあ、こいつに助けられた兵は多くてな。こいつが殿軍を率いてくれると、消沈した指揮も上がって、生き残る兵も多い」


 自身も死なんから、使い勝手の良い男だよとリンコールは笑いながら、クラーデムの肩を叩く。

 若干、痛そうな様子の表情を見せるもクラーデムも再び笑みを浮かべる。


「そう、そうなの。失礼をしたわ。ええ、不名誉なんて言葉は、そう、貴方に大変失礼だったわ」


 そう言うとヤーナは頭を下げるが、クラーデムは慌てた様子で、止して下さいとヤーナに困ったような表情を向ける。


「まあ、ヤーナ殿、まだまだこの国にも良い奴は多い。長い生を過ごす尖耳人のリエッタ殿も、おかしな言動をする者達に呆れることなく過ごしてくれると助かる」


 リンコールはそう言うと通路の端で、口をパクパクとさせながら、顔色を変えている肥えた中年男と連れをひと睨みする。

 中年の男は共を引き連れて、顔を下に向けたまま、そそくさとその場を立ち去った。


 ふぅと、一つ息を吐くとリンコールは大きな身体を屈めて、ヤーナへと耳打ちをする。


「王位継承の件でおかしなしがらみが城や王都で出来ていてな。めんどくさいのだよ」


 注意してくれと暗に言いたいようだが、ヤーナは相槌だけを打つ。


「第一王子が本命だが、第二王子がおかしな主義を掲げて王都の空気が悪くなっておる」


 あらそうと、やはりヤーナは興味がない様子を見せるが


「第三王子は、まあ、民の覚えは良いが、城の中での人気は少ない。まあ、ワシのように目を掛けている者も多少はいるがな」


 その時だけは、一瞬、得もいれぬ表情を浮かべるのヤーナであった。


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