第一話 門前での出来事
光の巡り 火の時 十二番目頃 日中
「あー、やっと着いたわ」
リエッタはロバを牽くヤーナの隣で、王都を囲む深さのある石堀と、石造りの高い防壁、そして大門から往来する人達を見てようやくたどり着いたとばかりに伸びをする。
端の集落を出てから6回程の朝と夜を過ごしはしたが、道中で賊や怪物、怪異の類から襲われることもなく、無事にたどり着くことが出来た。
「そう、ほんと、年寄りにはいい加減、王都まで来るのはつらいのよ。そう、いい加減、本当に誰かと代替わりして貰いたいものね」
ロバの綱を牽きながら笑みを絶やさずにヤーナもまた、くたびれたと言いたいようだが、普人の老婆が旅の尖耳人であった健脚のリエッタと変わらない程度の速さで歩き続けたのだから、いまいち本気には感じられない。
「まあ、一番荷物担いで歩いたアンタには負けるけど」
リエッタはそう言うと、ピンと立った耳のあるロバの頭をなでる様に軽く叩き、労をねぎらう。
「どうってことはないさ」とでも言わんばかりに、「ヒハー」とひと鳴きして一つ震えるロバを微笑ましく眺めてから、改めて王都の大門を見直す。
「相も変わらず、普人族は大きい街を造るわ」
「そうね。そう、私達は一人一人が弱いから集まらないと不安になるものなのよ」
だから、仕方がないことなのよとヤーナは言いたいようだが、辺鄙な森の奥に一人で住み始めた老婆を見ると、この言い分も冗談のように思えて仕方がないリエッタであった。
「荷物に問題はないようです。どうぞお通り下さい」
入場税を門番をする衛兵に支払い、立会いのもとに荷持つの検分を受け、滞りなく王都の中へと入ることが許された。
尖耳人であるリエッタに対しても、おかしな事を言われることもなかった。検査をする後ろからヤーナがニコニコと見守っていたことも、多少は効果があったのかも知れない。
「いろいろな所を巡ってはいたけど、ここへ来るのは久方ぶりね。随分と様変わりした感じがする」
リエッタは、幾周期ぶりかも忘れたくらいに以前の頃は、もう少し全体的に暗く、殺伐とした雰囲気だったような気がすると言う。
ヤーナは以前の王都は確かに雰囲気が悪い時期があったと肯定する。
あの頃は、一部の上級貴族が民に対して横暴なふるまいを行い、その貴族がらみの民に対する血なまぐさい事件も多くあったからだろうと続けた。
「で、結局どうなった分け?」
「そうね、貴族側の首謀者が始末されてお終い」
ヤーナは興味がないのか素っ気ない返答をし、上の事は良く分からないのよと、眉をひそめて若干諦め顔を作った感じで話を終えた。
王都の大通りを歩きつつ、広場を抜け、奥にそびえる王城へと向かう。
向かいつつも、以前来た時は感じられなかった明るい雰囲気の中で出店や、店先の品々に興味を見せつつもヤーナが「要件を済ませるのが先決だから」と、立ち止まることもなく城門前にたどり着く。
「そう言えば、そう簡単にお城の中に入れるのかしら」
ごく当然の疑問をリエッタは思うも
「そう、ほら、書簡の巻物預かったでしょう。そう、これがあれば、大丈夫よ」
いつもの事だからと、ヤーナの肩から提げられた鞄の中から、適当な紐で括られた巻物が取りだされる。
(この人は、なんか、こういったことには雑だ)
リエッタとしては、普人という人族の民は、権力に弱く、それなりの立場の者から委ねられた品に対しては、どのような立場であれ丁重に扱うという認識があった。
ヤーナは先日のやり取りを見る限り、権威があろうがなかろうが、気に入らない相手に対しては敬意を見せることがなさそうだと思っている。
リエッタは、ヤーナとロバと共に桟橋を渡りながらそんな風に思いつつ、城壁を見上げる。
城門は防壁の門に比べれば小さいものの、権威を示すには十分な大きさを誇っていた。城勤めや商人と思われる普人達が行き来をしている。
城門の先を遠目から眺めて見ても、城門を潜ってから目的とする城まではかなり離れている。
だが、ヤーナの持参した薬の類を降ろすと言うことであれば城まで行くこともなく、どうせ途中に設えてある取引用の小屋で受け渡すことになるのだろうなと思えば、直ぐに要件は済むのだろうと、リエッタは思っていた。
ヤーナは門を潜る前にある、城壁に設えてある守衛所の受付へと進む。
門と城壁の厚みは、ちょっとした家が一つ納まるほどの広さがあり幾人かが同じように守衛に対して用件を申し出て入城の許可を得ているようだ。
「端の集落から、御用を頂きまして薬を届けに参りました薬草婆のヤーナでございます。こちらの書簡を改めて頂ければと存じます」
ヤーナはニコニコと微笑みながら守衛に対して書簡を見せ、入城の許可を確認する。
目つきの悪い若い守衛はヤーナとリエッタを見ると、フンと鼻息を一つたて書簡を胡乱な目で眺める。
「薬を出せ。怪しいものではないか確認させろ」
守衛はヤーナに威圧するような言葉遣いで偉そうな態度で命令をする。
ヤーナは笑みを崩さないまま、ハイと返事をしてロバに括り付けてある荷をほどき、納められていた水薬の瓶を守衛の前に並べる。
守衛は一つを指でつまみ持ち、訝しむような目で眺め、すかして元に戻す。
「こいつが毒ではないという証拠を見せろ」
守衛はヤーナに向けて小馬鹿にしたような目線を向けつつ、出なければ入場も薬の持ち込みも許可はできないと言い始める。
守衛のあからさまにヤーナのことを馬鹿にしたような態度に対して、リエッタは顔をしかめる。
守衛は、その事を目敏く見とがめると憤怒の表情で立上り受付から飛び出してくる。
「女! 否人の分際でなんだその態度は! ここは誇り高き王城の城門だぞ! お前のような否人が来る場所ではない!」
周囲が何事かとざわめきだしても、構わずに守衛はヤーナの薬を指差し、さらに続ける。
「それにこの様な婆に、城の者が薬を頼むわけがないだろう! どうせ、適当に作られた薬を降ろそうと、書簡まで作り上げたのだろう!」
その勢いのまま、とっとと帰れと追い出すような仕草をして、帰らなければ捕らえて牢に放り込むぞと脅してくる。
周囲の人達は、婆さんが怯えているだろうと様子を見るが、ヤーナは微笑んだまま動じもせずに頷き、
「ええ、そうですか。そう、判りました。薬は持ち帰ります。二度とお城に届けることもありません。では、御機嫌よう」
ヤーナは、じゃあ、帰りましょうと、リエッタに声を掛けながら出した薬を手早くしまい踵を返して立ち去ろうとする。
守衛は、それ見たことかと言わんばかりに、見下した目線でヤーナ達が去るのを眺めながら、立ち去るのを待つ。
「お待ちください! ヤーナ殿、どうぞ、お待ちください!」
騒ぎを聞きつけたのか、城の方からそれなりに仕立てられた衣服を身に着けた年かさの男が衛兵と共に、息を切らしながら、ヤーナへ待つようにと、叫ぶような声を出しながら掛けて来る。
「貴様! 何を考えて勝手な振る舞いをしているか!」
男が共に連れてきた、いかつい身体をした中年の男が、目を丸くしていた若い守衛へ怒声を浴びせつつ、頬を殴り飛ばす。
「しゅ、守衛長、この婆が怪しい薬を持ちこんで……」
今までの態度が嘘のように、おろおろとした様子を見せつつも、ヤーナへと責任を転嫁しようと若い守衛は試みるが
「馬鹿なことを! ヤーナ殿はもう、何周期も城に薬を卸している方ぞ! この書簡を見ても判らないのか! 守衛長! 何を考えてこのような愚か者に守衛を務めさせている! 人員の配置を見直せ!」
失礼しました侍従長殿! と、いかつい男は直角に頭を下げる。侍従長と呼ばれた年かさの男を見て、若い守衛は顔を青くさせる。
「侍従長、そう、偉くなったわ。私が初めて登城したときはまだ、そう、ただのお付きだったのよ」
ヤーナは侍従長へと微笑みを向ける。侍従長はお止し下さいと困ったようなそぶりを見せる。
「でも、そう、守衛さんの言うことにも一理あると思うの。この薬が毒ではないとは言いきれないもの。でも、レシピを明かすことはできないし……」
やっぱり帰りましょうかと、リエッタへ嬉しそうに声を掛けるが、侍従長が本当に困った様子で待ったを掛ける。
「じゃあ、どうしましょう。そう、一層の事、一つ飲んでみる。数は一つ減るけど、そう、仕方がないわ」
ヤーナは言うそばから、水薬の瓶の栓に手を掛け抜く素振りを見せるが、顔を青くした侍従長が待ったを掛ける。
「や、ヤーナ殿! 困らせないで下さい! 数が一つ減るだけでも大騒ぎになりかねません。貴方様が納めに来ていることで毒などとは決して言いません。どうぞ、お進み下さい」
侍従長はヤーナへ手にした書簡を返却し、共に連れてきた衛兵に案内を任せる。自分自身は、その場に残り、守衛長と守衛に対して、よほど腹に据えかねたのか、説教を始めてしまう。
何事もなかったかのようにヤーナはリエッタと共に城門を抜けると、奥から別の立派な衣服を身にまとった長身の男が現れ、ヤーナに出迎える。
案内役を任された衛兵達は男を見るや敬礼をする。
リエッタは、別のお偉いさんかあと、若干呆れる。
城に着くや始まった騒ぎで、この城の中でヤーナはどういった立場になっているのか疑問に思えて仕方がなくなってきている。
「リエッタさん、そう、こちらは衛兵長。この人も、見知った頃はまだ、若い兵士さんでね」
「ヤーナ殿、ま、まあ、昔のことはまたゆっくりと私のいないところでお話しください」
周囲へ知られたくもない過去を知られているのか、衛兵長は慌てて話題を逸らそうとする。
そのまま、ヤーナのそばにそっと近寄り周囲に聞かれないように小声で「最近は継承権の事で派閥が出来ていますのでご注意を」と囁く。
だが、ヤーナは興味がない様子で、そうなのですかと微笑んで返すだけであった。




