第七話 馬を伴い出掛けましょう
【調査の結果】――側は多くの罪なき者へと手を掛け、隠匿していたことは事実だ。危害を加えたとされる者から受ける影響の方が大きい考えられる――
「さて、祭りの打ち合わせも済んだから、俺は帰るぜ」
タウルは要望を寄せた住民が帰り、ヤーナと内容についてすり合わせが終わると、そそくさと帰り始める。
「私はヤーナさんともう少し話したいことがありますので」
コーラルはヤーナと顔を見合わせる。
「私はヤーナと一緒に帰るから付き合うわ」
リエッタも笑いながらタウルに手を振り帰るのを見送った。
「……で、奥にいるのは誰なのかしら」
リエッタはタウルが出て行ったのを確認するとコーラルに問う。
「安心して下さい。おかしな連中ではないですから」
ヤーナに用がある人達ですよと、続け奥にいる人達に出て来なさいと声をかける。
「集落の祭りの打合せごときで我々を待たせるとは!」
昨日の夜から粗末な小屋に泊めさせ、更に汚い部屋に待たせるとは何事かと喚きたてながら、奥の部屋に続く戸を開けて出てきた男は、背が高く仕立てのいい服を着た、外れの集落にいること自体が似合わない存在で、待たされたことに不満そうなことを隠そうとする雰囲気もないままにズカズカと部屋の中に入る。
「そう言うな。コーラル司祭から申し合わせてあったことだ。ヤーナ殿、久しぶりだ」
続いて、大柄で歳の割には逞しい体つきをした白髪頭の豊かな髭を綺麗に整えた初老の男が、二人の男を引き連れながら現れた。
「あらあら、今回はいつもの使いではなく、貴方のような方がわざわざ伝えに来たの。そう、どういうことかしら」
ヤーナと初老の男は顔見知りのようで、先に入ってきた男の険悪な様子を気にすることもなく話しかける。その様子を、気に入らないのか男はヤーナを睨み付けるが、初老の男が目を向けると、鼻を鳴らし顔を背けてしまう。
「なに、その語りようでは判っているだろう。いつもの薬を王都まで納品するようにとのお達しだ」
初老の男はそばに控えていた者から巻かれた書簡を受け取るとヤーナに手渡す。
ヤーナは受け取った書簡の封を手慣れた様子で外し内容を見てため息を一つ吐く。
「あら、そうなの。老衰は、そう、薬で治るものではないのよ。いつも言っているのだけれども……」
ヤーナの呆れたような言葉を聞き、顔を背けていた男が立上り、怒鳴り声をあげる。
「貴様! 辺境の集落の婆ごときが、口を慎め! 先ほどから誰と話しているのか判っているのか! そもそも、なぜここに否人の女がいる!? 誰が帯同を許可した!」
ヤーナの言葉使い、さらには尖耳人のリエッタがいることが殊更に不満らしく男は立上りヤーナに掴みかからんんばかりに詰め寄ろうとする。
場の空気が冷えたことに気付きもしないまま。
ヤーナは微笑んでいるも、目が笑っていない。
コーラルは白けた目を男に向けている。
リエッタは自分のことを言われ腹が立つ前に、二人の雰囲気から良くないものを感じ取る。
だが、口にしようとする前に、その場を治めるかのように初老の男が、男の襟首を掴むと、ヤーナの傍から強引に引き離してしまう。
男は突然のことに目を白黒させて、初老の男を見上げると、拳骨が振り下ろされる。
「たわけ! 年寄りだからと貴様ごときが相手にできるものか! 余計な口出しをするな若造が」
初老の男は、頭を殴られ痛がる男を後ろに放り投げると、他の者達を含めて控えていろと申し渡す。
「すまんなヤーナ殿、コーラル司祭。こいつらには余り詳しくは伝えられんでな。許してくれ」
初老の男は二人に向けて苦笑いを含めつつ言い渡すと、ヤーナはにこりと笑い「仕方がないわ」と、気にしてもいないことを伝えれば、場の空気は元に戻り始める。
「ところで、そう、なぜ『国境の要塞』の異名をとる貴方ほどの人がこんな辺鄙なところまで、しかも、そう、お使いがてらに来たのかしら」
ヤーナはお使いならいつもの人で事足りたでしょう? と疑問を口にする。
要塞と呼ばれた男は含み笑いをしつつ、片手で口を隠し、ヤーナに小声で事の次第を教えてくれる。
「なに、その、使いの者がな、ヤーナ殿からいつも手土産に渡される酒とつまみが絶品だと自慢ばかりするものでな。しかも、勿体ぶってこちらにはわずかばかりしか味見をさせん。あれぽっちでは物足りぬ」
うまいことは確かだがな、と言うとガハハと笑う。
「あらあら、そう。仕方がないことだわ。コーラル老に渡しておくから楽しんで頂戴な」
お使いの件は引き受けます。用意はできているからすぐにでも届けに向かうとヤーナは申し渡すと、では、失礼と、リエッタを連れそそくさと集会場を後にした。
「リンコール殿! なにもああまで下手に出る必要はないのではないか?! 辺境の婆などにわざわざ書簡を渡さずとも、命を下せば良いだけであろう」
殴られ後ろに投げ飛ばされ大人しく控えていた男が不満を爆発させて食って掛かる。
「リンコール卿、どうして彼を連れてきたのですか?」
「……すまんなコーラル司祭。儂のお付きにも色々としがらみが付きまとうのでな」
国境の要塞と呼ばれ他国から恐れられる老将軍は、現王からの信頼も厚く、お付きになるだけでも、それなりの箔が付くため、色々なところから申し出の声がかかる。
リンコールとしては実力が伴えばどうでもよいことだが、お付きを推してきた者の中には、色々な方面へ影響を与える程度の権力を持つものもいる。
推されてお付きになった者の中には、老将軍に意見を言える立場なのだと勘違いをし、リンコールに余計な口を出す者も出てくる。
コーラルの声も耳に聞こえ、怒鳴り散らそうとする前にリンコールが睨みを利かせ黙らせる。
「相手は草刈りぞ。お前ごときが相手になるものか」
草刈りの名を聞き、男以外の控えていた者達も顔を強張らせる。
「な、なら、なおのこと! この場で、すぐにでも」
「捕らえることも、切り捨てることも叶いません。例の件は、不問とすると既に王命がでているでしょう」
コーラルは呆れた顔で男が言おうとしたことに対しての返答をする。余計な詮索も、事もしでかすなと暗に伝えたいのだ。
「だが、しかし……」
「ああ、もう、どうでもよい。貴様は今宵限りでお付きから外れろ。先に帰れ」
リンコールは引き下がらない男がいい加減うっとおしくなり、雑に手を払い、男を付き人から外すことを伝える。男は顔色を変え、狼狽しながら訴える。
「わ、私を後押しした方が誰だか承知の上で――」
「儂には関係ない。それとも、貴様は儂を敵に回すか?」
リンコールは業を煮やし、座った姿勢で膝に肘を置き、戦場にいるかのような圧力で、下から男をにらみ上げる。
男はヒィと喉で悲鳴を押し殺し、冷や汗を垂らしながらそそくさと逃げるように部屋を後にする。
「最近は王都が面倒くさい。国境で御守をしている方がよっぽど気が楽よ」
リンコールは圧を解き放つと、疲れた顔でこぼし始める。
様子を見たコーラルはお気の毒様と声をかけてから、集会場の一画に設えてあった棚から杯を取り出し、足元に置いてあった籠から瓶と包みを取り出す。
「今は少ししがらみを忘れて例の酒でも飲みませんか」
コーラルはリンコールに告げると、手渡した杯に瓶の酒を酌み始める。
「おお、こいつは確かに例の酒だ。おい、ナイフ」
包みの中身がつまみの干し肉と知ると、残ったお付きの者に声をかけナイフを受け取り、肉の塊を適当に薄く剥ぎ削ぎ口にする。噛めば塩ッ気の中に滋味を感じ、口の中に残った味を流すように杯に酌まれた酒を口に含み飲む。
「うん。辛みがある良い酒だ。つまみの肉もまたいい」
「でしょう。ヤーナさんとしては、甘みのある酒を造りたいと言っていますが、私としては、甘くなるよりかは、このままの方がよいと思います」
コーラルも酒を飲みつつ、干し肉を食みながらヤーナの手製の酒を評する。
リンコールは酒がヤーナが造ったものだと知り、驚き、ついでにもう一つの疑問を口にする。
「ところで、これは何の肉だ?」
リンコールの問いにコーラルは首を傾け、さあ、よく知りませんと告げる。
「なんだ、何を食っているのか知らんのか?」
「お互い様でしょう。ヤーナさんは森で獲れたお肉だと言われていますから、何かの獣でしょう」
いい加減だと言いながらもリンコールは、戦場でもいざとなれば、食えれば鼠でもなんでも食うから美味ければ構わんさと、豪快に笑い飛ばす。
後日、肉がグライパーの干し肉と知り、怪物の肉をこの辺りでは食っていることを伝え忘れていたコーラルに告げられ若干顔を引きつらせることになるのだが。
光の巡り 火の時 六番目の頃
ヤーナはロバに荷車と荷物を括り付け、王都へと向かう準備を終える。
いつもなら、狩人コンビを共に連れるが二人には別口の依頼を頼み、今回はリエッタを護衛代わりのお供に連れていくことになった。
「ドーナ、そう、よい子にしているのよ。ロミィさん、お願いしますね」
ヤーナはロミィにドーナを預け、ドーナの頭をなでながら優しく言い含める。
「シェイア、ドーナちゃんと仲良くするのよ。遊びすぎない程度にね」
ドーナと一緒にいる時間が長くなると喜ぶシェイアの頭を撫でつつリエッタも娘に声をかける。
ロミィとしばしの別れを惜しむように軽い口づけを交わし、抱擁を済ませるリエッタを待つかのように、ヤーナはロバを引き連れ集落の外へゆっくりと歩みを進めるのであった。




