第六話 狸に巣穴の事情を語り
灰色の竜は体を掃除してくれたお礼にお婆さんへ自分から取り出したものは好きに使ってよいと言い伝えるのでした。
――寓話 竜と婆様 より――
ウィワーは手袋の素材となる沼の大ガエルの革を包みごと持ち、ため息をつきながら「任されたよ」と答え、奥へ戻って行った。
ヤーナはカールとギールに怪物から獲れる素材を持ってくるよう依頼している。
「そう、ええ、これはお代の前払いと思って」
ヤーナは肩から下げているカバンから瓶を一つずつ取り出し二人に渡す。
「これね。そう、新作の薬膳酒。試してみて」
瓶を手渡された二人は満面の笑みを浮かべて喜び、怪物の素材の引渡しについて快く承諾をし、意気揚々と食堂から出ていく。
リエッタは二人の後ろ姿を若干呆れ顔で眺めつつ、ヤーナへ「お酒も造るのね」と尋ねる。
「ええ、さっきのお酒もね、薬草や果実を漬け込むと薬になるから。そう、新作だから思った通りの効能がでるか、知っておきたいのよ」
微笑むヤーナの顔を横目で見て、それは、人体実験と言うのではなかろうか思い、頬がひきつるリエッタであった。
もう一つ寄るところがあるけど付き合う? とヤーナに問われ、リエッタはどこに行くのか改めて尋ねる。
「司祭のコーラルのところよ。そう、村祭りの相談ね」
集落で最古参と言われ、長老的な扱いのコーラルと、森の奥に住みながら果ての集落を築いたとされるヤーナの二人は集落の長兼相談役として扱われている。
火の時の終わりの頃に行われる村の重要な行事の一つである収穫祭についての打合せらしく、越してきて初めての集落の行事について興味がわき、付き合っても構わないのかと問えば、隠すようなことではないからと、ヤーナは微笑みながら返す。
光の巡りの火の時五十番目に集落の収穫祭は行われるという。一日限りの祭り。広場で付近の住人が集まり、食べ物や飲み物が振る舞われる。
ヤーナは毎回食事や飲み物の提供を行うので何か希望があるのかを事前に知っておきたいため、祭りの打合せには必ず一度は参加する。
必要なものが足りなければ王都まで買い出しに出向く必要もあるからだ。
他にも知り合いの吟遊詩人や楽団等にも声を掛け、参加を呼びかける役目も担っている。
「話を聞く限りでは随分と賑やかそうな感じね。ヤーナさんは楽団の知り合いもいるのね」
リエッタは精々、集落で採れた作物等を持ち寄るささやかな祭りと思っていたが、ヤーナの話を聞く限りではそうとは思えなくなってきた。
「ええ、そう、普人族としては長生きをしているでしょう。だから、顔見知りも多くなるのよ。運が良ければ巻毛族の曲芸団も立ち寄るかもしれないわ」
ヤーナは二周期ぶりのお祭りだもの、皆、楽しみなのよと嬉しそうに頷く。
「ところで、付近の住人には尊き御方は含まれていないわよね? 大丈夫よね?」
リエッタはヤーナの言葉の裏に隠された重要事項を見落とさないようにあえて尋ねるが、ヤーナは静かに微笑むだけで言葉を続けず、返事はしなかった。
集落の端にある木造平屋で一般の住居より大きめな集会場の中、用意された椅子に腰を掛けたコーラルと鍛冶屋のタウルが先に話を進めていた。
「先ほどぶりねタウル。拾い食いはほどほどに、そう、ほどほどにしてね」
ヤーナはタウルへ挨拶代わりに話しかけ、用意されていた椅子へと座る。リエッタは席の後ろに立ち、タウルの顔を見て吹き出してしまいはしたが、目だけで二人に挨拶を交わす。
「勘弁してくれよ婆さま。ウィワにとっちめられてもう、散々だぜ。見てくれよこの顔! 亭主に対して遠慮もなにもありゃしねえぜ」
目の上を腫らせ、頭にコブを作り痛そうに頬をさするタウルを見て皆が笑う。自業自得よねとリエッタは言い、そりゃねえぜとタウルがぼやく。
「まあまあ、話が進まないからタウルの食い意地の話はこの辺にしときましょうか。ヤーナさん、今回の祭りの要望は木片に記しておきました」
コーラルは、いつもとたいして変わりはないが、住人が若干増えたので、提供して貰う量も増えるため心苦しいと続ける。
「司祭様、ええ、大丈夫よ。この程度なら問題ないわ。リエッタ達が狩りで獲物を仕留めればまた、お肉も多く提供できるでしょうし」
ヤーナが期待しているわよと、リエッタに冗談めいた目線を送ると
「ご希望に沿えるか判りませんが、新参者として参加する初めての祭りに出来うる限り協力させてもらいましょう」
と、リエッタは手のひらを胸に当て答える。期待しているぜとタウルは笑い、よろしくとコーラルは微笑む。
「まあ、狩猟肉については任せて頂戴。で、打合せの最中で悪いけど、集落の祭りに初めて参加する新参者へ、この集落の生い立ちについて教えてくれないかしら」
せっかく、古参の方々が顔を合わせているようだしねと、リエッタは言い、近くにあった椅子へと腰を掛け、長くなりそうな話に対しての準備は万端との姿勢を見せる。
ヤーナはコーラルに顔を向け、コーラルは微笑みながら軽くうなずき、話を始めた。
タウルは知ってのとおり、始めここにいたのは、私のほうですね。
何もない森の縁の片隅に掘っ立て小屋とも言えない住処を作って気ままに暮らしていたのですよ。
怪物や怪異は手持ちの小さな結界石で避けていたから、私一人くらいはどうにか住めていました。
そしたら、いつのまにか、森の奥から、この方ヤーナさんが出てきて、たまげましたよ。人の事は言えないが妙齢の女性が一人でいる場所じゃあない。ああ、この頃はまだ若い時分ですよ。二人とも。
危険だと言うと笑いながら鞄から見たこともない結界石を取りだして問題はないと答える。
その結界石を適当な場所に置いて、森に住むから用があったら来なさいなと声を掛けて直ぐにまた、森の奥へと消えてしまいましたから。
夢でも見たかと思いました。でも、結界石は残ったままでした。それから、この付近には怪物の類は近寄らなくなりました。
「ねえ、ちょっと待って、順番おかしくない? まず、集落を作るから結界石を用意するのが順当じゃあないかしら。じゃあ、他の人は結界石のことを知らずにここへ集まったってこと?」
話の途中で待ったをかけた、リエッタの疑問にタウルが頷きながら答える。
「そう言うことよ。俺達夫婦は王都からここに移り住んだ。まあ、王都からは分け合って追い出されたわけだがな」
犯罪者じゃあねえから安心してくれ。くだらない理由だ。気にしないでくれとタウルは瘤のついた頭をなでつつ話を元に戻すようコーラルへと目線を向ける。
タウルの言うことは本当にくだらない理由。私が王都を後にしたもの同じような理由です。
まあ、そうこうしているうちにヤーナさんは森の奥に小屋を建て住み着きました。
私は時折訪ねて様子を見ますが、危なそうな雰囲気も怪しい様子もなく、逆に食料や酒を譲ってもらい以前よりも住みやすくなったくらいでした。
次に来たのはタウルとウィワの夫婦、王都から這う這うの体で、ここにたどり着いた感じでしたね。
私の掘っ立て小屋じゃあ狭いから、ヤーナさんのところまで連れて行って二人に食べ物やら飲み物を提供して貰いました。
それからも、少しずつ、怪物に村を襲われて逃げ込んだ人、食糧難で村から追い出された人が流れ着いて同じように世話をしてました。
「で、出来たのがこの端の集落ってわけだ」
コーラルの話をタウルが雑に締めくくる。リエッタは呆け顔でハアとだけ答え、湧き出る疑問を口に出す。
「じゃあ、ここを統治する領主は、もしかして」
「いませんね。本来ならこの辺境は大候領の一画、近場の準貴族が納めても良いわけですが、近いと言っても距離がありますし、なにもなく、加えて危険と言われる断崖山脈の裾に広がる森の近く。旨味もないから誰も、納めようともせず、近づきもしません」
税金払っていませんので、この辺りを巡回する兵もいませんがとコーラルは続けた。
「おう、だけども集落を維持するのにかかる費用は巡りに一回、徴収しているから払い忘れないように頼むわ」
タウルはここへ住み着いたばかりのリエッタに念のため説明し、狩人二人組はしょっちゅう忘れるからなとぼやいた。
「でも、それじゃあ、怪物退治はカールとギールで受け持っているわけ? はあ、これからは私もその中に加わるとしても、危なくない?」
個人の持っていた結界石程度ではと、リエッタは不安に思う。
「あら、でも大丈夫。そう、今は大丈夫よ」
リエッタの不安を払しょくしたいのかヤーナが微笑みながら答えるが、逆に、なぜだとリエッタは違う意味で不安になって来る。
「人が集まった頃に一度だけ怪物の襲撃を受けましてね。その時は皆で一致団結してどうにか撃退しましたが、小さい子供も増えてきたこともあって不安に思っていたところを、ヤーナさんが設置した結界石を強化してくれたのですよ」
コーラルは、本当に助かりましたと感謝の言葉を素直にヤーナに告げる。ヤーナは嬉しそうに頷き、
「そう、思い出したわ! リエッタさん、ロミィにね、お仕事依頼しなくちゃ。結界石の祠、私達が造ったのだけど素人だからボロでね、そう、造りが悪くてひしゃげているから、新しいしっかりした物を拵えてもらいたいのよ」
本当に本職の方が来ると助かるわと、ヤーナが嬉しそうに笑う。
「それで、結局、一体どういう結界石なのかしら……」
どうしても気になるリエッタがヤーナに問い掛けるが、ヤーナは温かい目を向けるだけで答えてはくれない。
リエッタは心中で知らない方が良いのかも知れないと思い始める頃、集会場の入口から集落の別の住人が尋ねてくる。
「長老の方々、突然すいません。ああ、タウル、今は祭りの打合せだろう? 実は要望がでてな……」
なんだい今更とタウルは尋ねてきた住人へと近づき、どうせ食べ物の事だろうからと、ヤーナもついでに話を聞くために席を立つ。
そんな様子を見ているリエッタの傍にコーラルが近寄り小さい声で周りに聞こえないように話しかける。
「リエッタさん。私達より長い時を生きる貴方のような尖耳の人だから判ると思うから話しますよ」
古い龍の爪先、分神体の糸、森の精霊の祈り。私が見て知った限りではこれが元になっているはずですと、リエッタに告げる。
リエッタはコーラルに余計なことを教えるなと言う目線を送り、頭を下げ、両掌で顔を覆う。
集落に使う代物じゃあない。国家レベルで用いても余りある結界石だ。
「ヤーナさんが何者なのか不思議でしょうが、あまり深入りはしないでください」
コーラルは囁くように告げ、住人の要望を聞いている二人の元へと向かう。
リエッタはご忠告承りますよとばかりに、呆けた顔で天井を見上げるのだった。




