第五話 ネズミも揶揄う話を聞いて
怪物の肉は食べてはいけないことはないが、美味いものでもないことは覚えておくとよい。伝え聞くところによれば東方の盗賊国家近辺では食されていると聞くも、調理方法については残念なことに掴んでいない。
――著名な料理研究書の「怪物肉」の項の一文――
「あー、やっぱり居た。仕事は終わったの二人とも」
本日二度目となる食堂への来訪。昼時は過ぎ、居座っているのはリエッタの良く知る男の二人組、怪物狩人を生業としている「カール」と「ギール」の凸凹コンビである。
席の傍に荷物を降ろし、椅子に座りながら二人とも葉巻を燻らせまったりとしている。
「おー、リエッタの姐さん。今日の巡回は終わりましたよ。本日はどういたしましたか」
凹凸の少ない顔立ちで、短く髪を切り揃え、口ひげを生やした、愛想のよさそうな小柄な黄肌人種の普人族の男が、葉巻を指で挟んだ形で片手を上げ、気怠そうな笑みを浮かべながらリエッタに言葉を返す。
「今日はヤーナさんのお付き合いよ。ギール」
二人に直接用事があったわけではないと伝え、リエッタの陰に立っていたヤーナへ手のひらを向ける。ニコニコと微笑みながらヤーナも「こんにちは」と挨拶を返す。
「おやおや、ヤーナの婆様。どういたしましたか? なにか仕入れるものができましたか」
笑みを浮かべたままも、ギールは姿勢を整え、燻っていた葉巻の先をナイフで落とし胸のポケットにしまう。
向かいに座る、大柄で縮れた髪を短く刈りこんだ堀の深い顔立ちの茶肌人種の普人族の男が吸っていた葉巻を受け取り同じようにナイフで先端を切り、つき返す。
「葉巻の処理ぐらい、たまには自分でやらないか、カール」
突き返された葉巻を腰の小さい袋にしまうカールは幅広い肩を少しだけすくめて、唇を尖らせて「気が向いたらな」とでもいうような仕草をする。
「相も変わらずの無口ねカールは」
ギールは二人の掛け合いをクスクスと笑うリエッタを見て「まったく」とこぼすも、カールは何事もないように椅子に深く座り直し、背もたれによりかかる。
「二人には別件で用があるけど、先に、そう、ウィワーに渡すものがあるのよ」
ギールはヤーナの言葉を聞き、奥にいる食堂の女将のウィワーへ「ヤーナの婆様が来ましたよぉ」と声を掛けるが「今、洗いものしているから少し待っておくれ!」と大きい声で返される。
「と、言うことですので少しお待ちいただけますか」
ギールは立上り、傍にある椅子を持ってきてヤーナとリエッタに勧める。二人は勧められるがままに椅子に腰を掛ける。
「ありがとうギール。そうね、最近は狩りの調子はどうかしら」
ヤーナは怪我はしていないか、危険な怪物が現れていないかと確認の意味を込めて雑談を始める。
ギールは顎に手をやり、考えるそぶりをしつつも、ニコリと笑みを浮かべ、チラリとリエッタの顔を見る。
「特に問題はないですよ、婆様。リエッタの姐さんが手助けをしてくるようになったから尚更ですな。姐さんはお美しい上に、とてもお強い」
揶揄い半分だが、ギールとしては事実も含めている。カールも太い腕を組み頷いている。二人の力量よりリエッタの実力のほうが上だと、カールもギールも思っている。
「おだてても何もでないわよギール。でも、私も見ている限りでは危険な兆候は感じないわ」
最近は少しいつもの時期よりネスマスの数が多いかなと思うけどとリエッタは続けるが、ギールは誤差の範囲でしょうよと答えを流した。
「それに、リエッタちゃんは怪物以外のお肉もよく獲って来てくれるから助かるのよ」
腰に巻いたエプロンで濡れた手を拭きつつ、洗いものを済ませたウィワーが奥から顔を出し、話に混ざる。
尖耳族は肉食を苦手とするが、獣を狩ってはいけないという規律は特にない。
森に住む一族は、一部の獣が増えすぎないためにも定期的に狩りをしている。
ただ、他の人族と付き合いが薄いため、森に還すという名目で大抵放置してしまう。
「あらあら、それは助かるわ。でもね、そう、皆がひもじい思いをしないですむようにするには、怪物の肉も無駄にせず食べる必要があるのよ」
ヤーナは微笑みながら、当たり前のように怪物の肉を食べることを勧めるが、他の四人は目を合わせずに方々を向いている。
この集落では、ヤーナの指導の元、討伐された又は、ヤーナが定期的に持ってくる怪物の肉を処理し、調理し食べる習慣が根付いている。
というよりかはヤーナが根付かせた。
先程の言葉の通り、腹を空かせひもじい思いや、下手をすれば餓死するようであれば、食べられるものは食べなさいとヤーナは移住者達に教え続けている。
怪物の肉を食べる習慣がない一帯の地域から移住してきた者達ばかりの為、当初は反発されることもあったが、毒性もなく、下手な肉よりよほど美味しく調理されるヤーナの手作り料理を食べさせられ、反論をすることもできなくなり、なし崩し的に現在は普通に食堂で出されている。
「ま、まあ、この辺りの国々では食べる習慣はなかったけど、他の国ではまったく食べないわけではないし」
と、各地を巡る旅をしてきたリエッタは言うが、実際は食うに困った人達が食べていたようなものであるとは口には出さなかった。
「そうね、普人族の間では食べる習慣はないけど、他の人族ではあるものなのよ。ここより、もっと、そう何もないようなところだって存在しているのだから」
だから、食べられるものは食べて、使えるものは利用をしないといけないのよと続け、床に置いた背嚢の中から一包みの荷物を取りだす。
ヤーナの言葉に頷いていたウィワ―は、眉を少し上げてから机の上に出されたものを見て顔をしかめる。
「……またかい。またなのかい」
ウィワーは包みをうんざりした顔で見つめながら、嫌そうにつぶやく。
包みの中身が何か判らない狩人三人は小首をかしげて、ヤーナに断りを入れてから、興味津々に包みをほどき中を改める。
ヒィとリエッタが小声を上げる。
光沢のある、深い緑色を主にした黒と濃灰を斑にし、まとわりついた粘液のせいでぬめりけのある革が包みこまれていた。
「な、なんですかい、これは」
気味が悪いとギールは言いつつも、どこかで見たことがあると顔を近づけて革を眺める。
少し顎を上げて悩んでいたカールが思い出し、手を一つ叩き呟く。
「沼の大ガエル」
「あら、お見事ねカール。そう、正解」
すごいわとヤーナはカールを褒め、カールはそれほどでもと言わない顔つきで頭をかく。
顔を近づけていたギールは、ゲェと叫んで直ぐに顔を背け、リエッタにいたっては、後ずさり机から距離を取ろうとする。
「な、なにに使うのよ、カエルの革なんて――」
まさか、食材? と頭にとんでもない考えがよぎるが、ヤーナから直ぐに答えがもたらされ否定される。
「これでね、そう、手袋を作って貰うの。これから火の巡りも本番でしょう。そう、とても、そう暑くなる。カエルの革はひんやりして防水性も耐水性にもいいから調薬の時に便利なのよ」
欠点は革が破れやすいから、ダメになりやすいことと、続けて語り、だから、定期的にウィワ―に素材を預けて手袋を作って貰うのだと語る。
「定期的とは言えないよ婆様、火の時はしょっちゅうになるじゃあないかい。仕事だからさ、作るけど、他に良い素材はないのかい……」
ウィワーは、いつまでたってもこいつには慣れないんだよぉと、ぼやく。
下処理をしてもぬめりは完全に取れず、縫うのもそれなりに手間がかかる。破けないように慎重に繕うのも一苦労だ。
ただ、それに見合うだけの支払いを現物にしろ、銭にしろ、ヤーナは支払ってくれる。だから、断るにも断れない。
「そこは、そう、そここそ、職人の腕の見せどころ。ウィワーの縫製技術はとびっきりだからお願いするの」
都市部の調薬士や錬金術師等は、暑い火の巡りになれば冷気の付与が付いた手袋を使うが、それこそ、ウィワーに支払う値段の何倍も高価な物となる。
買えない者達は暑さを我慢し一般的な手袋をするか、手に怪我を負うことを承知で素手でやるかを、この時期が来れば大抵悩むものだ。
「柔らかいし、手にもなじむ、そう、本当に良い素材」
なんで誰も使わないのか不思議なのよと、小首を傾げるヤーナを見て、気持ちが悪いからでしょうよとは誰も言えないのであった。




