第四話 猫はまどろみ昼寝の時間
「木の時から火の時に掛けて、森、草原の中を常に巡回する。新たな芽を探し、採取時期を迎えた樹を伐採する。群生するものでもないから見つけたら直ぐに印をしておかないと他の奴に所有権を持っていかれる」
――植物狩人が語る採取の暗黙のルールについて――
集落の踏み固められた土の道を荷物持ちのロバを牽き進めば、開かれた一角にロミィ達が住む小屋へ到着する。
元々、移住者を見込み共同で造られた小屋の一つだが、腕の良い木工職人の若者と、ヤーナから紹介されたおかげで無料で分け与えられた。
ロミィは徐々に依頼されてくる家具や椅子の修理をこなしつつ、小屋の外に工房を拡張している。今は、床部分を新たに設えているところである。
「ロミィ! ただいま、ヤーナさんとドーナちゃんが顔を見せに来てくれたわ! 私は食事の支度をするからお相手をお願い」
リエッタは自宅に戻るや否や大きな声で帰宅を知らせると、手を振りながら小屋の方に向かってしまう。ロミィは、腰に付けた手拭いで額の汗を拭うと、ヤーナ達の元に駆け寄り「お久しぶりです」と丁寧な挨拶をしたあとに、小屋の外にある木の椅子を進めた。
「こちらに移住したときに挨拶してから、伺うこともできずにすいませんでした。家の整理や細々とした修理依頼がなかなか片付かなかったもので……」
ただ、それらの仕事もひと段落付き、思い立ったリエッタが、一足先にヤーナの元へ向かったのだという。
「夜が明けてすぐに向かうのは危ないし、ヤーナさんにもご迷惑ではと言ったのですが……」
ロミィの心配をよそに、リエッタは笑いながら、移住してから森の中を散策しているから問題はない
といい、ヤーナはどうせ朝が早いだろうから大丈夫だろうと言って夜が明けると出かけたのだという。
「そう、そうね。でも、この辺りから私の住んでいる小屋までは、危ない怪物や怪異の類が迷い込むことはないから、そう、大丈夫よ」
ヤーナはロミィの心配に対して問題はないと答える。だから、いつでも気軽に訪ねて頂戴と続けた。
ヤーナとロミィの二人が談笑を続け、ドーナが尋ねてきたことを知ったシェイアはドーナを連れて小屋の近くで積み木遊びを始める。
「ご飯できたわ。ヤーナさんもらった詰め物早速使わせてもらったわ」
リエッタは今朝食べたスープに入っていた野菜の詰め物をいたく気に入り、ヤーナに頼んで分けてもらっていた。
皆が、小屋の中に入り木製の食卓を囲む。スープと焼きしめたパンに果実が並ぶ。各々がひと通りの祈りを捧げて、食事を始める。
「スープはキノコとイモにレグの根菜、ヤーナさんからもらった詰め物を入れたわ」
ロミィはさっそく詰め物を味わう。
「うん。これは美味しいな。なんの肉? あれ、でもリエッタ、肉は苦手だよね」
詰め物の旨味がスープにも出ているのか、普段の塩味だけのスープに深みを与えている。詰め物も噛みしめれば噛み応えもよく中から旨味が溢れでる。
「ヤーナさんが作った、野菜の詰め物だから問題ないわ」
リエッタは同じように詰め物を口にし答える。
「へえ、ヤーナさん、どうやって作っているのですか?」
黒パンをスープに浸したものを食しながらロミィは何気なしに聞き、隣に座るリエッタから頭を叩かれる。
「ロミィ、料理のレシピをおいそれと聞かないの」
普段食している食堂の料理でさえ、ちょっとした秘伝の味等もある。簡単に教えてくれるものではないはずだが
「この詰め物はね、そう、フクロウの実を皮にして、中の餡はミーミートを細かく叩いて、香辛料を混ぜたものを使っているわ。最後に煙でいぶして出来上がり」
レシピなんて言えるものではないのよと、ヤーナは何事もなかったかのようにと作り方を教える。そう、確かに作り方は単純なものであった。
「……ロミィ、よく、噛みしめて味わいなさい」
何気なしに使っていい食材ではないとリエッタは、安易に使ってよい材料ではなかったと、うかつであった、己の行為に悔い悩む。
フクロウの実は森の中でよく見かける蔓に連なる細長い袋状の実だ。中には種があり、袋は薄皮で破れやすい。
採取は簡単だがどうやって加工をするかはわからない。これは、多分、ヤーナに聞けば快く教えてくれるだろう。
問題はミーミートだ。
草原や森などの一画で不自然な範囲で植物が枯れるのは、中央にポツリと育つ中低木『草枯らし』と呼ばれるミーミートが原因だ。
大きく育ちすぎると固くなるが、樹皮を剥いた若木の中身は脂肪を含み柔らかく美味しい食材として珍重される貴重な植物だ。
食べるのに適するものを見つける、そもそも存在を見つけること自体が滅多にない。専門で探索採取する生業の者もいるくらいだ。
過去には種から栽培することも幾度か試されたらしいが、育ったものは土臭く、天然のものとは味に雲泥の差が出てしまったらしい。
森に住む尖耳族の間でも、採れた時はご馳走として皆に振る舞われる品になっている。
ようは庶民が滅多やたらに食べて良い品ではない。
そして、この詰め物にはその貴重な食材がふんだんに使われているようだ。
(何を使っているかよく確認してから貰うべきでした)
ロミィには聞くなと言ったが、ヤーナに最低限のことは聞いておいた方が良いとリエッタは心に決めた時であった。
「さあ、シェイアとドーナちゃんはお昼寝の時間」
「ドーナちゃん、お昼寝のあとも遊ぼうね」
「うん」
シェイアはドーナと共にまどろみ始め、お昼寝の支度を始める。ロミィとヤーナは食後のお茶をゆっくりと楽しんでいる。
「どう、この集落は?」
「まだ、移住したばかりですが、皆さん良い人ばかりで、色々と良くしてくれます」
そう、ありがとうとヤーナは微笑みロミィにこの集落へ移住してくれたことのお礼を言う。
ロミィとしては、ここへと移住を進めてくれたヤーナには感謝しかない。
「私は移住してよかったと思っているわ。やかましい連中は……いないでもないけど、意味もなく煽り立てる奴らがいなくてせいせいする」
食後の後片付けを済ませたリエッタも席に着き共にお茶を飲む。前の村で起きた嫌なことを思い出し、肩をすくめてしかめっ面をする。
昼下がりの穏やかなひと時を共に過ごし、お昼寝をする二人を預けてヤーナは集落の中をもう一回りするという。
ロミィは引き続き作業場の整備をするため、リエッタはヤーナと共に村を回るからと、シェイアとドーナのことはロミィに任せ、改めて集落の方へと戻ることになった。




